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第51回 契約法の課題と展望

作成:2006年9月16日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


1 契約法の国際的な動向


国境を越えた国際的な取引の発展により,債務法は,統一化の傾向を強めている。ある商品や役務が国境を越えて流通・提供されるのが通常となった時代 においては,各国が独自の契約法を残したまま国際私法によって問題を解決するよりは,各国の契約法そのものを統一する方が効率的だからである。

1980年に成立し,1988年に発効した国連国際動産売買条約(CISG: United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods) は,大陸法と英米法の融合が可能であることを示した画期的な国際契約である。この条約が「ウィーン統一売買法」とも呼ばれている理由は,CISGの加盟国 の売買契約法が,この条約にしたがって,統一化へと向かうことが期待されているからである。CISGに加盟したドイツが,国内取引に適用されるドイツ民法 典と国外取引に適用されるCISGとの格差を埋めるためにも,また,EUにおける統一契約法起草の動向に歩調を合わせるためにも,CISGの精神を受け入 れて債務法改正(2002年)を実現させたのは,まさに,このような流れを示すものといえよう。

このように,CISGの発効(1988)を契機として,債務法は,大陸法と英米法の融合と統一化の傾向を強めている。1999年に成立した中国統一 契約法も,CISGの影響を強く受けているし,EU統一契約法の試みも,そのような流れの中で理解しなければならない。今や,債務法の展開については,地 域間,または,国際的な契約法の統一の問題と切り離して論じることはできないといわなければならない。

本稿は,1896年に成立した日本民法,1900年に成立し,2002年に大改正が行われたドイツ民法の比較検討を通じて,債務法の統一という観点から見た場合,日本の債務法がどのような展開をしていおり,どのような課題があるのかを論じようとするものである。


2 国連国際動産売買条約(CISG, 1980)成立の衝撃


A. 大陸法と英米法の融合

a) CISG成立の意義

債務不履行に関するシステムの新しい展開を論じるに際しては,国連国際動産売買条約(CISG)がもたらした影響を無視することはできない。アメリ カ合衆国,ドイツ,フランス,カナダ,イタリア等の先進諸国,ロシア,中国等の社会主義諸国,開発途上国を含めた世界の57カ国が加盟しているこの条約に よって,大陸法と英米法の壁が乗り越えられ,世界に共通する統一的な契約法の可能性が開かれたからである。

CISGの成立(1980)とその発効(1988)は,債務法の歴史にとって,ベルリンの壁の崩壊に匹敵するものといえるかもしれない。CISGに よる統一売買法の成立は,越えられないと考えられてきた大陸法と英米法の壁を突き破ることに成功した点ばかりでなく,大陸法と英米法を融合する過程で,い ずれの側も,大きな変革を迫られることになったという点で,ベルリンの壁の崩壊の結果と通じるものがあるからである。

b) CISGにおける大陸法と英米法の融合の具体例

CISGによって大陸法と英米法とが融合された具体的な例を見てみることにしよう。最も適切な例は,おそらく,契約解除の要件を規定したCISG49条1項であると思われる。

CISG第49条【買主による契約解除権の発生・消滅要件】

(1)買主は,次のいずれかの場合には,契約を解除することができる。
(a)契約またはこの条約に基づく売主の義務のいずれかの不履行が,重大な契約違反を構成する場合。
(b)引渡の不履行の場合であって,第47条第1項の規定に基づき買主が定めた付加期間内に,売主が,商品を引き渡さない場合,またはこの期間内に引渡をしないことを売主が表明した場合。

CISGは,両者を以下のようにして融合することに成功した。まず,第1に,英米法で形成された契約解除の法理(fundamental breach of contract)を一般原則として(a)項で採用し,第2に,履行遅滞に関してドイツ法が形成してきた付加期間(Nachfrist)の制度(旧ドイツ 民法326条)を一般原則の具体例として(b)項で採用した。このようにして,CISGは,解除の要件として,英米法起源の一般規定とドイツ法起源の特別 規定とをうまく組み合わせ,実務に耐えうる柔軟かつ明確な規定を創設することができたのである。

CISGにおける大陸法と英米法の融合の例
Art. 49(1) CISG
性質 起源
(a) 重大な契約違反 → 解除 一般規定 英米法
(b) 付加期間の設定と催告,付加期間内に引渡しがない → 解除 個別規定 ドイツ法

CISG49条1項の規定は,実に巧妙である。契約解除を主張する当事者は,履行遅滞,履行不能,履行拒絶の場合を問わず,最も確実な方法として, まず,(b)号の要件事実を主張立証することになろう。しかし,たとえ,(b)号の主張ができないと考えられる場合,たとえば,期間内に引渡しがあった が,引き渡された商品に重大な瑕疵があって,通常の使用に耐えない場合であっても,最終的には,(a)号の要件事実を主張立証することによって,契約解除 を実現することが可能となるからである。

C. 波及効果

CISGの成功の波及効果は絶大であった。これまで,大陸法と英米法との統一・融合を試みては失敗を繰り返してきた国際機関は,CISGの成功によって大いに勢いづき,CISGを補完して,統一契約法を作成しようとする傾向に拍車がかけられたからである。

以下に,統一的な契約法の代表的な試みを概観しておくことにしよう。

UNIDROIT契約法原則(1994)

1926年に国際連盟の一機関として設立され,1930年4月から,国際売買に関する法の統一を推進してきた私法統一国際協会(UNIDROIT: International Institute for the Unification of Private Law;Institut international pour l'unification du droit prive)が作成した国際商事契約原則(UNIDROIT Principles for International Commercial Contracts,1994)の略(PICCとも略す)。なお,私法統一国際協会(UNIDROIT)は,1940年にユニドロワ法(政府間協定)によって,独立の組織としてローマで再設立され,現在,イタリア,日本を含めて57の加盟国によって支えられている。

ユニドロワ原則は,CISGと異なり,正規の条約ではないが,CISGがカバーしていない売買以外の契約全般および契約の有効・無効について体系的な規定を持つため,CISGを補うものとして,国際商事仲裁を中心に広く利用されている。

ヨーロッパ契約法原則(1994)

EUにおける契約法の調和,ヨーロッパ契約法の作成を目的としてEU加盟各国から選ばれた法律家によって構成される私的委員会であるヨーロッパ契約 法委員会(Commission on European Contract Law; 委員長オレ・ランドー(Ole Lando)教授)が作成したヨーロッパ契約法原則(PECL: Principles of European Contract Law,1994, 1997)の略。

CISGにおける国際動産売買契約,ユニドロワ原則における国際商事契約をさらに一歩進め,国際商事契約ばかりでなく,消費者契約法を含め,EUの契約法全般について契約原則を明らかにしようとするものである。

ドイツ債務法改正(2002)

ドイツ債務法を現代化する法律(Schuldrechtsmodernisierungsgesetz) が2002年1月1日に施行された。これによって,ドイツ民法典(Buergerliches Gesetzbuch)は,1900年1月1日に施行されて以来,最も広範囲にわたって改正されることになった。

2002年のドイツ債務法改正の要点は以下の通りである。

  1. 債務不履行一般
  2. 解除
  3. 損害賠償
  4. 原始的不能
  5. 瑕疵担保責任
  6. 消費者保護の法理
  7. 消滅時効法

B. 債務不履行概念の再構成

CISGの成立過程を通じて,各国の契約法の利点がCISGによって採用され,それによって,契約法の統一化(2002年のドイツ債務法の改正もそ の方向に沿うものである)が促進されることになったことはすでに述べた。CISGによって採用され,今後の契約法の指針となると思われる重要な法理は,第 1に,債務不履行概念における帰責事由の分離であり,第2は,そのことから,危険負担の規定と瑕疵担保責任の規定が,債務不履行責任の中に適切に位置づけ られることになったことであると思われる。

この点について,以下で詳しく論じることにしよう。

a) 債務不履行概念における帰責事由の分離

CISGにおいて,さらには,今回のドイツ債務法改正においても,債務不履行に基づく解除の要件と損害賠償の要件に関しては,以下のように,損害賠 償を請求する場合は,債務者に帰責事由が必要であるが,解除を請求する場合には,債務者の帰責事由は不要であるとの原則が採用された。

このことから,債務不履行の概念自体には,必ずしも,常に,帰責事由が結びつくとは限らないことが明確にされることになった。債務者に帰責事由がな い場合でも,債務不履行の問題として論じることができるようになると,従来,契約責任ではないとされてきたさまざまな問題,たとえば,履行不能につき債務 者に帰責事由がない場合の危険負担の問題や,目的物の瑕疵について売主に帰責事由がない場合の瑕疵担保責任の問題も,契約責任の範疇で取り扱うことが可能 となることになった。

b) 危険負担の規定の債務不履行への解消

従来,履行不能の場合に,債務者に帰責事由がある場合には,解除ができるが,債務者に帰責事由がない場合には,解除はできず(日本民法543条),その問題は,対価危険に関する危険負担の問題に帰着すると考えられてきた(日本民法534条以下)。

しかし,CISGのように,履行不能の場合において,債務者に帰責事由がない場合でも,解除が可能であるということになると,その問題は,危険負担の問題ではなく,以下のように,解除の問題として処理することが可能となる。

そもそも,危険負担の原則は,債務者主義であり,債務者主義の下では,対価の支払い義務は消滅するのであって結果的には,契約を解除したのと同様の 結果が生じる。これに反して,危険負担の例外規定としての債権者主義の下では,対価の支払い義務は消滅せず,結果的には,契約は解除できないとするのと同 様の結果が生じる。危険負担における債権者主義が例外とされ,なるべく制限的に解釈すべきだとされているのは,履行が不能となって,契約が意味を失ってい るのにもかかわらず,契約の拘束力を維持するのと同様の結果が生じているためである。したがって,危険負担の債権者主義は,債権者に帰責事由がある等の特 別の場合に制限されるべきであり,そのような場合というのは,原則として解除権を認めつつ,解除権者に帰責事由がある場合には,解除権が消滅すると考える ことで十分である(日本民法548条参照)。

いずれにせよ,解除に帰責事由を必要としない制度の下では,危険負担の規定も,原始的不能と後発的不能とを区別し,原始的不能の契約を無効とする規定も不要となり,いずれも解除の規定の中に吸収されることになるのである。

c) 瑕疵担保責任の債務不履行への解消

従来の見解によると,売主の義務は,目的物の財産権を買主へ移転することであり,瑕疵のない目的物を引き渡す義務はないと考えられてきた。そのため,瑕疵担保責任は,契約責任ではなく,特別の法定責任であると考えられてきたのである。

しかし,売買から生じる売主の義務として,目的物が商品として適合していることを保証する義務が含まれることが明らかにされたことにより,瑕疵担保 責任は,契約責任ではなく,契約責任のないところに生じる法定責任であるという考え方はそれを維持することが困難となった。瑕疵担保責任は,契約責任の一 適用事例と位置づけられ,瑕疵担保責任に契約責任の規定が適用される余地が拡大することになる。今回のドイツ債務法改正も,まさに,この点を明らかにして いる(新433条以下)。

以上のことをまとめて図式化すると以下のようになろう。


3 日本の債務不履行責任法の新しい展開


日本の債務不履行法の特色は,債務不履行について,民法415条という包括的な規定を有しているということである。民法415条は,債務不履行を 「債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキ」と規定しており,この中に,履行遅滞,不完全履行,履行拒絶,履行不能等,あらゆる債務不履行の類 型概念を包含することが可能となっている。

A. 従来の考え方

日本民法は,債務不履行について,民法415条という包括的な規定を持っているにもかかわらず,民法成立後の民法解釈学においては,ドイツ法の影響を強く受けたこともあって,債務不履行を履行遅滞,履行不能,不完全履行の3つの類型に分けて論じられるようになった。

日本民法415条は,債務不履行における損害賠償責任に関しては,履行遅滞,履行不能,不完全履行というような類型化をしていない。しかし,解除に 関しては,履行遅滞と履行不能について明文の規定を置いており,しかも,ドイツ民法と同様に,不完全履行の場合の解除の規定を契約総則においていないこと もあって,ドイツの学説の影響を強く受けた債務不履行3類型説が通説の立場を形成することになった。

B. 新しい考え方

a) 一般法・個別法の組み合わせの重要性

大正時代以降におけるドイツ法およびその学説の圧倒的な影響にもかかわらず,日本民法そのものは,改正されることなく,比較法の成果としての特色を 保ち続けている。債務不履行法における日本法の特色は,債務不履行について,履行遅滞,履行不能,不完全履行という3分類を超えた,債務不履行の一般規定 (民法415条)を有していることである。

これは,日本の民法が,不法行為に関して,類型論を採用しているローマ法や,それを承継したドイツ民法823条とは異なり,自然法思想の影響を受け て世界ではじめて不法行為の一般法を創設したフランス民法1382条を承継し,個別的な特別不法行為類型だけでなく,それらをすべて包含する一般不法行為 規定(日本民法709条)を有するのと同様である。

一般規定の利点は,類型論から漏れるすべての場合を包括できるという点にある。たとえば,ドイツ民法における学説を継受して,債務不履行の3分類説 に基づき,不完全履行(不完全給付)という条文(台湾民法227条)を設けた台湾民法においては,履行拒絶の場合を,履行遅滞,履行不能,不完全履行のい ずれに分類するかで争いが生じているという。しかし,債務不履行について,民法415条という一般規定を有するわが国の場合には,そのような議論はまった く必要としない。類型から外れるすべての場合については,一般規定が適用されて問題の解決が行われるからである。

b) 契約解除の要件としての「契約目的の不達成」の発見

CISGが契約解除の要件に関して,英米法の原理を採用して「重大な契約違反」という一般規定を置くと同時に,ドイツ法における履行遅滞の場合の付加期間の考え方を採用して,履行遅滞の場合の催告解除という個別規定を置いていることは,すでに述べた。

これに対して,日本民法は,債務不履行の損害賠償に関しては,一般規定を有しているにもかかわらず,契約の解除に関しては,ドイツ民法と同様,履行遅滞と履行不能に関する個別規定(民法541条〜543条)しか置いていない。

しかしながら,日本民法の解除に関する規定を詳細に検討してみると,実は,履行遅滞の解除の要件(民法541条〜542条)に関しても,さらに,瑕疵担保責任(民法570条),すなわち,不完全履行に関する解除の要件に関しても,英米法の「重大な契約違反」に匹敵する,重要な要件が規定されていることを発見することができる。

筆者によって再発見された解除の一般要件とは,定期行為に関する解除の規定である民法542条,および,売買目的物に瑕疵がある場合の解除の要件を定めた民法566条(瑕疵担保責任に関する民法570条でも引用されている)に規定されている「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」という共通の要件である。

債務不履行 類型 債務不履行の効果
損害賠償一般 解除と損害賠償
履行遅滞 民法415条 債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得
債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
民法541条 当事者ノ一方カ其債務ヲ履行セサルトキハ相手方ハ相当ノ期間ヲ定メテ其履行ヲ催告シ若シ其期間内ニ履行ナキトキハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
民法542条 契約ノ性質又ハ当事者ノ意思表示ニ依リ一定ノ日時又ハ一定ノ期間内ニ履行ヲ為スニ非サレハ契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ於テ当事者ノ一方カ履行ヲ為サスシテ其時期ヲ経過シタルトキハ相手方ハ前条ノ催告ヲ為サスシテ直チニ其契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
履行不能 民法543条 履行ノ全部又ハ一部カ債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ不能ト為リタルトキハ債権者ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
不完全履行 民法566条(570条で準用) @売買ノ目的物カ地上権,永小作権,地役権,留置権又ハ質権ノ目的タル場合ニ於テ買主カ之ヲ知ラサリシトキハ之カ為メニ契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得其他ノ場合ニ於テハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得
A前項ノ規定ハ売買ノ目的タル不動産ノ為メニ存セリト称セシ地役権カ存セサリシトキ及ヒ其不動産ニ付キ登記シタル賃貸借アリタル場合ニ之ヲ準用ス
B前2項ノ場合ニ於テ契約ノ解除又ハ損害賠償ノ請求ハ買主カ事実ヲ知リタル時ヨリ1年内ニ之ヲ為スコトヲ要ス
民法551条(596条で準用) @贈与者ハ贈与ノ目的タル物又ハ権利ノ瑕疵又ハ欠缺ニ付キ其責ニ任セス但贈与者カ其瑕疵又ハ欠缺ヲ知リテ之ヲ受贈者ニ告ケサリシトキハ此限ニ在ラス
A負担附贈与ニ付テハ贈与者ハ其負担ノ限度ニ於テ売主ト同シク担保ノ責ニ任ス

CISGに触発されて,日本民法の解除の要件に関する共通の要件「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」が発見されると,直ちに,以下のような発想と仮説を得ることが可能となる。

c) 契約解除に関する統一的な理論の創造

このような発想と仮説からは,従来の考え方とは根本的に異なる,以下のような新しい理論を形成することが可能である。

不履行類型 従来の考え方 新しい考え方
履行遅滞 原則 民法541条 履行遅滞の場合には,相当期間を定めた催告とその期間の経過が必要である。 一般規定と典型例 民法542条 契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」には解除ができる。定期行為の場合に催告なしに解除ができるというのは,例外ではなく,「契約目的不達成」の典型例である。
例外 民法542条 定期行為の場合には,例外的に,催告を必要とせずに解除をすることができる。 個別規定 民法541条 相当期間を定めた催告をしたにもかからず,その期間が経過したにもかかわらず,履行がない場合には,まさに,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」に該当し,契約を解除できる。
履行不能 原則 民法543条 債務者に帰責事由がある場合には解除ができる。 原則 民法541条 履行不能の場合は,当然に「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」に該当するので,常に契約解除権が発生する。
(危険負担の債務者主義の規定は,解除を認めた場合と結果が同じとなるため,不要となる。)
例外 民法534条以下 債務者に帰責事由がない場合には,解除はできない。そして,危険負担の問題となる。 例外 民法548条 履行不能が解除権者の帰責事由によって発生した場合には,解除権は消滅する。
(危険負担の債権者主義の規定は,この規定に吸収される。)
不完全履行 契約総論には規定がない。 原則(有償契約) 民法566条,570条 不完全履行によって「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」にのみ解除ができる。その他の場合には,減額請求,損害賠償請求しかできない。
例外(無償契約) 民法551条,596条 不完全履行があっても,無償契約の場合には,贈与者は,商品性の保証責任を負わないため,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」には,該当せず,製造物責任等の不法行為責任が生じる場合を除いて,責任を負わない。

この理論は,債務者に帰責事由がある場合とない場合とを区別することなく,すべての債務不履行の類型に対して,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」(契約目的の不達成)という統一的な解除の要件の下で,有償契約,無償契約を問わず,すべての契約に適用できるという点に特色がある。

この理論は,CISGと同様,債務不履行法の諸問題を,以下のように,すべて整合的に解決できる点でも,画期的な理論であるといえよう。


おわりに


日本民法における不法行為法は,ローマ法を継受したドイツ民法とは異なり,自然法思想の成果として一般法を確立したフランス民法1382条を継受 し,すべての類型を包含する一般規定(民法709条)を有している。この一般規定のおかげで,社会の発展によって不断に発生するあらゆる不法行為類型に対 しても,被害者の救済をすることが可能となっている。戦後の民法適用判例において,民法709条が,全体の約4分の1を占めるほどに適用されているのは, 一般法の重要性を示している。

これに対して,不法行為の個別類型規定である民法714条〜719条は,一般法のように新しい不法行為類型には対応できないものの,その類型に該当 する不法行為に関しては,過失の挙証責任が転換されたり,過失の要件が不要となったり,不法行為者本人だけでなく,その他の関係者に対しても損害賠償を請 求できるなど,一般不法行為よりも,さらに,被害者救済が容易となるように工夫がされている。

このように,具体的で証明が容易な個別・類型的な規定を用意するとともに,類型からはみ出すものをも包含する一般規定を用意して,あらゆる場合についての救済手段を用意しておくというのが,近代法の被害者救済の根本理念であるといってよい。

CISG49条1項によって示された解除の要件における英米法起源の一般規定とドイツ法起源の個別規定の絶妙な組み合わせは,不法行為だけでなく,債務不履行法においても,類型化とともに一般規定が重要であることを示すものとして重視されなければならない。

日本民法は,不法行為と同様,債務不履行に関しても民法415条という一般規定を有していたが,その効果が損害賠償請求権に限定されていた。そし て,契約解除に関しては,日本民法は,一般規定を持たず,契約法総則においては,履行遅滞,履行不能のみが規定され,不完全履行に関しては,契約各論にお いて,個別の規定を有するにとどまっていた。

しかし,CISG49条1項を参考にして,解除の統一要件という観点で日本民法の規定を丹念に検討してみると,履行遅滞および不完全履行の解除の要件の中に,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」(契約目的の不達成) という共通の要件を発見することができる。そして,この要件に着目して契約の解除に関する規定を一般法と個別法とに再構成してみると,日本民法において も,条文の改正をすることなしに,CISGと同様,債務不履行における解除について,一般法と個別法の組み合わせとして統一的な理論を構築することが可能 であることを示すことができた。CISGに加盟したドイツが債務法の改正を余儀なくされたのとは,事情を異にするといえよう。

このようにみてくると,比較法の成果を立法に生かすということは,決して,ある国の優れた制度を取り入れるという単純な作業ではなく,ある国の優れ た制度を裏付けている根本的な考え方を理解し,その国の実情に合わせてその考え方をルールの形で表現しなおす作業であることが理解できる。

ある国の法を参照することは重要であるが,より重要なことは,その国の人々が立法作業と解釈作業でどのような点に注目しているかを参照することの方 がより重要である。わが国においても,たとえば,ドイツ法の成果(立法と解釈)を参照するだけでなく,ドイツの学者が行っているように,EU法,英米法へ の目配りをしながら,独自の立法と解釈を進めることこそが,比較法としての正しい方向であると思われる。


参考文献


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内田貴『民法U債権各論』東京大学出版会(1997)
[加賀山・判批・適法転貸借の帰趨(1998)]
加賀山茂「債務不履行による賃貸借契約の解除と適法転貸借の帰すう−最三判平9・2・25判時1599号69頁−」私法判例リマークス16号(1998)46頁
[横山・手付(1998)]
横山美夏「民法775条(手付)」広中俊雄・星野英一編『民法典の百年V』有斐閣(1998)309頁
[石田喜久夫・消費者民法(1998)]
石田喜久夫『消費者民法のすすめ』法律文化社(1998)
[民法判例百選U(2001)]
星野英一,平井宜雄,能見善久編『民法判例百選U』〔第5版〕(2001)
[大村・基本民法U(2003)82頁]
大村敦志『基本民法U(債権各論)』有斐閣(2003)
[曽野他訳・UNIDROIT契約法原則(2004)]
曽野和明,廣瀬久和,内田貴,曽野裕夫訳『UNIDROIT(ユニドロワ)国際商事契約原則』商事法務(2004)

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