2002年度家族法試験問題と解答例
2003年2月4日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
以下の問題1,問題2の問題文をよく読んで,それぞれ,指示にしたがって解答しなさい。
問題1 法定夫婦財産制に関して,別産制の問題点について,以下の点に言及しながら論じなさい(50点)。
- 家制度の下,民法旧規定においては,法定夫婦財産制はどのように規定され,どのような機能を果たしていたか。
- 【解答例】
- 「家」制度の下では,夫婦財産制は,以下のような原則に基づいて規定されていた。
- 家の財産,すなわち,家督は戸主の財産とされ,戸主によって管理される。戸主の財産か家族の財産かが不明の場合は,戸主の財産と推定される(旧規定748条2項)。
- それ以外の財産は,夫婦財産を含めて,個人の所有となる。
- 妻(又は入夫)が婚姻前から所有する財産,婚姻中妻名義で所有した財産に限り,例外的に妻(又は入夫)の所有を認める(旧規定807条1項)。
- 夫婦のいずれに属するか不明の財産は,夫(入夫の場合は,女戸主)の財産と推定する(旧規定807条2項)。
- 家族の中でも,無能力者となった妻については,特別の保護が必要なため,妻が婚姻前から所有する財産,婚姻中に妻名義で所有する財産については,妻に帰属することを定める必要があったのであり,民法旧規定における夫婦財産制の規定(旧規定807条)は,無能力者である妻を保護する規定として機能していた。
- 現行民法における法定夫婦財産制はどのような特色を有し,どのような機能を果たしているか。
- 【解答例】
- 現行民法762条は,法定夫婦財産制について,別産制を採用することを明らかにしたものであり,共有制は例外的に認められているに過ぎないと解されている。そして,その結果,わが国の夫婦財産制度は,欧米諸国が,夫婦財産制について共有制を原則とするのと異なり,より個人主義的性格の強いものであると考えられている。
- しかし,妻が主婦であることが多いわが国の現状においては,夫婦の財産のうち,重要な財産が夫名義とされることが多いため,夫婦の財産のほとんどが夫に帰属してしまい,結局,「家」制度において重要な財産をすべて戸主が所有していたのと同様,家族財産を夫が独占するという結果が生じてしまっている。
- なぜそのようなことが起こってしまったのであろうか。その原因は,現行民法の立法者が,妻の保護の規定であった民法旧規定807条に関して,字句の上で男女平等を図ることだけを考え,機械的に「妻(又は入夫)」を「夫婦」へと,「夫(又は女戸主)の財産と推定する」を「夫婦の共有に属するものと推定する」と置き換えるだけという安易な改正をしてしまったからである。
- しかし,もともと,民法旧規定807条の立法趣旨は,婚姻中には,単独で法律行為ができない妻を保護するために,妻の名義で取得した財産は,妻のものとするという点にあった。夫は単独で法律行為をすることができるのであるから,夫にとっては,もともと,このような規定は不要であったのである。ところが,現行民法の立法者は,無能力者であった妻だけに必要な規定を無理やり男女平等にしようとして,上記のような杜撰な改正をしたため,現行民法762条は,現実には,妻が主婦である場合が多い日本の場合において,夫だけを保護するという機能を果たしているのである。
- 不動産の単独所有と共有とを区別する基準をどのように考えるか。例えば,建物の区分所有等に関する法律の考え方を参考にして検討しなさい。
- 【解答例】
- 単独所有権jの場合,単独の所有者だけが目的物を使用収益権を排他的に享受できるのに対して,共有の場合は,複数の共有者が,目的物につき,賃貸借契約や使用貸借契約等の契約を要することなく,無償かつ永続的に使用収益権を享受できる。
- 夫婦が同居する不動産についてみると,それは,配偶者の一方だけが排他的に使用収益すべきものではなく,配偶者の双方が,何等の契約も必要とせず,かつ,婚姻関係が継続する限り,永久に,かつ,無償で使用収益できるものである。
- そうだとすると,夫婦が同居する不動産は,誰が資金を出したか,名義が誰のものか等の事情にはかかわりなく,配偶者双方の共用に供された共有物であると考えるのが合理的である(建物区分所有法4条参照)。
- このような考え方は,現行民法762条の「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。」という文言には反するように見えるかもしれない。
- しかし,民法762条は,先に述べたように,立法上の過誤から生じたものに過ぎない。つまり,民法762条は,無能力者であった妻を保護のために規定された民法旧規定807条の立法趣旨を無視し,表面的な男女平等を実現しようとして,結果的に,多くの場合,妻の権利を奪い,夫だけを保護する結果を生じさせており,この条文の適用に際しては,厳格かつ限定的に解釈することが必要である。具体的には,2項を原則と解釈し,1項は,2項の解釈に際して考慮されるべき事項としての意味しか持たないと解釈すべきであるということになろう。
- 最三判昭34・7・14民集13巻7号1023頁は,「夫婦間の合意で、夫の買い入れた土地の登記簿上の所有名義人を妻としただけでは、右の土地を妻の特有財産と解すべきではない。」としているが,逆に,妻のいわゆる内助の功でローンの支払ができた夫名義のマイホームについて,夫の名義となっているだけで,「夫の特有財産と解すべき」という結論を導くことは可能だろうか。
- 【解答例】
- 最三判昭34・7・14民集13巻7号1023頁は,民法762条1項が,「夫婦の一方が婚姻中…自己の名で得た財産は,その特有財産である」としているにもかかわらず,「夫婦間の合意で、夫の買い入れた土地の登記簿上の所有名義人を妻としただけでは、右の土地を妻の特有財産と解すべきではない。」との解釈を行っている。
- このように,民法762条1項の要件である「自己の名で得た」かどうかだけで,所有権の帰属を判断することは適切でないというのであれば,夫婦財産の帰属の判断に際しては,資金の出所,財産取得に対する実質的な寄与等が総合的に判断されるべきである。そのような点を考慮すれば,夫婦の財産は,夫婦の協力によって形成されるのが通常であるから,名義だけを重視しないという解釈を貫けば,夫婦財産は,通常は,「いずれに属するか明らかでない」ということになるはずである。
- そうだとすると,妻のいわゆる内助の功でローンの支払ができた夫名義のマイホームについて,夫の名義となっているだけで,「夫の特有財産と解すべき」という結論を導くことはできないと思われる。
- なお,最三判昭34・7・14民集13巻7号1023頁が是認した控訴審の判決は,以下のように述べて,妻名義の財産を妻の所有ではないと認定している。
- 夫婦が婚姻中に妻名義をもって買入れたのであるから民法第762条第1項により妻たる控訴人の特有財産となったものであると主張するが,右民法の規定は,わが民法がいわゆる夫婦別産制を原則とすることを明らかならしめるため,夫婦のいずれか一方の財産であることの明らかなものはその者の特有財産とする旨を定めたのに止まり(旧民法第807条第1項も同様の規定をおいていた),夫婦がその一方の財産を合意の上で他方の所有名義とした場合(その法律関係は通謀虚偽の意思表示となるであろう)にまで,これをその所有名義人の特有財産とする趣旨であるとはとうては解せられない。
- しかし,控訴審判決で引用されている民法民法旧規定807条は,無能力者である「妻…カ…婚姻中自己ノ名ニ於テ得タル財産ハ其特有財産トス」と規定しており,もともと,妻を保護する規定であった。現行民法762条も,その規定を受けて立法されたものであるから,その立法趣旨は生かされるべきである。本件の場合には,まさに,「妻が婚姻中自己の名で取得した財産」なのであるから,本来ならば,まさに妻の特有財産と解すべき事例であった。
- それにもかかわらず,裁判所は,資金の出所にこだわり,妻名義で取得しても,夫の所有であるとの強引な解釈を行っているが,論理に飛躍があり,説得的でない。
- 民法762条1項の解釈として,取得財産について,もしも,条文上明確な「名義」の問題を無視して,資金の出所等,条文にはない点を考慮するというのであれば,その財産を取得するに当たって夫及び妻がなした財産取得の貢献度をも総合的に考慮すべきである。
- そのような点を考慮するならば,本件土地は,妻が経営一切を担当した旅館の収益金でもって妻名義で買い受けた土地であることが証拠上明白なのであるから,民法762条の解釈としては,少なくとも,夫の単独所有ではなく,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産と認定して,夫婦の共有に属するとの判断をすべきであったと思われる。
- 現行の法定夫婦財産制の規定に問題があるとすれば,どのように改正されるべきか。
- 【解答例】
- わが国の法定夫婦財産制を規定した民法762条は,一見すると,個人の尊厳を重んじる別産制を採用し,男女平等を図る規定のように見える。しかし,その実態は,妻を保護するための規定であった民法旧規定807条の法定夫婦財産制とは逆に,妻の権利を否定し,夫を保護するものとして機能している。
- そして,その原因は,現行民法の立法者が,妻の保護の規定であった民法旧規定807条に関して,字句の上で男女平等を図ることだけを考え,不用意にも,機械的に「妻(又は入夫)」を「夫婦」へと,「夫(又は女戸主)の財産と推定する」を「夫婦の共有に属するものと推定する」と置き換えるだけという安易な改正をしてしまったからであることもすでに述べた。
- このような安易で拙劣な立法のため,本来夫婦の共有財産とすべき重要財産の帰属につき,夫の財産か,妻の財産か不明の場合だけ夫婦の共有となり,そうでない場合には,夫か妻かいずれかの特有財産と認定すべきであるとの誤った解釈を導くことになってしまっている。
- 以上の点を考慮するならば,憲法24条,および,民法1条の2に規定されている「両性の本質的平等」を実現するためには,民法762条につき,以下のような改正を行うことが必要であろう。
- 民法762条改正案(私案)
- 夫婦の共用に供されず,夫婦の一方だけが排他的に利用するものであることが明らかな財産は,その者の単独所有に属する。
- 夫婦の共用に供された財産は,夫婦の共有に属する。
- 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産であっても,それが夫婦の共用に供された場合には同様である。
- 夫婦の共用に供されているかどうか不明の財産は,夫婦の共有に属するものと推定する。
- 本条の共有に関しては,民法667条以下の組合の共有の規定を準用する。
問題2 相続人は,被相続人甲の配偶者乙と4人の子A,B,C,Dの5名である。現存遺産は2,400万円の積極財産だけで相続債務はない。子Aに1,200万円,子Cには400万円の生前贈与がなされていたほか,Bに対しては,1,800万円の遺贈がなされていた。相続人のうち,誰が,誰に対して,いかなる範囲で遺留分の減殺請求をなしうるか。以下の順序で考察を行い,それぞれの結果を記述し,最後に結果に対する問題点を指摘しなさい(50点)。
- みなし相続財産=相続財産の価額2,400万円+特別受益1,200万円+400万円=4,000万円
- 遺留分の基礎となる財産額=現存積極財産額2,400万円+加算されるべき贈与額(Aの特別受益1,200万円+Cの特別受益400万円)−債務額0円=4,000万円
- 乙,A,B,C,Dのそれぞれの遺留分額はいくらか。
- 乙の遺留分額=4,000万円×遺留分率1/2×配偶者の相続分率1/2=1,000万円
- A,B,C,Dの遺留分額=4,000万円×遺留分率1/2×子相続分率1/2×子の均等分率1/4=250万円
- 持戻しを考慮して,乙,A,B,C,Dが相続によって取得する一般的な具体的相続分はそれぞれいくらか。
- 乙の具体的な相続分=4,000万円×1/2=2,000万円
- Aの具体的な相続分=4,000万円×1/2×1/4−1,200万円=-700万円→0円
- Bの具体的な相続分=4,000万円×1/2×1/4−1,800万円=-1,300万円→0円
- Cの具体的な相続分=4,000万円×1/2×1/4−400万円=100万円
- Dの具体的な相続分=4,000万円×1/2×1/4=500万円
- 正味の遺産額を考慮した場合,乙,A,B,C,Dに配分できる具体的財産額はそれぞれいくらになるか。
- 乙の得る具体的財産額=600万円×20/26=462万円
- Aの得る具体的財産額=0円
- Bの得る具体的財産額=0円
- Cの得る具体的財産額=600万円×1/26=23万円
- Dの得る具体的財産額=600万円×5/26=115万円
- 乙,A,B,C,Dが負担する債務額はそれぞれいくらか。
- 乙の債務負担額=0円
- A,B,C,Dの債務負担額=0円
- 乙,A,B,C,Dについて,遺留分侵害額が生じているとすれば,それぞれいくらか。
- 乙に対する遺留分侵害額=遺留分額1,000万円−(相続によって得た財産額462万円−相続債務負担額0円)−(特別受益の受贈額0円+遺贈額0円)=538万円
- Aに対する遺留分侵害額=遺留分額250万円−(相続によって得た財産額0円−相続債務負担額0円)−(特別受益の受贈額1,200万円+遺贈額0円)=-950万円
- Bに対する遺留分侵害額=遺留分額250万円−(相続によって得た財産額0円−相続債務負担額0円)−(特別受益の受贈額0円+遺贈額1,800円)=-1,550万円
- Cに対する遺留分侵害額=遺留分額250万円−(相続によって得た財産額23万円−相続債務負担額0円)−(特別受益の受贈額400円+遺贈額0円)=-173万円
- Dに対する遺留分侵害額=遺留分額250万円−(相続によって得た財産額115万円−相続債務負担額0円)−(特別受益の受贈額0円+遺贈額0円)=135万円
- 遺留分を侵害されている者がいるとすれば,その者は,誰に対して,いくらの減殺請求をなしうるか。
- ( 乙 )は,( B )に対して,( 538 )万円の減殺請求をなしうる。
- ( D )は,( B )に対して,( 135 )万円の減殺請求をなしうる。
- 遺留分権者が遺留分の減殺をした後の,A,B,Cの最終的な相続分額はそれぞれいくらになるか。なお,減殺後の特別受益額,遺贈額を( )内に記述すること。
- 乙の最終的な相続分額=462万円+538万円(遺留分減殺請求権)=1,000万円
- Aの最終的な相続分額(特別受益)=0円(特別受益1,200万円)
- Bの最終的な相続分額(遺贈額)=0円(遺贈1,800万円−遺留分減殺分(538万円+135万円)=1,127万円)
- Cの最終的な相続分額(特別受益)=23万円(特別受益400万円)
- Dの最終的な相続分額=115万円+135万円(遺留分減殺請求)=250万円
- 最終結果に関する問題点の指摘(なお,問題点がない場合には,「問題点なし」とすること。)
- A,Bが相続分よりも多くの受益を得ることになるが,Cは遺留分は侵害されておらず,乙もDも遺留分減殺請求によって遺留分が確保されるので,問題はない。