臨床法学教育学会第2号(2009)183-184頁


金子武嗣「法科大学院にしてほしいこと
-法科大学院の実務基礎教育の現状と課題」を読んで

作成:2009年8月31日
明治学院大学 法科大学院 教授 加賀山 茂


日弁連司法修習委員会副委員長の金子武嗣氏が『自由と正義』2009年6月号145頁において,「法科大学院にしてほしいこと-法科大学院の実務基礎教育の現状と課題」というタイトルで論じられた内容が,法科大学院の教員の間で注目を集めている。

金子氏の指摘は,「法科大学院での実務基礎科目の教育が不十分であることは,新修習の修習生を見て私たちがいつも感じているところです」という法科大学院の教員にとって耳の痛い書き出しで始まる。そして,2009年3月14日に神戸大学開催された法科大学院協会のシンポジウム「実務基礎教育の現状と課題」の内容紹介の形式をとりつつ,法科大学院教育の現状に対する辛口の感想と,それとの対比で,旧修習の修習生が司法研修所で受けた前期修習の教育内容が以下のように理想化されて紹介される。

  1. 法律基礎科目の知識をもとに,民事であれば要件事実というツールを使いながら,刑事であれば起訴前・公判の場を設定し,事実認定・法的構成・具体的結論を出す訓練をした。
  2. 民事であれば民裁(裁判所)・民弁(原告・被告),刑事であれば検察・弁護・刑裁(裁判所)という様々な立場で,いいかえれば立場をくるくる変えて,違う立場で複眼的に見る訓練をした。

その後に,「法科大学院でこのような訓練をして司法修習へ送り出してほしいというのが,私たち修習指導担当者の願いなのです」との要望が述べられる。そして,最後に,「法科大学院の約半数は『共通の教育目標』〔前期修習程度の教育目標を導入すること〕すら逡巡しています。これは本当に難しいことなのでしょうか。」として,法科大学院における教育目標を「前期修習程度の教育目標の達成」に置くべきだとの結論が導かれている。

金子氏が述べられたことは,法科大学院の教員にとって,教育目標をどこに置くべきかで逡巡する法科大学院に対して,前期修習を肩代わりすべきであるとの要望として受けとめられたが,2009年度の新司法試験の論文式試験問題,特に,民事系科目第1問において,それが単なる要望ではなく,これを実行しないと学生は試験に合格できないことになるという警告であることが明らかとなった。

私は,法科大学院の教育目標は,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成すること」(司法制度改革審・意見書)であり,具体的には,アメリカでIRACと呼ばれている法律家の思考方法をマスターさせることにほかならないと考えている。その考え方を含めて,私は,本誌の前号(第1号34-38頁)において「法科大学院のカリキュラムは,臨床教育に奉仕できるよう再構成されるべきである」との主張を行った。

この考え方は,金子氏が主張する「違う立場で複眼的に見る訓練」行うという点では共通する。しかし,主張責任と立証責任とを一致させることを金科玉条とし,立証責任について文理解釈に終始して原告敗訴判決を増加させ,国民のための司法という理想からは程遠い教育方法と思われる要件事実教育を理想化し,これをもって法科大学院の共通の教育目標とすべきであるとの金子氏との考え方に,私は賛同することができない。

司法研修所による従来型の教育を法科大学院に肩代わりさせるのが法曹教育の教育目標とするのであれば,学問の府である大学に法科大学院を設立することは無用であった。学問の自由が保障された大学において,司法研修所の教育方法を含めて徹底した議論を行い,それらを根本的に改革し,「国民の社会生活上の医師」としての役割を果たしうる法曹を育てるのが法科大学院の目的であったはずである。

司法研修所の教育を受けてきた法曹が,民事裁判において,今なお,「書面をもって弁論に代えます」に始まり「では,次回期日を指定します」で終わるという,国民をないがしろにした弁論を続けているという現実は,民事裁判において司法改革が何ら実現されていないことを示すものといわざるを得ない。

市民と法曹との距離を拡大する等,多くの弊害が指摘されてきた要件事実教育を含めて,司法研修所の教育方法を法科大学院の共通の教育目標として受け入れさせようとする金子氏(司法修習委員会)の考え方は,善意によるものであることは重々承知の上ではあるが,その影響力の大きさから考えると,司法試験の合格者を増やしたいと願う法科大学院の足元を見て自らの立場を押し付けようとする優越的地位の濫用ではないのかとの危惧を禁じえない。

臨床教育と司法研修所の教育と接点をテーマとして,司法研修所の教育方法の功罪について金子氏ととことん議論してみたいというのが,金子氏の論考を読んだ私の率直な感想である。


臨床法学教育学会第2号(2009)183-184頁