人工知能第19巻5号(法創造教育と人工知能)


比較表を用いた法創造教育について

Creative Legal Education using Comparative Tables

作成:2004年6月1日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂

KAGAYAMA Shigeru,
Professor of Graduate School of Law, Nagoya University
kagayama@lilac.ocn.ne.jp, http://www.lawschool.jp/kagayama/


Keyword


Educational philosophy of Law School, Creative thinking ability of students, Creative legal education, Comparative tables


はじめに


本稿では,新設される法科大学院の教育理念の一つである「創造的な思考力」の育成に関連して,創造性を高める教育方法として、比較表を用いた法創造教育について論じる。

創造性を既存の要素の「新たな組み合わせ」の「発見」であると考える本稿の立場からは,従来の考え方に「空白」があることを「発見」することが重要となる。本稿で提唱する比較表を用いた方法は,主観的になりがちな「図」を使った方法とは異なり,縦と横の項目という複数の観点を一貫させる客観的な「表」を作成することを通じて,従来の思考方法に空白が存在することを容易に発見しようとする試みである。

この方法は、法教育において、初学者から研究者に至るまで,洞察力を深めるためにきわめて有用な方法であると考える。


T 日本に創設される法科大学院における法教育の理念


今から70年ほど前に書かれた[末弘・法曹雑記(1936),嘘の効用(1954)229頁]によれば,日本の法教育の現状と問題点が以下のように的確に表現されている。

法教育を含めて,すべての教育は理論の他動的教授によってのみ与えられると考えられてきた。講義では先生は常にまず学理と原則とを教える。それを説明する手段として多少の実例が引照説明される。先生は独断的に理論とその展開ないし応用を説ききかせるのみであって,学生の立場は徹頭徹尾受動的であった。
今までの教育方法は,知識を分量的に増加させることができる。しかし心と力とを養うことができない。学生は,幾多の理論的知識を得ることができるが,具体的事件に直面した場合に自分の知っている知識のうちどれをあてはめると問題が解決されるのか,それを直観的に判断決定すべき力を全くもたない。

このような的確な指摘にもかかわらず,わが国の法教育が,その後も,本質的には全く変わっていなかった。しかも,日本において,法曹になるためには,司法試験という合格率が3パーセント程度という難しい試験に合格しなければならない。このことが,日本の法教育を上記のような教師による理論の他動的教授と学生による受動的な学習に終始させてきたといってもよい。しかし,このような他動的な教授と受動的な学習だけでは,創造的な法曹を育てることはできない。

1. 司法制度改革審・意見書における法科大学院の教育理念

そこで,21世紀に着手された日本の司法改革においては,法科大学院というアメリカ型のロー・スクールを創立し,そこにおいては,以下のような教育理念に基づく専門教育を通じて,司法試験の合格率を大幅に(3パーセントから少なくとも50パーセント以上に)アップさせ,受験技術にとらわれない,批判的・創造的な思考力を有する法曹を養成することになった[司法制度改革審・意見書(2001)]。

法科大学院における教育理念
専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは,
事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。

2. 専門的な法知識の習得と「創造的な思考力」の育成との相互関係

ここで重要なことは,「創造的な思考力」を育成することにある。一見すると,[司法改革審・意見書(2001)]では,「専門的な法知識を確実に習得させ」た後に,それを批判的に検討・発展させていくのが「創造的な思考力」であるかのように読める。しかし,「創造的な思考力」を育成するために,まず,「専門的な法知識を確実に習得させる」という順序で教育したのでは,結局,「専門的な法知識を確実に習得する」という従来の法曹教育の段階で時間切れとなってしまい,最も重要な「創造的な思考力」を育成することはできないことが明らかである。そこで,法科大学院では,「専門的な知識を確実に習得させる」という最初の段階から,「創造的な思考力を育てる」ための周到な準備と,新しい教育方法を実現する必要がある。

そして,創造的な思考力を育てるための新しい教育方法のヒントは,実は,上記の意見書の法科大学院教育の基本理念の後半部分,すなわち,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する」という部分において,すでに明確に示されている。ここで大切なことは,「事実に即して具体的な法的問題を解決する」という最終目標が示され,そのための方法として,「必要な法的分析能力や法的議論の能力等」の必要性が明確に位置づけられているということである。

創造的な思考力を育てるためには,従来の教育方法とは逆に,まず,具体的な事例を示し,その問題を解決するためのルールを検索し,適切なルールを「発見する能力」を育てることが重要である。そして,適切なルールが見つからない場合であっても,既知のルールから,それを導き出している原理に立ち返り,既知のルールを構成しているさまざまな要素(法命題)を分析し直し,従来の解釈方法(拡大,縮小,反対,類推等)を縦横に駆使しながら,ルールの要素を新たに組み替えなおし,問題解決に適した新しいルールを創造しながら,問題を解決するという,「要素を組み替える能力」を育てなければならない。

このような「発見する能力」,「要素を組み換える能力」を基盤とした「創造的な思考力」を育成する過程を通じて,逆に,「専門的な法知識を確実に習得させる」ことが可能となると考えるべきであろう(なお,法教育改革の具体的な方法論に関しては,[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)695-712頁]参照)。


U 比較表を利用した法創造教育の方法


1. 比較表の利用に関する一般的な考え方

創造性は,従来の知識で欠けている点の発見と,新しい観点による知識の再構成と考えることができる。従来の知識で欠けている点の発見も,また,新しい観点による知識の再構成に際しても,比較表の利用が有用である。

たとえば,「他人と自分とを比べてみてはじめて自分を知ることができる。外国語を習得して初めて自国語の特色を発見する。」という言明を対照表を使って発見する方法を考えてみよう。この方法は,さらに,創造的な思考力を身につけるための,かなり一般的なプロセスへとつなぐことができると思われる。

A. 形式的な比較表

最初に,ソクラテスとゲーテという偉人の言葉を単純に比較するための表を作成してみる。

表1-1 形式的な比較表(データベース)
人名 命題
ソクラテス 汝自身を知れ
(Know thyself.)
ゲーテ 外国語を知らない者は,自国語についても何も理解できない
(Those who do not know foreign language, do not understand their own language at all.)

この表は,データベースとしては意味があるかもしれないが,それ以上の意味はない。この段階では,表は,創造的な思考力を育成するための比較表とはなっていない。

B. 有用な比較表を作成するための3つの戦略

意味のある比較表を作成するために大切なこと(戦略)は,以下の3点に要約することができる。

  1. 第1戦略:全く独立で相互に関係がないように見える対象(たとえば,最初に取り上げる「汝自身を知れ」と「外国語を知らない者は,自国語についても何も理解していない」という2つの命題)に対しては,それらの対象間に共通点を見出せるような観点を発見するように努める。
  2. 第2戦略:それぞれが,全く異なる,すなわち,対立・矛盾すると思われる対象に対しては,それらの対象間に類似点を見出せるような観点を発見するように努める。この場合に有用な戦術としては,「敵の敵は味方」,「例外の例外は原則」という考え方をうまく利用する方法がある。
  3. 第3戦略:それぞれが似ていると思われる対象に対しては,逆に,その相違点を見出せるような観点を発見するように努める。相違点がなければ,比較表を作成する意味がなくなるからである。

これらの3つの戦略は,無関係に見えるものには共通点を,相違すると見えるものには類似点を,類似すると思われるものには相違点を見出すような観点を発見しようとするものであり,世間で言えば,「あまのじゃく」な思考方法である。しかし,比較表の意味は,共通項目間の要素の対比を通じて,その相違点と共通点とを明確にして,深い洞察を誘発するものであるから,このような作業が必須となるのである。

このような,一見,世間とは逆の思考方法を採用することによって,これまでに気づかれなかった観点を発見する能力,すなわち,創造的な思考力が育成されることになるのである。

C. 共通点を抽出すための戦略の選択と有用な論理計算

さて,ソクラテスの命題とゲーテの命題とは,一見,全く関係がないように思われるので,第1の戦略にしたがって作業を開始する。つまり,2つの有名な命題(金言)の共通点を見出す作業を行う。そのような共通点が見つかると,それを基準として意味のある比較表を作成することが可能となるからである。

ところが,一見しただけでは,ソクラテスの「汝自身を知れ」とゲーテの「外国語を知らない者は,自国語についても何も理解できない」とは,全く独立の相互に無関係の命題であって,その間に共通点を見つけることができないように思われるかもしれない。

しかし,前者が肯定的命題であり,後者が,否定的命題であることに着目し,両者を肯定文として比較するため,後者に対して,論理計算上の「対偶()」の公理(( a → b ) ⇔ (¬b → ¬a ))を使って,意味を変えることなく肯定的命題として表現しなおすと,共通点が見つかる可能性が増大する。

ゲーテの命題を,対偶を使って,意味を保持したまま,肯定命題に書き直すと,以下のようになろう。

ゲーテの命題が,対偶を用いることによって,肯定文で表現できたので,これを,さらに,ソクラテス流に命令文で表現すると,以下のようになろう。

これで,ソクラテスの命題とゲーテの命題の表現形式が共通となった。以上の作業は,かなり複雑な過程であるが,以下のようなヒントとともに,課題を与えるならば,複雑すぎて解答が困難な問題とはいえないであろう。

D. 意味のある比較表の作成

ソクラテスの命題とゲーテの命題の形式を同じようにすることを通じて,両者の共通点が見えてくる。それは,「何かを知ること」であり,後者の場合には,「何かを知るためにすべき方法」にも触れていることが理解できる。ここまで,理解が進めば,共通点を項目として抽出して,意味のある比較表を作ることができる。

表1-2 内容について共通項目を抽出した比較表
人名 命題
目標 手段
ソクラテス 汝自身を知れ
ゲーテ 自国語を知ろうと思えば,外国語を知れ

このように比較表を作成してみると,ソクラテスの言った「汝自身を知れ」と,ゲーテの言った「外国語を知らない者は,自国語についても何も知らない」という言明を同一の観点から比較することが可能となる。

E. 項目に対応する空白命題の補充

共通項の抽出によって比較表を作成してみると,それぞれの命題の空白部分が明確になることが確認された。そして,その空白部分を補充することは,比較的容易である。

ここでは,上記の表の空白部分を補充するとともに,さらに比較項目の人名を学問へと変更して,より一般的な表に作り変えてみよう。

表1-3 項目の空白部分を埋めた比較表
学問分野 命題
目標 手段
哲学 自分自身を理解する 他人を知る
言語 国語を理解する 外国語を知る

以上で,ソクラテスとゲーテの格言の対照表は,一応の完成をみたことになる。ここまででも,一見全く異なる格言に共通する観点を見出し,ゲーテの格言をソクラテスの格言と共通の土俵に上げることができた。また,ソクラテスの格言に対しても,ゲーテの格言を参考に,内容を追加することができた。

しかし,この比較表をこれで終わりにすることはない。手段の項目をさらに追加することによって,また,学問分野を追加することによって,新規で,高度で,有用な命題を創造することが可能だからである。

F. 項目の追加による比較表の発展と新たな命題の創造

比較表を作成することは,違った観点の発見にも役立つ。上記の表1-3においては,手段の項目が,他のものとの比較,すなわち,空間的比較しかなされていない。そのことに気づけば,以下のように,空間と対比される時間による対比を思いつくことは,容易であろう。

表1-4 共通項目を追加することによって発展した比較表
学問分野 目標 目標を達成するための手段
空間的比較 時間的比較
哲学 自分を知る 自分を知るために,他人と比べてみる 自分を知るために,自分の祖先,または,自分の遺伝子を調べてみてみる
言語 自国語を知る 自国語の特色を知るために,外国語と比べてみる 現在の自国語の特色を知るために,自国語の歴史,すなわち,古文と比べてみてみる

この比較表は,法に関する項目を追加することによって,さらに,発展する。学生には,「練習問題4で作成した表の学問分野の項目の言語の下に「法学」の項目を追加し,その目標と目標を達成するための手段について,内容を追加してみなさい」というような課題を与えて,法教育の目標とその手段について考察させるのが有益であろう。

表1-5 共通項目と対象項目を追加することによって発展した比較表
学問分野 目標 目標を達成するための手段
空間的比較 時間的比較
哲学 自分を知る 自分を知るために,他人と比べてみる 自分を知るために,自分の祖先,または,自分の遺伝子を調べてみてみる
言語 自国語を知る 自国語の特色を知るために,外国語と比べてみる 現在の自国語の特色を知るために,自国語の歴史,すなわち,古文と比べてみてみる
法学 法を知る 自国(州)法を知るために,他の国(州)の法と比べてみる 自国(州)の法の特色を知るために,法の歴史をさかのぼってみる。

このようにして,比較表による比較の方法は,新たな項目を追加したり,新たな観点を導入することを通じて,創造的な思考力を育成するのに有効であると思われる。なぜなら,比較表の作成作業を通じて,項目に対応する空白部分が発見され,それが埋められたり,あらたな項目の追加によって新たな命題が生成されることになり,学生たちに創造的な作業を追体験させることができるからである。

G. 比較表によって創造された命題の表現

このようなプロセスは,すべて,創造的な思考方法の育成に関する重要なプロセスであるが,このようなプロセスを通じて,創造されたものを,命題としてまとめておくことも重要である。

ソクラテスの「汝自身を知れ」とゲーテの「外国語を知らない者は,自国語についても何も理解できない」という2つの格言に関して,筆者の提唱する比較表の作成によって新たに作られた命題は以下の通りである。

このような結果を示すと,以下のような反論がなされることが予想される。

しかしながら,このような反論に対しては,さらに,以下のように反論することが可能である。

2. 非嫡出子(婚外子)の戸籍における続柄欄差別の解消と比較表の効用

以上のような比較表を使った教育方法は,法教育においても有用である(本稿以外の具体例に関しては,[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)724-738頁]参照)。ここでは,ごく最近の判例を契機として,法務省がパブリック・コメントを募集するに至った,非嫡出子の戸籍表示上の差別の撤廃に関する問題を取り上げる。そして,わが国の法解釈および立法提案を導く上で,比較表を使った教育がいかに有用であるかを,以下に,具体的に示すことにする。

法務省のパブリックコメント募集要項(http://www.moj.go.jp/PUBLIC/MINJI45/pub_minji45.html)の概要は,以下の通りである。

東京地方裁判所平成16年3月2日判決において,一方で,現行民法が900条4号により,非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と規定している等の事情から,戸籍においては,嫡出子と非嫡出子とが明確に判断できるように記載することが要請されているが,他方で,国民のプライバシー保護の観点から,その記載方法は,プライバシーの侵害が必要最小限になるような方法を選択し,非嫡出子であることが強調されることがないようにすべきであり,現行の続柄欄の記載は,戸籍制度の目的との関連で必要性の程度を越えており,プライバシー権を害しているとの判断が示された。
そこで,法務省としては,行政上の配慮として,非嫡出子の続柄欄の記載方法につき,戸籍法施行規則(昭和22年司法省令第94号)の改正を行い,嫡出子と同様の記載とする改善を図ることとした。そして,その方法として,以下のような提案を行い,広く国民に対して意見を求めている(平成16年6月11日(金)から同年7月9日(金)まで)。
  1. 非嫡出子の父母との続柄欄の記載を,嫡出子の場合と同様に,「長男」,「二男」又は「長女」,「二女」等とする。
  2. 「長」,「二」,「三」等の定め方は,嫡出子については「父母との続柄」を基準とし,非嫡出子については「母との続柄」を基準として決定する。
  3. 非嫡出子の父母との続柄欄の記載の更正(「男」又は「女」から「長男」又は「長女」等への更正)は,本人(15歳未満の場合には,その法定代理人),母又は父(親権者変更により父を親権者と定めた場合)からの申出により行う。
  4. 3. の申出に際しては,非嫡出子の続柄を確認できる資料(戸籍謄本等)を添付する。

A. 戸籍における続柄欄の嫡出子と非嫡出子との差別の現状

現行の戸籍における続柄欄は,嫡出子の場合には,「長男」,「長女」というように,男と女とを別々に扱った上で,それぞれに対して順位をつけるという,家制度の下での家督相続の順位としては必要であったが,現行民法では無意味となった位置づけを未だに行っている。

そして,非嫡出子の場合には,続柄欄については,「男」,「女」という続柄ではなく,性別に過ぎない名称をつけ,嫡出子と非嫡出子が一見して区別できるという記載を行ってきた。

このような,戸籍における非嫡出子の差別的記載が,先にも述べたように,東京地方裁判所平成16年3月2日判決において,現行の続柄欄の記載は,戸籍制度の目的との関連で必要性の程度を越えており,プライバシー権を害しているとの判断が示された。

そこで,法務省としても,非嫡出子の続柄欄の記載方法につき,プライバシーの侵害が必要最小限になるような方法を選択し,非嫡出子であることが強調されることがないようにすべきであり,戸籍法施行規則(昭和22年司法省令第94号)の改正を行うことになり,その方法として,非嫡出子の続柄欄における「男」「女」という差別的記載を改め,嫡出子と同様の記載とする改善を図ることを提案するに至った。

B. 子の続柄欄に関する戸籍と住民票との比較

しかし,今回の法務省の戸籍施行規則の改正案に対しては,非嫡出子の差別をなくすという点では,評価できるが,嫡出子の続柄欄の表記がそもそも「家制度」の名残りであり,男女差別,長子優先という個人の尊厳とは相反するものであり,そのような時代錯誤的な表記を非嫡出子にまで及ぼそうとするのは,時代に逆行するものであるとの批判がなされている。

このような批判を理解するには,住民票の記載においては,続柄欄が,従来は,嫡出子が「長男」,「長女」,非嫡出子が「子」と記載されていたのに対して,非嫡出子の差別を撤廃する過程で,嫡出子の「長男」,「長女」の記載を,非嫡出子の「子」の方向で統一したことと比較してみるのがよい。

そこで,現行戸籍における嫡出子と非嫡出子との続柄欄と現行住民票における嫡出子と非嫡出子との続柄欄とを比較する比較表を作成してみることにしよう。

表2-1 現行戸籍と現行住民票における続柄表記の比較
現行戸籍(非嫡出子差別の存続 現行住民票
(非嫡出子差別の撤廃
嫡出子 非嫡出子
生出















生出















嫡出子
氏名
 山田 大輝

平成16年1月1日生

続柄
 
住民となった年月日
 平成16年1月1日
本籍
筆頭者
   山田 太郎
非嫡出子
氏名
 鈴木 大輝

平成16年1月1日生

続柄
 
住民となった年月日
 平成16年1月1日
本籍
筆頭者
   鈴木 花子
長男,長女等は,
家制度の名残り。
だが,「男(女)」は
「続柄」ではない。
戸籍と異なり,性別欄がある。
このため,続柄欄は,「子」のみで十分となっている。

このような問題においても,筆者の提案する比較表を作成してみると,非嫡出子の差別を撤廃した住民票と比較した場合に,戸籍の差別表記がいかに際立っており,かつ,法務省の改正案が,住民票との整合性を欠いたものであることかが,一目瞭然となる。そればかりでなく,このような具体的な比較表の作成によって,問題解決の方向性が以下のように明らかになる。

  1. 続柄欄について,嫡出子と非嫡出子との間の差別を撤廃しなければならない。
  2. その方法としては,住民票で行われた嫡出子と非嫡出子との差別の撤廃の方法と整合性のある方法を採用すべきである。

問題解決の方向性が明らかになれば,それを解決するための創造的な提言をすることは,それほど困難ではない。

C. 戸籍における非嫡出子差別の撤廃に関する解決案(比較表)の提示

法務省の戸籍法施行規則の改正案は,続柄欄について,嫡出子と非嫡出子との間の差別を撤廃するという点では,意味がある。しかし,住民票との関係では,「子」で統一すべき続柄を,家制度の名残りであり,均等相続の考え方に反するばかりでなく,男女差別と長子優先の思想を助長する「長男」,「長女」という名称を,非嫡出子にも拡大するものである。したがって,法務省の改正案は,時代錯誤も甚だしいものとして,批判されるべきである。

非嫡出子の差別を撤廃し,かつ,住民票の改正で示されたような,子の平等の考え方を同時に実現される方法としては,以下のような方法が選択されるべきであり,その提案も,比較表の形で表現することによって,説得力を増すことができると思われる。

表2-2 戸籍表示における非嫡出子差別の撤廃・私案(法務省の改正案との比較)
現行戸籍
を基準と
した改正案
嫡出子の場合 非嫡出子の場合
現行戸籍
(法務省の改正案)
解決私案 解決私案 法務省の改正案
生出















生出
















生出
















生出















実体法上の根拠なし
(家制度の名残り)
続柄欄が父母欄の隣に移設され,
従来の続柄欄を性別欄へと変更する。
実体法上の根拠なし
(家制度の復活)

3. 比較表を利用した法創造教育の評価

先に述べたように,創造とは,既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない。そして,既存の要素の新しい組み合わせは,たとえ,その当時の評価基準では,高く評価されないとしても,それらが,自然淘汰されない限り,予期せぬ環境の変化に対応できる可能性をもつ多様性として,創造性を否定されるべきではない。このような多様性を認める観点からは,創造性を,「新規性」,「高度性」,「有用性」のすべてを満たすものに限定するという創造性の定義は適切でないと思われる。

しかし,学生たちが,創造的な思考力を身につけたかどうかを評価する観点から,新規性,高度性,有用性を法創造教育の評価項目として採用し,それらを総合的に勘案して,創造教育を評価することには,問題はないと思われる。

上に述べた比較表の作成を通じた創造教育は,縦軸と横軸という少なくとも2つの観点から,従来の思考方法を見直すことを通じて,従来の思考方法に対する理解を深めることから出発する。

したがって,この教育方法は,従来の思考方法に対する深い理解から出発する点で,ゼロから出発して,ランダムに新しい組み合わせを発見しようとする方法とは異なり,従来の思考方法との連続性,すなわち,「有用性」が確保される。また,従来の思考方法に抜け落ちている点があれば,比較表を作成する過程を通じて,その点が容易に発見されるので,「新規性」を確保することが容易となる。さらに,比較表の項目を追加して,さまざまな観点から対象を比較することを通じて,それぞれの対象の共通点と相違点を明確にすることができ,そこから,さらに,それぞれの相違点を統合する新たな観点を発見することが容易となるため,従来の思考方法を前提とする思考方法に比較して,思考方法の「高度性」を高めることができる。

このように,比較表の作成を通じた創造教育は,「新規性」,「高度性」,「有用性」のいずれの点をとっても,従来の教育よりも,学生の創造的な思考能力を高めるものであるといえよう。


V 結論


わが国においては,教育は理論の他動的教授によってのみ与えられると考えられてきた。そのため,学生は,講義に出てノートをとり,試験の前に復習するという受動的な学習に終始するのみで,予習をする学生はごく一部に限られてきた。しかし,司法改革の一環としてわが国において創設される法科大学院においては,法律家が考えるのと同じように考えることのできる法曹を養成するため,以下のような教育目標が設定されることになった。

法科大学院の教育理念
専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは,
事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。

このような批判的で「創造的な思考力」を育てるためには,新たな観点でものを見たり,考えたりする能力を育成することが必要である。そのためには,学生の主観的な発見を尊重し,それが,客観的な発見へとつながるように,発見,特に,新しい観点の発見を褒めるように努めることが必要であり,あらたな観点の発見を促進するためには,特に,空間的比較(比較法),時間的比較(法の歴史)の学習を奨励し,比較表による空白の補充,および,対立を解消するための項目の追加等,「比較表の作成作業」を通じて,創造的な思考力を育成することが重要である。

そして,比較表の作成作業が,創造的な思考力を育成するためにいかなる効用を持つかを明らかにするため,例として,ソクラテスの「汝自身を知れ」とゲーテの「外国語を知らない者は,自国語についても何も知らない」という命題を比較しながら,どのような戦略を用いると有意義な比較表を作成できるか,また,比較表を展開する過程でどのような命題を創造できるかを考察した。

さらに,最近の判例(東京地方裁判所平成16年3月2日判決)を契機として,法務省がパブリック・コメントを募集するに至った,「嫡出でない子(非嫡出子)の「父母との続柄」欄の記載方法の改善」に関する問題を取り上げ,嫡出子と非嫡出子の戸籍における続柄欄の記載に関する比較表,戸籍と住民票における続柄欄の比較表を作成することを通じて,嫡出子と非嫡出子との差別を撤廃し,かつ,戸籍と住民票との表記の矛盾をも回避するという,新しい観点の発見と新しい立法的解決方法を創造することができることを示した。

このような創造的な思考方法を育成する教育改革を通じて,わが国においても,批判的で創造力豊かな法曹を養成することが可能となると考える。


参考文献


[末弘・法曹雑記(1936)]
末弘厳太郎「法曹雑記」(1936年)『末弘著作集W・嘘の効用』日本評論社(1954年)所収229頁以下。
[フリチョフ・ハフト・法律学習法(1992)]
フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)。
[改革審・意見書(2001)]
司法制度改革審議会『意見書−21世紀の日本を支える司法制度』(2001年6月12日)
 (和文)http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/index.html
 (English)http://www.kantei.go.jp/foreign/judiciary/2001/0612report.html
[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)]
加賀山茂「法教育改革としての法創造教育−創設される法科大学院における教育方法論−」(名古屋大学)法政論集201号(2004年)691-744頁。