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第21回 抵当権の物上代位

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第21回 抵当権の物上代位 □

抵当権が目的物が滅失・損傷した場合に,これに代わって債務者が取得する損害賠償債権,保険金債権に対して物上代位を行使することができる。この点は,先取特権の場合と同じである。しかし,先取特権の場合には,追及効がないことを理由として認められていた売買代金と賃料債権に対する物上代位については,抵当権には追及効があるためにこれを認める必要性は小さい。現状では,むしろ,これを認める弊害の方が大きい。特に抵当権者による賃料債権に対する物上代位権の行使は,賃貸借の管理にかかわらないにもかかわらず,管理費が含まれている賃料を根こそぎ収奪するため,賃貸物権のスラム化が問題となっているからである。

平成元年最高裁判決〈最二判平1・10・27民集43巻9号1070頁(民法判例百選T〔第6版〕第86事件)〉は,バブル崩壊後不動産の価格が暴落したまま低迷しているという経済状況の下で,不動産競売よりは不動産の賃料等の収益によって優先弁済を受ける方が有利であるという抵当権者の便宜を図って,賃料債権に対する物上代位を認め,これが判例理論として定着を見ている。

しかし,管理に関与しない抵当権者が賃料から優先的に賃料債権をすべて回収することによって,賃貸物件の維持ができなくなるという弊害は甚大であり,賃貸借との調和を保つために,平成15年に不動産収益執行手続が創設された[民事執行法180条2号]。不動産収益執行においては,物上代位の場合とは異なり,不動産の管理と並行して賃料債権に対する執行がなされるため,賃借物権のスラム化が防止できる。このような現状を考慮するならば,抵当権に基づく賃料に対する物上代位権の行使の大義名分は,民法394条の観点からも,大きく後退していること,したがって,賃料債権のうち,少なくとも,管理にかかる費用は,物上代位の効力の範囲から排除する解釈論が要請されていることを明らかにする。


5 抵当権の物上代位


A. 抵当権の物上代に関する本書の立場

民法372条は,民法296条(留置権の不可分性),民法304条(先取特権による物上代位)および民法351条(質権における物上保証人の求償権)の規定を抵当権に準用すると規定している。そして,民法372条によって準用される民法304条を,抵当権に即して書き換えると,以下のようになる。すなわち,「抵当権は,その目的物の売却,賃貸,滅失または損傷によって債務者が受けるべき金銭,その他の物に対しても,行使することができる。ただし,抵当権者は,その払渡しまたは引渡しの前に差押えをしなければならない」となる。

しかし,抵当権は追及効を有するのであるから,先取特権の場合の物上代位とは異なり,目的物の売却,賃貸の場合には,その行使が制限されるべきである。

(a) 目的物の売却の場合

抵当目的物の売却の場合には,その目的物に対して抵当権の追及効が及ぶのであり,さらに重複して,その他の財産(売却代金債権)に対する効力を認めることになる物上代位は,「抵当権者は,抵当不動産の代価から弁済を受けない債権の部分についてのみ,〔かつ,優先権を有さない一般債権者の立場においてのみ〕,他の財産から弁済を受けることができる」としている民法394条の精神に反して許されない。

(b) 目的物の賃貸の場合

目的物の賃貸の場合には,目的物の賃料債権は,債務者の法定果実を構成しており,使用・収益権能を持たない抵当権者が,管理にも関与せずに,旨みのある賃料債権に対して優先的な効力を有する物上代位を行使することは認められない。ただし,賃料債権が,抵当権の目的物の滅失・損傷に類似するような以下の場合には,物上代位が認められるべきである。

第1に,目的物が家屋の場合において,賃貸借によって,目的物の価値が低減することが確実であり,賃料が目的物の実質的な「なし崩し」を実現するとみられる場合には,目的物の滅失に対する債権との類推により,管理費用を除いた賃料債権への物上代位が認められてよい。

第2に,目的物が土地の場合には,賃貸によって土地の価値が下落することはないので,原則としては,物上代位は認められるべきではない。しかし,抵当権設定後の土地の賃貸借の場合においては,抵当権設定時には更地だった土地に建物が建てられて賃貸借がなされた場合も含めて,賃貸借が目的物の価値を減少させるものであり,賃料債権が目的物の価値の低減の代償と同視できる場合には,例外的に,土地の賃料債権に対する物上代位が認められてよい。

(c) 目的物の滅失・損傷の場合

目的物の滅失・損傷の場合の損害賠償債権,保険金債権に対する物上代位は,民法394条にも,民法371条にも抵触するものではなく,民法304条がそのまま準用されるべきである。

*表66 抵当権者の物上代位
一般財産の
価値の増加
抵当目的物の
価値の減少
物上代位の正否
価値の± 増加した権利 価値の± 理由 正否 理由
売却 目的物の売却 代金請求権 ±なし 追及効がある × 目的物の価値の減少がない
賃貸 建物の賃貸 家賃請求権 建物のなし崩し 目的物の価値の減少がある
建物付土地の賃貸 地代請求権 ±なし 土地自体の価値は減少せず × 目的物の価値の減少がない
更地に建物を建築して賃貸 地代請求権 更地の価値が減少 目的物の価値の減少がある
滅失・損傷 目的物の滅失・損傷 損害賠償・保険金請求権 滅失・損傷による減少 目的物の価値の減少がある
B. 目的不動産の売却の場合の代金債権
(a) 売買代金債権に対する物上代位の必要性は存在しない

抵当目的物が売却された場合においても,登記を有する抵当権者は,売却された目的物に対して追及効を有する。すなわち,抵当目的物が売却されても,抵当権者は,それを債務者の責任財産とみなして,それに対して優先弁済権を主張できる。

動産先取特権の場合においては,目的物に対する追及効が存在しないため,目的物の売却の場合に,その売却代金債権に対して物上代位を認める必要性が存在する[民法304条]が,抵当権の場合には,上に述べたように追及効があるため,目的不動産の価値はすべて保存されており,それに代わるものとして物上代位を認める必要性は存在しない[清水(元)・担保物権(2008)39-40頁]。

(b) 売買代金債権に対する物上代位を否定する理論的根拠

もしも,抵当権者が抵当目的物に追及効を有しているにもかかわらず,売却代金債権に対しても物上代位を行使しうるとすると,結果的には,抵当権者は,抵当不動産の代価をもって弁済を受けうるのに,目的不動産の売却代金債権(抵当目的物以外の債務者の他の財産)からも弁済を受けることになってしまう。このことが,民法394条の趣旨に反すること,すなわち,抵当権者は,抵当不動産の代価から弁済を受けられない債権の部分についてしか,しかも,優先権を有さない一般債権者としての立場でしか,他の財産から弁済を受けることができないという原則に反することは明らかである。

(c) 売買代金債権に対する物上代位を認めた場合の実際上の問題点

例えば,債務者B所有の5,000万円の不動産に対して,Aが2,000万円の債権を担保するために抵当権を有するとしよう。この抵当権につき不動産をCがBから購入する契約を締結したとする。この場合,BC間の売買代金をどのように決定すべきかは,Aの物上代位が認められるか否かで多大な影響を受ける。

*図96 追及効と物上代位の競合

Bから不動産を購入しようとするCが,Aの追及を考慮して,抵当不動産を抵当権のついたまま3,000万円で購入することにしたとしよう。この場合,Bは,Cから3,000万円を取得して,すべてが清算されたと考えるはずである。ところが,意に反して,AがBの代金債権に物上代位を行使してきたとする。

もしも,Aの物上代位が認められるとすると,Bは,3,000万円の代金債権のうち1,000万円しか取得できず,その見返りとして,Cは代金3,000万円で負担のない5,000万円の不動産を取得することになってしまう。もちろん,この場合は,Bは,Cに対して,2,000万円の不当利得の返還請求を行うことになるであろう。しかし,もともとAは,民法394条の精神に従って,追及効による抵当権の行使ができる場合には,抵当目的物以外の財産に対する権利行使としての物上代位の行使が否定されるべきなのである。

これとは反対に,Aからの物上代位を予想して,BC間で,抵当不動産の代金を5,000万円に定めたとしよう。この場合に,Aが意に反して追及効を行使したとすると,Cは,代金5,000万円のほかに,土地の競売を防止するために,さらに,2,000万円をAに支払わなければならなくなってしまう。この場合には,Cが,Bに対して,2,000万円の担保責任の追及[民法567条]または不当利得の返還請求を行うことになろう。

このように考えると,抵当権の場合には,先取特権の場合と異なり,その性質上,目的不動産の売却の場合には,物上代位は生じないと解すべきである。

もっとも,山林の立木(目的物の付加物)が不当に伐採されて売却された場合のように,目的物自体の問題ではなく,目的物の付加物が分離されて売却された場合には,抵当権の追及効は,分離物に及ばないため,分離物の売却代金債権に対して物上代位を認めることは必要であり,例外的に物上代位が認められるべきである(第3節E.(b)(分離物に対する追及効の限界時点)参照)。

C. 目的不動産の賃料債権
(a) 抵当権の物上代位と不動産先取特権の物上代位との類似性

物上代位を規定している民法304条は,先取特権の総則として,先取特権一般について,目的物の売却,賃貸,滅失・損傷の場合に物上代位が認められるとしている。しかし,そもそも,先取特権の場合ですら,物上代位について,一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権のそれぞれの特性を無視して,一律に考えることはできない。

確かに,動産先取特権の場合には追及効がないため,売買代金債権,賃料債権,損害賠償・保険金債権のすべてについて物上代位が認められるのは当然である。しかし,先取特権の場合に限定しても,一般先取特権の場合には,売却代金債権,賃料債権,損害賠償債権を含めて,債務者の全財産について先取特権の効力が及ぶため,物上代位は全く問題にならない。また,不動産先取特権の場合には追及効があり,土地の賃貸の場合は価値の減少をもたらさないため,売却,賃貸の場合は,原則として物上代位は認められず,目的物の滅失・損傷の場合にのみ物上代位が認められるべきである。もっとも,建物の賃貸の場合は,賃貸が目的物の価値の減少をもたらし,賃料が目的物の価値の「なし崩し」とみなしうる場合に限って,動産先取特権の場合に準じて,例外的に物上代位が認められるべきことはすでに述べた通りである。

抵当権の場合の物上代位は,先取特権における民法304条が準用されているが,動産先取特権を念頭において規定された民法304条をそのまま抵当権に準用すべきではない。抵当権に準用されるべき物上代位は,動産先取特権における物上代位ではなく,不動産先取特権における物上代位であると考えなければならない。

(b) 民法371条との整合性

抵当権の目的物の賃貸の場合に,原則として物上代位を認めないものの,建物賃貸の場合において,賃貸が目的物の「なし崩し」とみなすことができる場合に限って賃料債権に対する物上代位を認めると,そのことは,民法371条が不動産収益執行の場合を念頭において賃料(法定果実)に対して抵当権の効力が及ぶとしていることに反するのではないかという点が問題となる。

しかし,建物から生じる法定果実について物上代位の効力が及ぶのは,建物の価値を維持したままさらに独立した物を創造するという果実としての性格を有していない場合,すなわち,建物の使用によって建物の価値が減少する場合に限られると考えるべきであり,その場合には,法定果実は,むしろ建物の代償としての性格を有していると考えるのが適切である。したがって,建物の賃貸の場合には,賃料債権は,建物の損傷の代償に類するものとして,それに対して物上代位を認めることは,民法371条に違反しないと解すべきである。

また,土地の賃貸の場合であっても,抵当権設定後になされた土地の賃貸借の場合,抵当権設定当時は,更地であったのに,その後,抵当権設定者がその土地に建物を建てて,他人に土地を貸したという場合も含めて,もしもそれが土地の価値を減少させるものである場合には,賃料はその代償物という性格を有するため,その場合には,抵当権者による賃料に対する物上代位が認められるべきである。

従来の判例は,賃料に対する物上代位を否定していた〈大判大6・1・27民録23輯97頁〉が,平成元年以来,最高裁判決は,建物賃貸借に関して,賃料が供託された場合に,還付請求権に物上代位を認めることを通じて,賃料債権に対する物上代位を認める方向を打ち出している〈最二判平1・10・27民集43巻9号1070頁(民法判例百選T〔第6版〕第86事件)〉。

 抵当不動産が賃貸された場合においては,抵当権者は,民法372条,304条の規定の趣旨に従い,賃借人が供託した賃料の還付請求権についても抵当権を行使することができる。
 目的不動産に対して抵当権が実行されている場合でも,実行の結果抵当権が消滅するまでは,賃料債権ないしこれに代わる供託金還付請求権に対しても抵当権を行使することができる。
*図97 最二判平1・10・27民集43巻9号1070頁
民法判例百選T〔第6版〕第86事件

最高裁が判例を変更したのには,バブル経済の崩壊により地価を含めた不動産価格が低迷し,抵当権の実行によっても債権の回収が進まなくなったため,不良債権の解消のため,抵当権者が債権回収の方法として,抵当目的物の賃料に対する物上代位を多用するようになったという時代背景がある。

最高裁は,その後の一連の平成10年判決〈最二判平10・1・30民集52巻1号1頁〉,〈最一判平10・3・26民集52巻2号483頁〉)により,賃料債権に対する物上代位を賃料債権が譲渡された場合にも認めたり,物上代位の対抗要件を,民法304条で定められた物上代位に基づく差押えではなく,抵当権の登記であるとしたりという判断を下すに至っている。

上記の一連の最高裁平成10年判決は,第三債務者保護説を採用したものとしても有名である。後に,物上代位の差押えの意義の箇所で詳しく検討するように,平成10年判決は,第三債務者の保護のため,物上代位権の行使には,担保権者自身による差押えが必要であり,かつ,その差押命令の送達が第三債務者に到達することが,物上代位権に基づく優先弁済権の対抗要件であることを明らかにしており,この点は,高く評価できる。しかし,結果的には,賃料債権が譲渡されたとの通知を受けたり,一般債権者からの差押えを受けたりした場合にも,賃借人に対して入居した物件に抵当権があるかを登記簿で確認した上で,それ以前に抵当権の登記がある場合には,後になされる抵当権者の物上代位を優先して弁済せよという酷な要請をすることになる点で,第三債務者保護説の立場を一貫させていないように思われる。また,抵当目的物に対する追及効を有している抵当権者に無制限に物上代位を認めることについては,学説からは,強い批判がなされている。その理由は,以下のとおりである。

  1. 抵当目的物に対して追及効と優先弁済権を保持している抵当権者に,物上代位を認めることは,一般財産に対して優先権を持たないはずの抵当権者を不当に保護することになるだけでなく,物上代位は,強制管理とは異なり,不動産自体の管理の費用等を負担せずに,旨みだけを吸い上げるものであり,それを認めることは公平の原則に反する。
  2. 物上代位によって管理費等まで差し押さえられる結果,賃貸人である抵当権設定者は,修繕を含めた管理ができなくなり,賃貸物件がスラム化するおそれがある。
  3. 物上代位によると,先に申し立てた抵当権者が優先的に債権を回収でき,抵当権の実体法上の優先順位に従った回収が実現されない。
  4. 執行妨害目的の占有があるような場合には,不動産自体の占有を取得する管理手続きでなければ適切な対応ができない。

2003年の担保・執行法改正によって,担保不動産収益執行の制度[民事執行法180条2号]が導入されたときに,代替的措置としての賃料に対する物上代位を廃止するかどうかが議論された。上記のような理由で,賃料に物上代位を認めることには,批判も強かったが,結果的に,物上代位も並存させることになった。小規模不動産等については,特に,物上代位の簡便さが収益執行によっては代替困難である点などが考慮されたからである。しかし,以下のように,現実には,物上代位のターゲットになっているのは,小規模のマンションではなく,大規模なオフィスビルだという(東京弁護士会弁護士研修委員会編『不動産競売にからむ諸問題』商事法務研究会(1999)148頁)。

ワンルームマンションに限らず,マンション・アパート等では,…差押えをかけても結局空振りに終わるこということになります。正直なところ,金融機関側から見ますと一番ターゲットにし易いのは,やはり優秀な企業の入ったオフィスビルということになろうかと思います。
(c) 転貸借がなされた場合の転貸賃料に対する物上代位

抵当不動産が転貸された場合に,抵当権者は,賃料債権ではなく,転貸賃料に対しても物上代位権を行使しうるかどうかについて,最高裁〈最二判平12・4・14民集54巻4号1552頁〉は,以下のように,原則として否定する方向に向かっている。

*図98 抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位
最二判平12・4・14民集54巻4号1552頁(債権差押命令に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件)破棄差戻
 抵当権者は,抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合を除き,右賃借人が取得する転貸賃料債権について物上代位権を行使することができない。
 民法372条によって抵当権に準用される同法304条1項に規定する「債務者」には,原則として,抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし,所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的責任を負担するものであるのに対し,抵当不動産の賃借人は,このような責任を負担するものではなく,自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。同項の文言に照らしても,これを「債務者」に含めることはできない。また,転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると,正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人(転貸人)の利益を不当に害することにもなる。もっとも,所有者の取得すべき賃料を減少させ,又は抵当権の行使を妨げるために,法人格を濫用し,又は賃貸借を仮装した上で,転貸借関係を作出したものであるなど,抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には,その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。

最高裁の結論はもっともであるが,その理由は説得力を持たない。なぜなら,民法613条は,転借人に対して,転借人は賃貸人に対して「直接に義務を負う」と規定している。したがって,賃料債権に対して物上代位を認める最高裁の立場に立てば,抵当権者が転貸賃料に対して物上代位を認めることについて,転借人は「債務者」ではないというのは,理由として成り立たないからである。

(d) 物上代位の対象となる賃料債権に対する賃借人による相殺

賃料債権に対して物上代位権による差押えがなされたときに,賃借人は,賃貸人(抵当権の設定者・債務者)に対して有する債権を自働債権として賃料債権との相殺をすることができるか。民法511条の反対解釈〈最大判昭45・6・24民集24巻6号587頁〉によれば,賃借人は,差押え前に取得した保証金返還債権や敷金返還債権を自働債権として,賃料債権を相殺によって消滅させることができるはずである。

ところが,最高裁は,保証金返還債権の場合において,賃料債権の相殺による消滅の効力を否定した〈最三判平13・3・13民集55巻2号363頁〉。

最三判平13・3・13民集55巻2号363頁(取立債権請求事件)上告棄却
 抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。けだし,物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきであるからである。
 そして,上記に説示したところによれば,抵当不動産の賃借人が賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺する旨を上記両名があらかじめ合意していた場合においても,賃借人が上記の賃貸人に対する債権を抵当権設定登記の後に取得したものであるときは,物上代位権の行使としての差押えがされた後に発生する賃料債権については,物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができないと解するのが相当である。

一般に保証金といわれるものには,第1に,敷金としての性質を有するもの,第2に,返還義務のない権利金としての性質を持つもの,金銭消費貸借としての性質を有する建設協力金に該当するもの等があるとされている[田・物権法(2008)186頁]。本件の場合,保証金は,賃貸借契約の終了時に返還される敷金と同視しうるものであり,賃料債権と密接な関連を有している。それに対して,抵当権を有する債権は,単なる貸金債権であり,賃料との間に密接な関連を有していない。このような場合には,保証金返還債権の発生の時期,抵当権の設定登記の時期,物上代位の差押えの送達の時期等の時間的順序に注目して優先順序を決定することは,不動産先取特権と抵当権の優先順位の箇所(*第14章第3節C(不動産先取特権とその優先順位))でも述べたように,無意味である。異なる優先弁済権が競合した場合の優先順位の決定基準は,何よりも,どちらの債権が目的物または目的債権の維持・増加に貢献したかという考慮であり,その際に重要な役割を果たしているのが,担保目的と,それぞれの債権との間の牽連性の強弱である。そして,賃料と密接な関連を有する保証金返還債権に基づく相殺と,貸金債権に基づく抵当権による物上代位とを比較すれば,目的債権である賃料債権と最も密接な関連を有するのは,保証金返還債権であり,それに基づく相殺を優先すべきである。

上記の最高裁平成13年判決〈最三判平13・3・13民集55巻2号363頁〉は,このような競合する債権間の牽連性の問題について,全く考慮しておらず,学説によって,厳しく批判されることになった([深川・相殺の担保的機能(2008)427-439頁],[田・物権法(2008)232-232頁])。

賃借人に対し自身が入居した物件に抵当権があるかを登記簿で確認せよとするのは酷であり,だからこそ差押えが賃借人保護のために必要なのだ,という文脈で理解できるものであった。13年判決は,抵当権登記があるから,相殺による賃借人の敷金返還への期待が封じられることも正当化できると述べるが如くであるが,これは妥当とはいえまい[田・物権法(2008)232-232頁]。

そして,敷金の場合には,上記の最高裁の13年判決と抵触しないように,敷金の充当という法理を使って,実質的には,敷金返還債権と賃料債権の相殺を,抵当権に基づく物上代位よりも優先する結果を導いている〈最一判平14・3・28民集56巻3号689頁〉。

最一判平14・3・28民集56巻3号689頁(取立債権請求事件)上告棄却
 敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合において,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度で消滅する。
 賃貸借契約における敷金契約は,授受された敷金をもって,賃料債権,賃貸借終了後の目的物の明渡しまでに生ずる賃料相当の損害金債権,その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することとなるべき一切の債権を担保することを目的とする賃貸借契約に付随する契約であり,敷金を交付した者の有する敷金返還請求権は,目的物の返還時において,上記の被担保債権を控除し,なお残額があることを条件として,残額につき発生することになる(最高裁昭和46年(オ)第357号同48年2月2日第二小法廷判決・民集27巻1号80頁参照)。これを賃料債権等の面からみれば,目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅することになる。このような敷金の充当による未払賃料等の消滅は,敷金契約から発生する効果であって,相殺のように当事者の意思表示を必要とするものではないから,民法511条によって上記当然消滅の効果が妨げられないことは明らかである。
 また,抵当権者は,物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前は,原則として抵当不動産の用益関係に介入できないのであるから,抵当不動産の所有者等は,賃貸借契約に付随する契約として敷金契約を締結するか否かを自由に決定することができる。したがって,敷金契約が締結された場合は,賃料債権は敷金の充当を予定した債権になり,このことを抵当権者に主張することができるというべきである。
 以上によれば,敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合においても,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度で消滅するというべきであり,これと同旨の見解に基づき,上告人の請求を棄却した原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。

この判決は,優先弁済権が競合する場合には,それぞれの債権と目的債権との牽連性との強弱を考慮して判断すべきであり,抵当権に基づく物上代位は,賃借人の敷金返還債権に基づく相殺に劣後すると考える本書の立場と結論において同じであり,その意味で,高く評価されるべき判決であると考えている。

なお,債権譲渡と相殺との関係に関しては,以下の最高裁判決があり,弁済期のいかんを問わず相殺ができるとしている〈最一判昭50・12・8民集29巻11号1864頁〉。

D. 目的不動産の滅失・損傷に基づく損害賠償債権・保険金債権

抵当権者は,第三者が目的物を滅失・損傷した場合に,所有者が取得する不法行為に基づく損害賠償債権(請求権)に対して物上代位を行うことができる〈大判大6・1・22民録23輯14頁〉。また,抵当権者は,建物が焼失したことにより,所有者が取得する火災保険金債権(請求権)に対しても物上代位を行うことができる〈大連判大12・4・7民集2巻209頁〉。

これに対しては,保険金請求権は,保険契約に基づき,保険料支払の対価として生じるものであり,目的物の代償物または変形物ではないとする批判が,主として保険法学者からなされている(民法学者の中にも,保険金は可能な限り物件の修復・補修に用いるべきであるという観点から,保険金請求権に対する物上代位を否定すべきだとする学説[清水(元)・担保物権(2008)42-43頁]が存在する)。

しかし,物上代位の制度は,担保目的物の価値減少を引き起こしたのと同一事実によって債務者または物上保証人の一般財産に債権が増加した場合に,それを担保目的物と同等の物とみなし,目的物の価値が減少した範囲で,担保権者にその債権に対して優先弁済権を付与する制度である。保険金請求権は,目的物の焼失という担保目的物を減少させるのと同一の事実によって発生するのであるから,物上代位制度の趣旨に照らしても,保険金請求権に対して物上代位の行使を認めることは,何らの妨げとならないと解すべきであろう。

確かに,エコロジーの観点からは,保険金は可能な限り物件の修復・補修に用いるべきであるということが強調されるかもしれない[清水(元)・担保物権(2008)42-43頁]。その場合でも,保険金に対する物上代位を全面的に否定する必要はないと思われる。なぜなら,保険金を建物の修復・補修に用いるためにも,以下のように,保険金に対する修復・補修業者による不動産保存の先取特権に基づく物上代位の利用が考えられるからである。

もしも,修復・補修によって抵当建物の担保価値が減少しないのであれば,抵当権者の物上代位は,その根拠を失うことになる。したがって,抵当目的不動産が損傷したが,その修補・補修が可能である場合には,抵当権設定者は,建物の補修を業者に依頼し,その事業者が,不動産保存の先取特権に基づく保険金上の物上代位を行使するという解決方法をとるのが妥当であろう。その場合には,抵当権に基づく物上代位は,担保価値が保全されたことによって意味を失うため,抵当権設定者は,執行異議もしくは執行抗告を申立て[民事執行法182条],または,それに伴う仮処分を通じて執行停止[民事執行法183条]を求めることができると思われる。また,たとえ,抵当権に基づく物上代位が可能であるとしても,民法339条により,それは,不動産保存の先取特権に基づく物上代位には劣後することになるので,保険金を建物の補修に役立てるという目的を達成することができるであろう。


□ 学習到達度チェック(21) 抵当権の物上代位 □


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