書評 グロービス・嶋田毅『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』ダイヤモンド社(2015/11/6)

作成:2017年7月31日
明治学院大学法学部教授 加賀山 茂


本書の概要


本書は,ビジネススクールで学ぶ50の基本フレームワーク(基本概念)を以下の5つの章に分類し,基本的考え方,事例,使い方のコツ・留意点という3つの観点から図解しています。

本書には,翌年に刊行された2冊の姉妹編があります。2冊目は,『グロービスMBAキーワード 図解 ビジネスの基礎知識50』(以下『基礎知識50」という)であり,3冊目は,『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス分析ツール50』(以下『分析ツール50」という)です。

第2冊目の『基礎知識50』は,組織経営の最大の障害となる人間の偏見(バイアス)と根深さとその克服方法を論じるもので,本書とは少しばかり毛色の違った本です。しかし,3冊目の『分析ツール50』は,本書と目的を同じくするものであり,エクセル等を使ってシミレーションをしがら,両者を合わせて読むと,『ビジネス分析ツール100』の使い方を知ることができるようになると思います。


本書の特色


ビジネススクールで学習する経営学の概念のうち,最も基本的な概念50を短期間で学ぶのに適した概説書です。

本書の特色は,50のそれぞれの基本概念が,すべて,基本的な考え方,事例,使い方のコツ・留意点という4つの項目を使って,わかりやすい図とともに説明している点にあります。これらの概念の説明をゆっくりと読み,じっくりと検討すると,経営学の基本的な考え方を理解することができると思います。

本書でも多くの頁を割いて紹介されているビジネス分析ツールについては,姉妹編の『基本ビジネス分析50』が出版されているので,両者を併せて読むと,エクセルを使った分析についても紹介があるため,事例を参考にして実習してみると,理解がさらに進むと思われます。


本書の課題


第1に,本書で扱われている経営学上の50の概念が,もっともよく利用されている概念だとすれば,本書で紹介されているパレート分析(No. 5)によれば,実用上の効用も期待できます。しかし,選定された50の概念がすべての概念の内で,実務上,利用頻度が高いものであるかどうかの根拠が示されていないため,そのような効用が期待できるかどうかが不明であり,経営学上のすべての概念の洗い直しと,頻度データの集積に基づいた選定のやり直しが必要であると思われます。

第2に,本書の解説を詳細に検討してみると,記述が正確でない場面が多いことがわかります。
例えば,No.1のMECE(Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive: モレなくダブりなく)についての例として,「『全部門の売り上げ』という分析対象は,…『法人向けの売り上げ』『消費者向けの売り上げ』のように分けることもできます。」という記述があります。
しかし,この記述は,ダブりはないけれども,モレがあるため,誤りです。なぜなら,消費者は法人ではないのでダブりはないのですが,非法人の事業者の売り上げが漏れているからです。
この誤りは致命的です。なぜなら,本文(16頁)では,以下のような記述があり,ダブりがあることよりも,モレがあることの方が重大であると強調しているにもかかわらず,著者自身が,ダブりもモレもない例として,上記の例を挙げているからです。

「なお,『モレなく』『ダブりなく』の2つは併記されているため,同等の重要性があるように考えてしまいがちですが,実務上は『モレなく』の方が重要です。なぜなら,ダブりに関しては後でいくらでも調整ができますし,よほど大きなダブりでない限り多少効率性が悪くなる程度ですが,モレはいったん見落としてしまうと,永遠にそのモレに気づかないことが多いからです。」

つまり,筆者自身は,「非法人の事業者」の存在を永久に気づかないで全部門の売り上げの分析をすることになってしまう危険性があるのです。

第3に,No.37の損益分岐点分析の説明のうち,肝心の損益分岐点売上高の計算式がなぜ,固定費/限界利益率となるのかの説明が省略されているため,理解が困難となっています。
難しい説明は必要ありませんが,等号で結ばれた式の変形で済むことなのですから,計算式の根拠を示すべきだったと思われます。

第4に,50の経営学上の基本概念の説明は,図解あり,具体例ありでわかりやすいのですが,それぞれの概念間の相互関係が説明されていないため,50の基本概念で経営学上の概念の全体像が見えにくくなっている点が惜しまれます。すべての概念を1つの中心概念(例えば,No.27のPDCA),もしくは,4±1の概念(No.14の3つの基本戦略からはじめて,No.9の5つの力分析,No.18のプロダクト・ポートフォリオ分析,No.22のマーケティングミックス(4P),No.37の損益分岐点分析へと展開する流れを示すなど)によって,相互関係を明らかにする工夫がなされていれば,もっとわかりやすいものになると思われます。