法律学におけるレトリック(弁論術)

作成:2010年10月1日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


レトリックまたは修辞学というと,内容とは切り離された文章技術(修辞術)のことのように思われたり,無知な人につけ込み,自分の都合のよいように誘導する「うさんくさい」説得方法(詭弁術)のように思われたりしているが,レトリックは,もともとは,民主主義が発祥した古代ギリシャ社会において,民衆の一人一人が議会で発言することが必要となったものの,どのように議論してよいかわからない民衆に対して,自分の意見をうまく組み立てて,相手を説得する方法を有料で教える専門家(ソフィスト)が出現し,その人たちによって発展させられた有用な技術(弁論術)であった。

このように,レトリックは,素人が議会で演説するための有効な技術であったが,次第に,「弁論で相手方をやり込めることができる」という側面が賞賛されるようになり,その結果として,相手を説得するためには手段を選ばないという技術(詭弁の技術)へと堕していく危険性を有していた。レトリックがうさんくさい詭弁の技術だと誤解されることについては,もっともな理由があるというわけである。

しかし,今も昔も,民主主義の時代においては,社会的な困難な問題の解決に対して最終的な決定権を握っているのは,一人一人の国民なのであるから,素人に過ぎないとしても,国民は,少なくとも,専門家や議員などが提案する解決策に対して,その当否を判断する力を養うことが必要である。そのためには,国民の一人一人が,正しい弁論術に関する知識を持ち,誤った弁論術としての「詭弁」を見抜く能力を涵養する必要がある。

特に,インターネットが発達した現代においては,インターネットを利用した詐欺的な広告宣伝等に惑わされないようにするためにも,「詭弁」を見抜く能力としての正しいレトリック(弁論術)を身につけることが必要となっている。そればかりでなく,現在においては,国民の一人一人が,専門外の問題についても,インターネットを通じて発言する機会が増加しており,その場合に,どのように議論すれば,よりよい解決策を見つけ,多くの人の賛同を得ることができるのか,また,インターネット上の議論が炎上してお互いが傷つけ合うという事態を避けて,納得と合意に至るためにはどのようにすればよいのかという問題の解決が迫られている。

このような現代における緊急の課題,すなわち,自分の意見を説得的に展開するためには,どのような方法が必要であるのか,詭弁に陥ったり,詭弁に弄されないようにするためには,どのような議論をすべきなのかという問題について,理論的な体系としてのレトリック(弁論修辞学)を完成させたのは,実は,民主主義の発祥の地であったギリシャの学者であるアリストテレスであった。

アリストテレスの弁論術(レトリーケ)は,社会の構成員である一般人が,常識と一般教養とに基づき,論理的な思考方法を踏まえて,誰もが納得するような問題の解決策を発見し,その解決策を採用するよう,他のメンバーに説得するための一連の思考方法のことである。アリストテレスの弁論術の特色は,社会が困難な問題を抱えた場合に,その解決を専門家にゆだねてしまうのではなく,社会の一員である素人が,自分たちの力でよりよい解決策を発見し,それを採用するように説得するためにどのような方法をとるのが最も優れているかを明らかにする一連の思考法(@問題の提起,A問題の合理的な解決策の提示,B反論を踏まえた丁寧な議論,C結論)を体系的に明らかにした点にある。

アリストテレスの弁論術は,具体的には,以下の3つの部門から成り立っている。この考え方は,現代における困難な問題,たとえば,経済発展か環境保護かというように「利害」が対立したり,企業の行った政治献金が「不正」かどうかが争われたりしており,そのような困難な問題を社会が解決することを迫られた場合にも,指針となる考え方であるといえよう。

  1. 説得立証法(ピスティス)
    1. ロゴス(論理)による説得立証
      1. 審議弁論…利害に関わる将来の問題についての弁論(議会での演説と議論)
      2. 法廷弁論…不正に関わる過去の問題についての弁論(法廷での弾劾と弁護)
      3. 演示弁論…美醜に関わる現在の問題についての弁論(追悼や結婚式でのスピーチ)
    2. エートス(説得する側の品格)による説得立証
    3. パトス(説得される側の感情)による説得立証
  2. 修辞法(レクシス)
    1. 提喩(プロトタイプによる認知・発想)…「花」といって「桜」を表現する(特殊化),「ご飯」といって,洋食を含めた食事を表現する(一般化)など。
    2. 換喩(隣接性による認知・発想)…「ユニフォームを脱ぐ」といって引退を意味する(焦点化)など。
    3. 隠喩・直喩(類推による認知・発想)…「雪のように白い肌」といって白さを強調する(隠喩),「鉄のカーテン」といって強固な閉鎖主義を強調する(直喩)など。
  3. 配列法(タクシス)
    1. 序言
    2. 論題提起
    3. 説得立証
    4. 結語

現在の立場から眺めると,3の配列法(タクシス)は,法律家の思考プロセス(IRAC:争点,ルール,適用/議論,結論)する思考プロセスを明らかにしたものであり,2の修辞法(レクシス)は,法解釈学の中心的課題である拡大・縮小解釈,反対解釈,類推解釈,例文解釈の理論につながる認識と発想の方法に通じるものであり,1の説得立法は,単なるロゴスによる説得だけでなく,相手方のパトスにも訴える方法までを明らかにしている。したがって,レトリックを学習することは,裁判員制度の創設によって素人も法律家の思考方法を理解し,活用することが求められている現代においてこそ,詭弁に陥ったり,詭弁に弄されずに,正しい議論と説得を行うための基本的な考え方として,それをマスターすることの必要性が大きくなっているといえよう。

もっとも,歴史的に見ると,レトリック(弁論修辞術)は,第1に,その効果の絶大さによる濫用(詭弁)のために,ソクラテス,プラトンという近代西洋科学の主流となる哲学(問答弁証法によるイデア論)からの攻撃に晒されていた。

ただし,雄弁家として名高いキケロは,問答弁証法の立場からレトリックを厳しく非難するプラトンに対して,以下のような正鵠を得た感想(逆ねじ法)を述べている(大西英文訳『弁論家についてT』28頁)。

『ゴルギアース』を読んでいてプラトーンに最も感心させられたのは,プラトーンが弁論家を嘲弄するとき,他ならぬそのプラトーン自身が最高の弁論家であるあように私には思われたことである。

レトリックは,第1の詭弁に堕しやすいという弊害だけでなく,第2に,説得のためには,意図的な説得の技術を表に出さない方が,より説得的であるという内部矛盾を抱えていたために,ローマ帝国の滅亡とともに衰退していくことになる。

しかし,以下に述べるように,情報化社会において,氾濫する広告宣伝等の情報から身を守るためにも,また,民主主義の時代において,人をよい方向に説得するための効果的な方法であることが再評価され,20世紀後半になってよみがえることになる。それを決定づけたのが,修辞学の面でのローマン・ヤーコブソン「言語の2つの面と失語症の2つのタイプ」(1956),および,議論の技術の面でのカイム・ペレルマン『議論法概説−新しいレトリック』(1958)だとされている。

情報化が進展する現代においては,レトリックの効用を見抜いた企業が,レトリックを使った広告宣伝によって消費者を説得するのに成功する一方で,ペーパー商法に始まり,振り込み詐欺に至るまで,悪徳業者がレトリックを濫用することによって,おびただしい消費者被害が発生しており,消費者は,自分の財産を守るためにも,好むと好まざるとを問わず,企業戦略としてのレトリック(詭弁を含む)から身を守る方法として,正しいレトリックを理解する必要が生じているという事情がある。また,先に述べたように裁判員制度が創設されたことにより,素人も,裁判員として,レトリックが駆使される法廷弁論を理解するためにもレトリックを理解することが求められているばかりでなく,法律家専門家にとっても,裁判員制度の下では,専門家の仲間同士の議論に安住することができなくなりつつあり,素人である裁判員,将来的には,陪審員を説得するレトリックを身につけることが必要となってきている。

このように考えると,現代においては,素人が,専門家のレトリックから身を守るためにも,また,専門家が素人を説得するためにも,正しいレトリックをマスターすることが求められているのであり,特に,法律家と関わる人々にとっては,レトリックの意味と機能とを正しく理解し,素人をよい方向に説得できるように,レトリックを使いこなすことが求められているのである。

レトリックは,法廷弁論等の問答法を含めた弁論技術として発達したという歴史があり,法律家にとっては,法律家の本来の活動の原点に戻るという意味を有しているのであって,一般の人が一からレトリックを学ぶよりも,有利な面を有しているといえよう。

法曹養成機関としての法科大学院においては,英米法における法廷弁論の基礎となるソクラティックメソッド(問答弁証法)が主流を占めているが,プレゼンテーションのようなまとまった弁論をする場合,たとえば,法廷において,冒頭陳述や最終弁論を行う場合には,問答法では十分ではなく,大陸法的なレトリックの方に部があるといえよう。


参考文献


[プラトン・ゴルギアス]
プラトン(加来彰俊訳)『ゴルギアス』岩波文庫(1967)
[アリストテレス・トピカ]
アリストテレス(池田康夫訳)『トピカ』京都大学学術出版会(2007)
[クーン・科学革命の構造(1971)]
トーマス・クーン(中山茂訳)『科学革命の構造』みすず書房(1971)
[野崎・詭弁論理学(1976)]
野崎明弘『詭弁論理学』中公新書(1976)
[ペレルマン・説得の論理学(1980)]
カイム・ペレルマン(三輪正訳)『説得の論理学−新しいレトリック−』理想社(1980)
[足立・議論の論理(1984)]
足立幸男『議論の論理』木鐸社(1984)
[ペレルマン・法律家の論理(1986)]
カイム・ペレルマン(江口三角訳)『法律家の論理−新しいレトリック−』木鐸社(1986)
[佐藤・レトリックの記号論(1993)]
佐藤信夫『レトリックの記号論』講談社学術文庫(1993)
[香西・反論の技術(1995)]
香西秀信『反論の技術−その意義と訓練方法−』明治図書(1995)
[浅野・論証のレトリック(1996)]
浅野樽英『論証のレトリック−古代ギリシャの言論の技術−』講談社現代新書(1996)
[ハフト・レトリック流学習法(1998)]
フリチョフ・ハフト(平野俊彦訳)『レトリック流法律学習法』木鐸社(1998)
[香西・論争と詭弁(1999)]
香西秀信『論争と「詭弁」−レトリックのための弁明−』丸善ライブラリー(1999)
[野内良三・レトリック入門(2002)]
野内良三『レトリック入門−修辞と論証−』世界思想社(2002)
[野矢・入門論理学(2006)]
野矢茂樹『入門!論理学』中公新書(2006)
[野内・レトリックのすすめ(2007)]
野内良三『れとりっくのすすめ』大修館書店(2007)