2004年7月13日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
問1 以下の文章を読んで,「家族」の定義と範囲に関する問に答えなさい。
民法が「家族」を定義していないため,臓器移植に関する法律の適用に関するガイドラインは,遺族や家族の範囲について,以下のような指針を定めている。
「『臓器の移植に関する法律』の適用に関する指針(ガイドライン)」(1997年10月8日)
- 臓器の提出の承諾に関して法に規定する「遺族」の範囲については,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者の中から,個々の事案に即し,慣習や家族構成等に応じて判断すべきものであるが,原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び同居の親族の承諾を得るものとし,喪主又は祭祀主宰者となるべき者において,前記の「遺族」の総意を取りまとめるものとするのが適当である。ただし,前記の範囲以外の親族から臓器提供に対する異論が提出された場合には,その状況等を把握し,慎重に判断すること。
- 脳死の判定を行うことの承諾に関して法に規定する「家族」の範囲についても,上記「遺族」についての考え方に準じた取扱いを行うこと。
以上のガイドラインをよく読んで,次の問に簡潔に答えなさい。
問2 憲法24条1項は,婚姻の(有効な)成立に関して,以下のような規定を置いている。
憲法 第24条 婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
これに対して,民法739条は,「婚姻は,戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって,その効力を生ずる」と規定するほか,民法742条は,以下のように規定して,婚姻の届出をしない婚姻は無効であって,法律婚としては認めないとしている(なお,民法の立法者及び通説・判例は,届出のない法律婚は無効だけでなく,成立すらしないと解している)。
民法 第742条【婚姻の無効】
婚姻は,左の場合に限り,無効とする。
一 人違その他の事由によつて当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。但し,その届出が第739条第2項〔婚姻届出における証人〕に掲げる条件を欠くだけであるときは,婚姻は,これがために,その効力を妨げられることがない。
憲法が婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立すると規定しているのに,民法が,婚姻は両性の合意のほか,届出がなければ不成立又は無効であると規定しているのであるから,一見したところ,民法739条および民法742条は,憲法24条に違反しており,憲法98条1項(「この憲法…の条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない」)に基づき,その効力を有しないように思われる。
そこで,不成立と無効は区別しないという民法の立法者の見解を尊重しつつ,民法742条の規定が憲法に違反しないように解釈することができるかどうかについて,自らの見解を以下の見解に敷衍しつつ述べなさい。
問3 子を嫡出子にするだけの目的で婚姻届をしても,当事者間に真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合には,その婚姻は民法742条1号により無効である(最二判昭44・10・31民集23巻10号1894頁)。しかし,死期の迫った者が,もはや,社会通念上夫婦として生活することはできないが,相手に相続させる目的で,婚姻届をした場合,いわゆる臨終婚の場合には,その婚姻は有効であるとしている(最三判昭45・4・21判時596号43頁)。
両者の結論を矛盾なく説明することは可能か。可能であれば,どのように説明すればよいのか。もしも,両者が矛盾するとすれば,どのような解決が可能か論じなさい。
問4 法定夫婦財産制について,別産制の問題点について,以下の点に言及しながら論じなさい。
問5 嫡出でない子の「父母との続柄」欄の記載方法の改善について,法務省民事局から意見募集(http://www.moj.go.jp/PUBLIC/MINJI45/pub_minji45.html)がなされた。
法務省から示された「嫡出でない子の「父母との続柄」欄の記載方法の改善(骨子)」は,概ね,以下のとおりである。
以上の法務省の「嫡出でない子の「父母との続柄」欄の記載方法の改善(骨子)」に対して,戸籍法13条を参考にして,自らの意見を述べなさい。
戸籍法 第13条【戸籍の記載事項】
戸籍には、本籍の外、戸籍内の各人について、左の事項を記載しなければならない。
一 氏名
二 出生の年月日
三 戸籍に入つた原因及び年月日
四 実父母の氏名及び実父母との続柄
五 養子であるときは、養親の氏名及び養親との続柄
六 夫婦については、夫又は妻である旨
七 他の戸籍から入つた者については、その戸籍の表示
八 その他法務省令で定める事項
問6 土地甲は,もとAの所有であったが,Aの死亡により,Aの妻であるBとAの妹Cの共有となった(共有持分は,Bが3分の2,Cが3分の1)。その後,Bが死亡したが,Bには相続人がいなかったため,報酬以上に献身的にBの看護に尽力した看護士Dは,特別縁故者として,家庭裁判所に相続財産の分与の申し立てをした。Bに帰属していた甲土地の3分の2の共有持分は,誰に帰属させるべきであろうか。最二判平元・11・24民集43巻10号1220頁を考慮しつつ,以下の点に言及しながら論じなさい。
問7 公証人よって考案され,法務省の登記実務に支えられ,最終的には,最高裁判決(最二判平3・4・19民集45巻4号477頁)によって追認された「相続させる」遺言の法的性質とその功罪について,以下の点に言及しながら論じなさい。
問8 被相続人Fは,(一)〜(五)の各土地を所有していた。そして,公正証書により,財産全部をB(Y1)に相続させる旨の遺言(旧遺言)をした。しかし,4ヵ月後に,被相続人Fは,公正証書により,旧遺言を取り消し,以下の内容の新遺言をした。
(1)本件(一)土地をG,H,I,J,Kの5名に各5分の1ずつ相続させる。
(2)本件(二)〜(五)土地を,B(Y1),C(Y2)に各2分の1ずつ相続させる。
(3)その他の財産は,相続人全員に平等に相続させる。
(4)遺言執行者として,弁護士A(X)を指定する。
そして,Fが死亡したが,その時点での相続人は,B(Fの子:(Y1)),C(Bの子でFの養子:(Y2)),D・E(Fの子(亡L)の代襲相続人:Zら),G・H・I・J・K(Fの子)であった。
Fの死亡後,ほどなくして,B(Y1)は,旧遺言を用い,本件各土地について,相続を原因として,自己名義に所有権移転登記をした。
そこで,A(X)は,B(Y1)に対して,本件(一)土地について,Gらへの,本件(二)土地の持分2分の1について,C(Y2)への,各真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記を求めて,訴えを提起した。D・E(Zら)は,他の相続人ら及び遺言執行者A(X)に対して,遺留分減殺の意思表示をするとともに,A(X)に対して,本件各土地についてそれぞれ1/32の共有持分権を有することの確認を求め,B(Y1)に対して,共有持分の確認と持分移転登記手続を求めて,A(X)のB(Y1)に対する訴訟に独立当事者参加をした。なお,そのほかに,Zらは,C(Y2)に対して,本件(三)〜(五)土地について,共有持分の確認と持分移転登記手続を求めた。
以下の問に答えなさい。
問9 次の文章(東京高判平4・12・11判時1448号130頁からの抜粋)を読んで,X1とX2とがYに対して行った推定相続人からの廃除の申立てに対して,家庭裁判所は,どのような判断を下すべきかを,以下の順序で論じなさい。
X1とX2との子Y(二女)は,小学校の低学年のころから問題行動を起こすようになり,中学校及び高校学校に在学中を通じて,家出,怠学,犯罪性のある者等との交友等の虞犯事件を繰り返して起こし,少年院送致を含む数多くの保護処分を受け,更には自らの行動について責任をもつべき満18歳に達した後においても,スナックやキャバレーに勤務したり,暴力団員Aと同棲し,次いで前科のある暴力団の中堅幹部であるBと同棲し,その挙げ句,Bとの婚姻の届出をし,その披露宴をするに当たっては,X1とX2とが右婚姻に反対であることを知悉していながら,披露宴の招待状に招待者としてBの父Cと連名でX1の名を印刷してX1とX2の知人等にも送付するに至るという行動に出た。
一方,問題行動が始まったころのYに対し,X1とX2とは,それぞれのやり方でYを追いつめ,きびしい叱ることのみに終始し,それでもなおらないと病院や相談機関にYをゆだね,それが効を奏しないとダメな子として少年に接してきており,問題行動の毎に叱られる(幼少の頃は折檻も加えられた)→逃げ出す(家出・無断外泊・不良交友・怠学)といった行動パターンの繰り返しに終始し,その中で人間関係・親子関係の基本的な信頼関係の確立やY自身の内省が疎外されて社会的な成熟を遂げなかった。とりわけX1はYの素行が良くならないかぎり家庭に入れたくないという態度に終始し,素行が良くなるためにはまず家庭の側がどうすべきなのかという点の配慮に欠けていた。
問10 遺留分減殺請求権に関して,債権者代位権の目的とすることができるかどうかについて判断した最一判平13・11・22民集55巻6号1033頁に関して,以下の問に答えなさい。
問11 被相続人甲の遺産は3,600万円,債務は1,500万円である。相続人は,甲の子A,B,Cの3人,甲の死亡から8年前に甲からAの開業の資金として5,000万円(相続開始時の評価額6,000万円)の不動産の贈与があったとする。遺留分を害されているのは誰か。誰に対して,どの範囲で遺留分の減殺請求が可能か。以下の順序で考察を行い,それぞれの結果を記述しなさい。
具体的相続分の算定方法 | 遺留分を考慮した具体的な相続分の算定方法 | |
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算定の基礎 | みなし相続財産額=相続財産の価額3,600万円+特別受益6,000万円=9,600万円 | 遺留分の基礎となる財産額=現存積極財産額3,600万円+加算されるべき贈与額(Aの特別受益6,000万円)−債務額1,500万円=8,100万円 |
配分可能遺産 | 正味の遺産額=遺産額3,600万円−遺贈額0円=3,600万円 | |
遺留分と自由分の算定 |
全体の遺留分=8,100万円×遺留分率1/2=4,050万円 |
|
各遺留分の算定 |
A,B,Cの遺留分…全体の遺留分×子の均等分率1/3=1,350万円 |
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相続分の抽象的算定 |
A,B,Cの各法定相続分…9,600万円×1/3=3,200万円 |
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具体的相続分の算定 |
Aの具体的相続分…3,200万円−6,000万円=-2,800万円→0円 |
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個別具体的相続分額と債務負担額の同時確定 | BとCの具体的相続分それぞれ3,200万円は,正味の遺産が3,600万円しかなく,債務が1,500万円あるため,具体的な相続分と債務負担は,上記の具体的相続分の割合に応じて,以下のように配分されることになる。
B,Cの個別具体的相続分額…3,600万円×1/2=1,800万円 |
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遺留分侵害額の算定方法 | 遺留分侵害額=遺留分額−(相続によって得た財産額−相続債務負担額)−(特別受益の受贈額+遺贈額) | |
具体的な遺留分侵害額の算定 |
Aの遺留分侵害額…遺留分額1,350万円−(相続によって得た財産額0円−相続債務負担額500円)−(特別受益の受贈額6,000万円+遺贈額0円)=-4,150万円 Bの遺留分侵害額…遺留分額1,350万円−(相続によって得た財産額1,800万円−相続債務負担額500円)−(特別受益の受贈額0円+遺贈額0円)=50万円 Cの遺留分侵害額…遺留分額1,350万円−(相続によって得た財産額1,800万円−相続債務負担額500万円)−(特別受益の受贈額0円+遺贈額0円)=50万円 具体的に遺留分を侵害されているのは,B,C。 |
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結論 |
減殺の順序は遺贈,贈与の順(民法1033条)であるが,本事例では遺贈がないので,B,Cは,Aへの生前贈与6,000万円から,50万円ずつ,100万円を減殺請求できる。 Aの最終的相続分=0円(特別受益6,000万円−債務負担額500万円−遺留分減殺額100万円=5,400万円):債務者に500万円弁済し,B,Cに100万円ずつを弁済しなければならない。 Bの最終的相続分=(相続割当額1,800万円−債務負担額500万円)+遺留分減殺請求額50万円=1,350万円 Cの最終的相続分=(相続割当額1,800万円−債務負担額500万円)+遺留分減殺請求額50万円=1,350万円 |