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第13回 留置権の効力と消滅

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第13回 留置権の効力と消滅 □

留置権は,引渡し拒絶の抗弁権であり[民法295条],被担保債権の全部の弁済を受けるまで目的物の全部について引渡を拒絶することができる[民法296条]。しかし,占有者として,目的物を善良な管理者の注意をもって管理しなければならないのであって,債務者の承諾を得なければ,留置物を使用し,賃貸し,または担保に供することができない。もしも,留置権者がこれに違反したときは,債務者は,留置権を消滅させることができる[民法298条]。

留置権の効果として,通常は,被担保債権について,事実上の優先弁済権が与えられるに過ぎないが,占有の継続中に占有物から生じる果実については,法律上の優先弁済権を有する[民法297条]。また,留置権者は,通常の占有者[民法196条]と同じく,費用の償還請求権を有し,この権利を確保するためにも留置権が成立する[民法299条]。

このように,留置権は占有を前提としているので,留置権は占有を失うと消滅する([民法302条],もっとも[203条ただし書き]の例外がある)。また,同時履行の抗弁権の場合と異なり,留置権の場合には,例えば,500万円の自動車の修理代金が5万円であるなど,被担保債権の価値が目的物の価格よりも低いことがあるため,債務者は相当の担保を提供して留置権の消滅を請求することができる[民法301条]。


6 留置権の効力


留置権の効力は,他人の物を占有する債権者に対して,その物に関して生じた債権の弁済を確保するために,第1に,債権者にその物に関する引渡拒絶の抗弁権を与えて債務者を心理的に圧迫するとともに,第2に,その引渡拒絶の抗弁権を第三者にも対抗できるものとすることによって,債権者に事実上の優先弁済権を与えているものに他ならない。

留置権の規定は,発生と消滅に関する規定を除いて,効力に関する規定すべてが,質権によって準用されている。反対から言えば,質権の効力と比較して理解することが,留置権の効力を深める上で有用である。この点に関しては,留置権を法定質権と考えることにメリットがある。

A. 留置的効力と引渡拒絶の抗弁権
(a) 引渡拒絶の抗弁権

留置権の効力は,先にも述べたように,物に関して生じた債権が弁済されるまで物の占有を継続することによって,債務者または債務者から物を譲り受けた第三者に対して心理的圧力を加え,債務の弁済を確保することにある。留置権の効力は,第1に,物の占有を継続できることにあり,これは,物の返還請求に対して,引渡拒絶の抗弁権として現れる。

(b) 引換給付判決(同時履行の抗弁権との類似性)

しかし,この抗弁権は,債務の弁済を確保するために限定されており,債務者や所有者の引渡請求訴訟に対して留置権を認める判決は,原告の敗訴判決ではなく,債務の弁済を条件に引渡請求を認めるという,原告勝訴の引換給付判決である[民事執行法31条1項]。

引換給付判決に基づいて,債務者または所有者が物の引渡を執行するためには,債務額を証明する文書裁判所に提供した後に,はじめて,執行文の付与[民事執行法26条以下]を受けることができるのであって,執行文の付与を受けてから強制執行が開始されるまでの間に債務額を証明する文書を裁判所に提供すればよいというものではない。

つまり,債権者が物の引渡の執行をする場合に,債務者が留置権の抗弁を主張した場合には,債権者は,まず,反対給付の債務額を証明する文書を提出して,執行文付与を受けることができる。債権者は,次に,執行機関(執行官)に対して,執行の申し立てを行うことになるが,その際に,債権者は,引換給付判決で命じられた反対給付の弁済の提供をしなければならない。これを執行機関が確認することによって,民事執行法31条1項の執行開始要件が満たされたことになり,実際の執行が行われることになるのである。

(c) 留置権の訴訟上の行使と時効中断の効力

民法300条は,「留置権の行使は,債権の消滅時効の進行を妨げない」と規定しているが,この意味は,留置権の行使,すなわち,単に物を留置しているだけでは,債権の消滅時効は中断しないという意味に解すべきである。

これに反して,訴訟における留置権の主張,すなわち,引渡拒絶の抗弁権の行使は,引換給付判決へと帰結することからも明らかなように,反対給付を求める主張(催告)が潜在的に含まれていると解すべきである。したがって,留置権の効力の第2として,留置権の訴訟上の行使は,債権の時効を中断する効力を有する〈最大判昭38・10・30民集17巻9号1252頁〉。

(d) 留置的効力と同時履行の抗弁権との対比

物に関する双務契約において,代金・報酬・費用償還請求権と物の引渡請求権とが対立している場面では,留置権と同時履行の抗弁権の要件がともに満たされるという事態が発生する。そして,この場合には,留置権の引渡拒絶の抗弁と同時履行の抗弁とが競合すると考えるべきである。

しかし,留置権と同時履行の抗弁権が同時に発生する場合でも,目的物が第三者に譲渡された場合には,同時履行の抗弁権は,原則として,第三者には主張できないと解されており,留置権の主張のみが認められる。さらに,同時履行の抗弁権は,双務契約,または,これと類似する関係が生じている場合にのみ発生するのであり,迷い犬・猫の飼育や,飛び込んできたボールやトラックの事例のように,事務管理や不法行為に関して留置権が発生する場合には,同時履行の抗弁権は発生しない。

これとは逆に,請負人の注文者に対する報酬請求権と注文者の請負人に対する損害賠償請求権とは,同時履行の関係にあり[民法634条2項],この同時履行の関係は,請負の目的物が注文者に引き渡された後も存在する。しかし,留置権の方は,請負の目的物が注文者に引き渡された後は,請負人は,占有を失っており,もはや留置権を行使することができない。

B. 留置的効力による事実上の優先弁済権
(a) 事実上の優先弁済権

質権については,民法342条が「物を占有し,かつ,その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する」と規定しているのに対して,留置権については,民法295条が,「債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる」と規定しているに過ぎない。

したがって,法定質権としての留置権と質権との効力の差異は,質権が留置的効力と同時に競売代金に対する優先弁済権が確保されているのに対して,留置権は,留置的効力のみで,留置権者が自ら競売を望んだ場合,競売代金に対する優先弁済権が認められていない点にある。

もっとも,留置的効力による事実上の優先的効力は,債権者が占有を失うと優先的効力を失うため,いわゆる追及効は存在しないが,占有を継続している以上は,目的物の所有権が譲渡されても,誰に対しても,事実上の優先弁済権を主張しうる非常に強力なものである。

しかも,留置権の留置的効力は,民事執行法により十分に保障されている。なぜなら,他の債権者が競売を申し立てた場合,不動産の競売については,競売の買受人は,留置権の目的となっている債権をまず弁済しなければならないし[民事執行法188条,59条4項],動産の競売については,留置権者の同意なしには競売自体が開始できないことになっている[民事執行法124条,190条]からである。

(b) 留置的効力と優先弁済権との対比

しかし,留置権者が競売を望んだ場合[民事執行法195条]には,換価金に対する優先弁済権は認められておらず,一般債権者として平等の割合で配当を受けることになっている。この点に,本来の優先弁済権と留置的効力による事実上の優先弁済権との差があるといえよう。さらに,留置権の場合は,本来の優先弁済権が認められていないため,優先弁済権を前提とする物上代位も認められない。

もっとも,留置権の場合も,次に述べるように,留置する物から生じる果実に関しては,果実を収取して,そこから優先的に債権の弁済に充当するという,本来の意味の優先弁済権が認められている[民法297条]。

C. 不可分性[民法296条]

不可分性とは,担保物権をもつ者は,被担保債権の全部の弁済があるまで,その目的物の全部について権利を行使しうるという性質をいう。この不可分性により,被担保債権の一部が弁済等によって消滅しても,その残額がある限り,担保物全部の上に担保物権の効力が及ぶ。元本の全部が弁済されたが,利息・損害金が残っているという場合でも同じである。

さらに,判例〈最三判平3・7・16民集45巻6号1101頁〉は,土地の宅地造成工事を請け負った債権者が造成工事の完了した土地部分を順次債務者に引き渡した場合につき,債権者が右引渡しに伴い宅地造成工事代金の一部につき留置権による担保を失うことを承認した等の特段の事情がない限り,債権者は,宅地造成工事残代金の全額の支払を受けるに至るまで,残余の土地につきその留置権を行使することができるとしており,不可分性の意味が拡張されている。

留置権の箇所で規定されている不可分性[民法296条]は,他の担保物権にも共通の性質であるため,先取特権「民法305条],質権[民法350条],抵当権[民法372条]のそれぞれの箇所で準用されている。ただし,共同抵当の場合には,各不動産の負担額が限定されるなど[民法392条],不可分性に対する例外が規定されている。

D. 果実収取権:留置権者の善管注意義務[民法298条]と果実からの優先弁済権[民法297条]

留置権の場合,留置物本体については,質権とは異なり,これを換価・処分してそこから他の債権者に先立って優先弁済を受けるという効力は認められていない。しかし,留置権も,留置する物から生じる果実に関しては,果実を収取して,そこから優先的に債権の弁済に充当するという,本来の意味の優先弁済権が認められている[民法297条]。

ところで,占有理論によれば,他人の物の占有者は,善意の場合は,占有物から生じる果実を取得することができるが[民法189条],悪意の場合は,悪意の不当利得の場合[民法704条]と同様,収取した果実を返還し,消費した果実の代価を償還しなければならない[民法190条]。

留置権者の場合,占有は適法に始まったとはいえ,他人の物を悪意で占有しているわけであるから,本来なら,果実を収取する権利を有しないはずである。しかし,民法は,他人の物の悪意の占有者である留置権者に占有物につき善管注意義務を負わせる[民法298条]ことによって,バランスをとっているのである。

E. 費用償還請求権
(a) 民法295条と民法299条との関係

他人の物の占有を適法に開始した占有者が,占有物に必要費または有益費を投じ,費用償還請求権が発生した場合には,民法295条に基づいて,その費用償還請求権者に留置権が発生する。そして,すでに留置権を有する債権者が,留置物の保存・改良のために費用を投じると,民法299条によって,その費用償還請求権のために,さらに留置権が発生する。民法295条と民法299条を対比した場合,留置権の発生を判断するだけならば,民法295条さえあれば,民法299条の規定は,不必要ではないかと思われるかもしれない。

しかし,留置権者は適法に他人の物の占有を開始したといっても,占有については悪意の場合もあるし(悪意の占有者の費用償還請求権に対しては,所有者の請求によって期限の許与が認められている),留置権者は,民法297条により,占有物から生じる果実を収取してそこから優先弁済を得ることができることになっている(占有の規定によれば,果実を収取した占有者に対する費用償還請求権は否定されている)。他方で,留置権者は,占有物の保管について善管注意義務を負わされ,しかも,債務者の承諾なしに,占有物を使用・賃貸・担保提供することを禁じられているという,かなり微妙な立場に置かれている。

このような状況のもとで,留置権者が,留置物に対して保存費用や改良費用を出した場合に,そもそも,費用償還請求権が発生するのかどうか([民法196条1項ただし書]は,果実を収取した占有者に対する費用償還請求権を否定する),費用償還請求に対して期限を許与することが許されるのかどうか([民法196条2項ただし書]は,悪意の占有者の費用償還請求権に対して期限の許与を認めている)という問題を解決しておく必要がある。

民法299条は,留置権者のおかれた微妙な立場に対して,単なる他人の物の占有者の場合における費用償還請求権の場合とは異なる解決を与えようとするものである。 

留置権者の費用償還請求権の規定[民法299条]と,一般的な占有者の費用償還請求権の規定[民法196条]とを注意深く対比することによって,留置権が単なる占有権とは異なり,債権の担保のための占有であることが明らかになるであろう。

*表35 留置権者の費用償還請求権をめぐる利害対立
留置権者の言い分 債務者・所有者の言い分 民法の規定
必要費償還請求権  留置権者は,管理について善管注意義務を課せられる一方で,使用・賃貸・担保供与の自由が与えられていない[民法298条2項]のであるから,必要費の償還請求が認められるべきである。 留置権者は果実収取権を有するのであるから,占有の一般原則である民法196条1項ただし書き(占有者が果実を取得したときは,通常の必要費は占有者の負担に帰する)の規定に従って,必要費償還請求権は否定されるべきである。 民法299条1項
@留置権者は,留置物について必要費を支出したときは,所有者にその償還をさせることができる。
有益費償還請求権  占有者には,一般的に,有益費の償還請求権が認められているのであるから[民法196条2項],留置権の場合にも,有益費の償還請求権が認められるべきである。
 善意占有者の場合には,有益費の償還請求権につき期限の許与が認められないのであるから,留置権の場合にも,期限の許与は認めるべきではない。
 悪意の占有者に対しては,有益費の償還請求権につき期限の許与が認められている[民法196条2項ただし書き)。
 また,契約関係がある場合には,有償・無償の区別を問わず[民法583条2項,595条2項,608条2項],期限の許与が認められているのであるから,留置権の場合にも,期限の許与が認められるべきである。
民法299条2項
A留置権者は,留置物について有益費を支出したときは,これによる価格の増加が現存する場合に限り,所有者の選択に従い,その支出した金額又は増価額を償還させることができる。
ただし,裁判所は,所有者の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
(b) 必要費償還請求権

留置権者が留置物について必要費を出したときは,所有者にその償還を請求できる[民法299条1項]。留置権者の必要費償還請求権は,物の占有に関して生じた債権であるため,この債権に基づく目的物の留置権も認められる。

ところで,占有の規定によれば,他人の物の占有者がその物の保存のために必要費を支出した場合には,その償還を請求できるのが原則である[民法196条1項本文]から,留置権者の必要費償還請求権は,一般原則の適用に過ぎないようにもみえる。

しかし,占有の規定では,占有者が果実を取得する場合には,通常の必要費は占有者が負担することになっている[民法196条1項ただし書き]。そして,留置権者の場合,果実を収取して優先弁済を受けることができる[民法297条1項]のであるから,占有理論に従えば,留置権者は,必要費の償還は請求できないはずである。

それにもかかわらず,留置権者に必要費償還請求権が認められている理由は,留置権者は,留置物の管理について善管注意義務を負わされ,かつ,債務者の承諾なしに留置物を使用し,賃貸し,担保に供することが禁止されており,賃料収入などの果実収取の機会が大幅に減じられていることの配慮であると思われる。

これに対して,以下に述べる有益費の償還請求権については,必要費の場合とは異なり,有益費の額は,果実収取権では賄えない額になることが多いため,果実収取とは関係なしに償還請求権が認められている。ただし,有益費の償還請求権については,権利そのものは認められても,以下に述べるように,その権利を確保するための留置権の主張は制限されているので注意を要する。

(c) 有益費償還請求権

留置権者が留置物について有益費を出したときは,その価格の増加が現存する場合に限って,所有者の選択に従い,その費やした金額または増価額の償還を請求できる[民法299条2項本文]。

留置権者の有益費償還請求権は,物の占有に関して生じた債権であるため,この債権に基づく目的物の留置権も認められる。しかし,必要費の場合とは異なり,有益費の償還請求の場合には,裁判所は,所有者の請求によって相当の期限を許与しうる[民法299条2項ただし書き]ので,その場合には,留置権は発生しない。

ところで,占有の規定によれば,他人の物の占有者がその物の改良のために有益費を支出した場合には,その価格の増加が現存する場合に限って,所有者の選択に従い,その費やした金額または増価額の償還を請求できるのが原則である[民法196条2項本文]から,留置権者の有益費償還請求権は,一般原則の適用に過ぎないようにもみえる。

しかし,占有の規定では,占有者が善意の場合と悪意の場合とを区別し,悪意の場合に限って,裁判所は,所有者の請求によって相当の期限を許与しうると規定している[民法196条2項ただし書き]。留置権者の場合,占有は適法に始まっているとはいえ,悪意占有であるから,占有の規定では,悪意占有者にのみ認められている期限の許与の制度が,留置権の場合には,一律に取り入れられたものと思われる。

民法299条が,必要費の償還請求の場合は常に留置権を認める一方で,有益費の償還請求に関しては,留置権の存否を裁判所の判断に委ねた理由は,有益費は必要費に比して高額に上る場合があること,および,留置権の保管を簡素なものに抑えようとする民法298条の趣旨を考慮して,裁判所が所有者に有益費の償還につき期限を許与することが望ましいと判断する場合には,留置権を認めないことができるようにしておき,裁判官の総合判断によって結果の具体的妥当性を確保することを狙ったためである。


7 留置権の消滅


A. 留置権の消滅原因

留置権の消滅原因として,従来の学説は,第1に,物権に共通の消滅原因として,目的物の滅失・混同・放棄等を挙げ,第2に,担保物権に共通の消滅原因として,付従性から導かれる被担保債権の消滅(弁済,代物弁済,相殺,免除,混同,消滅時効,契約の解除等)を挙げ,第3に,留置権固有の消滅原因として,留置権の消滅請求[民法298条3項],代担保の供与による消滅[民法301条],占有の喪失[民法302条本文]を挙げてきた。

しかし,留置権は,正当な原因によって他人の物の占有を開始した債権者に対し,その物を留置することによって事実上の優先弁済権を与える制度であるとの本書の立場に立てば,留置権の消滅原因は,物権とか付従性を持ち出すまでもなく,第1に,担保物権に共通の債権そのものの消滅,第2に,留置権と質権に共通の消滅原因,第3に,留置権に固有の消滅原因という3種類の原因によって説明することができる。

ここでは,第1の債権そのものの消滅原因(弁済,代物弁済,相殺,免除,混同,消滅時効,契約の解除等)は担保物権すべてに共通する問題であるので省略することとし,第2の留置権と質権に共通の消滅原因,すなわち,債権者の義務違反に対する債務者側からの留置権の消滅請求[民法298条3項],第3の留置権に固有の消滅原因,すなわち,事実上の優先弁済権を裏付けている占有の喪失[民法302条本文]および債務者側からの代担保の供与による消滅[民法301条]を取り上げることにする(なお,民法299条の期限の許与による留置権の消滅については,すでに説明したので,ここでは省略する)

*表36 留置権の消滅原因の分類
留置権の消滅原因 条文
留置権・質権に共通の消滅原因 留置権の消滅請求 第298条(留置権者による留置物の保管等)
@留置権者は,善良な管理者の注意をもって,留置物を占有しなければならない。
A留置権者は,債務者の承諾を得なければ,留置物を使用し,賃貸し,又は担保に供することができない。ただし,その物の保存に必要な使用をすることは,この限りでない。
B留置権者が前2項の規定に違反したときは,債務者は,留置権の消滅を請求することができる。
いわゆる留置権に固有の消滅原因 動産質の場合と類似の消滅原因 占有の喪失 第302条(占有の喪失による留置権の消滅)
留置権は,留置権者が留置物の占有を失うことによって,消滅する。
ただし,第298条第2項〔債務者の承諾を得た留置物の使用・賃貸・担保供与〕の規定により留置物を賃貸し,又は質権の目的としたときは,この限りでない
留置権に固有の消滅原因 代担保の供与による消滅 第301条(担保の供与による留置権の消滅)
債務者は,相当の担保を供して,留置権の消滅を請求することができる。
債務者の破産 破産法66条(留置権の取扱い),186条(担保権の消滅の許可の申立て),192条(商事留置権の消滅請求)
会社更生 会社更生法29条(商事留置権の消滅請求)
B. 留置権・質権に共通の消滅原因
(a) 留置権者の善管注意義務

留置権は,他人の物を占有することを許す権利である。そして,民法は,他人の物を有償(留置権者は果実収取権を有している)で占有する者の一般原則に従い,「善良な管理者の注意をもって,留置物を占有しなければならない」という善管注意義務を課している[民法298条1項]。

上記の注意義務の結果として,留置権者は,債務者と所有者の承諾なしに留置物を使用し,賃貸し,担保に供することはできない。もっとも,使用に関しては,保存に必要な使用は認められている[民法298条2項]。

例えば,借家人が修繕費の償還請求権の担保のために,借家契約終了後,借家を留置する場合に,従来通り居住を継続することについて,当初の判例は,借家人が居住を継続することは,留置物の「使用」にあたり,家主の同意がないときは許されないとして,家主の留置権消滅請求を認めた〈大判昭5・9・30新聞3195号14頁〉。しかし,その後,見解を変更し,借家人の居住は,留置物の保存にあたり,家主の承諾なしになしうるとしている〈大判昭10・5・13民集14巻876頁〉。

(b) 善管注意義務違反に対する制裁としての債務者・所有者による留置権の消滅請求[民法298条3項]

留置権者が善管注意義務に違反した場合[民法298条1項]または留置物を無断で,保存目的以外の使用をしたり,留置物を賃貸したり,担保に供したりした場合には[民法298条2項],その制裁として,債務者および所有者は,留置権の消滅を請求できる[民法298条3項]。

例えば,判例は,借地の場合に関して,地上の建物を第三者に賃貸することは,保存に必要な使用ではないとして,留置権の消滅請求を認めている〈大判昭10・12・24新聞3939号17頁〉。また,船舶上の留置権に関して,貨物の運送業務のため,遠距離(和歌山から山口あたりまで)を航行したことは航行の危険性に鑑み,留置物の保存に必要な使用とはいえないとして,船舶所有者の留置権消滅請求を認めている〈最二判昭30・3・4民集9巻3号229頁〉。

最二判昭30・3・4民集9巻3号229頁
 木造帆船の買主が,売買契約解除前支出した修繕費の償還請求権につき右船を留置する場合において,これを遠方に航行せしめて運送業務のため使用することは,たとえ解除前と同一の使用状態を継続するにすぎないとしても,留置物の保存に必要な使用をなすものとはいえない。

留置権の消滅請求は,形成権と考えられており,留置権者の違反行為が継続しているかどうか,違反行為によって損害を受けたかどうかを問わず〈最二判昭38・5・31民集17巻4号570頁〉,上記の違反行為があれば,債務者または所有者の意思表示によって,留置権は当然に消滅する[民法298条3項]。

最二判昭38・5・31民集17巻4号570頁
 留置権者が民法298条1項および2項の規定に違反したときは,当該留置物の所有者は,当該違反行為が終了したかどうか,またこれによって損害を受けたかどうかを問わず,当該留置権の消滅を請求することができるものと解するのが相当である。
C. いわゆる留置権に固有の消滅原因
(a) 原則:占有の喪失[民法302条本文]

留置権は,占有の喪失によって消滅する[民法302条本文]。留置権は占有を通じて事実上の優先弁済権を確保する制度であり,占有によってその効力が発生し,占有の喪失によって消滅することとしているのである。

(b) 例外:留置権が消滅しない場合(占有回収,間接占有)

(α) 占有回収の訴えによって占有を回復した場合 留置権が占有を効力要件とする以上,留置権者が占有自身の保護機能としての占有訴権を利用することは当然に許されている。したがって,占有回収の訴えによって占有を回復した場合には,留置権も回復すると解されている。その理由は,民法203条により,占有者が占有回収の訴えを提起したときは占有権は消滅しないと規定されているからである。

(β) 間接占有 留置権の効力要件としての占有は,間接占有でもよいとされる。留置権者が,債務者および所有者の承諾を得て,留置物を「賃貸し又は質権の目的としたときは」,直接占有は喪失するが,間接占有は保持するため,留置権は消滅しないとされている[民法302条ただし書き]のがその理由である。

もちろん,債務者および所有者の承諾を得ずに留置物を「賃貸し,又は担保に供」した場合には,民法298条3項による留置権の消滅請求によって消滅することはあるが,承諾を得ずに留置物を「賃貸し又は質権の目的とした」からといって,当然に留置権が消滅することはない。ただし,留置権者が債務者や所有者に留置物を返還した後,占有改定によって占有した場合には,動産質の場合と同様に考えて([民法344条]参照),留置権は消滅するとする学説がある。確かに,約定担保権である質権の場合には,当事者の意思が意味を持ちうるかもしれない。しかし,法定担保権である留置権の場合には,「正当の原因」によって占有が継続されているかどうかで判断すればよく,その占有に間接占有が含まれるとするのであれば,たとえ留置物を返還しても,占有改定によって占有が継続している以上,留置権は消滅しないと考えるべきであろう。

(c) 代担保の供与による消滅[民法301条]

債務者または留置物の所有者は,留置物の代りに「相当の担保を供して,留置権の消滅を請求することができる」[民法301条]。留置権の場合,すでに述べたように,債権額と留置物の価格が均衡していることは要件とされていないので,債権額に比較して留置されている物の価格が著しく大きい場合に,この制度の意義があるとされている。

しかし,債権額に比較して物の価格が著しく大きい場合というのは,反対からいえば,債権額が著しく小さい場合であるから,債務者または留置物の所有者は,著しく小さい債権額を弁済することによって,債務を消滅させ,いわゆる付従性の原則により,留置権を消滅させることができる。したがって,この場合の実益は,理論上ほど大きくはないと思われる。

むしろ,この制度は,債権額と留置物の価格が均衡し,かつ,債権額が大きい場合に,留置物に代わる代担保を提供することによって留置権を消滅させることができる点に実益がある。例えば,債務者には,留置物と同等の価値をもつ手持ちの物件があるが,それが,すぐには換価できない状態にあり,かつ,債権額を支払うだけの金銭的余裕もないといった場合に,手持ちの物件を代担保にして留置権を消滅させることができれば,債務者にとって利益が大きいといえよう。

通説([富井・物権下(1929)33頁],[柚木=高木・担保物権(1973)38頁],[高木・担保物権(2005)30頁],[近江・担保物権(1992)32頁])は,代担保の提供には,留置権者の承諾を要するとしているが,この代担保提供による留置権の消滅請求権は,民法298条3項の留置権の消滅請求の場合と同様,形成権と考えるべきであり,代担保が相当であるとの要件を備えていれば,留置権者の承諾は不要であると解すべきである([我妻・担保物権(1968)46-47頁],[鈴木・物権法(1994)293頁])。

(d) 債務者の破産[破産法93条2項]・会社更生[会社更生法2条10項]

債務者の破産に際しては,商事留置権(商法又は会社法の規定による留置権)が「特別の先取特権(ただし,その順位は,一般先取特権には優先するが,民法その他の法律の規定による他の他の特別の先取特権に劣後する)」とみなされ[破産法66条1項],その結果,別除権をも有する(破産法65条]のとは異なり,留置権は,破産財団に対し対抗することができない[破産法66条3項]。民事再生の場合も同様である[民事再生法53条1項]。また,会社更生の場合にも,商事留置権が「更生担保権」として扱われるのとは異なり,民法上の留置権は更生担保権として扱われていない(会社更生法2条10項参照)。

したがって,民法上の留置権については,債務者の破産,民事再生,会社更生によって,事実上の優先弁済権も否定されるに至るため,留置権は消滅すると解さざるをえない。つまり,この場合には,留置権は,一般債権者の債権と同じ扱いを受けることになる。


□ 学習到達度チェック(13) 留置権の効力・消滅 □


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