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第18回 抵当権の効力の範囲

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第18回 抵当権の効力の範囲 □

抵当権の特色は,法律上の優先弁済権と対抗要件である登記に基づく強力な追及効である。

ここでは,第1に,抵当権の被担保債権の範囲,目的物の範囲について理解する。被担保債権については,他の債権者を害さないよう,利息が実行のときから最後の2年分に限定されることを理解する。

第2に,目的物については,原則として不動産に限定されるが,不動産上の権利(地上権および永小作権)の上の抵当権が認められること,不動産の構成物,不動産の付合物に及ぶこと,債務不履行後の果実にも及ぶこと,不動産から分離された動産についても,一定の限度でその効力が及ぶことを理解する。

なお,抵当権の物上代位の問題は,不動産収益執行との関係が問題となるので,抵当権の実行手続きの後に学習することにする。


2 抵当権の効力の及ぶ範囲


抵当権は,債権者と債務者または第三者(物上保証人)との間で,優先弁済をうけるべき目的物(責任財産)を特定し,その目的物の占有を移すことなく,所有者の使用・収益に委ねつつ,登記によって目的物に対する債権者の優先弁済権を公示し,目的物が譲渡されても,なお,責任財産として追及を可能にする制度である。

優先弁済権が特定の責任財産に限定され,一般財産に対しては,原則として,優先弁済を受け得ない限度でしかかかっていけない(責任財産特定の原則)という制限を受けるが[民法394条1項],特定された責任財産については,それが第三者に譲渡されようとも,その財産から優先弁済を受けることができる(責任財産保持の原則)という2つの点が,抵当権の効力の特色となっている。

以下では,抵当権の設定に関するB.抵当権の被担保債権の範囲,C.抵当権の及ぶ目的物の範囲について,無体物(地上権・永小作権),有体物(不動産)に分けて説明した後,D.民法394条の抵当権の権利制限,すなわち,高い地位としての優先権は義務を伴うというノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)の問題,E.抵当権の追及効の限界について説明する。

A. 優先弁済権を生じる債権の範囲(被担保債権の範囲)

抵当権の優先弁済権が生じるもともとの原因は,債権にある。その債権の掴取力について,当事者の合意と登記に基づいて,第三者に対抗できる優先弁済権が確保される。この債権は,担保権の本体となるものであるが,担保権の側面からいうと,担保権の絶対的要件として「被担保債権」と呼ばれている。被担保債権は,抵当権の設定時点で存在しているのが原則であるが(貸金債権の場合には,要物性の要件を満たす必要がある),将来の報酬債権,売掛代金債権等,将来の債権および条件付債権も被担保債権とすることができる。なぜなら,抵当権は,その登記に際して,債権額(元本),利息に関する定め等が登記事項となっているが[不動産登記法88条],その実行は,被担保債権に債務不履行が生じた場合にのみ問題となるので,設定の段階では,弁済期等が到来していなくても,実行段階で被担保債権が確定していれば,それで問題がないからである。

抵当権者が,利息,その他の定期金(終身定期金,有期年金,定期扶養料,地代,家賃など)を請求する権利を有するときは,元本については,全額が優先弁済を受けうることに疑いがないが,利息,定期金については,その満期となった最後の2年分(競売を開始した時から遡って2年分,収益執行の場合には,数回に分けて配当がなされる場合が多いが,通算して2年分)についてしか,優先弁済を受けることができない。ただし,最後の2年分以前の定期金についても,満期後に特別の登記(権利変更登記:[不動産登記法56条,57条])をしたときは,その登記の時から優先弁済権が生じる[民法375条1項]。

例えば,金銭債権の元本を1,000万円として,優先弁済を受けることができる金額が,利息を含めてどの程度になるか考えてみよう。最後の2年分の利息については,最高額は,利息制限法の規定によると年利15%を限度とするから,優先弁済を受けることができる利息の額は300万円(1,000万円×0.15×2=300万円)となる。したがって,全体としては1,300万円について抵当目的物から優先弁済を受けることができる。

元本の支払いを遅延している場合には,損害賠償すなわち遅延賠償(遅延利息)を支払わなければならないが,この遅延利息についても,利息その他の定期金と合わせて2年分を超えない部分についてのみ優先弁済を受けることができる[民法375条2項]。最後の2年分の遅延利息の最高額は,利息制限法の規定によると,年利30%であるから,優先弁済を受けることのできる遅延利息の額は600万円(1,000万円×0.3×2=600万円)となる。つまり,元本が支払われていない場合には,全体としては最高1,600万円について,抵当目的物から,他の債権者に先立って優先弁済を受けることができることになる。

*表52 優先弁済権を生じる債権の範囲
元本 2年分の利息・損害金
(利息制限法)
最高限度額
支払い遅延がない場合 1,000万円 300万円 1,300万円
支払い遅延がある場合 1,000万円 600万円 1,600万円

ただし,根抵当権の場合には,極度額の範囲内ではあるが,利息,定期金等の「最後の2年分」という制限を受けないので注意が必要である(第6節5B参照,なお,根抵当の場合の遅延利息の制限に関しては,〈最三判昭49・11・5金法738号34頁,金商445号7頁〉,〈最三判昭59・5・29民集38巻7号885頁(民法判例百選U〔第6版〕第39事件)〉*第4章第2節1A(b)(有償の保証)参照)。

以上は,後順位抵当権者の保護のための優先弁済権の制限の規定であるから,債務者自身が任意弁済する場合には,すべての利息,遅延損害を含めて,債務の全額を弁済しなければならない。

B. 抵当権の目的物の範囲

抵当権の目的物の範囲は,民法369条1項の通常の抵当権の場合および民法362条2項の地上権・永小作権の上の抵当権の場合とで,問題の性質を異にする。そこで,ここでは,あまり利用されていないが,抵当権の法的性質に関する根本問題にかかわる(a) 民法369条2項の地上権・永小作権を目的とする抵当権について解説した後,(b) 民法396条1項の不動産を目的物とする通常の抵当権の目的物の範囲について説明する。また,抵当権の設定時には目的物となっていないが,その後に抵当権の目的物になるものとして,(c) 将来の物に対する抵当権として,増担保請求権を中心に解説を行う。

(a) 無体物(地上権・永小作権)を目的とする抵当権

抵当権の目的物は,原則として,不動産に限定されている。ただし,不動産上の権利(登記が可能な権利)である地上権・永小作権を目的(物)として,抵当権を設定することもできる[民法369条2項]。

不動産上の権利とはいえ,有体物としての不動産ではなく,いわゆる「権利の上の抵当権」が認められるべきかどうか,また,なぜ,それが権利質ではなく,抵当権の箇所に規定されているのかという問題点については,すでに,*第5章第4節1B(質権と抵当権との対比)および*第5章第4節7C(a)(地上権・永小作権を担保目的(物)とする場合における権利質と抵当権との競合問題)でも取り上げて説明した。しかし,この問題は非常に重要な問題を提起しているので,ここで,さらに詳しく論じることにする。

地上権・永小作権の上の抵当権[民法369条2項]を認めることは,先に述べたように(*第15章第7節C(a)(地上権・永小作権を目的(物)とする場合における,権利質と抵当権との競合問題)参照),物権と債権との峻別を企図する民法の体系を破壊しかねない「権利の上の物権」という概念を認めるべきかどうかという,物的担保の最大の問題の1つにかかわることになってしまう。

民法369条2項の地上権・永小作権を目的とする抵当権は,「物権というべきかどうか」という重大な問題をかかえているにもかかわらず,現在の担保法の概説書は,これに目をつぶり,民法396条2項の内容の説明をすることを放棄しているのが現状である。

確かに,従来の学説のように,抵当権を「不動産上の物権」だと考えると,「権利の上の抵当権」という概念は,まさに破壊的な概念となってしまい,以上の学説のように,これを無視したくなるのも理解できる。しかし,視点を変えて本書のように,抵当権とは,物権ではなく,「物であれ,権利であれ,設定者の使用・収益権を奪わずに,その目的(物)に設定される優先弁済権である」であると考えるならば,集合動産,集合債権,無体財産権等,不動産上の権利とはいえない権利を含めて,それらに対して抵当権を設定できる道が開かれることになる。その意味で,民法369条2項は,たとえ現在はその利用がほとんどないとしても,「権利の上の抵当権」を実現しているという点で,将来の抵当制度を考える上でも,重要な意義を有していることに留意しなければならない。

現に,特許権,実用新案権,意匠権,著作権等のいわゆる無体財産権を担保にする場合には,債権者は,無体財産権に対して質権を設定できるが,この質権は,実は,債権者による使用・収益権が制限され,債務者が使用・収益をすることが認められている([特許法95条],[実用新案法25条],[意匠法35条],[著作権法66条])。このため,これらの質権は,その実質は,本来の質権ではなく,「権利の上の抵当権」の一種ということができると考えることができる(もっとも,これらの質権については,詳しい検討を必要とするので,その法的性質については,今後の研究課題としておく。このテーマで博士論文を書く人があれば,高い評価を得ることができるであろう)。

(b) 建物抵当権の敷地利用権(無体物)に対する効力

無体物を目的とする抵当権との関係で,建物(有体物)を目的とする抵当権は,その敷地賃借権に及ぶかという問題がある。抵当権が物権であるとすると,目的の範囲は,有体物(不動産・動産)に限定されるのであって,無体物(権利)には及ばないはずである。しかし,通説・判例ともに,建物を目的とする抵当権は,敷地賃借権に及ぶとしている〈最三判昭40・5・4民集19巻4号811頁 民法判例百選T〔第6版〕第85事件〉。

土地賃借人〔X〕が該土地上に所有する建物について抵当権を設定した場合には,原則として,右抵当権効力は当該土地の賃借権に及び,右建物の競落人〔Y〕と賃借人〔X〕との関係においては,右建物の所有権とともに土地の賃借権も競落人〔Y〕に移転するものと解するのが相当である。
 賃借人〔X〕は,賃貸人〔A〕において右賃借権の移転を承諾しないときであっても,競落人〔Y〕に対し,土地所有者たる賃貸人〔A〕に代位して右土地の明渡を請求することはできない。
*図88 最三判昭40・5・4民集19巻4号811頁
民法判例百選T〔第6版〕第85事件

本件は,昭和41年に借地法9条の3によって,建物競売等の場合における土地の賃借権の譲渡の許可の裁判の制度が創設される前の事件である。借地法のこの規定は,借地借家法20条に引き継がれており,現在では,借地上の建物を競売または公売によって取得した第三者は,借地権設定者(土地所有者)が賃借権の譲渡を承諾しないときでも,裁判所に申し立てて,借地権者の承諾[民法612条]に代わる許可を得ることができることになっている。

(c) 有体物を目的とする抵当権

抵当権は,抵当地の上に存する建物を除くほか,その目的不動産に付加してこれと一体を成した物に及ぶ。ただし,設定行為において別段の定めをした場合および第424条の規定によって債権者が債務者の行為を取り消すことができる場合には,抵当権の効力は付加物には及ばない[民法370条]。

欧米の国々は,「地上物(建物を含む)は土地に属する(superficies solo cedit)」とのと原則に則り,建物を土地の一部としている。わが国は,これとは異なり,土地と建物を別の不動産としている。建物を土地と離れた独立の動産とするのは,わが国に独特の法制である。わが国においても,民法86条によれば,建物は「土地の定着物」とされており,建物は土地に付合するようにも見える[民法242条]。しかし,民法370条は,「抵当権は,抵当地の上に存する建物を除き,その目的である不動産に付加して一体となっている物に及ぶ」と規定しており,土地と建物が別個独立の不動産であることを明らかにしている(土地と建物とを別個・独立の不動産としたことによって生じる問題について,特に,法定地上権の問題については,*第5節7で詳しく論じる)。

抵当権の目的不動産とその付加物の場合とは異なり,抵当権の効力は,債務者が債務不履行に陥るまでは,果実には及ばない[民法371条]。天然果実は不動産とは別個の動産(抵当不動産の付加一体物ではない)からであり[民法88条,89条],法定果実(利息債権,賃料債権等)は債権であって,抵当権の対象となるとしても,それは,民法372条によって準用される民法304条が適用される場合のみだからである。

2003年民法改正前の旧規定によれば,抵当権の効力は,原則として,果実には及ばないとし,抵当権が実行されて,目的不動産の差押えがあった後にはじめて果実に及ぶとしていた[民法旧371条1項本文]。「差押え以後の果実は不動産化する」というフランス方の考え方を継受したものである。

2003年民法改正前の第371条〔果実に対する効力〕)
@前条ノ規定ハ果実ニハ之ヲ適用セス但抵当不動産ノ差押アリタル後又ハ第三取得者カ第381条〔滌除権者への実行の通知〕ノ通知ヲ受ケタル後ハ此限ニ在ラス
A第三取得者カ第381条ノ通知ヲ受ケタルトキハ其後1年内ニ抵当不動産ノ差押アリタル場合ニ限リ前項但書ノ規定ヲ適用ス

2003年民法改正により,債務不履行以後は,抵当権の効力は,天然果実だけでなく,法定果実にも適用され,むしろ,賃料などの法定果実を主眼とするものとなったと理解されがちである。しかし,2003年の改正理由は,民事執行法の改正により,担保不動産収益執行手続き(内容的には,従来からの強制管理が準用される)が新設され[民事執行法180条2号,188条],これにともなって,この手続きが,抵当権の効力を担保不動産そのもの[民事執行法180条1号]だけでなく,賃料などの収益にまで及ぼすことができ,この収益を対象とする手続きを開始するには被担保債権の債務不履行が前提であることを示すためであった。したがって,担保不動産収益手続き以外の場合にも,抵当権の効力が,差押え以前の段階において果実に及ぶと考えるべきではない(物上代位も差押えが行使の要件となっている[民法304条1項])。

債務不履行が生じた後も,抵当権の設定者(債務者又は物上保証人)は収益権を有していることは疑いがない。抵当権の設定者は,差押えがあるまでは従来どおりに果実を収取することができるのであり,民法371条は,債務不履行が生じた後,差押えがあるまでの果実が抵当権実行による買受人に帰属することを意味するものではない。したがって,抵当権が実行され,目的不動産が差し押さえられたり,担保不動産収益執行手続きが開始された場合に,設定者がいまだ収取していない果実があれば,そのうちの債務不履行発生後のものについて抵当権が及ぶのであって,以下のように,抵当権の実行によっても設定者の使用・収益は拘束されないというのが民法371条の意味であるということになる。

抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲については,従来は,不動産の付加物に従物が含まれるかどうかが議論の中心になっていた。民法370条は,不動産の付加物の中に従物が含まれるとするフランス法を参照して起草されたものであるのに対して,民法87条に規定されている従物は,ドイツ法由来の概念であり,両者の関係が明確でなくなってしまったことから複雑な問題が生じたのである(民法370条立法の沿革については,角紀代恵「民法370条・371条」[広中=星野・百年U(1998)593頁以下参照])。また,抵当権の及ぶ目的物の範囲に関しては,目的不動産,付加物[民法370条],果実[民法371条]だけでなく,さらに視野を広げて,その他の一般財産[民法394条]を見通した上で,物上代位[民法372条]の及ぶ範囲等を総合的に考察しなければならない。

そのような広い観点から,抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲を全体として表にまとめると以下のようになる。

*表53 抵当権の優先弁済権が及ぶ目的物の範囲
目的物の範囲 不履行まで 不履行後 根拠条文
不動産 目的不動産 土地又は建物 民法369条
不動産の付加一体物 不動産の構成部分 樹木,塀等 民法370条
不動産に従として付合した物(付合物) 土地の石垣,建物の造作 民法242条,370条
従物 土地の所有者が所有する石灯籠,取り外しのできる庭石,
建物に備え付けられた畳,障子,家具
民法87条,370条
果実 天然果実 樹木の果実,乳牛の牛乳など × 民法88条1項,371条
法定果実 土地の地代,建物の家賃,元本の利子など × 民法88条1項,371条
一般財産 目的物の滅失・損傷による損害賠償・保険金債権 民法372条による民法304条
目的物売却の代金債権 × × 民法394条の趣旨
その他の一般財産 × × 民法394条

抵当権の及ぶ範囲としての不動産に付加して一体となっている物の位置づけについては,以下の表によるのがよいであろう。

*表54 物の分類と抵当権の及ぶ範囲としての「不動産に付加して一体となっている物」
不動産 土地
土地の定着物 建物
立木ニ関スル法律に規定する立木
土地の構成部分となって土地の所有権に吸収される物 不動産に従として付合した物[民法242条] 不動産に付加して一体となっている物[民法370条](通説)
明認方法を施すことにより,独立の物としての取引が可能な物。
権原ある者が附属させると,その者の所有に属する[民法370条の例外]。
従物 土地の所有者が所有する,石灯籠,取り外しのできる庭石など[民法87条]

ただし,従物が民法370条の「不動産に付加して一体となっている物」といえるかどうかについては,争いがあった。大審院の初期の判例は,動産である従物に対する抵当権の効力を否定していた〈大判明治39・5・23民録12輯880頁〉。しかし,その後,大審院は連合部判決〈大連判大8・3・15民録25輯473頁〉で,抵当権の効力が抵当権設定時の従物に及ぶことを認めたが,その理由は,民法87条2項であるとしていた。その後も,大審院は,抵当権設定後の従物に関する事案について,従物に対する抵当権の効力を認めるものの([民法87条2項]を根拠とする),従物は,民法370条の「不動産に付加して一体となっている物」には含まれない〈大判昭5・12・18民集9巻1147号〉と解していた。

その後,昭和44年最高裁判決〈最二判昭44・3・28民集23巻3号699頁(民法判例百選T〔第6版〕第84事件)〉は,抵当権設定前に持ち込まれた石灯篭および庭石(従物),並びに,庭木等(構成部分)について,民法370条の「抵当不動産に付加して一体となっている物」に従物(石灯篭および庭石)が含まれると判断するに至っている(学説の変遷については,湯浅道男「抵当権の効力の及ぶ範囲」[星野・講座3(1984)61頁以下]参照)。

宅地に対する抵当権の効力は,特段の事情のないかぎり,抵当権設定当時右宅地の従物であった石灯篭および庭石にも及び,右抵当権の設定登記による対抗力は,民法370条により右従物についても生ずる。
*図89 最二判昭44・3・28民集23巻3号699頁
民法判例百選T〔第6版〕第84事件

さらに,最高裁〈最一判平2・4・19判時1354号80頁,判タ734号108頁〉は,借地上のガソリンスタンドの店舗建物を対象として設定された抵当権が,設定当時から存在している地下タンク,ノンスペース型計量機,洗車機等に及ぶかどうかが争われた事案(抵当権が実行され,建物の買受人が抵当権の設定者に対して,建物明渡等を求めた事件)について,それらの物件が建物の従物であるとして(ただし,地下タンクは,建物価格の4倍以上であり,価格的には,主物よりも,従物の方が価値が高いという逆転現象が生じている),抵当権の効力が及ぶとしている。

なお,付加物が分離された場合の抵当権の効力については,E(b)(分離物(分離された付加物)に対する抵当権の追及効)の箇所で説明する。

次に述べる抵当権者の有する優先弁済権の行使に際して,抵当権の行使につき,一定の制限を課していることとの関連で,民法370条ただし書きについて,触れておく。第1の設定行為に別段の定めがある場合に,抵当権の範囲が不動産の付加物に及ばないとしているのは,この規定が,公の秩序に関するものでないことを示している。だたし,別段の定めも,登記がなければ第三者に対抗できないので注意を要する[不動産登記法88条]。第2に,債務者が,一般債権者を害する目的で(抵当権者と債務者とが通謀するのがその例),抵当不動産に工作を加え,一般財産に属する物を抵当不動産に付加して一体としてしまった場合には,詐害行為取消権の場合に責任財産からの逸失を否定するのと同様,抵当権の付加物となった物について,責任財産からの逸失を否定することにしている。すなわち,債務者が工作によって一般財産に属する物を抵当不動産に付加した場合に,その物を付加して一体となった物ではないとみなして,抵当権の効力を及ぼさないこととしているのである。

(c) 将来の物に対する抵当権−増担保請求権

抵当権の被担保債権については,債務の履行期までに確定できるものであれば,将来債権でも差し支えないことはすでに述べた。また,根抵当の場合には,一定の枠に属する変動する債権を対象とすることができる。これに反して,抵当権の目的物は,原則として,抵当権の設定の時に存在するものであることが必要である。ただし,この原則にもいくつか例外が存在する。

第1は,抵当不動産の付合物[民法242条],従物[民法87条]を含めた「抵当不動産に付加して一体となっている物」[民法370条]および「債務不履行後に生じた抵当不動産の果実」[民法371条]については,抵当権の設定後に付加され,または,生じた場合でも,抵当権の効力が及ぶことになる。

第2は,企業体そのもの,または,企業の一定の場所において財産の内容が常時入れ替わる物に対して抵当権を設定する場合である。特別法によって,特定の企業施設を構成し,その内容が変化する不動産と動産とを1個の物とみて抵当権を設定したり(財団抵当),企業施設の基礎となっている個々の不動産(土地・建物)を基盤とし,それに付属する動産を一体として抵当権を設定したり(工場抵当)することが認められている。

第3に,抵当権の設定者の故意または過失によって抵当不動産の損傷等によって価値が減少した場合に,抵当権者は,設定契約において増担保(ましたんぽ)を請求できるとするだけでなく,特約がなくても,そのような場合には増担保請求をすることができるというのが通説の考え方であり,このことは,現存する目的物のみを抵当権の目的とすることができるという原則の例外をなすことになる。

第4は,抵当権の目的建物が滅失し,同一敷地に新しい建物が建築された場合に,その新しい建物に対して抵当権が及ぶことを抵当権の設定時に予め定めることができるか,また,そのような特約がない場合にも,当然に抵当権の範囲が新しい建物に及ぶかどうかが問題となる。

第1の問題については,先に論じた。また,第2の問題は,民法の特別法であるので,ここでは概要を述べるに留める。また,第4の問題については,フランスの担保法改正により,同一敷地の上の建物についても抵当権の効力が及ぶとされたが[フランス民法典2420条3項],わが国においては,今後の立法の課題であるため,ここでは,第3の増担保の問題を論じるにとどめる。

旧民法は,以下のように,抵当権者の増担保請求権を明文で定めていた[旧民法債権担保編201条2項,3項]。

旧民法債権担保編 第201条
@意外若くは不可抗の原因又は第三者の所為に出でたる抵当財産の滅失,減少又は毀損は,債権者の損失たり。但先取特権に関し第133条に記載したる如く,債権者の賠償を受く可き場合に於ては其権利を妨けず。
A若し抵当財産が,債務者の所為に因り又は保持を為さざるに因りて減少又は毀損を受け,此が為め,債権者の担保か不十分と為りたるときは,債務者は抵当の補充(supplément d'hypothèque)を与ふる責に任ず。
B此補充を与ふること能はざる場合に於ては,債務者は担保の不十分と為りたる限度に応じ,満期前と雖も,債務を弁済する責に任ず。

現行民法の立法者は,以下の理由で,この条文全体を削除している。すなわち,第1項は賛成であるが,当然のことであるとして削除している。また,増担保に関する2項,3項については,民法137条2号で,「債務者が担保を滅失させ,損傷させ,又は減少させたとき」は,「債務者は,期限の利益を喪失する」ことにしており,その場合には,債権者は,即時に弁済を請求できる。旧民法のように,増担保を請求した後でなければ,即時に弁済を請求できないというのでは,抵当権者に不利であるという理由で削除している[民法理由書(1987)356−358頁]

しかし,事情によっては,抵当権を実行して金銭消費貸借関係を清算するよりも,債務者に対して増担保を請求して,貸借関係を継続することの方が有利である場合もあり,そのようなときには,抵当権の侵害を理由として期限の利益を失わせただけでは,抵当権者の利益は十分に確保されない。したがって,民法137条2号と3号とを,以下のように,総合的に解釈するのが妥当である[我妻・担保物権(1968)387−388頁]。

第1に,債務者が故意もしくは過失によって担保を滅失させ,損傷させ,または減少させた場合には,民法137条2号によって債務者が自動的に期限の利益を喪失するのではなく,抵当権者は,あえて,増担保を請求することができる。そして,債務者がその請求に応じない場合には,民法137条3号によって,抵当権者は,即時に,抵当権を実行することができる。

第2に,債務者の責めに帰すことができない事由によって担保価値が減少した場合には,抵当権設定時の特約等によって,債務者が担保価値を維持する義務を負っている場合のみ,増担保請求ができる。

C. 抵当権者の一般債権者としての権利行使の制限[民法394条]−ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)

抵当権者は,一方で一般債権者に対して強力な優先権と追及権を有する最大の権限を有するのであるから(抵当権は担保物権の王といわれている),他方で,一般債権者に対する配慮(使用・収益権を害さない,一般財産権にみだりに介入しないこと)が求められることになる。そして,民法394条は,抵当権者にノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)を求めた規定と解することができるというのが,ここで論じようとするテーマである。

抵当権者は,債権者であるから,本来なら,抵当目的物以外の財産からも,一般債権者としての立場で弁済を受けることができるはずである。しかし,抵当権者が別に抵当目的物から優先弁済を受ける権利を確保しておきながら,さらに債務者の一般財産からも弁済を受けることができるということになると,他の一般債権者を害することになる。

そこで民法は,一般債権者を保護するために,抵当権者の一般債権者としての資格での権利行使に一定の制限を設けている。すなわち,抵当権者は,原則として,抵当不動産の代価から弁済を受けられない債権の部分についてしか,抵当目的物以外の財産から弁済を受けることができない[民法394条1項]。

例えば,AがBに対して1億円の債権を有し,その担保として価額5,000万円の甲不動産上に抵当権を有しているとする。Bには,Aのほかに,5,000万円の一般債権を有する債権者Cがおり,その他の財産としては,甲不動産以外に,価額6,000万円の乙不動産があるとする([鈴木・物権法(2007)255頁]参照)。

*図90 抵当権者の一般財産に対する効力

この場合,Aが先に抵当権を実行し,その競売代金5,000万円で弁済を受け,残債権5,000万円でBの他の財産乙に対して一般債権者の資格でかかっていくと,乙財産からのAとCの取り分は,同額の3,000万円となる。

これに対して,もしも,Aが債権額全額について乙財産にかかっていくことを許すと,乙財産からのAの取り分は4,000万円,Cの取り分は2,000万円ということになり,Aの取り分は甲財産・乙財産を合わせると9,000万円となるのに対して,Cは本来の取り分から1,000万円減少して,2,000万円となってしまい,Cにとって酷な結果となる。

したがって,抵当権者は,抵当権者として優先弁済権を行使できる限度で,一般債権者として権利行使することを制限され,優先弁済権を行使できる債権額を除いた額でしか,一般財産に対して,一般債権者として配当加入することは許されない。抵当権者が先に一般財産に執行しようとすれば,一般債権者は異議を述べることができる〈大判大15・10・26民集5巻741頁〉。

大判大15・10・26民集5巻741頁
 民法394条1項の規定は,抵当権者が抵当不動産以外の債務者の財産に付,先づ弁済を受け又は之を受けんとする場合に普通債権者に対し異議権を与へたるに止まり,抵当権者が債務者に対し先づ抵当不動産に付,其の弁済を受くべき義務を定めたるものに非ざるを以て,抵当権者が抵当不動産以外の債務者の財産に付,先づ其の弁済を受け又は之を受けんとしたる場合に,債務者は何等之を拒否すべき権利なきものとす。

上記の判例〈大判大15・10・26民集5巻741頁〉が,一般債権者は一般財産に対して執行を行うことに対して異議を述べることができるとしつつも,抵当権者の執行を停止できないとするのは矛盾しており,抵当権者の一般財産に対する担保不動産執行に対しては,一般債権者は,抵当権の目的物の範囲を超えており,抵当権の効力が生じないとして,執行異議の申立て[民事執行法182条]をすることができると解すべきである。ただし,例外として,抵当権者が競売を行う前に他の債権者が債務者に対して強制執行を行う場合のように,抵当不動産の代価に先立って他の財産の代価を配当する場合には,抵当権者も一般債権者として,一般財産から,債権の割合に応じて配当を受けることができる[民法394条2項本文]。

もっとも,この場合においては,他の各債権者は,抵当権者がまず抵当不動産から優先弁済を受け,その後に一般財産から配当を受ける場合と同様の配当が実現されるようにするため,優先弁済を受ける抵当権者に対して,配当されるべき金額を供託するよう請求することができる[民法394条2項]。

*表55 抵当権者の一般財産に対する効力(正誤対照)
正しい配当
甲不動産
5,000
乙不動産
6,000
全財産
11,000
優先弁済権 残債権額に応
じた按分比例
合計額


A
10,000万円
5,000万円 3,000万円 8,000万円
C
5,000万円
0円 3,000万円 3,000万円
誤った配当
甲不動産
5,000
乙不動産
6,000
全財産
11,000
優先弁済権 債権額に応じ
た按分比例
合計額


A
10,000万円
5,000万円 4,000万円 9,000万円
C
5,000万円
0円 2,000万円 2,000万円

このため,結果的には,抵当権者は,抵当目的物によってカバーされる優先弁済額を除いた額に基づいて計算される配当額に等しい額しか配当を受けることができない。

民法394条による優先弁済権を有する抵当権と優先弁済権を有しない一般債権者との利害調整の方法は,優位な立場に立つ者に対して,劣後する者への配慮を求めるものであり,高く評価されるべきである。このことは,神聖不可侵の権利であっても,相隣関係等において,さまざまな義務を求められるという法原理,すなわち,「所有権は義務を伴う」のと同様に,「優位な立場に立つものは,そうでない者に対する義務を伴う(ノブレス・オブリージュ:Noblesse oblige)」という格言を「担保物権の王」とされる抵当権に対して適用したものと考えることができるであろう。

このように考えると,目的不動産に対して優先弁済権と追及効という最大の権利を有する抵当権者が,目的不動産が滅失・損傷もしていないのに,目的不動産に対する担保不動産執行を温存しつつ,さらに目的不動産以外の債務者の一般財産に属する賃料債権に対して,物上代位によって優先弁済権を行使することの不当性,そして,その結果,賃貸借の維持・管理に必要な賃料収入が断たれ,賃貸借を成り立たせなくさせることの不当性がよく理解できるようになる。この点については,抵当権に基づく物上代位の箇所(*第16章第5節E(抵当権における物上代位とその範囲))で詳しく論じることにする。

D. 抵当権の追及効とその限界
(a) 目的物に対する抵当権の追及効

抵当権は,債務者または物上保証人の財産の中から特定の財産を債務の弁済のために引当となる不動産を登記によって特定させ,債務の任意の弁済が得られないときは,その特定の不動産から,他の債権者に先立って優先弁済を受けることのできる権利である[民法369条]。

通常の債権の場合は,債務者の一般財産の中に存在する特定の財産が譲渡された場合には,その財産は,原則として,債務者の責任財産から離脱する。

しかし,これには,3つの例外がある。第1は,詐害行為取消権[民法424条]によって,債務者の責任財産を保全し,受益者または転得者に対して追及できる場合であり,第2は,財産の譲渡,賃貸,滅失・損傷の見返りとして,債務者に代金債権,賃料債権,損害賠償債権等が発生した場合に,その債権に対して,債権者が債権者代位権または物上代位を行使しうる場合であり,そして,第3が,責任財産が抵当権(譲渡担保を含む)の登記または代物弁済の仮登記によって特定されている場合である。

抵当権の場合,通常は,物権だから追及効があると説明されているが,先に述べたように,物権であっても,登記を有しない不動産物権には追及効がない。また,担保物権内部においても,留置権や動産質権は,占有によって,それぞれ,事実上の優先弁済権または真の優先弁済権を確保するのであり,占有を失えば,追及効がなくなってしまう。さらに,担保物権といわれる一般先取特権,動産先取特権には,そもそも追及効は存在しない。したがって,通説のいうように,物権であるから追及効があるということにはならない。

このように考えると,担保物権の追及効というのは,動産の占有の継続または不動産等の登記によって責任財産を特定させ,その責任財産について優先弁済権を確保することに他ならない。

債権の場合であっても,不動産賃貸借契約については,登記をすれば,目的不動産が第三者に譲渡された場合であっても第三者に対抗できる[民法605条]とされているのであり,抵当権の追及効も,物権の効力ではなく,登記による,優先弁済権の生じる責任財産の保全の効果と考えるのが正当であろう。

(b) 分離物(分離された付加物)に対する抵当権の追及効

(i) 抵当権の分離物に対する追及効 抵当権の目的物の使用・収益権能は,抵当権の設定者(債務者または物上保証人)にあるため,通常の使用・収益によって付加物が抵当不動産から分離されて付加物である状態でなくなったときは,その分離物には抵当権の効力は及ばない。

問題が生じるのは,抵当山林の木材が,正当な利用の範囲を超えて伐採された場合のように,抵当権の目的物である不動産が,付加物が分離された状態では債権を満足させることができない場合である。なお,現代的な問題としては,劇場の建物から照明器具等の数億円に上る高価な舞台装置が搬出されるという例〈東京高判昭53・12・26下民集29巻9-12号397頁〉を考えることができよう([内田・民法V(2005)443頁],[田・物権法(2008)206頁])。

判例は,当初は,立木が伐採されると不動産の性質を失って動産となるから,物上代位の可能性はあるが,抵当権の効力は及ばないとしていた〈大判明36・11・13民録9輯1221頁〉。しかし,その後,抵当権が実行され,競売が開始されたときは,差押えの効力が生じるため,それ以後の伐採・搬出は禁止されるとしている〈大判大5・5・31民録22輯1083頁〉。また,判例は,抵当権実行後に搬出された材木に対しても追及することができるとしており,競売が開始されない時点でも,抵当権自体に基づき搬出禁止を認めるに至っている〈大判昭7・4・20新聞3407号15頁〉。ただし,競売が開始されない段階で搬出されてしまった木材に追及効が及ぶかどうかについては,明らかではない。

抵当権の追及効の観点からすると,分離物に抵当権の効力が及ぶといっても,分離された付加物は,最終的には独立の動産となり,したがって,独立の所有権の対象となりうる。したがって,分離物がどのような状態であれば,依然として抵当権の追及効が及ぶのかという基準時が,ここでの主要な問題となる。

本書の立場を先取りして述べると,抵当権の追及効の限界について,民法397条は,抵当不動産の第三取得者が「取得時効に必要な要件を具備する占有をしたとき」に抵当権の追及効が消滅することを明らかにしている。したがって,分離された付加物の場合にも民法397条を類推し,目的物が第三者によって善意取得されるまでは追及力が保持されると考えるのが正当であろう。

(ii) 分離物に対する追及効の限界時点 抵当権の効力が分離された付加物にも及ぶことについては争われていないが,分離物は,やがては独立の動産となるため,追及効の限界はどこにあるのか,すなわち,分離物に対する抵当権の追及効はどの時点で消滅するのかについては,以下の学説が対立している。

(A) 搬出基準(場所的一体)説 分離物が抵当不動産と場所的一体性を保っている限りにおいて抵当権の効力は及ぶが,それを失えば効力は及ばないとする説である。この説は,理論構成によってさらに2説に分類されている。

(a) 対抗力喪失説 この説によれば,抵当権は,付加物を含めて目的物全部を支配する物権なので分離物にも支配力が及んでいるという。しかし,抵当権は登記を対抗要件とする権利だから,分離物が抵当不動産の上に存在し,登記により公示に包まれている限りにおいてだけ第三者に対抗できるということになる。つまり,不動産の所在場所から搬出されると対抗できなくなるという考え方である([我妻・担保物権(1968)268頁],[鈴木・物権法(2007)240-241頁])。

(b) 効力切断説 分離物が取引観念上,不動産と一体的関係にあれば,民法370条の付加物に含まれるが,搬出されると付加物ではなくなり,抵当権の効力は切断されるとする[川井・担保物権(1975)53頁]。

上記の両説は,第三者が木材を不当に搬出した場合に,抵当権に基づく物権的請求権が発生するかどうかで結論を異にする。しかし,追及効に関しては,結論に相違はない。

(B) 即時取得基準説 分離物は,第三者が即時取得するまでは,抵当権の効力が及ぶとする説である。

抵当権の効力の及ぶ範囲を広く認めようとする背景には,悪意の第三者は排除されるべきであるとの考慮が働いていたり[星野・民法概論U(1976)252頁],工場抵当法5条1項(抵当権は第2条の規定に依りて其の目的たる物が第三取得者に引渡されたる後と雖も其の物に付之を行ふことを得),同法同条2項(前項の規定は民法192条乃至第194条の適用を妨げず)の考え方を尊重すべきであるとの考慮が働いている([高木・担保物権(1993)123頁])。工場抵当の事案ではあるが,最高裁は,工場から搬出された動産について,即時取得されない限り,元の据付場所である工場へ戻すことを請求できるとしている〈最二判昭57・3・12民集36巻3号349頁(民法判例百選T〔第6版〕第89事件)〉。

工場抵当法2条の規定により工場に属する土地又は建物とともに抵当権の目的とされた動産が,備え付けられた工場から抵当権者の同意を得ないで搬出された場合には,第三者において即時取得をしない限りは,抵当権者は,搬出された目的動産をもとの備付場所である工場に戻すことを請求することができる。
*図91 最二判昭57・3・12民集36巻3号349頁
民法判例百選T〔第6版〕第89事件

しかし,工場抵当の場合には,抵当権の効力の及ぶ付合物・従物をすべて目録に記載しなければならず[工場抵当法3条],その目録は登記簿の一部とみなされ,目録の記載は登記とみなされており[工場抵当法3条2項,4項],それを前提にして,即時取得が成立するまで,追及効が特別に認められている。したがって,その理論を,付加物について登録がなされない通常の抵当権の場合に持ち込むのは,妥当ではない[我妻・担保物権(1968)269頁]との反論が成り立ちうる。ただし,この説(搬出基準説)によるときは,悪意者の扱いが問題となる。背信的悪意者に対しては,信義則の法理に基づいて,または,詐害行為取消権の法理を用いて追及効を認めることを可能としなければならないことになろう。

民法397条は,「債務者又は抵当権設定者でない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは,抵当権は,これによって消滅する」と規定しており,この規定が,第三者の取得時効による抵当権の追及効の限界を示すものであることは,第9節C.(d)(債務者または抵当権設定者以外の者による抵当不動産の取得時効による抵当権の追及効の消滅[民法397条])で詳しく論じる。この点からも,即時取得基準説の結論は,妥当である。

(C) 物上代位性説 抵当権の物上代位性から勿論解釈として,抵当権は分離物の上に及ぶとする。ただし,それを実現するためには,304条による差押えが必要であるとする[柚木=高木・担保物権(1973)277頁]。

しかし,物上代位の制度は,抵当権の目的物の価値の減少を生じさせるのと同一事実に基づいて債務者または物上保証人の一般財産が増加した場合に,抵当権者にその増加した権利(代金債権,賃料債権,損害賠償債権・保険金債権)に対する権利行使を認める制度である。

したがって,分離物の搬出によって追及効が及ばなくなった場合に,分離物の代金債権に対して物上代位が認められることはあっても,分離物は,抵当権の登記によって特定される目的物からは離脱しており,代償物の場合とは異なり,債務者・物上保証人の責任財産にとどまっているものではないため,物上代位の考え方を利用することはできないといわなければならない。

抵当権の目的物の範囲は,当事者間では合意で定まるが,第三者に対する効力は,登記によって判断するほかない。したがって,分離物が不動産と場所的一体性を保っている間は,登記の公示力を付加物であった分離物に対しても認めることが可能であり,抵当権の効力を及ぼすことが許される。しかし,不動産の分離物が搬出された後は,分離物に対する抵当権の追及効は弱められ,最終的に消滅すると考えるのが正当であろう。しかし,公示は,第三者に権利の所在を周知させるためであり,分離した途端に抵当権は消滅するとして悪意の第三者を保護する必要はない。そうすると,第三取得者の善意・無過失を要件として抵当権の消滅を認める即時取得基準説が妥当である。

(c) 建物が倒壊し木材となった場合の木材に対する追及効

抵当建物が崩壊して木材となった場合,判例・通説は,抵当権の目的物である不動産は,木材という動産となることによって不動産としての本質を失ったのであるから,抵当権は,物権法の一般原則によって消滅するとしている(〈大判大5・6・28民録22輯1281頁〉,[我妻・担保物権(1968)269頁],[川井・担保物権(1975)58頁])。

しかし,ここでも,抵当権は物権だからというだけの理由で,付合物が分離されたが不動産と同一場所にとどまっている場合の解決方法とは,極端に異なる結論が導かれている。判例は,さすがに,抵当権の実行着手後の建物崩壊の場合には,木材に抵当権の効力が及ぶとしているが〈大判大6・1・22民録23輯14頁〉,抵当権の実行の着手がなされていない場合であっても,利益状況は同様のはずである。

山林の木材が,正当な理由の範囲を超えて,すべて伐採されて分離物となったが,その場所にとどまっている場合は,その動産に抵当権の効力が及ぶ。しかし,抵当建物が倒壊して動産になった場合には,抵当権の効力が及ばないというのは奇妙である。

抵当権を物権とは考えない本書の立場では,建物の倒壊をもって,直ちに,物権である抵当権も消滅すると考える必要はない。むしろ,建物の崩壊の場合も,抵当権の効力を公示する登記の効力は,倒壊木材にも及んでいると考えることが可能である。

この場合,物上代位の問題が発生しないことは,分離物の箇所で論じた通りであり([柚木=高木・担保物権(1973)277頁]は,物上代位の効力として倒壊木材に抵当権の効力が生じるとするが,倒壊木材は,抵当目的物の代償物ではない),抵当権の追及効は,分離物の場合と同様,登記建物と一体性を保っていると考えられるので,倒壊木材に及ぶと考えるべきである[鈴木・物権法(2007)241頁]。

E. 抵当権侵害(優先弁済権侵害)に対する効力

第三者が抵当目的物である建物等を損傷しても,抵当山林を伐採した場合でも,残存価値が被担保債権額を超える場合には,抵当権者には,原則として,損害賠償請求権は発生しない〈大判昭3・8・1民集7巻671頁〉。

抵当権侵害に対する抵当権者の救済手段としては,第1に,債権者の立場として,債権侵害に基づく損害賠償を請求することと,第2に,優先権を有する債権者として,執行妨害等の優先弁済権を害する行為について,優先弁済が実現できない限度で,債権侵害に準じて不法行為に基づく損害賠償を請求すること,第3に,債権の優先弁済権者として,目的物の価値減少によって,被担保債権の優先弁済が受けられなくなることに対して,損害賠償を求めること,債権者代位権を使って,抵当権設定者(目的物の所有者)が有する請求権を代位行使することに限定される。

この点に関しては,所有権者である抵当権設定者の権利を代位行使すること以外に,抵当権者に抵当目的物の直接の引渡請求を認めようとする見解があり,最高裁もこの見解を採用している〈最一判平17・3・10民集59巻2号356頁(民法判例百選T〔第6版〕第88事件)〉。

 抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても,抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり,その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,当該占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができる。
 抵当不動産の占有者に対する抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり,抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には,抵当権者は,当該占有者に対し,直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる。
 抵当権者は,抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。
*図92 最一判平17・3・10民集59巻2号356頁
民法判例百選T〔第6版〕第88事件

しかし,抵当権者に管理占有を認めることは,設定者から使用・収益権を奪わないという抵当権の本質に反することになる。抵当権に物権的請求権を認めると,第1に,複数の抵当権者が存在する場合に,誰に明渡しをすべきかについて,特定ができないという難問が生じる。第2に,抵当権者に引渡しを認めると,抵当権者に不動産の管理を義務づけることになるが,管理のノウハウを持たない抵当権者は,第三者への管理委託に頼らざるを得ないが,そうすると,高額の管理コストが発生する上に,抵当権者は,工作物責任をも負担することになる。第3に,そのようなコストは結局,抵当不動産の買受人の負担となるため,競売価格を低下さることになり,抵当権者による競売妨害のおそれさえ生じさせかねない[清水(元)・担保物権(2008)37−38頁]。このような点を考慮するならば,債権者に過ぎない抵当権者に物権的請求権を認めるべきではない。

そもそも,物権的請求権という用語は,条文にない学術用語であり,占有を伴わない物権(占有の本権ではない場合)に認められるかどうかの検証は十分になされていない。確かに,物権的請求権は,すべての物権に備わっているかのように,安易に用いられる傾向がある。しかし,物権的請求権は少なくとも,占有を伴わない先取特権には認められない。また,占有を伴う物権であっても,留置権には占有訴権とは区別される本権としての物権的請求権は存在しない[民法302条]。さらに,質権の場合には,明文で占有訴権だけが認められ,本権としての物権的請求権は認められていない[353条]。このように考えると,明文で「占有を移転しない」[民法369条1項]とされ,占有訴権すら否定されているている抵当権に,本権に与えられるべき物権的請求権が認められるとする根拠は存在しない。

なお,抵当権者が債権者として,抵当権設定者の権利をどの範囲で代位できるかについては,債権者代位権の箇所で詳しく論じた(*第5章第4節)。ここでその問題を繰り返すことはしないが,要点だけを述べると以下の通りである(この問題については,コンパクトかつ緻密な議論を展開しているものとして[清水(元)・担保物権(2008)34−38頁]参照)。

ここでの問題は,抵当権に対する執行妨害をいかに解決するかという問題であり,それは,実体法上の問題ではなく,もともと執行法上の問題である。執行法は,その相次ぐ改正を通じて,買受人のために,@引渡命令[民事執行法83条],A売却のための保全命令[民事執行法55条1項1号],B買受けの申出をした差押え債権者のための保全処分[民事執行法77条]を整備し,かつ,抵当権者のためにも,C不動産競売開始前の保全処分[民事執行法187条]を整備している。

最高裁は,当初は,抵当権は非占有担保であり,したがって,執行妨害者に対しても,明渡しを請求することはできないという実体法的には正当な判断をしていた〈最二判平3・3・22民集45巻3号268頁〉。しかし,平成11年当時は,上記のB,Cの制度が不備であったために,抵当権者を保護するため,従来の判決を覆し,抵当権者に債権者代位権による明渡請求を認めたり〈最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁〉,目的物の占有権を有しない抵当権者に対して,物権的返還請求権を認めたり〈最一判平17・3・10民集59巻2号356頁(民法判例百選T〔第6版〕第88事件)〉という,民法の体系を無視したなりふり構わない暴挙に出てしまったのである。

当時としては,それなりの理由があったかもしれないが,執行妨害についての民事執行法の整備が進んだ現在においては,上記の平成11年の大法廷判決〈最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁〉および抵当権に基づく物権的請求権を認めた平成17年判決は,完全に意味を失ったというべきであり,平成3年判決〈最二判平3・3・22民集45巻3号268頁〉の正当な法理に立ち返るべきである。

最二判平3・3・22民集45巻3号268頁
 抵当権者は,抵当不動産を占有する者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として又は抵当権設定者の所有物返還請求権の代位行使として,その明渡しを求めることはできない。

□ 学習到達度チェック(18) 抵当権の効力の及ぶ範囲 □


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