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第40回 買戻し,交換

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい



買戻し


買戻しの目的

民法の買戻しとは,不動産の売買契約と同時にした特約に基づいて売主が留保した解除権の行使によって売買契約を解除することである(民法579条)。買戻約款付き売買は,売主が将来目的物を再び自分の手に取り戻すという権利を留保した売買であり,以前から不動産担保の作用を営んでいた。

第579条(買戻しの特約)
不動産の売主は,売買契約と同時にした買戻しの特約により,買主が支払った代金及び契約の費用を返還して,売買の解除をすることができる。この場合において,当事者が別段の意思を表示しなかったときは,不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなす。

買戻権は,一種の解除権であって形成権である。しかし,普通の解除権と異なり不動産所有権を取得する権利(不動産取得権)としての実質を有し,これを登記(付記登記,不動産登記法37条,59条の2)すると第三者に対しても効力を生ずる(民法581条1項)。さらに登記した買戻権の譲渡は,移転の付記登記をすることにより第三者に対抗できる(大判昭8・9・12民集12巻2151頁)。

民法は不動産担保としては,質権,抵当権について規定したのみで,所有権移転の形式による担保権を予定せず,買戻しを解除権の留保された売買として売買の項に規定している。これに対して,ドイツ民法では,同じ「買戻し」という問題をを再売買の予約(Wiederkauf)として規定している。

ドイツ民法 第456条(旧497条)
@売主が売買契約において買戻権を留保したときは,売主が買主に対し買戻権を行使することを表示することによって買戻しが成立する。この意思表示(予約完結権)は売買について定めた方式を必要としない。
A売却について定めた代価は,買戻しについても同様であると推定する。

わが国の民法は,買戻しの目的物(不動産に限定),買戻しの期間(最長でも10年間に限定),対抗要件(売買契約と同時の登記が必要),買戻代金(売買代金と費用を超えることができない)について厳重な制約を加えた。そのため,実際には,買戻しはほとんど利用されず,再売買の予約や代物弁済の予約などの方式が利用されている。

合意の内容 法律構成 機能
買戻し 売買+買戻し特約 売買+10年間の契約解除権の留保 売買代金=借金額
買戻し=借金の返済による目的物の受戻し
再売買の予約 売買+再売買の予約 売買+再売買の予約完結権の取得

判例は,再売買の予約については,買戻しの制限に関する規定の類推適用はないものとしている(大判大9・9・24民録26輯1343頁)。しかし,再売買の予約と買戻しとは,同じ目的を実現するための法的構成の違いに過ぎない。両者を区別することは意味がない。再売買の予約についてその条件を自由に認めるときは,買戻しについて認められた制限が崩れるおそれがある。

買戻しの要件

目的物は不動産に限られる(民法579条本文)。民法上の買戻しの対象は不動産に限られるということであって,動産,債権等について買戻しを禁ずる趣旨ではないので,動産,債権等の買戻しを特約することを妨げない(大判明39・1・29民録12輯81頁)。この場合には,民法579条以下の規定は適用されない。

買戻しの特約は,売買契約と同時にされることを要する(民法579条本文)。売買契約の後に買戻しの特約をしても579条以下の規定の適用はないが,その特約は無効ではなく,再売買の予約としての効力を認めるべき場合が多いとされる。

買戻代金は,買主が支払った代金及び契約の費用(民法558条)を越えることができない(民法579条本文)。売主が受領した代金の利息は,別段の特約のない限り,不動産の果実と相殺したものとみなされる(民法579条本文)。すなわち,果実の有無,代金の多寡いかんをとわず,果実は返還する必要がなく,代金の利息もまた償還することを要しない。別段の意思表示として,売主が利息の全額又は果実を控除した残額を支払うこととする特約も有効であるが,その場合にも利息は買戻代金には含まれないことに留意しなければならない(買戻後に利息を支払うこととなる)。

買戻期間は最長10年に制限される(民法580条1項)。

第580条(買戻しの期間)
@買戻しの期間は,10年を超えることができない。特約でこれより長い期間を定めたときは,その期間は,10年とする。
A買戻しについて期間を定めたときは,その後にこれを伸長することができない。
3 買戻しについて期間を定めなかったときは,五年以内に買戻しをしなければならない。

買戻しの期間を制限したのは,買戻権の存続によって不動産の権利関係が不安定となり,その改良利用を妨げることのないようにする趣旨である。買戻権の行使に始期や停止条件をつけることもできるが,この場合にも,買戻期間は契約成立の時から10年に限られる(大判大12・8・2民集2巻582頁)。始期が契約成立時から10年後のときは,買戻特約が無効となる(大判昭3・11・30民集7巻1036頁)。

買戻権の第三者に対する効力

第三者が買主から目的不動産を譲り受け,所有権移転登記を経由した場合には,第三者は買主の地位を承継することになるから,買戻しの意思表示は,この第三者に対してなすべきで,元の買主に対してなしても無効である(最三判昭36・5・30民集15巻5号1459頁)。

第581条(買戻しの特約の対抗力)
@売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは,買戻しは,第三者に対しても,その効力を生ずる。
A登記をした賃借人の権利は,その残存期間中1年を超えない期間に限り,売主に対抗することができる。ただし,売主を害する目的で賃貸借をしたときは,この限りでない。

買戻権が行使されると,目的不動産は売買契約の時にさかのぼって売主の所有だったことになり,この効力は第三者に対抗することができるから,第三者が,買戻しの特約の登記後その不動産について用益権,担保物権の設定を受けその登記をしていても,すべて遡及的に消滅するのを原則とする。しかし登記(借地借家法により対抗力を認められる場合を含む)した賃借権(短期賃貸借か否か問わない)に限り,買戻し後も1年間は売主(買戻権者)に対抗できるものとした(581条2項本文)。

買戻しの実行

買戻しは,買戻しの期間内に,買主の支払った代金及び契約費用を提供してこれをしなければならない(民法583条1項)。

第583条(買戻しの実行)
@売主は,第580条に規定する期間内に代金及び契約の費用を提供しなければ,買戻しをすることができない。
A買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは,売主は,第196条の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,有益費については,裁判所は,売主の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。

買戻しは解除権の行使であるから,その結果として,売買契約は解除され原状回復義務を生ずる。買戻権は財産権であるから,買戻権者の債権者は,これを代位行使することができる(民法423条)。

第582条(買戻権の代位行使)
売主の債権者が第423条〔債権者代位権〕の規定により売主に代わって買戻しをしようとするときは,買主は,裁判所において選任した鑑定人の評価に従い,不動産の現在の価額から売主が返還すべき金額を控除した残額に達するまで売主の債務を弁済し,なお残余があるときはこれを売主に返還して,買戻権を消滅させることができる。

Aが自己所有の不動産をBに600万円で売り,買戻約款を付した場合,Aの債権者(債権額300万円)が債権者代位権によって,買戻権をAに代わって代位行使するときは,債権者は実質的には不動産の現時の価額と買戻代金との差額のなかから弁済を受けようとするのであるから,買主は,裁判所の選定した鑑定人(非訟事件手続法84条)の評価に従い,例えば現時の価額が1000万円であったとすると,現時の価額から買戻代金600万円+α(契約費用・有益費)を控除した400万円−αのうちから300万円を売主の債権者に,残りを売主に返して,買戻権を消滅させることができる(民法582条)。

なお,民法は,共有者の一人が,買戻しの特約付きで共有物の持分を売却した場合につき,特別の規定(民法584条,585条)をおいている。

(共有持分の買戻特約付売買)
第584条
不動産の共有者の一人が買戻しの特約を付してその持分を売却した後に,その不動産の分割又は競売があったときは,売主は,買主が受け,若しくは受けるべき部分又は代金について,買戻しをすることができる。ただし,売主に通知をしないでした分割及び競売は,売主に対抗することができない。
第585条
@前条の場合において,買主が不動産の競売における買受人となったときは,売主は,競売の代金及び第五百八十三条に規定する費用を支払って買戻しをすることができる。この場合において,売主は,その不動産の全部の所有権を取得する。
A他の共有者が分割を請求したことにより買主が競売における買受人となったときは,売主は,その持分のみについて買戻しをすることはできない。

交換


交換の目的と性質

交換は,金銭所有権以外の財産権を互いに移転することを約する諾成の有償・双務契約である(民法586条1項)。

第586条〔交換〕
@交換は,当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約することによって,その効力を生ずる。
A当事者の一方が他の権利とともに金銭の所有権を移転することを約した場合におけるその金銭については,売買の代金に関する規定を準用する。

10万円の値価の物と8万円の値価の物に2万円の現金を加えて交換する契約のように,差額を金銭で払う場合(補足金付交換)については,売買の代金に関する規定(民法563〜565条(代金減額請求),民法576〜578条(買主の代金支払拒絶権),321条(動産売買の先取特権),328条(不動産売買の先取特権)など)が準用されている(民法586条2項)。

交換の現代的意義

交換は,売買と同じ双務・有償契約であるが,資本主義が発達した現在では例外的なものとなっている。その理由は,売買が,誰でもが欲しい金銭との交換であるのに対して,交換の場合は,必ずしも誰もが欲しいとは限らない金銭以外の物との交換であり,契約が成立する確率が売買に比べて非常に低くならざるをえないからである。

例えば,カキを生産している人が,ミカンを欲しいと思っているとしよう。ミカンを生産している人を探すのは困難ではないが,それらの人は,必ずしもカキを欲しいと思っているとは限らない。リンゴやクリが欲しいと思っているかもしれないのである。したがって,ミカンを生産する人を見つけて,お金で買うよりも,ミカンを作っていて,しかも,カキを欲しがっている人を見つける確率は,相当に低くなる。このように,交換契約は,目的達成の手段としては,成立するの確率が低く,効率重視の考え方が優先する社会では,衰退せざるをえない。

ただし,このように不便な交換でも,さかんに利用されている分野がある。それは,不動産の等価交換である。例えば,不動産を売却して資金を作り,別の所に土地を買おうとすると,売却に際して最高で50%にも達する譲渡所得税を徴収されてしまう。これに反して,所得税法58条1項に該当する不動産の等価交換を行うと,譲渡所得税を免れることができる。前近代的な契約形態である交換を活性化させているのは,近代的な税制に対する節税対策であるというのは,何とも皮肉な結果である。


参考文献


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