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5/32 刑法における故意犯の重視

【テロップ】
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【ノート】
刑事責任と民事責任のもう一つの大きな違いは,故意と過失についての取り扱いの違いです。 ■刑事責任の場合には,主として故意でなされた行為だけを処罰します。 『空飛ぶタイヤ』事件は,死亡事故なので,例外的に過失犯も規定されています。 ■しかし,故意犯である殺人罪(刑法199条)の罰則が「死刑又は無期懲役若しくは5年以上の懲役」であるのに対して,過失致死罪(刑法210条)の罰則は,「50万円以下の罰金」であり,天と地ほどの差があります。 ■『空飛ぶタイヤ』事件の場合には,業務上過失致死傷等(刑法211条)が適用される可能性があります。 ■確かに,業務上過失致死傷等(刑法211条)は,過失致死罪(刑法210条)よりも,罰則が重くなっています。 ■しかし,それでも,「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。 ■このように,刑事責任においては,原則としての故意犯と,例外としての過失犯とでは,罰則に大きな差があるのです。 ■これに対して,民事責任の場合には,故意による不法行為であれ,過失による不法行為であれ,全く同じように扱います。 ■損害賠償額についても,故意と過失とで差を設けていません。 ■確かに,『空飛ぶタイヤ』事件では,アメリカの一定の州で採用されている「懲罰的損害賠償(punitive damages)」の制度が出てきます。この制度は,故意など,加害行為の悪性が高い場合にのみ,被害者に通常の損害賠償額の3倍の賠償額を認めるものです。 ■しかし,わが国の裁判所はこれを認めていません(最高裁判所第二小法廷平成9年7月11日判決▲民事判例集51巻6号2573頁)。 ■さて,民事責任において,故意と過失とを区別しないということには,どのようなメリットがあるのでしょうか。 ■刑事責任における国家権力(検察)による証拠調べとはことなり,民事責任の証明は,困難を極めます。 ■特に,故意は,「加害者の内心,頭の中の問題」なので,証明はほぼ不可能です。 ■これに対して,過失は,義務違反,すなわち,「やるべきことをやっていない」ということであり,「整備不良」等の外部に現れる事実ですので,被害者にとっても証明が可能です。 ■刑事責任の場合には,国家権力による捜査を前提にして,犯罪者の内心の問題である「故意」を犯罪の要件としているのです。 ■これに対して,民事責任の場合には,民間人による加害者の「故意」の証明が困難であることを考慮して,「故意」でなくても,被害者が加害者の「過失」を証明すれば,被害の救済ができるようにしているのです。 ■人間の内面の問題である「故意」を要件とすることは,人権を守るためには重要なことですが,反面,国家権力が被疑者の「故意」を証明するために,拷問まがいの違法な取調べをすることがあり,それによる冤罪を引き起こしています。 ■民事責任が,故意ではなく,注意義務に違反しているという「過失」によって被害救済を図っていることは,立法政策としても優れていると思います。 ■今後は,刑事責任においても,犯罪の構成ヨウケンを故意から過失へと重心を移動することが必要ではないかと,民法学者の私は考えています。