第26回 遺言の執行

2004年7月6日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


1 講義のねらい


自筆証書遺言において,預金等を共同相続人の一部に包括遺贈するとともに遺言執行者が指定された場合に,遺言執行者に預金等の払戻しに関する権限があるかどうかについて,全く反対の結論を下した以下の2つの判決を取り上げる。

  1. 遺言執行者に預金等の払戻しに関する権限がないとした判決
  2. 遺言執行者に預金等の払戻しに関する権限があるとした判決

さらに,第2の判決によって引用されている以下の最高裁判決を取り上げる。

  1. 「相続させる遺言」における遺言執行者の権限について肯定的な判断を行った最高裁判決

以上の3つの判決を検討することを通じて,遺言執行制度の問題点を明らかにし,その改善策を考えようというのが,本講義のねらいである。


2 基本概念の整理


遺言執行

遺言の内容実現のため遺言の執行を必要とする場合,すなわち,認知(民法781条2項,戸籍法64条),相続人の廃除・その取消し(民法893・894条,戸籍法97条)や遺贈(民法964条)・寄附行為(民法41条2項)などの場合には,遺言により,あるいは遺言で指定を委託された者による指定(民法1006条),又は,利害関係人の申立てによる家庭裁判所の選任(民法1010条)によって遺言執行者が選ばれ,遺言の執行にあたる(民法1012条)。前者を指定遺言執行者といい,後者を選任遺言執行者という。

遺言執行に先立って,遺言書の検認が行われる。検認とは,遺言書の保管者が相続開始後遅滞なく提出した遺言書について家庭裁判所がその存在及び内容の確認をする,遺言書の一種の保全手続をいう(民法1004条)。しかし,検認は,遺言の効力を判定するものではない。検認を経ないと過料の制裁はある(民法1005条)が,遺言の効力に影響はない。公正証書遺言は検認が不要である。この検認手続が諸外国に比べて不十分なものであるため,相続をめぐる紛争を助長しているとの以下のよううな指摘がある(詳しくは,伊藤昌司『相続法』有斐閣(2002年)141頁以下参照)。

わが国では,矛盾する複数の「遺言書」が,有効か無効かは後の訴訟の決着まで分からない状態で,しかも,そのいずれを用いても不動産登記名義さえ変更できるものとして,利害の相反する人々の間にバラ撒かれる結果になる。これがわが国の実情である(法務省は,昭和33・1・10民甲4号民事局長通達により,検認を経ていない遺言書を添付書類とする登記申請も受理するとしているそうである。そうだとすれば,実に驚くべき実務である。検認自体は遺言書の真正性を何ら担保しないが,少なくとも,そのような文書の存在を相続人等の利害関係人が知る機会にはなるからである)。

遺言執行者は相続人の代理人とみなされる(民法1015条)が,遺言執行者が存在する限り,本人である相続人といえども,相続財産の処分その他,遺言の執行を妨げる行為は一切できない(民法1013条)。

演習1

問題1:被相続人Aには,妻B,子C・D・Eがおり,遺産としては農地(時価3000万円)の他には,住宅(時価2000万円)と預金(1000万円)があると仮定する。そして,Aが農業を共に営んできた長男のCに農地を与えたいと思い,「○○所在の農地は,Cに相続させる」という遺言を作成したとする(二宮周平『家族法』新世社(1999年)288-289頁)。このような「相続させる遺言」を例にとって,(1)遺贈,(2)相続分の指定,(3)遺産分割の指定の違いについて,説明しなさい。

第906条【遺産分割の規準】
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。 (昭五五法五一・一部改正)
第907条【分割の実行】
共同相続人は、第908条〔遺言による5年内の分割禁止〕の規定によつて被相続人が遺言で禁じた場合を除く外、何時でも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
A 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
B 前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、分割を禁ずることができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)
第908条【遺言による分割方法の指定と分割禁止】
被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間内分割を禁ずることができる。

問題2:遺言執行という観点から,特定遺贈と包括遺贈との違いを説明しなさい。

第1011条【財産目録の調製】
遺言執行者は,遅滞なく,相続財産の目録を調製して,これを相続人に交付しなければならない。
A 遺言執行者は,相続人の請求があるときは,その立会を以て財産目録を調製し,又は公証人にこれを調製させなければならない。
第1012条【遺言執行者の職務権限】
遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
A 第644条乃至第647条〔受任者の義務・責任〕及び第650条〔受任者の費用償還請求権〕の規定は,遺言執行者にこれを準用する。
第1013条【相続人の処分権喪失】
遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。

問題3:遺言執行者が「相続人の代理人」とされる意味について,民法総則における代理制度との違いを中心にして説明しなさい。

(参考)相続財団

相続人の存在が不明なときは,まず相続財産を一応法人とし(民法951条),家庭裁判所の選任する相続財産管理人にその管理・清算をゆだね(民法952条〜957条),なお不明のときは,相続人捜索の公告(6カ月以上)をして(民法958条),それでも相続人である者が現れないときに,相続人の不存在が確定する(民法958条の2)。その結果,清算後の残余財産は,被相続人と特別の縁故があった者(特別縁故者)の請求があれば,家庭裁判所はこれらの者に財産の全部又は一部を分与し(民法958条の3),なお残った財産は国庫に帰属する(民法959条)。

3 問題の所在


A. 預金等の包括遺贈に関し,遺言執行者に預金の払戻し権限を否定した判決

東京高判平15・4・23金法1681号35頁
預金等,抵当証券持分にかかる買戻代り金等の遺産を共同相続人の一部に持分各2分の1の割合で包括的に取得させるとともに,共同相続人の一人を遺言執行者に指定する内容の自筆証書遺言がされた場合には,遺言が有効であれば,可分の金銭債権である預金等,抵当証券持分にかかる買戻代り金につき受遺者が当然に各2分の1ずつという持分割合に応じて分割承継して取得するものであり,預金等の払戻し,買戻代り金の支払については遺言執行の余地が生じることはないから,遺言執行者は,遺言の執行として金融機関等に対して預金等の払戻し等を求める権限を有するものではないと解するのが相当である。

B. 預金等の包括遺贈に関し,遺言執行者に預金の払戻し権限を肯定した判決

東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁
包括遺贈の遺言について遺言執行者がある場合に,遺言執行者が,銀行に対し遺産である預金の受遺者への名義変更を求めたり,または払戻を受けてこれを受遺者に交付する行為は,まさに遺言の内容を具体的に実現するための執行行為そのものであり,遺言執行者は相続財産である預金につき払戻請求をする権限を有する。したがって,預金払戻請求の訴えにつき遺言執行者に原告適格があり,銀行はこれを拒絶できない。

演習2

問題4:上記の二つの判決について,それぞれの事実関係をまとめなさい。

問題5:上記の二つの判決について,事実関係の対比を行い,その上で,結論が逆になった原因となったと思われる事実の相違について指摘しなさい。

東京高判平15・4・23金法1681号35頁の人物関係
東京地判平14・2・22家月55巻7号80頁,金法1663号86頁の人物関係

4 問題の展開


C. 「相続させる遺言」に関し,遺言執行者に登記名義の移転の権限を認めた判例

最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁,家月52巻5号120頁,判時1702号61頁

不動産取引における登記の重要性にかんがみると,相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず,甲に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは,民法1012条1項にいう「遺言の執行に必要な行為」に当たり,遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。
もっとも,登記実務上,相続させる遺言については不動産登記法27条により甲が単独で登記申請をすることができるとされているから当該不動産が被相続人名義である限りは,遺言執行者の職務は顕在化せず,遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しない(最高裁平成3年(オ)第1057号同7年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事174号67頁参照)。
しかし,本件のように,甲への所有権移転登記がされる前に,他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため,遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には,遺言執行者は,遺言執行の一環として,右の妨害を排除するため,右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ,さらには,甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできると解するのが相当である。
この場合には,甲において自ら当該不動産の所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが,このことは遺言執行者の右職務権限に影響を及ぼすものではない。

伊藤昌司『相続法』有斐閣(2002年)156頁の以下の文章を読んで,上記の最高裁判決の問題点について議論しないさい。

被相続人の死後に出されてくる幾つもの文書のうちのどれが有効な遺言で,どの遺言で指定された遺言執行者がどの遺言条項を執行するのかを執行前に確定する手続を欠いたわが国において,裁判外の登記手続で当事者としての資格を易々と遺言執行者に認めることは危険極まりないことなのであるから,訴訟という手続の中で遺言執行者が当事者適格を認められるというだけなら,これは支持されてよい。訴訟を介してなら,その遺言や遺言条項が無効な場合に最も権利を害される立場にある相続人にも争う機会が与えられる。
その意味で,この判決が,傍論で,「当該不動産が被相続人名義である限りは,・・・遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しない」と述べた部分は,結論として正しい。しかし,この点の理由付けの部分,つまり,かかる遺言による移転登記は遺言受益者が単独で移転登記できるからというくだりは,本件ではまさにそのような手続によって第一遺言による無効登記が易々と行なわれたことへの顧慮も反省もない,呆れるばかりの説示である。受益者単独での申請を認めるのなら,せめて,協議分割による登記の手続に合わせて他の共同相統人の印鑑証明や同意書を添付書類として要求するようにしなければならない。

演習3

問題6最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁事実関係をまとめなさい。

最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁の人物関係

問題7最二判平3・4・19民集45巻4号477頁と,最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁との関係をまとめなさい。最高裁平成3年判決は,最高裁平成11年判決によって,どの点が変更されたと考えるべきだろうか。

  1. 平成3年判決の登記実務に対する影響力
    1. 平成3年判決以前の登記実務
      • 遺言執行者がいない場合
        • 相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができるものとされていた。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者も,受益の相続人に代わって相続登記の申請をすることができ(質疑応答五四八九・昭和53年),あるいは,単独で相続登記の申請をすることができるものとされていた(質疑応答六二二〇・昭和58年)。
        • 他方,相続させる遺言により遺産を取得した受益の相続人も,相続登記の申請ができるものとされていたようである。
    2. 平成3年判決
      • 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,遺言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り,当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
      • 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には,当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,当該遺産は,被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
    3. 平成3年判決以降
      • 遺言執行者がいない場合
        • 以前と同じ。すなわち,相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができる。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者に相続登記を申請する代理権はないとされ(質疑応答七二〇〇・平成3年),遺言執行者は右の登記手続から排除された。
        • 当時の法務省担当者は,「このような遺言がされている場合に,遺言執行者の選任がされていても,遺言執行の余地がないと考えられるので,遺言執行者に代理権限はない」と説明していた。
  2. 平成11年判決の登記実務に対する影響力
    1. 平成11年判決
      • 特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言がされた場合において,他の相続人が相続開始後に当該不動産につき被相続人から自己への所有権移転登記を経由しているときは,遺言執行者は,右所有権移転登記の抹消登記手続のほか,甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。
    2. 平成11年判決以降の登記実務
      • 平成3年判決以前の登記実務に復帰することになる。
      • 遺言執行者がいない場合
        • 相続させる遺言がされた場合には,遺産分割協議を経ていないときでも,相続させる遺言の名あて人(=受益の相続人)が単独で「相続」を原因とする所有権移転登記(=相続登記)の申請をすることができる。
      • 遺言執行者がいる場合
        • 相続させる遺言については,遺言執行者も,受益の相続人に代わって相続登記の申請をすることができ,あるいは,単独で相続登記の申請をすることができる。
        • 他方,相続させる遺言により遺産を取得した受益の相続人も,相続登記の申請ができる。

5 遺言執行制度に対する課題と提言


伊藤昌司『相続法』有斐閣(2002年)158-161頁の以下の文章を読んで,上記の最高裁判決(最一判平11・12・16民集53巻9号1989頁,家月52巻5号120頁,判時1702号61頁)の問題点について議論しなさい。

不特定物の特定遺贈,特定財産を換価処分して一定金額を与える遺贈,分数的割合による包括遺贈などの事例を考えると,これらの場合の遺言執行者は,受遺者に帰属する財産の範囲を超える財産の上に管理・処分権を行使しなければ,適切な遺言執行はできない。相続人の権利と遺言執行者の権利との真の抵触が生ずるのは,このような場合である。特定,換価,分割までは,受遺者の権利は具体化されていないので,相続人の権利に限界を画することは困難である。このときこそが,第1012条の処分権制限の出番なのである。
大審院による指導判例の事案は,まさに右の一場合に属したが,最高裁は,前記の判決により,特定物の特定遺贈の事例にまで第1012条を適用する極端な解釈を採用した。その粗雑な議論からすれば,一千万円相当の財産を遺言執行者が選択して与えるという遺贈があり,現存遺産中には数百万円程度の現金・預金の他に,動産・不動産を合わせて一億円を下らない遺産額があったという事例でも,相続人には半分の処分権さえもなく,現金・預金を使うこともできず,遺贈や遺言執行者の存在を知らずに遺産中の動産または不動産を担保に数百万円を相続人に融資した第三者は,遺言執行者が当該財産を受遺者への履行対象に選択すれば担保権を失うことになる。遺言執行者の存在が公示されず,その管理・処分権の範囲も公示されず,遺言執行者の存在の基礎である遺言そのものの有効性さえも不確実な,わが国の遺言や遺言執行者制度の下で,一片の紙に記名されただけの遺言執行者が常に絶対的権限を有し,相続人の実体的権利はかくも絶対的に剥奪・制限されるものとすべきなのかどうか,大いに疑問である。
わが国では,遺言執行者が気を許していては,相続人が遺贈の目的財産の相続登記手続をして他人に売却したり,相続人の債権者が代位の移転登記をして差し押さえたりする可能性がある。そして,最高裁によれば,このような場合の受遺者の権利は譲受人や差押債権者に対抗できないので,遺言の有効性が確定してからでは遺言執行ができないおそれがある。そこで,裁判例に登場するわが国の弁護士たちは,遺言執行者に就職するとすぐに遺言受益者への移転登記を行なうことが多く,そうすることが民法第1007条の義務にも即すると考えているようである。しかし,この者を遺言執行者に指定し,あるいは選任の根拠となった遺言それ自体が無効である可能性も常に存在するし,民法によれば,遺言執行者は相続人全員の代理人なのであるから(1015条),このような移転登記をするに際し,遺言執行者は,遺留分を害されている可能性のある相続人との間で侵害の有無や額について話し合い,減殺請求の可能性を教え,減殺の意思があるかどうかを確かめてから,遺留分権を害しないように遺言を執行する義務があるはずである。それにもかかわらず,わが国の法律実務家は,右のようには考えずに,むしろ,遺留分権利者に減殺請求権行使の余裕を与えないように遺言受益者への移転登記を急ぐことさえもする。
このように,わが国の実務家たちは,相続人の代理人であるどころか,民法の明文規定に反して連言者代理説ないし受遺者代理説の立場で道言執行に当たるのである。このやり方は,遺言が無効であった場合には相続人の権利を害する危険が大きく,遺言が有効であっても,遺留分権利者に対する義務に反している。このような無神経な遺言執行によって遺留分権利者に損害が生じれば,執行者には賠償の義務があるというべきである。それゆえ,民法上の義務に違反せずに遺言を執行しようとすれば,相続人に気を許して登記を放置するのも危険,遺言受益者に移転登記をしてしまうのも危険なのであるから,受益者への移転は仮登記にとどめたり,登記移転禁止の仮処分登記をしたりして,遺留分権利者と遺言受益者との話し合いをまとめ,後の紛争を残さないように解決しなければならない。これこそが遺言の「執行」である。単なる遺贈義務の「履行」とは違い,それ故にこそ報酬にも値する事務なのである。
前述のように,判例や通説は,遺言執行者が何もしなかったとしても,相続人の処分の効力は第1012条によって常に否定されると解している。しかし,上記の一千万円相当の不特定物遺贈の例(一千万円相当の財産を遺言執行者が選択して与えるという遺贈があり,現存遺産中には数百万円程度の現金・預金の他に,動産・不動産を合わせて一億円を下らない遺産額があったという事例)で見たように,一億円の遺産の半分程度の財産を相続人が処分したからとて,それを無効とする必要があるであろうか。遺言執行者には,なお五千万円分の財産が残されるので,遺言執行者が遺贈の履行に要する分を確保できさえすればよいはずである。それを確保する措置さえも講じないでいたのなら,一般原則に従って,実体的権利者−相続人−による処分は有効と解すべきであろう。第1012条は,遺言執行のためには,遺言執行者が相続人の管理・処分権を制限することができるという趣旨なのであり,相続人の処分を全面的に排斥する規定ではあり得ない。

演習4

問題8:わが国の遺言執行制度について,問題点を指摘した上で,自分なりの遺言執行制度の改革案をまとめなさい。


6 参照条文


第1004条【遺言書の検認・開封】
遺言書の保管者は,相続の開始を知つた後,遅滞なく,これを家庭裁判所に提出して,その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において,相続人が遺言書を発見した後も,同様である。
A 前項の規定は,公正証書による遺言には,これを適用しない。
B 封印のある遺言書は,家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会を以てしなければ,これを開封することができない。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第1005条【遺言書の検認懈怠・不法開封の制裁】
前条の規定によつて遺言書を提出することを怠り,その検認を経ないで遺言を執行し,又は家庭裁判所外においてその開封をした者は,五万円以下の過料に処せられる。 (昭二三法二六〇・昭五四法六八・一部改正)

第1006条【遺言執行者の指定】
遺言者は,遺言で,1人又は数人の遺言執行者を指定し,又はその指定を第三者に委託することができる。
A 遺言執行者の指定の委託を受けた者は,遅滞なく,その指定をして,これを相続人に通知しなければならない。
B 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは,遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。

第1007条【遺言執行者の就職】
遺言執行者が就職を承諾したときは,直ちにその任務を行わなければならない。

第1008条【遺言執行者就職の催告権】
相続人その他の利害関係人は,相当の期間を定め,その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨を遺言執行者に催告することができる。若し,遺言執行者が,その期間内に,相続人に対して確答をしないときは,就職を承諾したものとみなす。

第1009条【遺言執行者の欠格事由】
未成年者及び破産者は,遺言執行者となることができない。 (平一一法一四九・一部改正)

第1010条【遺言執行者の選任】
遺言執行者が,ないとき,又はなくなつたときは,家庭裁判所は,利害関係人の請求によつて,これを選任することができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第1011条【財産目録の調製】
遺言執行者は,遅滞なく,相続財産の目録を調製して,これを相続人に交付しなければならない。
A 遺言執行者は,相続人の請求があるときは,その立会を以て財産目録を調製し,又は公証人にこれを調製させなければならない。

第1012条【遺言執行者の職務権限】
遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
A 第644条乃至第647条〔受任者の義務・責任〕及び第650条〔受任者の費用償還請求権〕の規定は,遺言執行者にこれを準用する。

第1013条【相続人の処分権喪失】
遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。

第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
前3条の規定は,遺言が特定財産に関する場合には,その財産についてのみこれを適用する。

第1015条【遺言執行者の地位】
遺言執行者は,これを相続人の代理人とみなす。

第1016条【遺言執行者の復任権】
遺言執行者は,やむを得ない事由がなければ,第三者にその任務を行わせることができない。但し,遺言者がその遺言に反対の意思を表示したときは,この限りでない。
A 遺言執行者が前項但書の規定によつて第三者にその任務を行わせる場合には,相続人に対して,第105条〔法定代理人と復代理〕に定める責任を負う。

第1017条【遺言共同執行者】
数人の遺言執行者がある場合には,その任務の執行は,過半数でこれを決する。但し,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
A 各遺言執行者は,前項の規定にかかわらず,保存行為をすることができる。

第1018条【遺言執行者の報酬】
家庭裁判所は,相続財産の状況その他の事情によつて遺言執行者の報酬を定めることができる。但し,遺言者がその遺言に報酬を定めたときは,この限りでない。
A 遺言執行者が報酬を受けるべき場合には,第648条第2項及び第3項〔受任者の報酬の支払方法〕の規定を準用する。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第1019条【遺言執行者の解任・辞任】
遺言執行者がその任務を怠つたときその他正当な事由があるときは,利害関係人は,その解任を家庭裁判所に請求することができる。
A 遺言執行者は,正当な事由があるときは,家庭裁判所の許可を得て,その任務を辞することができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第1020条【委任の規定の準用】
第654条〔委任終了後の応急処分義務〕及び第655条〔委任終了の対抗要件〕の規定は,遺言執行者の任務が終了した場合にこれを準用する。

第1021条【遺言執行の費用】
遺言の執行に関する費用は,相続財産の負担とする。但し,これによつて遺留分を減ずることができない。


7 参照判例



8 参考文献