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作成:2005年11月07日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
最一判平13・11・22民集55巻6号1056頁
甲が乙に対する金銭債務の担保として,甲の丙に対する既に生じ,又は将来生ずべき債権を一括して乙に譲渡することとし,乙が丙に対して担保権実行として取立ての通知をするまでは甲に譲渡債権の取立てを許諾し,甲が取り立てた金銭について乙への引渡しを要しないとの内容のいわゆる集合債権を対象とした譲渡担保契約において,同契約に係る債権の譲渡を第三者に対抗するには,指名債権譲渡の対抗要件の方法によることができる。
(集合債権譲渡担保の第三者対抗要件・民法467条2項の通知)
判時1772号44頁,判タ1081号315頁,金融法務1635号38頁,金融商事1130号3頁・1136号7頁
X:債権者(ダイエーオーエムシー)
B:債務者(ベストフーズ)
A:債務者Bの連帯保証人(イヤマフーズ)
C:第三債務者(ダイエー)
Y1:Aの国税債権者(国)
Y2:Aの破産管財人
年月日 | 事実 | 法律関係 |
---|---|---|
平成9年3月31日 | Xは,債務者Bに対する一切の債権を担保するために,債務者Bの連帯保証人Aとの間で,AがCとの間で,AがCとの間の継続的取引契約に基づいて現に有する,また,今後1年間の間に発生する商品売掛代金債権および商品販売受託手数料債権について譲渡担保設定契約を締結した。 | |
平成9年6月4日 | AはCに対して,確定日付のある証書により,譲渡担保設定通知を行った。 | 債権譲渡担保の対抗要件が備わったかどうか。 |
平成9年6月5日 | 本件通知がCに到達。その通知には「XからCに対して譲渡担保権実行通知がなされた場合には,この債権に対する弁済をXに行ってください」との記載がなされていた。 | |
平成10年3月31日 | Xは,書面により,Cに対して,譲渡担保権の実行を通知した。 | |
平成10年4月3日,6日 | Y1は,AのCに対する平成10年3月11日〜30日までの商品売掛代金債権(本件債権)につき,C宛ての通知書によって国税滞納処分による差押えを行った。 | |
平成10年5月25日 | Cは,本件債権につき,債権者不確知を理由として被供託者をAまたはXとする供託を行った。 | |
平成10年6月25日 | Aが破産宣告を受け,Y2が破産管財人に選任される。 | |
平成10年 | Xは,本件債権に対する譲渡担保権を主張して,Y1およびY2に対して,供託金について還付請求権を有することの確認を求めて訴えを提起した。 | |
平成11年2月24日 | 第1審判決:X敗訴。XがCに対して譲渡担保の実行を通知するまでは,Aが弁済受領権を有することを根拠に,Aの債権がXに移転するのは,実行通知のときであるとし,債権移転の前になされた譲渡通知は,民法467条2項の第三者対抗要件としての効果を生じないと判断した。 | |
平成11年11月4日 | 第2審判決:X敗訴。 | |
平成13年11月22日 | 最高裁判決:X逆転勝訴。 |
民法第369条〔抵当権の意義〕 抵当権者ハ債務者又ハ第三者カ占有ヲ移サスシテ債務ノ担保ニ供シタル不動産ニ付キ他ノ債権者ニ先チテ自己ノ債権ノ弁済ヲ受クル権利ヲ有ス
A地上権及ヒ永小作権モ亦之ヲ抵当権ノ目的ト為スコトヲ得此場合ニ於テハ本章ノ規定ヲ準用ス
第364条〔指名債権質の対抗要件〕
指名債権ヲ以テ質権ノ目的ト為シタルトキハ第467条ノ規定ニ従ヒ第三債務者ニ質権ノ設定ヲ通知シ又ハ第三債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ之ヲ以テ第三債務者其他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
A前項ノ規定ハ株式ニハ之ヲ適用セス
民法第467条〔指名債権譲渡の対抗要件〕
指名債権ノ譲渡ハ譲渡人カ之ヲ債務者ニ通知シ又ハ債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
2
前項ノ通知又ハ承諾ハ確定日附アル証書ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ以テ債務者以外ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
○供託金還付請求権確認請求事件(平成12年(受)第194号 平成13年11月22日第一小法廷判決 破棄自判)
【上告人】 控訴人 原告 株式会社ダイエーオーエムシー 代理人 片岡義広 外5名
【被上告人】 被控訴人 被告 株式会社ベストフーズ破産管財人 馬橋隆紀 外1名 代理人 岡本弘哉 外13人
【第1審】 東京地裁(平10(ワ)18256号 平成11年2月24日判決)
【第2審】 東京高裁(平11(ネ)1554号 平成11年11月4日判決)
○判示事項
金銭債務の担保として既発生債権及び将来債権を一括して譲渡するいわゆる集合債権譲渡担保契約における債権譲渡の第三者に対する対抗要件
○判決要旨
甲が乙に対する金銭債務の担保として,甲の丙に対する既に生じ,又は将来生ずべき債権を一括して乙に譲渡することとし,乙が丙に対して担保権実行として取立ての通知をするまでは甲に譲渡債権の取立てを許諾し,甲が取り立てた金銭について乙への引渡しを要しないとの内容のいわゆる集合債権を対象とした譲渡担保契約において,同契約に係る債権の譲渡を第三者に対抗するには,指名債権譲渡の対抗要件の方法によることができる。
〔参照条文〕 民法369条,民法467条2項
〔評 釈〕 大西武士・判タ一〇八六号八六頁,小野秀誠・金融商事一一四二号六一頁,千葉恵美子・ジュリ一二二三号七二頁
1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
2 上告人と被上告人らとの間において,上告人が別紙供託目録記載の各供託金について還付請求権を有することを確認する。
3 訴訟の総費用は,被上告人らの負担とする。
上告代理人片岡義広,同小林明彦,同小宮山澄枝,同内山義隆,同関高浩,同稲葉譲の上告受理申立て理由について
1 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 株式会社ベストフーズ(以下「ベストフーズ」という。)は,上告人との間で,平成9年3月31日,株式会社イヤマフーズ(以下「イヤマフーズ」という。)が上告人に対して負担する一切の債務の担保として,次の内容の債権(以下「本件目的債権」という。)を上告人に譲渡する旨の債権譲渡担保設定契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 債権者 ベストフーズ
イ 債務者 株式会社ダイエー(以下「ダイエー」という。)
ウ 債権 債権者が債務者との間の継続的取引契約に基づき,
(ア) 平成9年3月31日現在有する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権,
(イ) 同日から1年の間に取得する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権
(2) 本件契約においては,約定の担保権実行の事由が生じたことに基づき,上告人が第三債務者であるダイエーに対し譲渡担保権実行の通知をするまでは,ベストフーズが,その計算においてダイエーから本件目的債権の弁済を受けることができるものとされている。
(3) ベストフーズは,ダイエーに対し,平成9年6月4日,確定日付のある内容証明郵便をもって,債権譲渡担保設定通知(以下「本件通知」という。)をし,同通知は同月5日にダイエーに到達した。同通知には,要旨,「ベストフーズは,同社がダイエーに対して有する本件目的債権につき,上告人を権利者とする譲渡担保権を設定したので,民法467条に基づいて通知する。上告人からダイエーに対して譲渡担保権実行通知(書面又は口頭による。)がされた場合には,この債権に対する弁済を上告人にされたい。」旨の記載がされていた。
(4) 平成10年3月25日,ベストフーズが手形不渡りを出したことにより,イヤマフーズは上告人に対する債務の期限の利益を喪失し,本件契約において定める担保権実行の事由が発生した。上告人は,ダイエーに対し,同月31日,書面をもって本件譲渡担保設定契約について譲渡担保権実行の通知をした。同書面に確定日付はない。
(5) 被上告人国は,平成10年4月3日付け及び同月6日付けの差押通知書をダイエーに送達して,同年3月11日から同月20日まで及び同月21日から同月30日までの商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権(以下「本件債権」という。)について,ベストフーズに対する滞納処分による差押えをした。
(6) ダイエーは,平成10年5月26日,本件債権について,債権者を確知することができないことを理由に,別紙供託目録記載のとおり,被供託者をベストフーズ又は上告人とする供託をした。
(7) ベストフーズは,平成10年6月25日,破産宣告を受け,被上告人馬橋隆紀はその破産管財人である。
2 本件は,上告人が,被上告人らに対し,本件債権の債権者であると主張して,上告人が別紙供託目録記載の弁済供託金の還付請求権を有することの確認を求めている事件である。
原審は,次のとおり判示して,上告人の本件請求を棄却すべきものとした。
(1) 本件通知には,ベストフーズがダイエーに対する債権につき上告人のために譲渡担保権を設定したとの記載があるが,これに続けて,上告人からの別途の通知があった場合には上告人に弁済することを求めるとの記載もあるから,本件通知は,将来の別途の通知があるまでは,ダイエーはベストフーズに弁済すれば足りることを意味し,それまでの間は,担保権の目的物を消滅させることが認められている。したがって,当面は担保権設定による制約を受けない旨通知されていることになる。また,本件通知では,別途の通知があるまでは,債務者ダイエーが担保権設定者である当初の債権者ベストフーズに対する反対債権をもって,譲渡担保権が設定された債務と相殺することも容認しているものと考えられる。このことは,当初の債権者(ベストフーズ)の債務者に対する債権の帰属に変化はなく,あくまでも担保権設定者であるベストフーズが債権者であることを意味するものである。
そうすると,本件通知は,担保権者である上告人に債権が移転したことを通知したものと認めることはできず,債務者が同通知により債権の帰属に変動が生じたと認識することを期待することはできない。したがって,本件通知には,第三者対抗要件としての通知の効力を認めることはできない。
(2) 本件契約が,将来,約定の担保権実行の事由が発生し,上告人がダイエーに担保権実行の通知をした時点で,上告人に債権が移転するという内容であったとしても,本件通知をその対抗要件であると認めることはできない。本件通知を受けた時点では,担保権実行の事由が発生するか不明であり,実行の通知の有無,時期について全く不確定であるから,このような不確実な将来の事由が生じたら債権譲渡の効力を発生させるということを通知するにすぎない本件通知をもって,第三者に対する対抗要件としての通知の効力を認めることはできない。
3 しかしながら,原審の上記(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 甲が乙に対する金銭債務の担保として,発生原因となる取引の種類,発生期間等で特定される甲の丙に対する既に生じ,又は将来生ずべき債権を一括して乙に譲渡することとし,乙が丙に対し担保権実行として取立ての通知をするまでは,譲渡債権の取立てを甲に許諾し,甲が取り立てた金銭について乙への引渡しを要しないこととした甲,乙間の債権譲渡契約は,いわゆる集合債権を対象とした譲渡担保契約といわれるものの1つと解される。この場合は,既に生じ,又は将来生ずべき債権は,甲から乙に確定的に譲渡されており,ただ,甲,乙間において,乙に帰属した債権の一部について,甲に取立権限を付与し,取り立てた金銭の乙への引渡しを要しないとの合意が付加されているものと解すべきである。したがって,上記債権譲渡について第三者対抗要件を具備するためには,指名債権譲渡の対抗要件(民法467条2項)の方法によることができるのであり,その際に,丙に対し,甲に付与された取立権限の行使への協力を依頼したとしても,第三者対抗要件の効果を妨げるものではない。
(2) 原審の確定した前記事実関係によれば,本件契約は,ベストフーズが,イヤマフーズの上告人に対する債務の担保として,上告人に対し,ダイエーとの間の継続的取引契約に基づく本件目的債権を一括して確定的に譲渡する旨の契約であり,譲渡の対象となる債権の特定に欠けるところはない。そして,本件通知中の「ベストフーズは,同社がダイエーに対して有する本件目的債権につき,上告人を権利者とする譲渡担保権を設定したので,民法467条に基づいて通知する。」旨の記載は,ベストフーズがダイエーに対し,担保として本件目的債権を上告人に譲渡したことをいうものであることが明らかであり,本件目的債権譲渡の第三者対抗要件としての通知の記載として欠けるところはないというべきである。本件通知には,上記記載に加えて,「上告人からダイエーに対して譲渡担保権実行通知(書面又は口頭による。)がされた場合には,この債権に対する弁済を上告人にされたい。」旨の記載があるが,この記載は,上告人が,自己に属する債権についてベストフーズに取立権限を付与したことから,ダイエーに対し,別途の通知がされるまではベストフーズに支払うよう依頼するとの趣旨を包含するものと解すべきであって,この記載があることによって,債権が上告人に移転した旨の通知と認めることができないとすることは失当である。
4 そうすると,本件通知に債権譲渡の第三者対抗要件としての通知の効力を否定して上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,以上説示したところによれば,上告人の本件請求は理由があることが明らかであるから,本件請求を棄却した第1審判決を取り消し,これを認容すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久)
平成10年(1998年)6月12日に成立した「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」は,法人が行なう指名債権である金銭債権の譲渡について,不動産の場合と同様に,登記(厳密には,債権譲渡登記ファイルへの譲渡の登記)を対抗要件とすることを可能とすることによって,この問題の解決を図ることになった。その後,平成16年(2004年)によって,この法律の改正がなされ,法律名が,「動産及び債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」に変更されて,法人がする動産の譲渡について,登記によって対抗要件を備えることが可能となった。また,懸案となっていた債務者が特定されていない将来債権の譲渡についても,登記によって対抗要件を備えることができるように改正がなされた。
譲渡の目的物 | |||||
---|---|---|---|---|---|
不動産 | 動産 | 債権 | |||
個人の動産 | 法人の動産 | 一般債権 | 法人の有する金銭債権 | ||
対抗要件 | 登記 (民法177条) |
占有の移転(引渡) (民法178条) |
動産譲渡登記ファイルへの登記 (動産・債権譲渡の対抗要件に関する 民法の特例等に関する法律3条) |
債務者への通知 債務者の承諾 (民法467条以下) |
債権譲渡登記ファイルへの登記 (動産・債権譲渡の対抗要件に関する 民法の特例等に関する法律4条) |
この法律が,民法の対抗要件関連の条文に組み込まれずに特別法とされた理由は,適用の対象とされる取引の範囲(金銭の支払いを目的とする指名債権,動産の譲渡)と主体(設定者を法人に限定)が限定されていること,実体法規定だけでなく,登記に関する手続き規定も置くものであるからとされている。
現在のところ,登記ができるのは,法人のする動産譲渡と法人のする債権譲渡に限定されている。しかし,不動産登記に関する電算化の進捗状況を見るならば,遠くない将来,個人の債権譲渡に関しても,登記サービスが行なわれる可能性も否定できない。なぜなら,不動産登記に関しては,電算化に伴って登記閲覧サービスが向上し,2000年からは,個人のパソコンを使って不動産登記情報を閲覧するサービスがすでに開始されており,将来的には,登記申請に関してもパソコンによる申請を可能にするシステムが構想されているからである。
このようなシステムが開始されれば,債権譲渡の対抗要件に関しては,債務者にすべての情報を集中する方法よりもはるかに安全な取引が実現されることになるであろう。
もっとも,このような債権譲渡の登記システムも,対象が金銭債権に限られ,すべての指名債権の譲渡をカバーすることは考えられていない。したがって,今後も,民法が規定する債権譲渡の対抗要件の考え方を理解することは重要な意味を有している。
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