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第24回 抵当権と利用権との調和

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第24回 抵当権と利用権の調和 □

抵当権と用益権との関係においては,借地借家法に基づいて,「売買による所有権の移転は賃貸を破らず」という法理が確立した後においても,抵当権設定後の賃借権は抵当権に対抗できないという法理がまかり通っている。しかし,抵当権はそもそも用益権には干渉できない権利であり,売買による所有権の移転さえ賃貸借を破ることができないのに,抵当権が賃貸借を破るというのは,奇妙である。

ここでは,抵当権と利用権の調和に関する理想を述べた我妻説を理解するとともに,その理想が解釈論としては困難とされた理由,および,その困難性を打開するにはどのような方法が考えられるのかを検討する。

以上の検討を踏まえた上で,2003年の担保法改正によって実現された一連の制度,すなわち,民法387条(抵当権者の同意の登記がある場合の賃貸借の対抗力),民法389条(抵当地に建物が築造され場合の土地・建物の一括競売),民法395条(短期賃貸借の廃止と「競売建物の明け渡しの猶予」)が,抵当権と利用権の調和を実現しるうものになっておらず,課題が残されていることを理解する。


8 抵当権と利用権の調和


A. 抵当権と利用権の関係

従来の民法学説をリードしてきた我妻説は,抵当権と用益権との関係について,抵当権が用益権を凌駕している現実に即した解釈論を展開した後に,抵当権と用益権とのあるべき姿(理想)について,以下のような「結語」を述べている[我妻・担保物権(1968)297-298頁]。

根本に遡れば,抵当不動産をみずから用益する者が,競売によって,その用益者としての地位を覆滅されることも批判の余地のある問題である。けだし,現代における不動産所有権は,漸次,客体を物質的に利用する内容を失い,これを他人に物質的に利用させて対価を徴収する機能に転化しようとしているのであり,法律の理想も「所有」に対する「利用」の確保へと向かいつつあるときに,不動産所有権の上の抵当権が終局において不動産の「所有」と「利用」の両者を把握する結果となることは,右の法律理想を裏切るものである。
不動産所有権の上の抵当権もまたその不動産の対価徴収機能の有する交換価値だけを把握するものとなし,目的物の物質的利用権は抵当権によって破壊されないものとすることが,「所有」と「利用」の調和を図ろうとする現代法の理想を貫くものであり,また価値権と利用権との間の真の調和を図るゆえんであろうと思われる。
現行の制度をして直ちにこの理想に達せしめることは不可能であろう。しかしわれわれはここに現行法解釈の目標と理想とをおくべきである。

ところが,このような「所有」と「利用」との理想的な調和点を追求する努力は,現代の通説からは完全に消滅してしまっている。本書では,解釈論としても,このような「所有」と「利用」との調和を実現することが可能であることを示すことにする。

(a) 抵当権の設定登記に遅れて対抗力を取得した賃借権と抵当権との関係

抵当権者と賃借人とは,共通の債務者を挟んで,ともに債権者の立場にある。抵当権者は,通常は,貸金債権者であり,賃借人は,抵当目的物の使用・収益権を有する債権者である。賃借人は,抵当目的物の維持管理に貢献しているが,抵当権者は,目的物に対して,直接的には何の貢献もしていない。したがって,債権の優先弁済権としての立場からすると,抵当権者と不動産保存の先取特権者との関係に対応する。もっとも,賃借人の賃借目的物に対する使用・収益権は,対価としての賃料債務と均衡を保っており,通常の場合は,債権として注目されることは少ない。

しかし,債務者が債務を履行できず,抵当権が実行された場合には,賃借権,特に,借地借家法によって保護される借地借家権は,大きな意味を持つ。借地借家法によって保護される賃借権は,民法605条によって保護される賃借権と同様,すべての第三者に対抗できるものであり,この場合の債務者である賃貸人から賃貸借上の地位を譲り受けるすべての人(目的物の譲受人)に対して対抗できる。このことは,賃貸目的物の売買の場合にも妥当するのであり,さらには,売買の一種である競売にも妥当すると解するのが相当である。

*図115 抵当権と利用権との関係(その1)
対抗力を有する賃借権は,買受人に対抗できる

確かに,現在の通説は,通常の売買の場合にはこの法理(借地・借家人の保護の法理)の適用を認めるが,競売の場合には,この法理を適用することに消極的である。なぜなら,通説は,抵当権者と賃借人との対抗関係を抵当権の登記と賃借人の対抗要件の発生の前後で判断するという,機械的な方法でしかものごとを考えることができず,先に登記した抵当権は賃借人に対抗できるため,抵当権の実行によって抵当目的物を買い受ける買受人は,利用権の負担のない完全な所有権を取得すると考えているからである。

しかし,これは,余りにも抵当権者にとって都合のよい考え方である。その理由は,競売も売買に過ぎず,買受人は,抵当目的物を原始取得するわけではなく,抵当権設定者(この場合は賃貸人)が有する所有権を承継取得しているに過ぎないという点を無視しているからである。また,抵当目的物が賃借目的物である場合には,抵当権者にとっても,賃借権の存在は当然に予期できるのであり,また,抵当権の実行による不動産競売によって買受人が得る権利は,抵当権設定者(所有者)である賃貸人の権利であり,その権利に対抗力のある賃借権が設定されている場合には,買受人はその負担をも当然に引き受けなければならない。

ところで,不動産競売が行われると,民事執行法59条により,抵当権が消滅するとともに,抵当権に対抗できない権利は,目的物の売却によって消滅するとされており,通説によると,抵当権に遅れて対抗力を得た賃借権は,抵当権に対抗できないと解されている。

しかし,抵当権と競合する他の権利との優先権の順位は,必ずしも,登記の順序によらないことは,民法339条によって明らかであり,抵当目的物の賃借人は,賃借物を善良な管理者の注意をもって保存し,その費用償還請求について留置権をも有する地位に立つ者である。したがって,抵当権者との関係では,賃借人は,民法339条にいう,不動産保存の先取特権者に類する地位を有していると解することができる。そして,民法339条にいう登記をした先取特権者に,建物の登記をした借地人をはじめとして,対抗力を有する賃借人がこれに含まれるとすれば,それらの権利者は,民法339条の類推により,抵当権者に優先する地位を有することになる。たとえ,このような解釈に無理があるとしても,抵当権者は,抵当権設定者の使用・収益権を奪うことができないのであるから,抵当権者は,対抗力を有する使用・収益権に対しては,対抗できないと解することが可能であろう。

このように考えると,もともと,抵当権者は,対抗力を有する賃借権には対抗できないのであり,たとえ,対抗できるとしても,不動産の保存を行っている賃借人には優先権を有しないと解すべきである。その結果,抵当権設定者に対抗できる権利を有する賃借人は,抵当権者にも,また,買受人にも対抗できるのであり,民事執行法59条2項の規定によっても,賃借権は,たとえ,抵当権の設定登記に遅れて対抗力を取得した場合でも,抵当権の実行によっても消滅しないと解することができることになる。

(b) 賃借権の濫用に対する抵当権者の権利

対抗力を有する賃借権は,先に登記をした抵当権にも対抗できるとすると,賃借権が抵当権の執行妨害を助長するのではないのかとの疑問が生じるかもしれない。取得時効の制度が盗人に悪用されたり,消滅時効の制度が借金の踏み倒しに利用されたりするのと同様に,すべての制度が,濫用の危険と隣り合わせに存在しているのであり,濫用の防止を検討しておくことは,これまでにも,抵当権に対抗できる短期賃貸借が抵当権の執行妨害の手段として悪用されてきたことから考えても,重要な課題となる。

抵当権の実行を妨害する目的でなされる詐害的な賃貸借には,一般に次のような特色が見られるとされている[田・物権法(2008)240頁]。

  1. 賃借権設定開始または占有開始が債務者の財産状態の悪化後であること
  2. 契約内容が不自然であること
  3. 賃借人が後順位抵当権者や一般債権者であったり,債務者と一定の身分関係にある,または,暴力団員や占有屋であること

2003(平成15)年の担保法・執行法改正により,濫用が目に余るとして短期賃貸借の制度[民法旧395条]が廃止されたのは,正当であった。抵当権の実行によって保護されるべきは,詐害的な短期賃貸借ではなく,借地借家法によって保護される正常な長期賃貸借だったからである(短期賃貸借の制度については,([内田・抵当権と利用権(1983)]21頁以下,吉田克己「民法395条」[広中=星野・百年U(1998)691頁以下]参照)。

しかし,短期賃貸借の規定には,その濫用を防止するためのただし書きとして,「其賃貸借〔短期賃貸借〕が抵当権者に損害を及ぼすときは,裁判所は,抵当権者の請求に因り,其解除を命ずることを得」という濫用防止の手段も用意されていた。そして,民法旧395条がただし書きを含めて,すべて削除されたため,抵当権者は,濫用的賃貸借に対して,効果的な手段を失った状態にある。

したがって,本書が提唱するように,対抗力を有するすべての賃借権が抵当権に対抗できるということになると,濫用的賃借権に対しても,抵当権者は,全く無防備な状態にあるということになる。民法を改正するのであれば,本来は,フランス法と同様,抵当権登記後の賃貸借も,買受人が現れるまでになされたものは,原則として買受人に承継され(売買は賃貸借を破らず),例外的に,詐害的な賃貸借を消滅させる(民法旧395条における抵当権者の権利の存続)という戦略をとるべきであった。短期賃貸借の制度を廃止することに気をとられる余り,抵当権者にとって大切な権利(濫用的な賃貸借に対する解除権)まで捨ててしまったのは,「肉を切らせて骨を断つ」つもりで,「角を矯めて牛を殺す」という事態を招いているのであり,皮肉な結果といえよう。

そこで,抵当権者のために,短期賃貸借の場合の濫用を防止することができたのと同様に,対抗力のある賃貸借が濫用された場合にも,それに対抗できる権利を抵当権者に与える必要が生じている。

もっとも,短期賃貸借の弊害であった執行妨害に対しては,民事執行法によっても,以下のように,適切な対応がなされるようになってきている。

  1. 引渡命令[民事執行法83条]
  2. 売却のための保全処分[民事執行法55条]
  3. 担保不動産競売の開始決定前の保全処分等[民事執行法187条]
  4. 最高価買受申出人又は買受人のための保全処分[民事執行法77条]

しかし,これらの執行法の規定の裏づけとなる実体法上の根拠について,理論的な考察を行うことが重要である。判例は,抵当権に基づく濫用的な賃借権の排除の法理を,債権者代位権によって構成したり〈最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁〉,直接に抵当権に基づく物権的請求権として構成している〈最一判平17・3・10民集59巻2号356頁(民法判例百選T〔第6版〕第88事件)〉。しかし,抵当権妨害に対するこれらの実体法上の理論構成は,成功しているとはいえない。なぜなら,第1に,最高裁が抵当権者の被担保債権として構成している「担保価値維持請求権」は物権的請求権であるとされるが,物権的請求権を保全するために債権者代位権を利用するというのは奇妙である。物権的請求権は,相手方に対する直接の請求権でなければならないはずだからである。第2に,抵当権が物権だから,妨害排除請求権や返還請求権という物権的請求権を有するというのも説得的とはいえない。物権であっても,占有権を有しない先取特権に妨害排除請求権,返還請求権を認めることはできないのであって,非占有担保権とされる抵当権についても,同様のことがいえるはずだからである。

平成11年最高裁大法廷判決〈最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁〉で提唱された抵当権者の有する担保目的物の維持・保存という概念を違った方向で活用することを考えてみよう。抵当権者Aは,質権とは異なり,抵当権設定者Bから目的物の使用・収益権を奪うことはできない。しかし,Aは,担保権者として,Bに対して,担保目的物を「適切に維持又は保存するよう求める請求権」を有すると考えられる。また,抵当権設定者としての賃貸人Bは,賃借人Cに対して,用法に従った使用・収益をするよう求めることができる。AのBに対する権利(α債権)とBのCに対する権利(β債権)とは,互いに密接な関係にあるため,AはCに対して,債権者代位権の転用として,用法に従った使用・収益を請求することができる。そして,Cが用法に従った使用・収益をしない場合には,Bに代わって損害賠償を請求できるだけでなく,賃貸者の解除をすることもできると解すべきであろう(抵当権者のための詐害的な賃貸借の解除の法理=民法旧395条の抵当権者のための部分的復活)。

*図116 抵当権と利用権との関係(その2)
抵当権者は賃借人に対して賃貸人の有する同種の権利を転用できる

また,BC間の賃貸借契約が,借地借家法に基づく賃貸借とは認められない場合,たとえば,一時使用の賃貸借であるとか,賃料が異常に低いなど,使用貸借と同様に扱うのが相当と認められる場合等,借地借家法による対抗力を得るだけの目的で賃貸借契約を締結した場合には,そのような賃貸借は,第三者に対抗できない賃貸借であり,抵当権者および買受人に対しても対抗できないと解することができる([民事執行法83条1項本文]参照)。

B. 抵当権の実行と賃借権の対抗力

抵当権の実行に関して,実体法と手続法との関係を明らかにしているのは,民事執行法188条によって準用される民事執行法59条(売却に伴う権利の消滅等)である。抵当権の消滅の箇所で詳しく論じるが,民事執行法59条1項は,抵当権が実行されると,担保不動産の値下がり等の原因により,たとえ,被担保債権の完全な回収ができない場合であっても,抵当権は消滅することを明らかにしている。それとともに,民事執行法59条2項は,担保権の実行によって「消滅する権利を有する者,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は,売却によりその効力を失う」と規定している。

たとえ,民法605条による賃借権の登記または借地借家法10条,31条に基づく対抗要件を備えていたとしても,賃借権は,先に登記された抵当権に劣後するのだとしよう。そうだとすると,これは,「地震売買」という悪夢の復活に他ならない。なぜなら,民法の特別法である建物保護に関する法(1909年),借家法(1921年),そして,それらを統合した借地借家法(1991年)によって克服されたはずの「売買は賃貸借を破る(地震売買)」という悪名高い原理が,売買の一つに過ぎない競売を通じて復活することになってしまうからである。つまり,民事執行法59条2項の解釈次第で,賃借人の保護のために民法学者たちの長年の努力の結晶として確立された「売買は賃貸借を破らず(地震売買の回避)」という原則が踏みにじられる危険性がある。

このように考えると,民事執行法59条2項は,実体法と手続法とを架橋する重要な条文であることがわかる。そして,実体法に関する通説・判例に従ってこの民事執行法59条2項を解釈すると,上記のおそれが実現されてしまうことに気づく。なぜなら,抵当権登記に遅れて成立した賃借権は,たとえ,民法および借地借家法によって対抗力を有するものであったとしても,抵当権の実行によって消滅してしまうからである。現に,民事執行の実務においては,そのことを前提として,抵当権の登記に遅れて成立した賃借権は,抵当権の実行によって消滅するとされ,借地上の建物は取り壊され,借家人は,買受人によって借家から追い出されている。

しかし,対抗力を有する賃借権が,先に登記された抵当権の実行によって覆されるという考え方は,対抗力のある権利が衝突した場合に,それぞれの権利の性質や保護の必要性を無視し,単に,「先に対抗要件を備えた方が優先する」という例外の多い原則を安易に適用したことによって生じたものに過ぎない。この考え方は,抵当権の対抗力の理解(典型例は,民法339条の場合であり,先に登記された抵当権でも,後に登記された先取特権に劣後することがあることは,明文上も明らかである)において誤っており,具体的妥当性の点でも,債権の優先弁済権に過ぎない抵当権によって,対抗力のある賃借権を覆滅し,賃借人の居住権を奪うという不条理なものである。したがって,民事執行法59条2項の解釈は根本的な見直しが必要であるというのが,本書の基本的な立場である。

しかし,このような考え方は,通説・判例と真っ向から対立するものであるので,その理由を詳しく述べる必要がある。両者ともに対抗力を有する抵当権と賃借権が衝突した場合に,どちらを優先すべきかという問題について,登記の先後に関係なく,第三者に対して対抗力を有する賃借権が優先するという理由は,以下の通りである。

第1の理由は,一般論としても,対抗力が対立する場合に,対抗要件の取得の時間の先後は,必ずしも対立する権利の優劣を決定する決め手とはならない。特に,「先に登記した抵当権が,後に対抗力を得た権利に優先する」という単純な議論は,民法339条(登記をした不動産保存又は不動産工事の先取特権)によっても覆されている。さらには,最高裁の最近の判例〈最一判平14・3・28民集56巻3号689頁〉によっても,抵当権に基づく賃料債権への物上代位の権利は,たとえ抵当権の設定登記が先になされていたとしても,賃借人の有する敷金との相殺権(敷金への充当権)に劣後することが明らかにされている。したがって,「先に登記された抵当権が,後に対抗力を有した賃借権に基づく権利に常に優先する」という考え方は,例外を無視した乱暴な議論であって,必ずしも常に成り立つものではないことを理解しなければならない。

確かに,民事執行法59条2項は,通説によれば,「抵当権等の担保権設定の登記に遅れるものは,売却によって抵当権等が消滅するとともに消滅する」[中野・民事執行概説(2006)149頁]と解されている。なぜなら,登記を有する抵当権と,対抗力を有する賃借権(登記された賃借権[民法605条],建物が登記された借地権[借地借家法10条]または引渡しを受けた借家権[借地借家法31条]とを比較した場合,どちらが優先するかは,通説においては,対抗要件の具備の時間的な先後という単純な基準で優劣が決すると考えられているからである。

しかし,抵当権と他の権利とが衝突する場合に,必ずしも登記の先後だけで優先関係が決まるわけでないことは,すでに述べたように,民法339条を見れば明らかである。民法339条は,抵当権が先に登記されていたとしても,後に登記がなされた不動産保存の先取特権は抵当権に優先する旨を規定している。このように,優先弁済権の優先順位は,必ずしも,登記の先後には依存しない。そして,先に登記した抵当権が,後に登記した不動産保存の先取特権に劣後する理由は,担保目的物の価値の維持または価値の増加に寄与した者は他の債権者よりも優遇されるべきであり,しかも,担保目的物の保存に寄与した者の場合には,直近の保存者(後の保存者)こそが保護されるべきであるという考慮に基づいている。この考え方は,民法330条1項2文ににおいて,「後の保存者が先の保存者に優先する」として明文化されており,民法339条が,後に登記された場合であっても,不動産保存の先取特権を先に登記された抵当権に優先させているのも,もとをたどれば,民法330条1項2文によって具体化された優先順位に関する原則に則ったものと考えることができるのである。

このように考えると,担保不動産を占有し,居住者として,善管注意義務に基づいて不動産の価値の維持に貢献している賃借人の権利は,目的不動産の維持・管理に全く関与せず,担保権を実行して,そこから優先弁済権を得るだけの抵当権よりも優先されてしかるべきである。

そうだからこそ,賃借人の賃料債務に対して抵当権者が物上代位に基づいて請求を行った場合に,賃借人が,敷金返還請求権に基づいて賃料債務との相殺を主張した場合に,最高裁は,賃借人の敷金返還請求権に基づく賃料債務との相殺の権利(充当の権利)が,先に登記をした抵当権者の物上代位に基づく権利に優先することを明らかにしているのである〈最一判平14・3・28民集56巻3号689頁〉。

もっとも,賃料債権に対する抵当権者の物上代位による差押えと当該債権への敷金の相殺とが問題となった事件について,最高裁は,当初は,以下のように判示して,登記を先に得ている抵当権者には,賃借人は対抗できないとしていた〈最三判平13・3・13民集55巻2号363頁〉。

最三判平13・3・13民集55巻2号363頁
抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできない。

しかし,その後,最高裁は,実質的に判例を変更し,以下のように,賃借人の敷金返還請求権に基づく相殺の権利を敷金の充当として再構成することによって,賃借人の権利が,先に登記をした抵当権者の権利に優先することを明らかにするに至ったのである〈最一判平14・3・28民集56巻3号689頁〉。

最一判平14・3・28民集56巻3号689頁
敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合において,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明け渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度で消滅する。

このように考えると,先に登記した抵当権といえども,常に,賃借人の権利に優先するとはいえないことが明らかである。民法の特別法である借地借家法により,すべての人に建物に関する賃借権(居住権)を対抗できるとして保護されている賃借人に対して,登記を先に得たからという理由だけで,抵当権が賃借人の権利を覆滅できると考えるのは,幻想に過ぎないのであり,借地借家法を無視した議論といわざるを得ない。

第2の理由は,第1の理由と密接に関連するものであるが,抵当権者は,抵当権設定者の使用・収益権を奪うことはできないのであり,抵当不動産の価値を判断する場合に,抵当権設定者が,新たに用益権を設定することを予想すべきだからである。

たとえ,抵当権の設定後に,抵当不動産に用益権が設定されるという事態が発生したとしても,それは,抵当権者が予見すべき想定内の事態であり,そのような事態を含めて,不動産の価値を評価すべきである。つまり,抵当不動産について,抵当権の設定登記の後に賃借権が設定され,そのことによって競売代金が低く見積もられることになったとしても,それは,抵当権設定者の使用・収益権を奪うことができない抵当権者として,当然に甘受しなければならない問題である。なぜなら,この問題は,不況等の理由で不動産価格が下落し,それによって抵当不動産の価値が減少したとしても,それは,抵当権者として予期すべきであって,甘受せざるを得ないのと同じである。このように考えると,抵当権登記に遅れて対抗力を得た賃借権に抵当権が対抗できない結果,抵当権者が不測の損害を被ったとしても,抵当権者はそれを甘受しなければならない

第3の理由は,抵当権の実行によって買受人が取得できる権利(所有権)は,抵当権者ではなく,抵当権設定者(所有者)に由来するものであり,所有者である抵当権設定者に対抗できる権利を有する賃借人は,買受人に対しても対抗力を有すると考えるべきだからである。

先にも述べたように,抵当権の対抗力は,優先弁済権に過ぎない。抵当権は,抵当権設定者の使用・収益権を奪うことはできないのであり,抵当権を実行しても,その効力は,目的不動産の売却金から他の債権者に先立って債権の弁済を受けることができれば,それで満足すべきものに過ぎず,抵当不動産の利用権に影響を与える力を有しないと解さなければならない。

抵当権者は,債務者が債務不履行に陥った場合には,確かに,抵当不動産を売却する権利を有する。しかし,売却は,抵当権設定者の権利を買受人へと移転させる権限を有するに過ぎない。買受人が譲り受けるのは,抵当権設定者の権利(債務者または物上保証人の有する所有権)であり,したがって,買受人は,抵当権設定者の有する権利以上の権利を取得できるものではない(動産と異なり,実体法上は,不動産の物権変動には公信力は認められていない(民法568条))。したがって,抵当権設定者に対抗できる賃借権を有する賃借人([民法605条]に基づく賃借人ばかりでなく,[借地借家法10条または31条]に基づいて対抗力を有している賃借人)は,抵当目的物の買受人に対しても賃借権を対抗できると解さなければならない。

通説は,先に述べたように,抵当権者は抵当権登記に遅れて対抗要件を得た賃借人に対抗できるのであるから,抵当権の実行によって権利を取得した買受人も賃借人に対抗できるという理論を展開している。しかし,買受人は誰の権利を取得するのか,という観点での考察を怠っており,買受人が賃借人に対抗できるという結論を正当化するには至っていない。

これに対して,上記のような本書の考え方によれば,借地上の建物に抵当権が設定されて,建物が競売された場合には,借地人の交代を歓迎しない借地権者の側から,建物の買受人に対してなされるおそれのある建物収去土地明渡請求から買受人を保護することにもなる。なぜなら,建物所有者は,建物の登記によって借地権の第三者対抗力を獲得する[借地法10条]。したがって,建物の競売によって建物を買い受け,建物の移転登記を取得した買受人は,抵当権設定者の有していた借地権(従たる権利と解されている)を承継し,その借地権をもって,土地の賃貸人に対抗できることになるからである。この結論は,判例〈最三判昭40・5・4民集19巻4号811頁(民法判例百選T〔第6版〕第85事件)〉によっても是認されている。

第4の理由は,第3の理由と密接に関連するが,不動産の買受人は,民事執行法54条による現況調査,62条による物件明細書の備置等によって,不動産の現況を知ることができるのであり,借地権者の存在を前もって知りうる状況にある。したがって,賃借権が買受人に対抗できるとしても,買受人に不測の損害を与えることはないからである。

以上のように考えると,実体法の解釈としては,民法または借地借家法に基づいて第三者に対抗できる賃借権は,抵当権の設定後に成立したものを含めて,抵当権に対抗できると考えるべきであり,民事執行法59条2項の解釈としても,対抗力のある賃借権は,担保権に「対抗することができない権利」には該当しないと解すべきであろう。

上記のような本書の立場に立つまでもなく,実体法の解釈としては,競売によって賃借権が消滅するかどうかの問題は,抵当権者を含む債権者と賃借人との間の優劣の問題として考えるべきではなく,あくまで,所有権を有する債務者(執行債務者)と不動産に係る権利の主体(賃借人等)との間の対抗問題として考えるべきであった。したがって,民事執行法59条2項は,「前項の規定により消滅する権利を有する者,…に対抗することができない不動産に係る権利の取得は売却によりその効力を失う」ではなく,売買の原則に立ち返り,「不動産の所有者または不動産の買受人に対抗することができない不動産に係る権利の取得は,売却によりその効力を失う」と規定すべきであったのである(しかし,それは,立法論であって,解釈論とはいえないので,これ以上は立ち入らない)。

そこで,民事執行法59条2項は,先に述べたように,民法,または借地借家法に基づいて第三者に対抗することのできる賃借権は,担保権に「対抗することができない権利」には該当しないと解し,買受人に対しても賃借権をもって対抗できると解すべきことになる。

以上のような考察を行うことによって,初めて,2003年の民法改正によって新設された民法387条(抵当権者の同意の登記がある場合の賃貸借の対抗力)がいかに無意味な規定であり,無用の長物であるかが明らかとなる。そのことを次に論じることにする。

C. 抵当権と用益権の調整として無益な現行民法387条

現行民法387条は,現行民法としては異例の条文である。なぜなら,この条文は,民法における体系上の位置づけが不明なばかりでなく,賃借人の保護という要請とも無関係に規定された,現行民法の中でも最も拙劣で,無益・無意味な条文だからである。

民法の最近の注釈書[我妻,有泉・コンメンタール(2008)606-607頁]によれば,2003年改正は,全体として,抵当不動産の収益価値を重視しており,抵当権の効力を収益価値に及ばせることに力点をおいているが,他方で,不動産用益権の尊重に配慮しているとして,現行民法387条に対して,好意的な評価を下している。その理由は以下の通りである。

抵当権の設定登記に遅れて設定され,これに対抗できない賃借権は,いつ抵当権の実行によりくつがえされるかわからないというのでは,目的不動産の安定した利用収益を図ることができない。一方で,民法旧395条が定めていた短期賃貸借の保護が廃止されたことに対応して,抵当権に対抗できない賃借権に対抗力を備える道を,抵当権者の同意を要件として開いたのが本条である。
本条は,抵当権者の同意がある場合にのみ適用されるので,賃借権者にとってとくに強い手段が認められたわけではない(その点,§378条の代価弁済に類似している)。しかし,このような道が制度化されたことの意義は大きい。たとえば,法定地上権において土地と同一所有者に属していた建物が他者に譲渡され,その者が土地の賃借権を取得した場合についての,388条の拡大解釈を図る努力は,本条によりその建物所有者=賃借権者が土地抵当権に対する対抗力を備えたときは必要のないものとなる。すなわち,本条は,土地とその上の建物が別個の不動産とされることによる矛盾の解決の一助にもなるのである。

しかし,民法387条は,このような楽観的な評価に値しないと思われる。その理由は以下の通りである。

第1は,民法387条の適用範囲が,「登記をした賃貸借」に限定されていることにある。登記をした賃貸借とは民法605条の賃貸借のことであるが,賃貸借の登記は,賃貸人の協力が必要であるため,賃借権自体が登記されることは稀であり,登記された賃貸借は,むしろ,抵当権を妨害する目的(執行妨害)でなされることが多いというのが,従来の考え方であった。そのようなわけで,民法605条による登記をした賃貸借だけを保護していたのでは,通常の賃借人を保護することができない。そうだからこそ,建物保護法に関する法律1条(現行では[借地借家法10条])は,単独では実現不能な賃貸借の登記ではなく,賃借人が単独で登記が可能な賃借人が所有する建物の所有権登記だけで,賃貸借の登記がなされたのと同じ効力を与えたのである。また,建物の引渡しを受けた借家人のために,引渡しがあれば登記は必要ないとして,借家法1条(現行では[借地借家法31条])によって借家人を保護することになったのである。このように考えると,民法387条が,借地借家法を無視して,「登記した賃貸借」だけに保護を与えるとしたことは,時代の流れに逆行するものであり,借地借家法によって保護されている賃借人に対する「嫌がらせ」としか言いようのない愚挙である。

第2は,登記をした賃借権は,たとえ目的物が第三者に譲渡された場合でも,すべての第三者に対抗することができるのであり,このことは,競売による買受人に対しても,当然に対抗できると考えるべきであることは,すでに述べたとおりである。買受人を含めたすべての第三者に対抗できる賃借権について,抵当権者の同意など,とる必要もない。抵当権は,債権を回収するために,債務不履行になった際にはじめて,抵当不動産の競売を申立て,競売代金の中から優先弁済権を得ることができる権利に過ぎないのであって,債務不履行に陥っていない間は,抵当権者は,抵当権設定者の用益には関与できない。したがって,第三者に対抗できる賃借権を有する賃借人は,買受人に対抗する前提として,抵当権者の承諾を得る必要は全くない。それにもかかわらず,2003年の改正によって創設された民法387条は,賃借人が抵当権者に対抗する要件として,賃借人に対して,借地借家法の対抗力[借地借家法10条,31条]ではなく,通常は行われることのない賃借権の登記([民法605条],[不動産登記法3条8号])を必要としている。その上,用益に関して何の権限も有しない抵当権者の承諾を要求し,さらに,抵当権者の1人でも同意しない者があるときは,本条の適用がなく,同意の登記も受理されないとしている。これは,借地法によって第三者に対抗できる権利を有する賃借人(借地・借家人)に対する「嫌がらせ」以外の何ものでもない。

民法387条は,このままであれば,無用の長物として削除されべきであるし,もしも,存続させるのであれば,少なくとも,以下のように改正する必要がある。

第387条 改正試案(抵当権に対する賃貸借の対抗力)
登記をした賃借権または借地借家法10条もしくは31条によって,第三者に対抗できる賃借権は,その対抗要件を備える前に登記をした抵当権および買受人等を含めて,抵当権の実行に伴った権利を有するすべての第三者に対抗することができる。
D. 一括競売[民法389条]−土地とその上の建物が別個の不動産とされることの矛盾の調整としては無用の長物

抵当権の実行に伴う賃借権の保護については,先に述べたように,抵当権設定後に成立した賃借権であっても,第三者対抗要件を有する場合には抵当権にも対抗できるのであり,結果として,抵当権の実行によって出現する買受人に対しても対抗できることが明らかとなった。

さらに,抵当権設定後に生じる賃借人ではなく,抵当権設定後に土地と建物とが別人に帰属する事態が生じた場合には,建物を保護するために,建物のために土地利用権(法定地上権または法定借地権)を発生させる必要がある。これが法定地上権[民法388条]および法定借地権[仮登記担保法10条]の問題であり,法定地上権については,すでに述べたところであり,法定借地権については,後に仮登記担保法の箇所で論じることにする。

ここで論じるのは,通説によって,仮に,法定地上権の成立が否定されると仮定した場合の問題である。

抵当権の実行によって,土地と建物とが別の所有者に帰属する場合には,通常は法定地上権が成立するのであり,本書の立場は,すでに述べたように,あらゆるタイプの場合にも法定地上権が成立することを明らかにしている。

ところが,通説・判例は,土地と所有者とが別人に帰属した場合に,建物を保護するよりも,抵当権および土地買受人を保護する方向に傾斜しており,民法388条の要件が具備されない場合を想定した上で,建物を保護する必要が生じると考えている。特に,土地に抵当権が設定された後に建物が築造された場合には,通説・判例によると,民法388条の要件が満たされていないとして法定地上権の成立を否定しているため,建物が保護されないことになりかねない。そこで,法定地上権を否定しつつも,抵当権の実行から建物を保護するための何らかの措置が考えられないかが問題となるのである。

民法389条の抵当地の建物の競売(一括競売)は,この問題に関連して,土地について抵当権が設定された後,抵当地に土地所有者自身が築造した場合(2003年改正前の旧389条は,土地所有者自身が抵当権設定後に築造した建物だけが対象とされていた)または第三者が築造した建物であっても,建物のための土地利用権が土地抵当権者に対抗できない場合に,土地抵当権者は,土地だけでなく,建物を土地とともに一括して競売することができると規定している。

抵当土地に築造された建物については,土地だけが競売された場合には,通説・判例によると,建物のために法定地上権が成立することはないとされる。したがって,この規定が,土地抵当権者に,土地だけでなく,その上にある建物まで競売する権限を与えたことは,もしも,土地と建物とが同一人によって買い受けられるならば,建物は保護されることになるという意味で評価されている。

しかし,土地と建物を一括競売したところで,土地と建物が別人によって買い受けられた場合には,民法389条は何の役にも立たない。民法389条は,土地抵当権者の権利ではなく,土地と建物とが別人に帰属することになった際の矛盾を解決するために,土地抵当権者の「一括競売の義務」を定めたものであるとの説も存在するが(松本恒雄「抵当権と利用権の調整についての一考察(1)」民商80巻3号(1979)313-315頁),土地と建物とが別人によって買い受けられた場合には,結局,問題の解決ともならない。

そもそも,民法389条が規定された趣旨は,土地に抵当権が設定された後に,抵当土地に建物が築造されると,その建物が存在するために容易に買受人が現れないという場合に備えて,土地抵当権者に,抵当権の効力の及ばないはずの建物についても,土地とともに競売する特別の権利(一括競売権)を認め,抵当権の実行を容易にすることにあった[民法理由書(1987)379頁]。

このように,抵当権者の利益を優先するという考えを貫くのであれば,抵当権者に一括競売を義務づけることは,抵当権者に大きな負担を課すことになって立法の趣旨にそぐわないばかりでなく,土地と建物とが同一人によって買い受けられるという保障もない以上は,土地とその上の建物が別個の所有者に帰属する場合の建物の保護という機能も果たしえないことになる。

結局のところ,民法389条は,抵当権者の利益だけを考慮して起草された条文であり,建物の保護という観点からは不十分な規定である。問題の解決は,先に論じたように(→*第16章第7節B(b)民法388条の要件の構造化(民法388条の要件の再構成)参照),建物の保護のために,できる限り法定地上権の成立を認める方向で解釈を展開すべきであろう。このようにして,土地について抵当権が設定された後に建物が築造された場合でも,法定地上権の成立を認めるという本書の立場によれば,民法389条2項で明らかにされているように,抵当土地とともに,抵当権の及ばないはずの建物にまで抵当権者に売却させる権限を与える必要はないのであり,一括競売の規定は不要であるということになる。

もしも,民法389条を残すのであれば,抵当権の実行から建物の保護を実現するという観点に徹する規定へと修正すべきであり,したがって,民法389条は,以下のように改正されるべきであろう。

第389条 改正試案(抵当地の上の建物の一括競売)
@抵当権の設定後に抵当地に建物が築造されたときにおいて,その建物の所有者が抵当地を占有するについて抵当権者に対抗することができる権利を有しない場合は,抵当権者は,土地とともにその建物を競売しなければならならない。その場合には,一括競売された不動産は,同一の買受人に買い受けさせるものとする。
A前項の場合には,土地抵当権者の優先権は,土地の代価についてのみ行使することができる。
E. 短期賃貸借保護[民法旧395条]の廃止と引渡しの猶予[民法395条]

2003年の民法担保法の改正以前の民法旧395条は,短期賃貸借を保護するために,以下のように規定していた(カタカナをひらがなに改め,濁点と句読点を補っている)。

旧第395条〔短期賃借権の保護〕
第602条に定めたる期間を超えざる賃貸借は,抵当権の登記後に登記したるものと雖も,之を以て抵当権者に対抗することを得。但,其賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは,裁判所は,抵当権者の請求に因り,其解除を命ずることを得。

借地法や借家法が制定される以前の民法においては,賃貸借が登記されることはほとんどなく,また,賃貸借の登記に代わる対抗要件の制度も存在しなかった。したがって,「売買は賃貸借を破る(地震売買)」という原理が通用していた。このため,抵当権の設定によっても設定者は抵当不動産を他者に賃貸することは自由であるが,抵当権が実行されるとその賃貸借はくつがえされると考えられてきた(現在の通説・判例も同様に解している)。このような時代にあって,賃借人の不安な状況を少しでも改善するため,山林については10年以内,それ以外の土地については5年以内,建物については3年以内に限り(民法602条の短期賃貸借),抵当権の実行によってもくつがえされない,すなわち,抵当権者および競落人(買受人)にも対抗できる賃借権の設定を可能にしたのが,短期賃貸借の制度である[民法旧395条]。

しかし,現実には,この制度がその本来の制度趣旨に沿って利用されることは少なく,むしろ,この制度は濫用され,実際には不動産を利用しないのに,抵当権を害することを目的とした詐害的な短期賃貸借が目立つようになった。

借地法等の特別法によって,正常な賃貸借は,長期型へと移行したのであるから,保護すべきなのは,短期賃貸借ではなく,建物保護法1条や借家法1条によって対抗力を具備された長期の賃貸借(借地借家)であった。それにもかかわらず,民法の抵当権の規定は,このような特別法の趣旨を踏まえた上での適切な修正がなされなかった。そのため,民法は,借地借家法制から見れば,明らかに脱法的な短期賃貸借だけを保護し,保護すべき長期賃貸借の保護を放置するものとなってしまったのである。しかも,通説および判例は,抵当権の設定後に成立した正常な長期賃貸借を保護する解釈方法を探究することを怠っていたため,正常とはいえない短期賃貸借を保護することになり,短期賃貸借は,ますます濫用の方向へと進んでいった。

2003年の民法改正により,短期賃貸借保護の制度は廃止され,これに代わる賃借人の保護制度として,建物の賃貸借についてのみ,抵当権が実行された後の買受人に対する関係で,引渡しの猶予を認める制度が創設された[民法395条]。その結果として,賃借人の保護は,正常な賃貸借の場合も,土地については5年の保護もなくなり,建物については3年の保護がわずか6ヶ月の引渡し猶予へと大きく後退したことになる。

現行民法が,濫用目的に利用されることが多かった短期賃貸借の制度を廃止したことは,正当である。しかし,真に保護すべきは,借地借家法によって第三者に対抗できることが認められている長期賃貸借である。先に述べたように,このような正常な賃貸借については,現行民法395条によっても,その保護がなくなったと考える必要はない。なぜなら,民法395条が認めている引渡し猶予期間は,賃借人の保護というには余りにお粗末なものであり,このような中途半端なものであれば,ほとんどなくても同じである。借地借家法によって保護されている賃借権については,本書の解釈(「抵当権は,後に成立した対抗力を有する賃貸借を破らず」)によれば,さらに大きな保護が約束されることになる。

現行民法395条は,単に,「抵当権者に対抗することができない賃貸借」についてわずかな保護を実現しているに過ぎない。しかし,本書の立場からすれば,すでに述べたように,抵当権の登記に遅れて成立した賃借権であっても,民法605条,借地借家法10条または31条によって第三者に対抗できる賃借権は,抵当権設定者の使用・収益権を害することができない抵当権者に対しても,また,賃貸人の地位を引き継いだに過ぎない買受人に対しても,賃借権をもって抵抗できる(「売買(競売)は賃貸借を破らず」)のであるから,旧395条と同様,現行民法395条も不要である。むしろ,本書で展開した解釈によってのみ,抵当権設定者の使用・収益権を害することなく,目的不動産から優先弁済権を得ることのできる抵当権と,民法および借地借家法によって,居住権として保護され,第三者に対抗できる賃借権との調和が図られるのである。


□ 学習到達度チェック(24) 抵当権と用益権との調和 □


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