第82回日本私法学会シンポジウム「強行法と任意法」
各パネリストに対する質問・意見

作成:2018年10月12日
吉備国際大学大学院(通信制)知的財産学研究科教授 加賀山 茂


はじめに


1.私法学会第82大会のシンポジウム「強行法と任意法」の論点

日本私法学会第82回大会のシンポジウム「強行法と任意法-民法財産法を中心として」が,東北大学の川内萩ホールで開催されます。私は,このシンポジウムに参加して,各パネリストに質問と意見表明を行うことにし,予め,予稿集を読み込み,質問票に質問・意見を書いて,私のHPにアップロードすることにしました。

強行法と任意法との関係について,従来は,大雑把にいえば,物権法の規定は強行法,債権法(契約法)の規定は任意法とされてきました。しかし,契約が約款形式で作成され,利用されるようになると,契約の前提としてきた合意は,実は真の意味では存在しておらず,契約の一方の当事者が一方的に作成した契約条項を呑むか,それとも,契約をしないかの選択しかできなくなるという状況が一般化するようになりました。そうなると,民法91条の法適用の順序,すなわち,強行法,契約条項,事実たる慣習,任意規定という法適用の順序に疑問が生じるようになりました。

そこで,法律行為が,強行法に違反する場合だけでなく,任意法に違反する場合であっても,その法律行為を無効とする必要があるのではないかという考え方が表明されるようになったりました。もっともし,この考え方は,条文上の決め手を欠いているため,実務を動かすには至りませんでした。

2.消費者契約法10条によるパラダイムの転換

この閉塞した状況を一挙に変えたのが,2000年に成立し,2001年4月1日に施行された消費者契約法の以下の条文です。

消費者契約法 第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。

その後,消費者契約法10条は,2016年に改正され,無効となる不当な契約条項が追加されましたが,本質的な部分は変わっていません。

消費者契約法10条の特色は,以下の4点です。

  1. ある契約条項(法律行為)が有効か無効かを判断するに際して,その契約条項の性質から判断するのではなく,事案に適用した結果に着目するという方法論を採用した点にあります。すなわち,問題となっている事案にその条項を適用した結果と,その事案に適用されるべき任意規定(公序に関しない規定)を適用した結果という二つの結果を比較検討し,契約条項を適用した結果が,任意規定を適用した結果と比較して,消費者を一方的に不利にする場合には,無効とするという,結果の比較という方法を採用した点に消費者契約法10条の第1の特色があります。
  2. 契約条項(法律行為)が有効か無効かを判断する根拠規定を,公序良俗違反を理由とする民法90条ではなく,信義則に関する民法1条2項に求めた点に,消費者契約法の第2の特色があります。もちろん,解釈論としては,信義則違反の法律行為を無効とする考え方はありますが,それを明文の規定としたのは,消費者契約法10条が最初です。
  3. 信義則(民法1条2項)を法律行為の有効・無効の判断基準としたことによって,民法1条(民法通則:メタ規範)のその他の項,すなわち,公共の福祉(1条1項),権利濫用(1条3項)についても,法律行為の有効・無効の判断基準とすることを可能とする道を開いた点に消費者契約法の第3の特色があります。
  4. 公序良俗に違反しない場合にもかかわらず,信義則違反を理由に,法律行為を無効とした場合,無法状態が生じるのではないかとの危惧が生じます。しかし,この場合,民法91条によって,事実たる慣習とか,任意規定が適用されるため,その心配を払拭している点に,消費者契約法の第4の特色があります。

3.シンポジウムの予稿集を読むことによって得た法律行為の効力に関するメタ規範の再構築の着想

このような考察の結果,私は,以下のような,法律行為の有効・無効を判断する基準に関する法理を構築することができました。

Ⅰ 強行法規と任意法規との区別は,定義通り,公の秩序に関するものかどうかで足りる。
Ⅱ 法律行為の効果を決定するために,「半強行規定」という概念を導入する必要はない。たとえ,導入するにしても,任意規定の強行法化を表現するための「片面的強行規定化」と,法律効果を左右しない「半任意法」とを厳密に区別すべきである。
Ⅲ 法律行為の効力に影響を与えるのは,民法90条の外は,メタ規範としての一般条項(民法通則)のみである。
  1. 法律行為は,公序良俗に違反しない限り,原則として有効である(民法90条の反対解釈)。
  2. それにもかかわらず,法律行為が,強行法規であれ任意法規であれ,その規定の適用による場合に比して,情報力・交渉力弱者(社会的弱者)の権利を制限し,または,義務を加重するものであって,公共の福祉(民法1条1項),または,信義則(民法1条2項)に反して社会的弱者の利益を一方的に害するおそれがある場合には,それは,契約自由の濫用(民法1条3項)であって,その法律行為は,無効となる(書面契約の場合には,その条項は書かれなかったものとみなされる)。
  3. 前項の理由に基づいて法律行為,または,不当な慣習・慣行が 無効となる場合には,法律行為の空白部分が任意規定によって補充される。

以上のような視点から,各報告者の見解について批判的な考察を行った結果,各報告者に対して以下のような質問・意見を述べることにしました。


Ⅰ 近江幸治(早稲田大学教授)に対する質問・意見


1.用語法の混乱について

本シンポジウムでは,任意規定の半強行法化,逆に,強行規定の半任意法化をめぐって,議論が進められているのですが,報告者間で用語の統一がなされておらず,さらには,同じ報告者においてさえ,用語法の統一がなされていないように思われます。

例えば,第1に,このシンポジウムの出発点となる「強行法」は,「公の秩序に関する規定」と定義するところから出発しています。それを前提にしてはじめて,半強行法とか任意法とが問題となるのです。この点,川地報告のように,「公の秩序に関しない強行規定」がある(NBL19頁右段2行目,22頁右段13行目)と論じるのでは,このシンポジウムの共通理解さえ崩壊しかねません。

第2に,近江報告では,「任意規定の強行法化」について,河上論文を引用して,「任意法の半強行法化」という用語が使われています(NBL5頁右段10行目)。ところが,肝心の河上報告では,「半強行法」とは,強行法のうち,「合理的な離脱のみを許すもの」であると定義されており(NBL49頁の注),社会的弱者を保護するための「任意規定の強行法化」という問題は,「相手方に有利な形での離脱のみを許すもの」という「片面的強行法」の定義(NBL49頁の注)にぴったりと当てはまる問題であるように思われます。

2.用語法の統一化の提案

したがって,私としては,本シンポジウムの最も重要なテーマである「任意規定の強行法化」を表現するものとしては,任意規定の「半強行法化」ではなく,河上報告によって「相手方に有利な形での離脱のみを許す」と定義されている任意規定の「片面的強行法化」という方が適切であるように思われます。

もしも,そのように考えることができるのであれば,最初に述べたように,2つのテーマについての用語法が分かりやすく区別されると思います。すなわち,第1の任意規定の強行法化については,「任意規定の半強行法化」ではなく,「任意規定の片面的強行法化」で統一し,第2の,強行法規の任意法化については,強行法規の半任意法化(椿報告NBL10頁左段13-14行目,14頁右段8行目)で統一することができると思いますが,いかがでしょうか?


Ⅱ 椿 久美子(明治大学教授)に対する質問・意見


1.半強行法という概念の明確化について

任意規定の強行法化という現象について,「半強行法」というあいまいな概念を明確化するために,任意規定の背後にある人格保障機能,第三者保護機能,弱者保護機能に基づいて,分類を貫徹された努力には敬意を表したいと思います。

しかし,そのような努力によっても,半強行法という概念は,依然として明確にはなっていないように思われます。

2.法規の平面的分類ではなく,メタ規範の考え方が必要ではないか?

確かに,任意規定と強行規定とは,公序の関するものかどうかという基準で分類できるのですが,その規定に反した場合に,法律行為の効力がどのような影響を受けるかという問題は,民法90条と,メタ規範〔法律間では「法の適用に関する通則法」がメタ規範の代表です。民法の規定と法律行為との関係では民法通則がその代表です〕によって解決されるべき問題であり,法律行為の適用の結果が民法通則に規定された「公共の福祉」,「信義則」,「権利の濫用」の観点から,その効力が判断されるべきであると,私は考えております。

すなわち,任意規定と強行規定の中間に,半強行法という概念を認めようとしても,それを論理的に明確に区別できる第三の類型として成立させること,すなわち,ヴェン図上で平面的に表現することは,不可能なのではないでしょうか。むしろ,任意規定であれ,強行規定であれ,それらに反する法律行為の効力は,名文の規定としての民法90条と,メタ規範である民法通則,すなわち,民法1条(公共の福祉,信義則,権利濫用)によってのみ判断されると考える。言い換えると,事案に対する法律行為の適用の結果と,任意・強行規定の適用結果とを比較しつつ,上位規範(メタ規範)が法律行為の効力を判断するというように,立体的に考えるべきでしょう。

そのように考えてこそ,消費者契約法10条とか,民法改正法548条の2第2項とかが,信義則に反する法律行為を無効としていることの真の意味が理解されるのではないでしょうか。


Ⅲ 3.川地 宏行(明治大学教授)に対する質問・意見


1.物権法定主義と担保物権の半任意規定性

川地報告は,物権法規定には,担保物権法規定も含まれるとされています(NBL16頁)。そして,川地報告では,担保物権の例として法定地上権の例が取り上げられています(NBL20頁)。

しかし,芦野報告では,担保権の実行規定に関する昭和25年最高裁判決(最一判昭和25・12・21集刑38号391頁)が取り上げられており(NBL24頁右段),「担保物権の実行に関するする法規は担保物換価の公正を確保し,唯に担保権者のみならず競合する他の債権者の利益をも併せ保護する強行規定であり,権利者と雖も法定の手続によらず担保物を任意処分することは法の厳禁するところである」とされています。

この問題に関連して,担保物権とされている譲渡担保について,河上報告(補論1)においては,これとは反対に,「譲渡担保は,物権法定主義や質権の設定における占有改定禁止規定(民法349条参照)である流質禁止規定の脱法行為に見えるが,社会的経済的必要性を考慮して,清算義務などによる内容の制限を受けたが今日では必ずしも無効とされてはいない」とされています(NBL56頁)。

川地教授は,上記の芦野報告,すなわち,担保物権の実行規定は強行規定であるとする見解と,河上報告,すなわち,譲渡担保の実行は,脱法行為とはならず,処分清算が認められるとする,矛盾する二つの考え方について,どのようにお考えなのか,お伺いしたいと思います。

2.付合に関する248条の規定に反する特約の効力

川地報告では,具体例として,付合に関する規定を取り上げられていますが,付合といえば,法律上の理由があるにもかかわらず,不当利得の成立を認めている,民法248条という,不可思議な規定の解釈に触れられるべきではないでしょうか。

この248条の規定は,任意規定と解する余地のある他の付合の規定とは異なり,何故に強行規定とされるのか,川地教授のお考えを伺いたいと思います。


Ⅳ 芦野 訓和(東洋大学教授)に対する質問・意見


1.椿報告との立場の相違について

芦野報告は,判例の分析を通じて,法律行為が受ける影響,すなわち,法律行為の有効・無効について,強行法規と任意法規との区別の実益を実質的に否定するものとなっていると思います。

このことは,法律行為が受ける影響について,任意法規と強行法との区別の実益を肯定し,その上で,半強行法,半任意法の概念の明確化を探究するという,椿報告と対立するものとなっていると思うのですが,この点について,報告者間で議論がなされているのでしょうか。

2.法律行為の有効・無効を分ける基準について

芦野報告は,判例分析としては,法律行為の効力を支配しているのは,強行法と任意法の区別ではないと考えられているように思われるのですが,それでは,法律行為の効力を左右しているのは何でしょうか。

私は,法律行為の有効・無効を左右しているのは,メタ規範としての民法90条と民法1条だと考えているのですが,芦野教授は,法律行為の効力を左右する法律または法原理は何であると考えておられるのでしょうか。憲法76条3項によれば,「すべて裁判官は,…この憲法及び法律にのみ拘束される」とされていますので,なるべく,法律の条文に即して説明していただくよう,お願いいたします。


Ⅴ 青木 則幸(早稲田大学教授)に対する質問・意見


1.シンポジウムのテーマとの関連性

青木報告は,法律ではないガイドラインについて取り上げており,本シンポジウムのテーマである「強行法と任意法」とは,かけ離れているように見えて,実は,法律行為の効力に影響を与えるメカニズム〔メタ規範〕を解明する上で,非常に有益な素材を提供しており,シンポジウムの企画者,および,報告者に敬意を表したいと思います。

2.ガイドラインは,任意法か強行法か半強行法か?

青木報告によれば,賃貸住宅の原状回復に関するガイドラインについては,「賃借人は賃料に含まれるべき通常損耗の原状回復費用を負担しないという強行法的準則〔後に民法改正法621条で明文化されたが,この規定が強行法規といえるかどうかは,定かではない〕のもと,通常損耗の解釈基準や,逸脱する特約について賃借人に有利なものを片面的に認める処遇という点で,法令に準ずる裁判規範性があり,その拘束力は単なる任意法を超えているといえる。」(NBL34頁)とされています。

3.ガイドラインが強行法化する理論的根拠

青木報告は,ガイドラインが強行法化する根拠を,「この規範性は,平成17年最判が導く準則の強行法的作用に裏付けされた効力であり,またその作用が及ぶ範囲内で意味を持っているとみられる。」(NBL34頁)とされています。しかし,判例によってガイドラインの内容が単なる任意規定を超えて,強行法規化するというのは,理論的には,根拠が薄弱なように思われます。

確かに,青木報告では,「裁判例によって,当該規範〔ガイドライン〕の違反が私法上不当だと判断される蓋然性が高まったことを前提に,その要件の充足の有無を判断する具体的判断基準として,裁判規範性を発揮するとみてよい。」(NBL38頁)とされています。しかし,この論理も,裁判準則は強行法であるとの前提がなければ成り立たない議論であり(この点については,椿寿夫「民法における強行法・任意法-一つの県有構想の由来と展望-」『強行法・任意法の研究』成文堂(2018)』所収27頁を参照してください),その後に続く,「信義則の作用に類似しているとみてよさそうである」(NBL38頁右段5行目)というのが,本来的な理論的根拠であると思われます。

その信義則の機能として,法律行為を無効とすることができると明文で規定されたのは,消費者契約法10条が最初です。消費者契約法10条を飛び越えて,信義則に反する法律行為を無効とするのは,論理に飛躍があると思いますが,いかがでしょうか。


Ⅵ 髙井 章光(弁護士)に対する質問・意見


1.河上報告との関連について

髙井報告は,「取引実務においては契約自由の原則が支配し,強行法や任意法が意識される場面は多くない,との意見をよく聞く。」(NBL39頁)という文章で始まっています(NBL42頁でも,このことが繰り返されています)。

これは,河上報告(NBL54頁右段下から9-12行)の「どんな改正法になっても,すべて任意法規と見て基本的には契約書や特約で処理するのでかまいません」とうそぶいたりするという一部の事業者の感覚と同じと考えてもよいでしょうか。

2.契約条項の作成における任意規定の取り扱いについて

髙木報告では,「基本的に任意法をモデルに条項が規定され,当然のことながら強行法に反する条項などは見当たらない。」(NBL41頁左段12-14行)とされています。

しかし,「どんな改正法になっても,すべて任意法規と見て基本的には契約書や特約で処理するのでかまいません」とうそぶいたりするという事業者が存在する以上,この文章については,にわかに承服しがたい点があります。

「任意法をモデルに条項が規定される」とされていますが,売買契約書では,民法534条以下の危険負担については,任意規定と明らかに異なる条項が用意されています。また,保証契約においては,債権者の担保保存義務の免責条項が使われていることからも,「任意法をモデルに条項が規定されている」というのは,誤解を招く表現ではないでしょうか。


Ⅶ 河上 正二(青山学院大学教授)に対する質問・意見


1.「強行規定・任意規定」区別は,法律行為の効果に関しては無意味な区別か?

河上報告では,「強行規定・任意規定」は,「当該法律行為の最終効果を導く際の説明概念に過ぎないのではないか」(NBL48頁)とされています。しかし,「強行規定,任意規定」の区別は,定義通りに,「公の秩序に関する規定」か「そうでないか」を区別しているだけであり,法律行為に与える効果については,説明概念としての機能を含めて,何らの機能も有していないと考えるべきではないでしょうか。

私の考えでは,「法律行為は,公序良俗に違反しない限り,原則として有効である(民法90条の反対解釈)。ただし,強行法規であれ任意法規であれ,その規定の適用による場合に比して,情報・交渉弱者(社会的弱者(NBL50頁))の権利を制限し,または,義務を加重する法律行為であって,公共の利益(民法1条1項),または,信義則(民法1条2項)に反して社会的弱者の利益を一方的に害するおそれがあるものは,契約自由の濫用(民法1条3項)であって,無効とする。」とすべきであると考えています。 法律効果の有効・無効に影響を与えたり,説明したりする規定(メタ規範)は,民法90条,および,民法1条だけではないでしょか。

2.片面的強行法規と半強行法規の区別について

河上報告では,「20世紀に至り,次第に強行法規が増加し,任意法規の半強行法規化が始まったようである。居住賃貸借,労働法,約款法,消費者法の領域がこれであり」(NBL50頁)云々とされています。

一方で,河上報告では,本シンポジウムの基本概念である任意規定,強行規定,片面的強行規定,半強行規定について,「法規定から完全に自由に離脱可能な『任意法』に対し,全く離脱を許さないものを『絶対的強行法』,相手方に有利な形での離脱のみを許すものを『片面的強行法』,合理的な離脱のみを許すものを『半強行法』と呼ぶ」と定義されています(NBL49頁注)。

この定義に従うならば,上記の居住賃貸借,労働法,約款法,消費者法の規定は,「半強行法」ではなく,「片面的強行法」の誤りではないでしょうか。さらに,突き詰めるならば,任意規定の強行法規化に関するものは,半強行法規の問題ではなく,すべて,片面的強行法と考えるべきではないでしょうか。