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第37回 売主の責任(1)追奪担保責任

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい



特殊の売買


見本売買

見本によって目的物の品質,属性を定めたうえで締結される売買をいう。見本売買においては,売買目的物に瑕疵があるかどうかは,見本との比較によって決定される。

ドイツ民法 旧494条(試品または見本売買)
試品売買または見本売買(Kauf nach Probe oder nach Muster)の場合には,試品または見本の性質を保証したものとみなす。

試味売買(試験売買)

買主が目的物を試用してみた上で,その意にかなうことを条件とする売買をいう。

試味売買(試験売買)においては,試用期間中に,買主がその意にかなうことを表示することを「停止条件」として売買契約が成立するのが原則である。もっとも,民法134条(随意条件)により,「停止条件付法律行為は,その条件が単に債務者の意思のみに係るときは,無効」とされるので,この場合の停止条件付売買という意味は,たとえ,買主から申込みがなされていても,試用期間中は,売主から売買契約の申込みがなされた状態とみなされる,または,試用期間中は,買主が予約をした状態とみなされると考えればよい。すなわち,試用期間中は,買主が売買契約締結の締結権限を有しているのである。

ただし,例外的に,試用のために,目的物が買主に引き渡された場合には,買主が,試用期間内にその意にかなうかかなわないかを表示しない場合には,その意にかなったものとみなされる。すなわち,目的物が買主に引き渡された場合には,売主を保護するため,試用期間中に,買主がその意にかなわないこと(申込みの拒絶または予約完結権の不行使)を表示することを解除条件とする売買へと変質する。

ドイツ民法 第454条(旧495条)(売買契約の成立)
@試味売買または試験売買(Kauf auf Probe oder auf Besichtigung)においては,売買目的物の認諾は,買主の任意に委ねられる。売買は,疑わしいときは,認諾を停止条件として締結されたものとする。
A売主は,買主に客体の吟味を許容する義務を負う。
ドイツ民法 第455条(旧496条)(認諾期間)
試味売買または試験売買の目的物の認諾は,合意された期間内においてのみ,もしも,期間が合意されていないときは,売主によって買主のために定められた期間が徒過するまでの間においてのみ,表示することができる。物が試味または試験のために買主に引渡されたときは,その沈黙は,同意とみなされる。

陳列された商品を,売り場で試用・着用してみて購入する場合には,買主の同意を停止条件とする売買であるが,通信販売のように,商品が買主に引き渡された場合には,試用期間中に買主の同意がないことを解除条件とする売買となる点に,試味売買(試験売買)の特色があるといえよう。


売買の効力


売買契約が有効に成立すると,売主には代金請求権が,買主には目的財産の移転請求権が発生するのみならず,売買の目的物が不特定物である等直ちに財産権が移転するのを妨げるような事情のない限り,売買契約そのものの効果として直ちに物権変動の効果を生ずる(民法176条。なお代金支払い,引渡し・登記等の対抗要件の具備により所有権が移転するとする説が有力である)。

土地建物売買契約書 第6条(所有権の移転)
@本件土地建物の所有権は,第4条の売買代金の支払いが完了した時に,買主に移転するものとする。
A本件土地建物に付属する樹木,庭石,門,へい及び建物の造作に対する所有権は全て本件土地建物の所有権の移転と同時に買主に帰属するものとし,売主は,本契約締結時の現状のまま,本件土地建物とともに,買主に引渡すものとする。

また,売買における当事者双方の債務は互いに対価関係において結びついているから,同時履行の抗弁権,危険負担等533条以下の「双務契約」に関する規定がすべて適用される。さらに民法は,売買契約の有償性にかんがみ当事者双方を公平に取り扱う趣旨で売主の担保責任の規定をおいている。


売主の義務


売主は売買の目的である財産権を買主に移転する義務を負い,買主をして完全にその財産権を取得させるのに必要な一切の行為をすることを要する。すなわち,目的物が他人に属するときは他人からこれを取得して買主に移転しなければならない(民法560条)。したがって,財産権が占有を伴うものであるときは占有を移転し,財産権移転に対抗要件(不動産登記等)を必要とするときはその完成に協力し,財産権を証明する証拠書類があれば買主に引き渡すべきである。農地の売買にあっては,売主は,知事の許可を求める許可申請手続に協力すべき義務を負う(最一判昭43・4・4判時521号47頁)。

なお,他人の物を売買した場合に,その物の所有者たる他人が売主を相続したとき,所有者たる他人は,売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが,これにより所有権が当然に買主に移転するものでなく,所有者たる他人は,相続前と同様,権利移転につき諾否の自由をもち,売主としての履行義務を拒否できるとされている(最大判昭49・9・4民集28巻6号1169頁(他人の権利の売主をその権利者が相続し売主としての履行義務を承継した場合でも,権利者は,信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり,右履行義務を拒否することができる。))。

ドイツ民法 第185条(非権利者の処分)
@非権利者が権利者の同意を得て目的につきなした処分は有効とする。
A非権利者がなした処分は,権利者がこれを追認したとき又は処分をなした者が目的を取得したとき又は権利者が非権利者を相続し,かつ,遺産債務につき無限責任を負うときは有効とする。後の2つの場合において目的につき互いに相入れない数個の処分をなしたときは,最初の処分のみを有効とする。

所有権が買主に移ると,89条により果実収取権も買主に移転することになる。わが民法では売買契約と同時に所有権が移転するのを原則とするが,当事者の特約等によりこれと異なる場合もある。そこで,民法は,この果実収取権と目的物の保管費用請求権,代金の利息請求権との間に複雑な関係が生ずるのを避け,当事者双方を公平に取り扱うために,引渡しの前後により画一的に解決している(民法575条)。

第575条(果実の帰属及び代金の利息の支払)
@まだ引き渡されていない売買の目的物が果実を生じたときは,その果実は,売主に帰属する。
A買主は,引渡しの日から,代金の利息を支払う義務を負う。ただし,代金の支払について期限があるときは,その期限が到来するまでは,利息を支払うことを要しない。

民法575条により,売主が目的物の引渡しを遅滞している場合であっても,売主は引渡しをなすまでは果実収取権を失わず,また買主が代金の支払いを遅滞している場合でも,目的物の引渡しを受けるまでは,買主の代金の利息の支払義務も発生しないと解されている。

なお,民法575条は,売買契約が解除された場合の使用利益の帰属に関しても重要な意味を有している。この点については,買主の義務(代金の利息支払義務と売主による果実収取受忍義務)の箇所で詳しく検討する。


売主の担保責任


売買契約締結当時その目的たる財産権に瑕疵があり,あるいは目的物に瑕疵があって,これがために財産権の全部又は一部を移転することができず,あるいは瑕疵あるものを移転したときは,原始的一部不能であり,瑕疵のない物を給付することは不可能であるから,契約成立後に履行の不能を招来した場合(後発的不能)と異なり,瑕疵のあるものをそのまま引き渡せば債務は完全に履行されたこととなり,債務不履行となるものではない。けれども,売買の有償性にかんがみ,等価的均衡を維持するため,特に法律が売主の過失の有無をとわず買主を保護して,売主に一定の責任を課している(民法561〜570条)。これを売主の担保責任という。

以上の説明(法定責任説)がかつての通説であったが,近時は,売主の担保責任を特殊な債務不履行責任(契約責任)と解する説(契約責任説)が有力であり,通説化している。後者によれば,売主は給付した財産権・目的物に瑕疵があれば完全に債務を履行したことにならないから,担保責任は債務不履行の特別類型としての契約責任であるとする。なぜならば,財産権の移転を目的とする契約においては,単に,目的物の財産権を移転するだけでなく,売買の目的物が代金との等価的均衡を維持する義務,すなわち,売買契約の目的と性質から,当然に,売主には,目的物の権利及び品質について,瑕疵のない目的物を引き渡す義務が課せられるからである。

ドイツ民法も,2002年の債務法改正によって,法定責任説を捨て,以下のように,売主に品質適合義務を認めて,売主の瑕疵担保責任が契約責任であることを明文で明らかにしている。

ドイツ民法 第433条(売買契約における契約類型的な義務)
@売買契約により物の売主は,買主に物を引き渡し,物の所有権を移転する義務を負う。売主は,物及び権利の瑕疵のない物を移転する義務を負う。
A買主は,売主に合意された売買代金を支払い,売却された物を引き取らなければならない。

なお,いずれの説によって,担保責任は一種の無過失責任である(大判大10・6・9民録27輯1122頁)。

担保責任の内容は,契約解除権,代金減額請求権及び損害賠償請求権の3種であるが,契約責任説によれば,そのほかに完全履行請求権(瑕疵修補請求権・代物請求権)も認められる。

この契約解除権は一種の法定解除権であるから,法定解除に関する規定,特に民法545条が全面的に適用される。代金減額請求権はその性質上は一部の解除権とみるべきものであって,契約解除権とは本質上別個の権利ではない。

ここにいう損害賠償請求権は,法定責任説によれば,債務不履行を前提とするものではないから,履行利益に対する賠償ではなく,いわゆる信頼利益の賠償であるが(最一判昭57・1・21民集36巻1号71頁),売主に過失があれば,履行利益の賠償が認められるとする見解も有力である。契約責任説によれば,理論上は,信頼利益のみならず,理論的には,履行利益の賠償も認められることとなるが,民法416条の要件を満たすかどうかの問題であって,必ずしもそうなるとは限らない。

担保責任には,以下のように,「権利の瑕疵に対する担保責任」(追奪担保責任)と「物の瑕疵に対する担保責任」(瑕疵担保責任)との二つがある。

  1. 権利の瑕疵(追奪担保責任)
    1. 全部が他人の権利である場合
    2. 一部が他人の権利である場合
    3. 数量不足,物の一部滅失の場合
    4. 目的物の使用・収益を制限する権利がついていたり,必要な地役権がついていない場合
    5. 抵当権や先取特権がついており,その実行によって所有権が剥奪された場合
    6. 競売によって買い受けた目的物に権利の瑕疵がある場合
  2. 物の瑕疵(瑕疵担保責任)

権利の瑕疵に対する担保責任

全部が他人の権利である場合
第560条(他人の権利の売買における売主の義務)
他人の権利を売買の目的としたときは,売主は,その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

他人の権利に属しているものを売買の目的としたときは,まず売主がその他人から権利を取得して買主に移転すべきであるが(民法560条),もしこれが履行不能であった場合には,買主は契約の解除と損害賠償を請求できる(民法561条本文)。ただし,買主が悪意であった場合には,損害賠償の請求はできない(民法561条ただし書き)。悪意の買主はその損害を当然予期していたと考えられるからである。

第561条(他人の権利の売買における売主の担保責任)
前条の場合において,売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは,買主は,契約の解除をすることができる。この場合において,契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは,損害賠償の請求をすることができない。

他人物売買において,売主が売却した権利を取得して買主に移転することができない場合に,他人物売買であることを契約締結時に買主が知っていた場合には,買主は,契約の解除はできるが,損害賠償の請求をすることはできない。この場合に,第1に,買主が契約を解除ができるのは,契約目的が達成できないからである。第2に,買主が損害賠償を請求できないのは,売主が財産権の移転を特別に保証していた場合を除いて,売主は,結果債務である担保責任を負わないからである。

もっとも,買主が他人物売買であることを知っていた場合の売主の義務は,財産権の移転を受けるために最善の努力を尽くすという手段債務であり,それは,担保責任の問題ではなく,通常の債務不履行の有無の問題となる。したがって,買主が,例外的に,売主が財産権の移転を受けるための最善の努力(同種の合理的人間が同じ状況においてなすであろう努力)を尽くしていないことを証明した場合には,売主に対して損害賠償を請求しうることになる(民法415条)。

上記の判例を通じて,他人物売買における売主の義務の程度が明らかになったと思われる。すなわち,買主が善意の場合の民法561条の売主の担保責任(結果債務)と,他人物売買であることを買主が知っている場合,したがって,他人の所有権を売主が取得することについて売主が最善の努力を尽くすことのみを合意し,結果までを約束していない場合の債務不履行責任(手段債務)とが異なることが明らかになったと思われる。

買主が善意の場合 買主が悪意の場合
売主の義務の態様 目的物の財産権を確実に移転する義務
(結果債務)
他人から財産権の移転を受けるために最善の努力を尽くす義務
(手段債務)
買主の損害賠償請求の根拠 民法561条(担保責任という厳格責任) 民法415条(通常の債務不履行責任)
買主の解除権の根拠 契約目的不達成(民法561条)

次に,買主の善意・悪意ではなく,立場を変えて,売主が善意であった場合には,売主がその他人から権利を取得して買主に移転できないときは,売主の方から,買主に対して契約を解除できる。ただし,善意の買主に対しては損害を賠償しなければならない(民法562条)。この売主の解除権は,便宜に基づく売主保護のためのものであって,担保責任の規定ではない。

第562条(他人の権利の売買における善意の売主の解除権)
@売主が契約の時においてその売却した権利が自己に属しないことを知らなかった場合において,その権利を取得して買主に移転することができないときは,売主は,損害を賠償して,契約の解除をすることができる。
A前項の場合において,買主が契約の時においてその買い受けた権利が売主に属しないことを知っていたときは,売主は,買主に対し,単にその売却した権利を移転することができない旨を通知して,契約の解除をすることができる。

なお,他人の権利に属しているものを売買の目的とした場合としては,売主が他人のものを自己のものとして売る場合と他人のものを他人のものとして売る場合とがあり,民法560〜562条までの規定の適用に関して,通説は両者を区別しないが,後者の場合を民法560条以下の他人の物の売買から除外し,担保責任の規定は適用されないとする有力説もある。

一部が他人の権利である場合

この場合には,他人に属している権利の一部について当該他人から権利を取得して買主に移転しなければならないが,売主がこの義務を履行できないときは,買主は,その移転不能部分の割合に応じて代金の減額請求ができる(民法563条1項)。この場合,買主の善意・悪意を問わない。もし残部分だけでは契約の目的が達せられないという場合であれば,善意の買主は契約の全部を解除できる(民法563条2項)。善意の買主は,さらに損害があれば,その賠償を請求できる(民法563条3項)。

第563条(権利の一部が他人に属する場合における売主の担保責任)
@売買の目的である権利の一部が他人に属することにより,売主がこれを買主に移転することができないときは,買主は,その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求することができる。
A前項の場合において,残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは,善意の買主は,契約の解除をすることができる。
B代金減額の請求又は契約の解除は,善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない。
第564条
前条の規定による権利は,買主が善意であったときは事実を知った時から,悪意であったときは契約の時から,それぞれ1年以内に行使しなければならない。

買主がその責めに帰すべきでない事由によって真の売主を知らなかった場合には,民法564条の期間制限は,買主が売主を知ったときから起算されるべきであるというのが判例の立場である。

数量不足,物の一部滅失の場合

数量を指示して売買した物が不足した場合,あるいは一部が契約当時既に滅失(物の原始的一部滅失)していた場合,善意の買主は売主の担保責任を追及できる。この場合の担保責任の内容は,「一部が他人の権利である場合」と同じ,すなわち代金減額請求権(民法563条1項),契約解除権(民法563条2項)及び損害賠償請求権(民法563条3項)である(民法565条)。ただし,悪意の買主は,これらの権利を有しない。

第565条(数量の不足又は物の一部滅失の場合における売主の担保責任)
前二条の規定は,数量を指示して売買をした物に不足がある場合又は物の一部が契約の時に既に滅失していた場合において,買主がその不足又は滅失を知らなかったときについて準用する。

「一部が他人の権利である場合」には売主が他人の権利を取得して買主に移転する可能性も残されていたのであるから,最終的に完全な権利取得ができなかった場合に担保責任による保護を認めないのは適当でないのに対し,この場合は,契約の一部は原始的不能であり,悪意の買主は,完全な権利を取得できないことを知っていたものであるからである。

数量を指示した売買とは,「当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため,その一定の面積,容積,重量,員数または尺度あることを売主が契約において表示し,かつ,この数量を基礎として代金額が定められた売買」を指す。

したがって,土地の売買でその目的物を登記簿上の字,地番,地目及び坪数をもって表示したとしても,それだけで直ちに売主が右坪数のあることを表示したものということはできず,数量指示の売買とはいえない。

数量超過の場合

民法は,数量指示売買における数量不足の場合については,売主の担保責任を規定しているが(民法565条),数量超過の場合については,何の規定も置いていない。この点について,明文の規定を置いている,以下の国連国政動産売買条約52条が参照されるべきである。

CISG 第52条【期日前の履行,数量超過の引渡】
(1)売主が定められた期日前に物品を引き渡す場合には,買主は引渡を受領するか引渡の受領を拒絶するかの自由を有する。
(2)売主が契約で定めるよりも多量の物品を引き渡す場合には,買主は引渡を受領するか超過分の引渡の受領を拒絶するかの自由を有する。買主が,超過分の全部又は一部の引渡を受領した場合には,契約価格の割合でその対価を支払わなければならない。

数量超過の場合の基本的な考え方は,もしも,契約成立の時点で売主が買主が望む数量よりも多くの数量を売ろうとした場合には,そもそも,意思の合致を欠くことになり,契約そのものが成立しなかったはずであるという点にある(民法528条)。したがって,契約の履行段階での数量超過は,基本的には,売主の債務不履行として,売主は担保責任を負わなければならない(買主は契約の解除を請求できる)。数量不足の場合に代金減額請求が認められるからといって,数量超過の場合に代金増額請求が認められると考えるべきではない。なぜなら,数量不足も,数量超過も,ともに,売主の債務不履行であって,買主に責任を負わすべきではないからである。売主が代金増額請求ができるのは,CISG52条が規定しているように,買主が,数量が超過していても,それを拒絶せずに,超過部分の受領をあえて選択する場合に限定されると考えるべきである。

わが国の判例は,以下のように,代金増額の合意の存在を認めうる場合は別として,民法565条の類推によって,売主の代金増額請求権を認めることはできないとしている。

しかしながら,本判決の事案は,第三者が行った測量にミス(厳密には,測量後の求面計算のミス)があり,売買目的とされた土地の面積が59.86u少なく見積もられ,結果として,売買代金が,941万5,738円も安く算定されてしまったというものである。この事案の場合,売買代金の根拠となった面積計算に誤りがあり,買主が支払った金額が,本来の売買代金額よりも不足していたという,面積超過の事例である。そして,本件の事案の場合,買主は,面積超過が判明した後も,土地の引渡しを受けるという選択をしているのであるから,売主の代金増額請求が認められないままだと,買主が不当な利益を得てしまうというものであった。

数量指示売買であることが明らかな本件売買契約においては,正しい面積に基づいた代金を基準にして考えると,買主の代金支払は,支払不足の状態にある。したがって,具体的な紛争の解決としては,売主の錯誤の主張があれば,それを認め,売買交渉を仕切りなおすのが妥当であり,買主があえて面積超過の土地の受領を望むのであれば,面積が超過した部分に相当する金額について,買主が不当な利得をすることを妨げるためにも,売主の代金増額請求を認め,買主に不足分を支払うよう命じるべきであったと思われる。

目的物の使用・収益を制限する権利がついていたり,必要な地役権がついていない場合

売買の目的物が他人の地上権,永小作権,地役権,留置権又は質権の目的となっている場合(民法566条1項),及び目的たる不動産について登記した貸借権がある場合(民法566条2項後段。なお借地借家10条,31条2項,農地18条1項,2項による対抗要件を備えた場合も同じ),これらの権利は目的物の占有・用益を内容としているので,その範囲で買主の権利は制限され不完全となる。この場合,善意の買主は,損害賠償の請求ができるほか,契約の目的を達し得ない場合には,契約の解除もできる(民法566条1項,2項)。

第566条(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
@売買の目的物が地上権,永小作権,地役権,留置権又は質権の目的である場合において,買主がこれを知らず,かつ,そのために契約をした目的を達することができないときは,買主は,契約の解除をすることができる。この場合において,契約の解除をすることができないときは,損害賠償の請求のみをすることができる。
A前項の規定は,売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
3 前2項の場合において,契約の解除又は損害賠償の請求は,買主が事実を知った時から1年以内にしなければならない。

売買の目的不動産のために地役権があるとして売買されたのに,地役権がなかったという場合には,目的物の利用価値がそれだけ減少するわけであるから,「数量不足,物の一部滅失の場合」と同じに扱う(民法566条3項前文)。

抵当権や先取特権がついており,その実行によって所有権が剥奪された場合

売買の目的たる不動産に先取特権又は抵当権があった場合,これらの担保物権が実行されて買主がその所有権を失ったときには,契約の目的が達せられないこととなるので,買主は善意・悪意を間わず契約を解除できる(民法567条1項)。また,買主がみずから弁済などの出婦(民法378条・抵当権消滅請求権,民法474条・第三者弁済)をして所有権を保存したときは,売主に対して,その出捐した金額の償還を請求することができる(民法567条2項)。これらの場合,買主は善意・悪意を問わず損害賠償の請求もできる(民法567条3項)。

第567条(抵当権等がある場合における売主の担保責任)
@売買の目的である不動産について存した先取特権又は抵当権の行使により買主がその所有権を失ったときは,買主は,契約の解除をすることができる。
A買主は,費用を支出してその所有権を保存したときは,売主に対し,その費用の償還を請求することができる。
B前二項の場合において,買主は,損害を受けたときは,その賠償を請求することができる。

売買の目的物が質権の目的である場合には上記のとおりであるが,不動産質権の行使によって買主が目的物たる不動産の所有権を失った場合にも567条の適用がある(通説)。

競売によって買い受けた目的物に権利の瑕疵がある場合

強制競売の場合に,買受人が債務者から買い受けた目的物に権利の瑕疵がある場合には,通常の売買の場合の権利の瑕疵がある場合と同様,民法561条から民法567条の規定にしたがって,債務者に対して契約を解除し,または,代金の減額を請求することができる(民法568条1項)。

第568条(強制競売における担保責任)
@強制競売における買受人は,第561条から前条までの規定により,債務者に対し,契約の解除をし,又は代金の減額を請求することができる。
A前項の場合において,債務者が無資力であるときは,買受人は,代金の配当を受けた債権者に対し,その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。
B前2項の場合において,債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき,又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは,買受人は,これらの者に対し,損害賠償の請求をすることができる。

債務者が無資力であるときは,買受人は,代金の配当を受けた債権者に対して,その代金の全部または一部の返還を請求することができる(民法568条2項)。競売の場合,債権者は,債務者の財産につき,掴取力を得て処分を行った張本人であり,売買代金から配当を受けることからも,実質的な売主と考えることが可能だからである。

民法568条の解釈としては,競売の場合には,端的に,債権者を処分権限を取得した他人物売買の売主と同視すべきであるが,債務者に資力がある場合は,買主が債権者に担保責任を追及した場合,債権者は,結局,債務者に対して債権回収ができなかった不足額を債務者に対して請求することになり,最終的には,担保責任を債務者が負担することになる。したがって,この場合には,迂回を避けるために,直接債務者に担保責任を追及することにしたものと解することができる。これに反して,債務者が無資力の場合には,債権者は,債務者に求償請求をしても意味がないため,本来の原則に立ち返って,買主は実質的な売主である債権者に対して担保責任を追及できるとしたものと考えるべきであろう。

競売の場合は,目的物に権利の瑕疵がある場合には,以上のように,債務者または債権者は担保責任を負うが,原則として,物の瑕疵担保責任は負担しない(民法570条ただし書き)。もっとも,競売の場合に,債務者が物または権利の欠缺を知っていたにもかかわらず,これを申し出ず,または,債権者がこれを知っていて競売を請求したときは,買受人は,その過失者に対して,損害賠償を請求することができる(民法568条3項)。


参考文献


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我妻栄『民法案内6-1(債権各論上)』一粒社(1984)
[吉田・手付(1985)]
吉田豊「手付」『民法講座第5巻契約』有斐閣(1985)160頁
[遠藤他・民法(6)(1987)]
遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一編『民法(6)契約各論(第3版)』有斐閣(1987)
[Creifelds, Rechtswoerterbuch(1988)]
Creifelds, Rechtswoerterbuch, 9. Auflage, C.H. Beck, 1988.
[横山・不動産売買契約の成立(1990)]
横山美夏「不動産売買契約の『成立』と所有権の移転(2・完)」早稲田法学65巻3号(1990)302頁
[小川・予約の機能(1990)]
小川幸士「予約の機能としては,どのような場合が考えられ,何を問題とすべきか」『講座・現代契約と現代債権の展望(5)契約の一般的課題』(1990)84頁。
[司法研修所・要件事実2(1992)]
司法研修所『民事訴訟における要件事実』〔第2巻〕(1992)
[松坂・債権各論(1993)]
松坂佐一『民法提要債権各論』〔第5版〕有斐閣(1993)
[柚木,井熊・売買の予約(1993)]
柚木馨・生熊長幸「売買の予約」柚木馨・高木多喜男『新版注釈民法(14)債権(5)贈与・売買・交換』有斐閣(1993)
[樋口・アメリカ法(1993)]
樋口範雄『アメリカ契約法』弘文堂(1994)
[ハフト・交渉術(1993)]
フリチョフ・ハフト著/服部高宏訳『レトリック流交渉術』木鐸社(1993)
[鈴木・債権法講義(1995)]
鈴木禄弥『債権法講義〔三訂版〕』(1995)
[水本・契約法(1995)]
水本浩『契約法』有斐閣(1995)
[藤田・契約締結と予約(1995)]
藤田寿夫「契約締結と予約」法律時報67巻10号(1995)66頁
[齋藤・ゼミナール現代金融入門(1995)]
斎藤精一郎『ゼミナール現代金融入門』〔第3版〕日本経済新聞社(1995)
[香西・日本経済事典(1996)]
香西泰他監修『日本経済事典』日本経済新聞社(1996)
[平野・契約法(1996)]
平野裕之『契約法(債権法講義案U)』信山社(1996)
[加賀山・予約と申込みの誘引との関係(1996)]
加賀山茂「『予約』と『申込みの誘引』との関係について」法律時報68巻10号(1996)76頁
[法務総研・債権法U(1997)]
法務創造研究所『研修教材・債権法U〔第5版〕』(1997)
[内田・契約各論(1997)]
内田貴『民法U債権各論』東京大学出版会(1997)
[加賀山・判批・適法転貸借の帰趨(1998)]
加賀山茂「債務不履行による賃貸借契約の解除と適法転貸借の帰すう−最三判平9・2・25判時1599号69頁−」私法判例リマークス16号(1998)46頁
[横山・手付(1998)]
横山美夏「民法775条(手付)」広中俊雄・星野英一編『民法典の百年V』有斐閣(1998)309頁
[石田喜久夫・消費者民法(1998)]
石田喜久夫『消費者民法のすすめ』法律文化社(1998)
[民法判例百選U(2001)]
星野英一,平井宜雄,能見善久編『民法判例百選U』〔第5版〕(2001)
[大村・基本民法U(2003)82頁]
大村敦志『基本民法U(債権各論)』有斐閣(2003)
[曽野他訳・UNIDROIT契約法原則(2004)]
曽野和明,廣瀬久和,内田貴,曽野裕夫訳『UNIDROIT(ユニドロワ)国際商事契約原則』商事法務(2004)

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