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第15回 先取特権の物上代位と優先順位決定のルール

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第15回 先取特権の物上代位と優先順位決定のルール □

物上代位の制度は,まず,特別先取特権の目的物が滅失・損傷した場合に,それに代わるものとして債務者が損害賠償債権を有する場合には,その損害賠償債権に先取特権を及ぼすことができるという考え方に基づいている。この考え方は,次に,先取特権の目的物に対する追及効が制限されている[民法333条]ことを補完するためも利用される。すなわち,目的物が売却,賃貸によって第三者に引渡され,先取特権の効力が目的物に及ばなくなっても,債務者が目的物の代わりに取得している売買代金債権,賃料債権の上に先取特権が成立するのである[民法304条]。物上代位の制度で重要なことは,以下の2点である。

第1は,これが債権先取特権であるということである。物上代位の目的物は,条文上は,「債務者が受けるべき金銭その他の物」[民法304条1項本文]とされているので,一見したところ,その目的物は,有体物である「金銭その他の物」であるかのように見える。しかし,その前にある「受けるべき」という用語に注意しなければならない。民法が「受けるべき金銭」と規定しているときは,それは,金銭という有体物ではなく,常に金銭債権を意味している([民法314条2文]も同様である)。したがって,民法304条1項本文に規定されている物上代位の目的物としての「債務者が受けるべき金銭その他の物」とは,決して,「金銭その他の物」という有体物ではなく,それは,債務者が受け取るべき金銭=金銭債権(代金・賃料・損害賠償債権),または,それに代わる物(当時はお米が金銭の代用物であった)の引渡債権のことであること,すなわち,いずれの場合も,物上代位の対象は有体物ではなく,無体物としての債権であることを理解しなければならない。

第2は,目的物である債権が弁済等(弁済,相殺等,債権の相対的消滅としての債権譲渡もこれに含まれる)によって消滅する前に「差押え」をしなければならないという点である。物上代位の制度は,優先弁済権を有する担保権者だけに与えられており,その実行は,担保権の実行手続き[民事執行法180条以下]にしたがって行われる。すなわち,物上代位権の実行は,民事執行法193条1項2文で規定されている。その内容は,債権及びその他の財産権についての担保権の実行として,債権者が執行裁判所に担保権の存在を証明する文書(法定文書)を提出し,これに対して執行裁判所が債権差押命令を下すことによって開始することになる[民事執行法193条1項1文,民事執行法143条]。したがって,債権者としては,執行裁判所に先取特権の存在を証明する文書を提出するだけでよい。なぜなら,民法304条に規定されている差押えは,債権者の法定文書の提出に基づいて,執行裁判所が差押命令を下してくれるからである。

最後に,優先順位決定のルールの概略を述べて,先取特権のまとめとする。


6 物上代位


A. 物上代位概説

先取特権の担保目的物が売却・賃貸・滅失・破損等によって金銭債権等(売買代金債権,損害賠償請求権,保険金請求権等)に転化したときは,これらの上にも効力が及ぶことが目的物の交換価値の減少を防ぐ上で必要となる。そこで,民法304条は,担保物権の目的物に代わる物・金銭にも担保物権の効力が及ぶこととした。これを物上代位と呼んでいる。

*図79 物上代位の構造

物上代位は,イタリア民法起源の制度である。わが国の民法は,ボワソナードが起草した旧民法債権担保編133条の物上代位(subrogation réelle)[Boissonade, Projet(1891)p. 267]の制度を字句の修正を施しただけで,そのまま採用したものである[民法理由書(1987)304条]。したがって,民法304条の物上代位を理解するには,旧民法の規定を含めて理解する必要がある。

旧民法債権担保編 第133条
@先取特権の負担ある物が第三者の方にて滅失し又は毀損し,第三者此が為め債務者に賠償を負担したるときは,先取特権ある債権者は他の債権者に先だち此賠償に於ける債務者の権利を行ふことを得。但其先取特権ある債権者は弁済前に合式に払渡差押を為すことを要す
A先取特権の負担ある物を売却し又は賃貸したる場合及び其物に関し権利の行使の為め債務者に金額又は有価物を弁済す可き総ての場合に於ても亦同じ。

現行民法304条は,先に述べたように,「既成法典〔旧民法債権担保編〕第133条の字句を修正したるに過きず」とされている。しかし,両者を比較すると,驚くべきことに,旧民法の方が,現行民法よりも遥かに出来がよく,物上代位が債権差押えとされている現在の実務にも適合していることに気づく。なぜなら,現行民法は,物上代位の目的物を「債務者が受けるべき金銭その他の物」としているが,もしも,目的物が有体物である「金銭その他の物」だとすれば,それは,債務者ではなく,第三債務者に帰属しており,債権者である先取特権者が執行できない財産だからである(先取特権には追及効がないのであるから,第三債務者の財産に追及できるはずがない)。これに対して,旧民法の規定は,物上代位の対象を無体物である「債務者の権利〔債権〕」としており,債権者が差し押さえることのできる財産であることが明らかであり,現在の実務にも適合しているからである。

もっとも,民法の起草者の一人である梅謙次郎は,民法304条の物上代位は,先取特権の目的物に代わるべき債権の上に存在するものであり,この先取特権は,物権でないとして,正しい解釈を行っていた[梅・要義巻二(1896)289頁]。

本条〔民法304条〕は,先取特権が其目的物に代はるべき債権の上にも亦存在すべきことを定めたるものなり。此場合に於いては,先取特権は,物権なりと云うことを得ず

しかも,現行民法の立法者は,債権の上に先取特権を及ぼす場合の表現については,民法314条(不動産譲渡・転貸の場合の先取特権)の場合には,「譲渡人又は転貸人が受けるべき金銭について」とか,民法旧320条(公吏保証金の先取特権)の場合には,「其保証金の上に存在す」とかいうように,原則として,「受けるべき金銭」に限定しており,そのことによって,先取特権の対象が有体物ではなく債権であることを暗示するように起草していた。

しかし,条文の文言を「債務者が受けるべき金銭その他の物」と表現したことは,上記の旧民法(債権担保編133条)と比較するといかにも不適切であった。これでは,物上代位の目的物が債権ではなく,金銭その他の物(有体物)であるかのように見えてしまうからである。そして,このような不適切な表現が,その後の物上代位の学説に混乱をもたらすことになったのである。

B. 民法304条の物上代位の要件(民法304条の不適切な表現)

民法304条を理解するには,まず民法304条の要件を理解することから始めなければならない。民法304条の要件は,3つの部分から成り立っている。すなわち,@担保(先取特権)の目的物が責任財産から逸失(売却,賃貸,滅失・損傷)したこと,A逸失した目的物に代わる物(代用物:代金,賃料,賠償金等)が債務者の責任財産に存在すること,B代用物の払渡し又は引渡しの前に担保権者(先取特権者)が差押えをすることである。

  1. 担保目的物の債務者の責任財産からの逸失による追及効の遮断(先取特権には追及効がない[民法333条])
  2. 追及効の遮断と担保目的物と牽連性のある物(代用物)の存在 ← 実は,担保目的物と牽連性のある債権の存在
  3. 目的物に代わる代用物(代金,賃料,賠償金等)に対する差押え

物上代位権の行使要件としての差押えの時期に関する「払渡し又は引渡しの前」とは,立法者の意図によれば,「金銭の弁済(払渡し),又は,代替物の引渡しの前」という意味であるが,上記のように,第三債務者に帰属する金銭や代替物を債権者が差し押さえることはできないのであるから,この意味は,「金銭債権の弁済を受ける前または代替物による弁済を受ける前」と解すべきである。そして,厳密には,弁済ではなく,代物弁済・相殺・更改・譲渡を含む,債務の消滅・移転のことである。その理由は,先取特権には追及効がないため,差押えの対象となる債権が消滅したり,移転したりする前に差し押さえなければ,差押えは意味を失うからである。

C. 民法304条の立法理由に基づく旧民法債権担保編133条との対比

現行民法304条と旧民法債権取得編133条とを以下のように対比してみると,現行民法304条の不適切な表現のために,通常の解釈では誤りに陥りやすい状況が少しずつ解消されると思われる。

*表44 旧民法と現行民法における物上代位の規定の比較
物上代位 旧民法
[債権担保編133条]
現行民法[304条]
に関する通常の解釈
備考(旧民法と現行民法との違い)
原因の種類 @滅失又は毀損
A売却,賃貸
売却,賃貸,滅失又は損傷 順序が異なる。(滅失又は損傷は絶対的逸失,売却・賃貸は,相対的逸失
目的の種類 債務者の権利
(無体物)
債務者が受けるべき金銭その他の
(有体物と誤解されやすい)
代物が無体物(権利=債権)か,有体物(金銭その他の)か,という違いがあるように見える。
差押えの時期 第三債務者による弁済の前 金銭の払渡しの前又は物の引渡しの前 上記の違いに基づき,債権の弁済か,または,金銭の払渡しか,もしくはその他の物の引渡しか,という違いがある。
D. 旧民法債権担保編133条の趣旨を活かした民法304条の新しい解釈

このように対比してみると,民法304条における「払渡し又は引渡し」の意味が,実は,第三債務者による金銭の払渡し又はその他の物(例えば,賃料としての代替物である米・麦)の引渡しではなく,債務者による目的財産の逸失と牽連性を有する「債権」の弁済(消滅)であることが明らかとなる[我妻・担保物権(1968)284頁,293頁]。そして,先取特権者は,担保目的物の責任財産からの逸失に関して生じた債権に対しても,債権差押えによって優先弁済権を行使することができること,そして,その債権差押えは,第三債務者による「債権」の消滅(正確には絶対的消滅(弁済等)または相対的消滅(移転),すなわち,「弁済,代物弁済,相殺,更改,免除,混同,譲渡」の前にしなければならないことが確定できる。

E. 通説による物上代位の制度趣旨(とその批判)

上記の理解を前提にして,通説(ここでは,通説を代表する[近江・講義V(2005)56-67頁]を引用する)の見解を眺めてみると,その問題点がわかるようになる。

(a) 債務者が受けるべき「金銭その他の物」の意味

通説の解釈は,物上代位の対象に「代償物」という用語を用いており,民法304条の債務者が受けるべき「金銭その他の物」という文言に忠実のように見える。「代償物」という考え方は,物という用語の語感から「金銭その他の物」と同様に,物権の対象である有体物のように思われるからである。

「物上代位」とは,担保物権の目的物が,「売却,賃貸,滅失または損傷」によって,債務者が,金銭その他の物(代償物。Surrogat)を受け取ることになったときは,担保権者はその「代償物」に対しても権利を行使することができる,とする制度である[民法304条本文]。

しかし,この考え方も,実務が物上代位を債権執行としている点を無視するわけにはいかず,結局,物上代位の対象である「代償物」を有体物ではない「債権」であると認めている。

物上代位の「目的物」,すなわち債務者が受けるべき「金銭その他の物」とは,現物自体ではなく,その物に対する「請求権」(債権)を指している。「物」自体に対する効力は,物上代位の問題ではなく,担保権の直接的効力(追及力)の問題だからである。したがって,物上代位権の行使は,具体的には,「債権執行」となる[近江・講義V(2005)56頁]。

この点については,民法の起草者も,民法304条の物上代位の場合には,この先取特権は,有体物に対する権利ではないことから,「物権に非ず」としていた[梅・要義巻二(1896)285頁]。

現行民法の立法者と同じく,物権の対象を有体物に限るべきだとしている通説が,物権であるはずの先取特権および抵当権の物上代位の対象を有体物ではない「債権」であるとは認めることは,「物権原則を否定することになる」。そこで,通説は,「代償物に対して担保権の効力が及ぶのは,法律が特別に定めた政策的判断によるものだと考える」[近江・講義V(2005)57頁]として,理論的な説明を放棄せざるを得なくなっている。

(b) 「その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の意味

さらに,通説は,民法304条における「払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければならない」の解釈において,混乱のきわみに陥っている。

物上代位を行使するには,「差押え」が必要である。このことの意味は,「代償物」が債務者に払い渡される(又は引き渡される)と債務者の一般財産を構成することになるが,担保権は特定物に対する処分権であるから,一般財産に対する処分権限を持たない。したがって,その代償物が債務者の一般財産に混入する(=払渡し・引渡)前に,当該請求権を特定する必要があるということである[近江・講義V(2005)58頁]。

この点は,明らかに通説の誤解である。代償物が債権であるとすれば,それは,発生のときから消滅するまで常に特定されており,かつ,債務者の「一般財産に帰属する」からこそ,先取特権者による差押えが可能なのである。しかも,代償物である債権は,金銭その他の物(米,麦等)のような代替物ではないのであるから,「一般財産に混入する」ことはありえない。払渡し・引渡し前に代償物(特定された目的債権)に対して差押えをしなければならない理由は,決して,金銭のように一般財産に混入されてしまうからではない。債権は,払渡し・引渡し(弁済等)によって消滅してしまうから,その前に差押えをしなければならないのである([民事執行法193条1項2文]参照)。

以下の判例〈最一判昭59・2・2民集38巻3号431頁〉は,先取特権者は,債務者が破産宣告を受けた場合であっても,目的債権を差し押えて物上代位権を行使することができると判示したものであるが,物上代位を行使する際に,「金銭その他の払渡し又は引渡し前に差押えをしなければならない」理由を,通説を踏まえた上で,簡潔に表現している点で重要な意義を有している。

最一判昭59・2・2民集38巻3号431頁(供託金還付請求権存在確認請求本訴,同反訴事件)
 民法304条1項ただし書きにおいて,先取特権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は,先取特権者のする右差押によって,第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され,他方,債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果,物上代位の対象である債権の特定性が保持され,これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに,他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから,第三債務者による弁済又は債務者による債権の第三者への譲渡の場合とは異なり,単に一般債権者が債務者に対する債務名義をもって目的債権につき差押命令を取得したにとどまる場合には,これによりもはや先取特権者が物上代位権を行使することを妨げられるとすべき理由はないというべきである。

この判例は,物上代位の法的性質(学説における特定性維持説,優先性維持説,第三債務者保護説)ばかりでなく,物上代位制度の存在理由を明らかにした優れた判決といえる。「払渡し又は引渡し」の例として,弁済だけでなく,譲渡を含めている点にも注目すべきである。

しかし,この判例においては,全体としては,物上代位の目的が債権(無体物)であることが明らかにされているにもかかわらず,差押えの効力について述べている「第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され」という箇所では,物上代位の目的物を「金銭又はその他の物(有体物)」としており,次に続く,正しい文章である「他方,債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される」との整合性が取れていない点が惜しまれる。なぜなら,上記の判決文においては,「金銭その他の目的物の払渡し又は引渡し」という「物の処分」と,「債権の取立て又は譲渡」という「債権の処分」という性質の異なる処分が,なぜ,先取特権者のする差押えによって同時に実現されるのか,わかりにくい表現となっているからである。

上記の判例の考え方(物上代位に基づいて目的債権について優先弁済権を行使する債権者は,たとえ,差押えが競合した場合でも,優先弁済権を保持するという考え方)は,その後の判例,たとえば,〈最二判昭60・7・19民集39巻5号1326頁(民法判例百選T〔第6版〕第82事件)〉(物上代位に基づく転付命令と他の債権者の差押えとが競合したために,第三債務者が供託をした場合の物上代位に基づく優先弁済権の効力を肯定した事例)によっても,そのまま援用されている。

差押命令の送達と〔動産売買先取特権に基づく物上代位によって〕転付命令の送達とを競合して受けた第三債務者のした供託が民事執行法156条2項〔第三債務者の供託〕の類推適用により有効である場合において,右供託金について転付命令が効力を生じないとの〔誤った〕解釈のもとに配当表が作成されたときは,効力の生じた転付命令を得た債権者は,配当期日における配当異議の申出さらには配当異議の訴えにより転付命令に係る債権につき優先配当を主張して配当表の変更を求めることができる。
*図80 最二判昭60・7・19民集39巻5号1326頁
民法判例百選T〔第6版〕(2009)第82事件

つまり,他の債権者が差押えをした段階では,まだ,債権は消滅していない(いわゆる「金銭その他の物の払渡し又は引渡し」には至っていない)ので,先取特権者は,物上代位による優先権を保持している。したがって,先取特権者は,担保権の存在を証する文書を提出して目的債権を二重に差し押え,配当要求をすることによって,優先弁済権を受けることができることになる。

ただし,物上代位に基づいて債権差押えを行う債権者であっても,配当要求の終期までに,担保権の存在を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求又はこれに準ずる先取特権行使の申出をしなければ,優先弁済を受けることができないのであり,この点は注意を要する〈最一判昭62・4・2判時1248号61頁〉。

さらに,物上代位に基づく優先弁済権の行使には,配当要求では足りず,自ら差押えをすることを要求している判決〈最一判平13・10・25民集55巻6号975頁〉がある点にも注意が必要である。

もっとも,物上代位における差押えを,債権に対する担保権の実行の一つとして考える場合には,差押えの必要性は,目的債権が弁済・譲渡等によって債務者の責任財産から消滅することを防止するために行うためのものに過ぎない。つまり,目的債権に対して,弁済禁止効が生じさえすれば十分なのであり,理論的には,自ら差押えをする必要ことまで要求することの必然性はないというべきであろう[田・物権法(2008)233頁]。

(c) 「払渡し(引渡し)」と「差押え」のそれぞれの意味

先に述べたように,金銭又はその他の物の「払渡し」又は「引渡し」とは,文言上は,「金銭の払渡し,または,その他の物の引渡し」という意味であるが,そのように解すると,先取特権者は,第三債務者の所有する金銭又はその他の物に対して追及効を有することになり,先取特権の物上代位の制度そのものと矛盾してしまう。そこで,金銭又はその他の物の「払渡し」又は「引渡し」とは,目的物の逸失と牽連する債権(代金債権,賃料債権,損害賠償債権)の絶対的消滅としての「弁済」または相対的消滅としての「譲渡」であると解さざるをえない。

判例も,目的債権が譲渡され,第三者対抗要件を備えた場合には,物上代位は行使することができないとしている〈最三判平17・2・22民集59巻2号314頁〉。

もっとも,抵当権に基づく物上代位の場合には,目的債権が譲渡された場合にも,物上代位を行使することができるとしている(〈最二判平10・1・30民集52巻1号1頁(民法判例百選T〔第6版〕第87事件)〉,〈最三判平10・2・10判時1628号3頁〉,〈最一判平10・3・26民集52巻2号483頁〉)。これらの判決は,第三債務者保護説によっており,他の学説から厳しい批判にさらされている。

民法372条において準用する304条1項ただし書き〔の〕趣旨目的は,主として,抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから,第三債務者は,右債権の債権者である抵当不動産の抵当権設定者に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため,差押えを物上代位権行使の要件とし,第三債務者は,差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り,右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして,二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。
 右のような民法304条1項の趣旨目的に照らすと,同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず抵当権者は,物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても,自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。
*図81 最二判平10・1・30民集52巻1号1頁
(取立債権請求事件)
〔第三債務者保護説を採用した判例〕
民法判例百選T〔第6版〕第87事件

抵当権に基づく物上代位の場合でも,目的債権について,転付命令が出された場合には,もはや,物上代位を行使することができないとされている〈最三判平14・3・12民集56巻3号555頁〉。上記の一連の平成10年判決は,この平成14年判決(転付命令の場合は特例とする)によっては変更されないといわれているが,転付命令の実体法的な意味は,他の債務者への債権譲渡による代物弁済であることは疑いがない。そうすると,上記の一連の平成10年判決は,この判決によって,その本質部分が変更された(対抗力を生じた債権譲渡が生じた場合には,物上代位はもはや行使し得ない)ということができる。

反対から言えば,物上代位に基づく差押えは,目的債権(先取特権の目的物の逸失(消滅・損傷を含む)と牽連して生じる債権(売買代金債権,賃料債権,損害賠償債権等)が消滅(絶対的消滅としての弁済等のほか,相対的消滅としての債権譲渡も含まれる)していない限り,物上代位を行使することができる。つまり,以下の判例が明らかにしているように,目的債権が差し押さえられたり,債務者が破産したりした場合でも,物上代位を行使することができる〈最一判昭59・2・2民集38巻3号431頁〉。

F. 先取特権の類型による考察

物上代位を規定している民法304条は,先取特権の総則として,先取特権一般について,目的物の売却,賃貸,滅失・損傷の場合に,物上代位が認められるとしている。しかし,一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権のそれぞれの特性を無視して,一律に考えることはできない。

(a) 一般先取特権

一般先取特権は,債務者の動産,不動産,債権を問わず,すべての一般財産に対して優先弁済権を有するので,物上代位はそもそも問題となりえない(物上代位を認める必要がない)。つまり,民法304条は,一般先取特権には適用されない(学説に異論がない)。

(b) 動産先取特権

動産の先取特権は,不動産の先取特権については,追及効がないため[民法333条],目的物の売買の場合に,物上代位を認める必要があることについては異論がない。また,目的物の賃貸の場合にも,動産の賃貸は,必然的に目的物の価値の低減を生じることから,目的物の賃料は,目的物の価値の代償物としての性格(物的牽連性)を有する。したがって,賃料債権についても,物上代位を認める必要がある。さらに,目的物の滅失・損傷の場合につき,その損害賠償債権または保険金請求権についても物上代位を認める必要がある。

問題となるのは,売買代金ではなく,請負代金の場合である。大審院は,目的物が売却された場合の売買代金債権に対する物上代位ではなく,目的物が原材料となって仕事が完成された場合の請負代金に対する物上代位については,これを否定していた。しかし,最高裁平成10年判決〈最三判平10・12・18民集52巻9号2024頁(民法判例百選T〔第6版〕(2009)第81事件)〉は,請負工事に用いられた動産の売主は,原則として,請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが,請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には,右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができるとしている。

 甲から機械の設置工事を請け負った乙が右機械を代金1,575万円で丙から買い受け,丙が乙の指示に基づいて右機械を甲に引き渡し,甲が乙に支払うべき2,080万円の請負代金のうち1,740万円は右機械の代金に相当するという事実関係の下においては,乙の甲に対する1,740万円の請負代金債権につき右機械の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情があるということができ,丙は,動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができる。
*図82 最三判平10・12・18民集52巻9号2024頁 民法判例百選T〔第6版〕(2009)第81事件

上記の場合に,物上代位を担保目的物が滅失・損傷した場合を中心として,その場合に,「目的物の代償物(Surrogat)に対して」担保物権が及ぶものであるという考え方[近江・講義V(2005)56頁]によれば,動産先取特権は,債務者の下にあった目的物が,第三債務者に引渡されて追及効が及ばなくなるのと引換えに,債務者の第三債務者に対する請負代金債権が,それに代わる「代償物」となっているかどうか,すなわち,「新たに発生した請負代金債権が,動産の売却代金債権と『代償』関係にあるかどうか」が問題となる(近江幸治「動産売買先取特権の物上代位(1)−請負代金債権」[民法判例百選T〔第6版〕(2009)165頁])。この考えによると,請負代金債権が物上代位の目的となりうるかどうかについて,上記の最高裁平成10年判決は,物上代位の目的債権が民法304条にいう「売却」代金債権と同視できるかどうかを基準としているので,最高裁の結論を理論的に導き出すことができることになる。

先取特権を物権ではなく,債権の優先弁済権だと考え,物上代位とは,債権者代位権の機能に優先弁済権が付加されたものと考えることができるとする本書の立場に立つと,以下に述べるように,この問題について,何が考慮されなければならないのかが一段と明確になると思われる。

本書の立場に立つと,ここで問題となっている「物上代位の目的の範囲」について,従来の考え方とは異なり,目的物(本件では,ターボコンプレッサ)とそれから転化した目的債権(本件では,請負代金債権)との間の同一性が必要だとか,目的債権は,目的物の変形物(代償物)に限定されるとかいう制約から離れることができる。そして,この問題を物的担保に共通のテーマ,すなわち,「被担保債権と担保目的との間に,優先弁済権を正当化するのに十分な牽連性があるかどうか」という問題として考察することが可能となる。

本件の問題は,「物上代位の目的は,『売却,賃貸,滅失又は損傷』以外の債権,例えば,『請負』の報酬債権にも適用可能か」という問題として要約することができるが,本書の立場によれば,この問題についても,被担保債権(本件では,売買代金債権)と,債務者の第三債務者に対する目的債権(本件では請負代金債権)との間の牽連性の問題として考察することが可能となる。

そのように考えると,本件の場合,被担保債権である売買代金債権(α債権)と目的債権である請負代金債権(β債権)との間には,「β債権(2,080万円)=α債権(1,575万円)+労務の提供(505万円)」という図式が成り立っており,両者には強い牽連性が認められる。別の観点からいえば,被担保債権(α債権)は,目的債権(β債権)の維持・増加に大きく寄与していることが明らかである。したがって,α債権の債権者に対して,β債権に対する優先弁済権(物上代位権)を与えることが正当化できる。

(c) 不動産先取特権

不動産の先取特権の場合には,動産先取特権と異なり,抵当権と同様に追及効があることが考慮されなければならない。したがって,目的物の売却の場合には,抵当権の場合と同様,物上代位を認める必要はない。また,目的物の賃貸の場合も,土地の賃貸借の場合は,賃貸によって目的物の価値が減少することはないので,物上代位を認める必要はない。ただし,目的物が建物の場合は,動産の賃貸の場合と同様,賃貸によって価値が低減し,家賃は,目的物の価値のなし崩しという意味をもつため,物上代位を認める必要がある。目的物の滅失・損傷の場合に物上代位を認める必要があることは,動産先取特権の場合と同様である。結果的には,不動産先取特権の物上代位の要件は,抵当権の物上代位の要件と同一である。


7 先取特権の消滅


先取特権は,物的担保共通の消滅原因(被担保債権の消滅に伴う付従性による消滅,担保権の実行による消滅)によって消滅する。また,動産を目的とする先取特権は,民法333条により,その目的動産が第三取得者に引渡されることによって消滅し,不動産を目的とする先取特権の場合には,抵当権の規定が適用されるため[民法341条],代価弁済[民法378条]または抵当権消滅請求[民法379-386条]によって消滅する。


8 優先順位決定のルール


先取特権の3要素は,被担保債権,目的物,優先順位である。このうち,優先順位については,民法は,一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権について別々に規定しているだけである。また,先取特権とその他の物的担保のとの優先順位についても,動産質権,抵当権に関して個別の規定を有するだけで,統一的な優先順位決定のルールを明らかにしていない。しかし,動産先取特権の優先順位に関する民法330条は,非常に示唆的な規定であり,ここで明らかにされている「後の保存者は,前の保存者に優先する」というルールは,見方によっては,不動産先取特権における不動産保存の先取特権と不動産工事の先取特権の順位にもその考え方が応用されているし,果実に関する先取特権について民法330条3項が,「第1の順位は農業の労務に従事する者に,第2の順位は種苗又は肥料の供給者に,第3の順位は土地の賃貸人に属する」と規定していることも,この考え方によって説明可能である。なぜなら,この順序は,@農地という環境の設定→A種苗または肥料の供給→B農業労務による収穫・保存という作業の流れと全く逆の順序となっており,「後の保存者は前の保存者に優先する」という法理に適合的だからである。

本書の仮説である第1順位:保存の先取特権,第2順位:供給の先取特権,第3順位:環境設定の先取特権という順位にしたがって,民法330条1項,2項の動産先取特権の優先順位を読み解いてみよう。まず,本来は,環境設定の先取特権(黙示の質権)は,第3順位の先取特権に過ぎないが,この先取特権には,民法319条が適用される。このため,第3順位の先取特権者(黙示の質権者)が保存・供給の先取特権について善意・無過失の場合には,第3順位から第1順位へと昇進して,第1順位の先取特権となる(民法330条1項の順序となる)。しかし,供給の先取特権についてのみ善意・無過失の場合には,民法319条によって第2順位となりうるが,その他の場合には,原則どおり,第3順位となる(民法220条2項の結果と同じになる)。

*表45 優先順位の変動と確定のルール
類型 権利者 順位 順位の変動 順位内での優先関係

共益費用 共益費用負担者 第0[民法329条2項] なし(常に第1順位)[民法329条2項ただし書き] 平等[民法332条]




環境提供 不動産賃貸人,
旅館主,運送人
(黙示の質権者)
第1[民法330条1項1号] 悪意の場合には,第3順位まで順位が下降する[民法330条2項] 平等[民法332条]
質権者 第1[民法334条]
保存 保存者 第2[民法330条1項2号] 第1順位まで順位の昇進あり[民法330条2項] 後の保存者が先の保存者に優先する[民法330条1項2文]
供給 売主,
譲渡担保権者
第3[民法330条1項3号] 第2順位まで順位の昇進あり[民法330条2項] 先の設定者が後の導入者に優先する[民法331条の類推]



後の
保存
保存者 第1[民法331条1項] 登記をすると,先に登記をした抵当権に優先する[民法339条]。登記をしない場合には,登記をした第3順位にも劣後する。 後の保存者が先の保存者に優先する[民法330条1項2文の類推]
先の
保存
工事者 第2[民法331条1項]
供給 売主
譲渡担保権者,
抵当権者
第3[民法331条2項] 売買契約と同時に登記が必要[民法340条]。第1順位者が登記をしない場合には,第1順位となる。 先の設定者が後の導入者に優先する[民法331条2項]

保存 農・工業労務提供者 第1[民法330条3項] 変更なし[民法330条3項] 平等[民法332条]
供給 種苗・肥料の供給者 第2[民法330条3項]
環境提供 土地賃貸人 第3[民法330条3項]

供給
環境提供
雇用者 第4[民法329条] 変更なし[民法329条] 平等[民法332条]
葬式備品供給者 第5[民法329条]
日用品供給者 第6[民法329条]

先取特権の優先順位決定のルールは,上記のように,典型担保権ばかりでなく,非典型担保権にも応用が可能である点でも有用である。


□ 学習到達度チェック(15) 先取特権の物上代位 □


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