作成:2010年4月13日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
製造物責任(Products Liability)とは,製造物(商品)に欠陥(瑕疵ともいう)が存在したために,その商品の欠陥によって,買主または第三者の生命・健康・身体,財産に損害(拡大損害)が発生した場合に,その商品の製造者,または,販売業者が負う民事責任のことをいう。
*図1 製造物責任の構造 |
1994年7月1日に成立した製造物責任法が,「この法律は,製造物の欠陥により人の生命,身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定める」と規定しているのも,この趣旨を明らかにしたものにほかならない。
例えば,テレビの部品に欠陥があって,テレビから発火・延焼事故が起こった場合を例にとってみよう。この場合,商品の欠陥によって,商品以外の消費者の財産に損害(拡大損書)が生じているので,製造物責任の問題が発生している。
大阪地判平6・3・29判時1493号29頁,判タ842号69頁〔松下電器テレビ発火事故製造物責任訴訟判決〕
テレビの発火事故について製品の欠陥を認め,過失の推認などの法理によって家電メーカーの製造物責任を認め,テレビの発火による火災によって損傷した備品の購入費用,消失した書類の作成費用,弁護士費用等,合計441万7,000円の損害賠償の支払いをメーカーに命じた事例。
これに対して,テレビの部品の品質不良のため,映像が写らない,または,映像が不鮮明であるという場合には,確かに,消費者に損害(瑕疵損害)が発生しているが,その損害は,商品自体にとどまり,拡大損害が生じていないため,製造物責任の問題は発生しない(*図1参照)。
製造物責任は,商品の瑕疵から生じた拡大損害について,製造者,または,販売業者の負う民事責任であり,従来,その法理は,民法,特に,不法行為の一般規定である民法709条を中心に,その解釈学説,および,スモン訴訟,カネミ・ライスオイル訴訟等に代表される判例の積み重ねによって発展してきた(詳細については,平野裕之『欠陥消費者訴訟と製造物責任』(成文堂・1993年)参照)。
しかし,従来の製造物責任の法理は,過失責任を原則とする民法の解釈として生成したものであるため,商品に欠陥があっても,メーカーに過失がない場合には,消費者はメーカーの責任を追及できないということになり,被害者の救済にとっては十分ではなかった(わが国の製造物責任訴訟における裁判所の判断は,医薬品,食品など一部のケースを除いては,どちらかと言えば消費者の側に厳しく,企業の側には甘く行われてきた嫌いがあることは否定できないことが指摘されている。この点については,山口正久・PL法とその対策・(品質月間委員会(1994年)44頁以下参照)。
もっとも,下級審の判例は,過失または因果関係の証明を軽減するため,過失または因果関係の推認等の法理を駆使して,被害者を救済してきた。
大阪地判平9・9・18判タ992号166頁〔シャープ製テレビ発火による火災・死亡事件〕
テレビからの出火が原因と認定された火災による損害賠償請求事件において,テレビメーカーには消費者の通常の使用により危険な性状が生じ,それにより消費者等の生命,身体及び財産に損害を被らせることがないような安全を確保すべき高度の注意義務(安全性確保義務)があり,消費者は通常の使用によって事故が生じたこと及び当該商品の通常有すべき安全性が欠けていたことを立証すれば,安全性確保義務違反の過失があったと推定され,テレビメーカーにおいて,欠陥原因を解明するなどして右推定を覆さない以上その責任を免れないとした事例
なお,因果関係の推定について,最初に被害者を救済したのは,新潟水俣病訴訟判決であり,その要旨は以下の通りである。
新潟地判昭46・9・29下民集22巻9・10号別冊1頁,判時642号96頁,判タ267号99頁
不法行為に基づく損害賠償事件においては,被害者の蒙った損害の発生と加害行為との因果関係の立証責任は被害者にあるとされているところ,いわゆる公害事件においては,被害者が公害に係る被害とその加害行為との因果関係について,因果の環の一つ一つにつき,逐次自然科学的な解明をすることは,極めて困難な場合が多いと考えられる。右の場合,因果関係論で問題となる点は,通常の場合,@被害疾患の特性とその原因(病因)物質,A原因物質が被害者に到達する経路(汚染経路),B加害企業における原因物質の排出(生成・排出に至るまでのメカニズム)であると考えられる。
本件のような化学公害事件においては,被害者に対し自然科学的な解明までを求めることは,不法行為制度の根幹をなしている衡平の見地からして相当ではなく,前記@,Aについては,その状況証拠の積み重ねにより,関係諸科学との関連においても矛盾なく説明ができれば,法的因果関係の面ではその証明があったものと解すべきであり,右程度の1,2の立証がなされて,汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合,Bについては,むしろ企業側において,自己の工場が汚染源になり得ない所以を証明しない限り,その存在を事実上推認され,その結果すべての法的因果関係が立証されたものと解すべきである。
しかし,平成元年12月8日の最高裁判決(鶴岡灯油訴訟上告審判決)は,過失または因果関係の立証責任を加害者に転換することを認めておらず,上級審までいった場合の被害者救済には困難が生じていた。
最二判平1・12・8民集43巻11号1259頁〔鶴岡灯油訴訟上告審判決〕
消費者が事業者に対し,独占禁止法三条にいう「不当な取引制限」に当たる価格協定による損害の賠償を民法上の不法行為に基づき請求する訴訟において,価格協定の実施直前の小売価格をもっていわゆる想定購入価格と推認することができるのは,価格協定の実施当時から消費者が商品を購入する時点までの間にその商品の小売価格形成の前提となる経済条件,市場構造その他の経済的要因等に変動がないときに限られる。
このような最高裁の硬直的な考え方では,被害者救済が実現できないことは,上記平成元年最高裁判決の補足意見において,明確に述べられている。
裁判官島谷六郎の補足意見
本件訴訟は,石油元売業者の価格協定の実施により,石油製品の購入者が損害を被ったとして,民法709条による損害の賠償を求めるものであるが,その価格協定が実施されなかったとすれば形成されたであろう想定購入価格と消費者が現実に購入した際の小売価格との差額,価格協定の実施と現実購入価格の形成との間の相当因果関係の存在等についての主張立証の責任は,消費者において負担するものであること,多数意見において詳細に説示したとおりである。そして,現実の小売価格の形成には,経済的,社会的な幾多の要因があり,これら諸要因が複雑に競合して現実の小売価格が形成されるのであるから,想定購入価格の算出,小売価格と価格協定の実施との間の因果関係の有無等については幾多の難問が存在し,これらを消費者が主張立証することは,極めて困難な課題であるといわなければならない。しかし,不法行為法の法理からすれば,まさに右説示のとおりであって,いまにわかにこの原則を変えるわけにはいかない。
そこで,商品に欠陥があり,それが原因となって消費者の生命・健康・身体・財産に損害が発生した場合には,たとえ,メーカーに過失がない場合でも,メーカーは責任を負うという,無過失責任としての製造物責任の立法化が望まれたのである(詳細については,通商産業省産業政策局消費経済課編『製造物責任法の解説』(通商産業調査会・1994年)参照)。
そのような要請に基づいて1994年7月1日に成立し,1995年7月1日から施行されたのが,民法の特別法として製造者の無過失責任を明らかにする「製造物責任法」である。
製造物責任法が制定され,製造物責任法3条が適用されて最初に原告が勝訴した判決(ジュースの中の異物を特定することができない場合において,ジュースの欠陥が肯定され,顧客の損害につき,慰謝料5万円が認められた事例)の要旨は,以下の通りである。これまでの民法709条の適用によるよりも,原告が有利となっていることがわかる。
名古屋地判平11・6・30判時1682号106頁,金融商事1071号11頁
原告が吐血を訴えた直後に原告を診察した乙川医師が,救急車を呼んで,国立病院に受診するよう勧めていること,国立病院の丁田医師も,喉頭ファイバースコープで粘膜の下に出血を認めて診断書を書いていることからして,原告は,右診断書記載の内容の受傷をしたと認められる。なお,原告に対し,喉頭の外傷に対する治療は行われていないが,喉の粘膜部分という部位の特性からして,国立病院での診察までに,切創部分が閉じてしまうこと,そのため,傷の治療が不要となることは十分考えられ,喉頭の外傷に対する治療がないことを以て,原告が本件受傷をした事実が左右されるものではない。
本件ジュースに,それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたということは,ジュースが通常有すべき安全性を欠いていたということであるから,本件ジュースには製造物責任法上の「欠陥」があると認められる。なお,右異物は発見されず,結局異物が何であったかは不明なままであるが(恐らく,原告が胃の内容物を嘔吐した際,異物も吐き出したものと考えられる上,本件ジュースも検査されないまま捨てられてしまったのであるから,これ以上,原告に異物の特定を求めることは酷である。),それがいかなるものであろうと,ジュースの中に,飲んだ人に傷害を負わせるような異物が混入していれば,ジュースが通常有すべき安全性を欠いているものであることは明らかであるところ,本件ジュースに,それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたという事実(本件ジュースに「欠陥」が存在したこと)自体は明らかである以上,異物の正体が不明であることは,右認定に影響を及ぼさない。
本来ならば,新しく成立した法律によって,これまでの学説・判例が形成してきた製造物責任の論点がすべて吸収され,明確に規定されるべきであった。しかし,1994に成立した製造物責任法は,産業界と消費者との利害について妥協が成立しない点については,規制対象からはずされてしまい,立法的解決が見送られた点が少なくない。例えば,欠陥建売住宅の問題については,この法律が,製造物の範囲を「動産」に限定してしまったために(2条1項),原則として,不動産である住宅にはこの法律が適用されない。それでは,欠陥建売住宅については,消費者はもはや製造物責任を追及できないのかというと,そうではない。製造物責任法が適用されない場合には,従来の学説・判例によって形成されてきた民法709条等に基づく製造物責任の法理が生きてくるのである。
製造物責任が適用されて,無過失責任を負うメーカーの責任と,通常の不法行為責任を負う者との違いは,以下の判決例に見事に表れている。
奈良地判平15・10・8判時1840号49頁
適用条文:製造物責任法3条,国家賠償法1条1項,2条1項
国立大学附属小学校の低学年生徒が強化耐熱ガラス製食器を落とし,その割れた破片により受傷した事故につき,製造会社に製造物責任が認められたが,小学校側に過失がないとして学校側の国賠責任が否定された事例
さらに,製造物責任法が適用される場合でも,製造物責任法に規定がない問題,例えば,「因果関係」の問題,「過失相殺」の問題,「責任主体の競合」の問題については,民法,および,民法の解釈として形成されてきた従来の製造物責任の法理が適用される。このことは,製造物責任法第6条が,「製造物の欠陥による製造業者等の損害賠償の責任については,この法律の規定によるほか,民法(明治29年法律第89号)の規定による。」と明確に規定していることからも明らかである。
東京地判平11・8・31判時1687号39頁,判タ1013号81頁,金融商事1080号36頁〔三洋電機冷凍庫発火事故製造物責任訴訟判決〕
適用条文:民法709条,民事訴訟法248条
製品の製造者は製品の安全性を確保すべき高度の注意義務があり,製造者がこの業務に違反して安全性に欠ける製品を流通に置いたことによって消費者が損害を被った場合には,製造者は不法行為責任を負うとされた事例
消費者が,冷凍庫本来の使用目的に従って使用していたのにもかかわらず,冷凍庫から発火したときは,その冷凍庫は,火災当時,通常有すべき安全性を欠いていたというべきであり,特段の事情の認められない限り,製品が流通に置かれた時点において,欠陥が存在していたものと推認することが相当であるとされた事例
安全性確保義務の性質上,流通に置かれた時点において,その製品について欠陥の存在が立証されれば,製造者に製品を設計,製造し,流通に置くに際し,安全性確保義務違反の過失があったものと推定することが相当であるとされた事例
火災による動産の滅失について,損害額の立証が極めて困難な場合に当たるとして,民事訴訟法248条により相当な損害額が認定された事例
したがって,製造物責任を理解するためには,まず,製造物責任法の条文によって明らかにされていることを理解することが重要であるが,製造物責任法が適用されない多くの問題について,または,製造物責任法があえて民法の解釈に委ねている問題については,民法の解釈学説,もしくは,判例によって形成されてきた従来の製造物責任の法理を理解することが必要不可欠である。
神戸地判平21・1・27判タ1302号180頁
適用条文:民法709条,製造物責任法2条,民法724条
複数の自動車に発生した多数の不具合について,使用者の使用態様等を総合的に検討した結果,欠陥の証明がないとしたが,自動車製造業者によってリコールの届出がされた内容と同一の不具合が発生した自動車について,欠陥の存在を認め,自動車製造業者の不法行為責任を肯定し,自動車の欠陥を原因とする自動車製造・販売業者の不法行為に基づく損害賠償請求権について,不具合発生の時点ではいまだ使用者が損害を知った時には当たらないとして,消滅時効の完成を否定した事例
製造物責任法2条1項は,「『製造物』とは,製造または加工された動産をいう」と規定し,無過失責任の対象となる製造物を製造または加工された動産に限定している。
大分類 | 中分類 | 小分類 | |
---|---|---|---|
モノ | 有体物 | 動産 | 加工物 |
未加工物(製造物責任法は適用されない) | |||
不動産(製造物責任法は適用されない) | |||
無体物 | 無形エネルギー | ||
情報・ソフトウェア | |||
サービス (人の行為) |
製造物責任法は適用されない (民法上の責任(原則として過失責任主義)が適用される) |
欠陥商品のうち,製造または加工された動産に関してのみ,製造者に無過失責任を負わせることにした根拠は,EC指令にも唱われているように,「専門技術が進展している現代において,最新技術による生産方式(大量生産・大量販売)に内在する危険を公平に分配するという問題は,製造者に無過失責任を課すことによってのみ適切に解決することができる」という判断に基づいている。
製造物責任は文字通り製造物の欠陥から拡大損害が生じた場合の責任を問題にするものである。モノに関する責任であるから,*表1のように,サービスに関する責任は,除外されている。サービスに関する責任は,行為に対する責任であるから,モノの責任としての製造物責任とは異なり,原則として,過失責任が適切であり,専門家の責任として厳格な責任を課すとしても,過失等の挙証責任の転換で十分と考えられているからである。
もっとも,売買とサービスとが混在しているレストランでの食事(売買とサービスとの混合契約)については,製造物責任法の適用があると解されている。
東京地判平13・2・28判タ1068号181頁
適用条文:製造物責任法2条,3条
レストランで瓶詰オリーブを食してボツリヌス中毒に罹患した顧客,レストラン従業員,及びレストランの経営会社らが,これを輸入した業者を被告として,損害賠償を請求した事案において,ボツリヌス菌は瓶の開封前から存在しており,本件オリーブは食品として通常有すべき安全性を欠いていたとして,製造物責任が認められた事例
以下に述べるモノは,製造物責任法の目的から判断して,製造者に無過失責任を課すことが適切とはいえないと判断された。これらのモノは,無過失責任としての製造物責任の対象からは除外される。もっとも,これらのモノに欠陥がある場合には,被害者は,過失責任主義を採用する民法によって責任を追及することができることはいうまでもない。
従来からの伝統的で単純な生産方式を採用している分野においては,無過失責任ではなく,従来通り,民法の過失責任法理を適用することが適切な場合もありうる。
そこで,製造物責任法は,未加工の自然産物(未加工の農林畜水産物,採掘されたままの鉱物等)を,無過失責任の対象となる製造物から除外している。例えば,農林水産物を単に切断,冷凍,乾燥したに過ぎないものは,無過失責任としての製造物責任法は適用されないこととし,過失責任主義を採用する民法によってのみ責任の追及が可能であるとした。ただし,保存料を加えたり,味付けしたり,加熱したりした農林水産物は加工したものとされ,当然に,製造物責任法が適用される。
東京地判平14・12・13判時1805号14頁,判タ1109号285頁〔イシガキダイ食中毒訴訟判決〕
適用条文:製造物責任法2条1項,2条2項,3条,4条1項(開発危険の抗弁が否定された)
魚をアライ,兜焼き等にして提供する行為は製造物責任法にいう加工に当たり,シガテラ毒素を含有するイシガキダイ料理が欠陥を有する製造物に該当するとされ,当該料理を食してシガテラ毒素を原因とする食中毒に罹患した客の損害賠償請求が認容された事例
東京高判平17・1・26TKC
適用条文:製造物責任法3条,民法570条,566条
被控訴人らが,控訴人経営の割烹料亭においてイシガキダイ料理を食したところ,食中毒に罹患し損害を被った旨主張し,製造物責任又は瑕疵担保責任に基づく損害賠償金の支払を求めた事案の控訴審において,上記料理が加工に該当しないし,開発危険の抗弁の成立する等の控訴人の主張を排斥して製造物責任を認めた原審の判断を支持し,同法上の加工とは,原材料の本質は保持しつつ新しい属性ないし価値を付加することで足り,また,被害者保護という法の目的等から,開発危険の抗弁を広く認めることは相当ではないと判示して控訴人の控訴を棄却し,損害額を争い付帯控訴した被控訴人の請求につき一部認容して原審を変更した事例。
臓器や輸血用の血液も,製造または加工された動産には当たらないので,製造物には含まれない。これに反して,輸血用の血液製剤は,血液に保存料,血液凝固防止剤を加えて大量生産し,包装容器に入れて流通させている製品であるから,製造物と考えられている。
名古屋地判平19・7・31訟務月報54巻10号2143頁
適用条文:国家賠償法1条
厚生大臣は,本件血液製剤の製造を承認するに当たっては,適応外の患者に対して止血目的で広く使用されるのを防止し,その投与を受ける患者の安全を確保するために,いずれの製品についても血清肝炎ないし非A型非B型肝炎ウイルス感染の危険を排除できないものであることを前提として,適応のある患者に限り治療上不可欠の場合に使用すべきである旨を添付文書に明確な表現・表示方法をもって記載させる措置を採らなければならなかったものというべきであるが,厚生大臣は,この義務を怠ったものといわざるを得ないとし,請求を一部認容した事例。
製造物責任の立法の目的の1つは,国境を越えて流通しうる規格化された商品について,すでに世界的な傾向となっている無過失責任という統一的な責任基準を設定することによって,同一商品について,ある国では製造者が責任を問われて消費者が救済を受けうるのに,他の国では,製造者が責任を問われずに消費者が救済されないというような不均衡を防止しようとすることにある。したがって,国境を越えて流通することがありえない不動産については,EC等においても,無過失責任という統一基準を設定する必要はなく,各国の立法政策,または,判例法の発展に任されているのである。
そのようなわけで,ECに便乗して作成されたわが国の製造物責任法の下では,造成された宅地(不動産)の場合には,たとえ商品に欠陥があっても,無過失責任としての製造物責任法は適用されず,過失責任主義を採用する民法によってのみ責任の追及が可能となる。ただし,不動産に組み込まれた動産である原材料・部品は製造物に含まれるため,ユニット・バスや建物の建材等の欠陥による事故の場合には,製造物責任法が適用されることに注意しなければならない。このような建物の部品については,国際的な流通が想定されうるからである。
福岡高判平17・1・14判タ1197号289頁
適用条文:製造物責任法2条,2条1項,2条2項,3条
新築した木造住宅に大量の害虫が発生したことについて,下地用材料として販売した竹材の防虫処理が不十分であったとし,竹材販売者の製造物責任が認められた事例
本件建物を新築して居住している被控訴人らが,本件建物に害虫が大量に発生し,本件建物の土壁の下地とされた竹材その他本件建物の壁,床及び階段等に食害を与えたとして,竹材を販売した控訴人に対し,製造物責任又は債務不履行責任に基づく損害賠償を求めたところ,原審では製造物責任に基づく被控訴人らの請求を認容した事案において,本件丸竹は通常有すべき安全性を欠き,製造物責任法2条2項に定める「欠陥」を有するものであり,防虫処理が不十分な建築資材としての本件丸竹を販売したことにより本件害虫による加害が生じたのであるから,控訴人はこれによって生じた被控訴人の損害を賠償する義務を負うとして,原判決を支持して控訴を棄却した事例。
以下に述べるモノは,通説によれば,無過失責任としての製造物責任の適用対象から除外されるが,製造物責任法の法目的から考えると,むしろ,製造物と考えることが適切であり,その欠陥による事故については,製造者に無過失責任が負わされると解すべきである。
わが国においては,民法上「物」は有体物に限られており(民法85条),電気等の無形のエネルギーは「物」ではないから,製造物責任が適用されないというのが通説の解釈である。
しかし,そのような解釈は余りにも形式的に過ぎよう。あるモノが,ある法律の適用を受けるかどうかは,その法律の目的から合理的に導き出されるべきである。刑法が,民法と異なり,電気を財物(有体物)とみなしていることも,そのような精神のあらわれである(刑法245条)。製造物責任法上の「製造物」であるかどうかの判断も,製造物責任法の目的,すなわち,モノの欠陥から生じた事故について,製造者に無過失責任を課すのが適切であるかどうかという観点から判断されるべきである。
そのような観点から無体物(無形のエネルギー)である電気を眺めると,電気は,適用除外が認められる典型物としての自然産物とは異なり,大量生産に適した,究めて工業的性質を有するモノであり,しかも,電圧やサイクル数の異常という欠陥は重大な拡大損害を引き起こす危険性がある。同じエネルギー源であるガス,蒸気等が,有体物であるという理由で,製造物責任法における製造物であるとされている点から考えても,エネルギー源としては,電気もガスも蒸気等も同様に扱われているにもかかわらず,電気だけを別扱いにする理由はないと思われる。
ソフトウェアは有体物ではないというのが,通説によって,製造物から除外されている理由である。しかし,ソフトウェアが組み込まれた製品の欠陥によって事故が生じた場合には,通説によっても,製造物責任法が適用される。
ソフトウェアは,通常,フロッピーディスク,CD-ROM,DVD,USB等の媒体にのせて販売されており,その価値は,媒体の内部に記録された情報によって決まる。これは,紙という媒体に情報が記録された「本」の場合と状況は何ら異なるところがない。
従来は,本に記載された情報に誤りがあっても,本の著者,または,出版社は製造物責任を負わないとされてきた。しかし,これは,多くの本が,読んで楽しむためのものであり,本に記載された情報に誤りがあっても,ほとんどの場合,拡大損害が生じるおそれがなかったからに過ぎない。しかし,最近では,薬の処方を記載した本に誤りがあって,その本の通りに処方したところ,患者に被害が生じたり,海図に誤りがあって,船が座礁したり,電子レンジの料理の作り方の本に誤りがあって,その本にしたがって料理をしたところ,大火傷をしたという場合には,本の著者,または,出版社は,製造物責任を負わなければならないと考えられるようになってきている。
したがって,本に記載された情報に欠陥がある場合と同様,フロッピーディスクやCD-ROM,DVD,USB等の媒体にのせて販売されるソフトウェアも,さらには,ソフトウェアを直接パソコンにダウンロードするという方法で販売されるソフトウェアについても,それらは,すべて,製造物責任法における製造物と考えるべきであり,ソフトウェアに欠陥があって,ユーザーの他のデータが破壊されたりするなどの拡大損害が生じた場合には,ソフトウェアの製造者は,製造物責任法によって,製造物責任を負うと考えるべきであろう。
製造物責任法は,「この法律において『欠陥』とは,当該製造物の特性,その通常予見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して,当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」という定義を行っている。
この定義は,欠陥の判断基準のうち,生産者中心の発想といわれる(a)標準逸脱基準を排して,(b)消費者期待基準,および,(c)危険効用基準の融合を図ったものであると理解されている。
学説 | 判断基準 | |||
---|---|---|---|---|
過失,または,違法性 の認定基準 |
注意義務違反説 | 予見可能性 | 結果回避可能性 | 両者がともに必要 |
相関関係説 | 侵害法益の重大性 | 加害行為の重大性 | 両者を相関させて判断 | |
欠陥の認定基準 | 標準逸脱説 | 仕様書等の安全標準から逸脱しているかどうか (事業者にとって予見も容易で,結果回避も可能である) |
仕様書等のみで判断 | |
消費者期待基準説 | 安全に関する消費者の合理的な期待から逸脱しているかどうか (事業者にとって予見が困難であり,結果回避も容易ではない) |
消費者の期待と合理性の両者が必要 (消費者の期待と予見可能性とを相関させている) |
||
危険効用基準説 | 製品の有する危険が製品の有する効用を上回っているかどうか (事業者にとって予見が可能であり,結果回避も可能である) |
製品の有する危険と効用とを相関させて判断 |
欠陥の認定と予見可能性との関係を考察するに際しては,以下の判決例が参考になる。
東京高判平18・8・31判時1959号3頁
適用条文:民法709条,製造物責任法3条
購入した電気ストーブの使用により発生した有害物質への暴露が誘因となって,当該電気ストーブの使用者である控訴人が化学物質過敏症を発症したとして,不法行為に基づく損害賠償請求がなされた事案で,当該電気ストーブを販売した小売店である被控訴人は,その販売に際して販売者として負うべき商品の安全確認のための注意義務を尽くして有害な化学物質の発生を予見できたにもかかわらずこれを怠ったものであるから,注意義務違反による過失が認められるから不法行為が成立し,被控訴人は不法行為に基づく損害賠償責任を負うべきであるとして,第一審判決を変更し,損害賠償請求を認容した事例。
ある製品が正常な状態,すなわち,企業が定めた仕様書等の標準から逸脱している場合に,欠陥があると判断する考え方である。
しかし,この基準は,製造上の欠陥の判定には役立っても,設計上の欠陥や指示上(表示上)の欠陥に関しては判定の基準とはなりえないという問題点を有しており,かつ,生産者中心の発想として批判されており,製造物責任法は,この基準を採用しなかった。
製造物責任法によれば,標準逸脱基準説では認められないはずの設計上の欠陥も欠陥として認められる。
東京地判平15・7・31判時1842号84頁,判タ1153号106頁
適用条文:製造物責任法3条
電気部品メーカーの製造したスイッチが短絡通電し,そのためカーオーディオ製品を登載した自動車のバッテリーが上がる等の事故が発生した場合において,スイッチに設計上の欠陥があるとして,電気部品メーカーの製造物責任が認められた事例。
鹿児島地判平20・8・29判時2015号116頁
適用条文:製造物責任法3条
A社(バンダイナムコゲームス)製造のカプセル入り玩具のカプセルが,当時2歳10か月であった原告Bの口腔内に入りその喉を詰まらせ窒息状態となり,低酸素脳症による後遺障害が残ったことから,同人及びその両親である原告らが,A社に対し,上記カプセルには設計上及び表示上の欠陥があったとして,損害賠償を求めた事案で,本件カプセルは,三歳未満の幼児が玩具として使用することが通常予見される使用形態であるにもかかわらず,三歳未満の幼児の口腔内に入る危険,さらに窒息を引き起こす危険を有しており,設計上通常有すべき安全性を欠いていたというべきであるとし,請求を一部認容した事例。
また,製造物責任法によれば,マニュアルに触れられていない点についても,指示上の欠陥も欠陥として認められる余地がある。
富山地判平17・12・20NBL832号10頁
適用条文:製造物責任法3条
被告製造の焼却炉を購入して使用していた原告らが,同焼却炉の欠陥により発生した火災等によって損害を被ったとして,被告に対し,損害賠償を求めた事案で,被告は,本件焼却炉を原告A社に引き渡した際,焼却中に灰出し口の扉を開けると,火炎が炉外に噴出する危険性を指摘した本件マニュアルは原告A社に交付せず,これに基づいて口頭で指示,警告することもなく,本件取扱説明書にも上記危険性については何ら触れられるところがなく,本件焼却炉には,製造物責任法3条にいう欠陥があるとし,請求を認容した事例。
名古屋高金沢支判平19・7・18判タ1251号333頁
適用条文:製造物責任法2条,3条
控訴人製造の焼却炉を購入して使用していた被控訴人が,同焼却炉の設計上の欠陥又は指示・警告上の欠陥により,焼却作業中に灰出し口の扉を開いたところ,バックファイヤーが発生し,その結果発生した火災により被控訴人の工場3棟が全焼し損害を被ったとして,製造物責任法に基づき損害賠償を求めて提訴した事案の控訴審において,焼却炉に指示・警告上の欠陥があると認めて請求を認容した原審の判断を支持し,控訴人は本件焼却を特別な資格のいらない焼却炉として紹介,説明していたのであるから,控訴人は被控訴人が従前の焼却炉の使用方法に従って焼却中に灰出し扉を開きバックファイヤーを招く危険性を予見できたとし,使用方法及び危険性について指示・警告する必要があったと判示して,控訴を棄却した事例。
ある製品が消費者が合理的に期待する安全性を欠く場合に,欠陥があるとする考え方である。
わが国の製造物責任法に最も大きな影響を与えたと思われる「製造物責任に関するEC指令」第6条は,「製造物の表示」,「合理的に予期されうる消費者の使用」等を考慮して,「消費者によって正当に期待されるべき安全性を欠くときに欠陥がある」と規定して,欠陥の判定に関して消費者期待基準を採用することを明らかにしていた。
わが国の製造物責任法の欠陥判断基準は,EC指令6条を手本にしており,類似点が多いが,厳密に比較してみると,「製造物の特製,その通常予見される使用形態,その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して」,「製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」とされており,用語法において多少の差異がみられる。
しかし,「通常有すべき安全性」は,一般通常人(消費者)の「通常予見される使用形態」を考慮した上で,消費者の立場からみて,通常有すべき安全性のことを示しているのであり,民法717条や国家賠償法2条の解釈基準として採用されている「工作物」または「営造物」に関する客観的基準としての「通常有すべき安全性」とは,文言の類似性にもかかわらず,視点を異にしていると解さなければならない。
なぜなら,欠陥の認定に関しては,裁判所は,「製造物の特性」(製品の安全性(有用性と危険性)について,消費者がどの程度の知識を有しているか,すなわち,機械モノか,食品・薬品モノか),「通常予見される使用形態」(製造者が予見できない消費者の誤使用があるかどうか),「製造物が流通に置かれた時期」(その時点で製造者が欠陥を予見できたかどうか)という,危害の予見可能性に関する複数の考慮事項を必ず参照し,それらを相関的に考慮した上で,問題となる製品が「通常生ずべき安全性」を欠いているかどうかを決定しなければならないからである。
広島地判平16・7・6判時1868号101頁,判タ1175号301頁
適用条文:製造物責任法2条,3条
事故当時5歳の幼児であった原告が,被告製造の幼児用自動車に乗って遊んでいたところ,同自転車のペダル軸の根元から飛び出ていたばりと呼ばれる針状の金属片により右膝に受傷したとして,被告に対し,製造物責任法3条に基づき,損害賠償を求めた事案で,被告は本件自転車の組立に際して危険なばりが発生する可能性があり,ばりが発生していた場合にはこれを取り除くことを指示,警告する措置を講じるべきであったのにこれをせず,この点で本件製品には同法3条にいう欠陥があったとして,請求を一部認容した事例。
東京地判平19・4・24判時1994号65頁
適用条文:民法709条
運送業者の車両のエンジンルームからの出火事故の原因は,車両のデリバリー側燃料ホースのクラックから噴出した燃料がエンジンルーム付近で引火にあったとしたうえで,本件燃料ホースは定期点検では交換が予定されていない部品であること,クラックが発生が本件事故のような火災の原因となり得ることから,製造業者としては本件車両全体の耐久期間内の合理的な使用の範囲内において,高度の安全性を実現する義務があるところ,本件燃料ホースはその安全性を実現するに足りる性能を備えていないのであるから,被告の製造業者はかかる義務に違反していたというべきである( 運送業者の車両の出火事故による損害としては,走行距離20万キロメートルの中古車ではあったが事故発生前には現実に走行可能であったことから車両滅失による損害として10万円,火災原因調査費として10万円,弁護士費用として10万円の合計30万円及び不法行為日以降の遅延損害金が認められ,逸失利益,慰謝料については否定された)。
ある製品が有する危険と効用とを比較し,危険が効用を上回ったときに,欠陥があるとする考え方であり,消費者期待基準とともにアメリカのさまざまな州で広く採用されている。
わが国の製造物責任法は,欠陥判断の基準として手本とされたEC指令とは異なり,「製造物の表示」ではなく,「製造物の特性」,すなわち,価格対効果(cost-benefit)や危険性対有用性(risk-utility)などの製品の有する固有の性質が第1に考慮されていることから,消費者期待基準だけでなく,危険効用基準の考え方も取り入れられていると考えられている。
欠陥概念は,画一的なものでも固定的なものではなく,場所によりまた時代によってその範囲が大いに異なり得るものであり,その意味で極めて相対的かつ流動的な概念である。そこで,欠陥概念を具体的に説明するため,仮想事例を挙げて考えることにしよう。
例えば,自動車の衝突の場合の安全を確保するためのエアバッグを装備していない自動車か交通事故を起こし,ユーザーが死亡した場合を考えてみよう。この場合,もしも,エアバッグが装備されていたら死亡事故は回避されていたとした場合,エアバッグを装備していない自動車は,欠陥自動車といえるであろうか。
自動車の衝突は,製品の「通常予見される使用」ではなく,その多くは,消費者の誤使用に当たるものであり,自動車メー力一は,衝突の際にも安全な装置を装備する必要はないと考えることも一応可能である。アメリカでも,以前はそのように解された時期があった。
しかし,最近では,消費者の通常予見される使用法によっても,ある程度の頻度で衝突事故に巻き込まれる蓋然性が存在し,しかも,メーカーは,衝突事故の発生を予見することが可能なのであるから,衝突に際してもできる限り安全を確保する装置を装備することが義務づけられると考えられるようになってきている。たとえば,シートベルトを装備していない自動車には,欠陥があると解すべきであろう。
さらに,一歩を進めて,エアバッグに関する技術が飛躍的に発展し,かつ,エアバッグによって,衝突の際の死亡事故がかなりの高い確率で未然に防止できることが明らかにされている現在においては,エアバッグの装備されていない自動車,少なくとも,オプションによってもエアバッグが装備できない仕組みになっている新車は,欠陥自動車であると判断される可能性が高いと思われる。
商品に瑕疵があるだけでは製造物責任は発生しない。製造物責任の問題が生じるのは,商品の欠陥から拡大損害が生じた,もしくは,拡大損害が生じる恐れのある場合である。したがって,製造物責任とは,常に,欠陥商品から生じる損害を問題にするものであるといえる。
*図2 製造物責任における損害の範囲 (商品から拡大した損害のみ) |
*図2のように,瑕疵によって,商品自体の価値が下がったり,商品の価値が台無しになったりすることを瑕疵損害といい,この段階では,損害が商品自体に留まっているため,製造物責任の問題は発生しない。
商品に瑕疵または,欠陥があるため,商品以外に損害が発生した場合に,その損害を拡大損害といい,この場合に初めて製造物責任が問題となる。
京都地判平18・11・30判時1971号146頁
適用条文:民法570条,566条,製造物責任法3条
被告Bが経営する店舗において,被告Aが製造した足場台を購入した原告が,同足場台には初期不整(座屈の前の状態における微妙な変形)と補強金具の不具合等があり,それが相まって同足場台が変形し,これが原因で同足場台から落下して傷害を負ったとして,被告Bに対しては瑕疵担保責任(民法570条)に基づき,被告Aに対しては製造物責任法3条に基づき,それぞれ損害賠償を求めた事案で,本件足場台には,欠陥及び隠れたる瑕疵があったと認められるとして,請求の一部を認容した事例。
拡大損害には,損害の程度によって,*図2のように,(a)経済的損害(エコノミック・ロス),(b)財産損害,(c)身体・健康・生命侵害,(d)精神的損害が区別されている。なお,(b)と(c)は,(d)精神的損害(mental damage)との対比において,両方を合わせて物理的損害(physical damage)とも呼ばれている。
経済的損害(エコノミック・ロス)とは,例えば運送会社のトラックが,オイルエレメント(潤滑油ろ過器)の不良のため故障して動かなくなり,幸い追突事故による大損や物損は発生しなかったが,運賃収入が得られなくなったとか,養鶏飼料に有害物質が混入していたが,鶏の死亡事故はなく,産卵量の低下のみが発生した(福岡地久留米文判昭和45・3・16判時6ユ2号76頁)という場合がその例であり,この場合は,製品の欠陥によって,物理的な損害は発生せず,経済的(金銭的)な損害だけが発生している。
この場合も,欠陥商品自体の損害を超えて損害が拡大していることには変わりがないため,理論的には,製造物責任の問題といえるが,*図2のように,従来の契約責任や瑕疵担保責任で十分カバーできると考えられており,製造物責任の範囲から除外する立法例が少なくない。
わが国の製造物責任法は,経済的損害について,これを損害賠償の範囲ら除外する規定を置いていない。しかし,通説は,純粋経済的損害について製造物責任でカバーされる損害から除外するのが世界各国の趨勢であること等を根拠に,欠陥製造物自体の損害と同様,損害賠償の範囲から除外すべきであると解している。
ただし,欠陥商品の出火による店舗・備品の消失のために営業することができなくなり,もしも,営業を平常通り続けていたら得ていたであろう利益(逸失利益)とか,一時的に代わりの店舗を借りたための賃料の支出などの損害が,物理的損害(店舗等の消失)からさらに発生する場合には,どの立法例によっても,製造物責任の範囲に入ることが認められているので注意が必要である。
製造物責任法は,2条3項において,製造物責任の責任主体として,製造業者,輸入業者,表示製造業者(ブランド・メーカー)等を「製造者等」として定義している。
製造業者等 | 製造・加工業者 |
輸入業者 | |
表示製造業者 | |
製造業者等が特定できない場合 | 販売・流通業者 |
輸入業者に対して製造物責任を認めたものとして,以下の裁判例がある。
東京地判平15・3・20判時1846号62頁,判タ1133号97頁
適用条文:民法709条,710条,715条,719条,製造物責任法2条,3条,4条
生後三ヶ月の乳児(患児)の入院する都立病院で気管切開術後に医療器械器具の製造販売会社であるA社の製造するジャクソンリース回路に医療用の機械,器具を輸入販売するB社の気管切開チューブを接続した呼吸回路による用手人工呼吸を行おうとしたところ,回路が閉塞して患児が換気不全に陥り死亡した事故に基づき,患児の両親が病院と医療機器メーカー2社を被告に損害賠償請求した事案において,被告医療機器メーカー2社には製品の指示・警告上の欠陥による製造物責任を,担当医には両器具を接続した場合に接続部に回路閉塞が起こりうることを予見して安全に機能するか確認する義務があったのにこれを怠った過失があることによる不法行為責任を認定して請求を認容した事例
東京地判平15・5・28判時1835号94頁
適用条文:製造物責任法3条,民法415条,416条
医療法人Aが所有する本件自動車を運転中,本件自動車のエンジンルーム内から突然,火災が発生し,車両前部が焼損し,廃車となる事故に遭った原告が,本件自動車を輸入した被告A社及び本件自動車を販売・修理した被告B社に対し,損害賠償を請求した事案について,製造者ではない販売・修理業者Bに債務不履行に基づく損害賠償責任が認められるとともに,輸入業者の製造物責任が認められた事例
東京地判平15・9・19判時1843号118頁,判タ1159号262頁
適用条文:民法709条,710条,715条,製造物責任法2条,2条2項,3条
脳動静脈奇形(AVM)について,カテーテルを用いて塞栓手術をした際にカテーテルが脳血管内で破裂したために脳梗塞による後遺障害を生じた原告が,手術に当たった医師をはじめとするスタッフらが所属する病院への医療過誤による損害賠償並びにカテーテルを病院へ輸入・販売した医療品会社の製造物責任に基づく損害賠償を請求した事案において,破裂の原因として考えられるカテーテルの異常屈曲の発生を監視する注意義務及び異常屈曲が発生した場合の対応処理に関する注意義務は本件カテーテルが異常屈曲の状態にはなかったことから否定し,塞栓物質を注入操作する際のカテーテルへの加圧についての担当医の手技ミスも否定した上で,通常予想される使用形態で破損しないような強度をカテーテルに備えていなかった欠陥が存在することを認定して,病院への請求を棄却し,医療品会社への請求を認容した事例
東京地判平20・8・29判時2031号71頁,判タ1313号256頁
適用条文:製造物責任法3条,4条
中華人民共和国から輸入された電気ストーブを購入及び使用した者が,中枢神経機能障害及び自律神経機能障害を発症した場合において,前記ストーブ購入前後の被害者の健康状態,同型ストーブを用いた試験及び実験の結果,被害者によるストーブの使用状況,並びに被害者を治療した医師の診断からみて,被害者の症状の原因が前記ストーブに由来する化学物質であると推認される以上,欠陥あるストーブの輸入及び販売業者は,化学物質過敏症に罹患した被害者に対して,製造物責任に基づく損害賠償義務を負う。
また,表示製造業者として製造物責任を認めたものとしては,以下の判決例がある。
名古屋地判平19・11・30判時2001号69頁,判タ1281号237頁
適用条文:民法709条,719条,製造物責任法3条,2条
健康食品である粉末あまめしばが製造物責任法2条1項の「製造物」に当たるとした上,同食品を通常予見される使用方法に従って使用した場合にも閉塞性細気管支炎が生じ得るとして,同食品に同法2条2項の「欠陥」があるとされた事例
健康食品である粉末あまめしばに発売者として表示された者が製造物責任法2条3項3号の「実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者」に当たるとされた事例
健康食品である粉末あまめしばを摂取した後に閉塞性細気管支炎を発症した消費者につき同食品の摂取と同疾病との間に因果関係があるとされた事例
医学博士の肩書を有する者があまめしば(野菜)及び粉末あまめしば(健康食品)に関する雑誌の特集記事においてあまめしば(野菜)の健康増進効果につき解説したことが,粉末あまめしばを摂取して閉塞性細気管支炎を発症した者に対する不法行為に当たるとされた事例
名古屋高判平21・2・26
適用条文:製造物責任法3条,民法722条2項
亡Eが,被控訴人らに対し,製造物責任法3条に基づき,損害賠償を請求し,当審において,控訴人らが,亡Eを訴訟承継した事案で,健康食品である粉末あまめしばの摂取と閉塞性細気管支炎の発症との間の因果関係を肯定した上で,控訴人A及び亡Eが本件あまめしばの摂取により閉塞性細気管支炎を発症したことにつき,同人らの何らかの体質ないし素因が相当程度関与しているとして,各損害額から4割を減額した事例。
ただし,3条において,製造物の欠陥によって損害が生じたときは,「製造者等」が損害賠償責任を負うと規定して,通常の「販売・流通業者」を製造物責任の責任主体から除外している。
製造物責任の第1の責任主体が製造業者であることは否定できないが,アメリカのように製造者と並んで,または,EC指令のように,製造業者が特定できないときに補助的に,「販売・流通業者」にも責任を負わせるのが諸外国の製造物責任立法の動向である。
もちろん,わが国の場合においても,「販売・流通業者」に対しては,過失責任としての不法行為責任や契約責任に基づく製造物責任を追及する道は残されているが.それでは,不十分であろう。
わが国の製造物責任法も,「製造物責任等」という用語によって,輸入業者や0EM(0riginal Equipment Manufacturing)やPB(Private Brand)商品の販売元などの「販売・流通業者」を取り込み,場合を限定してはいるが,実質的には,「販売・流通業者」を無過失責任としての製造物責任の責任主体とすることを認めている。
問題は,製造業者が特定できない場合に「販売・流通業者」を製造業者と同一に取り扱うことができるかどうかである。
製造物責任法が,輸入業者を製造業者と同一視している根拠は,消費者が外国のメー力一を訴えることが困難であることを考慮した結果であることは疑いがない。また,ブランド・メーカー,OEMやPB商品の販売元を製造業者と同一視する根拠は,製造者としての概観・信頼を作り出した者に製造者と同様の責任を課すべきであるとの考慮によるものである。
そうだとすると,さらにもう一歩を進め,ノーブランドの商品等,製造者が特定できない商品を販売している販売業者に対しては,消費者がメーカーを訴えることの困難さ,および,販売・流通業者への信頼を根拠にして,類推解釈によって,そのような販売業者を製造者と同一に扱うことが妥当であろう。
製造物責任法は,第3条によって,製造物に欠陥があれば,製造者等に過失がなくても,製造業者等は責任を負うとする無過失責任主義を採用する一方で,第4条によって,開発危険の抗弁(製造者が製造物を流通においた時点の最高度の科学的知識および技術水準によっても欠陥の存在を明らかにすることが不可能であった場合に,その旨を立証した製造者は責任を免れる)による製造業者等の免責を認めている。
この点に関しては,開発危険の抗弁を認めると,過失責任を維持するのと結果的には同じことになり,欠陥に基づく無過失責任を認めた意味がなくなるのではないかという疑問が生じている。
しかしながら,欠陥による責任(開発危険の抗弁による免責を認める場合も含める)と過失責任の相違を理解するためには,アウスライザー(こぼれ玉,ばらつき)の問題を考えてみるとよく理解できる。
大量生産される機械・器具のアウスライザーの場合,欠陥発生に関する抽象的な予見可能性はあるが,結果回避が不可能である(品質管理にも限界がある)ため,過失責任主義の下では,流通に出された時点で欠陥商品であることが明確であるにもかかわらず,具体的な予見可能性がない,または,結果回避が不可能であることを理由に製造者が免責となる可能性が高い。
ところが,過失ではなく欠陥を要件とする製造物責任の場合には,アウスライザーの場合,開発上の欠陥の場合と異なり,商品に欠陥が存在することは明らかであって,製造者は免責されない(無過失責任)と考えられている。したがって,たとえ開発危険の抗弁が認められたとしても,アウスライザーを免責しない限り,欠陥を要件とする製造物責任は,依然として無過失責任であるといってよい。
製造物責任法は,欠陥による無過失責任を規定している。しかし,無過失責任といえども,製造業者と欠陥との因果関係,および,欠陥と損害発生との間の因果関係が存在することが必要である。したがって,このような因果関係が存在しない場合には,製造業者等は製造物責任を負わない。
*図2 欠陥から損害発生までの因果関係といわゆる因果関係の切断 |
製造者の行為によって欠陥が生じ,その欠陥から消費者の財産に損害が発生したという因果関係について,これを否定する製造業者等の主張は,「因果関係切断の抗弁」ともいわれており,以下の2つの抗弁が重要である。
製造物責任法は,欠陥による無過失責任を規定している。しかし,消費者が製造者等の責任を追及するためには,製造者の作成した欠陥によって商品以外の消費者の財産に損害が発生したという因果関係は,消費者が証明しなければならない。
もっとも,製造物の欠陥によって消費者に事故が生じた場合,事故の当時に欠陥が存在した事実の証明はできても,その欠陥が,製造者が流通に置いた時点ですでに存在していたという証明は消費者にとって,非常に困難である。
そこで,消費者が,事故時に商品に欠陥が存在していたという事実,および,消費者が合理的に予期される方法で使用したにもかかわらず,欠陥から商品以外に損害が発生したことを証明した場合には,流通時における欠陥の存在が推定されると解するのが妥当である。
消費者によってそのような証明がなされた場合には,製造者等が責任を免れるためには,流通時には商品には欠陥が存在していなかった,または,流通後に欠陥が生じたという事実を製造者等が証明しなければならないと解すべきであろう。
製造者がそのような証明をした場合には,製造者と欠陥発生との因果関係が存在しないことになるので,製造者は免責されるのである。
製造物責任法4条2号は,「製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において,その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ,かつ,その欠陥が生じたことにつき過失がないこと」を部品・原材料の製造業者が証明した場合には,部品・原材料の製造業者は製造物責任を負わないと規定している。
この場合,部品・原材料の製造業者が製造物責任法上の責任を免れるのは,設計に関する指示を行った製造者のみが欠陥の作出に寄与したものとみなされ,無過失の部品・原材料の製造業者は,欠陥の作出について因果関係を有しないと考えられるからである。
製造物責任法は,無過失責任主義によって被害者の救済を厚くする一方で,過失責任主義に基づく一般不法行為責任よりも製造者が責任を負う期問を短くし,両者のバランスを図っている。
製造物責任法第5条1項は,第1に,3年の短期消滅時効(出訴期間)を設定している。これは,被害者またはその代理人が損害と賠償義務者を知ったとき(通常は,事故発生時と一致する)から3年を経過すると,製造物責任の追及ができなくなるとするものであり,不法行為の場合と同じである。
製造物責任法第5条1項は,第2に,10年の責任期間を設定している。これは,製造業者等が製造物を流通に置いたときから10年を経過すると,被害者は製造物責任の追及をなし得なくなるとするものであり,不法行為の場合の20年に比べて短縮されている。
もっとも,医薬品やアスベストのような化学物質等のように,蓄積・潜伏損害が発生する場合には,10年の責任期間を適用することは,被害者救済の見地から問題があるため,製造物責任法5条2項は,このような場合に限り,時効期間の起算点を「損害が生じた時」にまでずらすことを規定し,被害者救済の道を開いている。
世界に先駆けて無過失の製造物責任制度を発展させたのは,アメリカ合衆国であり,アメリカ合衆国の判例法の発展が,世界各国の製造物責任法に大きな影響を及ぼしたことは疑いがない。
アメリカ合衆国で製造物責任について不法行為上の厳格責任(Strict liabily in tort)が確立されたのは,1963年のGreenman v. Yuba Power Products事件(59 Cal. 2d 57, 377 P. 2d 897.)とされているが,1965年に,その判例の法理を条文の形に再構成したアメリカ法律家協会(American Law Institute)の第二次不法行為法リスティトメント(Restatement (Second) of Torts) 402A条,402B条(安田総合研究所編『製造物責任一国際化する企業の課題一』15頁参照)は,合衆国のほとんどの州で採用されるとともに,世界各国の製造物責任立法に大きな影響を与えた。
しかし,アメリカ合衆国においては,産業界を中心に無過失の製造物責任に対して行き過ぎであるとの反論が出され,無過失責任を制限する連邦レベルの立法案が次々と提案されるようになっている。
この原因は,わが国やEC諸国とは異なるアメリカ合衆国に特有な次の3つの状況にあるとされている。
アメリカ合衆国は,典型的な多民族国家であるため,お互いの生活基盤となるべき慣習,モラル,信仰・宗教も同一ではなく,お互いに共通のルールを提供してくれるものは「法」しかない。したがって,わが国とは異なり,トラブルが生じたときも,「お互いさま」などということにはなりえず,唯一の共通のルールである法によって解決する以外に,お互いが納得する解決を導くことが困難であるという状況がある。そこで,トラブルが起こると,何でも訴訟で解決しようとする「訴訟社会」といわれる現象が生じることになる。
わが国の製造物責任は,戦後の判例をすべて合計しても,300件にも満たないとされている。ところが,合衆国においては,毎年何十万件もの製造物責任が提起されているといわれており,製造物責任訴訟のために倒産に追い込まれる企業が続出している。
この現象を捉えて,わが国においても,アメリカ合衆国と同じような無過失の製造物責任立法を制定すれば,日本もアメリカのような訴訟社会になるおそれがあると指摘する声がある。しかし,アメリカ合衆国と同じような無過失責任立法を制定したEC諸国においては,製造物責任訴訟が急増したとか,保険料の急騰や保険の引受け拒否が生じだというような現象は生じていないことからも,そのような指摘は,アメリカ合衆国とその他の国の生活基盤,訴訟制度の相違(膨大な弁護士人口,弁護士の成功報酬制度,一律で安い訴訟費用,次に述べる懲罰的賠償制度など)を無視した余りにも単純すぎる議論であると思われる。
アメリカ合衆国においては,悪質な加害者にたいしては,現実の損害賠償のほかに,懲罰的賠償(punitive damage)が課せられることになっており,これが高額な損害賠償を生み出す大きな原因となっている。有名なフォード・ピント事件(Grimshaw v. Ford Motor, 119 Cal. App. 3d 815, 174 Cal. Rptr. 385.)では,1970年代の初めに,日本とドイツの小型車に対抗するためにフォード社が製作したピント車の安全無視の開発方針が,意見対立のために退社した同社の技術者によって暴露され,陪審は,フォード社に悪意ありとして,ある交通事故について現実の損害賠償350万ドルのほかに,1億2,500万ドルの懲罰的損害賠償が命じられている(総額1億2,850ドルは,当時の為替レートで約300億円に相当する。ただし,あまりにも高額なため,後に裁判所が懲罰的損害賠償を現実の損害賠償と同額の350万ドルに減額したという(この点については,小林秀之『製造物責任訴訟』4-5頁参照)。
アメリカ合衆国は,訴訟社会を反映して,保険なしで,生産活動と社会活動ができなくなっているが,1970年代半ばの2度にわたって,急激な保険料の高騰や・保険の引受けの拒絶により,大きな社会的混乱が発生した。
事故による製造物責任の追及を恐れたメーカーが,公園から遊具施設を撤去したり,新製品の多くの開発が中止されたり,スポーツの防護器具がアメリカ合衆国内では生産されなくなったという。
しかし,このような製造物責任危機は,製造物責任の内容が厳し過ぎることからのみ発生しているのではなく,保険会社の営業政策の失敗もその一因であったことが指摘されている。すなわち,保険会社間の過当競争→保険料のダンピング→低金利時代の到来→保険会社の収益率の悪化→保険料の大幅な値上げという図式が急激な保険料の高騰と保険の引受け拒絶という保険危機を招いたという見解である(小林・前掲書6頁参照)。アメリカ合衆国と同様の無過失の製造物責任立法を制定したEC諸国では,このような保険危機が発生していないことも,このような指摘を補強しているように思われる。アメリカ合衆国では,上に述べたように,製造物責任危機といわれる現象が生じたために,厳し過ぎる製造物責任の見直しが検討され,現在,連邦議会で議論されている立法案は,いずれも,厳し過ぎる製造物責任をいかに緩和するかに焦点があてられている。
しかし,議会で提案されている立法案を見てみると,それは,上に述べたとおり,無過失責任の見直しではなく,懲罰的賠償額の制限等であり,わが国とはまったく事情を異にしているといわなければならない。
EC諸国は,EC統合へ向けて,経済的な条件の均一化ばかりでなく,法律面での均一化を推進しており,各国の企業の競争条件を統一するためにも,各国でバラバラに規定されている製造物責任法を統一する必要が生じた。そして,この目的を達するために,1985年7月25日に,EC加盟国に対し,3年以内に統一的な製造物責任法を立法することを命じるEC指令が出されるに至った。
このEC指令の内容は,製造物責任について,これまで加盟国で採用されてきた過失責任主義ではなく,製造者に無過失責任を課すことで加盟国の国内法を統一しようとするものであったため,まず,従来から過失責任主義を採用している国々の産業界の抵抗を突破しなければならなかった。そして,EC指令が成立する過程で妥協が行われ,第一次農産物・狩猟物を無過失責任の対象からはずすかどうか,開発危険を免責事由とするかどうか,賠償責任に最高限度額を認めるかどうかという3点については,EC理事会は各国法を完全に統一することはあきらめ,各国が自由に選択できるオプション条項とすることとした(EC指令の成立に至る経緯については,好美清光「EC指令と製造物責任」判タ673号17頁以下参照)。このため今度は各国レベルで,産業界と消費者団体の利益調整が難航し,各国での立法作業は予想以上に遅れることになった。
製造物責任に関するEC指令は,加盟国に対して,公布から3年以内の1988年7月31日までに国内法化することを義務づけたのであるが,この期間内に国内法化を完了したのは,イギリス,ギリシャ,イタリアの3国のみであった。
しかし,その後,国内法化を実施する国は着実に増加した。1993年段階では,国内法化を完了した国は先の3国のほかに,デンマーク,ルクセンブルグ,ポルトガル,ドイツ,オランダ,ベルギー,アイルランド,スペインの8国が加わり,国内法化を完了していない国は,フランス1カ国のみとなっていた。
その時点で国内法化が完了していなかったフランスにおいても,1998年にフランス民法典に1386-1条〜1386-18条を追加することによって国内法化が完成したため,すべての加盟国において,EC指令に従った国内法が完結している。
そこで,以下では,EC加盟諸国の製造物責任法のひな型となっているEC指令の内容について概観することにする(製造物責任に関するEC指令の翻訳については,山口正久「EC指令」前掲『製造物責任』192頁以下,好美・前掲判タ673号6頁以下,小林・前掲書220頁以下参照)。
EC指令の目標は,共同市場が機能するように,EC間で流通する商品に関して,商品の欠陥によって生じる損害に対する責任法制を統一化し,各国の製造者問の競争条件を均等化することにある。
競争条件を均等化するためであれば,過失責任主義であれ,無過失責任主義であれ,内容は問わないはずである。EC指令が無過失責任主義を採用したのは,科学技術が進歩し,大量生産・大量消費が行われる現代にあっては,生産システムから不可避的に生じる欠陥による損害について,製造者の過失を問題とすることなく,製造者に責任を負わせる方が,抑止効果,損失分散効果の点からも,製造者と消費者との間での危険の配分を公平に行うことができるという考えが前提となっている(小林秀之「EC指令・『製造物責任危機』と製造物責任の視角」シュリ954号104頁参照)。
つまり,EC指令は,製造物の欠陥から生じる危険を公平に配分するという観点から,消費者保護と一定の場合における製造者の免責という相反する微妙な問題を解決しようとする試みであると解することができる。
そこで,EC指令の内容を(1)消費者保護と(2)製造者の責任制限・免責という2つの面から見て行くことにする。
専門技術が進展している現代においては,最新技術による生産方式に内在する危険を公平に分配するという問題を解決するためには,製造者に無過失責任を課す以外に方法がないというのが,EC指令の基本的な考え方である(前文・1条)。
無過失責任の対象となる製造物は動産のみが念頭におかれ,不動産は排除されているが,不動産の建築に用いられた動産,不動産に組み込まれた動産には適用されることになっている(2条)。
製造者がいかなる注意を払っても不可避的に生じる商品の欠陥。および,そこから発生する損害について被害者を救済するためには,過失の有無ではなく,欠陥の有無が責任の有無を判断すべき概念となる。もっとも,欠陥の存在,欠陥と損害との間の因果関係については被害者が証明しなければならないとされている(4条)。
消費者の身体的健康および財産を保護するために,製造物の欠陥は,その使用に対する適合性ではなく,社会一般が当然に期待する安全性の欠如に照らしてこれを決定すべきであるとされた(前文)。製造者の責任の根拠を製造者の過失という概念から製品の欠陥へとシフトさせた結果,責任の根拠を製造者側からではなく,その製品に対して一般消費者が合理的に期待する安全性という基準(消費者期待基準)によって欠陥があるか否かの判断ができるようになった点が重要である(朝見行弘「製造物責任の現状と展望(5責任基準11〕欠陥)」NBL457号46頁以下参照)。
製造物に欠陥があるかどうかは,@その製造物についての表示,Aその製造物の合理的に予測されうる使用,Bその製造物が流通に置かれた時期という3点を総合的に考慮して決定される(6条1項)。
消費者を保護するためには,製造者によって製造された完成品,または,製造者によって供給された構成部品もしくは原材料に欠陥が存在する限り,製造過程に関与したすべての製造者に責任を負わせることが必要であるとされ,また,製造物をEC内に輸入する者,および,氏名,商標,その他の標識を付して自らを製造者として表示する者,または,製造者が誰であるかを特定できない製造物を供給する者に対しても責任が拡大されている(3条)。
さらに,同一の損害に対して複数の者が責任を有する場合には,消費者を保護するために,被害者は,そのいずれの者に対しても損害の完全な賠償を請求できるよう,それらの者に連帯責任が負わされている(5条)。
消費者の保護を効果的に達成するためには,被害者に対する製造者の責任を契約によって免除することを許すべきではない。したがって,指令に基づく製造者の責任を免責する約款は無効とされる(12条)。
反対に,消費者が,加盟国の法律制度の下で,契約責任,または,この指令に定める責任とは異なる非契約的責任に基づいて損害賠償請求権を有する場合には,これらの規定が,消費者の効果的な保護という目的の達成に資するものである限り,この指令によって影響を受けることなく維持されるべきであるとされている(13条)。
EC指令が無過失責任を採用した根拠は,最新技術による生産方式から不可避的に生じる危険を公平に分配するためであった。最新の技術を使わない分野については,従来の過失責任の法理が通用しうる。したがって,EC指令は,無過失責任は,工業的に生産された動産にのみ適用されるべきであるとしている。つまり,第一次農産物,および,狩猟物に対する責任については,当該製造物の欠陥を生じさせるような工業的性質を有する加工がなされた場合を除き,無過失責任は排除するのが適切であるとしている(2条)。
しかし,第一次農産物についても,工業化の波は押し寄せており,遺伝子工学を応用した農業生産も出現するに至っているし,公害に汚染された狩猟物が市場に持ち込まれているという現状がある(松本恒雄「製造物責任の現状と展望(4製造物)」NBL457号38頁参照)。したがって,第一次農産物・狩猟物を製造物から除外することはオプション条項とされ,第一次農産物・狩猟物に対して無過失責任を及ばすことも可能とされた(15条1項a号)。
製造物は,その後よりよい製造物が流通に置かれたという理由だけでは,欠陥があるとはみなされない(6条2項)。
製造物が製造物を流通に置いたのは自分ではないことを証明した場合には,製造物は責任を負わない(7条a号)ばかりでなく,製造者が製造物を流通に置いたのではないこと,または,諸事情を考慮すれば,その損害を発生させた欠陥が製造物が当該製造者によって流通に置かれた時には存在していなかったこと,もしくは,当該欠陥が流通に置かれた後に生じた蓋然性が高いことを証明した場合には,製造者は責任を免れるとされている(7条b号)。
製造者が製造物を流通に置いた時点における科学技術水準では,欠陥の存在を認識することが不可能であったことを証明した場合には,製造者は責任を免れることができる(7条c号)。しかし,このような免責を認めると,消費者が製造者の製品開発のためのモルモットとなることを認めることにもなりかねない。したがって,加盟国は,このような免責事由を認めないとする立法を存続させ,または,そのような新たな立法をすることが可能であるとされた(15条1項b号)。
消費者を保護するためには,損害の発生に寄与した他の者の作為または不作為の影響を受けることなく,このことによっては,製造者の責任は軽減されない(8条1項)。しかし,被害者の寄与過失(過失相殺)のみは,製造者の責任を軽減,または,否定するために考慮することができる(8条2項)。
消費者の保護を図るためには,死亡,および,身体侵害,ならびに,物理的損害に対する損害賠償が認められる(9条a号)。
しかし,財産的損害に対する損害賠償は,個人的な使用または消費を目的とする動産に限定すべきであり,訴訟の濫用を回避するため,一定の最低限度額(500欧州通貨単位(ECU))未満の損害額は免責額とされている(9条b号)。
もっとも,慰籍料については,当該事件に適用される法律に基づいて支払われるべきとされる慰籍料その他の無形損害の損害賠償を妨げるものではないとされている(9条)。
製造者の無過失責任に金銭的上限を設定することは,大部分の加盟国における法的伝統を考慮するならば,妥当ではないとの観点からEC指令は,原則としてこれを認めないこととした。しかし,これと異なる伝統も存在することを考慮し,加盟国が,同一の欠陥を有する同一物によって引き起こされた死亡,および,身体侵害から生じる損害について,その製造者の責任総額を制限する規定を制定するということをオプションとして認めている。ただし,この限度額は,消費者を十分に保護し,かつ,共同体市場の正常な機能を保証するのに十分な額(7,O00万欧州通貨単位以上)に設定されなければならない(16条1項)。
被害者が損害賠償請求の訴えを提訴するには,被害者が損害,欠陥,および,製造者の身元を知り,または,合理的に知りうべきであった目から3年間の制限期間内に行わなければならない(10条)。
製造物は時の経過にしたがって古くなるのに対して,安全基準はより高くなり,科学,および,技術水準は進歩する。したがって,製造物の欠陥に対して製造者に無期限に責任を負わせることは合理的でないという理由に基づき,製造物が流通におかれてから10年の期問が経過した後は,製造者の責任は消滅するとされている。ただし,訴訟継続中の請求権は時の経過によって影響されない(11条)。
以上のように,製造物責任に関するEC指令は,EC加盟国の国内法の均等化を促進するものではあるが,責任法制の統一という点からは不十分な点が残されている。
そこで,EC指令は,オプション条項については,それの定めが消費者の保護と共同体市場の機能に対して及ぼす影響についての実際上の経験を集めるのに十分な期間(10年)が経過した後に,これらの諸規定の再検討を実施し,開発危険の抗弁,責任限度額の定めを廃止するかどうかを決定するとし(15条3項,16条2項),包括的な統合への道を切り開こうとしている。
小林秀之『製造物責任訴訟』(弘文堂,1990年)
安田総合研究所編『製造物責任一国際化する企業の課題一〔第2版〕』(有斐閣,1991年)
平野裕之『欠陥消費者訴訟と製造物責任』(成文堂・1993年)
森島昭夫編著『製造物責任法データファイル』(第一法規出版,1994年)
小林秀之編『製造物責任法大系I,II』(弘文堂,1994年)
山口正久『PL法とその対策』(品質万問委員会,1994年)
通商産業省産業政策局消費経済課編『製造物責任法の解説』(通商産業調査会1994年)
PL判例研究会(代表加藤雅信)『製造物責任判例集1,2』(新日本法規出版,1994年)
国民生活センター編『製造物責任紛争事例』(犬蔵省印刷局,1994年)
好美清光「EC指令と製造物責任」判例タイムズ673号17頁
小林秀之「EC指令・『製造物責任危機』と製造物責任の視角」ジュリスト954号104頁
松本恒雄「製造物責任の現状と展望(4製造物)」NBL457号38頁
朝見行弘「製造物責任の現状と展望(5責任基準ω欠陥)」NBL457号46頁
山口正久『PL入門(やさしいシリーズ3)』日本規格協会(2003)