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第29回 所有権留保

作成:2010年9月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


□ 第29回 所有権留保 □

所有権留保は,割賦販売等の信用販売でよく使われる制度である。従来は,文字通り,買主が売買残代金を完済するまで,売主が所有権を留保し,したがって,買主は,それまで,条件付の権利(期待権)を有するに過ぎないと考えられてきた。

しかし,近年は,所有権留保を譲渡担保として構成する立場が有力となってきている。すなわち,割賦販売の場合にも所有権は,契約時に所有権を取得するが,残代金の支払いを担保するために,売買目的物に譲渡担保を設定すると構成するのである。この構成が理論的な整合性を持つためには,割賦販売を従来のように特殊の売買と見るのではなく,本来の売買と準消費貸借との結合として構成する必要があることを明らかにする。

ここでは,このような新しい立場に立った場合,所有権留保と譲渡担保との関係を連続的に理解するできること,および,所有権留保においても,担保的構成のメリットが大きいことを明らかにする。


第9節 所有権留保


1 所有権留保概説


A. 所有権留保の法的性質(譲渡担保)

所有権留保とは,売買代金債権を担保するために,売買代金が完済されるまで,売買の目的物の所有権を買主に移転せず,売主に留保するとする特約のことをいう。所有権留保の特約が行われた売買契約を所有権留保売買といい,その売主は所有権留保売主又は留保売主と呼ばれており,その買主は所有権留保買主又は留保買主と呼ばれている。

所有権留保売買の場合,債権者(売主)が,担保のために新たに所有権を取得するのではなく,担保のためにもともと売主に帰属していた所有権を留保する点で譲渡担保と異なるように見える。

しかし,動産の売買契約においては,売買代金の全額が売主に支払われなくとも,売買目的物の占有を買主に移転すると,所有権も買主に移転すると解されている。したがって,所有権留保は,見かけ上は,代金が完済されるまで目的物の所有権を買主へと移転させない特約として表れるが,実質的には,引渡しと同時に目的物の所有権が売主から買主へと移転することを前提とした上で,残代金を担保するために,買主が売主のために売買目的物に譲渡担保を設定したものと考える方が取引の実態に即している(売主の所有権留保=買主による譲渡担保設定)。

このように考えると,所有権留保のメカニズは,売買目的物の所有権が引渡しによって売主から買主へと移転し,その後,残代金を担保するために,買主が売主のために設定する譲渡担保によって,売買目的物の所有権が,見かけ上,買主から売主へと移転するように見えるだけである。つまり,実際の所有権は,目的物の引渡しによって買主に移転したままであり,売主は,売買残代金の支払いを受けるまでの間,所有権ではなく,債権担保としての譲渡担保権を有しているに過ぎない。

所有権留保は,譲渡担保の場合と同様,判例によって認められた担保物権であると考えられている。ただし,判例は,譲渡担保と同じく,所有権構成を採用してきた〈最一判昭49・7・18民集28巻5号743頁〉。

最一判昭49・7・18民集28巻5号743頁(第三者異議事件)
 代金完済に至るまで目的物の所有権を売主に留保し買主に対する所有権の移転は代金完済を停止条件とする旨の合意がされている動産の割賦払約款付売買契約において,代金完済に至るまでの間に買主の債権者が目的物に対し強制執行したときは,売主又は売主から目的物を買い受けた第三者は,所有権を主張し,第三者異議の訴えによって右執行を排除することができる。
B. 所有権留保の効果

被担保債権である代金債権が全部履行されるまでは,留保売主は,留保買主の他の債権者に対して,売買目的物の所有権を主張することができるとされている。しかし,所有権を主張できるという正確な意味は,本来の所有権に基づく返還請求を無償で実現できるわけではない。

すなわち,売買目的物が動産である場合は,留保買主からの譲受人は即時取得する可能性がある[民法192条]。そして,留保買主に代金債権の不履行があると,留保売主は,確かに,債務不履行に基づいて売買契約を解除し,留保買主に対して売買目的物の引渡しを求めることができるように見える。しかし,これは実質的には所有権留保(譲渡担保)という担保権の私的実行であるから,留保売主は,留保買主に対して,目的物の価額と被担保債権の額との差額を清算金として支払わなければならない。

すなわち,留保売主は,残代金債権を確保するために,売買目的物を売却処分し,その売却代金から他の債権者に先立って被担保債権の弁済を受けるか(処分清算)または被担保債権から目的物の現存価格を差し引いた額を買主に支払って,目的物の所有権を取得するか(帰属清算),いずれかの方法をとることができるに過ぎない。このように,所有権留保と譲渡担保とは,その実行方法についても同一である。

売主の所有権留保と売買目的物につき,買主から譲渡担保の設定を受けた者との間の関係は,いわゆる黙示の質権として第1順位の先取特権[民法330条1項1号]とみなされる動産譲渡担保と,第3順位の動産売主の先取特権との競合問題として,民法330条1項および2項によって解決されることになる。この点につき,以下の判例〈最二判昭58・3・18判時1095号104頁〉は,所有権留保とその後に設定された譲渡担保との競合問題を扱っており,所有権留保と譲渡担保との優劣関係を考察する上で参考になる。

最二判昭58・3・18判時1095号104頁,判タ512号112頁,金法1042号127頁,金商684号3頁
 所有権留保売買の目的動産につき,買主から譲渡担保権の設定を受けた者が,売主に対し,買主の未払残代金を支払う旨申し入れ,その額の調査に要する期間右の動産の処分を猶予するよう要請し,売主がこれに応じるかのような態度を示していたときでも,売主が猶予する旨約したのでない限り,売主が右動産を他に処分しても右譲渡担保権の侵害にはあたらず,売主は,右譲渡担保権者に対しその担保権の喪失による損害を賠償する責を負わない。

2 割賦販売(クレジット契約)における所有権留保


割賦販売において所有権留保が広く行われていることを背景に,割賦販売法は,当事者間に明示の特約がなくても所有権留保がなされたことを推定する規定を置いている[割賦販売法7条]。

自社割賦販売においては,留保所有権は,原則どおり,売主に帰属する。しかし,ローン提携販売の場合には,もともと売主に帰属する所有権留保は,金融機関による売主への融資としての債権の買取りにより,提携先の金融機関に帰属する。もっとも,買主が金融機関への分割弁済を怠った場合に,売主が保証人としての責任を果たした場合には,民法500条以下の弁済代位に基づき,いったん金融機関に帰属した所有権留保が,担保権の随伴性に基づき,売主に復帰することになる。また,個別信用購入あっせん(立替払い契約)の場合には,売主は保証責任を負わないため,担保としての所有権留保は,クレジット会社に帰属する。

ただし,宅地建物取引業法は,宅地または建物を割賦販売する場合に,売主に先取特権の登記または抵当権の設定・登記を認める一方で,売主が所有権留保を行うこと,または,譲渡担保を設定することを原則的に禁止している[宅地建物取引業法43条]。不動産買主の保護と,買主のマイホーム取得の夢を壊さない配慮である。


3 所有権留保の実行とその制限


動産の所有権留保および譲渡担保については,その公示方法が十分でないため,売主に所有権があることを信じた動産の買主は,民法192条の即時取得の規定によって,担保権のない完全な所有権を取得することができた。しかし,自動車等の登録制を採用している動産については民法192条の適用はないとされているため,ディーラーが所有権留保をしている自動車をサブディーラーから購入した買主(ユーザー)が,売買代金をサブディーラーに支払ったにもかかわらず,サブディーラーがディーラーに代金を完済していないという場合に,ディーラーがサブディーラーとの売買契約を解除し,留保所有権に基づいて,ユーザーに対し,売買目的物である車の返還を請求するという事態が生じた。

最高裁は,以下のように,昭和50年〜57年の一連の判決(〈最二判昭50・2・28民集29巻2号193頁(民法判例百選T〔第6版〕第100事件)〉,〈最一判昭52・3・31金法835号33頁,金商535号42頁〉,〈最三判昭56・7・14判時1018号77頁〉,〈最二判昭57・12・17判時1070号26頁〉)を通じて,サブディーラーとディーラーとの間に自動車売買契約の履行に協力関係がある場合,所有権留保に基づいてユーザーに対して自動車の返還を請求することは,権利の濫用として許されないとの法理を確立している。

自動車の販売につき,サブディーラー(国際自動車整備工場)が,まずディーラー(尼崎日産自動車)所有の自動車をユーザーに売却し,その後右売買を完成するためディーラーからその自動車を買い受けるという方法がとられていた場合において,ディーラーが,サブディーラーとユーザーとの自動車売買契約の履行に協力しておきながら,その後サブディーラーにその自動車を売却するにあたって所有権留保特約を付し,サブディーラーの代金不払を理由に同人との売買契約を解除したうえ,留保された所有権に基づき,既にサブディーラーに代金を完済して自動車の引渡を受けているユーザーにその返還を請求することは,権利の濫用として許されない。
*図126 最二判昭50・2・28民集29巻2号193頁
民法判例百選T〔第6版〕(2009)第100事件
最一判昭52・3・31金法835号33頁,金商535号42頁
 ユーザーがサブディーラー(油や)からディーラー(日産プリンス三河販売)所有の自動車を買い受け代金を完済して引渡しを受けた場合において,ディーラーが,ユーザーのための車検手続等を代行するなど右売買契約の履行に協力しておきながら,右売買契約を完成するためにサブディーラーと締結した当該自動車についての所有権留保特約付売買契約をサブディーラーの代金未払いを理由として解除したうえその留保所有権に基づいてユーザーに対し右自動車の返還を請求することは,ディーラーがサブディーラーに対してみずから負担すべき代金回収不能の危険をユーザーに転嫁しようとするものであり,自己の利益のために,代金を完済したユーザーに不測の損害を蒙らせるものであって,権利の濫用として許されない。
最三判昭56・7・14判時1018号77頁,判タ453号78頁,金商632号13頁
 ユーザーのサブディーラー(エイコーオート)に対する注文に基づき,サブディーラーが,ディーラー(日産サニー群馬販売)から右注文に相当する自動車を所有権留保特約を付して買い受け,これをユーザーに売却した場合において,ユーザーは,サブディーラーからこれまでに買い受けた自動車についていずれもその代金の支払を完了したのに所有者名義をユーザーとする旨の登録手続をしたことがないうえ,右注文に相当する自動車の所有権が当初の売主に留保されていることを予測していたにもかかわらずその使用者名義を自己とする登録手続さえも経由せず,また,ディーラーは,サブディーラーとの間でサブディーラーがユーザーのような県外の顧客に新車を販売することを禁ずる旨の特約を結んでいて,サブディーラーと,ユーザーとの間の売買の締結及び履行につきなんら関与しなかったなど,原判示の事実関係のもとにおいては,ディーラーがサブディーラーの代金不払を理由に同人との売買契約を解除したうえ,留保された所有権に基づき,ユーザーに対して自動車の返還を請求することは,権利の濫用として許されないものではない。
最二判昭57・12・17判時1070号26頁,判タ491号56頁,金法1051号45頁,金商668号3頁
 ディーラーである上告人ら(長野トヨタ,長野トヨペット)は,サブディーラーである増田屋に対し,営業政策として,ユーザーに対する転売を容認しながら所有権留保特約付で本件各自動車を販売し,ユーザーである被上告人らは,右所有権留保特約を知らず,また,これを知るべきであったという特段の事情なくして本件各自動車を買い受け,代金を完済して引渡しを受けたのであって,かかる事情の下において,上告人らが増田屋との右売買契約を代金不払いを理由として解除したうえその留保所有権に基づいて被上告人らに対し本件各自動車の返還を請求することは,本来上告人らにおいてサブディーラーである増田屋に対して自ら負担すべき代金回収不能の危険をユーザーである被上告人らに転嫁しようとするものであり,かつ,代金を完済した被上告人らに不測の損害を被らせるものであって,権利の濫用として許されないというべきである。

自動車販売の場合,ユーザーは,使用名義にかかわらず,使用名義に基づいて自動車の購入をしている実態を踏まえるならば,自動車売買における所有権留保は,公示の実体を備えておらず,譲渡担保の場合と同様,善意・無過失の第三者には対抗できないと解すべきであろう。

さらに,消費者保護を考慮するならば,登記できる不動産について,宅地建物業法が登記できる不動産である宅地・建物の割賦販売に関して,所有権留保または譲渡担保を設定することを原則的に禁止しているのと同様,登記できる自動車の売主であるディーラーは,割賦販売の方法によって自動車を売買するに際しては,たとえ所有権留保または譲渡担保を設定したとしても,その効力はユーザーには対抗できないと解すべきである。ディーラーは,そのほかに,動産売主として,登記を要しない先取特権という担保権をも有するのであるが,動産先取特権は,サブディーラーが自動車を第三者であるユーザーに引渡した場合には追及効を失う[民法333条]。このように考えると,ディーラーは,第三者であるユーザーに対しては,いかなる担保権をも行使することができないと解すべきことになろう。


□ 学習到達度チェック(29) 所有権留保 □


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