手付の法的性質

 −申込の誘引、予約と手付との関係−

 1999年4月9日

 名古屋大学法学部 加賀山 茂


T. 問題の所在


 最近話題となっている金融市場におけるデリバティブ(金融派生商品)1の中で、金融先物取引、オプション、スワップ2が注目を集めている。この中で、以下に述べるオプション取引は、手付と密接に関連している。

 オプション取引は、将来の売買を約束する先物とは異なり、将来の売買の権利をやりとりする取引である。すなわち、オプション取引は、一種の手付金と考えられているオプション料を支払うことによって、「将来の売買の権利」を取得することであると定義されており3、手付とオプションとの関係を明らかにすることは、大きな意味を持っている。

 手付は、「手付損倍戻し」といわれる江戸時代からの日本の取引慣習を立法化したものである4。「手付損倍戻し」の慣習とは、次のようなシステムである。

例えば、コメの買付け人が、産地のコメの売買に先立って手付を打ってコメの買い付けの権利を取得し、秋になってコメの相場が上がれば、買い付けの権利を行使してコメを購入する。反対に、コメの相場が値下がりしたら、手付金を放棄して、コメを購入せずにすませることができる。手付を受け取った者も、コメの相場が値下がりした場合には、労せずして手付金を手に入れることができ、コメの相場が予想以上に上がった場合には、手付金の倍額を相手に返還して、もっと高く買ってくれる相手に売ることもできる5

 ところが、先物取引の場合には、このようにうまくは行かない。先物取引の場合には、買主は、期日には必ず差金決済をしなければならず、読みが外れると買主は大損をするか、さもなくば、大量の現物を引き取る羽目に陥ってしまう。これに反して、オプション取引、または、手付による場合には、買主の読みが外れた場合でも、オプション料(手付金)を失うだけである。つまり、買主は相場が読み通りに動いた場合の利益を確保した上で、読みが外れた場合の損害を免れるための保険に入ったのと同じ効果を期待できる。もっとも、通常のオプション取引の場合には、オプション料を支払った当事者のみがそのような権利を取得できるのに対して、手付の場合には、相手方も手付の倍戻しを行うことによって、同じ費用で同じ権利を享受できる、すなわち、常に双方オプションであるという点に相違がある。

 このような「手付損倍戻し」の慣習につき、旧民法では、フランス民法1590条6にならって、これを予約の制度と連動させ、手付は予約料であると解釈していた(旧民法財産取得編29条)。つまり、旧民法の場合には、手付は、オプション取引におけるオプション料(権利の売買の対価)と同じように考えられていたことになる。

 これに対して、現行民法は、「手付損倍戻し」の慣習における手付金を契約締結後の契約解除権の留保の対価と構成し直したために、旧民法が認めていた予約手付、すなわち、手付金をオプション料とみるという考え方は否定されることになった7。  しかしながら、例えば、買戻しの法律構成について、わが国のように解除として構成することも(民法579条)、ドイツ民法のように再売買の予約(ドイツ民法497条)と構成することもできるように、後に詳しく述べるように、理論上は、「手付損倍戻し」の特約(慣習)を、解約手付と構成することも、予約手付と構成することも可能である。

 先物取引という商慣習が、江戸時代の大坂の堂島で生まれ、シカゴの穀物先物取引、そして、デリバティブへと発展したことを考えれば8、「手付損倍戻し」の慣習も、むしろデリバティブの一種として、オプション取引におけるオプション料(権利の売買の対価)と構成する方が、実態に即した考察を可能にするように思われる。

 もっとも、解約手付を江戸時代の古い慣習と理解し、現代における契約遵守の原則に対立するものとして、手付は、できる限り「証約手付」または「違約手付」と解釈すべきであるとの説も存在する9。しかし、最も進んだ契約形態の一つとしてのオプション取引を考慮して、手付の制度を一種の権利の売買として位置付けるならば、解約手付の慣習は、決して近代法と矛盾する慣習ではなく、むしろ、先物取引と同様、世界に先駆けて発展し、世界をリードする契約制度であると考えることもできよう。

 わが国の手付の制度が、実際にオプション取引の先駆けであったのかどうかについては、法制史家の研究に委ねるほかない。しかし、本稿では、「手付損倍戻し」の慣習について、以下のような仮説を提起しておく。すなわち、「手付損倍戻し」の慣習は、現行民法のように、常に契約が成立したことを前提とした契約「解除権の売買」と構成されるものではなく、予約の段階では「予約完結権の売買とその買戻し」、さらに進んで契約が成立する段階まで来ている場合には契約「解除権の売買とその買戻し」と構成される、旧民法の考え方も組み合わさった、「権利の売買」であったという仮説である。

 さらに、本稿では、「申込」と「承諾」を契約締結のための等質的な意思表示と考える従来の考え方から脱却し、「申込」を契約締結権限の授与行為、「承諾」を付与された契約締結権限の行使と捉える英米法的な考え方に立脚して、従来、個別的で相互無関係に論じられていた「申込の誘引」、「予約」、「手付」の関係を、契約締結交渉においてキャスティング・ボート(casting vote)を握るための戦略として捉えなおすことにより、これらの制度の相互関係を統一的に説明することを試みることにする。


U. 申込の誘引、予約、手付との関係


 手付について論じる際、従来の学説は、手付には、証約手付、違約手付、解約手付の3種類があるが、いずれの手付も契約の成立を前提としており、いずれも、証約手付の性質を有しているというところから出発している10

 しかし、手付を打てば、常に本契約が成立してしまうとすると、以下のように、予約に対して手付を打つことができないという深刻な問題が生じる。そもそも予約は、予約者(予約義務者)が全面的に義務を負うのに対して、相手方である要約者は、予約を完結することも、予約を完結しないこともできるという非常に有利な立場に立つという性質のものである。したがって、そのような有利な立場に立つ者は、それなりの費用、すなわち、予約料とかオプション・プレミアムを支払うべきであり、このことは、社会的に要請されるようにされるようになりつつある。もしも、本契約に先だって、予約のつもりで予約料を支払ったとたんに、それが、手付、すなわち、証約手付として解釈されるということになると、予約料の支払によって、本契約が締結されるということにならざるをえない。しかし、それでは、予約料を支払ってひとまず予約しておき、本契約を締結するかどうかはゆっくり吟味したいという当事者の意思から離れることになってしまう。

 そこで、手付と予約料との関係、ひいては、手付と予約との関係が問題とされなければならない。そして、予約の本質に迫るためには、今度は、「予約」、とりわけ、「予約完結権」と「本契約の承諾」との関係、さらには、「予約の申込」と本契約の契約締結段階のきっかけとなる「申込の誘引」との関係を明らかにしなければならないことに気づく。つまり、予約の本質に迫るためには、ともに契約交渉の出発点である「予約」と本契約の「申込の誘引」との関係を明らかにする必要が生じるのである。

 以上の点を踏まえて、本稿では、申込の誘引のテクニックと予約のテクニックとは、契約締結交渉においてキャスティングボートを握るという点では全く同等の価値を持つということを論じる。すなわち、申込の誘引によって相手方に申込をさせ、自らは、承諾者として、契約を締結することも拒絶することもできるという有利な立場に立つという申込の誘引のテクニックと、予約をすることによって相手方を予約者として拘束し、自らは予約完結者として契約を締結することも拒絶することもできるという有利な立場を獲得するという予約のテクニックが同等の価値を持つものであることを論じる。そして、申込の誘引者が公告・宣伝に多額の費用をかけるのと同様に、予約にも費用がかかるのであり、手付は、予約完結権者という有利な立場に立つための費用(予約料)として機能することもありうることを論じることにする。

1. 申込と承諾とは同等な意思表示ではない

A.合意形成のプロセスとしての申込と承諾

 契約の一般的なイメージは、対等な契約当事者が、例えば、「売りましょう」「買いましょう」という意思表示の合致をみることによって成立するものとして描かれている。

 ここにおいては、契約の成立要件に関して「『売りましょう』『買いましょう』」と「『買いましょう』『売りましょう』」との間に存在する申込と承諾の順序の区別は意識されていない。つまり、契約の成立は、申込に対する承諾の発生というよりは、より観念的な意思表示の合致という概念で捉えられている。その点で、契約の一般的なイメージとしては、申込と承諾の間に等質性と相互性(reciprocity)が保持されているといえよう。

 しかしながら、現実においては、申込と承諾は等価ではない。申込をする者と承諾をする者とでは、決定的な力の違いがあり、承諾をする者が有利な立場に立っている。なぜなら、申込に対して承諾をする方がキャスティング・ボートを握っているからである。

 高額商品の消費者取引において、事業者が、自分の側からは決して申し込まず、消費者側から申し込ませて、信用調査の後に承諾をするという方式をとるのは、事業者が、申込と承諾の非相互性を熟知しているからである。

B. 申込は相手方に契約締結・拒絶権限を付与する行為である

 伝統的な大陸法に対して、英米法においては、申込と承諾の非対称性が明確に意識されている。以下に述べるように、英米法の伝統的な考え方によれば、申込は「権限の付与」であり、承諾は「権限の行使」であるとされているからである。  英米法においては、コービン教授によって、申込とは、「一方当事者の行為で、相手方に対して契約とよばれる権利義務関係を創設する法的権能(legal power)を与えるものをいう」11と定義されている。

 申込によって、被申込者は、契約を締結する権限を取得すると同時に、申込を拒絶する権限をも取得するのである。その裏返しとして、申込者は、被申込者に全面降伏することになる。

C. 承諾は、申込者から与えられた契約締結権限の行使である

 これに対して、承諾とは、「申込によって与えられた権能を被申込者が行使し、それによって契約とよばれる法律関係を創設する被申込者の自発的行為をいう」12と定義されている。

 このような申込と承諾の定義は、申込と承諾の本質的な差異を正確に把握している点、および、「申込の誘引と申込」と「予約」のメカニズムを承諾権限の付与という一つの観点によって統一的に説明できる点で、契約を等質的な意思表示の合致によって説明しようとする従来のわが国の説よりも実際の取引実態に適合していると思われる。

 申込と承諾に関する英米法の考え方をどのように評価するかについては、さまざまな議論が予想されるが、いずれにせよ、申込を「契約締結権限の付与」、承諾を「契約締結権限の行使」と位置付けることにより、申込の誘引から契約に至るプロセスと、一方の予約から本契約に至るプロセスを、統一的に説明することが可能になることは疑いがない。

D. 申込みがなければ契約交渉は成立しないが、申込は危険を伴う

 このように、申込は、被申込者に対して、契約締結権限を与えるものであり、申込を通じて、被申込者は、契約締結権限を行使して契約を成立させることも、さらに、申込を拒絶して契約を不成立とすることもできるという、絶対者の立場を取得する。

 申込は、契約を成立させるための第一歩ではあるが、このように考えると、申込は、申込者の立場を極端に悪くするものであり、被申込者の恣意に屈服せざるを得ないという危険性を持つことが理解できる。

 そこで、以下に述べるように、契約締結交渉に際しては、なるべく相手方に申込をさせ、自分は承諾者の立場に立つことができるような戦略が模索されることになるのである。

2. 契約でキャスティング・ボートをとるための戦略

A. 申込の誘引:相手方に申込者になってもらう

 契約締結交渉において、当事者の関心事の一つは、契約締結のキャスティング・ボートをどちらが握るかであろう。市民間の契約においては、どちらが申込み、どちらが承諾するかについては、あまり関心が持たれていないようであるが、事業者と消費者の契約においては、事業者は、この点を性格に認識している。たとえば、消費者が契約締結の際に渡されるのは、必ず、「申込み用紙」であって、「承諾用紙」ではない。事業者は、自らが申込者となることを意識的に避けようとするのである。

 もちろん、相手方が契約の申込をしてくれて、自らが承諾をできるのであれば、問題はない。しかし、現実の取引社会においては、申込をしてくれるまで気長にじっと待っているというわけにはいかない。例えば、事業者は、顧客に対して受け身の立場に立っていたのでは、業績を伸ばすことはできない。つまり、事業者は、顧客の申込を辛抱強く待ち、承諾の側に回るという戦略をとることはできない。

 そうかといって、顧客に対してうっかり申込をしてしまうと、信用のない顧客と取引をしなければならなくなるなど、危険が大きくなる。そこで、事業者は、不特定多数の顧客に対して申込の誘引をして、多くの顧客に申込をさせ、その上で、優良な顧客を選別するという戦略をとることになる。

 このような、積極的なアプローチと最終的な承諾者の立場の獲得とを両立させるための戦略が「申込の誘引」にほかならない。

B. 予約:自分がいきなり契約締結権限を取得する

 予約の現代的意義は、予約をすることによって、本来、申込者の立場にある者が、予約完結権を取得することによって、立場を逆転させ、本契約の承諾者と同様にキャスティング・ボートを握ることにある。

 不特定多数に対して申込の誘引をするという広告媒体を持たない一般消費者が、能動的に行動し、かつ、承諾者と同様のキャスティング・ボートを握ろうと思えば、予約をするほかないであろう。

 わが国の通説は、売買一方の予約をもって停止条件付き売買として把握してきた。つまり、売買の一方の予約というのは、実は真の意味での予約ではなく、予約完結権の行使を停止条件とする売買本契約であり、したがって、予約の時点で売買契約は成立するが、未だその効力を生ぜず、予約完結権の行使により条件が成就してはじめて売買は完全に効力を生ずると考えている13

 しかし、一方の予約は、本契約における申込の段階にとどまるものであって、予約の段階では、本契約は停止条件付きでも成立しているわけではない14。もし、「一方の予約をもって、停止条件付き売買が成立している」というのであれば、「申込をもって、相手方の承諾を停止条件とする売買契約が成立している」ということ、すなわち、申込段階で契約は条件付きで成立していることを認めなければならなくなってしまう。しかし、停止条件が完全に相手方の意思にかかっている随意条件は、民法134条によって無効であり15、申込の段階で相手方の承諾を停止条件とする売買契約が成立するということはありえない16

 以上のように、予約を停止条件付きの本契約に過ぎないと考えることが誤りであるとすると、予約は、本契約とは異なる独自の契約だと考えるべきであろうか17。しかし、この理解も誤っている。契約の内容から見ると、予約の内容と本契約の内容とは全く同じものであり、予約を本契約から切り離し、独立した契約と考えることに無理があるからである。

 それでは、予約と本契約とはいかなる関係に立つのであろうか。結論を先に言えば、予約とは、申込をした者が本契約の承諾者となり、予約を受けたものが本契約の申込者の立場に立つ、すなわち、予約の申込者と承諾者の立場が本契約において逆転するメカニズムなのである。

 以上の見解は、従来の考えとは異なる見解であるので、事例に即してわかりやすく説明することにしよう。ここでは、身近なホテルの予約を例にとって考えることにする。ホテルの予約は、本契約だとする見解もあるが、ここでは、ホテルの予約は予約であるとして説明する18

 宿泊予定者がホテルに電話を入れて、明日の夜の宿泊を予約しようとする。フロントに電話して、「明日の夜、シングルで一泊お願いしたいのですが。」という場合、これは予約の申込である。フロントが「明日ですね。はい、お部屋を用意できます。承りました。」といい、宿泊予定者の氏名と電話番号と日程を確認することによって宿泊の予約が成立する。この時点で宿泊予定者は、要約者として、予約完結権を取得すると同時に、予約完結権を行使せずに、宿泊をキャンセルする自由を有する。これに対して、ホテルの方は予約者(予約義務者)となり、予約に拘束され、宿泊予定者が実際に訪れた場合には部屋を用意する義務を負う。

 以上の予約のプロセスを、「契約交渉においてキャスティング・ボートを握るのはどちらか」という新しい観点で説明し直すと、「明日の夜シングルで一泊お願いしたい」という宿泊予定者の予約の申込は、「明日の夜シングルで一泊したいのですが、場合によってはこちらからキャンセルするかもしれません。まだ本契約の締結はしたくないので、そちらから申し込んでくれませんか。」という申込の誘引と機能は同じである。次に、「明日ですね。お部屋を用意できます。」というホテル側の予約の承諾は、予約完結権(契約締結権限)を相手方に授与するという意味で、本契約の申込(契約締結権限の授与行為)と同じであり、実は、「はい、承りました。それでは、こちらから申し込ませていただきます。シングルの部屋が空いておりますので、明日宿泊していただけませんか」という本契約の申込と同じ機能を果たしているのである19

 予約の申込に対する承諾によって、予約者が本契約の申込者と同じ立場に立たされるという点を捉えて、予約を「申込契約」と理解することも可能である20。しかし、これを「申込契約」というのであれば、申込の誘引に応じて申し込むことも同様に、「申込契約」とされなければならないはずである。しかし、申込の誘引に対して申込をすることを本契約とは別個の「申込契約」であると考える人はいないのであって、予約を「本契約とは別個の契約」と構成することも同じく不自然な考え方である。予約とは、予約の申込と予約の承諾による予約完結権の授与という形式を踏みつつ、実態は、本契約の申込を経ずに、予約の申込者が本契約の承諾者の権限を取得するというメカニズムにほかならない。

 いずれにせよ、予約が成立した場合には、要約者の予約の申込に応じて、予約者は要約者に予約完結権(契約締結権限)を授与しているため、予約を承諾した予約者が本契約の申込をしたのと同じ状態が出現する。先の例に戻って考えると、宿泊予定者は、予約を通じて、予約者であるホテルから本契約の申込を受けた承諾者と同じ立場に立つことになり、宿泊をすることも、信義則に反しない限りで宿泊をやめることも自由にできるのである。

 このように、契約締結過程において、キャスティング・ボートを握るという観点から見ると、申込の誘引をすることと、予約を申し込むこととは、相手方が同意することによって自らが契約締結権限を取得するという点で、全く同じ機能を果たすものであることに留意しなければならない21

 言い換えれば、予約は、本契約とは別の契約ではなく、予約とは、予約者(予約義務者)をして、申込もしていないのに本契約の申込者の立場へと追いやり、予約の相手方(予約完結権者)をして、いきなり本契約の被申込者(承諾者)の立場へと立たせるものなのである。

 例えば、個人が出張のため、ホテルの宿泊を予約をした場合、予約した個人は、病気等の理由で出張を中止することになったときは、直ちに予約をキャンセルする旨をホテルに通告し、本契約を不成立とすることができる。この場合、ホテルの方は、予定通り出張が行われる場合には、部屋を用意しておかなければならないし、個人の宿泊のキャンセルに対しては、違約金の請求をしないのが慣例として確立している。つまり、ホテル側は、自分から申込をしたわけではないのに、宿泊の申込者と同じ立場に立ち、ホテルの予約客は、実際に宿泊をするまで、予約完結権を完結するか、予約をキャンセルするかを、自由に選択できる立場に立つのである。

 このような予約完結権者の立場は非常に有利なものであり、このような有利な立場に無料で立てることは、次第に少なくなっていく傾向にある。例えば、ホテルの予約の場合においても、国によっては、予約をするためには予約料(予約手付)が要求されるようになってきており、予約をキャンセルする場合には、予約料がクレジットカードから引き落とされるというシステムに移行していくことが考えられる。

C. 解約手付:無理由解除権を取得する

 これまで述べてきたことから、契約交渉においてイニシアティブをとろうとする者は、(1)申込の誘引という方法によって、相手方に申込をしてもらい、自らを承諾者の立場に立たせることによって、契約締結・拒絶の全権限を手中に納めたり、(2)予約という方法によって、予約完結権を取得し、自らをいきなり本契約の承諾者の立場に立たせることによって、契約締結・拒絶の全権限を手中に納めることができることを明らかにした。

 いずれにせよ、これまで述べてきた方法は、いずれも、契約の締結交渉の過程において、イニシアティブを取るための戦略であった。

 これに対して、契約の成立後も、いわゆる無理由解除権を留保することによって、契約交渉のイニシアティブを取りつづける強力な手段がある。それが、解約手付である。

 これまで、すべての手付は証約手付としての意味を持ち、手付が交付されると、必ず契約が成立し、手付が解約手付を兼ねる場合には、手付を交付した当事者は、理由のいかんを問わず、手付を放棄して契約を解除する権限を取得すると考えられてきた。

 確かに、現行民法においては、手付の制度は、すでに契約は成立しているとの前提の下に、手付を打った当事者に無理由解除権を留保させるものとして規定されている。しかし、契約自由の観点からは、予約について手付を打つことも認めざるを得ない。現行法の立法者によって、否定されたはずの旧民法の予約手付も、契約自由の名の下に、現行法の解釈として、実現可能なのである22。すなわち、予約手付の場合にも、民法557条が適用され、いわゆる手付(予約手付)の放棄により、予約が解除されることになり、本契約は不成立となる。したがって、予約手付の場合は、本契約の解除ではなく、本契約の不成立の問題となることに留意すべきである。

3. 手付は当事者として有利な立場を取得するための対価である

 手付の意味を理解するためには、契約交渉においてキャスティング・ボートを握る戦略としての申込の誘引、予約、手付の機能をきちんと理解することが不可欠となる。そこで、それらの制度の比較対照表を以下に示すことにする。

イニシアティブを得る手段

権限の要求

権限の付与者

権限取得者

権限行使

否定的

肯定的

申込の誘引

申込の誘引

申込者

承諾者

申込の拒絶

承諾

予約

予約の申込

予約者・予約の承諾者(諾約者)

相手方・予約の申込者(要約者)

不行使・予約の解除

予約完結権の行使

手付

手付の交付

手付受領者

手付交付者

契約の解除(解約手付)

履行請求

手付の買戻し

倍戻し受領者

倍戻し者

契約の解除

 上の表によって、(1)「申込の誘引」と「予約の申込」とが同じ機能を果たしていること、(2)申込の誘引の場合には、申込者が承諾権限を付与し、承諾者が承諾権限を行使するのに対して、予約の場合には、予約の承諾者(民法は「予約者」と呼ぶ。学説は「予約義務者」ともいう)が本契約の承諾権限を付与し、予約の申込者の方が本契約の承諾権限(予約完結権)を行使する点で、権限の取得者が逆転した関係になっていることが明らかとなるであろう。

 結局、キャスティング・ボートを握るのは、本契約の申込の場合には承諾者であり、予約の場合には、予約の申込者であること、さらに、手付は、対価を支払うことによって、契約を締結する、または、契約をキャンセルするという権限を取得するものであることが網掛け部分によって明確に示されている。

 以上に述べたことにから、手付は、契約締結権限を取得するための対価(予約手付・予約料)、もしくは、無理由解除権を留保するための対価(解約手付)であり、市場経済が高度に発展した社会に見られるきわめて合理的な制度であることが理解できると思われる。


V. 手付の法的性質


1. 予約手付

A. 予約手付の意義と種類

 予約手付とは、予約によって予約完結権を取得する者が、予約者に対して支払う対価である。予約料と呼ばれているものがこれに該当する。

 確かに、予約を本契約とは別の一つの契約と見る立場に立つときは、予約手付についても、証約手付、違約手付、解約手付という手付の種類を観念することができる。しかし、予約と本契約との内容が同じ点に着目し、予約の性質を申込によらない本契約の締結権限の取得行為であると捉える本稿の立場からは、予約手付の段階では、本契約はまだ締結されていないので、証約手付としての性質はなく、また、契約が成立したことを前提として、契約違反に基づく損害賠償額の予定としての違約手付としての性質をも有していない。さらに、契約が成立することを前提として、理由なしに解除ができる権限を与えるという意味での本契約の解約手付の性質も有していない。つまり、予約手付の場合には、手付の性質は、予約完結権の取得の対価であり、手付放棄・手付損倍戻しの意味は、予約完結権を取得しながら、予約完結権を行使せず、予約を解消して契約を不成立へと導くことであるから、予約手付に関しては、いわゆる予約の解約手付しかないことになる。

B. 予約手付における手付倍戻し

 予約手付の場合、「手付損」、すなわち、手付を支払う側が予約完結権を取得した後に、予約完結権を行使せずに、予約を解消し、本契約を不成立とすることができることについては疑いがない。しかし、相手方が、「手付倍戻し」、すなわち、手付金の倍額を償還23することによって、予約をなかったことにできるかどうかについては、疑問の余地がある。

 旧民法財産取得編29条は、「契約ヲ取結フコト又ハ証書ヲ作ルコトヲ拒ム一方ハ其与ヘタル手附ヲ失ヒ又ハ其受ケタル手附ヲ二倍ニシテ還償ス」と規定することにより、予約手付における手付損倍戻しの慣習を認め24、手付を交付した者はこれを放棄して契約の締結を拒み、相手方も手付の2倍額を償還することによって、契約の締結を拒みうるとする。しかし、同法財産取得編30条1項において、「即時ノ売買ニ於テハ手附ハ之ヲ与ヘタル者ノ利益ノ為メニノミ解約ノ方法ト為ル」と規定することにより、予約の場合ではなく、契約締結の際に交付する手付の場合には、手付の放棄による契約の解除は認めるが、契約の拘束力を考慮し、相手方が手付の2倍額を償還することによって契約を解除することは認めていなかった。

 現行法においては、民法の起草者は、予約手付については手付損倍戻しの慣習を認めず、契約の締結の際に交付される手付についてのみ手付損倍戻しの慣習を認めた25。そして、手付を交付した者は手付を放棄することによって、また、相手方は、手付の倍戻しを行うことによって、いずれの当事者も、理由なしに契約を解除することができることとしている。

 現行民法の起草者が、予約手付を認めず、これについて、規定を置かなかったことは明らかであるが、契約自由が妥当する限り、当事者の合意に基づき予約手付を行うことは、何の問題もない26。問題は、予約手付について、手付放棄による契約締結の拒絶が認められるとして、相手方が、手付の倍戻しを行うことによって当然に契約の締結を拒絶する権限を取得するかどうかである。

 予約手付についての規定がないこと、立法者が予約手付については手付損倍戻しの慣習を認めなかったことを考慮するならば、予約手付については、特約がない限り、手付倍戻しによる契約締結の拒絶権限を否定するという解釈も可能であろう。しかし、旧民法の立法者は、むしろ、予約に限って、わが国の慣習として、手付損倍戻しの慣習があることを認めていたと考えることも可能であり、手付といえば、手付損倍戻しのことであるとの理解が一般化しているわが国の現状においては、予約手付についても、原則として、手付損倍戻しの権限を認め、特約がある場合に限って、相手方の倍戻しによる契約締結の拒絶権限を否定するのが妥当であろう。

2. 契約手付

A. 有償諾成契約

 契約手付とは、契約締結に際して当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物である。ただし、代金又は報酬支払義務のある当事者が代金又は報酬の一部として前もって支払う金銭(内金)はこれに含まれない。

 契約締結時に交付される手付については、以下に述べる理由により、無理由契約解除権を取得する対価と位置付けるのが妥当である27。また、相手方は、手付の倍戻し(手付金を相手に返還するとともにさらに同額を支払うこと)を行うことによって、この解除権を買い戻すことができると考えるべきである。

 手付は、契約締結と同時に手付が交付されるため、要物契約であるとする説もあるが28、解除権の有償取得契約と解し、これを諾成契約と考え、「合意だけで解除権を成立させ、その行使の要件として相手に実際に手付金額の損失をカバーすることを要求するだけでよい29」と考えることも可能である。オプション契約を含めて手付を理解しようとする本稿の立場によれば、手付は、通常の有償契約と同様、諾成契約と解するのが妥当であろう。もっとも、解除権の行使には、手付の交付、または、現実の提供をなすことが必要である30

B. 手付の種類

 手付の種類について、通説は、契約が成立したことの証拠として交付される「証約手付」、当事者の債務不履行が,将来発生したときに備えて,そのときの違約金として交付される「違約手付」、当事者が契約を自由に解除する権利を留保するために交付される「解約手付」の3つに分類する。しかし、以下に述べる理由により、契約締結時に交付される手付は、当事者の特約がある場合を除いて、わが国の手付損倍戻しの慣習に従い、すべて、解約手付と解すべきである。

 第1にいわゆる証約手付であるが、契約が締結されたかどうかは、手付の交付ではなく、当事者の合意がなされたかどうかによって判断されるべきであり、契約成立についての覚え書き、契約書等の証拠資料以上の意味を持つものではない31。さらに、手付が交付されたからといって常に契約が締結されたことにならないことは、予約手付において述べた通りである。したがって、手付は、「契約成立の証拠として意味を持つに至るが(これを「証約手附」と呼ぶ)、この点は、今日でも、どの手附においても最小限度存在する意味であると考えられる32」とする通説33の見解は誤りである。

 第2に、いわゆる違約手付であるが、民法420条にいわゆる損害賠償額の予定であるならば、その額を定めるだけで十分であり、その額を前もって相手方に交付する必要性に乏しい。もしも、手付の名の下に違約金または損害賠償額を前納させるとすれば、それは、行き過ぎた担保であり、そのような前金は、確実な前金保全措置が講じられている場合に限って許されるべきである34。そのような保全措置が取られていない現状では、違約手付の制度は認められるべきではない。

 この点で、民法557条2項が、手付が支払われた場合には、解除の場合における損害賠償の規定である民法545条3項の規定を適用しないと規定しているのは、正当である35。なぜなら、手付は解除権の取得の対価であり、手付の放棄とは、実は、対価を払って得た解除権を行使しているに過ぎない。また、手付の倍戻しとは、相手方が、解除権を手付の倍額を支払って正当に買い戻した後に、正当に取得した解除権を行使するものにほかならない。そして、いずれの場合も、解除権の行使は、債務不履行とは無縁であり、損害賠償の対象とはなりえないからである36

 例えば、売買契約書に、違約の場合、手付の没収又は倍返しをするという約定があったとしても、それだけでは、その手付を解約手付ではなく、違約手付と解する根拠とはならない。昭和24年の最高裁判決において、「買主本契約ヲ不履行ノ時ハ手附金ハ売主ニ於テ没収シ、返却ノ義務ナキモノトス。売主不履行ノ時ハ買主ヘ既収手附金ヲ返還スルト同時ニ手附金ト同額ヲ違約金トシテ別ニ賠償シ以テ各損害補償ニ供スルモノトス。」という約定があったとしても、これが普通に販売されている売買契約用例の不動文字であって、当事者が、普通の手附倍返しによる解除権留保の規定の様に解している余地がある場合には、この条項をもって、民法557条の規定を排除する意思表示としたものと考えるべきではない37と判示されているが、正当であろう。

 以上のことから、契約締結時に交付される手付については、特約のない限り、常に、解約手付と解すべきである38。宅地建物取引業者が関与した不動産取引については,手付はつねに解約手付としての性質を有すること、また売買代金の20%をこえる高額の手付の受領禁止が定められている(宅地建物取引業法39条)のも妥当である39。

 学説においては、契約の拘束力を弱めるものとして、手附を解約手付と解釈することに対して、根強い抵抗がある40。しかし、手付は、そもそも、対価を支払って無理由解除権を取得する契約であり、その額は、通常、契約金額の1割から2割程度とされており、需要と供給のバランスにおいて自由に決定されるべきものである。対価が余りにも均衡を欠くために公序良俗に違反する場合や、解除権の行使が信義則に違反するという特別の場合は別として、その有効性を広く認めるべきである41

C. 契約の履行・不履行の場合における手付の意義

 契約手付を無理由契約解除権を取得する対価と考える本稿の立場によると、手付を交付した当事者が解除権を行使する場合はもちろんのこと、解除権を行使しない場合も、手付は返還されないことになる。しかし、解除権を行使せず、契約が履行される場合には、慣習により、手付金は代金の一部に組み入れられるのが通常であり、この場合、手付は、内金として機能することになる。

 また、手付に基づく解除権以外に、解除権者が債務不履行等に基づく解除権を取得した場合には、債務不履行に基づく解除を請求することによって、原状回復の方法として手付の返還を求めることが可能である。さらに、債務不履行に基づく解除の際には、手付に基づく解除の場合とは異なり、当然に、損害賠償の請求も可能となる42


W.手付に基づく権限行使の制限


1. 申込拒絶と信義則による制限

 契約交渉は自由であるべきであり、申込を受けた被申込者は、申込を拒絶することも申込を承諾することも自由にできるのが原則である。これが契約交渉の自由の原則であり、そこから、当事者は自由に交渉することができ,かつ,合意に達しないからといって責任を負うことはないという法理が導かれている。

 しかし、例外のない原則はない。自由であるべき契約交渉も、信義則には服さなければならない。当事者の一方が,相手方と合意する意思がないにもかかわらず交渉に入ったり,または,交渉を継続するなど、交渉を不誠実に行ない,または,交渉を不誠実に破棄した当事者は,相手方が被った損害を賠償する責任を負うことになる43

 わが国の判例も、契約交渉段階における不誠実な交渉を理由に、マンションの購入希望者に対して損害賠償責任を認めている44。すなわち、最高裁は、マンションの購入希望者において、その売却予定者と売買交渉に入り、その交渉過程で歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり、レイアウト図を交付するなどしたうえ、電気容量の不足を指摘し、売却予定者が容量増加のための設計変更及び施工をすることを容認しながら、交渉開始6ヶ月後に自らの都合により契約を結ぶに至らなかったなどの事情がある事案につき、購入希望者は、当該契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして、売却予定者が右設計変更及び施工をしたために被った損害を賠償する責任を負うと判示している。

2. 無理由解除権の行使の制限

 民法557条は、買主が売主に手付を交付したときは、「当事者ノ一方カ契約ノ履行ニ著手スルマテハ買主ハ其手附ヲ抛棄シ売主ハ其倍額ヲ償還シテ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得」と規定している。

 これは、旧民法財産取得編30条2項が、「契約ノ全部又ハ一分ノ履行アリタルトキハ如何ナル場合ニ於テモ解約ヲ為スコトヲ得ス」としていたのを改正して、契約の履行に着手するまでは契約を解除することができるとしたものである。

 現行民法の立法者は、旧民法にいう「契約の全部または一部の履行」と、現行民法にいう「契約の履行の着手」とは異なっており、現行法の方が、解除権の行使が制限されると考えていた。たしかに、「契約の一部の履行がなくても、履行期到来後に履行の提供をすれば履行の着手になる」45とされており、「履行の着手」という概念は、例えば、履行期後の履行の提供を含むものであり46、「全部または一部の履行」よりも広い概念である。しかし、「履行の着手」とは、履行の未遂ではなく47、履行の既遂の時点をいうのであるから、履行の提供であっても、履行の提供が履行期前に行われた場合には、常に「履行の着手」があると認められるわけではない48

 問題は、どのような場合に「契約の履行の着手」がなされたと認めるべきであるのかである。

 手付は、契約の予約または契約の締結から履行が開始されるまでの間について、相手方の履行を担保すると同時に、理由なしに解除をする権利を対価を払って取得するものであるから、そもそも、契約が履行されてしまえば、意味を失うものである。

 民法が、契約の履行の完了ではなく、契約の履行が開始された段階で、手付損倍戻しによる解除を制限した理由は、当事者の一方が相手方を信頼して履行を開始した場合には、信義則上、相手方はその信頼を裏切ることができないとしたためである49。したがって、当事者の一方が相手方を信頼して履行に着手した場合には、相手方は手付損倍戻しによって契約の解除を行うことができなくなる。しかし、当事者の一方が履行行為を開始したとしても、相手方がそれを信頼して履行に着手するまでは、履行行為をした当事者は、依然として、自ら解除することができるのである50。これは、まさに、契約履行段階における信義則の適用にほかならない。

 「履行に着手」したか否かは、契約履行における信義則の適用の一例に過ぎないのであるから、その判断は、一般条項の解釈と同様、様々な要素を考慮して判断されるべきことになる。

 その際の判断要素としては、(1)当事者の行為が相手方に解除をしないとの信頼を与えるのに十分な客観的な外形を備えていたかどうか51、(2)解除を行う時点が履行期前か履行期後か52、(3)手付の額がその時点で解除することまで予想して交付されているかどうかが考慮されるべきであろう。

3. 予約完結権の不行使と信義則による制限

 予約段階でも手付が可能だとすると、予約完結権の取得のために手付を打った場合にも、予約完結権の不行使、または、手付の放棄による予約の解除が信義則によって制限されるかどうかが問題となる。

 予約を本契約と別の契約とはみない本稿の立場では、予約手付の場合にも、民法557条が適用されると考えるが、予約については、民法556条も適用されるため、予約者は、相手方が予約完結権を行使しない場合には、相当の期間を定めてその期間内に予約完結権を行使するか否かを催告することができる。この期間内に相手方が確答しなければ、予約は効力を失い、契約は不成立となる。

 したがって、予約手付の場合には、相手方は、倍戻しだけでなく、予約完結権を行使するかどうか催告することによって契約の効力を失わせる機会を有することになる。


X.結論


 本稿は、申込と承諾を契約を締結するための等質的な意思表示と考える従来の考え方から脱却し、申込を契約締結権限の授与行為、承諾を付与された契約締結権限の行使と捉える英米法的な考え方に立脚し、従来、ばらばらに論じられていた「申込の誘引」、「予約」、「手付」の関係を、契約締結交渉において、キャスティング・ボートを握るための戦略として捉えなおすことにより、それらの制度の相互関係を統一的に説明することが可能であることを明らかにしたものである。

 本稿によって、Aの申込の誘引に応じてBが申込をした状態と、Aの予約の申込に応じてBが承諾することによって予約が成立した状態とは、行為をしかけたAが契約締結権限を取得しているという点で全く同じ状態であること、したがって、予約の機能は、予約の申込者Aが、Bによる本契約の申込を経ることなしに、本契約の契約締結権限を取得することにあることを明らかにした。

 また、契約の成立を前提とし、無理由解除権の留保の要物契約と考えられてきた手付の法的性質につき、予約の手付を含めて総合的に考察し、手付の法的性質を、契約締結権限の取得の対価、または、無理由解除権の取得の対価、すなわち、「権利の売買(広い意味でのオプション取引)の対価」として位置付けている。

 本稿によって、従来、契約の拘束力を弱めるものとして消極的な評価に甘んじてきた手付が、実は、契約締結権限を取得するための対価(予約手付)、もしくは、無理由解除権を留保するための対価(契約手付)という広い意味でのオプション取引の対価にほかならず、先物、スワップと並んで、市場経済が高度に発展した社会に見られるきわめて合理的な制度であることが論証されたと考える。