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作成:2006年9月16日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
当事者の一方が他方の労務を利用することを目的とする契約としては雇用のほか,請負,委任および寄託がある。
典型契約の分類基準 | 名称 | 定義条文 | |||||||
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目的 | 性質 | ||||||||
労 務 の 利 用 |
従 属 |
時間的 拘束 |
有償 | 双務 | 諾成 | 雇傭 | 第623条(雇傭) 雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる。 |
||
独 立 |
仕事の 完成 |
有償 | 双務 | 諾成 | 請負 | 第632条(請負) 請負は,当事者の一方がある仕事を完成することを約し,相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。 |
|||
仕事を 委ねる |
無償 | 片務 | 諾成 | 委任 | 第643条(委任) 委任は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。 |
||||
有償 | 双務 | ||||||||
物を 預ける |
無償 | 片務 | 要物 | 寄託 | 第657条(寄託) 寄託は,当事者の一方が相手方のために保管をすることを約してある物を受け取ることによって,その効力を生ずる。 |
||||
有償 | 双務 |
雇傭は,労務の給付自体を目的とし,労務者は使用者の指揮命令に従属的である。これに対し,請負にあっては,「仕事の完成」が目的となっており,請負人が,その労務を自律し,その危険において仕事の完成に努め,仕事が完成しないと報酬請求権も発生しない。委任は,一定の事務処理を目的とし,必ずしも仕事の完成を目的とはしない点で雇傭と共通するが,委任は使用者の指揮命令に従属せず受任者がその独自の識見才能によってこれを行う点で雇傭と異なる。
雇傭は,被用者が労務に服することを約し,使用者がこれに報酬を支払うことを約する諾成・有償の双務契約である(民法623条)。
第623条(雇用)
雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる。
雇傭は,本来自由対等な個人を前提とした労働力の売買であった(雇傭契約)が,経済的弱者となった労働者を当事者の一方とする労務供給契約(労働契約)を規律するため,多くの社会立法(例えば労働基準法,労働組合法など)が制定されるに及び,今日では,民法の雇傭の規定は,同居の親族だけを使用する事業及び家事使用人についてしか適用をみないことになった(労働基準法116条2項←旧8条ただし書き)。
労働基準法 第116条(適用除外)
@第1条から第11条まで,次項,第117条から第119条まで及び第121条の規定を除き,この法律は,船員法(昭和22年法律第100号)第1条第1項に規定する船員については,適用しない。
Aこの法律は,同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については,適用しない。
しかも,雇傭の適用される分野においても,労働法原理の類推適用を図る方向にある。また,一方で,労働形態の多様化にかんがみ,雇傭契約自体の見直しの必要性が指摘されてきている。
被用者の義務の中心的なものである。労務の内容は,契的ないし慣行によって定まるが,包括的か,より限定的かによって,労務の具体的種類の決定及びその履行上,使用者の指揮命令に服すべき義務の濃度に差異が生ずる。労働基準法には,労働時間,休憩,休日,有給休暇の基準(労働基準法32条以下)及びこれについての定めの効力(労働基準法13条以下)など労務の内容について詳細な規定がある。
被用者は,使用者に対してだけ労務を給付する義務を負う。使用者は,被用者の承諾がなければ労務給付請求権を第三者に譲渡し得ない(民法625条1項)。被用者は,みずから労務を供給することを原則とし,使用者の承諾がある場合に限って,第三者をして自分に代って労務に服させることができる(民法625条2項)。
第625条(使用者の権利の譲渡の制限等)
@使用者は,労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができない。
A労働者は,使用者の承諾を得なければ,自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。
B労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは,使用者は,契約の解除をすることができる。
被用者は,原則として,一般的な労働力を使用者の処分にゆだねるのであるから,個々の具体的労務を供給する過程で,使用者の指揮命令に服さなければならない(労務給付についての誠実義務)。使用者は被用者の指揮命令違反に対して,労働法上懲戒権を有する。
報酬の種類は問わない。家事見習契約では作法を教授することなどが報酬になる。ただし,労働法上では金銭をもって支払われることを原則とする(労働基準法24条1項)。
報酬支払いの義務は,特約がなければ後払いである(民法624条1項・報酬後払いの原則)。労務の給付が中途でやんだ場合に,その中断が使用者の責めに帰すべき事由によるときは,使用者は,休業期間中休業手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。被用者の責めに帰すべき事由によるときは,使用者は,債務不履行として損害賠償請求権(民法415条)及び契約解除権(民法541条,543条)を有する。報酬が期間をもって定められたときは,その期聞が経過したのちでなければ,その期間相当分を支払う義務がない(民法624条2項)。
第624条(報酬の支払時期)
@労働者は,その約した労働を終わった後でなければ,報酬を請求することができない。
A期間によって定めた報酬は,その期間を経過した後に,請求することができる。
報酬請求権には先取特権が与えられ(民法306条,308条,311条,324条),また法定の範囲内で差押え,相殺を禁止されている(民事執行法152条,民法510条)。
民事執行法 第152条(差押禁止債権)
@次に掲げる債権については,その支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは,政令で定める額に相当する部分)は,差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料,賃金,俸給,退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
A退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については,その給付の4分の3に相当する部分は,差し押さえてはならない。
B債権者が前条第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前2項の規定の適用については,前2項中「4分の3」とあるのは,「2分の1」とする。
給与に係る債権等 05 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70 75 80 85 90 95 100 通常の債権 差押え可能 差し押さえ禁止 扶養義務等に係る定期金債権 差押え可能 差押え禁止
これらの賃金保讃の定めはもちろん十分でなく,労働法上詳細な保護規定がある(労働基準法17条,18条,24〜28条)。
判例・通説は,明文の規定はないけれども,信義則上の義務として,使用者は,被用者が労務提供のため設置する場所,設備若しくは器具等を使用し,又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,被用者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うとしている。
判例によれば,国と国家公務員は雇傭契約の関係にあるわけではないが,「安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである」から,国と国家公務員の間にも安全配慮義務の存在を認め得るとしている。
雇傭の期間は定めても定めなくてもよい。民法は,長期雇傭の契約を制限することとしているが(民法626条1項),労働法は期間を原則として3年とする(労働基準法14条)。
第626条(期間の定めのある雇用の解除)
@雇用の期間が5年を超え,又は雇用が当事者の一方若しくは第三者の終身の間継続すべきときは,当事者の一方は,5年を経過した後,いつでも契約の解除をすることができる。ただし,この期間は,商工業の見習を目的とする雇用については,10年とする。
A前項の規定により契約の解除をしようとするときは,3箇月前にその予告をしなければならない。
第628条(やむを得ない事由による雇用の解除)
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由があるときは,各当事者は,直ちに契約の解除をすることができる。この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う。
第629条(雇用の更新の推定等)
@雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において,使用者がこれを知りながら異議を述べないときは,従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において,各当事者は,第627条〔期間の定めのない雇用の解約の申入れ〕の規定により解約の申入れをすることができる。
A従前の雇用について当事者が担保を供していたときは,その担保は,期間の満了によって消滅する。ただし,身元保証金については,この限りでない。
第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
@当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
A期間によって報酬を定めた場合には,解約の申入れは,次期以後についてすることができる。ただし,その解約の申入れは,当期の前半にしなければならない。
B6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には,前項の解約の申入れは,3箇月前にしなければならない。
第631条(使用者についての破産手続の開始による解約の申入れ)
使用者が破産手続開始の決定を受けた場合には,雇用に期間の定めがあるときであっても,労働者又は破産管財人は,第627条〔期間の定めのない雇用の解約の申入れ〕の規定により解約の申入れをすることができる。この場合において,各当事者は,相手方に対し,解約によって生じた損害の賠償を請求することができない。
他人による権利行使・義務の履行を認めるのが不適当な権利義務であるとして,雇用契約による労務の提供債務は,一身専属の債務であるとされ,相続も生じない。
労働法は,使用者の行う解雇について大幅な修正をしている(労働基準法18畳の2,19条,労働組合法7条一号など)。
解約による雇傭の終了は遡及効をもたない(民法630条,620条)。
第630条(雇用の解除の効力)
第620条〔賃貸借の解除の効力の不遡及〕の規定は,雇用について準用する。
請負は,当事者の一方(請負人)がある仕事を完成することを約し,他方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を与えることを約する契約である(民法632条)。諾成・有償の双務契約である。
第632条(請負)
請負は,当事者の一方がある仕事を完成することを約し,相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
他人の労務を利用する契約の一種であるが,労務そのものが契約の目的でなく,仕事の完成した結果を目的とする点に特色がある。したがって,請負人みずから労務を供給する義務を負わない点で雇傭と異なる。
請負の仕事は,有形(建築など)であっても,無形(運送など)であってもよいが,今日では,建築請負がその典型とされる。しかし,これとて営業として作業の請負がなされるときは,建設業法の特別規定(建設業法19条-23条)の規制を受けることになる。
第19条(建設工事の請負契約の内容)
@建設工事の請負契約の当事者は,前条の趣旨に従って,契約の締結に際して次に掲げる事項を書面に記載し,署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない。
一 工事内容
二 請負代金の額
三 工事着手の時期及び工事完成の時期
四 請負代金の全部又は一部の前金払又は出来形部分に対する支払の定めをするときは,その支払の時期及び方法
五 当事者の一方から設計変更又は工事着手の延期若しくは工事の全部若しくは一部の中止の申出があつた場合における工期の変更,請負代金の額の変更又は損害の負担及びそれらの額の算定方法に関する定め
六 天災その他不可抗力による工期の変更又は損害の負担及びその額の算定方法に関する定め
七 価格等(物価統制令(昭和21年勅令第118号)第2条に規定する価格等をいう。)の変動若しくは変更に基づく請負代金の額又は工事内容の変更
七の二 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
七の三 注文者が工事に使用する資材を提供し,又は建設機械その他の機械を貸与するときは,その内容及び方法に関する定め
八 注文者が工事の全部又は一部の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期
九 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法
十 各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息,違約金その他の損害金
十一 契約に関する紛争の解決方法
A請負契約の当事者は,請負契約の内容で前項に掲げる事項に該当するものを変更するときは,その変更の内容を書面に記載し,署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない。
A建設工事の請負契約の当事者は,前二項の規定による措置に代えて,政令で定めるところにより,当該契約の相手方の承諾を得て,電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって,当該各項の規定による措置に準ずるものとして国土交通省令で定めるものを講ずることができる。この場合において,当該国土交通省令で定める措置を講じた者は,当該各項の規定による措置を講じたものとみなす。
また,業としてなされる運送請負は,独立の制度として商法(商法737条以下)その他の法律(鉄道営業法,道路運送法,海上運送法,通運事業法)に規定されており,請負の規定のほか,特別法の規制を受けている。
工芸品その他商品の製作は,製作物供給契約(請負供給契約)と呼ばれる特殊な請負である。
製作物供給契約(請負供給契約)とは,契約当事者の一方が,もっぱら又は主として自己の供する材料により,相手方の注文する物を製作し,供給する契約をいう。この契約の性質については学説の対立があったが,近時は,請負と売買との混合契約と解するのが多数説である。
この義務は,請負人の最終責任において履行されなければならない。しかし,下請禁止の特約があるか,又は芸術作品の給付のように,仕事の性質上請負人自身仕事を完成しなければならない特別の場合を除いて,請負人自らこれを完成する必要はない。労務及び仕事の材料を給付するために,労務者(履行補助者)を用い又は下請負人(履行代行者)に請け負わせてもよい。ただし,これらの者の故意,過失については,請負人自らが責任を負わなければならない。しかし,仕事の全部を一括して下請負人にまかせて請負人が指揮監督しないような下請負は一般に注文者の意思に反するから,特別法や契約書で禁止している場合が多い(建設業法22条など)。
請負の目的が物の製作であるときは,仕事の材料を供給する者が注文者か請負人か,その両当事者かを問わず,請負人はその完成物を注文者に引き渡す義務がある。材料の供給者は契約によって定まるものであるが,それが請負人であるか注文者であるかによって,製作物の所有権の帰属と関連して,引渡義務履行の法律上の意義に差異を生じる。
実務上たびたび問題となるのは,建物建築工事の請負契約において完成建物の所有権が誰に帰属するかである。判例は,材料を誰が提供したかによって,次のとおり区分する。
一般的にいえば,建物建築工事においては,材料の全部又は主要部分を請負人が提供するのが通例であり,そうすると,上記の判例法理によれば,完成建物の所有権は,原則として,請負人に帰属することとなることから,この判例理論は請負人帰属説と呼ばれ,かつては学説上も通説の地位を占めていた。その論拠は,以下の通りである。
これに対して,近時は,材料を提供したのがいずれであっても原始的に注文者に帰属するとするいわゆる注文者帰属説が学説上は支配的である。その論拠は以下の通りである。
建物となっていない出来形部分(建前)の所有権については,注文者帰属説では,建築のいかなる段階にあるかを問わず,請負人が材料を提供した場合であっても,特約のない限り注文者に帰属すると解されているようであるが,判例の採用する請負人帰属説によるならば,上記の建物の帰属に関する準則と同様に,材料の提供態様により異なることになるが,一般には請負人が材料を提供することが多いと思われるので,その場合には,特約のない限り請負人に帰属することとなろう。
なお,建物建築工事の注文者と元請負人との間に,請負契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合には,元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人は,注文者との関係では元請負人の履行補助者的立場に立つにすぎず,元請負人と異なる権利関係を主張しうる立場にないので,自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても,注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り,右契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する。
これに関連して,建物の建築工事請負人が建築途上において未だ独立の不動産に至らない建前を築造したままの状態で放置していたのに,第三者がこれに材料を供して工事を施し,独立の不動産である建物に仕上げた場合において,判例は,当該建物の所有権が何人に属するかは,民法243条の規定(附合理論)によるのではなく,246条の規定(加工理論)によって決定すべきであるとしている。
上記の昭54年及び平成5年の各最高裁判例の事実において,下請負人のとり得る手段として償金請求(民法248条),不動産工事の先取特権(民法327条),同時履行の抗弁権(民法533条),留置権(民法295条)などが考えられるが,学説はいずれについても否定的に考えるものが多い。
通説の見解は以下の通りである。
契約総論において,解除の要件を統一的に「契約をした目的を達することができないとき」と解し,かつ,解除に帰責事由を必要としないとする新しい説(CISG(1980)49条以降の世界の潮流)を紹介した。
CISG 第49条【買主による契約解除権の発生】
@買主は,次のいずれかの場合には,契約を解除することができる。
(a)契約またはこの条約に基づく売主の義務のいずれかの不履行が,重大な契約違反〔契約違反により,相手方がその契約の下で期待するのが当然であったものを実質的に奪うような不都合な結果をもたらす場合(CISG25条)〕を構成する場合。
(b)引渡の不履行の場合であって,第47条第1項〔履行のための付加期間の付与〕の規定に基づき買主が定めた付加期間内に,売主が,商品を引き渡さない場合,またはこの期間内に引渡をしないことを売主が表明した場合。
この新しい説によれば,上記の問題は,危険負担の問題ではなく,すべて,解除の問題に帰着することになる。
第635条〔請負人の担保責任〕
仕事の目的物に瑕疵があり,そのために契約をした目的を達することができないときは,注文者は,契約の解除をすることができる。ただし,建物その他の土地の工作物については,この限りでない。
通説の見解は以下の通りである。
しかし,この場合は,履行不能でないのであるから,危険負担の問題として扱うこと自体が誤りである。債務不履行の問題として処理すればよい。
通説の見解は以下の通りである。
解除の要件を統一的に「契約目的を達成することができない場合」と解し,解除に帰責事由を必要としない新しい説によれば,上記の問題は,危険負担の問題ではなく,以下のように,すべて,債務不履行と解除の問題に帰着することになる。
請負人は,仕事の目的物に瑕疵がある場合,売買の場合とは若干異なった担保責任を負担する(民法634条以下)。
完成した仕事の目的物に瑕疵があると請負人の担保責任が発生する。瑕疵とは,材料の欠点によると仕事の不完全(設計のミス,施工のミス)によるとを問わず,目的物が契約の内容としていた性状を欠いているとか,目的物自体が不完全であることをいう。「隠れた瑕疵」である必要はない。
請負人の担保責任をより深く理解するために,売主の担保責任とを比較してみよう。
売買における売買の場合の担保責任は,権利の瑕疵に関する追奪担保責任と物の瑕疵に関する瑕疵担保責任の2つに分類されていた。売買の目的である財産権の移転という観点からすれば,第1の追奪担保責任は,移転すべき権利に瑕疵があるのであるから,債務不履行(不完全履行)であることが明らかである。これに反して,第2の瑕疵担保責任は,権利移転という観点からは,一見したところ,完全履行に見え,債務不履行とはいえないように思えるため,従来から,債務不履行責任ではなく,法定責任であるとの見解が根強く主張されてきた。しかし,売買の目的は,単に,財産権の移転をするだけでなく,対価を得て,財産権を移転するものであるから,移転する目的物の品質等が対価との間で相当性を保持すること(目的物の有償契約適合性)が要求される。したがって,契約目的(通常の用法または特別の用法)に適合しない目的物の財産権が移転された場合には,売主は,契約不履行責任として,瑕疵担保責任を負うのである。
これに対して,請負契約の目的は,仕事の完成である。したがって,仕事の目的物に瑕疵があるというのは,目的物が未完成(目的不達成)であることにほかならない。つまり,請負の場合の担保責任は,請負目的の観点からしても,債務不履行そのものであるということになる。したがって,請負人の担保責任とは,請負人の債務不履行責任のことであり,法定責任とは無縁である。
請負人の担保責任の内容として,通常の瑕疵の場合,注文者は次の権利を取得する。
注文者は請負人に対して相当の期限を定めて修補を請求できる(民法634条1項本文)。ただし,瑕疵が重要でなく,修補に過分の費用を要するときは,補修を請求することはできず,損害賠償を請求できるにとどまる(民法634条1項ただし書き,2項)。
第634条(請負人の担保責任)
@仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を請求することができる。ただし,瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない。
A注文者は,瑕疵の修補に代えて,又はその修補とともに,損害賠償の請求をすることができる。この場合においては,第533条〔同時履行の抗弁権〕の規定を準用する。
瑕疵修補請求権は,売買の場合には,売買の目的(有償で財産権を移転する)を考慮した場合,特別の場合(例えば,メーカーとの直接取引,マンションの売買のように,売主の修理部門が充実している場合等)を除き,一般論としては,売主の義務ではなく,売主の追完権として構成されるべきである。
これに反して,請負の場合は,修補請求は,未完成部分に関する履行請求である。したがって,従来の理論に従えば,何の制約もなく,完全履行を請求できるはずである。
それにもかかわらず,民法が,「瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない」として,契約に関する中心的な請求権である履行請求権に対して,重大な制約を課している点は,注目に値する。履行請求権に関する信義則上の制約と考えるのが妥当であると思われる。
物品の売買に関して,売主の担保責任として買主に修補請求権を認める国連動産売買条約(CISG)46条3項が,修補請求権に関して,「全ての状況から見て不合理でないときは」という制約を課しているのも同様の考えに基づくものと思われる。
CISG 第46条【特定履行,代替品引渡又は修理の要求】
@買主は,売主に対してその義務の履行を要求することができる。ただし,買主がこの要求と両立し得ない救済を求めている場合はこの限りではない。
A物品が契約に適合していない場合には,買主は代替品の引渡を要求することができる。ただし,その不適合が重大な契約違反を構成し,かつ,その要求が,第39条の下での通知の際又はその後合理的な期間内になされたときに限る。
B物品が契約に適合していない場合において,全ての状況から見て不合理でないときは,買主は売主に対してその不適合を修理によって治癒することを要求できる。修理の要求は,第39条の下での通知の際又はその後合理的な期間内になされなければならない。
注文者は,瑕疵の修補とあわせて,又はこれに代えて常に損害賠償を請求できる(民法634条2項)。相当の期限を定めて瑕疵修補を請求した場合は,その期限を経過しなければ損害賠償請求権を選択できない。注文者が損害賠償請求権を行使するときは,これと請負人の報酬請求権とは同時履行の関係に立つ(民法634条2後段)。
第634条(請負人の担保責任)
@仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を請求することができる。ただし,瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない。
A注文者は,瑕疵の修補に代えて,又はその修補とともに,損害賠償の請求をすることができる。この場合においては,第533条〔同時履行の抗弁権〕の規定を準用する。
判例は,請負契約の目的物に理疵がある場合には,注文者は,瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ信義則に反すると認められるときを除き,請負人から瑕疵の修補に代わる損害の賠償を受けるまでは,報酬全額の支払いを拒むことができ,これについて履行遅滞の責任も負わないとする。
瑕疵が重大であって,そのため契約の目的を達することができないときは,注文者は,契約を解除できる(民法635条本文)。契約の目的を達することができないときとは,修補が不可能であるとか,それが可能でも,修補に不相当な長期間を要するなどの重大な事由がある場合である。契約の目的を達し得ない重大な瑕疵が,建物その他土地の工作物について存するときは,それがいかに重大でも絶対に解除し得ない(民法635条ただし書き・強行規定)。この場合は,修補,損害賠償の請求が認められるだけである。
仕事の目的物の瑕疵が,注文者の供給した材料の性質又は注文者が与えた指図に起因して発生したものであるときは,以上に述べた担保責任の規定は適用されない(民法636条本文)。ただし,請負人が,その材料又は指図が不適当であることを知りながら,注文者にこれを告知しなかった場合は免責されない(民法636条ただし書き)。
第636条(請負人の担保責任に関する規定の不適用)
前2条の規定は,仕事の目的物の瑕疵が注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じたときは,適用しない。ただし,請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは,この限りでない
また,請負人は瑕疵担保責任を負わないことを特約(担保責任免除特約)できるから,これによって責任を排除し得る。ただし,請負人が右特約当時仕事の目的物に瑕疵があることを知りながら,これを注文者に告知しなかった場合は免責されない(民法640条)。
第640条(担保責任を負わない旨の特約)
請負人は,第634条又は第635条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても,知りながら告げなかった事実については,その責任を免れることができない。
瑕疵修補請求権等担保責任の存続期間は,原則として,引渡しを要するときは目的物の引渡しの時から,引渡しを要しないときは仕事の終了の時から1年である(民法637条)。
第637条(請負人の担保責任の存続期間1)
@前3条〔請負人の担保責任〕の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は,仕事の目的物を引き渡した時から1年以内にしなければならない。
A仕事の目的物の引渡しを要しない場合には,前項の期間は,仕事が終了した時から起算する。
土地の工作物又は地盤の瑕疵については,引渡しの後5年間,堅固の工作物である場合は10年間である(民法638条1項)。工作物が瑕疵のため減失又は段損したときは,その時から1年である(民法638条2項)。
第638条〔請負人の担保責任の存続期間2〕
@建物その他の土地の工作物の請負人は,その工作物又は地盤の瑕疵について,引渡しの後5年間その担保の責任を負う。ただし,この期間は,石造,土造,れんが造,コンクリート造,金属造その他これらに類する構造の工作物については,10年とする。
A工作物が前項の瑕疵によって滅失し,又は損傷したときは,注文者は,その滅失又は損傷の時から1年以内に,第634条〔請負人の担保責任〕の規定による権利を行使しなければならない。
以上の存続期間は,土地の工作物の滅失・毀損の場合を除き,普通の時効期間内,すなわち10年だけは特約で伸長することができる(民法639条)。
第639条(担保責任の存続期間の伸長)
第637条及び前条第1項の期間は,第167条〔債権等の消滅時効〕の規定による消滅時効の期間内に限り,契約で伸長することができる。
民法の担保責任の規定にもかかわらず,民間連合協定工事請負約款においては,以下のように,担保責任の期間を短縮している。
1999年に制定された住宅の品質確保の促進等に関する法律(住宅品質法)は,瑕疵担保責任に関する特則を定め,民法と約款との調整が図られることになった。
住宅の品質確保の促進等に関する法律 第87条(住宅の新築工事の請負人の瑕疵担保責任の特例)
@住宅を新築する建設工事の請負契約(以下「住宅新築請負契約」という。)においては,請負人は,注文者に引き渡した時から10年間,住宅のうち構造耐力上主要な部分又は雨水の浸入を防止する部分として政令で定めるもの(次条において「住宅の構造耐力上主要な部分等」という。)の瑕疵(構造耐力又は雨水の浸入に影響のないものを除く。次条において同じ。)について,民法第634条第1項及び第2項前段に規定する担保の責任を負う。
A前項の規定に反する特約で注文者に不利なものは,無効とする。
B第1項の場合における民法第638条第2項の規定の適用については,同項 中「前項」とあるのは,「住宅の品質確保の促進等に関する法律第87条第1項」とする。
住宅の品質確保の促進等に関する法律 第88条(新築住宅の売主の瑕疵担保責任の特例)
@新築住宅の売買契約においては,売主は,買主に引き渡した時(当該新築住宅が住宅新築請負契約に基づき請負人から当該売主に引き渡されたものである場合にあっては,その引渡しの時)から10年間,住宅の構造耐力上主要な部分等の隠れた瑕疵について,民法第570条において準用する同法第566条第1項並びに同法第634条第1項及び第2項前段に規定する担保の責任を負う。この場合において,同条第1項及び第2項前段中「注文者」とあるのは「買主」と,同条第1項中「請負人」とあるのは「売主」とする。
A前項の規定に反する特約で買主に不利なものは,無効とする。
B第1項の場合における民法第566条第3項の規定の適用については,同項中「前2項」とあるのは「住宅の品質確保の促進等に関する法律第88条第1項」と,「又ハ」とあるのは「,瑕疵修補又ハ」とする。
住宅の品質確保の促進等に関する法律 第89条(一時使用目的の住宅の適用除外)
前2条の規定は,一時使用のため建設されたことが明らかな住宅については,適用しない。
住宅の品質確保の促進等に関する法律 第90条(瑕疵担保責任の期間の伸長等の特例)
住宅新築請負契約又は新築住宅の売買契約においては,請負人が第87条第1項に規定する瑕疵その他の住宅の瑕疵について同項に規定する担保の責任を負うべき期間又は売主が第88条第一項に規定する瑕疵その他の住宅の隠れた瑕疵について同項に規定する担保の責任を負うべき期間は,注文者又は買主に引き渡した時から20年以内とすることができる。
注文者は請負人に対して報酬(請負代金)を支払わなければならない(民法632条)。報酬支払義務は請負契約成立と同時に発生する。したがって,定額報酬の場合には,仕事の完成前でも報酬債権について有効に差押命令又は転付命令を発し得る(大判昭5・10・28民集9巻1055頁)。ただし,転付命令は認めるべきでないとする有力な反対説がある。
なお,請負代金債権は先取特権により担保されている(民法321条,326条,327条)。
報訓の支払時期は原則として後払いであり,仕事の目的物の引渡しを要するときは,その引渡しと同時である(民法633条)。報酬の支払いと仕事の目的物の引渡しとは同時履行の関係に立つ。
第633条(報酬の支払時期)
報酬は,仕事の目的物の引渡しと同時に,支払わなければならない。ただし,物の引渡しを要しないときは,第624条第1項〔報酬の支払時期・労務の提供の後〕の規定を準用する。
請負人が仕事を完成するについて注文者の協力を必要とする場合,必要に応じて材料を供給したり,指図を与えるなど仕事の遂行について請負人に協力する義務を負う。
契約の一般的終了原因によって終了するほか,請負に特有な終了原因として,次のものがある。
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