[top]


第14回 先取特権の種類と優先順位

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


第3節 先取特権


□ 第14回 先取特権の種類と優先順位 □

一定の債権(例えば,雇用関係から生じる債権)について,その性質(例えば,労働者の生活基盤の維持)を考慮して,その債権を特別に保護すること,すなわち,「他の債権者に先立って弁済を受けるに値する」と判断されることがある。そして,その場合には自動的に,当事者間の合意も公示も必要とせずに,当該債権に優先弁済権が与えられる。これが先取特権[民法303条]の制度である。

先取特権は,@被担保債権,A目的物,B優先順位の3つの要素から成り立っている。@被担保債権は先取特権の名称(共益費用の先取特権,不動産賃貸の先取特権,不動産保存の先取特権など)に表れており,A目的物は,先取特権の種類(一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権)に表れている。また,B優先弁済の順位は,民法329条以下に規定されているが,先取特権が規定されている条文の順序にほぼ従っている。先取特権を理解するには,以上の3要素(被担保債権,担保目的物,優先順位)を確実に理解することが必要である。

なお,先取特権の優先順位の与え方については,民法330条がそのエッセンスを規定している。保存については,「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールが特に重要である。債務者に目的物が導入される場合,その順序は,@目的物の供給(売買),A目的物の保存(修理)となるのが通常であるが,先取特権の順序は,その逆をたどることになる。動産先取特権の場合に,動産売買の先取特権よりも動産保存の先取特権が優先するのも,また,不動産保存の先取特権が,不動産工事の先取特権,不動産売買の先取特権よりも優先するのは,「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールの適用に他ならないことを理解することが重要である。


1 先取特権概説


A. 優先弁済権そのものとしての先取特権の重要性

先取特権は,優先弁済権そのものである。現行民法においては,法律上の優先弁済権は,法定の物的担保では先取特権だけに,約定の物的担保では質権と抵当権の両者に与えられている。優先弁済権とは,債権者平等の原則の例外として,特定の債権者に与えられた権限である。優先弁済権を有する債権者は,目的物を「担保権の実行としての競売」[民事執行法180条-195条]に付し,競売で得られた配当金から,他の債権者に先立って優先弁済を受けることができる。

優先弁済権の本質,優先順位の確定に関する原則,他の優先弁済権との調整方法等,優先弁済権にまつわる複雑な法理を理解するには,優先弁済権そのものである先取特権の規定を理解することから始めるのがよい。そして,先取特権のさまざまな規定の裏に隠された原理を知るためには,民法の立法理由にさかのぼって,それぞれの条文を導いた原理をマスターする必要がある。

物的担保を理解する上で,なぜ先取特権が最も重要な役割を果たしているかというと,それは,以下の3つの理由(@目的物の豊富さ,A被担保債権の性質への考慮,B優先順位決定のルール)に基づいている。

第1に,先取特権における優先弁済権は目的物(対象)の種類が豊富だということである。先取特権には,一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権というように,豊富な種類が用意されている。民法以外の特別法で規定されている先取特権は,後に(*1D(c))で述べるように,現在では200以上に増加している。物権の対象は,原則として有体物(動産,不動産)に限定されるはずであるが[民法85条],先取特権の対象は,有体物としての動産(動産先取特権),不動産(不動産先取特権)から,無体物としての債権([民法304条]における売買代金債権,賃料債権,損害賠償債権,[民法314条]における売買代金債権,転借料債権),債務者の全財産(一般先取特権)に至るまで,あらゆる種類の目的物を対象とすることができる。したがって,先取特権の目的物を理解すると物的担保の対象についての理解を深めることができる。

第2に,先取特権においては,被担保債権の性質(特別の保護に値するかどうか)および機能(目的物の価値の維持にいかに貢献しているか)が優先順位の決定に大きな役割を果たしている。その他の物的担保の場合には,被担保債権の性質・機能は優先弁済権の順位に影響を及ぼさないのが原則であるが,先取特権の場合には,抵当権,質権に遅れて設定されても,それらに優先するもの(不動産保存の先取特権[民法339条])から,同順位となるもの(動産質権は,第1順位の先取特権とみなされる[民法334条]),それらに劣後するもの(一般先取特権[民法329条,335条,336条])まで,さまざまな優先弁済権が優先順位とともに規定されている。

第3に,その優先順位の決定ルールが,必ずしも登記の先後とか,契約の先後とか,保存の先後によるわけではないということである。例えば,保存については,後に保存した者が先に保存した者に優先するなど[民法330条1項2文),物権の優先順位とは,まるで無関係,むしろ,正反対の順位決定のルールが出現する。このようなルールについて精通するようになると,従来の学説が解決に難渋している,譲渡担保と動産売買の先取特権との優先順位の基準(*第14章第4節(動産売買の先取特権と集合物譲渡担保との競合)で説明する),抵当権に基づく物上代位と相殺権者との優先順位の基準(*第16章第5節E(c)(iv)(物上代位の対象となる賃料債権に対する賃借人による相殺)で説明する),さらには,非典型担保としての譲渡担保に物上代位が類推されるかどうかという問題(*第20章第1節C(典型担保権の規定の類推適用))等についても,明確な基準を提示できるようになる。

B. 先取特権の意義

先取特権とは,法律の定める特別の債権をもつ者が,債務者の総財産あるいは特定の動産・不動産から,「他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利」(優先弁済権)のことをいう[民法303条]。

たとえば,社会政策上,特別の保護に値する給料または雇用関係から生じたその他の債権(労働災害に基づく損害賠償債権,退職金債権,年金債権など)を有する使用人(労働者)は,債務者である雇い主(使用者)の総財産(一般財産・責任財産)から,他の債権者に先立って優先的に弁済を受ける権利を有している[民法306条2号,308条]。

C. 先取特権の性質(物権性の希薄さ)と学説の停滞

先取特権は,フランス法起源の制度であり,ドイツにはこの制度がないために,これまで,理論的な研究が手薄の状況にあった。そのため,後に詳しく論じるように,一部の研究者からは,先取特権の廃止論まで提案されるに至っている[椿他・民法改正を考える(2008)140頁]。しかし,このような提案は,時代に逆行しており,後に詳しく述べるように,採用されるべきではない[椿他・民法改正を考える(2008)145頁]。なぜなら,わが国においては,特別法を含めた先取特権の数は,時代が進むにつれて,質・量ともに,ますます増加する傾向にあるからである(詳しい理由は,*1Dで述べる)。特に,特別法上の先取特権は,行財政改革の進展にともなう独立行政法人の信用を確保するために,近年になって急激に増加しており,先取特権の研究も,むしろ,その必要性が増大しているといえる。

先取特権,特に,一般先取特権が研究者や法曹実務家から嫌われるもう1つの理由は,先取特権の中でも特に一般先取特権については,それを物権として説明することができないからである。それもそのはずで,民法の起草者(梅謙次郎)は,すべての一般先取特権ばかりでなく,物上代位,動産先取特権の一部(不動産賃貸の先取特権の一部について,それらが物権ではないことを明らかにしていた[梅・要義巻二(1896)285頁]。

〔民法〕第304条〔物上代位〕,第306条乃至第310条〔一般の先取特権〕,第314条〔2文(賃料・転借賃料債権に対する先取特権)〕及び〔旧〕第320条〔公吏保証金の先取特権(2002年の現代語化に際して削除された)〕の場合においては,先取特権は債権,其他有体物以外の物の上に存することあり。此場合に於いては,先取特権は物権に非ず

一部の先取特権(一般先取特権および債権先取特権)についてではあるが,以上のように,民法の起草者によって,「先取特権は物権ではない」と宣言されているのであるから,担保物権を物権として体系化しようとしているわが国のほとんどすべての学者にとって,先取特権が「嫌われもの」となる理由も,なんとなく見えてくる(ここでも研究者・法曹の姿勢が学生の先取特権嫌いを助長している)。

確かに,従来の学説は,優先弁済権を債権者平等原則に反するものとして,物権における目的物の換価・処分権能の一つとして説明してきた。昭和54(1979)年に廃止された競売法(明治31年法15)は,まさに,この考え方に基づいており,担保物権の換価機能に基づく競売を強制執行とは別のものとして,すなわち,債務名義を前提とせず,かつ,差押えを要しないとするなど,特別のものとして規定していた。しかし,現行の民事執行法では,通常の強制執行と担保権の実行としての競売(担保執行)とは,同一の法律の中で規定され,担保権の実行には,強制執行の規定が広く準用されるにいたっている。さらに,手続き法の中でも,会社更生法に至ると,物的担保は,更生債権として,優先権のある「債権」としての扱いがなされており,現在においては,優先弁済権を物権として構成する必然性は,手続法との関係でも,次第に失われつつあるといえよう。

通説は,優先弁済権を物権の換価機能として説明しようとする。しかし,物権の換価権能といっても,つまるところ,所有者である債務者が債務不履行に陥った場合にしかその権能が認められないというのであれば,物権ではなく債権の側面から説明する方が説得的であろう。そして,第1に,特別に保護すべき債権には,債権者平等の原則を排除して他の債権者に優先して弁済を受ける権利が与えられる(法定担保権としての先取特権),第2に,債権者と債務者との間の合意と公示(占有の継続,債務者に対する通知・債務者の承諾,登記・登録等)がなされた場合には,その債権者に優先弁済権が与えられる(約定担保権としての質権,抵当権)というように理解するならば,他の債権者に先立って弁済を受ける権利としての優先弁済権の意味をより深く理解することが可能となる。

そこで,この章では,特定の債権者に先取特権が付与される理由にはどのようなものがあり,その理由はどのように分類できるのか,特に,その理由が先取特権の順位をどのように左右するのかを検討することを通じて,物的担保(いわゆる担保物権)の本質に迫ることにする。このような探求によってこそ,先取特権に対する偏見(軽視・嫌悪)が解消されることになると思われる。

D. 優先弁済権を理解するための設例

優先弁済権を物権の換価機能であると学んだ人の中には,物権の排他性と優先弁済権とを混同し,競売後の配当計算を苦手とする者が多い。そこで,以下では,先取特権が問題となる典型的な事例を挙げることによって,法律上の優先弁済権とは何かを理解するための検討を行うことにする(不動産に備え付けられた動産の例としては,賃借人が自らの費用で設置したエアコンの方がわかりやすいかもしれないが,ここでは,便宜上,借家人がアパートに設置したパソコンセットの例を採用している)。

【設例】Aは,Bのアパートに下宿しており,1年前に50万円で大型のスクリーンを備えたパソコンと周辺機器(パソコンセットという)をC電気店から購入した。しかし,生活費を親の仕送りに頼っていて金銭的な余裕はなく,購入代金のうち,頭金以外の残代金20万円の支払を待ってもらっている。その上,保証期間が切れた直後にハードディスクが故障してしまい,D修理業者に出張修理してもらった修理代金5万円をまだ支払っていない。また,分をわきまえない派手な生活のため,貸金業者Eに25万円の借金があり,家賃も2カ月分10万円を滞納している。とうとうAは,債権者たちにパソコンセットを差し押さえられてしまった。

【問題】パソコンセットが30万円で競売された場合,Aの債権者はどのような割合で配当を受けうるか。ただし,訴訟費用,配当表等の作成費用は無視するものとする。

*図75 先取特権相互間の優先関係
(a) 先取特権が存在しないとした場合の結果

パソコンセットが30万円で競売された場合,もしも,先取特権の制度がないと仮定した場合には,債権者は債権額に応じて平等に配当を受けることができる。したがって,各債権者の配当額は,次の表のように比例配分されるはずである。

*表37 債権者平等の場合の配当
債権額 按分比 配当額
B(賃貸人) 10万円 10/60 5万円
C(修理業者) 20万円 20/60 10万円
D(売主) 5万円 5/60 2.5万円
E(貸金業者) 25万円 25/60 12.5万円
(b) 先取特権の種類と優先順位

ところが,先取特権が存在する場合は,原則として,債権額に従った比例配分ではなく,優先順位に従った配当がなされる。同一目的物につき同一順位の先取特権者が複数存在するときにのみ,例外的に比例配分(按分比例)がおこなわれるに過ぎない[民法332条]。

先取特権の順位は,民法329条から332条の4ヵ条に規定された原則によって決定される。その原則を理解するためには,先取特権の規定が債権を責任財産との関係でどのように分類しているかを知る必要がある。

先取特権は,まず,一般財産を責任財産とする一般先取特権と特定財産を責任財産とする特別先取特権とに分類される。そして,次に,特別先取特権は,動産を責任財産とする動産先取特権と不動産を責任財産とする不動産先取特権とに分類されている。そして,先取特権の順位は,それぞれの先取特権ごとに順位がつけられている(一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権の順位表を自作してみるとよい)。

(c) 先取特権の順位の確定作業

先取特権の順位は,債権の種類に応じて決定されているので,設例の場合の先取特権の順位を知るためには,各債権者がAに対してどのような種類の債権を有しているのかを確認しなければならない。

そこで,B,C,D,Eが,それぞれ,どのような債権を有しているかをチェックしてみると,以下のようになる。読者も,答えを見る前に,六法を見ながら,?の箇所に用語と順位を書き込んでみるとよい。

*表38 債権の種類の確定
債権の種類 目的物 先取特権の種類 優先順位
B 借家の賃料債権 借家に持ち込まれたパソコンセット ? ?
C 動産売買の代金債権 売却したパソコンセット ? ?
D 動産保存の報酬債権 修理したパソコンセット ? ?
E 貸金債権(一般債権) 一般財産 ? ?

これらの債権について,目的物であるパソコンセットとの関係でどのような先取特権が存在し,その順位がどうなっているのかを,民法330条に基づいて検討すると,次の表のようにまとめることができる。

*表39 債権の種類と優先順位の確定
債権の種類 目的物 先取特権の種類 優先順位
B 借家の賃料債権 パソコンセット 不動産賃貸の先取特権[民法312条,330条1項1号] 1
C 動産売買の代金債権 動産売買の先取特権[民法321条,330条1項3号] 3
D 動産保存の報酬債権 動産保存の先取特権[民法320条,330条1項2号] 2
E 貸金債権(一般債権) 一般財産 なし
(d) 先取特権に基づく配当の決定

以上の作業を通じて,各債権者の優先順位は,1.家屋賃貸人B,2.修理業者D,3.売主C,4.貸金業者Eとなることが確定された。そこで,パソコンセットの競売表価額30万円を,先取特権の優先順位に従って,各債権者の債権額を割り付けていくと,次の表のようにまとめることができる。

*表40 各債権者に対する配当額の決定
順位 債権額 評価残額-債権額=残額 配当額
B(賃貸人) 1 10万円 30-10=20 10万円
D(修理業者) 2 5万円 20-5=15 5万円
C(売主) 3 20万円 15-20<0 15万円
E(貸金業者) 4 25万円 0 0万円

配分結果は,B:10万円,D:5万円,C:15万円となり,Eは配当を受けることができない。もしも,パソコンセットの評価額が15万円にしかならない場合は,配分結果はB:10万円,D:5万円となり,CもEも配当を受けることができなくなる。

以上の作業を通じて,債権額に応じて単純に比例配分した場合と,先取特権を考慮して,優先順位に従って配分した結果は,全く異なるものとなることが理解できるであろう。

E. 債権の種類によって優先順位をつける意味

設例の場合に即して,債権の種類によって優先順位がつけられ,順位の高い債権者が優遇される理由を考えてみよう。

第1順位の家屋の賃貸人は,パソコンセットの設置場所を提供し,責任財産の保全に貢献している。もしも,家賃を払わない債務者が契約を解除されてそこから追い出されていたら,パソコンセットを差し押えることすらできなかったと思われる。家賃が払われないままに,パソコンセットの設置場所を提供し続けた賃貸人は,パソコンセットが差押えられ換価されるのに大きく貢献していることになる。

第2順位のパソコンセットの修理業者は,壊れたパソコンセットを修理し,価値を保全した功績がある。もしも,パソコンセットの修理がなされていなければ,30万円で評価されることはなく,配当額はもっと少なくなっていたはずである。

第3順位のパソコンセットの売主は,代金の全額の支払いを受けていないにもかかわらず,パソコンセットの所有権を債務者に移転し,債務者の責任財産に組み込んだ功労者である。もしも,売主がパソコンセットを債務者に引き渡していなかったら,パソコンセットを差し押えることすらできなかったのである。

第4順位の貸金業者は,一般債権者であって,債務者の責任財産の拡大には貢献しているが,パソコンセットの購入・保全に関しては,何の貢献もしていない。

このように考えると,先取特権が債権の種類と債権の目的物(責任財産)の種類とに応じて優先順位を決定していることの合理性を理解することができる。しかも,その順位のつけ方には,債権の目的物(責任財産)の存在と価値の保全に対して,その債権者がどの程度貢献しているかという考慮が働いている。

そして,価値の保全に関しては,「数人の保存者があるときは,後の保存者が前の保存者に優先する」[民法330条1項柱書]という原則,すなわち,より直近の保存者を優先するという原則が働いていることも理解することができる。

設例の場合のパソコンセットの価値の保全の順序は,(1)売買によるパソコンセットの搬入と保全,(2)修理による価値の保全,(3)修理されたものが元の持主の下に戻って保全されるという順序を経ており,優先順位は,反対に,最後のものから最初のものへと遡る形式をとっているのである。

F. 第1順位の先取特権者が,第2順位または第3順位の先取特権者の存在を知っていた場合の例外

上記の問題は,単純に考えると,それほど難しい問題ではない。しかし,条文の細かい解釈をする場合には,もう少し複雑な考慮を必要とする。民法330条を詳しく検討してみると,その複雑さが理解できる。

たとえば,330条1項1号・2号・3号にあたる先取特権者が一人ずついたとして,第一順位の先取特権者が第三順位に当たる先取特権者の存在のみを知っていた場合には,優先順位はどのようになるのであろうか。

民法330条1項1号にあたる先取特権者(以下「1号先取特権者」とする。同法同条の2号・3号にあたる先取特権者も同様とする)は,2号先取特権者には優先できるものの,3号先取特権者には劣後し,一方,3号先取特権者は1号先取特権者には優先できるものの,2号先取特権者には劣後するのだから,三すくみ状態になってしまい,優先順位が決せられないようにも思われる。

しかし,この場合の結論を述べると,順序は,2号先取特権者,3号先取特権者,1号先取特権者の順となり,三すくみ状態にはならない。その理由は,立法理由[民法修正案理由書(1896/1987)第304条]を読まないと出てこない。その理由を簡単に述べると以下の通りとなる。

1号先取特権者は場合によって,順序が変わり,第3順位にまで落ちるが,2号先取特権者は,順位が上がることはあっても,2位以下に下がることはない。したがって,2号先取特権と3号先取特権との順序〔序列〕は入れ替わることはないので,3号先取特権者は,第2順位以上になることはない。3号先取特権者は2号先取特権者には,常に劣後するのである。

その理由は,旧民法を知っているとわかりやすい。なぜなら,旧民法においては,1号先取特権者(環境提供者)は,2号先取特権者(保存者)または3号先取特権者(供給者)を知らないときだけ第1順位になることができるたのであり,1号先取特権者(環境提供者)は第3順位にまで下がることがあるが,2号先取特権者(保存者)は第1順位となることはあっても,第2順位より順位を下げることはないからである。このことを考慮するならば,実質的な第1順位は2号先取特権者(保存者)だということが,よく理解できる。現行民法は,以下のように,この旧民法債権担保編164条を下敷きにして起草されたからである。

[現行民法 第330条の立法理由]
(理由)本條は,既成法典担保編第164條に修正を加ヘたりと雖も,其実質に於て大差あるにあらず
 既成法典は原則として先取特権の目的物の保存者に第一の順位を与ヘ,不動産賃貸人等に第二の順位を与ふと雖も,不動産賃貸人の如き者は,所謂「黙示の質権」を有するものなれば,恰も既成法典同條第6項に於て動産質設定の時其目的物の存保費用が未だ支払はれざることを知らざりし質取債権者に第一の順位を与ふる如く,黙示の質取債権者にも之と同様の順位を得せしむるを以て至当と認めたれば〔なり〕。
 本案は原則として不動産賃貸の先取特権を第一位に置き動産保存の先取特権に第二の順位を与ヘ動産売買の先取特権は既成法典の如く之を第三の順位に置くと雖も本條第二項の規定に依りて之に例外を設け第一の順位に在る者を債権取得の当時に第二又は第三の順位に在る先取特権の存在を知りたるときは之に先つことを得ざる旨を掲ぐるを以て,其実質に於ては既成法典と別に異なる所なしとす。…

このように,現行民法が,旧民法の趣旨を受け入れて,「実質に於ては既成法典と別に異なる所なし」として起草されたことを理解していると,先の問題においても,三すくみの状態が生じないことがわかる。1号先取特権者は,2号先取特権者と3号先取特権者とを知らない場合にのみ,2号先取特権に優先できる。むしろ,旧民法では,2号先取特権者が原則として最優先順位を得ていた。現行民法でも,実は,1号先取特権者は,2号先取特権者や3号先取特権者を知らないときだけ2号先取特権者に優先できるのである。1号先取特権者が,2号先取特権者か3号先取特権者かを知っている場合には,常に,2号先取特権者に劣後する。したがって,1号先取特権者が,2号先取特権者のみを知っている場合には,順序は,2号先取特権者,1号先取特権者,3号先取特権者の順になる。

*図76 動産先取特権の順位の変動に関する旧民法と現行民法との比較
順位の変動 旧民法 現行民法
デフォルト値
(初期状態)
先取特権の順位が変動する実際の場合分け
黙示の質権者が
他の先取特権を
知らない場合
黙示の質権者が
保存の先取特権
を知っているが,
売買の先取特権
を知らない場合
黙示の質権者が
売買の先取特権
を知っている場合

本書の立場は,旧民法とも現行民法とも結果は同じである。もっとも,本書の立場は,デフォルト値を@保存,A供給,B環境設定の順にしているため,出発点が異なる。上記の*図76を参考にして,本書の立場に従った場合,先取特権の順位がどのように変動するのかを図示してみると,異なる考え方でも,同一の結果を生じさせることができること,および,民法330条1項〜3項までの結論を統一的に説明するには,本書の立場がもっともわかりやすいことを理解することができるであろう。


2 一般先取特権


上記の設例を解決する過程で明らかになったように,先取特権の種類を理解するには,被担保債権の種類と先取特権の目的(物)との関係をよく理解する必要がある。そうすれば,「不動産賃貸」の先取特権がなぜ,「動産」先取特権なのかという疑問にも,容易に答えることができる。なぜなら,不動産賃貸の先取特権は,優先権を有する被担保債権は,「不動産」賃貸借から生じる債権なのであるが,優先権を有する債権の目的物の範囲が不動産賃貸における賃借人の「動産」に限定されている。したがって,不動産賃貸の先取特権は,被担保債権の視点からは,不動産賃貸に関する問題なのであるが,目的物の視点からは,動産先取特権だということになる。

そこで,以下では,民法が規定する先取特権について,それぞれの特色をよく理解するため,大きく3つに分類され,それぞれの分類に応じた合計15種類の先取特権(第1:一般先取特権(4種類),第2:動産先取特権(8種類),第3:不動産先取特権(3種類))について,3分類のそれぞれについて,種類と優先順位を表の形で整理した後,個々の先取特権の内容と特色を検討することにする。

民法は,306条〜310条において,以下の4種類の一般先取特権を規定している。これらの先取特権は,順位において,それ以外の先取特権に劣後するのが原則であるが[民法329条2項本文],共益費用の先取特権[民法306条1号,307条]は,その利益を受けたすべての債権者に優先する効力を有しているので[民法329条2項ただし書き],注意が必要である。

*表41 一般先取特権の種類と優先順位
先取特権の種類 優先
順位
条文 債権の種類 責任財産の種類
一般
先取特権
1 共益費用の
先取特権
1 民法307条 債務者の財産の保存,清算又は配当に関する費用 債務者の総財産
2 雇用関係の
先取特権
2 民法308条 給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権
3 葬式費用の
先取特権
3 民法309条 債務者のためにされた葬式の費用のうち相当な額,
債務者がその扶養すべき親族のためにした葬式の費用のうち相当な額
4 日用品供給の
先取特権
4 民法310条 債務者又はその扶養すべき同居の親族及びその家事使用人の生活に必要な最後の6箇月間の飲食料品,燃料及び電気の供給
A. 共益費用の先取特権[民法306条1号,307条]

各債権者に共通の利益のための費用(債務者の財産の保存,清算または配当に関する費用)について,公平の観念に基づいて先取特権が認められている[民法306条1号,307条1項]。

第1の要件としての「財産の保存」とは,債務者の財産の現状を維持する行為であり,債務者の財産の@物理的な保存とA法律的な保存とがある。法律的な保存の例としては,債務者に代位して債務者が有する権利について時効中断のために権利を行使したり[民法423条],詐害行為を取り消したり[民法424条]することが挙げられる。第2の要件としての「清算」とは,清算人,管財人,執行官等が,債務者の財産の換価,債権の取立て,債務の支払い,財産目録の作成等をすることをいう。第3の要件としての「配当」とは,債権者の債権を調査して配当表を作成し,債務者の財産を換価して配当を実行することをいう。

共益の費用のうち,それがすべての債権者に有益でなかった場合,たとえば,法律的な保存の場合として,抵当権が設定された不動産の売却行為を詐害行為として取り消した場合を想定してみよう。この場合には,一般債権者は財産の保全によって利益を受けるが,すでに追及効を有する抵当権者は,これによって利益を受けることはない。したがって,この場合には,先取特権は,その費用によって利益を受けた債権者に対してのみ存在する。すなわち,詐害行為を取り消した債権者は,一般債権者に対しては先取特権を主張できるが,抵当権者に対しては先取特権を主張することができない[民法307条2項]。これに反して,債務者の財産の物理的な保存の場合には,その費用によってすべての債権者が利益を受けるのであるから,すべての債権者に対抗できることになる。

共益費用の先取特権の特色は,最初に述べたように,その他の一般先取特権が特別の先取特権(動産先取特権,不動産先取特権)に劣後するのに対して,共益費用によって利益を受けたすべての債権者に対して優先する点にある[民法329条]。

B. 雇用関係の先取特権[民法306条2号,308条]

雇用に関する債権(給料債権,退職金,労災等に関する損害賠償債権等)について,労務を提供している者を保護すべきであるという社会政策的理由に基づいて,先取特権が認められている[民法306条2号,308条]。

雇用関係の先取特権の詳細については,田山輝明「労働債権と先取特権」[伊藤古稀記念・担保制度の現代的展開(2006)95頁以下]を参照するのがよい。立法の沿革から,立法論に至るまで,重要な問題点が指摘されている。特に,以下の記述は,質権や抵当権等の約定担保権のほかに,法定担保権としての先取特権がなぜ必要であるのかについて説得力の記述となっている(先取特権の廃止論者であっても,雇用関係の先取特権については,その必要性を認めている)。また,一般先取特権と後に学習する根抵当権との意外に近い関係を明らかにしている点でも参考になる。

労働契約の締結(入社)に際して,自己の労働債権を被担保債権として会社(使用者)の不動産に根抵当権を設定することは極めて困難であるし,入社後に労働組合を通じて団体交渉などによりこれを実現することも,また極めて困難であろう。企業の倒産が具体化しつつある状況になってから会社との間で労働者(組合)に有利な協定を結んでも,破産法に基づいて「否認」される恐れがある(同法162条)。そのため,社会政策的考慮から法定担保物権によって保護を図る必要は依然として大きい(田山輝明「労働債権と先取特権」[伊藤古稀記念・担保制度の現代的展開(2006)99頁])。
C. 葬式費用の先取特権[民法306条3号,309条]

葬式の費用について,財力の十分でない者にも葬式を営む場合の金融を受けやすくしようという公益上の理由に基づいて先取特権が認められている[民法306条3号,309条]。

死者本人が,自己の葬式に関連する債務を負担した場合には,その債権者は,債務者の遺産に対して先取特権を有する。また,夫の死後に,妻が夫の社会的地位に応じて支弁した葬式費用は,相続財産の負担となる〈東京地判昭59・7・12判時1150号205頁〉。

D. 日用品供給の先取特権[民法306条4号,310条]

日用品の供給に関する債権について,主として小規模の商人を保護するという社会政策上の理由に基づいて先取特権が認められている[民法306条4号,310条]。この場合の債務者は,自然人に限られ,法人は含まれないとされている〈最一判昭46・10・21民集25巻7号969頁〉。


3 動産先取特権


[民法311条〜324条]は,以下の8種類の動産先取特権を規定している。この中には,動産先取特権だけでなく,債権の先取特権が含まれている。

2004年に民法が現代語化される以前の民法旧311条4号,旧320条には,公吏保証金の先取特権が規定されており,これは,厳密には,動産先取特権ではなく,債権先取特権という重要な性質を有していた。しかし,この規定は,現代では使われていないという理由で,削除されてしまった。したがって,現行民法で債権先取特権について明文で規定しているのは,民法304条(物上代位)と民法314条2文(賃借権の売買代金債権および転借料債権に対する先取特権)のみとなっている。なお,民法314条2文の債権先取特権とは,賃貸人Aが賃借人Bに賃料債権等の債権を有しているときに,Bが賃借権をCに譲渡した場合,または,Bが賃借権をC転貸した場合に,Aが,その売買代金債権の上に,または,転借料債権等の債権の上に先取特権を取得するというものであり,物上代位と同一の趣旨の規定であるとされている。

債権の先取特権との関係では,さらに,民法316条が重要である。民法316条に規定された敷金について,立法者は,公吏保証金の先取特権と同様,賃貸人は,「不動産の賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務」[民法312条]につき,「敷金返還債務」とを相殺することによって,賃料債権等について確実な回収を期待できるため,賃貸人は,敷金返還債務の上に最優先の先取特権を有していると考えていた[梅・要義巻二(1896)318-319頁]。賃貸人は,そのような最優先の先取特権を有しているのであるから,「賃貸人は,敷金を受け取っている場合には,その敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ先取特権を有する」[民法316条]と規定されたのである。

動産先取特権については,以上のように,通常の教科書では触れられていない,さまざまな興味深い話題が潜んでいる。以下では,そのような,敷金と先取特権とに関する興味深い話題についても,詳しい検討を行うことにする。

*表42 動産先取特権の種類と優先順位
先取特権の種類 優先
順位
条文 債権の種類 責任財産の種類
動産
先取特権
1 不動産賃貸の
先取特権
1 民法312〜316条 不動産の賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務
 ・賃借人の財産のすべてを清算する場合には,前期,当期及び次期の賃料その他の債務並びに前期及び当期に生じた損害の賠償債務
 ・敷金を受け取っている場合には,その敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ
賃借人の動産,果実
2 旅館宿泊の
先取特権
民法317条 宿泊客が負担すべき宿泊料及び飲食料 旅館にある宿泊客の手荷物
3 運輸の
先取特権
民法318条 旅客又は荷物の運送賃及び付随の費用 運送人の占有する荷物
4 動産保存の
先取特権
2 民法320条
〔旧320条【公吏保証金の先取特権】(実は,債権上の先取特権)を削除,旧321条1項,2項の項番号を削除して繰上げ〕
動産の保存のために要した費用又は動産に関する権利の保存,承認若しくは実行のために要した費用 保存された動産
5 動産売買の
先取特権
3 民法321条
〔旧322条を繰り上げ〕
動産の代価及びその利息 売買された動産
6 種苗・肥料供給の
先取特権
民法322条
〔旧323条を繰り上げ〕
種苗又は肥料の代価及びその利息 種苗又は肥料を用いた後1年以内にこれを用いた土地から生じた果実
(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉の使用によって生じた物を含む)
7 農業労務の
先取特権
民法323条
〔旧324条の一部〕
農業労務従事者の最後の1年間の賃金 労務によって生じた果実
8 工業労務の
先取特権
民法324条
〔旧324条の一部〕
工業労務従事者の最後の3ヶ月間の賃金 労務によって生じた製作物
A. 不動産賃貸の先取特権[民法311条1号,312条]
(a) いわゆる黙示の質権の意味(法定動産抵当)とその順位

賃貸借関係から生じる債権(賃料債権,損害賠償債権等)について,賃借人が賃貸不動産に持ち込んだ動産の上に先取特権が認められている[民法311条1号,312条]。

この先取特権は,従来は,当事者の意思の推測に基づいて法が認めたものであり,黙示の質権(gage tacite)であるとされてきた[林・注釈民法(8)(1965)119頁]。しかし,賃貸人の不動産に賃借人が持ち込んだ動産に賃借人が質権を設定するという意思は存在しない上に,賃借人は,その動産の直接占有を放棄せずに使用を続けているのであるから,占有改定による設定を認めない質権とは異なり,むしろ,賃借人の動産の価値の維持に資する環境を提供している賃貸人を保護するために,法定の動産抵当というべき優先弁済権を賃貸人に与えたものと考えるべきであろう([深川・相殺の担保的機能(2008)145-146頁],深川裕佳「第1順位の先取特権について−黙示の質権"gage tacite"の法的性質」東洋法学52巻1号(2008)72-91頁参照)。

不動産賃貸の先取特権の優先順位は,その他のいわゆる「黙示の質権」(旅館宿泊および運輸の先取特権)と同様,第1順位の先取特権とされている[民法330条1項1号]。しかし,この第1順位は,脆弱である。なぜなら,この「第1順位の先取特権者は,その債権取得の時において第2順位又は第3順位の先取特権者があることを知っていたときは,これらの者に対して優先権を行使することができない」[民法330条2項1文]。この点については,先に説明した通りである。それだけでなく,この第1順位の先取特権は,「第1順位の先取特権者のために物を保存した者に対しても」劣後する[民法330条2項2文]。例えば,借家人の備え付けた家具に対して賃貸人の第1順位の先取特権が成立した後にその家具を保存〔修理等〕した者(第2順位の先取特権者)があるときは,賃貸人は,その保存者に対して優先権を行うことができない。しかも,その保存は,賃貸人の利益に帰すれば十分であり,賃貸人の委託を受けてしたものであることを必要としない。また,賃貸人の善意・悪意も問題とならないとされている[我妻・担保物権(1968)90頁]。

(b) 不動産賃貸の先取特権の目的物の範囲

不動産賃貸の取特権が及ぶ目的物の範囲は,第1に,土地の賃貸借の場合には,@その土地に備え付けられた動産(たとえば,土地に備え付けられている排水用または灌漑用のポンプなど),Aその利用のための建物に備え付けられた動産(賃借地の納屋に備え付けられている農具,家畜,家具など)またはB賃借人が占有する土地の果実(天然果実)に及ぶ[民法313条1項]。

第2に,建物の賃貸借の場合には,賃借人がその建物に備え付けた動産に及ぶ[民法313条2項]。建物に備え付けた動産の意味に関しては,判例は,これを広く解し,継続的に置いておくためにその建物に持ち込まれたものには,宝石,金銭,有価証券,商品なども含まれるとしている〈大判大3・7・4民録20輯587頁〉。これに対して多数説は,建物の使用に関連して常備されるものに限ると解し,家具,調度,機械,器具,営業用什器などは含むが,賃借人の個人的所持品,建物の使用と関係のない金銭,有価証券などは含まないとしている。

第3に,賃借権の譲渡または転貸の場合には,不動産賃貸の先取特権は,譲受人または転借人の動産にも及ぶ[民法314条]。そして,賃借権の譲渡の場合は,被担保債権の譲渡に伴って先取特権も随伴するために先取特権の範囲に変化はなく,また,転貸の場合にも,被担保債権が民法613条の直接請求権の範囲に限定されるため,転借人が不測の損害を被ることはない。

民法314条の先取特権によって転借人が不測の損害を被ることがない理由は,以下の通りである。

  1. 民法312条により,賃貸人Aは,賃借人Bに対する賃料,または,その他の賃貸借関係から生じた債権(α債権)を被担保債権として,賃借人Bの動産に対して先取特権を有する。
  2. 同様にして,転貸人Bは,転借人Cに対する賃料,または,その他の賃貸借関係から生じた債権(β債権)を被担保債権として,転借人Cの動産に対して先取特権を有する。
  3. 賃貸人Aが転借人Cに対して直接訴権を行使する場合には,先に直接訴権の箇所で詳しく論じたように,賃貸人Aの転借人Cに対する直接請求権は,α債権の範囲内でのみ,β債権が賃貸人に移転することによって生じる。その場合,いわゆる担保権の随伴性に従って,転貸人Bの転借人Cに対する先取特権も,賃貸人Aに移転する。
  4. 民法314条の賃貸人Aの転借人Cに対する先取特権は,上記のように,民法312条と民法613条との結合として説明できるものであり,被担保債権が613条によって制限されている(α債権とβ債権のうちの額の少ない方に制限され,かつ,β債権が正規に弁済されている場合には,直接請求権も発生しない)ために,転借人Cが不測の損害を被ることはない。

以上のように,民法の場合には,不動産賃貸の先取特権の目的物は「動産」に限られ,地上の建物には及ばない。ただし,この原則にも例外がないわけではない。なぜなら,借地借家法の場合には,最後の2年分の地代について,借地権者がその土地において所有する建物の上にも先取特権が及ぶとして,先取特権の拡張を行っている[借地借家法12条]からである。

(c) 被担保債権の範囲(敷金がある場合の制限を中心に)

被担保債権は,賃料または賃貸借関係から生じるその他の債権(損害賠償債権,解除に伴う返還請求権等)である。賃料の場合も,原則としては,その額に制限があるわけではない。しかし,以下の場合には,被担保債権の範囲が限定される。

第1に,賃借人の破産,賃借人の遺産相続についての限定承認[民法922条以下],賃借人である法人の解散等により,賃借人の財産すべてを清算するという例外的な場合には,賃貸人の先取特権は,前期,当期及び次期の賃料その他の債務並びに前期及び当期に生じた損害の賠償債務についてのみ存在する[民法315条]として,先取特権の範囲が制限されている。賃借人の破算等によって総清算が行われる場合には,賃貸人の保護だけでなく,賃貸人以外の債権者を害することがないよう,すなわち,総債権者の利益をできる限り平等にするという配慮が必要だからである。

第2に,賃貸人が敷金(不動産,特に家屋の賃借人が,賃料その他の債務を担保するために,契約成立の際,あらかじめ賃貸人に交付する金銭)を受け取っている場合には,賃貸人は,「敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ先取特権を有する」[民法316条]として,被担保債権の範囲が,敷金で弁済を受けない範囲に限定されている。その理由はなぜか。[橋・担保物権(2007)40頁]のように,「賃貸借終了時において,賃貸人は賃借人に対し,敷金相当分を控除した残額についてのみ債権を有するに過ぎないから」とし,債権の付従性によってこの理由を説明する学説も存在する。そうだとすると,先取特権の制限は,「敷金の性質上当然のことである」ということになりそうである。しかし,本書では,敷金返還請求権について,賃料が当然に充当されるのではなく,賃貸人または賃借人の相殺の意思表示を必要とすると考えるので,この説は採用できない。不動産賃貸人の動産先取特権が敷金で弁済を受けない債権の部分に限定されているのは,付従性の問題ではなく,以下のような深い意味が隠されていると考える。

  1. 賃貸人は,賃料または賃貸借関係から生じる債権について,他の債権者に先立って,敷金から弁済を受ける権利を有している。
  2. 賃貸人は,敷金に対して,以上のような最優先の先取特権を有しているのであるから,その優先権から先に行使すべきである。
  3. 後に述べるように,抵当権の場合にも,抵当権者は,抵当不動産から最優先で弁済を受けることができることを理由に,抵当権者は,「抵当不動産の代価から弁済を受けない債権の部分についてのみ,他の財産から弁済を受けることができる」[民法394条1項]とされている。敷金を受け取った賃貸人が,「敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ先取特権を有する」のと,その趣旨は同じである。
  4. このことを一般化すると,特定財産に対して優先弁済権を有する債権者(優越的な地位にある債権者)は,まず,その優先弁済権を行使することによって,その特定財産から満足を得るべきであって,あえて,それを行使せずに,債務者の一般財産から回収を図ろうとすることは,他の債権者を害する行為として許されないということになる。このことは,「高い身分には義務が伴う(Noblesse oblige)」という格言に基づくものであり,本書では,これを担保法の一般原則へと高め,さまざまな場面でその適用を試みている。
B.旅館宿泊の先取特権[民法311条2号,317条]

旅館(対価を得て客を宿泊させることを業とする者)が宿泊客に対して有する債権(宿泊料債権,飲食料債権)について,宿泊客の手荷物がその旅館にある場合について,その手荷物の上に先取特権が認められている[民法311条2号,317条]。

この先取特権は,従来は,当事者の意思の推測に基づいて法が認めたもの(黙示の質権(gage tacite))とされてきた。しかし,旅館に携帯した動産に客が質権を設定するという意思は存在しない上に,客が手荷物を特別に預けた場合(この場合には留置権が発生する)を除き,客は手荷物の直接占有を放棄せずに使用を続けているのであるから,占有改定による設定を認めない質権とは異なる。この先取特権は,むしろ,宿泊客の動産の価値の維持に資する環境を提供している旅館を保護するために,法定の動産抵当というべき優先弁済権を旅館に与えたものと考えるべきである。

C. 運輸の先取特権[民法311条3号,318条]

運送人(運送を業としている者に限らない)が旅客または荷送人・荷受人に対して有する債権(旅客の運送賃,荷物の運送賃,および付随の費用(荷物の荷造り費,関税の立替金等))について,運送人が占有する荷物の上に先取特権が認められている[民法311条3号,318条]。

この先取特権は,従来は,当事者の意思の推測に基づいて法が認めたもの(黙示の質権(gage tacite))とされてきた[林・注釈民法(8)(1965)132頁]。しかし,運送人が占有する荷物に顧客が質権を設定するという意思は黙示にも存在しない。この先取特権は,顧客の動産の価値の維持に資する環境を提供している運送人を保護するために,運送人に優先権を与えたものと考えるべきである。

D. いわゆる黙示の質権に対する即時取得の規定の準用[民法319条]

以上の3つの動産先取特権,すなわち,不動産賃貸の先取特権,旅館宿泊の先取特権,運輸の先取特権は,従来は,主として当事者の意思の推測に基づいて先取特権が認められてきたとして,黙示の質権(gage tacite)といわれてきた。

しかし,先にも述べたように,債務者に質権を設定する意思もそのつもりもないことが指摘されており,また,質権というには,債務者が占有を継続しているものが多いために,黙示の質権というよりは,黙示の担保権(黙示の動産抵当権)と呼ぶべきであり,結局のところ,目的物の価値を維持するための環境を与えた債権者(不動産賃貸人,旅館,運送人)を保護するために,法が与えた優先弁済権であるとするのが適切であろう。

これらの3つの動産先取特権は,後に述べるように,原則として第1順位の先取特権としての地位が与えられているが,その順位は不動のものではなく,前の保存者を知っているかどうかで,順位が下がる場合があることは,先に述べたとおりである(本書の立場では,黙示の質権は,環境設定の先取特権として,もともとは,第3順位にあるが,先順位の先取特権を知らない場合には,第1順位に至るまで順位を善意取得できると考えることになる)。また,民法192条〜194条までの即時取得の規定が準用されており[民法319条],ここでも,債権者が善意かどうかが決定的な要件となっている。

例えば,不動産に持ち込まれた動産について,旅館に持ち込まれた手荷物について,または,運送を引き受けた荷物について,それらの動産が,実は,債務者の所有の物ではないのに,賃貸人,旅館または運送人がそうであると誤信し,かつ誤信することについて無過失であった場合には,賃貸人,旅館,運送人は,それぞれの目的物について先取特権を取得する。

この理由については,歴史的な経緯からして,これらの3つの先取特権が,当事者の意思の推測に基づいて認められたものであるとの理解があり,そのことから,債権者が悪意の場合にはその順位下げられるが,反対に,善意無過失の場合には即時取得がありうるとして債権者のいっそうの保護がなされるという制度が構築されてきたのである。

E. 動産保存の先取特権[民法311条4号,320条]

動産保存の先取特権の典型例は,動産を修理した者(請負人)の報酬債権(動産の保存費用)に優先弁済権を与える場合である。民法が動産保存の先取特権を認めた理由は,目的物について保存費を費やした者を他の債権者よりも保護しようとするからであり,公平の理念に基づくものとされている。法と経済学等の現代的視点からは,目的物が競売されたとき,保存された目的物は,保存される前よりも価値が上昇しており,配当を受けるに当たって,保存をしていない他の債権者が保存の費用を出した者と平等な配当を受けるのは,いわゆる「ただ乗り(free rider)」であり,保存の費用を出した者にその限度で優先権を与えようとするものであると説明することもできる。

現代語化前の旧条文[民法旧321条]では,1項の物理的な保存費用,2項の法律的な保存の費用とが分離して規定されていたが,現代語化によって,両者が1つにまとめられ,かえって,意味がわかりにくくなっている。

第1の物理的な保存費用(保存費)としての「動産の保存のために要した費用」とは,債務者の所有する目的物を債権者自らが修理する場合および債権者が他人に依頼して修理をしてもらう場合とが含まれる。

第2の法律的な保存としては,権利の保存,権利の承認,権利の実行のために要した費用が含まれる。それぞれの行為の意味は以下の通りである。

F. 動産売買の先取特権[民法311条5号,321条]

動産の売買代金について,売主を保護する規定である。動産が売主から買主へと引渡されていない場合には,売主は,同時履行の抗弁権[民法533条],留置権[民法295条]によって保護されるので,動産の先取特権が実益を発揮するのは,目的物がすでに買主に引渡された場合である。民法が「動産売買の先取特権」を認めた理由は,代金は未払いだが,動産の引渡しによって所有権が買主に移転した場合でも,売買目的物の上に先取特権が成立するとして,売主を保護するものであり,公平の理念に基づくものといわれている。

動産先取特権については,従来は,執行官への動産の提出や債務者の差押承諾書の提出が要求されたために,その実行が困難であった。しかし,2003(平成15)年の担保法・執行法改正により,動産競売開始決定の制度[民事執行法190条]が創設されたことにより,動産売買の先取特権を含めて動産先取特権の実行が容易となっている(詳しくは,荒木新五「動産先取特権の現状と課題」[伊藤古稀記念・担保制度の現代的展開(2006)117頁以下]参照)。

G. 種苗または肥料の供給の先取特権[民法311条6号,322条]

種苗または肥料の供給者に先取特権が与えられた理由は,上記の動産売買の先取特権と同様,当事者間の公平を図るという理由のほか,農業金融を促進しようとするねらいがあったとされている。

後者のねらいは,その後,1933(昭和8)年の農業動産信用法の制定によって実現されることになる。農業金融を行う者に対して広範な先取特権(農業経営資金貸付の先取特権)が,農業用動産,農業生産物の保存,農業用動産の購入,種苗又は肥料の購入,蚕種又は桑葉の購入,薪炭原木の購入等に関して認められたからである。

H. 農業労務の先取特権[民法311条7号,323条],工業労務の先取特権[民法311条8号,324条]

このような先取特権が認められたのは,賃金労働者を保護しようとするものであり,雇用関係の一般先取特権[民法308条]を強化しようとするものである。

2つの条文は,もともとは,1つの条文(旧・324条)の1項と2項に規定されていたものであった。2つの条文の立法の趣旨は同じであり,わざわざ条文を2つに分離する必要はなかった。民法旧320条(公吏保証金の先取特権)を削除したため,条文の間隙が生じるのを嫌う法務官僚の美学に従って,つじつま合せのために条文が2つ分割されたに過ぎない[民法の現代語化に便乗した不毛な条番号の変更,重要な条文の削除に対する批判については,[加賀山・民法学習法(2007)131頁以下(140-141頁)]参照)。


4 不動産先取特権


民法は,325条〜328条において,以下のように,3種類の「不動産の先取特権」を規定している。これらの先取特権は,その他の先取特権が公示を必要としないのに対して,その効力を保存するためには登記を必要としている点に特色を有する。

*表43 不動産先取特権の種類と優先順位
先取特権の種類 優先
順位
条文 債権の種類 責任財産の種類
不動産
先取特権
1 不動産保存の
先取特権
1 民法326条
〔旧326条1項,2項の項番号を削除〕
不動産の保存のために要した費用又は不動産に関する権利の保存,承認若しくは実行のために要した費用 保存された不動産
2 不動産工事の
先取特権
2 民法327条 工事の設計,施工又は監理をする者が債務者の不動産に関してした工事の費用
(工事によって生じた不動産の価格の増加が現存する場合に限り,その増価額についてのみ存する)
工事された不動産
3 不動産売買の
先取特権
3 民法328条 不動産の代価及びその利息 売買された不動産
A. 不動産保存の先取特権[民法325条1号,326条]

民法325条1号,326条が「不動産保存の先取特権」を認めたのは,公平の理念に基づくものであり,現代的な視点から見れば,他の債権者による「ただ乗り(free rider)」を認めない趣旨と考えることができる。

これは,動産保存の先取特権を認めたのと同じ理由に基づく。現行民法の土台となった旧民法には,動産については,動産「保存」の先取特権の規定が存在したが,不動産に関しては,不動産「工事」の先取特権の規定があるものの,不動産「保存」の先取特権は規定されていなかった。もっとも,不動産「工事」の先取特権は,その被担保債権が,「工事によって生じた不動産の価格の増加が現存する場合」に限定されている(旧民法債権担保編175条1項,現行民法327条2項)ことから,旧民法の場合には,不動産工事の中に,保存の工事が含まれていたと思われる。しかし,現行民法の立法者は,以下のように述べて,動産保存の先取特権の規定に倣って,不動産保存の先取特権を創設した[民法理由書(1987)330頁]。

(理由)既成法典は,不動産保存者の先取特権を認めずと雖も,既に動産保存者の先取特権を認むる以上は,不動産の保存に本づく債権にも先取特権を付するを以て至当と信じたれば,本案は,不動産の保存を以て先取特権の一原因とし,新に之を加ヘたり。

現代語化以前の規定は,「不動産保存」の先取特権について,「動産保存」の先取特権の規定を準用するという構成をとっていたため,両者の結びつきが明確であった。現代語化に際して,このような準用規定をなくし,それぞれの条文を独立したものとして書き直したことは,一見,個々の条文の意味をわかりやすくするための配慮のように見えるが,実は,条文間の関連を断ち切るものであり,現代語化としては,行き過ぎであったと思われる。

動産保存の先取特権と不動産保存の先取特権との違いは,動産保存の先取特権が対抗要件を必要としないのとは異なり,不動産保存の先取特権の場合には,その効力を第三者に対抗するためには,保存行為が完了した後,遅滞なく登記をしなければならないとされている点にある[民法337条]。民法がこのような厳格な要件を定めたのは,この先取特権には,それ以前に登記された抵当権に優先するという強い効力が認められているからである[民法339条]。

この理由について,詳しく検討してみよう。そもそも先取特権は,法定の物的担保であり,かつ,債権者が目的物を占有する必要のない(債務者の使用・収益を認める)物的担保である。したがって,動産先取特権の場合も目的物の引渡しを受けることを要しないし,また,一般先取特権の場合にも,対抗要件を必要としない([民法336条本文]参照)。しかし,不動産に関しては,登記が重要な意味を持つので,その点を考慮して,一般先取特権については,さすがに,登記をした第三者には対抗できないとしている[民法336条ただし書き]。

しかし,ここで問題としている不動産保存の先取特権に関しては,先に述べたように,それ以前に登記された抵当権にも優先する効力を有するという非常に強力な効力を生じるのであるから[民法337条],民法は,不動産保存の先取特権にも,例外的に,第三者対抗要件としての登記を要求したのである[民法337条]。この登記は,民法325条1号,326条ですでに効力が認められている不動産保存の先取特権に対して,第三者対抗要件として登記を要求したものである。不動産保存の先取特権における登記の意味を効力発生要件であると解している多数説および判例〈大判大6・2・9民録23輯244頁〉の見解とは異なるが,効力要件として登記を要求したものではないと解すべきである([我妻・担保物権(1968)98頁]も,登記を効力要件ではなく,第三者対抗要件としている)。立法者も,この点について,以下のように述べている[民法理由書(1987)337頁]。

(理由)本条は,不動産保存の先取特権を保存する手続を定むるものにして,本案が,既に325条の規定に依りて此の特権を認めたる自然の結果に出づるものなり。而してその保存の方法は,他の不動産の先取特権の如く,登記せしむるを以て適当と認めるに因り,保存行為完了の後直ちに登記を為すべきものと定めたり。

不動産保存の先取特権は,保存行為が完了した後に,遅滞なく登記を行うと,民法339条により,登記の先後を問わず,抵当権に優先する効力を有する。このことは,不動産物権変動に関する民法177条の原則を大きく修正するものであり,先取特権を「物権」と考える場合には,理解に苦しむことになる。例えば,通説を代表する我妻説は,「排他性を本質とする物権の一般理論によれば,先取特権の順位はその成立の時の順序によるべきである」とし,民法がこの理論に従わない理由を説明しかねている[我妻・担保物権(1968)88頁]。

しかし,動産先取特権の箇所でも詳しく論じたように,目的物の保存に寄与した債権者に対して先取特権が与えられる場合には,民法330条1項2文の「保存の先取特権について数人の保存者があるときは,後の保存者が前の保存者に優先する」という,物権法の法理では説明することができない,「保存に関する優先順位決定のルール」が思い起こされなければならない。

なお,民法330条1項2文の「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールは,動産先取特権のみに適用されるルールではない。通説も,「保存または工事の先取特権が数個あるときは,その順位は後のものが優先すると解すべきであろう」[我妻・担保物権(1968)91頁]として,上記のルールが不動産先取特権にも適用されることを認めている(旧民法には,このことを認める明文の規定があった[旧民法債権担保編187条1項第1本文])。しかも,考えてみれば,不動産先取特権について,第1順位が不動産先取特権であり,第2順位が不動産工事の先取特権であることは,民法331条1項によって明らかであるが,その順序自体が,第1に工事の完成,第2にその保存という,本来的な成立の順序とは反対になっており,ここでも,広い意味での「後の保存者〔不動産保存者〕が前の保存者〔不動産工事者〕に優先する」というルールが実現されているのである。

この「保存に関する優先順位決定のルール」が適用されることにより,その結果として,抵当権者の登記に遅れたとしても,最後に保存した不動産保存の先取特権は,この原則通りに,最優先の先取特権が与えられるのである[民法339条]。

民法339条によって認められている抵当権の登記に遅れて登記した先取特権が,先に登記した抵当権に優先するという法理は,非常に大きな意味を持っている。後に詳しく検討するように,抵当権の登記に遅れて発生した相殺権が先に登記した抵当権に基づく物上代位に優先するという法理,すなわち,先に登記した抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位に対して,賃借人が賃料債務と敷金返還請求権とを相殺した場合に,相殺の担保的効力が抵当権に優先する(〈最三判平13・3・13民集55巻2号363頁〉はこれを否定したが,〈最一判平14・3・28民集56巻3号689頁〉は,結果的にこれを肯定している),並びに,抵当権の登記に遅れて登記された賃借権および抵当権の登記に遅れて対抗力を獲得した借地・借家権が,先に登記された抵当権に対抗できるという法理(後に詳しく論じる)を導く上でも,重要な役割を果たすことになる。

B. 不動産工事の先取特権[民法325条2号,327条]

民法325条2号,327条が「不動産工事の先取特権」を認めたのは,当事者の意思の推測および公平の理念に基づくものであるとされている。不動産保存の先取特権との違いは,不動産の「工事」が不動産を「創設」するものであるのに対して,不動産の「保存」は,不動産の存在を前提にして,その「維持・改良」を行う点にある。したがって,新築・増築工事は,不動産の「工事」であり,建物の修理は不動産の「保存」である。

もっとも,「工事」と「保存」との境界はあいまいであり,多くの問題が生じている。特に,不動産保存の先取特権は,保存の後に登記をすれば第三者に対抗できるが[民法337条],不動産工事の先取特権は,工事の前に工事の費用の予算額を登記しなければならない([民法338条],[不動産登記法83条,85条〜87条])。そこで,事前の登記を怠った請負人は,遅れて登記をした後に,それまでの工事と登記後の工事とを2分し,前半を不動産の工事,後半を不動産の保存として,後半部分について,先取特権の効力を第三者に主張しようとする傾向にある。

しかし,判例は,このような主張を認めない。建築工事完成後に登記しても,これについて先取特権の効力を保存することはできない〈大判明43・10・18民録16輯699頁〉。また,登記前の工事と登記後の工事は単一の工事であるから,その工事全体のはじめに先取特権の登記をしなければ,登記後の工事についても効力はない〈大判大6・2・9民録23輯244頁〉。

ところで,建物の新築工事の際の登記はどのようにして実現可能なのであろうか。新築工事の場合には,先取特権の登記の時点では建物の所有権の保存登記が存在しないため,どのような登記をすべきなのかが問題となる。その手続きは,不動産登記法83条,85条〜87条,不動産登記規則161-162条,不動産登記令の別表43号に規定されている。新築工事の先取特権保存の登記申請がなされると,不動産登記法86条に基づき,登記官は,登記記録の甲区に登記義務者の氏名又は名称及び住所並びに不動産工事の先取特権の保存の登記をすることにより登記をする旨を記録する[不動産登記規則161条]。そして,建物が完成した場合には,建物の所有者(登記義務者)は,遅滞なくその建物の所有権の保存の登記をしなければならない[不動産登記法86条]。したがって,不動産工事の先取特権の保存登記をした者は,建物完成とともに,建物所有者に対してその所有権保存登記手続きを請求することができることになる〈大判昭12・12・14民集16巻1843頁〉。

不動産工事の先取特権は,不動産保存の先取特権に比べて,その保存の登記を事前にしなければ第三者に対抗できないという点が短所となっている。不動産の工事をする者が,あらかじめ登記をしないで工事に着手すると,この先取特権を第三者に対抗できない。新築の工事の場合には,そもそも建物の登記がないのであるから,手続がめんどうであり,実行が困難な上に,工事に着手してから債務者の資力が乏しいことがわかったという場合には,不動産工事の債権者の救済が困難となる。そこで,立法論としては,不動産保存の先取特権の場合と同様,工事着手後に登記しても,その後に登記された抵当権に優先する効力を認めるのが妥当であるとの見解が主張されている([我妻,有泉・コンメンタール(2008)533頁],立法論に関しては,執行秀幸「不動産工事の先取特権−アメリカ合衆国における統一建設リーエン法の検討」[伊藤古稀記念・担保制度の現代的展開(2006)138頁以下]およびそこで参照されている文献が有用である)。

立法者も,旧民法における不動産工事の先取特権の保存の手続が煩瑣に過ぎることは気づいており,現行法は,以下のように,それを改善するために修正されたという経緯がある。

(理由)既成法典は担保編第175条に於て3種の調書を作るべきこと,及び,同第183条に於て,此等の調書に依る登記の時に関し,精密なる規定を掲くと雖も,如斯手続は,従来の慣習上到底行はれ難く,之れが爲めに先取特権の便uを減殺する虞あるを以て,本案は務めて之を簡略にし,工事著手前に一度予算額を登記せば,之に依りて先取特権を保存することを得とし,且,此登記に依りて増価額評定の標凖を定めたり。

このような立法趣旨を活かすためには,上記の立法論ではまだ不足であり,不動産を創設した債権者にも,不動産保存の先取特権と同様,工事の後,遅滞なく登記をすれば,第三者に対しても,対抗できるとすべきであろう。

また,[山野目・物権(2009)219頁]は,保存後遅滞なく登記がなされなかった不動産保存の先取特権や,公示前に登記がなされなかった不動産工事の先取特権であっても,それらには,339条の定める特典が否定されるにとどまり,それらの先取特権が登記されたのちは,それに遅れて登記された抵当権には優先するとの考え方(民法373条・341条参照)も成り立たちうるとしている。時間の先後を重視する考え方ではあるが,民法の規定の不備を補充する解釈として注目に値する(詳しくは,執行秀幸「不動産工事の先取特権−アメリカ合衆国における統一建設リーエン法の検討」[伊藤古稀記念・担保制度の現代的展開(2006)138頁]参照)。

C. 不動産売買の先取特権[民法325条3号,328条]

民法が不動産売買の先取特権を認めたのは,動産売買の先取特権の場合と同じく,公平の理念によるものである。この先取特権をもって第三者に対抗するためには,売買契約と同時に不動産の代価またはその利息について,その弁済がなされていない旨を登記しなければならない[民法340条]。

この登記の効力には,民法339条が適用されない。このため,不動産保存の先取特権および不動産工事の先取特権の場合とは異なり,常に抵当権に優先するとは限らない。すなわち,不動産売買の先取特権と抵当権との優劣は,登記の先後によって決まることになるからである。

もっとも,不動産売買の先取特権抵当権との優劣については,明文の規定がない。しかし,不動産先取特権のうち,不動産保存の先取特権と不動産工事の2つの先取特権については,適法に登記した先取特権は,抵当権に優先することが定められている[民法339条]。この反対解釈として,不動産売買の先取特権は,必ずしも抵当権に優先するとは限らないということになる。「不動産売買の先取特権は,必ずしも抵当権に優先するとは限らない」という意味は,決して,抵当権に劣後するということではない。民法340条は,「不動産売買の先取特権の効力を対抗するためには,登記をしなければならない」と規定しており,その意味するところは,不動産売買の先取特権は,登記をすれば抵当権と同等の効力を有するということだからである。

それでは,登記をした不動産売買の先取特権と登記をした抵当権の優先順位は,どのようにして決せられるのであろうか。不動産売買の先取特権の優先順位に関する民法331条によれば,売買の前後によることになり,抵当権の順位に関する民法373条によれば,登記の前後によることになる。それでは,いずれの規定を適用すべきであろうか。結論から言えば,どちらの規定によっても登記の先後によることになる。なぜなら,民法340条によれば,不動産売買の先取特権が対抗力を有するためには,売買契約と同時に登記をしなければならないのであるから,民法331条の順位決定のルールは,結局,売買契約と同時になされる登記の先後によることになり,抵当権の順位決定のルールである民法373条と同じとなる。

このことから,抵当権と不動産先取特権との関係は,次のようにまとめることができる。

それでは,抵当権が,不動産保存の先取特権および不動産工事の先取特権には劣後し,不動産売買の先取特権と同順位とされる理由は何か。それは,不動産の売買により,目的物は,代金未済の不動産買主(債務者)の責任財産に取り込まれているが,それは,売買代金の支払いを猶予してくれている売主(直近で貢献した債権者)のおかげである。しかし,その目的物が存在するのは,目的物を建築した不動産工事の先取特権者のおかげであり,さらに,その目的物が現在の価値を有するのは,その価値を維持・増加させた不動産保存の先取特権者のおかげである。保存に関しては,「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールがあり[民法330条1項2文],そのルールが適用されることになる。

その結果,最後の保存者である不動産保存の先取特権が,登記の先後にかかわらず,第1順位となり,最初に目的物を創設・保存した不動産工事の先取特権が,工事に先立って登記をしていると第2順位となり,目的物の価値の保存に関与しない不動産売買の先取特権は売買と同時に登記をした場合に限り第3順位となり,占有を伴わず,不動産の管理に関与しない抵当権も,不動産売買の先取特権と同じく第3順位となる。そして,第3順位の内部での優先順位は,民法331条2項に従い,売買の前後ということになるが,不動産売買の先取特権は,売買契約と同時に登記をしなければならず[民法340条],結局は,民法373条と同じく,対抗要件としての登記の順序によることになる。

先取特権の順位決定のルールの特色は,民法330条に代表されるように,対抗要件を先に備えた方が優先権を獲得するというような単純な方式を採用しているわけではない。優先すべき債権の性質,すなわち,その債権が債務者の責任財産にどのような価値をもたらしているか,さらに,当事者の態様(善意・悪意等)を考慮しつつ,優先順位を確定するという,柔軟なルールを採用している。

そのような考慮の結果,抵当権が,不動産売買の先取特権と同順位の第3順位に位置づけられていることが重要である。売買の売主も,抵当権者も,目的物の保存者とは異なり,目的物の価値の創設・保存・維持に関与せず,目的物の取得に間接的に寄与しているに過ぎない点が考慮されているからである。したがって,以下で問題とするように,動産の先取特権と,動産抵当権ともいわれる譲渡担保とが競合する場合にも,このような優先順位を決定するための基本的な考え方に基づく考慮が必要となる。


5 先取特権と他の優先弁済権との関係


A. 設例

先取特権と典型担保との優先順位について検討したので,次に,先取特権と非典型担保(譲渡担保)との優先順位について考察する。以下の事実関係において,Xの動産売買の先取特権とYの集合物譲渡担保とは,どちらが優先権を有するか。Xの競売申立てに対して,Yはどのような手段を講じることができるか。根拠条文とその解釈について検討することにしよう。

(1) Y会社は,昭和50年2月1日,訴外A会社との間で,大要次のような根譲渡担保権設定契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
 (a) 訴外A会社は,Y会社に対して負担する現在及び将来の商品代金,手形金,損害金,前受金その他一切の債務を極度額20億円の限度で担保するため,訴外A会社の第1ないし第4倉庫内及び同敷地・ヤード内を保管場所とし,現にこの保管場所内に存在する普通棒鋼,異形棒鋼等一切の在庫商品の所有権を内外ともにY会社に移転し,占有改定の方法によってY会社にその引渡を完了したものとする。
 (b) 訴外A会社は,将来右物件と同種又は類似の物件を製造又は取得したときには,原則としてそのすべてを前記保管場所に搬入するものとし,右物件も当然に譲渡担保の目的となることを予め承諾する。
(2) X会社は訴外A会社に対し,普通棒綱,異形棒鋼,普通鋼々材等を継続して売り渡し,昭和54年11月30日現在で30億1,787万0,311円の売掛代金債権を取得するに至った。
(3) 訴外A会社は,X会社から第一審判決別紙物件目録記載の異形棒鋼(以下「本件物件」という。)を買い受け,これを前記保管場所に搬入した。
(4) 本件物件の価額は585万4,590円である。
(5) X会社は,本件物件につき動産売買の先取特権を有していると主張して,昭和54年12月,福岡地方裁判所所属の執行官に対し,右先取特権に基づき,競売法3条による本件物件の競売の申立(福岡地裁昭和54年(執イ)第3265号)をした。

*図77 先取特権と
譲渡担保権(所有権移転説)との競合
*図78 先取特権と
譲渡担保権(担保権説)との競合
B. 設例の検討(学説・判例の状況)

最高裁〈最三判昭62・11・10民集41巻8号1559頁〉は,民法333条適用説を採用している。譲渡担保によって目的物は譲渡担保権者に引渡されるので,民法333条により,先取特権の効力はその目的物に及ばないというのがその理由である(図45)。

しかし,譲渡担保について,最高裁は所有権的構成から,徐々に,担保的構成へと移行しているのが現状である(〈最一判昭41・4・28民集20巻4号900頁〉(会社更生手続きが開始した場合,譲渡担保権者は,物件の所有権を主張して,その取戻を請求することはできない),〈最三判昭57・9・28判時1062号81頁,判タ485号83頁〉(譲渡担保設定者に,不法占拠者に対する明け渡し請求を認める),〈最二決平11・5・17民集53巻5号863頁〉(譲渡担保権者に抵当権と同じく物上代位の権利を認める),〈最一判平18・7・20民集60巻6号2499頁(民法判例百選T〔第6版〕第98事件)〉(譲渡担保に先順位権者と後順位権者とがともに存在することを認める),〈最二判平18・10・20民集60巻8号3098頁〉(弁済期前の譲渡担保設定者に第三者異議の訴えを認める))。したがって,現在においても,最高裁が,以下のように,民法333条適用説を維持できるかどうかについては,疑問が生じている。

C. 設例に関する本書の立場

譲渡担保権者は,所有権を取得するのではなく,目的物の占有を設定者から奪うことなく使用・収益を許しつつ,債務者が任意に債務を履行しない場合には,目的物を市場で処分し,そこから自己の債権を優先的に回収する担保権(いわゆる私的実行を許す動産抵当)に過ぎないと考えるべきである(譲渡担保の担保的構成)。そして,譲渡担保を担保的に構成する最近の学説・判例の傾向を重視するならば,譲渡担保に関しては,所有権的に構成することによって民法333条を適用するのではなく,担保的構成にしたがって,民法334条の適用を視野に置くべきである(図46)。

もっとも,民法334条は,譲渡担保ではなく,質権について,それを民法330条1項1号の先取特権とみなす規定であって,譲渡担保に関する規定ではない。しかも,譲渡担保は,質権との対比においては,引渡しを受けていない(占有を伴わない)担保権といわざるを得ないのであり,質権を対象としている民法334条の適用の余地はないとも考えられる。

しかし,民法334条によって準用されている民法330条1項の第1順位の先取特権(黙示の質権)の実態を検討してみると,そこに規定されている黙示の質権の権利者(賃貸人,旅館の店主,運送人)は,担保目的物に対して間接占有を有しているに過ぎず,民法345条によって直接占有を要求されている本来の意味での質権者ではないことがわかる。

動産先取特権の第1順位とされるいわゆる「黙示の質権(gage tacite)」に関する最新の論文(深川裕佳「第1順位の先取特権について−黙示の質権"gage tacite"の法的性質」東洋法学52巻1号(2008)72-91頁)によると,いわゆる黙示の質権(不動産賃貸,宿泊,運輸の先取特権)は,もともとは,農業動産に関する黙示の「動産抵当」から発展したものであるという。そうだとすると,動産譲渡担保は,まさに,「黙示の動産抵当」として,黙示の質権と同様,第1順位の先取特権が与えられてしかるべきことになる。

確かに,民法334条は動産質権を対象にした条文ではあるが,その内容を見ると,動産質権者を民法330条1項1号の先取特権者,すなわち,黙示の質権者とみなすというものである。しかし,民法330条1項1号の黙示の質権者は,本来の質権者とは異なり,目的物に対して間接占有しか有しない債権者であり,間接占有しか有しない譲渡担保権者と同じ立場にあることがわかる。

そうすると,民法334条の適用対象は,一見したところでは,動産質権に限られているように見えるが,民法334条を動産譲渡担保権に類推するが可能となる。むしろ,譲渡担保に関して民法334条を類推適用することこそが,黙示の質権の起源が農業動産の動産抵当(譲渡担保)であったという事実に最もよく適合するとさえいえるのである。

動産売主の先取特権と譲渡担保権との競合に関して,民法330条2項を類推適用すべきであるとの本書の立場に関しては,すでに,千葉恵美子「流動集合動産を目的とする譲渡担保の効力」『担保法の判例U』別冊ジュリ(1994)4-5頁,[橋・担保物権(2007)60頁]が主張するところと結論において同じである。本書は,この理由づけとして,深川理論に基づき,民法330条1項1号のいわゆる「黙示の質権」には,歴史的に,「黙示の動産抵当」が含まれており,したがって,動産抵当に類似する譲渡担保を民法330条1項1号の先取特権と同順位となることについての別の理由を付加したことになる。


□ 学習到達度チェック(14) 先取特権の種類と順位 □


[top]