2004年度家族法試験問題と解答例
2004年7月27日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
以下の問題から1問を選択し,選択した問題番号を明示した上で,解答用紙1枚以内で解答しなさい。
問題1 以下の文章を読んで,「家族」の定義と範囲に関する問に答えなさい。
民法第4編・第5編は,まとめて「家族法」とも呼ばれているが,そこに,「家族」の定義も存在しないし,そもそも,「家族」という用語すら存在しない。しかし,民法の中に家族の定義が存在しないと,憲法や男女共同参画社会基本法に規定されている家族の意味があいまいとってしまう。また,臓器移植に関する法律のように,人の生死の判定が家族の同意に係らされている場合には,さらに,深刻な問題が生じる。臓器の移植に関する法律第6条(臓器の摘出)によれば,臓器移植を行うためには,本人の書面による意思表示のほか,脳死判定を行うことにつき「家族」の承諾を,また,臓器摘出につき「遺族」の承諾をそれぞれ要求しているからである。
民法が「家族」を定義していないため,臓器移植に関する法律の適用に関するガイドラインは,遺族や家族の範囲について,以下のような指針を定めている。
「『臓器の移植に関する法律』の適用に関する指針(ガイドライン)」(1997年10月8日)
- 臓器の提出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが,原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし,喪主又は祭祀主宰者となるべき者において,前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとするのが適当である。ただし,前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が提出された場合には,その状況等を把握し,慎重に判断すること。
- 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても,上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。
以上のガイドラインをよく読んで,次の問に簡潔に答えなさい。
- 現行民法には,家族の定義が存在しないが,旧民法や民法旧規定には,家族の定義が存在した。その定義の概略を述べ,現行民法が,そのような家族の定義を削除した理由を述べなさい。
- 解答例
- 明治23年民法(旧民法)は,戸主を家長とし,家族とは,家長である戸主の配偶者及びその家に在る親族・姻族をいうと定義していた(旧民法243条)。明治31年民法(民法旧規定)も,ほぼ同様に,戸主の家に在る親族及び戸主の配偶者を家族と定義していた(民法旧規定732条)。つまり,旧民法や明治31年民法における家族とは,家長である戸主の支配に服する,戸主以外の「家」の構成員のことであった。
- このような家族の定義は,現行憲法24条の趣旨に反する。憲法の精神に則り,個人の尊厳と両性の本質的平等を実現するという目標で改正された現行民法は,「家」制度という封建的な制度を廃止した。これに伴って,民法旧規定には存在した「戸主及ヒ家族」という章を「家族」という用語を含めて,すべて抹消してしまった。このため,現行民法には,家族という章も用語も全く存在しない。
- ガイドラインで示されている家族(遺族)の範囲を,民法の条文に出てくる用語(たとえば親族,相続人,祭祀を主宰すべき者など)のみによって,説明しなおしなさい。
- 解答例
- 家族の範囲は,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者(被相続人)の親族の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものである。原則として,配偶者(常に相続人となる),子(第1順位の相続人),孫(子がすでに死亡している場合の代襲相続人),および,父母(第2順位の相続人),祖父母(子も父母もすでに死亡している場合に相続人となる),並びに,同居の親族(第3順位の相続人である兄弟姉妹を含む)を家族の範囲とする。そして,家族の総意を取りまとめる際には,被相続人の遺体・遺骨に関して管理権を有するとされている,祭祀主宰者(学説によっては,喪主とするものもある)がこれを行うのが適当である。
- 本人Aは,以前,臓器を提供する意思を書面で表示していたが,その後,結婚して実家を出てからは,臓器移植は時期尚早で,人工臓器の開発やクローン技術の発展にゆだねるべきだという考えに変わり,そのことを配偶者に告げていたとする。数年後にAは,臓器提供の意思表示の書面を廃棄しないまま,交通事故にあい,臓器移植をすべきかどうかで,親族の内部で争いが生じたとする。以前の事情を知っている実家の両親D・E,実家を出ている兄弟F・G,実家にいる祖母Hは臓器移植と脳死判定に賛成だが,その後の事情を知っている配偶者で喪主のBだけが,これに反対しており,子Cは,満2歳だとする。このような場合に,家族の範囲をどのように判定すべきか,簡潔に論じなさい。
- 解答例
- 本人Aの子Cが2歳であるため,この場合の祭祀主催者は,Aの妻Bであると考えられる。また,家族の範囲に含まれる可能性のあるのは,Aの両親D・E,祖母Hである。Aの兄弟F・Gは,同居をしていないため,ここでいう家族には含まれないと解せられる。
- Bは,両親D・E,祖母Hと話し合い,本人の真意を説明して,総意をまとめるべきである。しかし,総意が得られない場合には,本件の場合,家族の承諾は得られないことになる。
問題2 憲法24条は,婚姻の(有効な)成立に関して,以下のような規定を置いている。
憲法 第24条 婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
2 配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。
これに対して,民法739条は,「婚姻は,戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって,その効力を生ずる」と規定するほか,民法742条は,以下のように規定して,婚姻の届出をしない婚姻は無効であって,法律婚としては認めないとしている(なお,民法の立法者及び通説・判例は,届出のない法律婚は無効だけでなく,成立すらしないと解している)。
民法 第742条【婚姻の無効】
婚姻は,左の場合に限り,無効とする。
一 人違その他の事由によつて当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。但し,その届出が第739条第2項〔婚姻届出における証人〕に掲げる条件を欠くだけであるときは,婚姻は,これがために,その効力を妨げられることがない。
憲法が婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立すると規定しているのに,民法が,婚姻は両性の合意のほか,届出がなければ不成立又は無効であると規定しているのであるから,一見したところ,民法739条,および,民法742条は,憲法24条に違反しており,憲法98条1項(「この憲法…の条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない」)に基づき,その効力を有しないように思われる。
そこで,不成立と無効は区別しないという民法の立法者の見解を尊重しつつ,民法742条の規定が憲法に違反しないように解釈することができるかどうかについて,自らの見解を以下の見解に敷衍しつつ述べなさい。
- 現行民法は,法律婚主義を採用している(最大決平7・7・5民集49巻7号1789頁)。
- 法律婚であれ,事実婚であれ,個人の尊厳と男女の対等性が保障されている限り,等しく尊重されるべきである(二宮周平『事実婚』〔叢書・民法総合判例研究〕一粒社(2002年)257頁)。
- 事実婚よりも法律婚を優遇する必要はない(角田由紀子『性差別と暴力』有斐閣(2002年)44頁)。
解答例
- 非嫡出子の相続分が,嫡出子の2分の1しかないことを合理的な区別であって,合憲であると判断している最大決平7・7・5民集49巻7号1789頁は,「民法が法律婚主義を採用した結果として,…内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても,それはやむを得ないところといわなければならない。」と判示している。
- しかし,憲法は,その24条において,「婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立する」と規定している。これに対して,現行民法は,その742条において,「婚姻は両性の合意のほか,届出がなければ不成立又は無効である」と規定している。当事者の合意のほかに,婚姻の届出を必要とし,婚姻届を出さない婚姻を無効と宣言している民法739条および民法742条は,憲法24条に違反しており,憲法98条1項(「この憲法…の条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない」)に基づき,婚姻は合意だけで成立するという部分を否定する限りで,すなわち,いわゆる事実婚(憲法婚)を無効とする限りで,その効力を有しないということになる。
- もっとも,憲法24条が「両性の合意のみに基づいて成立する」という意味を,民法旧規定のように,戸主等の第三者の同意を必要とせず,婚姻届の意思を含む当事者の合意のみで,婚姻は成立するのであり,民法の採用している法律婚主義は,憲法に違反しないと解釈することも可能であるようにみえる。しかし,この場合でも,当事者の双方が,婚姻することで合意し,かつ,別姓を貫くために,婚姻届を出さないことで合意した場合のことを考えると,憲法によれば,この婚姻は成立するが,民法739条,および,民法742条によれば,この婚姻は不成立(無効)となるのであり,民法739条,および,民法742条は,憲法を否定する限りにおいて,無効といわざるえない。
- ただし,民法739条および民法742条が憲法に違反して無効であるというときの無効の意味は,法律婚に関するすべての規定が無効となるのではなく,合意のみで成立するいわゆる事実婚(憲法婚)と法律婚とを区別し,法律婚だけを保護するという点が無効となると考えるべきである。すなわち,婚姻の規定の中で,事実婚と法律婚とで効力に差異をもうけず,事実婚にも等しく準用される規定のみが,憲法24条に違反しないものとして,かろうじて無効をまぬかれ,有効と判断されるということになる。結果として,法律婚であれ,事実婚であれ,「個人の尊厳と男女の対等性が保障されている限り,等しく尊重されるべきなのである([二宮・事実婚(2002)257頁]という考え方,および,「事実婚よりも法律婚を優遇する必要はない」[角田・性差別と暴力(2002)43頁以下]という考え方が肯定されることになる。
問題3 土地甲とその上の建物乙は,もとAの所有であったが,Aの死亡により,Aの妻であるBとAの妹Cの共有となり(共有持分は,Bが4分の3,Cが4分の1),乙建物の近くに居住するCが何かと世話をしていた。その後,Bが死亡したが,Bには相続人がいなかったため,報酬以上に献身的にBの看護に尽力した看護士Dが,特別縁故者として,家庭裁判所に相続財産の分与の申し立てをした。Bの4分の3の共有持分は,誰に帰属させるべきであろうか。以下の点に言及しながら論じなさい。
- 共有者であるBが相続人なくして死亡した本件の場合,共有者Cの持分はどのように変化すると考えられるか。
- 解答例
- 民法255条は,「共有者ノ一人カ其持分ヲ抛棄シタルトキ又ハ相続人ナクシテ死亡シタルトキハ其持分ハ他ノ共有者ニ帰属ス」と規定している。本件の場合,Aの相続財産である甲乙の共有者の一人であるBが相続人なくして死亡した場合,Bの持分は,他の共有者であるCに帰属し,Cの持分は,4分の1から,1へと変化する。すなわち,Cは,甲乙の所有権を単独所有することになる。
- Dが特別縁故者として認定された場合,審判によって,Bの持分権のすべてをDに分与することは可能か。
- 解答例
- 民法958条の3は,「…家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があつた者の請求によつて、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。」と規定している。
- 「相続財産の全部又は一部」とあるので,Bの持分権のすべてを特別縁故者Dに分与することも,条文上は可能である。
- しかし,「一部」でもよいのであるから,本件の場合,たとえば,報酬以上に献身的にBの看護に尽力した看護士Dの献身度を金銭的に評価し,その金額に相当する部分のみを分与することも可能である。
- 共有者の一人が死亡し,相続人の不存在が確定し,相続債権者や受遺者に対する清算手続が終了したときは,その共有持分は,他の相続財産と共に,民法958条の3に基づく特別縁故者に対する財産分与の対象となり,右財産分与がされず,当該共有持分が承継すべき者のないまま相続財産として残存することが確定したときに初めて,同法255条により他の共有者に帰属することになると解すべきである(最二判平元・11・24民集43巻10号1220頁)とする最高裁判決をどのように評価するか。
- 解答例
- 共有者の一人が相続人なくして死亡した場合に,その持分を他の共有者に帰属させるべきであるという民法255条優先説と,民法958条の3の立法趣旨を考慮して,まず,特別縁故者に分与すべきであるという民法958条の3優先説とが対立している。
- 上記の最高裁判決は,民法958条の3優先説を採用しており,学説も,近時は,民法958条の3優先説が有力となっている。
- しかし,本件の場合には,Bの近くに居住するCが何かとBの世話をしていたという事実を無視すべきではない。その世話の範囲が単なる親戚づきあいに過ぎない場合には,特別縁故者の要件に該当しないが,それを越えるような世話をしていたとすれば,Cも独立して,民法958条の3の特別縁故者として財産分与を受ける権利を有する可能性も否定できない。
- 民法255条に該当する場合に,民法958条の3が適用されるかどうかについて,立法者がその点について,明確な意識を有さなかったことが明らかなのであるから,いずれかを一方的に優先させるのではなく,被相続人と共有者とが組合的共有(合有)に匹敵するような強い結びつきを有している特別の場合には,民法255条を優先させる。しかし,そのような特別の事情がない通常の場合には,民法958条の3を優先させて,特別受益者に被相続人の共有持分の全部又は一部を分与し,残余があれば,それを他の共有者に帰属させるのが妥当であると思われる。