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第35回 贈与と無償契約総論

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい



財産権を移転する契約


典型契約は,財産権の移転を目的とする契約と財産権の移転を目的としない契約(物の利用,労務の利用,紛争の解決)とに2分される。そして,財産権を移転する契約は,さらに,財産権の移転の後,その返還を内在しているか否かで,財産権の返還を内在していない契約(贈与,売買,交換)と返還を内在している契約(消費貸借,消費寄託)とに2分される。

典型契約の分類基準 名称 定義条文
目的 性質
財産権の移転 無償 片務 諾成 贈与 第549条(贈与)
贈与は,当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し,相手方が受諾をすることによって,その効力を生ずる。
有償 双務 諾成 売買 第555条(売買)
売買は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
交換 第586条(交換)
@交換は,当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約することによって,その効力を生ずる。
A当事者の一方が他の権利とともに金銭の所有権を移転することを約した場合におけるその金銭については,売買の代金に関する規定を準用する。
物の
利用
を兼
ねた
財産
権の
移転
価値の
利用と返還
不特定物 無償 片務 要物 消費
貸借
第587条(消費貸借)
消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずる。
有償
無償 片務 消費
寄託
第666条(消費寄託)
@第五節(消費貸借)の規定は,受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合について準用する。
A前項において準用する第591条第1項〔消費貸借における返還の時期〕の規定にかかわらず,前項の契約に返還の時期を定めなかったときは,寄託者は,いつでも返還を請求することができる。
有償

確かに,財産権の移転の後,財産権の返還を内在している消費貸借契約は,物の利用という側面も有しているため,通常は,使用貸借,賃貸借と合わせて,物の利用に関する契約として分類されている。しかし,財産権を移転する側面も重要であるため,ここでは,物の利用を兼ねた財産権の移転を目的とする契約として,独立した地位を与えている。なお,消費寄託に関しては,便宜上,寄託の箇所で,信託と併せて論じることにする。


贈与


贈与の目的と性質


贈与とは,当事者の一方(贈与者)が財産を無償で相手方(受贈者)に与えることを内容とする契約である(民法549条)。

第549条(贈与)
贈与は,当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し,相手方が受諾をすることによって,その効力を生ずる。

一方(贈与者)だけが財産権移転の義務を負い,他方(受贈者)は義務を負わないので片務契約であり,贈与者は無償で財産を与えるので無償契約であり,合意だけで効力が生じるので諾成契約である。

もっとも,諾成契約とはいえ,書面によらない贈与は,履行の終った部分を除いて,各当事者が自由に「撤回」することができる(民法550条)。したがって,約束と同時に履行が行われる現実贈与の場合を除き,贈与の約束を守らせようと思えば,贈与契約書を作成することが肝要となる。

「自己の財産を」相手方に「与える」とは,通常自己の財産権を相手方に譲渡することを意味するが,贈与者の財産の減少により相手方たる受贈者の財産を増加させるものであれば,債務の免除,用益物権の設定又はその放棄でもよい。現に自己の所有に属さない特定の財産を贈与する契約も,債権契約として有効である(大判昭11・12・15法学6巻3号124頁)。

贈与契約が成立すると,贈与者は贈与契約の効力として特定の財産を受贈者に与える債務を負担するなど,契約によって負担した債務を受贈者に対して履行する義務を負う。


贈与の種類


贈与には,以下に述べるように,贈与を受ける者(受贈者)が負担を負わない通常の贈与と,受贈者が贈与を受ける見返りに,物を渡したり,働いたりしなければならないという負担付贈与(民法551条2項,553条)とがある。また,一回限りの給付を目的とする通常の贈与のほか,定期の給付を目的とする定期贈与がある(民法552条)。さらに,贈与者の生前に行われる通常の贈与のほかに,贈与者の死亡によって効力が生ずる死因贈与(民法554条)がある。

負担付贈与(民法551条2項,553条)

第553条(負担付贈与)
負担付贈与については,この節に定めるもののほか,その性質に反しない限り,双務契約に関する規定を準用する。

受贈者が贈与を受けるとともに,一定の負担を負う片務・無償の契約である。負担の限度においては,贈与の給付と負担の給付は対価関係類似の関係に立つから,実質は,双務・有償契約と同じである。したがって,贈与者は,負担の限度において売主と同様の担保責任を負い(民法551条2項),双務契約に関する規定(同時履行の抗弁権,解除等)が適用される(民法553条)。

したがって,負担つき贈与においては,受贈者がその負担である義務の履行を怠った場合には,民法541条,民法542条の規定が準用され,書面による贈与の場合であっても,また,履行が終わっている場合であっても,贈与者は贈与契約の解除をすることができる。

定期贈与(民法552条)

第552条(定期贈与)
定期の給付を目的とする贈与は,贈与者又は受贈者の死亡によって,その効力を失う。

「大学在学中,毎月仕送りをする」というように,定期に一定の給付を目的とする贈与契約は,「定期贈与」と呼ばれている。贈与者又は受贈者の死亡によって効力を失う。片務・無償の義務を相続人に負担させるべきではないからである。

死因贈与(民法554条)

第554条(死因贈与)
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については,その性質に反しない限り,遺贈に関する規定を準用する。

贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与である。死因贈与は契約であるので成立に受贈者の承諾を必要とし,単独行為である遺贈と異なる。ただ,遺贈に類似するので,遺贈に関する規定が準用される(民法554条)。

条文では,「その性質に反しない限り」とされているので,遺贈の単独行為に起因する規定,例えば,遺言能力,遺言の方式,承認・放棄に関する規定は準用されない。したがって,方式不備の遺言については,書面による死因贈与とみなして,その効力が認められる場合がありうる(最三判昭32・5・21民集11巻5号732頁(死因贈与の方式については,遺贈に関する規定の準用はない))。

贈与の特色(愛と恐怖に基づく契約)

贈与は,愛情または恐怖に基づいて行われているといわれている[ボールディング・愛と恐怖の経済学(1974)]。親が子供に物を与えたり,恋人同士がプレゼントをするのは,愛情に基づいている。また,貢ぎ物は,贈与しないと何をされるかわからないという恐怖によって行われる。もちろん,両方の感情が入り混ざって,贈与が行われる場合もありうる。

いずれにせよ,「愛と恐怖」は,人間の根源的な感情であり,あらゆる行為への動機づけとなりうるのであるから,贈与は,いつの時代にも普遍的な契約形態として重要な意味をもっている。

一般の教科書には,「贈与は無償の財産移転契約である。無償行為の社会的意義はそれほど大きくない。たしかに日常生活においては,無償行為はきわめて頻繁に見られる。しかし,これは,商品交換社会,有償行為による財産移転が基本である資本主義社会では,例外的なものである[遠藤他・民法(6)(1987)4頁]」という記述がしばしば見受けられる。しかし,これは,現実を無視した観念論である。

公益・社会事業の多くは,篤志家による寄付(贈与)によって成り立っている。また,わが国の中元・歳末商戦をみればわかるように,高級品が飛ぶように売れるのは,愛と恐怖に基づく贈与のためである。ここにおいては,有償行為である売買は,無償契約である贈与を行うためになされているに過ぎない。このように,贈与が呼び水になって,高額な有償契約が締結されることも多いのが現実である。

これとは反対に,無償契約が伴わないと有償契約が実現されないという場合も多い。賃貸借(有償契約)をするに際しては,保証人(無償契約)の存在が条件とされているのが通例であり,また,利子付きの消費貸借契約を締結しようと思えば,保証人(無償契約)が要求されるのが現実である。

それにもかかわらず,「資本主義において,無償契約は例外的で,社会的意義は大きくない」というような一種の現実離れのスローガンが,多くの民法の教科書に無反省に書き次がれているということは,何らかの理由があると思われる。

おそらく,経済的合理性のみを純粋に追求できる有償契約の方が,民法の研究課題として魅力があると思われてきたからであろう。しかし,経済的合理性が追求されていると思われている有償契約においても,利益を得ることなしに,過酷な責任のみを負わされる可能性のある無償契約(保証,贈与等)によってそれらの有償契約が支えられており,しかも,有償契約の隆盛の陰で過酷な責任を負わされている無償契約の犠牲者(保証人等)が存在することを無視してはならない。保険にかけるとすらできないほどの膨大なリスクを無償の保証人に負わせておきながら,その救済を無視した形で,有償契約の経済的合理性が研究対象として追求されているのだとすれば,民法学は,およそ社会的正義とか公平さとは縁のない,全く魅力のない学問に堕してしまうであろう。

現実には,保証,贈与をはじめとする無償契約は,有償契約の動機づけ,有償契約の促進のいずれにとっても決定的な役割を果たしている。したがって,「無償契約は,資本主義社会では,例外的なものであり,社会的有用性は大きくない」と決め付けるのは妥当ではない。もちろん,現代社会において,有償契約が中心的役割を果たしていることを否定するものではないが,有償契約のかなりの部分は,贈与のためになされているのであり,現代資本主義社会においても,なお,贈与は,有償契約に勝るとも劣らない社会的意義を有していること,有償契約の成立の陰で無償契約による犠牲者が数多く存在していることにも思いを致すべきである。

【課題T-1】

現在出版されている契約法(債権各論)の教科書において,無償契約がどのように位置づけられ,評価されているかを検討しなさい。もしも,現代資本主義においては,無償契約は,例外的なものであり,社会的意義はそれほど大きくない」等の記述がみられる教科書が多数見つかった場合,それらの教科書の著者・著書を発行年代別に整理し,その中で誰が一番最初に言い出したのかを探索してみなさい。

無償契約総論としての贈与

贈与は,無償・片務契約であることから,以下のような贈与の特色が導かれる。

贈与は,無償契約の典型であり,有償契約の典型である売買の規定が,性質の許す範囲で,すべての有償契約に準用される(民法559条)のと同様,贈与における以下のような性質(書面によらない契約の場合の履行完了までの取消し(いわゆる撤回可能性),無担保責任)は,性質の許す範囲で,すべての無償契約(使用貸借,無償の消費貸借,無償の寄託,無償の保証契約等)に準用されるべきである。

なお,民法596条(使用貸主の担保責任)においては,すでに,贈与者の担保責任に関する民法551条が準用されている。

第596条(貸主の担保責任)
第551条の規定は,使用貸借について準用する。

また,無償の消費貸借に関しても,民法590条2項は,有償の貸主の担保責任とは異なり,無償の貸主については,無担保責任の原則を前提とした規定を置いている。

第590条(貸主の担保責任)
@利息付きの消費貸借において,物に隠れた瑕疵があったときは,貸主は,瑕疵がない物をもってこれに代えなければならない。この場合においては,損害賠償の請求を妨げない。
A無利息の消費貸借においては,借主は,瑕疵がある物の価額を返還することができる。この場合において,貸主がその瑕疵を知りながら借主に告げなかったときは,前項の規定を準用する。
書面によらない贈与の撤回(民法550条)
第550条(書面によらない贈与の撤回)
書面によらない贈与は,各当事者が撤回することができる。ただし,履行の終わった部分については,この限りでない。

贈与は,諾成・不要式契約であるが,書面によらない贈与は,履行が終っていない部分については,いつでも撤回することができる。その立法趣旨は,贈与者が軽率に契約することを予防するとともに,証拠が不明確となり紛争の生ずることを避けようとすることにある。したがって「書面」が後日作成された場合でも,書面による贈与と認められる(大判大5・9・22民録22輯1732頁(贈与契約成立当時書面を作成しなくても,その後に至り書面を作成したときは,書面による贈与があったものと認められる))。したがって,その時から撤回ができなくなる。なお,贈与者のみならず,受贈者も撤回することができると解されている。

書面による贈与とは,贈与者の財産を移転するという意思が書面に表示されていればよく,必ずしも「贈与」の文字が記載された契約書でなくともよい。実質が贈与であれば,売買契約の証書を用いたものであってもよい(大判大15・4・7民集5巻251頁(売買に仮託して書面を作成したとしても,贈与の意思がその書面により明確である場合には,書面による贈与と認めることができる))。しかし,単に贈与があったことを証明するだけで,贈与者の意思が表れていないもの,例えば,日記帳,会社議事録では書面による贈与とはいえない(大判昭13・12・8民集17巻2299頁(書面による贈与というためには,贈与の意思が書面に記載され,その書面によって受贈者に対し表示されたことを必要とし,その他の書面により贈与の意思があったことを認めうるということでは足りない。村の功労者に対する慰労金の贈与は,村会の予算案および議事録に記載されているだけで,相手方に対する意思表示が示されていない限りは,書面によるものとはいえない))。

上記の最二判昭60・11・29民集39巻7号1719頁は,確かに,一般論としては,「贈与が書面によってされたといえるためには,贈与の意思表示自体が書面によっていることを必要としないことはもちろん,書面が贈与の当事者間で作成されたこと,又は書面に無償の趣旨の文言が記載されていることも必要とせず,書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足りるものと解すべきである」と述べている。しかし,本件の具体的な事案は,Aから不動産を取得したXらの被相続人である亡BがこれをYに贈与した場合において,亡Bが,司法書士に依頼して,登記簿上の所有名義人であるAに対し,右不動産をYに譲渡したのでAから亡Bを省略して直接Yに所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便を差し出したというものである。そして,本判決は,この内容証明郵便につき,この「書面は,単なる第三者に宛てた書面ではなく,贈与の履行を目的として,亡Bに所有権移転登記義務を負うAに対し,中間者である亡Bを省略して直接Yに所有権移転登記をすることについて,同意し,かつ,指図した書面であって,その作成の動機・経緯,方式及び記載文言に照らして考えるならば,贈与者である亡Bの慎重な意思決定に基づいて作成され,かつ,贈与の意思を確実に看取しうる書面というのに欠けるところはなく,民法550条にいう書面に当たるものと解するのが相当である。」と結論づけている。したがって,結果的には,「贈与の意思を確実に看取しうる書面」について,「書面による贈与」を認めたものとなっている点に留意する必要がある。

なお,今回の民法改正によって,「保証契約は,書面でしなければ,その効力を生じない」と規定されるに至った(民法446条2項)。保証契約は,通常,無償・片務契約とされるため,書面によらない保証契約は,無償契約総論と指定の贈与契約の規定(民法550条)が準用され,履行が完了していない場合には,いつでも撤回できることになるはずである。それを未然に防止するために,保証契約には,書面性が要求されるに至ったと考えることが可能である。立法者は,安易な保証契約から保証人を保護するためであると考えていたようであるが,自署を要するとするのであれば格別,電磁的記録によってなされた場合にも,すべて,書面によってなされたものとみなしてしまうのであれば,クリックするだけで保証契約が成立するのであるから,ある意味では,口頭契約よりも容易に契約が成立してしまうのであって,今回の改正による書面性の要求が,保証人を保護するためのものであるというのは,詭弁に過ぎない。

口頭による契約であっても,「履行の終わった部分」については撤回することができない。目的物の引渡しを終ったときは,未登記であっても履行が終わったというべきであるし(最三判昭39・5・26民集18巻4号667頁(病気のため入院中の内縁の夫が,同棲に使用していたその所有家屋を妻に贈与するに際して,自己の実印を該家屋を買受けたときの契約書とともに妻に交付する等の事実関係のもとにおいては,簡易の引渡による該家屋の占有移転があったものとみるべきであるから,これにより,右贈与の履行が終ったものと解すべきである)),登記済みであれば引渡しが未了であってもよい(最二判昭40・3・26民集19巻2号526頁(不動産の贈与契約に基づいて,該不動産の所有権移転登記がなされたときは,その引渡の有無をとわず,民法550条にいう履行が終ったものと解すべきである))。登記済証を交付したときも同様であると解されている(大判昭6・5・7新聞3272号13頁)。

無担保責任の原則(民法551条)
第551条(贈与者の担保責任)
@贈与者は,贈与の目的である物又は権利の瑕疵又は不存在について,その責任を負わない。ただし,贈与者がその瑕疵又は不存在を知りながら受贈者に告げなかったときは,この限りでない。
A負担付贈与については,贈与者は,その負担の限度において,売主と同じく担保の責任を負う。

贈与者は,贈与の目的である物あるいは権利の瑕疵又は欠缺については原則として担保責任を負わない。売主が重い担保責任を負うのに対して,贈与者が原則として担保責任を負わないのは,贈与の片務性・無償性に基づく。

もっとも,当事者が担保責任について特約を結んでいた場合及び贈与者が瑕疵・欠缺を知りながらこれを受贈者に告げなかったときは,担保責任を負うことになる(民法551条1項ただし書き)。そうはいっても,瑕疵・欠缺のない物を贈与し直す必要はなく,単に,損害賠償責任を負うことになるだけである。通常は,贈与者に現実の損害が発生することは少ないと思われるので,現実には,贈与者は責任を負わないことになろう。

なお,この無償契約における無担保責任の原則は,無償契約としての保証契約に適用されたときに劇的な効果を生じることになる。詳細はすでに,保証の箇所で論じたので再論を控え,結論のみを示すことにする。

保証人は,無償契約にもかかわらず,他人の債務を履行するという過酷な責任を負わされる。無償の契約における無担保原則に反するこの現実は,民法446条以下に規定されている以下のような保証人の免責制度が実現されている場合にのみ無償の保証人に対して担保責任を負わせることが正当化される。
以上の免責要件を充たしていない場合,すなわち,以下のような場合には,無償の保証人は,原則に立ち返って,担保責任を負わない(民法551条の準用)。
実務の取扱いにおいては,保証契約の付従性が剥奪されて,独立担保契約とされたり,債務者のみを免責することによって,保証人の求償権が確保されていない場合が多い。このような場合には,原則どおり,無償の保証人は担保責任を負わないと解すべきである。

【課題T-2】

贈与契約の無担保原則が無償契約に一般的に準用されるとすると,どのような不都合が考えられるかを,以下の順序で考察してみよう。
  1. 民法551条においては,贈与者の無担保責任が規定されると同時に,ただし書きで,贈与者が贈与の目的物又は権利の瑕疵又は不存在を知りながら受贈者に告げなかったときは,担保責任を負うとしている。このように,贈与者が不完全履行について悪意であった場合に,どの程度の責任を負う可能性があるのだろうか。
  2. 贈与者が重過失で目的物又は権利の瑕疵又は不存在を知らなかった場合には,贈与者は,どのような責任を負うのであろうか。
  3. 無償の保証人が債務者の資力について重過失で知らなかった場合,無償の保証人はどのような責任を負うだろうか。債務者の資力を知らないことにつき,債権者にも,無償の保証人に対する情報提供義務違反があった,もしくは,故意が合った場合にはどのように考えるべきであろうか。

【課題T-3】

「デートの約束には法的拘束力がない」ことを論じた以下の文章[内田・民法U(1997)15頁]を読んで,その問題点を,問1,問2,問3の順序で検討しなさい。

 合意があれば常に契約としての法的拘束力があるのだろうか。たとえば,デートの約束は,約束として守られるべきことには異論がないが,相手が来なかったからといって,損害賠償の請求を認めるべきだとは通常考えられない。その理由は,損害が些細なものだからではない。どんなに些細な損害でも,損害(精神的損害も含めて)がある以上は,賠償請求を肯定することに理論的な支障はない。
 むしろ,法的拘束力が否定される理由は,裁判所なり国家権力なりが出る幕ではないというのが社会の通常の意識だからだろう。したがって,合意があればすべて契約として保護されるというわけではないのである。
問1 Aは,タレントBとBのファンとがデートできる有料サービスを提供している。Bのファンクラブに入会しているCがこのサービスを受ける申込みをしたところ,Aを介してタレントBがCとのデートの申込みを承諾したとする。デートの当日,BがCとのデートをすっぽかした場合,CはBに対して損害賠償を請求できるか。
問2 Yが下宿の引越しをすることになった。Yに好意を寄せているXが引越しを手伝ってくれたので,YがXに謝礼(1万円)を渡そうとしたところ,Xは,「デートしてくれたら謝礼は要らない」というので,YはXとデートをする約束をした。Xは,Yのために,何日もかけてデートプランを練り上げ,高級レストランも予約していた。ところが,当日になって,Yは気分が乗らなくなってXとのデートをすっぽかしてしまった。恋心の冷めたXは,Yに対してレストランのキャンセル料等の損害の賠償を請求した。この請求は認められるか。
問3 問1,問2の問題を具体的に検討した後,「デートの約束に法的拘束力が否定される理由は,裁判所なり国家権力なりが出る幕ではないというのが社会の通常の意識だからだろう」[内田・民法U(1997)15頁]というのは,どういう意味なのか,以下の項目を検討したうえで解答しなさい。
  1. 民法754条は,「夫婦間でした契約は,婚姻中,いつでも,夫婦の一方からこれを取り消すことができる 」と規定しており,その理由として,「法律は家庭に入らず」という社会の通常の意識で説明されたことがあった。しかし,「法律は家庭に入らず」という意識が,DVを含めて,夫の妻に対する支配意識を助長していることが指摘され,現在では,民法754条は削除すべきであるという見解が有力である。「デートの約束に法的拘束力が否定される理由は,裁判所なり国家権力なりが出る幕ではないというのが社会の通常の意識だからだろう」というのは,夫婦に代表される緊密な間柄での約束事には,国家は干渉しないという意味であると解してよいのだろうか。
  2. 「任意に履行すれば有効な履行となるが履行の強制はできないという特殊の債務関係」(カフェ丸玉事件)を作り出すことは,契約自由の原則上,有効であると思われる。それでは,デートの約束の場合,当事者は,そのような債務関係を作り出すことについて,一般的に同意していると考えてよいのだろうか。
  3. 民法550条は,「書面によらない贈与は,各当事者が撤回することができる。ただし,履行の終わった部分については,この限りでない」と規定している。「デートの約束に法的拘束力が否定される理由は,裁判所なり国家権力なりが出る幕ではないというのが社会の通常の意識だからだろう」というのは,通常の場合,デートの約束が無償の約束だからであろうか。

書面によらない贈与の「取消し」vs.「撤回」論争

書面によらない贈与の「取消し」か「撤回」か?

今回の民法の現代語化(2004年)によって,書面による贈与の「取消」しは,書面による贈与の「撤回」と改められた。その理由は,取消しの効果が既往に遡らないからという理由によるものであるようである。確かに,書面によらない贈与が意思表示のときから効力を失うとすると,それまでに履行された部分には影響がない点で合理的のように考えられる。しかし,これまでの「取消」の規定でも,既に履行した部分については,「取消」しはできないのであるから,結果は異ならない。それにもかかわらず,あえて,諾成契約である贈与契約が成立し,法律効果がすでに生じた後の「取消」しについて,「取消とは違って,まだ終局的に法律効果が生じていない意思表示または法律行為の効力を阻止して,将来効果が発生しないようにする一方的な意思表示」[末川・全訂法学辞典(1974)734頁]としての「撤回」という用語を使うことにしたのであろうか。全く理解に苦しむ。

理解に苦しむ問題に出あったときは,通常は,歴史的な説明が有効である。今回の「撤回」の問題は,現在進行中の問題であるが,「撤回」という用語は,そもそも,ドイツ語のWiderrufの翻訳であることがはっきりしているので,ドイツ民法における撤回について考察してみるのが得策であると思われる。

ドイツ民法における「撤回」概念の多義性

ドイツ民法においては,贈与の「撤回」は,わが国の取消しと同様,効力を初めに遡らせ,すでに贈与したものの返還を請求するために規定されている。その条文を見てみよう。

ドイツ民法 第530条
@贈与は,受贈者が重大な過誤により贈与者またはその近親者に対して重大な忘恩の責任を負う場合には,撤回することができる。
(Eine Schenkung kann widerrufen werden, wenn sich der Beschenkte durch wine schwere Verfehlung gegen den Schenker oder einem nahen Angehoerigen des Schenker groben Undanks schuldig macht.)
ドイツ民法 第531条
@撤回は受贈者に対する意思表示によって行う。
A贈与を撤回したときは,贈与したものの返還は,不当利得の返還に関する規定にしたがって請求することができる。

ドイツ民法の贈与の撤回の規定(ドイツ民法530条以下)を見てみると,この撤回は,既に贈与したものの返還を求めることまでできるという,まさに,遡及効を有するものであり,わが国でいえば,贈与契約の「取消し」そのものである。

それでは,ドイツ民法における撤回という用語は,常に,すでに生じた法律行為を遡及的に効力を失わせるものののであろうか。いや,そうではない。申込等の意思表示に関しては,ドイツ民法の撤回は,意思表示が到達する前,すなわち,申し込みの効力が発生する前に,その効力を失わせるものとして規定されている。

ドイツ民法 第130条
@隔地者に対する意思表示は,その通知が相手方に到達した時から,その効力を生じる。意思表示が相手方に到達する前,または,それと同時に撤回(Widerruf)の通知が到達したときは,意思表示は効力を生じない。

このように見てくると,本家本元のドイツ民法においても,「撤回(Widerruf)」の用語は,以下のように,多義的であり,決して,「将来に向かって効力を失わせる」場合にのみ撤回という用語が使われているわけではないことがわかる。体系的思考が得意なドイツにおいて,このような用語の多義性を放置していることは珍しいことである。ドイツの標準的な法律学時点においても,Widerrufについての統一的な解説は断念されており,それぞれの類型(意思表示の撤回,贈与の撤回,遺言の撤回)ごとの説明に委ねられている[Creifelds, Rechtswoerterbuch (1988) S. 1352f.]。

  1. 意思表示の撤回
  2. 法律行為の撤回

このように,ドイツ民法における撤回の用語法を概観してみると,少なくとも,以下の2点が明らかとなる。

第1に,ドイツ民法においては,隔地者間の意思表示の場合,意思表示の到達前であって,意思表示が効力を発生していない段階,または,意思表示の到達と撤回の到達が同時の場合にのみ,撤回という用語を用いており,意思表示の到達後,すなわち,意思表示の効力が発生した後は,撤回(Widerruf)という用語を使っていない。

この用語法は,国際的な条約等にも適合している。わが国の民法が規定している意思表示(申込)の取消しまたは撤回の問題は,意思表示が到達した後の問題であるから,ドイツ民法の用語法に基づいても,また,CISG等の国際売買条約の用語法に従った場合でも,撤回(Withdrawal)ではなく,取消し(revocation)が正しいということになる。なお,国際条約では,効力が発生する前,すなわち,郵便で発信した申込みが到達する前に,電話やメール等でその申込みを撤回することができるが,申込みが到達した後は,一定の場合にのみ取消しができるとしている。わが国の民法は,521条以下において,申込みが到達した場合の取消しの問題のみを扱っており,結果的には,申込みの「撤回」ではなく,申込みの「取消し」が正しい。

今回の民法の現代語化において,民法521条以下の申込の「取消」がすべて,申込の「撤回」へと変更されたのは,撤回の語源を有するドイツ民法の用語法から見ても,また,わが国も遠くない将来に加盟すると思われるCISGの用語法から見ても完全な誤りであり,改悪といわざるを得ない。いずれ,わが国が国連国際動産売買条約(CISG)に加盟した場合には,取消へと再度改正する必要が生じるのであり,見識のない改悪をしたものだと悔やまれる。

第2に,贈与の撤回については,ドイツ民法は,撤回を,贈与の効力を初めに遡って失わせ,不当利得に基づく返還請求を根拠づけるものとして用いていることがわかる。わが国の用語法では,まさに,「取消し」にほかならない。わが国の問題として考えた場合にも,わが国の法律学辞典によると,撤回は,法律効果が生じていない場合に,将来に向かった効力を失わせるものとしている。そうだとすると,贈与契約が成立し,その効力が発生した後に,書面によらないという理由で,履行が終わっていない部分について贈与の効力を失わせるのは,撤回ではなく,取消というべきであり,今回の民法現代語化に基づく,取消から撤回への訂正は,これまた,改悪であったというべきであろう。

いずれにせよ,わが国をめぐる国際情勢を考慮するならば,民法521条以下の「撤回」を再度,「取消し」へと改正しなければならないのは,時間の問題であり,そのときには,民法550条の書面によらない贈与の「撤回」も,「取消し」へと再度改正すべきであろう。

現代語化された民法における「撤回」の分析と「撤回」概念の多義性

もっとも,民法が改正された現段階においては,「取消し」と「撤回」に関する新たな解釈論を構築せざるを得ない。現代語化された民法においては,「取消し」と「撤回」とは,以下のように区別されていると解釈できる。

現代語化民法における取消しと撤回の区別の破綻

現代語化された民法における撤回の多義性は,撤回に以下の3点を同時に求めていることが明らかとなった。そして,特に,夫婦間契約における無理由取消しを認めた点で,破綻するに至っている。

取消しと撤回に関する混乱を回避のための提言

以上の考察を通じて,今回の民法現代語化によって行われた「取消し」に関する一部の条文のみを「撤回」への変更は,整合性を欠いており,個々の撤回の条文の意味を考慮しつつ,統一的な「撤回」概念を構成することは不可能であることが明らかとなった。したがって,「取消し」・「撤回」論争は,出発点に戻って,再度改正をする必要があると思われる。

そして,次に述べるように,「撤回」の多義性を減少させ,「撤回」概念の要素間の矛盾を解消するためには,撤回とは,効力が発生する前に効力を喪失させるものであり,取消しとは,既に効力が発生した後に効力を喪失させるものであるという観点に立たざるをえないと思われる。そのような観点から見ると,今回の民法の現代語化は,当然に改正されるべきものが改正されず(民法115条,751条),反対に,改正すべきでないものが改正されており(民法407条2項,521条,524条,527条,530条,540条,550条),再度の改正によって混乱を収束させるべきであると考える。。

取消しと撤回との区別に関する要素として先に分析・抽出された要素のうち,第1に,効力の喪失が将来に向かってのみ生じるか,遡及的に生じるかについての区別は,問題とすべきではないと考える。その理由は以下の通りである。

第2に,取消しには,法定の原因が必要だが,撤回の場合には,そのような原因は不要であるとの区別は,程度の差であって,厳密な区別が困難であるので,問題とすべきではないと考える。

このように考えると,取消しと撤回の区別は,効力が発生する前の問題かそれとも効力が発生した後の問題かという点のみで判断すべきであるということになる。

効力が発生する前の問題は,すでに効力が発生している時点で初めに遡って効力を失わせるのを原則とする取消しとは相容れない問題であるので,撤回の問題とするのが妥当であろう。すでに効力が発生した後の問題は,既に生じた効力を喪失させる問題であり,取消しの用語を用いるのが適切であろう。このように考えると,以下のような結論が得られる。これをもって,取消しと撤回の区別の基準とすることを提言したい。

【課題T-4】

書面によらない贈与契約は,民法の立法者は,履行が終わっていない部分については,取消し可能であると考えていた。今回の民法現代化によって,取消し可能ではなく,撤回可能であるとされるに至った理由を,以下の点に言及しながら説明しなさい。

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