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作成:2006年9月16日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
寄託は,当事者の一方(受寄者)が相手方(寄託者)のために,物の保管をすることを約して,その物を受け取ることによって成立する契約である(民法657条)。寄託は,物の保管を目的とするから,駐車場のように単に保管場所を提供するにすぎないときは寄託ではない。
第657条(寄託)
寄託は,当事者の一方が相手方のために保管をすることを約してある物を受け取ることによって,その効力を生ずる。
寄託は,要物契約であり,原則として無償・片務契約である。保管料を支払う場合は有償・双務契約である。ただし,学説は,諾成的寄託契約の成立も認める。
受寄者は目的物を保管する義務を負う(民法657条)。保管とは,単に目的物を置く場所を提供するだけでなく,目的物の滅失,段損を防止して現状の維持を図ることである。
保管に際しての注意義務の程度は,有償寄託では善管注意義務(民法400条)を要求されるが,無償寄託では,自己の財産におけると同一の注意義務に軽減される(民法659条)。
第400条(特定物の引渡しの場合の注意義務)
債権の目的が特定物の引渡しであるときは,債務者は,その引渡しをするまで,善良な管理者の注意をもって,その物を保存しなければならない。
第659条(無償受寄者の注意義務)
無報酬で寄託を受けた者は,自己の財産に対するのと同一の注意をもって,寄託物を保管する義務を負う。
受寄者は,寄託者の承諾がなければ,受寄物を使用することはできない(民法658条1項)。受寄者は原則として自分で保管すべきであるが,寄託者の承諾があれば,第三者に保管させてもよい(658条1項2項・復寄託の原則的禁止)。
第658条(寄託物の使用及び第三者による保管)
@受寄者は,寄託者の承諾を得なければ,寄託物を使用し,又は第三者にこれを保管させることができない。
A第105条〔復代理人を選任した代理人の責任〕及び第107条第2項〔復代理人の権利・義務〕の規定は,受寄者が第三者に寄託物を保管させることができる場合について準用する。
寄託物について権利(例えば所有権)を主張する第三者が,受寄者に対して,訴え(例えば所有権に基づく返還訴訟)を提起し,又は差押えをしたときは,受寄者は,遅滞なく,その事実を寄託者に通知しなければならない(民法660条)。
第660条(受寄者の通知義務)
寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対して訴えを提起し,又は差押え,仮差押え若しくは仮処分をしたときは,受寄者は,遅滞なくその事実を寄託者に通知しなければならない。
そのほか,受寄者は,受任者と同様,受取物等引渡義務(民法665条,646条),金銭消費の責任(民法665条,647条)等を負っている。
第665条(委任の規定の準用)
第646条から第650条まで(同条第3項を除く。)の規定は,寄託について準用する。
第646条(受任者による受取物の引渡し等)
@受任者は,委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても,同様とする。
A受任者は,委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
第647条(受任者の金銭の消費についての責任)
受任者は,委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは,その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において,なお損害があるときは,その賠償の責任を負う。
寄託が終了した場合,受寄者は,受寄物を寄託者に返還しなければならない。
返還場所は,原則として受寄者が受寄物の保管をなすべき場所(保管場所)であるが,受寄者が正当の事由によってその物を転置したときは現在する場所で返還することができる(民法664条)。つまり受寄物の返還債務は取立債務であり,民法484条の持参債務の例外をなす。
第664条(寄託物の返還の場所)
寄託物の返還は,その保管をすべき場所でしなければならない。ただし,受寄者が正当な事由によってその物を保管する場所を変更したときは,その現在の場所で返還をすることができる。
委任者と同様,保管のために必要な出費その他を償還すべき義務を負う。費用前払いの義務(民法665条,649条),立替費用償還義務(民法665条,650条1項),債務の代弁済及び担保供与義務(民法665条,650条2項)等である。
第665条(委任の規定の準用)
第646条から第650条まで(同条第3項を除く。)の規定は,寄託について準用する。
特約又は取引慣行がある場合に限り,しかも後払いが原則である(民法665条,648条)。
第648条(受任者の報酬)
@受任者は,特約がなければ,委任者に対して報酬を請求することができない。
A受任者は,報酬を受けるべき場合には,委任事務を履行した後でなければ,これを請求することができない。ただし,期間によって報酬を定めたときは,第624条第2項〔報酬の支払時期・期間経過後〕の規定を準用する。
B委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは,受任者は,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
期間の定めがないときは,寄託者はいつでも寄託契約を解除(告知)して寄託物の返還を請求することができる(民法662条)。
第662条(寄託者による返還請求)
当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても,寄託者は,いつでもその返還を請求することができる。
受寄者もいつでも契約を解除(告知)して寄託物を返還することができる(民法663条1項)。
第663条(寄託物の返還の時期)
@当事者が寄託物の返還の時期を定めなかったときは,受寄者は,いつでもその返還をすることができる。
期間を定めたときでも,寄託者はいつでも寄託契約を解除(告知)して寄託物の返還を請求することができる(民法662条)。寄託は寄託者の利益のためのものであるから,寄託者が寄託を必要としなくなったのに,期間を定めたからといってそのとおりに期間満了まで保管してもらわなければならないのは不合理だからである。
第662条(寄託者による返還請求)
当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても,寄託者は,いつでもその返還を請求することができる。
これに対して,受寄者は,やむを得ない事由がなければ,期限前に返還することはできない(民法663条2項)。
第663条(寄託物の返還の時期)
A返還の時期の定めがあるときは,受寄者は,やむを得ない事由がなければ,その期限前に返還をすることができない。
受寄者が受寄物を保管してそれ自体を返還するのではなく,受寄者が受寄物(金銭その他の代替物)を消費し,これと同種・同等・同量の物を返還すればよい寄託を消費寄託という(不規則寄託ともいう)。
第666条(消費寄託)
@第五節(消費貸借)の規定は,受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合について準用する。
A前項において準用する第591条第1項〔返還の時期・貸主による返還の催告〕の規定にかかわらず,前項の契約に返還の時期を定めなかったときは,寄託者は,いつでも返還を請求することができる。
要物・片務契約である。銀行に預金するのがその例であり,経済的には重要な作用を営んでいるが,民法は,消費貸借の規定を準用する旨の規定(民法666条)を設けているだけである。
実務上は特別法(銀行法,出資の受入れ・預り企及び金利等の取締り等に関する法律等)ほか,銀行取引約款や取引上の慣習が重要な意味をもつ。なお,預金契約において,預金行為者と出捐者とが異なる場合に,いずれが契約当事者となるか(つまり預金者は誰か)については,判例は,無記名定期預金についても記名式定期預金についても,「被依頼者が託された金員を横領して自己の預金にする意図て預け入れたなど特段の事情のない限り出捐者を預金者と認めるのが相当である」としていわゆる客観説を採用している。
誤振込みの場合,例えば,Xが誤って他人(A)の口座に振り込んでしまった場合に,判例は,口座名義人(A)と銀行(B)との間に振込み金額相当の普通預金契約が成立するとして,Aの債権者Yが当該預金に対して強制執行を行ったのに対して,Xが第三者異議の訴えを提起してその強制執行の効力を否定することは許されないとしている。Xとしては,Yが強制執行を行った後に,Aに対して不当利得に基づく返還請求をなしうるに過ぎない。
−消費寄託と信託との関係−
信託とは,他人(受託者)をして一定の目的に従って財産の管理又は処分をさせるために,その者に財産権そのものを移転し(所有権などの移転),又はその他の処分(担保付社債信託における担保権の設定がその例)をすることである。信託は契約又は遺言で設定される(信託法1条,2条)。
信託法 第1条
本法ニ於テ信託ト称スルハ財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシムルヲ謂フ
信託法 第2条
信託ハ遺言ニ依リテ之ヲ為スコトヲ得
信託には,利益を十分で受け取る「自益信託」と,利益を第三者に受けさせる「他益信託」とがある。信託を設定者,受託者,受益者との間の関係であると捉えるならば,自益信託は,設定者と受益者とが一致する場合であると考えればよい。
受託者は信託財産の移転を受け,信託行為の定めるところに従って,自己の名で管理・処分をして公益事業を営む(公益信託)か,管理・処分によって生ずる利益を定められた受益者に帰属させる(私益信託)。
信託財産は受託者に移転されるが,受託者の個人財産とは分別される(信託法15条-18条)。
信託法 第15条
信託財産ハ受託者ノ相続財産ニ属セス
信託法 第16条
@信託財産ニ付信託前ノ原因ニ因リテ生シタル権利又ハ信託事務ノ処理ニ付生シタル権利ニ基ク場合ヲ除クノ外信託財産ニ対シ強制執行,仮差押若ハ仮処分ヲ為シ又ハ之ヲ競売スルコトヲ得ス
A前項ノ規定ニ反シテ為シタル強制執行,仮差押,仮処分又ハ競売ニ対シテハ委託者,其ノ相続人,受益者及受託者ハ異議ヲ主張スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ民事執行法(昭和54年法律第四号)第38条及民事保全法(平成元年法律第91号)第45条ノ規定ヲ準用ス
信託法 第17条
信託財産ニ属スル債権ト信託財産ニ属セサル債務トハ相殺ヲ為スコトヲ得ス
信託法 第18条
信託財産カ所有権以外ノ権利ナル場合ニ於テハ受託者カ其ノ目的タル財産ヲ取得スルモ其ノ権利ハ混同ニ因リテ消滅スルコトナシ
受託者は,信託財産について善管注意義務を負う(信託法20条,28条)。
信託法 20条
受託者ハ信託ノ本旨ニ従ヒ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ信託事務ヲ処理スルコトヲ要ス
信託法 28条
信託財産ハ固有財産及他ノ信託財産ト分別シテ之ヲ管理スルコトヲ要ス但シ信託財産タル金銭ニ付テハ各別ニ其ノ計算ヲ明ニスルヲ以テ足ル
受託者は信託義務違反があるときは損失てん補をしなければならない(信託法27条,29条)。
信託法 第27条
受託者カ管理ノ失当ニ因リテ信託財産ニ損失ヲ生セシメタルトキ又ハ信託ノ本旨ニ反シテ信託財産ヲ処分シタルトキハ委託者,其ノ相続人,受益者及他ノ受託者ハ其ノ受託者ニ対シ損失ノ填補又ハ信託財産ノ復旧ヲ請求スルコトヲ得
信託法 第29条
第27条ノ規定ハ受託者カ前条〔信託財産の分別管理の原則〕ノ規定ニ違反シテ信託財産ヲ管理シタル場合ニ之ヲ準用ス
A前項ノ場合ニ於テ信託財産ニ損失ヲ生シタルトキハ受託者ハ分別シテ管理ヲ為シタル場合ニ於テモ損失ヲ生スヘカリシコトヲ証明スルニ非サレハ不可抗力ヲ理由トシテ其責ヲ免ルルコトヲ得ス
さらに受益者は,受託者がした信託財産の違法な処分行為を取り消すこともできる(信託法31条-33条)。
信託は目的達成などの事由があるときに終了する(信託法56条)が,その際,信託財産は受益者などの帰属権者に帰属する(信託法61条,62条)。
信託法 第56条
信託行為ヲ以テ定メタル事由発生シタルトキ又ハ信託ノ目的ヲ達シ若ハ達スルコト能ハサルニ至リタルトキハ信託ハ之ニ因リテ終了ス
信託法 第57条
委託者カ信託利益ノ全部ヲ享受スル場合ニ於テハ委託者又ハ其ノ相続人ハ何時ニテモ信託ヲ解除スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ民法第651条第2項〔相手方に不利な時期の委任の解除〕ノ規定ヲ準用ス
信託法 第61条
第57条又ハ第58条ノ規定ニ依リ信託カ解除セラレタルトキハ信託財産ハ受益者ニ帰属ス
信託法 第62条
信託終了ノ場合ニ於テ信託行為ニ定メタル信託財産ノ帰属権利者ナキトキハ其ノ信託財産ハ委託者又ハ其ノ相続人ニ帰属ス
通常の寄託の場合には,目的物の所有権は寄託者から受託者へは移転しないので,寄託と信託との相違は明らかである。しかし,消費寄託の場合には,消費貸借の場合に目的物が借主に移転するのと同様,寄託物の所有権は受託者に移転する。したがって,財産権の帰属という点では,消費寄託と信託との相違は明らかでなくなる。
消費寄託の場合,「契約に返還の時期を定めなかったときは,寄託者は,いつでも返還を請求することができる」。この点,信託の場合には,信託行為によって定められた終了事由の発生,または,信託目的の達成もしくは不達成によって終了することになり,自益信託の場合には,その時点で,設定者(受益者)に目的物が返還されることになる。この点で,消費寄託と信託とは差があるように思われる。
しかし,自益信託の場合には,設定者(=受益者)は,いつでも信託を解除することができ,設定者(=受益者)に目的物が返還されるのであるから,この点でも,消費寄託と信託との相違は明らかでなくなる。
寄託の場合には,目的物の返還義務は,定義規定(冒頭条文)に明記されており,結果債務であるように見える。しかし,寄託期間における目的物の保管義務に関しては,無償寄託の場合には,注意義務が緩和されており(民法659条),有償寄託の場合にも,その保存義務は,民法400条の原則に従い,善管注意義務となる。したがって,寄託の場合にも,保管義務は,最善の注意を尽くすという手段債務に過ぎない。そうだとすると,最終的な返還義務も手段債務に依存するということにならざるをえない。
信託の場合も,受託者の財産の管理に関しては,有償寄託の場合と同様,善管注意義務を負う(信託法20条)。そしして,注意義務違反の場合の損害賠償責任についても,寄託の場合(民法661条)と同様に,損害賠償責任を負う(信託法27条,29条)。
さらに,金銭信託の場合には,分別管理の原則が適用されないため(信託法28条ただし書き),目的物の保存・管理の程度は,金銭の消費寄託の場合と同じとなる。
このように考えると,結果として,消費寄託と自益信託の場合の金銭信託とは,契約締結後,返還前までの目的物に関する財産権の帰属の点でも,返還の原因と返還後の目的物の帰属の点でも,また,受託者の注意義務,損害賠償責任の点でも,いずれの点でも,異なるところがないことがわかる。
そうだとすると,消費寄託は,寄託契約から離れて,信託として構成することも可能であるし,信託も,消費寄託に近づけて構成することも可能となる。2005年4月にペイオフの解禁が実現されることにより,消費寄託としての銀行預金も元本が1,000万円を越える部分については,元本保証がなされないことになった。消費寄託と金銭信託との関係は,ますます,接近したものとなってきている。
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