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第36回 売買と有償契約総論

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい



売買


売買は,社会経済生活上,最も重要かつ日常的に行われる契約であるが,今日的な問題として,売買当事者の権利・義務に関する法的整備,国際取引の発展に伴う国際的な法の統一等の整備の必要性が指摘・検討されてきた。そして,1980年のウィーン統一売買法(CISG:国連国際動産売買条約)の成功を契機にして,UNIDROIT国際商事契約法原則の仲裁での活用,EUの契約法の統一を目指すヨーロッパ契約法原則が整備されてきている。これらの動きは,中国の統一契約法の成立(1999年)や,ドイツ債務法改正(2001年)にも決定的な役割を果たしている)。


売買の目的と性質


財産権の移転

売買は,当事者の一方(売主)がある財産権を相手方(買主)に移転することを約し,相手方がこれに代金を支払うことを約する契約である(民法555条)。財産権とは財産的価値のある権利であって,物権,債権,無体財産権等である。

第555条(売買)
売買は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。

例えば,電気の供給は財産権の移転ではないが,判例は電気の供給契約は売買に類する有償契約であるとの理由で,電気料金債権は173条1号の債権に準じて2年の消滅時効にかかるとしている(大判昭12・6・29民集16巻1014頁)。

財産権は第三者の所有に属するものでも(他人物売買),将来取得する予定の財産権(例えば,未収穫の穀物の売買=青田売買)であってもよい。相手方は,その対価を金銭で支払うことを要する。金銭以外の物で支払う場合は,交換である。財産権の移転と代金の支払いは対価関係に立つから,売買は双務・有償契約である。諾成・不要式契約である。

目的物の引渡しと保存

売買は,有償で(代金を支払って)財産権を移転する契約である。そこで,売買における最も重要な債務は,「財産権を移転する債務(与える債務)」であるとされる。しかし,この「財産権を移転する債務(与える)」には,特に,目的物が有体物である場合には,当然に,その目的物の「引渡債務」が含まれることに注意する必要がある。さらに,引渡しまでの間の目的物の「保存義務」も含まれる。フランス民法は,このことを,以下のように,明文で規定している。

フランス民法 第1136条(与える債務の目的)
与える債務には,物を引き渡す債務及びその引渡に至るまで物を保存する債務が含まれる。この義務に違反した場合には,債務者は債権者に対して損害を賠償する責任を負う。

わが国の民法400条も,このような観点から見ると,財産権を移転する債務について,同様のことを規定した条文であると解釈することが可能となる。

第400条(特定物の引渡しの場合の注意義務)
債権の目的が特定物の引渡しであるときは,債務者は,その引渡しをするまで,善良な管理者の注意をもって,その物を保存しなければならない。

財産権を移転する債務には,目的物を引き渡したり,それまで目的物を保存する義務を負うということが明らかになると,財産権の移転義務と,目的物の保存や目的物の瑕疵との関係も明らかになってくる。

有償契約における目的物の契約適合性(品質保証)

確かに,一部の学説(法定責任説)は,売買は,財産権を移転する契約なのだから,目的物に瑕疵があっても,財産権さえ移転すれば,契約上の債務としては,完全な履行をなしたことになるのであり,それ以上の債務を負うものではない。したがって,売主に課せられた瑕疵担保責任(品質保証責任)は,売買契約上の債務ではなく,法律が特別に定めた法定責任であると解してきた。

しかし,財産権を移転する債務に目的物を引き渡したり,それまでの間目的物を保存する義務が含まれているとすれば,有償契約である売買の場合には,さらに一歩を進めて,目的物の品質が,対価と均衡するものであることを保証する債務を負っていると考えることも可能となる。

土地建物売買契約書 第5条(保 証)
売主は,本件土地建物に対する瑕疵のない完全な所有権を買主に移転するものとし,前条による引渡し及び所有権移転登記申請の時までに本件土地建物上に存する抵当権,質権,借地権,借家権その他買主による所有権の行使を妨げる一切の負担を除去するものとする。

売主の契約上の債務は,財産権を移転する義務が存するだけであるとの前提の下に,売主の品質適合義務を否定してきたドイツ民法が,2002年の債務法改正によって,この立場を改め,以下のように,売主に品質適合義務を認めて,売主の瑕疵担保責任が契約責任であることを明文で明らかにしたことは,わが国の学説にも大きな影響を与えるものと思われる。

ドイツ民法 第433条(売買契約における契約類型的な義務)
@売買契約により物の売主は,買主に物を引き渡し,物の所有権を移転する義務を負う。売主は,物及び権利の瑕疵のない物を移転する義務を負う。
A買主は,売主に合意された売買代金を支払い,売却された物を引き取らなければならない。

ドイツ債務法改正(2002)によって,ドイツ民法という大きな後ろ盾を失った法定責任説(瑕疵担保責任を契約責任でなく,法定責任であると考える以前の通説)が生き延びる道は,ほとんど残されていない。隆盛を誇った法定責任説も,遠からず,衰退の道を辿ることになろう。


有償契約総論としての売買


民法は,予約と手付に関して売買の総則に規定を設けている。予約や手付は売買以外の契約についても行われるものであるが,民法は,最も多く行われ,有償契約の典型ともいうべき売買について規定し,これを他の有償契約についても準用している(民法559条)。

第559条(有償契約への準用)
この節〔第3節 売買〕の規定は,売買以外の有償契約について準用する。ただし,その有償契約の性質がこれを許さないときは,この限りでない。

贈与の規定が無償契約総論としての意義を有するかどうかは,解釈上の問題である。すでに論じたように,筆者は,これを肯定的に考えているが,異論もありうる。しかし,売買の規定が有償契約総論としての意義を有することは,明文上も明らかであり,疑いの余地がない。

疑いの余地のない有償契約総論としての売買と,筆者が主張する無償契約総論としての贈与とを比較し,その目的と性質に応じて,契約に基づく債務がお互いにどのような差異を有するのかを明らかにしてみよう。

  契約目的 契約の性質 売主・贈与者の債務
目的物の保存 目的物の引渡し 財産権の移転 品質保証責任
贈与 書面によらない 財産権の移転 無償
書面による 自己の財産におけるのと
同一の注意義務(民法659条)
目的物の引渡し義務
売買 有償 善管注意義務(民法400条) 目的物の引渡し義務 追奪担保責任
(民法560-569条)
瑕疵担保責任
(民法570条)

上記の表で重要なことは,無償契約においては,書面による場合であっても,原則として担保責任を負わない(民法551条)という点である。


売買の予約


予約とは,将来本契約を締結することを約束する契約である。予約が成立したときは,理論的には,本契約締結義務の履行を求めることができるにとどまり,直接本契約の義務内容の履行を求めることはできないということになる。しかし,それでは迂遠のため,民法は,本契約締結を欲する旨の意思表示があれば,相手方の承諾を要せずに本契約が成立するものとした(民法556条1項)。

第556条(売買の一方の予約)
@売買の一方の予約は,相手方が売買を完結する意思を表示した時から,売買の効力を生ずる。
A前項の意思表示について期間を定めなかったときは,予約者は,相手方に対し,相当の期間を定めて,その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において,相手方がその期間内に確答をしないときは,売買の一方の予約は,その効力を失う。

本契約の締結を欲する旨の意思表示は,予約完結の意思表示と呼ばれ,このような意思表示をなしうる法的地位を予約完結権(形成権の一種)という。予約完結権を一方だけが持っているのが一方の予約であり,双方が持っている場合が双方の予約である。

双方の予約は,結局は,通常の申込みと承諾とを二重に繰り返すという関係に解消されてしまうため,現代における「双方予約」の機能は限定されており,諾成契約においては,予約といえば,一方の予約だけが意味をもつとされている[来栖・契約法(1974)22-28頁]。

本契約の締結を強制しうる約諾としての「売買の双方の予約」という観念は,歴史的に,契約が要物契約とされていた時期の産物であって,売買が諾成契約と認められている現在においては,売買の双方の予約という制度は,特別の場合を除いて,実際には必要ではない。
諾成契約としての売買に予約が必要とすれば,それは当事者の一方のみが本契約締結の権利をもち,他の一方が本契約締結の義務を負う場合である。そしてその場合に当事者の一方が売買契約の締結を請求し,他の一方が応諾の意思表示をするか応諾の意思表示に代わる判決があってはじめて売買契約が成立するとするのは,売買のような諾成契約については無用の手数に過ぎないので,予約権利者たる一方が売買を完結せんとする意思を表示したときは,さらに予約義務者としての他の一方の意思表示を俟たずに売買契約が成立するものとするのが自然であろう。
このようにして,売買が諾成契約となると,予約は当事者の一方に完結権を与え,その完結権の行使によって本契約を成立せしめうるものとしての意義をもつようになる。これが民法556条にいわゆる売買の一方の予約である。

わが国の通説は,売買一方の予約をもって停止条件付き売買として把握してきた。つまり,売買の一方の予約というのは,実は真の意味での予約ではなく,予約完結権の行使を停止条件とする売買本契約であり,したがって,予約の時点で売買契約は成立するが,未だその効力を生ぜず,予約完結権の行使により条件が成就してはじめて売買は完全に効力を生ずると考えている[柚木,井熊・売買の予約(1993)154頁]。

しかし,一方の予約は,本契約における申込みの段階にとどまるものであって,予約の段階では,本契約は停止条件付きでも成立しているわけではない(大判大8・6・10民録25輯1007頁)。もし,「一方の予約をもって,停止条件付き売買が成立している」というのであれば,「申込みをもって,相手方の承諾を停止条件とする売買契約が成立している」ということ,すなわち,申込段階で契約は条件付きで成立していることを認めなければならなくなってしまう。しかし,停止条件が完全に相手方の意思にかかっている随意条件は,民法134条によって無効であり[浜上・形成権授与契約(1968)84頁],申込みの段階で相手方の承諾を停止条件とする売買契約が成立するということはありえない[三宅・契約法(1983)145頁]。

以上のように,予約を停止条件付きの本契約に過ぎないと考えることが誤りであるとすると,予約は,本契約とは異なる独自の契約だと考えるべき[横山・不動産売買契約の成立(1990)302頁]であろうか。しかし,この理解も誤っている。契約の内容から見ると,予約の内容と本契約の内容とは全く同じものであり,予約を本契約から切り離し,独立した契約と考えることに無理があるからである。

それでは,予約と本契約とはいかなる関係に立つのであろうか。結論を先に言えば,予約とは,申込みをした者が本契約の承諾者となり,予約を受けたものが本契約の申込者の立場に立つ,すなわち,予約の申込者と承諾者の立場が本契約において逆転するメカニズムなのである。

以上の見解は,従来の考えとは異なる見解であるので,事例に即してわかりやすく説明することにしよう。ここでは,身近なホテルの予約を例にとって考えることにする。もちろん,以下のように,ホテルの予約は,「予約」ではなく,「本契約」だとする見解もある。

ホテルの予約は,「説明するまでもなく『本契約』である」[小川・予約の機能(1990)84頁]。
日常,『予約』と呼ばれている現象のうち,ホテルの予約,劇場や飛行機等の座席の予約,出版物の予約などは,いずれもここでいう予約ではなく本契約である。たとえば,ホテルの予約は,宿泊契約という無名契約(または混合契約)そのものであり,その予約ではない[内田・契約各論(1997)113頁]。

これに対して,以下のように,ホテルの予約は,文字通り,「予約」であると解する立場も存在する。

この予約を客は自由に破棄できるが,ホテルは客の予約完結権に応じなければならない予約だから,当事者の一方の予約である[須永・ホテル旅館宿泊契約(1963)195頁]。

ここでは,ホテルの予約は予約であるとして説明する。なぜなら,筆者は,ホテルの予約は,文字通り,「予約」(顧客がフロントに到着するまでは,宿泊契約を締結するかしないかは顧客の自由であるという状態)だと考えており,その方が,消費者保護にも資すると考えているからである。事業者の立場からは,「説明するまでもなく」本契約だといいたいところであろうが,学問的な観点からは,「説明するまでもなく」本契約だ[小川・予約の機能(1990)84頁]とか,「日常用語」と法律用語は異なるのであって,ホテルの予約は予約ではなく,本契約だ[内田・契約各論(1997)113頁]という安易な決め付けはすべきではないと思われる。

さて,宿泊予定者がホテルに電話を入れて,明日の夜の宿泊を予約しようとする。フロントに電話して,「明日の夜,シングルで一泊お願いしたいのですが。」という場合,これは予約の申込みである。フロントが「明日ですね。はい,お部屋を用意できます。承りました。」といい,宿泊予定者の氏名と電話番号と日程を確認することによって宿泊の予約が成立する。この時点で宿泊予定者は,要約者として,予約完結権を取得すると同時に,予約完結権を行使せずに,宿泊をキャンセルする自由を有する。これに対して,ホテルの方は予約者(予約義務者)となり,予約に拘束され,宿泊予定者が実際に訪れた場合には部屋を用意する義務を負う。

以上の予約のプロセスを,「契約交渉においてキャスティング・ボートを握るのはどちらか」という新しい観点で説明し直すと,「明日の夜シングルで一泊お願いしたい」という宿泊予定者の予約の申込みは,「明日の夜シングルで一泊したいのですが,場合によってはこちらからキャンセルするかもしれません。まだ本契約の締結はしたくないので,そちらから申し込んでくれませんか。」という申込みの誘引と機能は同じである。次に,「明日ですね。お部屋を用意できます。」というホテル側の予約の承諾は,予約完結権(契約締結権限)を相手方に授与するという意味で,本契約の申込み(契約締結権限の授与行為)と同じであり,実は,「はい,承りました。それでは,こちらから申し込ませていただきます。シングルの部屋が空いておりますので,明日宿泊していただけませんか」という本契約の申込みと同じ機能を果たしているのである。

この点を捉えて,予約を『拘束力アル申込ト性質ヲ同フス』るものと解する見解が存在する[中島(玉)・予約論(1908)29頁]。もっとも,同24頁は,「一方ノ予約ハ其ノ効力作用ニ於テ契約ノ申込ニ類似ス只一ハ一方行為ナレトモ他ハ契約ナリ是レ其ノ異ル所ナリ」としている。中島説を支持する[三宅・契約法(1983)145頁]も,「申込は一方の意思表示に過ぎないが,一方の予約は既に一つの合意である。しかし,その合意は,予約義務者が売買の申込を一定期間維持するという,売買の申込とは別個の合意なのである。」としている。これらの見解は,予約の本質に迫っている点で優れているが,予約と本契約とを別個の契約であるとしてる点で,問題を残している。確かに,予約義務者は,予約の申込者に対して,予約完結権を与えることを承諾しているのであって,本契約の申込自体をしているのではない。しかし,予約の申込者は,本契約の申込みを受けるというステップを経ずに,予約完結権という本契約の承諾権限を取得するのであって,予約を本契約とを別個の合意と捉えるべきではない。

予約の申込みに対する承諾によって,予約者が本契約の申込者と同じ立場に立たされるという点を捉えて,予約を「申込契約」と理解することも可能である[藤田・契約締結と予約(1995)66頁]。しかし,これを「申込契約」というのであれば,申込みの誘引に応じて申し込むことも同様に,「申込契約」とされなければならないはずである。しかし,申込みの誘引に対して申込みをすることを本契約とは別個の「申込契約」であると考える人はいないのであって,予約を「本契約とは別個の契約」と構成することも同じく不自然な考え方である。予約とは,予約の申込みと予約の承諾による予約完結権の授与という形式を踏みつつ,実態は,本契約の申込みを経ずに,予約の申込者が本契約の承諾者の権限を取得するというメカニズムにほかならない。

いずれにせよ,予約が成立した場合には,要約者の予約の申込みに応じて,予約者は要約者に予約完結権(契約締結権限)を授与しているため,予約を承諾した予約者が本契約の申込みをしたのと同じ状態が出現する。先の例に戻って考えると,宿泊予定者は,予約を通じて,予約者であるホテルから本契約の申込みを受けた承諾者と同じ立場に立つことになり,宿泊をすることも,信義則に反しない限りで宿泊をやめることも自由にできるのである。

このように,契約締結過程において,キャスティング・ボートを握るという観点から見ると,申込みの誘引をすることと,予約を申し込むこととは,相手方が同意することによって自らが契約締結権限を取得するという点で,全く同じ機能を果たすものであることに留意しなければならない[加賀山・予約と申込の誘引(1996)76頁]。

言い換えれば,予約は,本契約とは別の契約ではなく,予約とは,予約者(予約義務者)をして,申込みもしていないのに本契約の申込者の立場へと追いやり,予約の相手方(予約完結権者)をして,いきなり本契約の被申込者(承諾者)の立場へと立たせるものなのである。

例えば,個人が出張のため,ホテルの宿泊を予約をした場合,予約した個人は,病気等の理由で出張を中止することになったときは,直ちに予約をキャンセルする旨をホテルに通告し,本契約を不成立とすることができる。この場合,ホテルの方は,予定通り出張が行われる場合には,部屋を用意しておかなければならないし,個人の宿泊のキャンセルに対しては,違約金の請求をしないのが慣例として確立している。つまり,ホテル側は,自分から申込みをしたわけではないのに,宿泊の申込者と同じ立場に立ち,ホテルの予約客は,実際に宿泊をするまで,予約完結権を完結するか,予約をキャンセルするかを,自由に選択できる立場に立つのである。 このような予約完結権者の立場は非常に有利なものであり,このような有利な立場に無料で立てることは,次第に少なくなっていく傾向にある。例えば,ホテルの予約の場合においても,国によっては,予約をするためには予約料(予約手付)が要求されるようになってきており,予約をキャンセルする場合には,予約料がクレジットカードから引き落とされるというシステムに移行していくことが考えられる。

再売買の予約

売買の予約は,再売買の予約として行われることが多い。

再売買の予約とは,売買の目的物をいったん売却し,将来売主が買い受けるという予約であり,所有権移転の形式をもってする債権担保の目的ののために行われることが多い。所有権移転の形式による担保(譲渡担保)には,この再売買の予約のほか,買戻約款付き売買,解除条件付き売買がある。民法は買戻しについては債務者(担保権設定者すなわち当初の所有者)保護のため厳重な制限を設けた(民法579条)。したがって再売買の予約についてその条件を自由に認めるときは,買戻しについて認められた制限が崩れるおそれがある。

第579条(買戻しの特約)
不動産の売主は,売買契約と同時にした買戻しの特約により,買主が支払った代金及び契約の費用を返還して,売買の解除をすることができる。この場合において,当事者が別段の意思を表示しなかったときは,不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。
第580条(買戻しの期間)
@買戻しの期間は,10年を超えることができない。特約でこれより長い期間を定めたときは,その期間は,10年とする。
A買戻しについて期間を定めたときは,その後にこれを伸長することができない。
3 買戻しについて期間を定めなかったときは,5年以内に買戻しをしなければならない。

判例は,再売買の予約については,買戻しの制限に関する規定の類推適用はないものとしている(大判大9・9・24民録26輯1343頁)。しかし,再売買の予約と買戻しとは,同じ目的を実現するための法的構成の違いに過ぎない。両者を区別することは意味がない。

わが国の民法は,買戻しを解除の予約(売買契約と同時にした特約により,「買主が支払った代金及び契約の費用を返還して,売買の解除をすることができる」)と規定している)。これに対して,ドイツ民法では,同じ「買戻し」という問題をを再売買の予約(WiederKauf)として規定している。

ドイツ民法 第497条
@売主が売買契約において買戻権を留保したときは,売主が買主に対し買戻権を行使することを表示することによって買戻しが成立する。この意思表示(予約完結権)は売買について定めた方式を必要としない。
A売却について定めた代価は,買戻しについても同様であると推定する。

わが国の買戻しは,解除権の予約として構成されているため,売買契約は1回のみである。これに対して,ドイツ民法の買戻しは,再売買の予約として構成されているため,売買と再売買の2回の売買契約が存在する。表面的にはそのような差があるが,実質は,ほとんど変わらない。

予約完結権

予約完結の意思表示は,相手方に対する意思表示である。不動産物権の設定・移転を目的とする本契約の予約完結権者は,その完結権を行使し目的物について所有権の移転を請求する権利を有するから,この所有権移転請求権を保全するために所有権移転請求権保全の仮登記ができる(不動産登記法2条2項)。

不動産登記法(明治32年2月24日 法律第24号)
第2条(仮登記)
仮登記ハ左ノ場合ニ於テ之ヲ為ス
 一 登記ノ申請ニ必要ナル手続上ノ条件カ具備セサルトキ
 二 前条ニ掲ケタル権利ノ設定,移転,変更又ハ消滅ノ請求権ヲ保全セントスルトキ
    右ノ請求権カ始期附又ハ停止条件附ナルトキ其他将来ニ於テ確定スヘキモノナルトキ亦同シ

その結果,売主となる者が目的不動産を第三者に譲渡しても,完結権者は,売主に対して完結の意思表示をしてこれに代金を支払い,仮登記を本登記にすれば,第三者に対抗できる(大判昭13・4・22民集17巻770頁)。

予約完結権は債権譲渡の方法によって譲渡することができる(大判大13・2・29民集3巻80頁)。予約完結権につき所有権移転請求権保全の仮登記がされている場合は,予約完結権の譲渡を第三者に対抗するためには仮登記に権利移転の付記登記をすれば足り,債権譲渡の対抗要件を具備する必要はない(最一判昭35・11・24民集14巻13号2853頁)。

予約完結権の行使期間について,契約上定めのない場合は,形成権ではあるが実質的には一種の債権と解し得るので10年の消滅時効にかかる(民法167条1項)とするのが判例である(大判大10・3・5民録27輯493頁)。

予約完結の意思表示をすれば普通の売買契約と同一の効力を生ずる。消滅について556条2項に規定がある。売買,再売買,代物弁済などの予約完結権は,今日,物的担保の手段として用いられることが多い。この種の担保の多くは,いわゆる仮登記担保といわれるものに属し,仮登記担保契約に関する法律によって規制されている。

仮登記担保契約に関する法律(昭和53年6月20日 法律第78号)
第1条(趣旨)
この法律は,金銭債務を担保するため,その不履行があるときは債権者に債務者又は第三者に属する所有権その他の権利の移転等をすることを目的としてされた代物弁済の予約,停止条件付代物弁済契約その他の契約で,その契約による権利について仮登記又は仮登録のできるもの(以下「仮登記担保契約」という。)の効力等に関し,特別の定めをするものとする。
第2条(所有権移転の効力の制限等)
@仮登記担保契約が土地又は建物(以下「土地等」という。)の所有権の移転を目的とするものである場合には,予約を完結する意思を表示した日,停止条件が成就した日その他のその契約において所有権を移転するものとされている日以後に,債権者が次条に規定する清算金の見積額(清算金がないと認めるときは,その旨)をその契約の相手方である債務者又は第三者(以下「債務者等」という。)に通知し,かつ,その通知が債務者等に到達した日から二月を経過しなければ,その所有権の移転の効力は,生じない。
A前項の規定による通知は,同項に規定する期間(以下「清算期間」という。)が経過する時の土地等の見積価額並びにその時の債権及び債務者等が負担すべき費用で債権者が代わって負担したもの(土地等が二個以上あるときは,各土地等の所有権の移転によって消滅させようとする債権及びその費用をいう。)の額(以下「債権等の額」という。)を明らかにしてしなければならない。

【課題U-1】 予約に関する以下の文章[内田・民法U(1997)113頁]を読んで,次の問題に答えなさい。

日常用語の予約 日常,『予約』と呼ばれている現象のうち,ホテルの予約,劇場や飛行機等の座席の予約,出版物の予約などは,いずれもここでいう予約ではなく本契約である。たとえば,ホテルの予約は,宿泊契約という無名契約(または混合契約)そのものであり,その予約ではない。

問1 ホテルの予約を文字通り予約であるとすることによって利益を受けるのは誰か。不利益を受けるのは誰か。反対に,ホテルの予約を本契約であるとすることによって利益を得るのは誰か。不利益を受けるのは誰か。

問2 ホテルの予約を直前にキャンセルした場合に,ホテルは,慣行上,損害賠償を請求しているか。もしも,損害賠償を請求されるのはどのような場合か。

問3 学説の中には,以前から,ホテルの予約は,民法の解釈としても予約であるという説が存在する。内田説が,これを否定する根拠は何であると考えられるか。

この予約を客は自由に破棄できるが,ホテルは客の予約完結権に応じなければならない予約だから,当事者の一方の予約である[須永・ホテル旅館宿泊契約(1963)195頁]。

手付


手付は,「手付損倍戻し」といわれる江戸時代からの日本の取引慣習を立法化したものである([梅・民法要義(3)(1887)481頁],[吉田・手付(1985)160頁],[横山・手付(1998)309頁])。

「手付損倍戻し」の慣習とは,次のようなシステムである[我妻・民法案内(6-1)143頁]。

例えば,コメの買付け人が,産地のコメの売買に先立って手付を打ってコメの買い付けの権利を取得し,秋になってコメの相場が上がれば,買い付けの権利を行使してコメを購入する。反対に,コメの相場が値下がりしたら,手付金を放棄して,コメを購入せずにすませることができる。手付を受け取った者も,コメの相場が値下がりした場合には,労せずして手付金を手に入れることができ,コメの相場が予想以上に上がった場合には,手付金の倍額を相手に返還して,もっと高く買ってくれる相手に売ることもできる。

手付損倍戻しの慣習と,同じく,江戸時代に発達した先物取引の場合と比較してみよう。

先物取引の場合には,上記の例の場合,このようにうまくは行かない。先物取引の場合には,買主は,期日には必ず差金決済をしなければならず,読みが外れると買主は大損をするか,さもなくば,大量の現物を引き取る羽目に陥ってしまう。これに反して,オプション取引,または,手付による場合には,買主の読みが外れた場合でも,オプション料(手付金)を失うだけである。つまり,買主は相場が読み通りに動いた場合の利益を確保した上で,読みが外れた場合の損害を免れるための保険に入ったのと同じ効果を期待できる。もっとも,通常のオプション取引の場合には,オプション料を支払った当事者のみがそのような権利を取得できるのに対して,手付の場合には,相手方も手付の倍戻しを行うことによって,同じ費用で同じ権利を享受できる,すなわち,常に双方オプションであるという点に相違がある。

第557条(手付)
@買主が売主に手付を交付したときは,当事者の一方が契約の履行に着手するまでは,買主はその手付を放棄し,売主はその倍額を償還して,契約の解除をすることができる。
A第545条第3項の規定は,前項の場合には,適用しない。

手付とは,契約締結の際,当事者の一方から相手方に交付される金銭その他の有価物である。手付は,不動産売買で広く行われている。

手付の分類

手付の交付には種々の目的があり,それに応じて次のように分類される。

  1. 証約手付
  2. 違約手付
  3. 解約手付

手付の効カ

手付が解約手付の性質をもつとき,手付を交付した者は,手付返還請求権を放棄して契約を解除することができる(民法557条1項:手付流れ,手付損)。手付交付者が契約を解除するには,手付を放棄する旨の意思表示をする必要はなく,契約解除の意思表示をするだけでよい。この場合には,当然に手付返還請求権を失うことになる。

手付を受領した者は,手付の倍額を返還して契約を解除することができる(民法557条1項:手付倍戻し)。解除するには,単に契約解除の意思表示をしただけでは効力がなく,手付倍額の提供(最三判平成6・3・22民集48巻3号859頁は現実の提供が必要であるとする)をして契約解除の意思表示をしなければならない。ただし,倍額の提供をすればよく,相手方が受領を拒絶しても供託する必要はない(大判大3・12・8民録20輯1058頁)。

手付の意味を理解するためには,契約交渉においてキャスティング・ボートを握る戦略としての申込の誘引,予約,手付の機能をきちんと理解することが不可欠となる。そこで,それらの制度の比較対照表を以下に示すことにする。

イニシアティブ
を得る手段
権限の要求 権限の付与者 権限取得者 権限行使
否定的 肯定的
申込みの誘引 申込みの誘引 申込者 承諾者 申込みの拒絶 承諾
予約 予約の申込み 予約者=
予約の承諾者(諾約者)
相手方=
予約の申込者(要約者)
不行使=
予約の解除
予約完結権
の行使
手付 手付の交付 手付受領者 手付交付者 契約の解除
(解約手付)
履行請求
手付の買戻し 倍戻し受領者 倍戻し者 契約の解除

上の表によって,(1)「申込の誘引」と「予約の申込」とが同じ機能を果たしていること,(2)申込の誘引の場合には,申込者が承諾権限を付与し,承諾者が承諾権限を行使するのに対して,予約の場合には,予約の承諾者(民法は「予約者」と呼ぶ。学説は「予約義務者」ともいう)が本契約の承諾権限を付与し,予約の申込者の方が本契約の承諾権限(予約完結権)を行使する点で,権限の取得者が逆転した関係になっていることが明らかとなるであろう。

結局,キャスティング・ボートを握るのは,本契約の申込の場合には承諾者であり,予約の場合には,予約の申込者であること,さらに,手付は,対価を支払うことによって,契約を締結する,または,契約をキャンセルするという権限を取得するものであることが網掛け部分によって明確に示されている。

以上に述べたことにから,手付は,契約締結権限を取得するための対価(予約手付・予約料),もしくは,無理由解除権を留保するための対価(解約手付)であり,市場経済が高度に発展した社会に見られるきわめて合理的な制度であることが理解できると思われる。

「契約の履行に着手するまで」の解釈(1)−通説・判例

解除は当事者の一方が「契約の履行に着手する」までになされることを要する。履行の着手とは,履行の準備ではなく,債務の内容である給付の実行に着手することといわれるが,履行の準備との区別は必ずしも明確でない。

最高裁は,一般論として,「履行の着手」とは「債務の内容たる給付の実行に着手すること,すなわち,客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし,又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指す」とし(最大判昭40・11・24民集19巻8号2019頁),緩やかに解釈している。

これらは,いずれも履行期到来後の事案であるが,履行期前に履行の着手があり得るかについて,最高裁は,「債務に履行期の約定がある場合であっても,当事者が,債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している場合等格別の事情のない限り,ただちに,右履行期前には,民法557条1項にいう履行の着手を生じ得ないと解すべきものではない。」(最二判昭41・1・21民集20巻1号65頁)として,履行期前であっても「履行の着手」があり得ることを明示的に是認した。

履行期到来前の「履行の着手」を認めたものとして,他人の所有する不動産の売買において,売主が買主に譲渡する前提として当該不動産の所有権を取得し,自己名義に所有権移転登記を経由したときは,売主に履行の着手があったといいうるとし(前掲最大判昭40・11・24民集19巻8号2019頁,なお最二判昭43・6・21民集22巻6号1311頁),土地の売買において,買主が所有権移転登記についての履行期の直前に残代金の支払いの準備をした上で売主側にその受領を求める催告をした場合,買主の履行の着手を認めたもの(最三判昭50・6・27判時784号65頁)がある。

なお,最高裁(最三判平成5・3・16民集47巻4号3005頁)は,土地及び建物の買主が履行期前において,土地の測量をし,残代金の準備をして口頭の提供をした上で履行の催告をしても,売主が移転先を確保するため履行期が1年9か月先に定められ,右測量及び催告が履行期までになお相当の期間がある時点でなされた場合には,右測量及び催告は履行の着手に当たらないとした。その理由は以下の通りである。

ところで,民法557条1項は「当事者のー方が契約の履行に着手するまでは」,売主,買主ともに契約を解除できるとのみ規定するが,一方当事者が履行に着手したことによって,解除権の行使が許されなくなるのは,履行に着手した当事者と相手方との双方であろうか,それとも相手方だけであろうか。

一方当事者に履行の着手があれば,着手していない相手方も,履行がなされることについての期待を強くするので,その期待を保護する必要性が高いこと,民法557条1項の文理上も,当事者を区別していないことを理由に,当事者の双方が,解除できなくなると解する立場も有力であるが,最高裁は,557条1項を履行に着手した当事者の必要費用の支出,履行に対する期待を保護し,履行に着手した当事者が不測の損害を蒙ることを防止する趣旨と解し,「未だ履行に着手していない当事者に対しては,自由に解除権を行使し得るものというべきであ」り,このことは,「解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合においても,同様である」と判示した(前掲最大判昭40・11・24民集19巻8号2019頁)。

解約手付による解除は,債務不履行に基づく解除ではないから,損害賠償の請求をすることはできない(民法557条2項)。しかしながら,解約手付の交付があった場合でも,債務不履行を理由として契約を解除する場合には545条その他法定解除の規定によるべく,また損害賠償を請求することもできる(民法545条3項)。

「契約の履行に着手するまで」の解釈(2)−無理由解除権の信義則による制限

手付は,契約の予約または契約の締結から履行が開始されるまでの間について,相手方の履行を担保すると同時に,理由なしに解除をする権利を対価を払って取得するものであるから,そもそも,契約が履行されてしまえば,意味を失うものである。

民法が,契約の履行の完了ではなく,契約の履行が開始された段階で,手付損倍戻しによる解除を制限した理由は,当事者の一方が相手方を信頼して履行を開始した場合には,信義則上,相手方はその信頼を裏切ることができないとしたためである([吉田・手付(1985)161頁]は,履行着手による解除制限は,「着手後の解約によって相手方に損害が発生することを防止するために設けられた」としている)。

したがって,当事者の一方が相手方を信頼して履行に着手した場合には,相手方は手付損倍戻しによって契約の解除を行うことができなくなる。しかし,当事者の一方が履行行為を開始したとしても,相手方がそれを信頼して履行に着手するまでは,履行行為をした当事者は,依然として,自ら解除することができるのである(最大判昭40・11・24民集19巻8号2019頁)。これは,まさに,契約履行段階における信義則の適用にほかならない。

「履行に着手」したか否かは,契約履行における信義則の適用の一例に過ぎないのであるから,その判断は,一般条項の解釈と同様,様々な要素を考慮して判断されるべきことになる。

その際の判断要素としては,以下の点が考慮されるべきである。

  1. 当事者の行為が相手方に解除をしないとの信頼を与えるのに十分な客観的な外形を備えていたかどうか。
  2. 解除を行う時点が履行期前か履行期後か。
  3. 手付の額がその時点で解除することまで予想して交付されているかどうか。

解約手付と違約手付との関係

違約手付(損害賠償額の予定としての手付)の約定がある場合に,その手付がさらに解約手付としての性質を有するか。つまり,ある手付を違約手付(損害賠償額の予足としての手付)であると同時に解約手付であると認定することができるか(いわゆる「違約手付と解約手付の併存可能性」)が問題となる。

家屋の売買契約書に「買主本契約を不履行のときは手付金は売主において没収し返却の義務なきものとする。売主不履行のときは買主へ既収手付金を返還すると同時に手付金と同額を違約金として別に賠償し,以て各損害補償に供するものとする。」旨の条項があった場合について,第二審ではこれは違約手付であって解約手付ではないとしたが,最高裁は,557条は任意規定であるから当事者が反対の合意をしたときは適用されないが,上記条項と557条とは相容れないものではなく十分両立し得るものであるから,このような条項があることをもって右の反対の意思表示とみることはできず,解除権留保(解約手付)と併せて違約の場合の損害賠償額の予定をなし,その額を手付の額によるものと定めることは少しも差し支えないとして,解約手付と違約手付(損害賠償額の予定としての手付)の併存を認めた(前掲最三判昭24・10・4民集3巻10号437頁)。

学説では,解約手付は無理由の解除を認めるもので契約の拘束力を弱めるものであるので,契約の拘束力を強めるつもりで交付される違約手付(損害賠償額の予定としての手付)との併存は矛盾するとの反対説とこの判例を是とする説とがある。

契約が解除されないで履行された場合は,手付を交付した者は相手方にその返還を請求できる。しかし,手付が金銭であるときは,代金の一部に充当されるのが普通である。

土地建物売買契約書 第3条(手 附)
買主は売主に,本契約締結時に手附金として金○○○○○○円也を支払うものとする。この手附金は解約手附とし,売買代金の一部に充当するものとする。

契約に関する費用(民法558)


弁済の費用(民法485条)と契約費用(民法558条)との関係

第485条(弁済の費用)
弁済の費用について別段の意思表示がないときは,その費用は,債務者の負担とする。ただし,債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは,その増加額は,債権者の負担とする。
第558条(売買契約に関する費用)
売買契約に関する費用は,当事者双方が等しい割合で負担する。

弁済の費用とは,運送費・荷造費などをいうとされている。弁済の費用は,特段の意思表示がない場合には,民法485条に従って債務者が負担する。これに対して,契約費用とは,契約書の作成費や目的物の鑑定のための費用等のことをいうとされている。契約費用の場合は,民法558条に従って,当事者双方が平分して負担する。

弁済の費用と契約費用との区別はそれほどはっきりしていない。例えば,不動産売買の登記に要する費用は,弁済の費用として売主が負担するのか,契約費用として売主と買主が平分して負担するのかが問題となった事例で,大審院は,契約費用であると判示した(大判大7・11・1民録24輯2103頁)。もっとも,不動産取引においては,登記費用は買主が負担するとの特約が一般に利用されているため,登記費用が弁済の費用か契約費用かを論じる実益は大きくなかった。しかし,弁済の費用と契約費用とを区別する実益がないわけではない。特に,消費者契約法が,任意規定に反して,消費者の利益を一方的に害する契約条項は,無効とすると規定するに至ったため,登記費用が契約費用だとすると,本来,売主と買主で平分すべき契約費用を,すべて,買主に負担させることは,たとえ,任意規定に優先するはずの特約によってなされていたとしても,無効となる可能性を否定できないからである。

弁済の費用と契約費用との区別の基準は,以下のように考えるべきであろう。すなわち,債務者が弁済する際に要する費用のうち,契約の相手方にとっても有益である費用であり,かつ,その費用の対象となる債務者の行為に相手方も協力すべき関係にある場合を契約費用と考えるのが正当であろう。

このように考えると,契約書の作成費用,目的物の鑑定費用等は,相手方にとっても有益であり,かつ,相手方もその行為に協力すべきであるため,契約費用と考えるのが正当であろう。

また,争いのある登記費用についても,これは,本来,登記義務者である売主の弁済の費用であるが,買主にとっても,登記を行なうことは有益であり,かつ,登記に協力することが義務付けられているのであるから(共同申請主義),契約費用と解するのが正当である。

したがって,特約がなければ,登記費用は契約当事者で平分するのが本筋であり,すべてを買主に負担させている不動産取引の現状は,買主に一方的に負担を強いるものであり,売主が事業者である場合には,不公正な取引慣行として,消費者契約法第10条によって無効とされるおそれがあるというべきである。

以上のように考えた場合,民法485条と民法558条との関係をどのように考えるべきであろうか。

契約費用に関する民法558条の規定は,弁済の費用に関する民法485条の特則であると考えるのが一般的である。しかし,契約費用を,上記のように,その支出が相手方にとっても有益であり,かつ,相手方もその支出行為に協力すべきであるとすれば,相手方もその費用を負担する義務がある。その場合の各当事者の負担割合は,民法427条に従えば,平等の割合で負担すべきであるということになる。有償契約の場合には,各当事者の債務は対価的に均衡していると考えられるから,契約費用を各当事者が平分して負担することは,この点でも合理的である。

そうだとすると,民法558条は,民法485条の単なる特則ではなく,民法485条と民法427条の組み合わせによって説明される民法485条の具体化の例と考えることも可能であろう。

第558条 改正私案(売買契約に関する費用)
売買契約に関する費用は,その結果が双方に利益をもたらすものであることに鑑み,民法485条のただし書きの法理,および,民法427条の趣旨に基づいて,当事者の双方が平分してこれを負担する。

【課題U-1】 不動産売買における登記費用は,誰が負担すべきか。以下の順序で答えなさい。

問1 登記費用は,不動産売買における代金支払の費用か。それとも,売買契約に関する費用か。
問2 不動産取引においては,登記費用は買主が負担するとの特約が一般に利用されているが,この特約は,一般に有効か。買主が消費者である場合は,どうか。
問3 民法485条と民法558条とはどのような関係にあるのか。

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