[top]


第6回 事実上の優先弁済権の実現

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第6回 事実上の優先弁済権の実現 □

留置権者が占有する物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物の所有者からの返還義務を拒絶できるのは,留置権が物権だからであると考えられてきた。しかし,債権の内部においても,自らの債権の弁済を受けるまで,その債権に牽連する自らの債務の履行を拒絶できるという制度が存在する。それが,同時履行の抗弁権である。この同時履行の抗弁権は,すべての場合ではないにしても,一定の場合,例えば,債権が譲渡された場合には,第三者である債権の譲受人に対して対抗すること,すなわち,第三者に対抗することができる[民法468条2項]。

それでは,同時履行の抗弁権は,なぜ,自らの債権が実現されるまで,自らの債務の履行を拒絶することが可能なのであろうか。ここでは,この問題の探求を通じて,事実上の優先弁済権がどのような要件で実現されるのかを明らかにする。


第3節 同時履行の抗弁権(事実上の優先弁済権の実現)


1 同時履行の抗弁権,留置権,相殺に共通の考え方としての「悪意の抗弁(exceptio doli)」


A. 一方的な権利の行使を公平の観点から拒絶する法理としての「悪意の抗弁」

2つの債権(α債権とβ債権)が対立している場合に,理論上は,一方の債権(α債権)を有する債権者がその権利を行使することを認めざるを得ない。しかし,現実に,一方の当事者が権利を行使した場合に,その権利だけを実現させると,他方の権利の実現が実際上,困難になる危険性がある。例えば,売買契約が締結された場合に,買主が売買目的物の財産権の移転(目的物の引渡を含む)を求める権利(α債権)を有することは疑いの余地がない[民法555条]。しかし,この場合に,買主が売主に対して訴えを提起した場合に,買主の義務(β債権)が履行されるかどうかを度外視して,一方的に,売主に債務(α債権)の履行を命じる判決を下すことは,反対債権である代金債権(β債権)の実現が不確実となり,両債権が同時に実現されるべきであるとの当事者の期待にも,また,公平の原則に反することになる。

そこで,2つの債権が対立している場合に,一方の債権者が債務者に対して,他方の債務が履行されていないことを知りつつ,債務の履行を求めて訴えを提起した場合に,一方だけの権利の実現を求めることは,公平に反し,信義にもとる(詐欺的でさえある)という意味で,ローマ法の時代から,債務者は「悪意の抗弁(exceptio doli)」を主張して,履行を拒絶することが認められてきた。

民法533条の同時履行の抗弁権,民法295条の留置権に基づく引渡拒絶の抗弁権という延期的抗弁権については,現在では,引換給付判決という制度が認められており,民法505条の相殺に基づく債務拒絶の抗弁は,同時履行かつ同時消滅の永久的抗弁として,後に述べるように,担保的機能を営むものとなっている。しかし,歴史的には,同時履行の抗弁権も,留置権の抗弁権も,相殺の抗弁も,いずれも,一方だけの権利行使を認めることは,公平の観点から許されるべきではないという「悪意の抗弁」に由来する制度なのである。

B. 履行拒絶の抗弁権に過ぎない留置権に事実上の優先弁済権が認められるメカニズム

通説の考え方によると,留置権に事実上の優先弁済権が認められるのは,留置権が物権だからである。しかし,物権とは,目的物に対する使用・収益権または換価・処分権を有する権利のことをいい,それが優先弁済権の根拠となっているのである。ところが,留置権は,使用・収益権も,換価・処分権を有していないので,物権ではないし,優先弁済権を有しないので,通説の定義に従えば,担保「物権」とはいえないはずの存在である。

このように,留置権は,使用・収益権も,換価・処分権も存在しないので,物権ではありえない。しかし,被担保債権(α債権)が「物から生じた債権」であって,目的物との密接な関係が認められる場合であり,そのことを通じて,被担保債権と目的物の返還債権(β債権)との間に牽連性が認められる。この牽連性が根拠となって,両債権は,同時に履行されるべきであるという公平の観点から,同時履行の抗弁権と同様に,「履行拒絶の抗弁権」として尊重されているのである。

物権ではなく,公平の観点から認められる「履行拒絶の抗弁権」に過ぎない留置権になぜ,事実上の優先弁済権が認められるかというと,それは,目的物の引渡しを望む人は,「その物に関して生じた」被担保債権を弁済しない限り,その物を取り戻せないからである。

留置権の場合,訴訟上も「引換給付判決」が下されているように,目的物の引渡と同時に被担保債権の支払いが義務づけられる。すなわち,対立する2つの債権は,同時履行が実現されたときに,両債権がともに満足され,被担保債権が確実に回収されるのである。しかも,この履行拒絶の抗弁権は,占有によって公示されており,民法295条によって,第三者に対抗することが認められている。

このようにして,留置権は物権ではないにもかかわらず,目的物の占有の継続という対抗要件によって,すべての第三者に対抗できる「履行拒絶の抗弁権」であるため,その物の返還を求める人に対して,同時に被担保債権の弁済を強制することができ,その結果として,事実上の優先弁済権を有するのである。

物権ではなく,引渡拒絶の抗弁権にすぎない留置権が事実上の優先弁済権を取得しているのであれば,履行拒絶の抗弁権の1つである「同時履行の抗弁権」であっても,それが,第三者に対抗できる場合には,事実上の優先弁済権を獲得できるはずである。

C. 第三者に対抗できる同時履行の抗弁権に認められる事実上の優先弁済権

同時履行の抗弁権[民法533条]は,留置権と同様に,訴訟上も引換給付判決[民事執行法31条1項]が認められており,このことによって,債権の回収が確保される。なぜなら,BがAに対してα債権を有しており,反対にAがBに対してβ債権を有している場合に,Aがβ債権の実現を望むならば,同時にBに対してα債務を履行せざるをえないからである。この関係は,目的物の返還を望むAが留置権者Bに対するα債務を履行せざるをえないのと同じである。

従来は,留置権と同時履行の抗弁権とは,前者は物権で第三者にも対抗できるのに対して,後者は,債権に属する抗弁権であって,第三者に対抗できない点で異なるとされてきた。しかし,同時履行の抗弁権であっても,債権譲渡の際には,原則として,第三者である譲受人に対抗できる[民法468条2項]〈最二判昭42・10・27民集21巻8号2161頁〉。

最二判昭42・10・27民集21巻8号2161頁
 未完成仕事部分に関する請負報酬金債権の譲渡について,債務者の異議をとどめない承諾がされても,譲受人が右債権が未完成仕事部分に関する請負報酬金債権であることを知つていた場合には,債務者は,右債権の譲渡後に生じた仕事完成義務不履行を事由とする当該請負契約の解除をもって譲受人に対抗することができる。

さらに,特別法によって,同時履行の抗弁権が第三者に対抗できる場合が増えている[割賦販売法30条の4,35条の3の19等]。以上の2点を考慮するならば,第三者の対抗力という点では,留置権と同時履行の抗弁権との差は縮まっているといえよう。


2 同時履行の抗弁権の適用・準用・類推


同時履行の抗弁権と留置権の異同を考えるには,売買とともに双務契約の典型をなす請負の2つの例を挙げて説明するのがもっともわかりやすい。

A. 同時履行の抗弁権の適用

第1の例は,民法632条の請負契約の冒頭条文の例である。この場合には,注文者の仕事の完成を請求する債権と,請負人の報酬債権とが対立しており,民法533条の同時履行の抗弁権がそのまま適用できる。請負人が請負の目的物を占有しているので,この場合には,民法553条の同時履行の抗弁権も民法295条の留置権もともに要件を満たしており,同時に2つの抗弁権が成立する(抗弁権の競合)。

*図35 修理における留置権と同時履行の抗弁権との競合
(引渡前なので,Bは同時履行の抗弁権と留置権とを有する)

この例の場合には,修理業者は,民法295条によって留置権を取得するとともに,民法533条によって同時履行の抗弁権も取得する。そして,いずれにしても,報酬を受け取るまで,注文者Aからの引渡請求を拒絶することによって,報酬債権を確実に回収することができる。

B. 同時履行の抗弁権の準用

同時履行の抗弁権は,公平の観念から導き出されたすぐれた制度であるために,双務契約における対立する2つの本旨に基づく債務ばかりでなく,売買における代金債権と,目的物の引渡後の目的物の検査によって目的物に瑕疵があることが判明した場合の売主の担保責任に基づく損害賠償請求権との間にも,同時履行の抗弁権が準用されている[民法571条]。

また,請負契約においても,双務契約上の対立する債務(請負人の仕事の完成債務・目的物の引渡債務と注文者の報酬支払債務)とに同時履行の抗弁権が適用されるばかりでなく,請負の目的物の検査の結果請負の瑕疵が発見された場合の請負の担保責任に基づく損害賠償債権と請負人の報酬債権との間でも,注文者のために同時履行の抗弁権が準用されている[民法634条2項]。

これが先の第1の例と対照されるべき第2の例となる。すなわち,請負人が仕事を完成させて目的物を注文者に引渡したが,請負の目的物に瑕疵があったため,請負人の報酬請求と注文主の修補に代わる損害賠償請求とが,民法634条2項により,民法533条の同時履行の抗弁権が準用されるという例である。この場合には,民法634条2項によって準用される民法533条によって,注文者は請負人に対して同時履行の抗弁権が成立する。これに対して,請負人は,すでに請負の目的物を注文者に引渡しているため,留置権は成立しない。

*図36 修理における同時履行の抗弁権
(引渡しが終わっているので,留置権は問題とならない場合)

修理された自動車の引渡しを受けた注文者Aは,その時に,修理業者Bに修理代金を支払う義務を負うにもかかわらず,修理に瑕疵がある場合には,損害賠償債権を確保するために,Aには,代金支払拒絶の抗弁権が発生する[民法634条2項]。

履行拒絶の抗弁権を有するAは,これによって,修理代金債権と損害賠償債権とを相殺する機会を与えられることになり,損害賠償債権の履行を確保することができる。

この場合の同時履行関係は,相殺によって両債権が対当額によって消滅することを通じて,特別の清算を必要とせずに即時に実現される。このことを通じて,両債権がその範囲で回収されることになる。後に述べるように,相殺の場合には,第三者が介入した場合でも,民法511条により,法律上の優先弁済権を取得する。この点については,項を改めて,6(相殺の担保的機能)で説明する。

C. 同時履行の抗弁権の類推

同時履行の抗弁権は,双務契約だけではなく,民法に規定がない場合であっても,たとえば,弁済者の弁済受領者に対する受取証書の交付請求権についても,一方の先履行を認めると二重払いの危険という不都合を生じるので,これを避けるという公平の観点から,受取証書の交付を受けるまで,弁済者に弁済を拒絶する同時履行の抗弁権が認められている(〈最三判昭33・6・3民集12巻9号1287頁〉(貸金請求事件),〈最二判昭35・7・8民集14巻9号1720頁〉(売掛金請求事件),〈最三判昭40・8・24民集19巻6号1435頁〉(貸金請求事件))。判例によって認められた弁済拒絶の抗弁権の一種である。


3 不安の抗弁権


同時履行の抗弁権は,公平の考え方に基づいており,具体的妥当性を確保できる場合が多いため,その適用範囲は拡大していく傾向にある。同時履行の抗弁権の拡大の最先端に位置するのが,不安の抗弁権である。なぜなら,不安の抗弁権の前提は,対立する2つの債権・債務のうちの一方が先履行債務である場合であり,本来ならば,同時履行とは相容れないものである。

しかし,先履行債務を有する債務者が,債権者に対してその債務と牽連する債務を有しており,その債権が実現されないおそれが生じた場合には,その債権が実現されるまで,先履行債務の履行を拒絶することが公平の観点から正当化される場合がある。これが,不安の抗弁権[ドイツ民法321条]である。

ドイツ民法 第321条(不安の抗弁権)
@双務契約に基づいて先給付義務を負う者は,契約締結後,その者の反対給付請求権が相手方の給付能力の欠如により危殆化されることを知ることができるときは,その者が負担する給付を拒絶することができる。反対給付が実現され,またはそのための担保が給付されたときは,給付拒絶権は消滅する。
A先給付義務者は,相手方が給付と引き換えに,その選択に従い,反対給付を実現し,または担保を給付しなければならない,相当期間を指定することができる。その期間が徒過されたときは,先給付義務者は契約を解除することができる。この場合には,323条〔不給付又は不完全給付の場合の解除〕の規定が準用される。

わが国の民法には,不安の抗弁権そのものについての規定はないが,不安の抗弁権に類似するものとして,「弁済拒絶の抗弁権」[民法576条〜578条]が規定されている。この弁済拒絶の抗弁権は,自らの債務がすでに弁済期に来ているにもかかわらず,その先履行債務の履行を拒絶しつつ,自らの権利の弁済期が来るのを待ってその債権の回収を実現することができる点で,債権の確保に強力な作用を発揮する。

*表16 弁済拒絶の抗弁権と不安の抗弁権との比較
不安の抗弁権
(広義)
弁済拒絶の抗弁権
[民法576条〜578条]
不安の抗弁権
[ドイツ民法321条]
条文

第576条(権利を失うおそれがある場合の買主による代金の支払の拒絶),第577条(抵当権等の登記がある場合の買主による代金の支払の拒絶),第578条(売主による代金の供託の請求)

ドイツ民法 第321条(不安の抗弁権)
共通点 先履行義務が履行されない状態で,対立する債権の履行に不安が生じている。
代金拒絶の抗弁権の場合を具体的に述べると,売買目的物の履行がなされているので,本来なら,代金支払債務が履行されなければならないのであるが,売買の目的に権利の瑕疵があるために,先履行義務(代金支払義務)が履行されない状態で,相手方の債務(売主の担保責任)の履行に不安が生じている。
相違点 抗弁権を終了させる効果が,担保請求または供託請求である。 抗弁権を収束させる効果が,引換給付,担保請求または解除である。

わが国の判決例の中には,この不安の抗弁権を認めるものも存在する(〈東京地判平2・12・20判時1389号79頁,判タ757号202頁〉参照)。


4 同時履行の関係(同時履行の抗弁権,不安の抗弁権)の下での相殺による自働債権の即時回収の実現


同時履行の抗弁権の準用・類推を通じて,対立する債権が,両者ともに金銭債権となった場合には,相殺が利用できる。この場合には,両債権は引換給付判決を経ることなく,両債権が即時に実現され,消滅に至る。以下の事例(*図37参照)でこのことを説明する。

A(買主)は,売主Cから自動車を購入し,残代金が100万円残っている時点で,交通事故を起こしたとする。A(注文者)は,修理業者B(請負人)に自動車の修理を依頼したところ,修理の見積額が30万円であったのでこれに同意した。期日に修理が完了してBから目的物が引渡されたので,Aが検査したところ,修理に重大な瑕疵があったため,再修理を余儀なくされ,Aに10万円の損害が発生した。その後,Aが売買残代金をCに支払えなくなったため,自動車が競売され,競売代金が60万円だったとする。注文者Aの有する損害賠償債権(10万円),請負人の有する報酬債権(30万円),自動車の売主の有する売買残代金債権(100万円)はどのように調整されて,A,B,Cは,競売代金(60万円)から,それぞれいくらの配当を受けることになるのだろうか。

*図37 牽連する債権の同時履行と優先弁済の順位

第1に,BのAに対する報酬債権(30万円)とAのBに対する損害賠償債権とは密接に関連しており(報酬の減額請求と同じ機能を有する),民法634条2項によって,同時履行の抗弁権が準用されている。そこで,牽連性のある両債権は同時に履行されることが要請される。そして,相殺権者Aが両債権について相殺の意思表示を行うと,両債権は対当額で消滅し,Aは,即時に10万円の債権を回収することができる。このように,牽連性のある債権が両者ともに金銭債権である場合には,相殺権者は,自働債権を他の債権者に先立って弁済を受けたのと同じ効果を享受できる。これが後に述べる「相殺の担保的機能」と呼ばれるものである。

第2に,相殺によって10万円が消滅した残りの20万円について,修理業者Bは,民法320条により,動産保存の先取特権を有する。その優先順位は,民法330条1項2号により,第2順位である。第2順位の優先弁済権を有する修理業者Bは,相殺によって減額された残りの20万円全額について,競売代金から配当を受ける。

第3に,売主Cは,民法321条により,動産売買の先取特権有する。その先取特権の優先順位は民法330条1項3号により第3順位である。したがって売主Cは,Bに配当された残りの40万円(60万円-20万円)の配当を受けることができるに過ぎない。

このように見てくると,2つの債権の間に牽連性が認められる場合には,それらの債権は,公平の観点から,あたかも運命共同体のように同時に履行されることが要請される。つまり,同時履行の抗弁権および相殺は,いずれも,2つの債権の牽連性に基づいて,公平の観点から認められるものであり,たとえ,両債権の一方が差し押さえられたり,譲渡されたりというように,第三者による介入があったとしても,それらの介入がなかったかのように,他の債権者の権利に事実上優先して(同時履行の抗弁権),または法律上優先して(相殺),両債権の同時履行が貫徹されるのである。

*表17 同時履行の抗弁権の要件と効果
要件と効果 同時履行の抗弁権が認められる場合 同時履行の抗弁権が認められない場合
双務契約上の2つの債務の存在 適用 ・双務契約の原則
・目的物の引渡債務と登記移転債務〈最一判昭34・6・25判時192号16頁〉
・賃貸借,請負,委任などのように,対価が後払いとされる契約(614条,624条,633条,648条2項)の場合
・先履行の特約がある場合(〈大判大正10・6・25民録27輯1247頁〉,〈大判昭和12・2・9民集16巻33頁〉)
準用 ・解除による当事者双方の原状回復義務の履行[546条],
・売主の代金債権と買主の担保責任に基づく損害賠償債権[民法571条],注文者の損害賠償請求権と請負人の報酬請求権[634条2項]
・貸金返還債務と担保物権の登記抹消義務の間の関係−借主が先履行義務を負うので,登記抹消との引換給付を求めることはできない(〈最二判昭和41・9・16判時460号52頁〉,〈最二判昭和63・4・8判時1277号119頁〉)
類推  ・双務契約が無効・取消しにより,不当利得返還義務を双方に生じる場合〈最一判昭47・9・7民集26巻7号1327頁〉
 ・弁済と受取証書の交付[民法486条]
 ・建物買取請求権における代金支払債務と建物引渡債務
 ・借地上の建物につき建物買取請求権[借地借家法13条1項,14条]が行使された場合に,建物の引渡しと代金支払いは同時履行の関係に立ち,その反射的効果として敷地の引渡しも拒むことができる〈最三判昭和35・9・20民集14巻11号2227頁〉。
・これに反して,借家につき造作買取請求権(借地借家法33条)が行使された場合に,造作代金支払いと対価性があるのは造作のみであるとして,建物引渡しとの間には同時履行の関係を認めない〈最一判昭和29・7・22民集8巻7号1425頁〉。
双方の債務が弁済期にあること ・双務契約の当事者の一方が先履行義務を負担している場合において,後履行義務者の財産状態が,契約締結後に,甚だしく悪化し,その債務の履行に不安を生じ,先履行義務者に先履行を強いることが信義則に反するとき
 後履行義務者が担保を供与するなど債務履行確保措置をとらない限り,先履行義務者は先履行を拒むことができる(〈東京高判昭62・3・30判時1236号75頁〉,〈東京地判平2・12・20判時1389号79頁〉)
・家屋明渡請求と敷金返還請求
 家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務についても,同様に同時履行の関係を否定する〈最一判昭和49・9・2民集28巻6号1152頁〉
相手方が履行又はその提供をしないで履行の請求をすること 当事者の一方Aがひとたび履行の提供をしても,それが受領されず債務の履行がない間はその債務をまぬがれるわけではないから,両債務の履行上の牽連関係はなお存続し,その提供を継続しない以上,Bは同時履行の抗弁権を主張できる(〈大判明治44・12・11民録17輯772頁〉,〈最一判昭和34・5・14民集13巻5号609頁〉)。
効果 ・引換給付判決
・抗弁権の付着した債務の相殺の禁止
・違法性の阻却
 同時履行の抗弁権の付着する債権を自働債権として相殺することはできない。例えば,AがBに物を売りBに対して代金債権を取得したとする(Aの物の引渡債務とBの代金支払債務とは,同時履行の関係)。しかし,Aは,Bから金を借りていて,BがAに対して貸金債権を持っているという場合,Aは,物の引渡しについて履行の提供(493条)もしないうちに,自己の代金債権を自働債権とし,Bの貸金債権を受働債権として相殺することは許されない。
 なぜなら,もしそれが許されるなら,Aが自己の物の引渡債務を履行するより前に,Bに対し代金の支払いを強制したのと同様の結果(Bが同時履行の抗弁権を失うに等しい結果)となり,公平に反するからである。

上記の*表21は,同時履行の抗弁権が認められる場合と認められる場合とを対比すると言う観点から同時履行の抗弁権をまとめたものである。同時履行の抗弁権は,公平の考え方の現れであるから,2つの債権に牽連性が認められる場合には,原則として認められるべきものである。したがって,どのような場合に判例がそれを認めていないのかという点に重点を置いてチェックを行うと,全体としての「公平の考え方」の射程についての理解が深まると思われる。


□ 学習到達度チェック(6) 同時履行の抗弁権 □

  1. 同時履行の抗弁権の適用事例について
  2. 同時履行の抗弁権の準用事例について

[top]