書評 グロービス・嶋田毅『グロービスMBAキーワード 図解 ビジネスの基礎知識50』ダイヤモンド社(2016/3/10)

作成:2017年8月14日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂


本書の概要


本書は,『グロービス MBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』ダイヤモンド社(2015)の姉妹編・続編として出版された本であり,ビジネススクールで学ぶ経営学の50の法則(組織を運営する上で,克服すべき人間の偏見(バイアス)に関する抗いがたい法則)および,その克服・対策方法を以下の7つの章に分類し,基本的考え方,事例,使い方のコツ・留意点という3つの観点から図解しています。

経営学の法則というのは,一見したところでは,組織をうまく運営するためのノウハウであって,経営上の経験則の一端に過ぎないように見えます。しかし,本書を読むと,一方では,個人では解決できないような難問が,集団としては解決可能となったり(No.5 トレードオフ,No.7 大数の法則など),個人としては合理的な行動が,集団とか組織の運営上は不条理な結果を生じることになったり(No.26 共有地の悲劇,No.27ルールのすり抜け,No.37 確証バイアスなど),個人よりも集団に利があるようにも見えますが,他方で,集団による意思決定が個人の決定よりも劣ることもあり(No.28 集団浅慮,No.29 機長症候群,No.42 サンクコスト(埋没費用)への拘り,No.現状維持バイアスと預かり効果(組織の既得権益の拘り)など),しかも,集団は,切磋琢磨とメンテナンスに力を入れないと常に腐敗に向かうという傾向を持っており(No.20パーキンソンの腐敗の法則,No.23ピーターの無能化の法則,No.24グレシャムの法則),個人と集団との関係に関する法則は,なかなか奥深いことがわかります。

結局のところ,集団にだけ当てはまるような法則も,個人の心理とか性向とかを子細に検討してみると,集団に当てはまる法則も,個人の性向の一部(例えば,ルールをすり抜けて楽をし,大きなリターンを得よう(No.27)という性向)が影響を与えているように思われます。さらに考察を進めると,No.26 共有地の悲劇においても,個人には,利益を求めるという経済的合理性だけでなく,集団とか社会に奉仕しようする性向もあるわけで,そのような性向を尊重すれば,かならずしも,共有地の悲劇が生じるわけではないとおもわれます。しかも,No. 37のの確証バイアスも,集団的な確証バイアスがしょうじると,個人の確証バイアスよりも危険であるとも言えそうです。

本書を読むと,以上のように,経営学の法則は,個人と集団・組織との違いを明確にしつつ,個人だけとか,組織だけとかに当てはまるように見える経営学の法則が,実は,個人の性向とも密接に関係していることが見えてくるように思われます。その意味で,本書は,経営学を個人の視点と組織運営上の視点の双方から考えようとする人にとって,有益な示唆を与える良書だと思います。


本書の特色


ビジネススクールで学習する経営学の法則のうち,個人と組織との関係を考えるうえで参考となる50の法則を短期間で学ぶのに適した概説書です。

本書の特色は,50のそれぞれの法則が,すべて,基本的な考え方,事例,使い方のコツ・留意点という4つの項目を使って,わかりやすい図とともに説明している点にあります。

これらの概念の説明をゆっくりと読み,じっくりと検討すると,経営学における個人と集団と関係に関する基本的な考え方を理解することができると思います。

本書の「はしがき」には,本書は,『グロービス MBA キーワード 図解 基本フレームワーク50』ダイヤモンド社(2015)(以下,『フレームワーク50』と略す)の姉妹編に当たる1冊だとされています。しかし,第1冊目の『フレームワーク50』の本当の姉妹編は,第2冊目の本書ではなく,第3冊目の『グロービス MBA キーワード 図解 基本ビジネス分析ツール50』ダイヤモンド社(2016)です。「フレームワーク≒分析ツール」という点で,両者は,目的を同じくしているからです。

その点,本書は,先に述べたように,「人間も,集団も,合理的な主体どころか,根深い偏見(バイアス)に支配されており,組織を持続的に発展させるためには,そのようなバイアスを取り除く学習,環境設定が不可欠である」ことを示す貴重な本となっています。

経営学を学んだ人が,必ずしも,経営上の成功を収めていない理由は,人間のバイアスが,簡単には取り除けないことに起因しているように思われます。その意味で,本書が,人間と集団が必然的に陥りやすい成功をあぶりだし,その防止方法を提案しているのは,価値のあることだと評価できます。


本書の課題


本書は,経営学における既存の法則をわかりやすく図解し,具体例で説明することを中心に構成されていますが,一項目(No.48 マジックナンバー4±1)だけは,従来の考え方よりも進化した法則を挙げて説明しています。

それは,従来は,マジカルナンバーは,7±2とされてきました。しかし,その数は大きすぎ,実際上は4±1の法則とすべきだというものです。この点は,非常に説得的で,私も,記述の心構えとしては,7±2よりも,4±1にすべきだと思います。

しかし,著者は,この考え方を説得的に推奨する一方で,本書においては,これを裏切る記述を行っています(言うは易く行うは難しの典型例)。なぜなら,筆者が7±2を否定し,4±1を推奨するのであれば,本書も,姉妹編の『基本フレームワーク50』と同様に,5章建てで執筆すべきだったからです。本書は,その編別が7章建てとなっているのですから,これは,筆者の推奨する4±1に反しています。

著者が,7±2ではなく,4±1を推奨するのであれば,本書は,姉妹編の『基本フレームワーク50』が4±1に抑えられているのと同様,本書も4±1の枠内に収めるように,例えば,以下のような編別にすべきだったと思われます。