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第38回 売主の責任(2)瑕疵担保責任

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


物の瑕疵に対する担保責任(瑕疵担保責任)

売買の目的たる物それ自体に隠れた瑕疵が存在する場合である。瑕疵とは,その物の通常有すべきものと期待されている性状を欠き,又は当事者が特に定めた特殊の性状を欠いているために,その物の使用価値や交換価値に減少をきたすような場合をいう。前者を客観的瑕疵,後者を主観的瑕疵という。

第570条(売主の瑕疵担保責任)
売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは,第566条の規定を準用する。ただし,強制競売の場合は,この限りでない。

この瑕疵は,物質的なものである必要はなく,売買の目的物に公法上の制限があり利用が制限されているというような,法律的な欠陥(法律的瑕疵)も含まれる。

ただし,借地権付建物の売買で,土地に構造的欠陥があり,建物倒壊の危険が生じたのでやむなく買主が建物を取り壊した事例について,貸借権の欠陥とはいえても,売買の目的物に瑕疵はないとした判例がある。

しかし,建物とその敷地の賃借権の売買の場合,敷地の欠陥によって建物を購入した目的を達することができない場合には,建物の敷地の賃借権に「瑕疵」があることは明らかであり,敷地の賃借権の瑕疵は,その上に建つ物の瑕疵と考えることができる。たとえ,その瑕疵について,売主とは別の賃貸人に修繕義務があるとしても,それによって,売主の担保責任が免責されることにはならないはずで,最高裁の判断は,理論的な観点からも,また,結果の妥当性の観点からも,問題があるといわざるを得ない。

ところで,瑕疵は,「隠れた」ものであることを要するが,隠れたとは,買主に取引上通常要求される程度の注意によっては気のつかないことという意味であり,結局のところ買主の善意・無過失を要するという意味である(大判大13・6・23民集3巻339頁)。

売主の担保責任の内容は,用益権による制限がある場合と同じである(民法570,566条)。すなわち,善意・無過失の買主は損害賠償を請求でき,特に,瑕疵のため契約の目的を達し得ないときは契約の解除もできる。契約責任説では更に完全履行請求権(瑕疵修補請求権・代物請求権)を有する。

なお,商人問の売買においては,買主は,目的物の検査及び瑕疵の通知をすべき義務を負わされ,しかも直ちに発見できない瑕疵でも,6か月を経過すれば,もはや担保責任を追及できないこととされている(商法526条)。この規定は,不特定物売買にも適用される。商取引の迅速性を確保しようとするものだからである。


売主の担保責任と他の制度との関係


瑕疵担保責任は,売主の責任のうちでも,実際上問題になることが多い。そのため,瑕疵担保責任と他の制度(錯誤と債務不履行)との関係が問題となる。

瑕疵担保責任と錯誤との関係

売買の目的物に契約当初から物の瑕疵があるときは,買主に錯誤があることが多い。しかし,瑕疵担保責任の規定は,法律行為の要素というほど重要でない部分に錯誤があった場合にも適用されるから,瑕疵担保責任の規定の適用範囲の方が錯誤の規定のそれよりも広い。問題は,両者の要件をともに充たす場合に,いずれの規定が適用されるかであるが,この点については,次のように説が分かれている。

この問題を考える上で,参照すべきは,建物内で自殺や殺人事件があったことが土地又は建物売買における隠れた瑕疵に当たるかどうか,錯誤に当たるかどうかの問題である。

瑕疵担保責任否定例

大阪高判昭37・6・21判時309号15頁
大阪地判平11・2・18判タ1003号218頁

瑕疵担保責任肯定例

横浜地判平元・9・7判タ729号174頁
東京地半平7・5・31判時1556号107頁,判タ910号170頁
浦和地川越支判平9・8・19判タ960号189頁
瑕疵担保責任と債務不履行との関係

瑕疵担保責任は特定物の売買に限るか,あるいは不特定物の売買にも適用されるかという問題である。学説は,法定責任説と契約責任説とで結論を異にする。

法定責任説

法定責任説によれば,特定物の売買では売主の債務はその特定物を給付することにつき,たとえ目的物に瑕疵があっても,瑕疵のないその特定物は存在しないから,売主は瑕疵のあるその特定物を給付すれば債務を完全に履行したこととなり(民法483条),債務不履行はないが,有償契約の等価的均衡を維持するために法が特に認めた責任が瑕疵担保責任であって,不特定物については,瑕疵ある物の給付は債務不履行であるとする。

この説によれば,不特定物については,債務不履行の一種として,解除及び損害賠償の請求が認められるほか,不完全履行特有の効果としていわゆる完全履行請求権が認められることになる。ただ,これらの請求権が10年の時効にかかるまで消滅しないのは,買主の保護が厚さにすぎ,また,特定物売買の場合の瑕疵担保責任がわずか1年で消滅する(民法570条,566条3項)のと権衡を失するという欠点があるため,学説は,信義則により,この期間を制限しようとし,あるいは570条,566条3項の類推適用を主張する。

契約責任説

これに対して近時の通説ともいうべき契約責任説によれば,「瑕疵ある特定物の履行は瑕疵なき履行である」との法定責任説の立場を「特定物ドグマ」であるとして批判し,担保責任は債務不履行責任の特則であるとして,570条は特定物,不特定物を問わず適用されるとする。判例は,はじめは,法定責任説と同様に,特定物の売買にだけ瑕疵担保責任の規定の適用があるとしていたが(大判大13・6・23民集3巻343頁),その後,不特定物の売買にもこれを適用しないと,この買主は1年の期間の制限を受けず一般の債権の消滅時効期間である10年内は代物の請求ができることになって売主に酷であるとして,不特定物の売買でも目的物が特定した後は,瑕疵担保責任の規定が適用されるものとした(大判大14・3・13民集4巻217頁)。

しかし,その後,その物が瑕疵があるために全然役に立たない場合に,完全な物の給付請求権を認めないのは債務不履行の本質に反するとの批判を受け,買主は瑕疵ある物の受領を拒否して瑕疵のない物の引渡しを請求することと,瑕疵ある物の引渡しを履行として認容して受領したうえで売主に対して瑕疵担保の責任を問うことのいずれかを選択できるが,いったん後者の方法を採った以上は債務不履行責任を追及することはできないとし(大判昭3・12・12民集7巻1071頁),次いで,不特定物の売買において給付されたものに瑕疵のあることが受領後に発見された事例について,買主が,瑕疵の存在を認識したうえで有給付を履行として認容し売主に対しいわゆる瑕疵担保責任を問うなどの事情が存しない限り,買主は,受領後も取替えないし追完の方法による完全履行の請求権を有し,また,その不完全な給付が売主の責めに帰すべき事由に基づくときは,債務不履行の一場合として,損害賠償講求権及び契約解除権をも有するものと解すべきであると判示するに至っている(最二判昭36・12・15民集15巻11号2852頁)。

担保責任に関する特約の効力

売主の担保責任に関する規定は,強行規定ではないから,信義則に反しない限り,特約によって軽減しても加重しても差し支えない(最二判昭45・4・10判時588号71頁)。

しかし,取引上の信用を保持するため,民法は一定の制限を定め,売主が担保責任を負わない旨の特約をしても自分の知っていて告げなかった事実,売買契約以前に自分で第三者のために目的物を制限する権利として設定したり又は第三者に譲渡した権利についてはその責任を免れることはできないものとした(民法572条)。

第572条(担保責任を負わない旨の特約)
売主は,第560条から前条までの規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても,知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については,その責任を免れることができない。

なお,消費者契約の場合には,以下に規定されているように,瑕疵担保責任を免責する契約条項は,無効となる。

消費者契約法 第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)
@次に掲げる消費者契約の条項は,無効とする。
  …(中略)…
 五 消費者契約が有償契約である場合において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約である場合には,当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。次項において同じ。)に,当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項
A前項第五号に掲げる条項については,次に掲げる場合に該当するときは,同項の規定は,適用しない。
 一 当該消費者契約において,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
 二 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で,当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおいて,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,当該他の事業者が,当該瑕疵により当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い,瑕疵のない物をもってこれに代える責任を負い,又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合

債権の売買の担保責任

債権の売買において,他人の債権の売買,質権の目的である債権の売買のように,その債権に瑕疵があるときは,民法561条から567条までの規定によって,売主は担保責任を負う(これらの規定に「物」とあるのは売買の「目的であるもの」の趣旨に解すべきである)。しかし,債権の売主は,債務者が支払能力を有することまで担保責任を負うものではない。

第569条(債権の売主の担保責任)
@債権の売主が債務者の資力を担保したときは,契約の時における資力を担保したものと推定する。
A弁済期に至らない債権の売主が債務者の将来の資力を担保したときは,弁済期における資力を担保したものと推定する。

ただし,売主が債務者の資力を担保する旨の特約は有効であるから,この特約がされたときに,どの時期の債務者の資力を担保したか不明のときに備え,民法はその推定規定を設け,債権者が時期を定めずに単に資力を担保したときは,売買契約の当時における債務者の資力を担保したものと推定し,弁済期の到来していない債権について売主が債務者の将来の資力を担保したときは,弁済期における資力を担保したものと推定している(民法569条)。

担保責任の時効

売主の担保責任については,1年の時効期間の定めがある(564条,565条,566条3項,570条)。速やかに解決しないと,紛糾を生じ,かえって公平の趣旨に反することになるからである。担保責任にもとづく損害賠償請求権を保存するには,売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確に告げることをもって足り,裁判上の権利行使をするまでの必要はない(最三判平成4・10・20民集46巻7号1129頁)。ただし,権利の全部が他人に属している場合及び担保物権による制限がある場合については,その性質上,時効期間の定めは置かれていない。なお,最高裁(最三判平13・11・27民集55巻6号1311頁)は,以下のように,瑕疵担保による損害賠償請求権には10年間の消滅時効の規定(民法167条1項)の適用があるとしている。


参考文献


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フリチョフ・ハフト著/服部高宏訳『レトリック流交渉術』木鐸社(1993)
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内田貴『民法U債権各論』東京大学出版会(1997)
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加賀山茂「債務不履行による賃貸借契約の解除と適法転貸借の帰すう−最三判平9・2・25判時1599号69頁−」私法判例リマークス16号(1998)46頁
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