第7回 婚姻の効力(契約的効力)

2004年4月27日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


婚姻の効力のうち,現在,その存在が疑われているのが,夫婦間の貞操(守操)義務であろう。以前から見られていた長期にわたる単身赴任ばかりでなく,セックスレス夫婦,週末婚等の婚姻形態の多様化により,ベッドを共にしない夫婦が増加し,その分,いわゆる浮気の機会も増加している。

浮気が一時的なものである場合には,問題はが表面化しないが,長期間継続するようになると,婚姻にとって重大な問題が発生する。なぜなら,婚姻は,配偶者間の相互の独占的または優先的な愛によって形成されているため,配偶者の一方が他人と浮気に走った場合,配偶者間の独占的または優先的愛は危機に瀕することになるからである。

このように考えると,婚姻に重大な影響を与えるかどうかで,浮気にも二種類のものがあることがわかる。

  1. 並存的・劣後的浮気
  2. 独占的・優先的浮気

浮気は,いずれの場合であっても,貞操義務違反であり,裁判上の離婚原因の一つである不貞行為に該当すると考えられている(民法770条1項1号)。確かに,不貞行為が何かについては,法律は定義をおいていない。しかし,夫が複数の女性に対して強姦・猥褻誘拐未遂の罪で服役した場合に,それが不貞行為になるかどうか争われた事件を通じて,最高裁は,「民法770条1項1号所定の『配偶者に不貞の行為があつたとき』とは,配偶者ある者が,自由な意思にもとづいて,配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいうのであって,相手方の自由な意思にもとづくものであるか否かは問わないと解するのが相当である」とし,夫が婦女三名を強いて姦淫し、性的関係を結んだのは、「配偶者に不貞の行為があったとき」に該当すると判示している(最一判昭48・11・15民集27巻10号1323頁)。

したがって,浮気は,離婚を覚悟した上でするものである。ただし,第1類型の浮気は,浮気が発覚するまで,または,浮気が発覚しても配偶者によって宥恕される場合には,離婚をせずに婚姻と浮気を並存させることができる。第2類型の浮気の場合には,浮気は必ず発覚し,かつ,配偶者が宥恕することは望めないため,離婚は必至である。

このように,浮気に対して,相手方は,寛容にも許すこともできるし,離婚することもできる。しかし,それは,浮気が不法行為だからであろうか,夫婦間の債務不履行だからであろうか。

この問題は,「浮気をした配偶者の相手方に対して,他方の配偶者が不法行為に基づいて損害賠償を請求できるかどうか」という問題として,激しく争われている。

そこで,今回は,婚姻の効力として生じる配偶者間の貞操義務について,その違反は,不法行為を構成するのか,当事者間の債務不履行に過ぎない問題なのであるかを検討することにする。


演習


判例の動向

最高裁は,当初は,夫婦の一方の配偶者と性的関係を持った第三者は,故意または過失がある限り,配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,また,それが男の場合であれ([1]最二判昭41・4・1裁集民83号17頁),女の場合であれ([2]最二判昭54・3・30民集33巻2号303頁),それぞれ,他方の配偶者の夫または妻としての権利を侵害し,その精神上の苦痛を慰謝すべき義務を負うとしていた。

しかし,昭和54年の[2]最高裁判決は,妻及び未成年の子のある夫が第三者(女)と性的関係を持ち,妻子のもとを去って第三者(女)と同棲するに至った結果,未成年の子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,第三者(女)の行為は,特段の事情のない限り,未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと判示している。反対意見はあるものの,最高裁は,親の浮気について,子はとやかくいう立場にないことを明言したことになる。

同日の最高裁の別の判決([3] 最二判昭54・3・30家月31巻8号35頁)も,先の判決の場合と夫と妻の立場が逆転した事例について,夫及び未成年の子のある妻と性的関係を持った第三者(男)が夫や子のもとを去った妻と同棲するに至った結果,その子が日常生活において母親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,その第三者(男)が害意をもって母親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り,第三者(男)の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと判断しており,ここでも,親の浮気について,子はとやかくいう立場にないという立場が保持されている。

その後,平成8年には,最高裁は,すでに婚姻関係が破綻している場合([4] 最三判平8・3・26民集50巻4号993頁),および,妻が第三者に「夫と離婚するつもりである」と話していた場合([5] 最三判平8・6・18家月48巻12号39頁)においてではあるが,配偶者の一方と第三者が性的関係を持った場合において,第三者は,他方の配偶者に対して不法行為責任を負わないと判示するに至っている。

最高裁の判決を原告・被告の組み合わせに着目して分類し,表にまとめると以下のようになる。

損害賠償請求の当事者 不法行為
の成立
判決(年代順) 備考
原告 被告





第三者(男) 肯定 [1] 最二判昭41・4・1裁集民83号17頁 妻と第三者との不貞行為によって婚姻関係が破綻
第三者(女) 肯定 [2] 最二判昭54・3・30民集33巻2号303頁 夫と第三者との不貞行為によって婚姻関係が破綻
夫の子 否定
妻の子 第三者(男) 否定 [3] 最二判昭54・3・30家月31巻8号35 妻と第三者との不貞行為によって婚姻関係が破綻
第三者(女) 否定 [4] 最三判平8・3・26民集50巻4号993頁 不貞行為の当時,夫婦関係がすでに破綻していた
第三者(女) 否定 [5] 最三判平8・6・18家月48巻12号39頁 妻が第三者に「夫と離婚するつもりである」と話していた

浮気の相手方は不法行為者か

上記の最高裁の判例の動きにさらに一歩を進めて,婚姻関係が破壊されているかどうかにかかわらず,配偶者の一方が浮気をしたとしても,他方の配偶者は,浮気の相手方に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することはできないのではないのか,すなわち,浮気は夫婦間の債務不履行にはなっても,不法行為にはならないのではないだろうか。

確かに,夫婦の一方が第三者と性的関係を結んだ場合,それが,夫婦の約束に違反するという意味で債務不履行を構成し,それが,不貞行為として離婚原因となることはいうまでもない。しかし,夫婦の一方が,第三者と関係を持ったとしても,第三者が害意をもって婚姻関係を破壊しようとしていた等の特段の事情のない限り,不法行為とはならないように思われる。

夫婦は,お互いに独立の対等な人格であり,物権のように一方が他方を支配するという関係にはない。したがって,配偶者の一方は,相手方に対して,第三者と性的関係を結んでほしくないと要求することはできるが,配偶者以外の者を好きになるなとか,配偶者以外の者と性的関係を結んではいけないと命令できる関係にはない。すなわち,配偶者が約束を破ったとしても,それは,夫婦間の問題であって,一種の債務不履行として,損害賠償や離婚原因となるに過ぎないと考えるからである。

夫婦の一方が第三者と性的関係を持つことが直ちに不法行為に該当すると考えるのは,性的関係を持つことができるのは夫婦間だけであり,夫婦以外の者が性的関係を持つことは好ましいことではないという考え方の名残に過ぎないのではないだろうか。夫婦間以外の性的関係を不法行為だと考えることは,一見道徳的のように見えるが,それは,美人局を正当化し,婚外子差別を生み出す温床ともなっており,道徳的にも決して誉められた考え方ではない。

夫婦以外の者が性的関係を持つべきでないという考え方は,個人の道徳のレベルの問題として議論する価値はあるが,他人を拘束するものとして一般化することはできないと思われる。例えば,配偶者以外の第三者と性的関係を持つ人々,すなわち,浮気をする人々が全体の半数を超えるというデータがあれば,それを不法行為と考えること自体に疑問をもつべきであろう。

インターネット上の統計資料の活用

そこで,インターネットを利用して,夫婦,または,ステディな関係となったパートナーがどのくらいの割合で浮気をしているのかを調査した資料を検索してみよう。検索エンジン(例えば,インフォシーク(http://www.infoseek.co.jp)など)を駆使すると,2000年4月に『月刊現代』が行なった調査(年齢的に結婚・出産が可能な全世代の男女とし,有効回答総数は,男性が1,291人(平均年齢37.3歳),女性が1,977人(同29.3歳)で,合計3268人(4月10日現在の集計)という大規模な調査)を検索することができる(http://kodansha.cplaza.ne.jp/mgendai/)。

パートナーのいる男性回答者のうち,有効回答のあった人数は669人で,その61.7パーセントに相当する413人が浮気の経験が「ある」と回答している。そして,経験した相手の平均人数は,4.6人であるという。一方,パートナーのいる女性で,パートナー以外の男性と浮気をした経験のある女性は,有効回答総数1574人中428人で27.2パーセント,経験した相手の人数は平均2.2人である。

浮気(カジュアルセックス)経験
Web版月刊現代2000年7月号より
http://kodansha.cplaza.ne.jp/mgendai/2007/2007_6.html

男性の61.7パーセント,女性の27.2パーセントが浮気の経験を持つというデータを前にした場合,現在においては,浮気は犯罪とか不法行為ではなく,あまり誉められない行為(契約違反)ではあるが,普通に行なわれており,以下のような効用もある事象であると考えざるをえないであろう。

浮気で得られたものは何か(複数回答・回答の多かった上位5項目)
男性 女性
1 性的な充足。妻(パートナー)とのルーティン・セックスでは得られない愉しみを手に入れられた 50.9%
2 恋愛をするときのときめき,喜び 48.0%
3 秘密の関係というスリル,背徳感と裏返しの快感 20.8%
4 まだまだ自分には魅力があり,女性を口説くことができるのだという自信の回復,自分の存在感の確認 19.4%
5 退屈で単調な日常における気晴らし 15.3%
1 恋愛するときのときめき,喜び 39.4%
2 まだまだ自分には女としての魅力があり,男性から口説かれるのだという自信の回復,自分の存在感の確認 37.6%
3 孤独感が癒された 29.3%
4 性的な充足。夫(パートナー)とのルーティン・セックスでは得られない愉しみを手に入れられた 27.0%
5 他の男性を知ることで,パートナーに対して冷静に距離をおき,価値をはかり直したり,新鮮な気持ちを取り戻したりすることができた 24.2%
Web版月刊現代2000年7月号より

インターネットでの検索結果によると,このほかにも,日本人の性行動・性意識に関する調査としては,1984年に共同通信社が発表した「現代社会と性に関する調査」(サンプル数:男女合わせて2200人),女性誌『モア』が1980年と1987年に行った大規模な読者アンケート「モア・リポート」(サンプル数:5,000人を超える女性),1999年に厚生省が公表した「日本人のHIV/AIDS関連知識、性行動、性意識についての全国調査」(サンプル数:3,562人)等があることがわかる。これらの調査によると,人間は結婚の前後を問わず,複数の人と性的関係を持つことが異常ではなく,むしろ,多数であること,この傾向は,強められることはあっても,弱められそうにはないこともわかる。

このように見てくると,厳格な一夫一婦制は,あくまで建前であって,配偶者の浮気の問題は,配偶者間で処理すべき問題であり,浮気の相手方を不法行為者として非難することは当たっていないように思われる。

問1 上の表「浮気で得られたものは何か(複数回答・回答の多かった上位5項目)」を見て,以下の問に答えなさい。

  1. 男の浮気原因と女の浮気原因とを比較し,男だけに見られるもの,女だけに見られるものは何か。
  2. 男の浮気原因と女の浮気原因の順序を比較し,男と女とで浮気原因の順序が大きく異なるものは何か。

問2 男は浮気によって何を得ようとしているのか,女は浮気によって何を得ようとしているのかを要約しなさい。

問3 浮気を防止することは可能か。もし可能とすれば,その対策を論じなさい。不可能とすれば,婚姻する場合のあなたの心構え,対策を論じなさい。

問4 最三判平8・3・26民集50巻4号993頁(高田啓子 vs. 須田世志美)を読んで事実を要約しなさい。

問5 浮気によって婚姻生活が破綻した場合,配偶者の一方とともにその原因を作った浮気の相手方は,他方の配偶者に対して不法行為責任を負うとされているが,その場合,不法行為の要件としての「権利侵害」または「違法性」とは何か。

問6 浮気によって婚姻生活が破綻した場合,配偶者の一方とともにその原因を作った浮気の相手方は,他方の配偶者に対して不法行為責任を負うとした場合に,予想される弊害とその対策について論じなさい。

問7 浮気によって婚姻生活が破綻した場合であっても,それは,夫婦間の問題に過ぎず,配偶者の一方とともにその原因を作った浮気の相手方は,他方の配偶者に対して不法行為責任を負わないという説にたった場合,予想される弊害とその対策について論じなさい。


参照条文


貞操義務(民法770条1項1号)

第770条〔離婚原因〕 夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができる。
 一 配偶者に不貞な行為があつたとき。
 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 三 配偶者の生死が三年以上明かでないとき。
 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき。
 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
A 裁判所は、前項第一号乃至第四号の事由があるときでも、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

夫婦間の契約取消権(民法754条)

第754条〔夫婦間の契約取消権〕
夫婦間で契約をしたときは、その契約は、婚姻中、何時でも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。但し、第三者の権利を害することができない。

姦通罪(削除 昭和22年法124)

刑法183条 有夫ノ婦姦通シタルトキハ2年以下ノ懲役ニ処ス其相姦シタル者亦同シ
A前項ノ罪ハ本夫ノ告訴ヲ待テ之ヲ論ス但本夫姦通ヲ縦容シタルトキハ告訴ノ効ナシ

姦通罪が不条理と思われる代表的な姦通事件(川西政明『文士と姦通』集英社新書(2003年)による)

北原白秋事件(1912年)

告訴者 相手方
相姦者
松下長平 松下俊子 北原白秋
当事者の主張・交渉 中央新聞の写真家であった松下長平は,妻俊子と北原白秋とを姦通罪で告訴した。
告訴取下交渉では,告訴取下と引き換えに,3百円(当時は大金)を提示した。
俊子は夫から「乱行,虐待,変質,生疵(なまきず),暴言」(俊子の手記「思い出の椿は赤し」)を受け続けつづけていた。そのうえ夫は銀座裏のバーに勤める愛人に惑溺したあげく,妻妾同居を強制した。
そんな夫に妻を告訴する権利があるかと俊子は思った。
自分は悪いことをしたとは思わない,人がお前は「罪びと」だというから裁きを受けるまでだ。
「罪びと」意識に苦しむ

「哀しくも君に思はれこの惜しくきよきいのちを投げやりにする」
「血のごとく山椿咲く冬の暮 狂人とおのれなりはてにけり」
結末 白秋の弟鉄雄が苦労して集めた3百円を受け取って告訴取下の書類に署名,俊子を離婚する書類に署名(離婚届はすぐには出さなかった) 獄中で肺結核にかかった。出獄後,松下長平が離婚届を出さなかったため,白秋とともに,横浜の本牧の山渓園近くの隠れ家に住む。松下と離婚後,1913年4月に白秋と結婚。1914年,病気療養中に白秋に離婚される。 未決監で苦しみ,精神を病んで死のうとしたが死に切れなかった。1916年,江口章子(あやこ)と結婚し,数々の童謡を書いた。

有島武郎事件(1923年)

告訴者 相手方
相姦者
波多野春房 波多野秋子 有島武郎
当事者の主張・交渉 お前は有名なケチンボださうだから芸者を囲ふことはし得ないで,金のいらない人妻をこれまでも度々犯したゞらう。秋子は自活に困らぬ職業婦人(婦人公論の記者)だから,お前は益々安心して誘惑したんだらう。…
それほどお前の気に入つた秋子なら喜んで進上しよう。併し俺は商人だ。商売人といふものは物品を只で提供しはしない。秋子は已に11年間も妻として扶養したし,其の前にも34年間引取って教育したのだから,ただでは引渡せない。代金をよこせ(後に1万円を要求)。
姦通のとき,秋子はすでにみずからの純粋性を保障するためには死ぬしかないと把握していた。 自分の生命がけで愛してゐる女を,僕は金に換算する屈辱を忍び得ない。…
孰れにせよ,僕は愛する女を金に換算する要求には断じて応ぜられない。
実は僕等は死ぬ目的を以て,この恋愛に入ったのだ。死にたい二人だったのだ。已に秋子は船橋で死を迫ったが,僕は,『人間には未練がないが,大自然には未練がある』も一度,寂しい秋の風物を見たかったのだ。」(淋しい事実)
結末 文士は監獄に行くといっそう有名になるから,また,秋子を牢屋に送るには忍びないという理由で告訴はせず,もっぱら金銭を要求した(1万円)。
しかし,資産家だが,金で解決するつもりのない有島武郎とは歯車がかみ合わず,目的は果たせなかった。
1923年6月9日午前2時過ぎ,有島武郎と波多野秋子とは,軽井沢の有島別邸で縊死心中をとげた。