書評


杉原厚吉『大学教授という仕事』水曜社(2010)

大学教授の教育・研究,学内行政,社会活動に関する普遍的な責務を明らかにした本

2011年2月26日
明治学院大学法学研究科教授 加賀山 茂


本書の概要

本書は,以下の15章において,大学教授のなすべき15の仕事について,著者の実践例に即して丁寧に解説しています。

1 ストレスの少ない職業/2 講義の担当/3 研究と学生指導/4 研究資金の獲得/5 論文の生産/6 管理運営の仕事/7 入学試験/8 学会活動/9 国際会議活動/10 審査/11 他大学の非常勤講師/12 著作活動/13 研究成果の社会還元/14 専門知識の社会還元/15 大学教授のセルフマネージメント 

本書に対するコメントと時代の変化

これらの膨大な15の仕事を1人の教授が実際に立派にやり遂げているのを知った読者は,一方では,著者が行なった仕事を素晴らしいと感じると同時に,他方では,自らの立場を顧みて,これらの仕事は,「東大の先生」だからできることだとか,「理系」の教授には当てはまっても,「文系」の教授には当てはまらないとかいって,一般化するのを躊躇するかもしれません。

しかし,このような15の仕事は,東大等の「国立大学法人」や「理系」の教授だけでなく,「私立大学」の教授であれ,「文系」の教授であれ,教授としてやるべき仕事であり,著書は,すべての教授に対して,その手本(規範)を示していると考えるべきだと思います。その理由は,以下の通りです。

第1に,ひと昔前であれば,国立大学と私立大学とで事情が異なる点がありました。しかし,現在では,国立大学は国立大学法人として,独立採算制が義務づけられており,その仕組みと環境は,私立大学とほぼ同じになっています。

第2に,ひと昔前までは,「理系」とは異なり,「文系」の場合は,博士号は,「功成り名を遂げた」教授が,名だたる出版社(例えば,岩波書店とか,有斐閣とか)から2冊以上の本を出版した後に,はじめて博士の学位を取ることができると考えられていました(論文博士の尊重)。確かに,その時代の課程博士の学生は,博士号を取らずに単位を修得して退学するだけで,問題なく研究職に就職することができたのであり(例えば,団塊の世代では,「課程博士」の段階で「博士号」を取得した「文系」の教授は例外的存在で,「修士号」しか有していないのが多数派です),つまり,その時代の教授たちは,課程博士の間に博士号を取得させる必要はないと考えていました。

しかし,現在では,「理系」の場合と同様,「課程博士」を取得せずに,研究職に就職することは困難となっており,課程博士の学生に「博士号」を取得させることは,教授のやるべき仕事の一つと考えるべきでしょう。

第3に,同様のことは,科研費等の外部資金(競争資金)の調達についてもいえます。ひと昔前であれば,共同研究と実験等で費用のかさむ「理系」の教授は,研究費の外に,外部資金を調達して,業績を挙げる必要があるが,「文系」の場合には,「書籍」の購入と,文献のコピー費用があれば,単独研究によって十分な業績を挙げることができ,それは研究費の範囲でまかなえるのであるから,外部資金を調達するまでもないと考えられてきました。

しかし,現在では,「文系」でも,コンピュータの活用,社会調査,共同研究が不可欠となっており,研究費だけでは,十分な研究成果を挙げることが困難となっており,「理系」と「文系」との差は縮まりつつあります。したがって,現在では,外部資金の調達は,「文系」の教授にとっても,やるべき仕事の1つとカウントすべきでしょう。

本書のポイント

このように考えると,本書で示された15の仕事(最初の「ストレスの少ない仕事」というのも,教授職の特色だけでなく,そのようなストレスの少ない環境を維持することが教授の大切な仕事であると考えるべきでしょう)は,程度の差はあるといえ,すべての大学教授のなすべき仕事であり,少なくとも,それを目標に掲げて,実現の努力をすべきであると思われます。

著者が述べているように,大学教授の仕事は,上司を持たない上に,何をすべきかをすべて自分の判断で行うことができるという点で,「個性的」で,かつ,「ストレスの少ない」希有の職業であるということができます。

しかし,そのような素晴らしい職業環境は,大学教授が,世の中で「まだ誰もやっていないことに挑戦し,新しい知識・技術・思想などを作り出す」という仕事に従事し,その中で,「教育と研究を通じて学問の発展に貢献している」からこそ,それが社会的に認められていることを忘れてはならないと思います。

だからこそ,大学教授の仕事はストレスのない「個性的な職業」であると同時に,大学教授は,本書が示す15の仕事をやり遂げていく必要があるのです。その中でも,第1に,「コンスタントに論文を作成し,それを公表して,学問の発展に貢献する」こと,第2に,「独立研究能力のある学生を育て「博士号を取得させる」こと,第3に,以上の目的を達成するために,第3に,「外部資金を調達する」ことは,大学教授の「普遍的な責務」と考えるべき時代になっていることを自覚すべきでしょう。

まとめ

今や,自己評価・自己点検がどこの大学でも義務づけられるようになってきています。それは,見方によっては,「学問の自由」に対する侵害であるとも考えることができまし,その危険性も見過ごすべきではありません。しかし,そのような自己評価・自己点検は,「外部からの強制」として見るだけではなく,大学の使命を考えた場合に,個々の大学教授が自発的になすべき「責務」であると考えることもできると思います。

本書は,ストレスの少ない「個性的」な職業を「享受」してきた教授が,学問の発展に貢献するためになすべき,「普遍的」な責務(1.論文作成,2.課程博士の輩出,3.外部資金の調達等)を明らかにしたものであり,大学の教授,および,大学教授をめざすすべての人,並びに,大学教授の資質を評価する側に立つ,すべての人に推薦できる良書であると思います。