[契約法講義の目次]へ


第45回 信頼関係破壊の法理

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


賃貸借の終了


終了の原因


民法が特に終了原因として規定するのは,以下の6つである。

  1. 期間の満了(民法616条(使用貸借の規定の準用),597条(借用物の返還の時期))
  2. 期間の定めがない場合の解約(民法617条(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ),620条(賃貸借の解除の効力))
  3. 約定解除権の行使(民法618条(期間の定めのある賃貸借の解約をする権利の留保))
  4. 法定事由に基づく賃借人の解除(民法607(賃借人の意思に反する保存行為),610条(減収による解除),611条2項(賃借物の一部滅失による解除))
  5. 無断譲渡・転貸の場合の賃貸人による解除(民法612条2項)
  6. 賃借人の破産(旧民法621条→削除→破産法53条(双務契約))

なお,賃貸借に基づく法律関係は,民法が特に規定するもの以外に,以下の理由によって終了する。

  1. 当事者の合意(合意解除)
  2. 目的物の減失
  3. 履行不能
  4. 賃貸人と賃借人との地位の混同

期間の満了


賃貸借は,その期間の定めがある場合には,この期間の満了によって終了するが(民法616条,597条),期間満了後に,賃借人が引き続き賃借物を使用収益しているときは,賃貸人がそのことを知りながら,異議を述べないと,更新が推定される(民法619条1項本文)。これを黙示の更新という。もっとも,当事者は,更新された賃貸借につき,その後は期間の定めのないものとして解約の申入れをすることができる(民法619条1項ただし書き)。

特別法上は推定にとどまらず,更新があったものとみなしている(借地借家法5条2項,26条2項)。のみならず期間の満了に際し,建物がある場合に,土地賃借人から更新請求をすると,正当の事由をもって遅滞なく異議を述べない限り,更新したものとみなされるし(借地借家法5条1項,6条),借家,農地については,期間終了前の一定期間内に正当の事由を示して更新を拒絶しない限り,期間終了時に更新があったものとみなされる(借地借家法26条1項,28条,農地法19条,20条)。これらを法定更新という。

更新を拒絶するための正当の事由を考慮するに際して,借地借家法6条および28条は,借地権設定者及び借地権者等が土地の使用を必要とする事情のほかに,借地権者が申し出るいわゆる「立ち退き料」を考慮することを明文で定めている。

賃貸借の存続期間をまとめて表にすると以下のようになる。

06
00 01 02 03 04 05 10 20 30 40 50
借地 通常借地
(更新あり)
最初の期間 最短
最初の更新の場合 最短
以後の更新の場合 最短
定期借地
(更新なし)
通常定期借地 最長
建物譲渡特約付定期借地 最長
事業用定期借地 最短 →← 最長
借家 通常借家(更新あり) 期間の定めのない
建物賃貸借とみなされる
定期借家
(更新なし)
通常の定期借家
取壊予定建物の定期借家
06
00 01 02 03 04 05 10 20 30 40 50
民法 通常(長期)賃貸借 最長
短期賃貸借
(更新あり)
山林の賃貸借 最長
その他の土地 最長
建物 最長
動産 最長

期間の定めがない場合の解約


賃貸借に期問の定めのないときは,両当事者はいつでも解約の申入れをすることができる(民法617条1項)。この解約申入れは,民法上は,いつでも自由にできるが,賃貸借終了の効果が生ずるためには,申入れ後,一定の予告期間(土地については1年,建物については30日,貸席及び動産については1日)の経過を必要とする(617条1項)。

借地に関しては,期間の定めのないものはないが,借家に関しては,賃貸人からの解約の申入れは,時期としてはいつでもできる(効果は6か月経過後に発生)が(借地借家法27条1項),正当の事由がなければなし得ない(借地借家法28条)。借家人からの解約の申入れは民法の原則どおりである。正当事由の認定基準に関し,借地借家法は,自己使用の必要性に加え,建物の利用状況,立退料提供の申出の有無等,具体的な諸事情を総合的に考慮するに至っていた判例の変遷を踏まえ,これらの基準を列挙して規定している(借地借家法28条)。

なお,判例は,借地上の建物賃借人の事情は,特段の理由がない限り,借地人側の事情として考慮すべきではないとする。

また,農地の賃貸借の解約の申入れは,原則として都道府県知事の許可がなければできない(農地法20条1項)。この許可は,賃借人に信義違反がある場合,賃貸人の経営能力や賃借人の生計などを考慮して賃貸人の耕作を相当とする場合その他正当の事由がある限り,あらかじめ都道府県農業会議の意見を聞いた上,与えることになる(農地法202項,3項)。

期間途中の解約

途中で解約できないのが,原則であるが,当事者が期間内の解約権を留促したときは,解約できる(民法618条)。借地,借家,農地の賃貸借においては,解約権の留保は制限される(借地借家法9条,30条,農地20条7項)。


一定の事由がある場合の解除



債務不履行を原因とする解除


解除の根拠規定

賃借人に賃料不払いとか保管義務違反とか用方違反(民法616条,594条)などの義務違反があった場合にも,賃貸人は賃貸借契約を解除することができる。ただし,その根拠規定については,541条が継統的契約に関する解除を予想していないことから,賃貸借と同じく継続的契約関係である雇傭の解除についての628条を類推適用する説と,541条を修正して適用すべきであるとする説が対立しており,判例・通説は後者の541条修正適用説によっている。

解除の要件
当事者の信頼関係を基礎とする継続的契約関係において,541条所定の催告をしないで直ちに契約を解除できるか(即時解除)?

判例は,特段の事由のない限り,541条所定の催告が必要であるとする。

しかし,例外として「当事者の一方に,その信頼関係を裏切って,賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあった場合」には,無催告で契約を解除できるとしている。

なお,用方違反の場合には即時解除を認める例が多いが,賃料不払いでは少ないというのが判例の傾向である。

即時解除の可否の問題に関連して,「賃借人の違反行為の際は催告を要せず直ちに契約を解除できる(あるいは,当然に解除となる)」という無催告解除の特約の効力が問題となる。

このような特約も契約自由の原則からすれば有効となるはずであるが,余りに賃借人に酷だと認められるときは,民法90条により無効とされたり,信義則の見地から解除の効力を否定される。最高裁は,「賃料を1か月でも滞納したときは,無催告で解除できる」旨の特約は,「催告をしなくてもあながち不合理と認められないような事情が存する場合に無催告解除が許される旨の約定と解するのが相当である」(最一判昭43・11・21民集22巻12号2741頁)としており,下級審の裁判例も「信頼関係を破壊するような債務不履行」のときに限って,このような特約を有効とするものが多い。

541条所定の手続をとれば,義務違反がある限り,あらゆる場合に契約を解除できるか?

判例は,当初は,義務違反があれば,民法541条にしたがって契約を解除できるとしていた(大判昭8・7・3新聞3586号13頁)。しかし,肯定説をとると,わずかな賃料支払いの遅滞97でも賃貸借が解除され,賃借人に酷な結果を招くため,何らかの制限を加えるようになり,現在の判例理論は,賃借人の義務違反が賃貸借の基礎となる「信頼関係の破壊」に当らないときは,解除を認めない(最三判昭39・7・28民集18巻6号1220頁)。

学説は,これも「信頼関係破壊の法理」と呼ぶ。この場合の「信頼関係」の内容については,賃貸人の経済的利益にのみかかわるもの(即物的信頼関係)に限り,個人的・感情的なもの(人的信頼関係)は除かれるとする見解と,即物的信頼関係だけでなく人的信頼関係も含むとする見解の対立がみられる(612条2項による解除の場合も同じ)。判例は後説と考えられている。

「信頼関係の破壊の法理」にしたがって,賃貸借契約の解除の適否が判断されたものとしては,上記の賃料不払い(最三判昭39・7・28民集18巻6号1220頁(解除を否定)),先に述べた無断譲渡・転貸の例(最二判昭28・9・25民集7巻9号979頁(解除を否定))が典型例であるが,既に論じた増・改築禁止特約違反(最一判昭41・4・21民集20巻4号720頁[民法判例百選U(2001)第59事件](解除を否定))のほか,以下のように,更新料支払義務の不履行(解除を肯定)という事案もある。


終了の効果


賃貸借の終了は,期間の満了,解約はもとより解除の場合でも,将来に向っでのみ効力を生じ,遡及効はない(民法620条)。

第620条(賃貸借の解除の効力)
賃貸借の解除をした場合には,その解除は,将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において,当事者の一方に過失があったときは,その者に対する損害賠償の請求を妨げない。

賃借物返還義務,原状回復義務に関しては,民法616条によって,使用貸借の規定が準用されている。

第616条(使用貸借の規定の準用)
第594条第1項〔借主による使用及び収益〕,第597条第1項〔借用物の返還の時期〕及び第598条〔借主による収去〕の規定は,賃貸借について準用する。

有益費償還義務(民法608条2項)

第608条(賃借人による費用の償還請求)
@賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
A賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第196条第2項〔占有者による有益費の償還請求〕の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。

賃借権の相続


賃貸借は使用貸借とは異なり(民法599),借主の死亡によってその効力を失うことはない。賃借権も財産権であり,賃借人の一身に専属する権利ではないので,相続の対象となる(民法896条)。

第599条(借主の死亡による使用貸借の終了)
使用貸借は,借主の死亡によって,その効力を失う。
第896条(相続の一般的効力)
相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。

しかし,居住用の建物については,賃借人(被相続人)の同居者が内縁の配偶者や事実上の養子など,相続人でない場合には賃借権を相続できないので,これらの者の居住関係をどう理解するかは困難な問題である(いわゆる内縁配偶者の居住権の問題)。

判例は,家屋の賃借権に関して,賃借権は相続人が承継し,内縁の妻は,内縁の夫の死亡前は,内縁の夫を中心とする家族共同体の一員として,家主に対し,内縁の夫の賃借権を援用して当該家屋に居住する権利を対抗しえたのであり,この法律関係は内縁の夫が死亡し,その相続人が当該家屋の賃借権を承継した以後においても特別の事情がない限り変わりがないので,相続人の賃借権を援用して賃貸人に対抗できる(いわゆる援用理論)としている。

これらの判例については,相続人の承諾の有無にかかわらず援用できるとの理解もあるが,相続人が援用を承認している場合あるいは相続人の意思に反しないなど特別な場合のみ援用できるとする趣旨であるとの理解もある。また,相続人からの明渡請求に対しては,相続人と内縁の妻との間の身分関係,当該建物をめぐる両者間の紛争のいきさつ,当該建物の使用状況及び両者のこれに対する各必要度等を考慮し場合によっては,権利濫用の法理を用いて救済が図られることがある。

前者のいわゆる援用理論については,相続人が賃料債務などを履行せずに賃貸借契約が解除されたり,家主と合意解除したような場合,賃借権自体が消滅するので,その援用が不可能となるという問題がある。

学説は,援用理論のほか,借家権は家団(生活共同体)に属し,賃借人は家団であるので,名義上の賃借人が死亡しても,家団の代表者が交替するだけであるとする説(家団説),賃借人の同居者は同居者固有の権利として居住権を有するとする説(居住権説)があり,後2者はいずれも賃借権の相続性を否定する。

なお,相続人不存在の場合には,内縁の妻等に賃貸人に対抗する手段がないため,この場合は,相続開始当時,事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者が,賃借人の権利義務を承継する(すなわち相続と同じく賃借人となる)として立法的に解決されている(借地借家法36条)。

借地借家法 第36条(居住用建物の賃貸借の承継)
@居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において,その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが,建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは,その同居者は,建物の賃借人の権利義務を承継する。ただし,相続人なしに死亡したことを知った後1月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは,この限りでない。
A前項本文の場合においては,建物の賃貸借関係に基づき生じた債権又は債務は,同項の規定により建物の賃借人の権利義務を承継した者に帰属する。

参考文献


[民法修正案理由書(1896/1987)]
広中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)
[梅・民法要義(3)(1887)]
梅謙次郎『民法要義』〔巻之三〕有斐閣(1887)
[中島(玉)・予約論(1908)]
中島玉吉「予約論」京都法学会雑誌3巻5号(1908)29頁
[山中・契約総論(1949)]
山中康雄『契約総論』弘文堂(1949)
[我妻・各論中1(1957)]
我妻栄『債権各論中巻一』岩波書店(1957)
[須永・ホテル旅館宿泊契約(1963)]
須永醇「ホテル・旅館宿泊契約」『契約法大系VI』有斐閣(1963)195頁
[吉田・解約手付(1965)]
吉田豊「近代民事責任の原理と解約手付制度との矛盾をめぐって」法学新報72巻1・2・3号(1965)
[浜上・形成権授与契約(1968)]
浜上則雄「『契約形成権授与契約』について」ジュリスト389号(1968)84頁
[末川・全訂法学辞典(1974)]
末川博編『全訂法学辞典〔増補版〕』日本評論社(1974)
[来栖・契約法(1974)]
来栖三郎『契約法』(1974)有斐閣
[ボールディング・愛と恐怖の経済学(1974)]
ボールディング(公文俊平訳)『愛と恐怖の経済学』佑学社(1974)(Kenneth E. Boulding, "Economy of Love and Fear", Belmont, Wadsworth Publishing Company (1973).)
[広中・債権各論(1979)]
広中俊雄『債権各論講義』有斐閣(1979)
[星野・民法概論W(1981)]
星野英一『民法概論W(契約)』良書普及会(1981)
[石田穣・契約法(1982)]
石田穣『契約法』青林書院新社(1982)
[三宅・契約法(1983)]
三宅正男『契約法(各論)上巻』青林書院新社(1983)
[我妻・民法案内6-1(1984)]
我妻栄『民法案内6-1(債権各論上)』一粒社(1984)
[吉田・手付(1985)]
吉田豊「手付」『民法講座第5巻契約』有斐閣(1985)160頁
[遠藤他・民法(6)(1987)]
遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一編『民法(6)契約各論(第3版)』有斐閣(1987)
[Creifelds, Rechtswoerterbuch(1988)]
Creifelds, Rechtswoerterbuch, 9. Auflage, C.H. Beck, 1988.
[横山・不動産売買契約の成立(1990)]
横山美夏「不動産売買契約の『成立』と所有権の移転(2・完)」早稲田法学65巻3号(1990)302頁
[小川・予約の機能(1990)]
小川幸士「予約の機能としては,どのような場合が考えられ,何を問題とすべきか」『講座・現代契約と現代債権の展望(5)契約の一般的課題』(1990)84頁。
[司法研修所・要件事実2(1992)]
司法研修所『民事訴訟における要件事実』〔第2巻〕(1992)
[松坂・債権各論(1993)]
松坂佐一『民法提要債権各論』〔第5版〕有斐閣(1993)
[柚木,井熊・売買の予約(1993)]
柚木馨・生熊長幸「売買の予約」柚木馨・高木多喜男『新版注釈民法(14)債権(5)贈与・売買・交換』有斐閣(1993)
[樋口・アメリカ法(1993)]
樋口範雄『アメリカ契約法』弘文堂(1994)
[ハフト・交渉術(1993)]
フリチョフ・ハフト著/服部高宏訳『レトリック流交渉術』木鐸社(1993)
[鈴木・債権法講義(1995)]
鈴木禄弥『債権法講義〔三訂版〕』(1995)
[水本・契約法(1995)]
水本浩『契約法』有斐閣(1995)
[藤田・契約締結と予約(1995)]
藤田寿夫「契約締結と予約」法律時報67巻10号(1995)66頁
[齋藤・ゼミナール現代金融入門(1995)]
斎藤精一郎『ゼミナール現代金融入門』〔第3版〕日本経済新聞社(1995)
[香西・日本経済事典(1996)]
香西泰他監修『日本経済事典』日本経済新聞社(1996)
[平野・契約法(1996)]
平野裕之『契約法(債権法講義案U)』信山社(1996)
[加賀山・予約と申込みの誘引との関係(1996)]
加賀山茂「『予約』と『申込みの誘引』との関係について」法律時報68巻10号(1996)76頁
[法務総研・債権法U(1997)]
法務創造研究所『研修教材・債権法U〔第5版〕』(1997)
[内田・契約各論(1997)]
内田貴『民法U債権各論』東京大学出版会(1997)
[加賀山・判批・適法転貸借の帰趨(1998)]
加賀山茂「債務不履行による賃貸借契約の解除と適法転貸借の帰すう−最三判平9・2・25判時1599号69頁−」私法判例リマークス16号(1998)46頁
[横山・手付(1998)]
横山美夏「民法775条(手付)」広中俊雄・星野英一編『民法典の百年V』有斐閣(1998)309頁
[石田喜久夫・消費者民法(1998)]
石田喜久夫『消費者民法のすすめ』法律文化社(1998)
[民法判例百選U(2001)]
星野英一,平井宜雄,能見善久編『民法判例百選U』〔第5版〕(2001)
[大村・基本民法U(2003)82頁]
大村敦志『基本民法U(債権各論)』有斐閣(2003)
[曽野他訳・UNIDROIT契約法原則(2004)]
曽野和明,廣瀬久和,内田貴,曽野裕夫訳『UNIDROIT(ユニドロワ)国際商事契約原則』商事法務(2004)

[契約法講義の目次]へ