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作成:2016年1月31日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂
ポケット六法 (有斐閣) 2016年版 |
日本には,「六法」と呼ばれている非常に便利な一冊ものの条文集がある。「六法」のもともとの意味は,①憲法,②民法,③商法,④刑法,⑤民事訴訟法,⑥刑事訴訟法の六つの法律のことをいう。しかし,現実の六法は,上記の六つの法律のほかに,約2,000件の現行の法律の中から,重要と思われる3分の1~10分の1程度(約600件~200件)の法律を厳選し,関連する条文等を付加して編集した法令集となっている。
具体的には,いろいろな出版社から,ポケット六法(有斐閣),デイリー六法(三省堂),標準六法(信山社)等の名前がつけられて販売されている。さらに,条文だけでなく,条文ごとに代表的な判例を掲載した模範六法(三省堂)も発売されている(重要な六法ではあるが,一冊本ではないため,ここでは,六法全書(有斐閣,新日本法規),判例六法(有斐閣)を除外している)。
これらの六法は,長い伝統によって培われており,学習者,実務家にとっては,非常に便利である。しかし,残念なことに,研究者にとっては,少し物足りない。その理由は以下の通りである。
第1に,条文が現行法に限定されており,条文の変遷をたどることができない。特に,法律の改正によって条文番号が変わった場合には,その当時の判決が参照していた条文の内容がわからないため,当時の六法を図書館で探して読まなければならない。
第2に,条文の意味は,別途コンメンタールを探して読めばそれで済むが,その条文に関する文献については,コンメンタールにも,最近の論文の一覧は掲載されていないために,その条文に関連する代表的な論文を探して読むことができない。
第3に,条文に関連する判例については,模範六法や判例六法で知ることができるが,判例評釈については,別途検索する必要があり,代表的な判例評釈を知ることができない。
しかしながら,条文の本当の意味を知るためには,第1に,その条文の歴史,特に,立法理由,条文の改正の変遷を知ることが不可欠である。第2に,その条文に関連して論じられた重要な論文,通説と少数説とを知る必要がある。第3に,その条文に関連して下され判決,特に,大審院,最高裁判所の判例とそれに関連する判例評釈の所在を知ることが不可欠である。
フランス民法典 第115版(2016) |
確かに,このような情報は,膨大となるため,一冊の六法にそれを掲載することを望むことはできない。しかし,視点を変えて,1つの法典,たとえば,民法典,刑法典のような単一の法典を編集して一冊の書物にするのであれば,不可能なことではない。
たとえば,最も古い歴史を誇るフランス民法典についていえば,Dalloz社から毎年発刊されているフランス民法典(Code Civil)は,現在において第115版を数える1冊本であるが,2,500条を超える条文の一つ一つについて,条文の後に,①代表的な文献一覧,②条文の立法理由,歴史,条文の意味,③関連条文,④関連判例,判例批評の一覧が付されている。 したがって,フランス民法典については,この書物を見るだけで,フランス民法の個々の条文に関する,ほぼ,すべての情報を探索することができる。
わが国の六法全書とは異なり,フランスでは,このような書物が40以上の個々の法典(たとえば,民法典,保険法典,商法典,民事訴訟法典,刑法典,刑事訴訟法典,労働法典など)ごとに,上記のような必要な情報が1冊にまとめて掲載されており,非常に便利である。 わが国においても,このような単独の法典に関するすべての情報が1冊にまとめられた本が出版されるならば,研究者だけでなく,学習者にとっても,また,実務家にとっても,非常に有用であると思われる。
私の専門は,民法であるため,ここでは,日本『民法典』という,1冊で民法に関する主要な情報を満載した書籍を編修するには,どのような困難があり,その困難を乗り越えるためには,どのような工夫が必要であるのかについて検討する。
『民法典』最新版出力データベースシステムの構想 |
第1に,条文の歴史・立法理由については,どこまで遡るのか,立法の際に参照された外国法をどの程度まで参照するのかについて,範囲を確定する必要がある。 この点については,旧民法,民法旧規定,現行民法,民法改正案の範囲にとどめ,参照された外国法は,容易に確定できるものにとどめる必要があろう。
第2に,文献については,『注釈民法』(有斐閣)に掲載された文献のほか,国立国会図書館のデジタルコレクション,CiNii等の文献データベースで検索でき,電子データとして誰もが読めるものに限定するのが賢明であろう。 なぜなら,文献を引用する価値があるかどうかは,たとえ,数人の編集者が手分けをするとしても,実際に読んだ上で決定するほか方法がないのであり,毎年,改定することを考えると,検索して即座に読めるものに限定しないと,作業が追いつかないと思われるからである。
第3に,判例については,年間に下される判例の数が膨大であり,すべての情報を掲載することはできない。 したがって,掲載する判例は,大審院と最高裁の判例に限定するのが賢明である。つまり,大審院の判例については,改定が必要ないため,あらかじめデータベースを作成しておき,現在の視点からも重要な意味を有するものだけを掲載する。また,最高裁の判例については,最高裁のWebページから常に最新のデータを収集し,データベース化しておくことにすることによって,発刊年ごとに最新の参考判例を追加できるものと思われる。 さらに,判例評釈については,市販のデータベースの中から,著作権の扱いを含めて協力を得られるデータベースにアクセスし,電子データとして即座に読めるものだけに限定して,取捨選択をする必要があると思われる。
『民法典』の編集は,毎年の出版を可能にするために,①条文編纂データベース,②条文改正データベース,③書籍データベース,④雑誌文献データベース,⑤判例データベース,⑥判例評釈データベースを,条文IDによって関連付けておき(リレーショナル・データベース),毎年の一定の時期が来ると,一定の書式(フォーム)に従って,その年度の新版が自動的に作成(レポート)されるように,プログラムで制御するものとする。
このデータベースの更新は,毎日,自動的に行うことにし,人が関与するのは,文献と判例評釈の取捨選択に限定する。 このように,上記の6つのデータベースの自動更新に基づいて,自動的に『民法典』を執筆(レポート)できるプログラム(具体的には,Microsoft AccessのVBA(Visual Basic for Applications))を作成することによって,法典の編集者は一人でも毎年の改定ができることになる。
将来的には,各法典についても,編集者は一人でできることになれば,重要な法典を意味する『六法』についても,6人の編集者で実現することが可能になると思われる。
『民法典』は,従来の六法とは異なり,一法,すなわち,民法典だけを掲載する書籍であるが,その代わりに,民法の条文に関連する情報を網羅して掲載するものであり,条文ごとに,立法の経緯,立法理由,関連する文献,判例,判例評釈をすべて掲載する。 さらに,条文と条文との間の関係,関連条文を包括する法原理についても体系的な説明を補うこととし,民法の体系的な理解が可能となるような編集方針を採用する。
民法第1条から第1044条までのすべての条文について,以下のように,立法の経緯,立法理由,関連する文献,関連判例,判例批評を掲載する。
これまでの六法と同じく,毎年10月に発刊するのがよいと思われる。掲載する情報は,その年の8月末までに公刊された情報をもれなく収集し,データベースに収録するとともに,その中で,文献と判例批評については,特に重要と判断されるものに限定して掲載する。
ドイツ民法典 コンメンタール |
民法を学習する者にとって,六法が重要であることはいうまでもないが,フランスやドイツのように,民法だけの条文集が,立法の経緯や判例情報とともに掲載されている本があればさらに便利であることは明らかである。 しかし,そのような法令集の編集は,誤植が許されないばかりでなく,毎年増え続ける文献,判例を,年度ごとにコンパクトに編集し直すという過酷な作業が要求されるため,わが国においては,ほとんど不可能であると思われてきた。
同じ大陸法国でありながら,フランスやドイツでは実現できていることが,なぜ,わが国では,そのような単独の法令集を編纂することができないのだろうか。 その原因のひとつは,わが国の大学の法学部では,フランスやドイツと異なり,有力な教授でさえ秘書を有しておらず,助手を何人も抱えているわけではないため,高度な知識と経験を有し,緊密に連絡がとれる多くの人数が必要となる法令集を編集することが困難であったことが挙げられよう。しかし,コンピュータネットワークの進展とともに,わが国においても,以下のように,状況は徐々に好転している。
第1に,民法典の歴史については,名古屋大学の佐野智也氏の努力によって,旧民法編纂以来の民法の歴史資料(明治民法基盤)がデジタル化されるに至っている。
第2に,文献についても,CiNiiによる文献検索の進展,さらに,機関リポジトリの進展によって,ほとんどの主要大学の紀要(学術論文集)がデジタル化されて公開されるようになってきている。このため,条文の要件に関連する学術論文を読み,『民法典』に参考資料として掲載するに値するかどうかの判断が容易になってきている。
第3に,最高裁の判例については,最高裁によって,最新の判例のデジタル化が進展しており,最高裁の判例データベースを『民法典』の編集に都合のよいように構築することが容易になっている。
このような状況を考慮するならば, ①条文編纂データベース,②条文改正データベース,③書籍データベース,④雑誌文献データベース,⑤判例データベース,⑥判例評釈データベースを構築することを極力自動化できれば,あとは,データベース・マネジメント・システムによる自動制御を通じて,『民法典』を編集し,毎年刊行することは,それほど困難ではなくなってきている。
1980年代に,パソコンに搭載されたdBASEⅡというリレーショナル・データベース・マネジメントシステム利用して,国民生活センター編『キーワード式消費者契約実務百科』第一法規(1985/03) 508頁を自動作成した経験を有しており(私が作成したプログラムの詳細については,加賀山茂「dBASEIIによる書籍自動作成システム」dBASEマガジン14号(1986/07) 6-15頁参照),今回,Microsoft社のAccessを利用して,同様にして,最新のデータベースを作成し,VBAで制御することを通じて,『民法典』を自動作成することを思い立つに至った。
『民法典』のデータベースへのデータの自動入力のためのawk等を利用したプログラミング([Aho=Weinberger=Kernighan・AWK(2001)] ,[Dougherty=Robbins『sed & awkプログラミング』(1997)],[中島他・AWK実践入門 (2015)]),および,『民法典』を自動編集するためのAccess VBAのプログラミング([緒方・AccessVBA開発工房(2013)] ,[結城・Access VBAサンプル集(2015)])の二つの作業は,私が,文献を読みながら徐々に進めていくべき課題である。しかし,『民法典』の自動作成が完成した場合には,これが契機となって,憲法,刑法,会社法,民事訴訟法,刑事訴訟法等においても,単独の法令集の編纂が開始されることを期待している。
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