2008年12月3日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(以下では,「電子消費者契約法」とする)が2001年6月29日に公布され,12月25日から施行された。この法律は,表意者に重過失がある場合に錯誤無効の主張を認めない民法95条ただし書きの適用を制限することによって,消費者を保護するとともに,契約の成立時期について「承諾の発信主義(民法526条1項)」を「承諾の到達主義」へと変更するものである。
この法律は,実質的に民法の基本原則を修正する特例法であるため,その立法趣旨を明らかにし,そのような立法趣旨が適切に実現されているかを検討することは,今後の民法改正を考える上でも,重要な意義を有する。そこで,本稿では,まず,[経産省・逐条解説(2001)]にしたがって,電子消費者契約法の立法趣旨を明らかにすることから始めることにする。
近年のインターネット等を利用した電子商取引の拡大等に伴い,電子メールやWeb画面上でクリックする方法等の電子的な方法を用いた新たな契約締結の手法が増加している。これらの契約をめぐる紛争は,民法に規定する基本ルールによって法的に処理されることになるが,それのみでは対応することが困難な諸問題が現在発生してきている[経産省・逐条解説(2001)2頁]。
そこで,この電子消費者契約法においては,電子商取引の簡便性・迅速性といったメリットを最大限にいかすために,国際的な動向を踏まえつつ,以下のような立法措置を講じることにしている[経産省・逐条解説(2001)2頁]。
第1は,電子計算機の映像画面を介して締結される電子消費者契約における民法95条ただし書きを不適用とすることである。すなわち,電子消費者契約における消費者の操作ミスによる錯誤について,民法の特例措置として,たとえ,消費者に重過失があっても,一定の場合に無効を主張できるようにする[経産省・逐条解説(2001)3頁]。
第2は,電子承諾通知に関する民法526条1項,527条を不適用とすることである。すなわち,隔地者間の契約の成立時期について,民法は,承諾の発信主義を採用している(民法526条1項)が,以下の理由に基づき,事業者間(B to B)取引と事業者・消費者間(B to C)取引とを区別せず,いずれの場合においても,承諾の「発信主義」を「到達主義」へと修正している。その理由については,以下の点が挙げられている。
ところが,電子消費者契約法を詳細に検討すると,「民法に規定する基本ルールのみでは対応することが困難な諸問題に対応する」ための立法措置としては,以下のように,2つの点で,致命的ともいえる重大な欠陥を有していることがわかる。1つは,電子消費者契約法3条における消費者保護の不徹底であり,もう1つは,承諾の発信主義が到達主義に変更されたのであるから,承諾の発信は意味を持たないと起草者が安易に考え,電子消費者契約法4条の起草に際して,民法526条1項だけでなく,民法527条の適用をも除外したことにより,国際的な基準から逸脱してしまったことである。
電子消費者契約法3条は,現行民法95条の解釈によるよりも,消費者保護において劣っている。その理由は,以下の通りである。
確かに,電子消費者契約法3条の規定は,インターネット等を利用して電子商取引をする場合に,キーボードやマウスの操作のミスによって思わぬ契約を締結しないよう,事業者に画面を解した意思確認措置を講じることを要請し,そのような意思確認措置が講じられていない場合に,消費者からの錯誤無効の主張を認める点で,歓迎されるべき面をもっている(消費者保護が保護されるべき理由については,[山口・契約締結過程とリスク配分(2008)25頁]が詳しく論じている)。
しかし,このような規定では,事業者が電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み,または,その承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合には,消費者が,そのような意思確認措置を無視して,操作ミスを継続すると,消費者契約法3条ただし書きによって,民法95条ただし書きが適用されることになる。そうすると,たとえ事業者が,消費者が錯誤に陥っていることを予見できた(善意・有過失の)場合や,そのことを知っていた(悪意の)場合であっても,消費者の錯誤の主張は認められないことになってしまう。
たとえば,電子消費者契約法では,後に述べるように,電子商取引で実際に発生した典型的事件である「みずほ証券誤発注事件」(「61万円で1株」の売り注文を出すつもりで,株数と価格を入れ違え,「1円で61万株」とコンピュータ端末に入力して,売り注文を発注した事件)のように,表意者が,コンピュータの警告画面を無視して取引を行うという,重大な過失に基づいて要素の錯誤に陥った場合には,表意者を保護することができない。もっとも,この事件は,錯誤に陥ったのが事業者であったため,電子消費者契約法による保護の必要はない。しかし,もしも,消費者が警告画面を無視して,このような電子消費者取引を行った場合には,消費者の保護が必要となるにもかかわらず,消費者は保護されないことになる。
しかし,後に詳しく検討するように,民法総則に関する代表的な教科書([四宮・民法総則(1986)178頁] ,[石田・民法総則(1992)348頁])においては,電子消費者契約法が成立する以前から,錯誤に陥った表意者に重過失があっても,相手方の態様(悪意,または,有過失)によっては,無効を主張できるとしており,電子消費者契約法よりも,はるかに,消費者を保護できる理論(以下では,「民法95条ただし書き制限説」という)が展開されていた。
さらに,電子消費者契約法が想定したような消費者の操作ミス程度の問題については,民法の代表的な注釈書[我妻他・コンメンタール民法(2005)199頁]においても,「キーの押し違えなどは単なる軽過失であろう」として,電子消費者契約法の規定がなくても,錯誤無効を主張できるとしている([松本・新版注釈民法(1996)259頁]も,消費者の操作のミスについて,安易に重過失を認めるべきではないとしている)。このように見てくると,電子消費者契約法は,何のために,民法の特例を設けたのかが疑問となる。
電子消費者契約法4条は,国際的な動向を踏まえて承諾の到達主義を採用したとしているにもかかわらず,現行民法の規定(適用除外とした民法527条)よりも,国際的動向に反する結果となっている。
なぜなら,後に詳しく検討するように,申込みの撤回通知が到達する前に承諾が発信された場合に関して,電子消費者契約法4条によれば,契約は成立しないことになるのに対して,国際的なルール(例えば,国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG),ユニドロワ国際商事契約原則,ヨーロッパ契約法原則等)によれば,契約は成立することになり,結果が異なるからである。もしも,電子消費者契約法4条において,適用除外を民法526条1項にとどめ,民法527条を適用除外としなければ,このような食い違いを免れることができたのであるから,問題は重大である[加賀山・契約法(2007)62-66頁]。
確かに,電子消費者契約法の逐条解説によると,電子契約法4条の起草に際して,立法担当者は,英国の判例の変遷(Adams v. Lindsell事件からEntres Ltd. v. Miles Far East Corp. 事件へ),米国の動向(Restatement 2d 63 から,UCITA(統一コンピュータ情報取引法)§203(4)(A),および,UCC(統一民商法典)2000年草案§2-204(d)(3)へ)を参照している[経産省・逐条解説(2001)12-13頁]。しかし,民法527条を適用除外とすべきかどうかを決定するに際して,最も重要な条文であるCISG(国際物品売買契約に関する国際連合条約,1980)第16条1項,ユニドロワ国際商事契約原則(1994)2.4条,ヨーロッパ契約法原則(1994)2:202条1項が参照されていない。
特に,1980年に発効して,広く世界に受け入れられており(加盟国は70カ国を超える),わが国も,2007年7月に加盟し,2008年8月1日に施行されることになった国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG: UN Convention on contracts for the International Sale of Goods;以下では,「国際物品売買条約」または,単にCISGという)第16条(申込みの撤回通知の到達の前に承諾が発信された場合について,民法527条と趣旨を同じくする規定)が参照されていないことは,致命的である。
そもそも,民法527条が承諾の単純な発信主義に基づいておらず,「公平」の観点から起草されたものであることは,民法527条の立法資料[民法理由書(1987)505-506頁]を参照すればすぐにわかることである。むしろ,民法527条は,現行民法の立法者の独創に基づく,わが国が誇るべき立法の1つである[加賀山・ウィーン統一売買法(2001)58頁]。それにもかかわらず,電子消費者契約法の起草者がこのことに気づかず,民法527条を適用除外としたことは,立法のあり方について,根本的な問題を生じさせていると思われる。
電子消費者契約法は,制定後100年以上を経過した民法が,現代の新しい商取引に適合できなくなっている点について,特例措置を講じるものである。その際に考慮された視点は,1つは,消費者的視点での再検討であり,もう1つは,電子商取引に関してグローバルスタンダードを導入するというものである。この2つの視点は,民法を現代に活かすための最も重要な視点である。それにもかかわらず,電子消費者契約法が,前提となる民法の理解が不十分なまま,第1に,民法の解釈よりも不十分な消費者保護の規定を作成し,第2に,民法よりも,グローバルスタンダードから乖離するという不適切な立法を行ったことは,まことに残念である。
そこで,本稿では,現行民法の実質的な修正をもたらしている民法の特例法が,なぜ,このような重大な誤りに陥ったのかを検証するとともに,将来予想される民法の改正に当たって,立法担当者には,どのような配慮が要求されるのかについても検討を行うことにする。
電子消費者契約において,消費者取引錯誤に関する民法95条を適用する際の問題点は,電子消費者取引,特に,インターネットを利用した取引の場合,画面上でクリックすると取引が成立する場合が多く,その場合に,誤ってクリックを2回したために,1つの取引のつもりが,2つの取引が成立してしまう危険性がある。この場合に,民法95条を適用すると,消費者に重過失があると認定される可能性があり,その場合には,消費者は,民法95条ただし書きにより,無効を主張することができなくなってしまうという点が問題とされる。
そこで,電子契約法3条は,消費者を保護するために,以下のような措置を講じることにしている[経産省・逐条解説(2001)16頁]。
電子消費者契約の相手方である事業者等が,当該申込み又はその承諾の意思表示に際して,電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じていない場合には,消費者は,その意思表示が要素の錯誤でなされた場合には,たとえ,重大な過失がある場合であっても,民法95条ただし書きは適用されず,意思表示の無効を主張できる。
もっとも,通説は,消費者がキー操作で押し違いなどをしたとしても,それは,消費者に軽過失があるに過ぎず,重過失とはいえないので,依然として,無効を主張できると考えている。したがって,電子消費者契約法3条の「趣旨は,わかりにくい」としている[我妻他・コンメンタール民法(2005)199頁]。
しかも,電子契約法3条で規定された上記の措置は,消費者保護にとって十分とはいえない。なぜなら,事業者等が,消費者の意思表示について,確認を求める措置を講じていさえすれば,消費者が重過失に陥っている場合には,無効を主張できないからである。つまり,電子消費者契約法3条は,消費者保護としては,中途半端といわざるをえない。
そこで,以下では,民法の解釈によって,消費者はどこまで保護されているかを検討した後,その問題について,電子消費者契約法が,実際の事例について,消費者の保護として,民法の解釈よりも消費者保護にとって不十分であることを明らかにする。
問題となっている錯誤無効は,民法上は,「意思の不存在」(民法101条1項にこの用語が使われている)の1つとして,無効とされているが,公序良俗違反のような絶対的な無効ではなく,同じく「意思の不存在」とされている心裡留保(民法93条)と同様,相手方との関係で無効主張が制限されている。
冗談で意思表示をしたような場合は,錯誤ではなく,心裡留保となるが(民法93条),この場合には,表意者が悪意であるにもかかわらず,相手方が,表意者の意思表示が冗談であることを知っているとき,または,冗談であることを知るべきであったときは,表意者はその意思表示の無効を主張することができる(民法93条ただし書き)。
実は,錯誤の場合も同様であり,錯誤に陥った表意者に重大な過失がある場合には,重大な過失は,悪意と同様に扱われる(民法470条,698条参照)。したがって,表意者に重過失がある場合には,表意者は悪意の錯誤,すなわち,心理留保をしたものとみなされることになる。つまり,表意者が重大な過失によって錯誤に陥った場合は,冗談をいったのと同じとみなされることになるのである(重過失ある錯誤における民法93条の類推解釈,[加賀山・契約法(2007)106頁])。
以上で述べた,民法93条の心裡留保と民法95条の要素の錯誤との関係,特に,重過失による錯誤と心裡留保(冗談)との関係は,以下の表のようにまとめることができる。
表意者 | 要素の錯誤 | 心裡留保 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
善意 | 悪意 | |||||
無過失 | (軽)過失 | 重過失→心裡留保の規定が類推される | ||||
相手方 | 常に | 善意・有過失又は 悪意の場合 |
善意・無過失の場合 | 善意・有過失又は 悪意の場合 |
善意・無過失の場合 | |
契約の効力 | 無効 | 無効 | 無効を主張できない→有効 | 無効 | 有効 |
上の表で重要な点は,錯誤の場合は,意思表示は原則として無効であるが,表意者に重大な過失がある場合には,心裡留保と同じに考えてよい。したがって,相手方が悪意,または,過失がある(有過失の)場合には,表意者は無効を主張できるということである。
この点については,最高裁の判決はないが,戦前の判決例(東京控訴院大7・3・13新聞1403号3頁,東京控訴院大8・6・16新聞1579号17頁),および,学説も,表意者に重過失がある場合でも,「相手方が悪意の場合には,95条但書は適用すべきではない」[四宮・民法総則(1986)178頁]としていた([石田・民法総則(1992)348-351頁]は,この点について,詳しく解説している)。また,最近の判決例(大阪高判平12・10・3判タ1069号153頁)も,相手方が悪意の場合には,民法95条ただし書きにもかかわらず,表意者は錯誤無効を主張できるとしている。
ところが,最近の代表的な教科書は,「表意者に重大な過失がある場合でも,相手方が悪意または有過失の場合には,表意者は,民法95条ただし書きにもかかわらず,無効を主張できる」という点について言及しないものが多い([加藤・民法総則(2005)],[内田・民法T(2008)]も,この論点に触れていない) 。この原因は,通説をリードしてきた我妻説[我妻・民法総則(1965)] がこの点に触れていないためと思われる([川井・注釈民法(3)(1973)200頁]もこの点に触れていない。消費者電子契約法の逐条解説[経産省・逐条解説(2001)17頁]も,上記の[川井・注釈民法(3)(1973)200頁]を参照しているに過ぎない )。特に,前述の[四宮・民法総則(1986)178頁]の改訂版[四宮・能見・民法総則(2005)196-197頁]が,この点(「相手方が悪意の場合には,95条但書は適用すべきではない」)の記述を削除しているのが惜しまれる。
しかし,表意者が重過失によって要素の錯誤に陥った場合であっても,相手方が悪意または有過失の場合には,表意者を保護すべきことについて,上記のように,判決例の集積もあり,有力な学説もこれを主張しているのであるから,消費者保護を標榜する電子消費者契約法の起草者は,このような学説に対しても,なんらかの応接をすべきであったと思われる。
相手方が悪意,または,有過失の場合に,重過失によって錯誤に陥った表意者は,民法95条ただし書きにもかかわらず,無効を主張できるかどうかについて,学説が混乱していることは既に述べた通りである。そこで,実際の事件が起こった場合には,合理的な解決ができなくなっていることが多い。以下の例は,実際に起こった事件について,現在の通説では,適切な対応ができなかったものである。
この事件は,錯誤に陥ったのが,事業者であったため,電子消費者契約法は適用されない。しかし,最近の電子商取引の発展により,消費者がこれに類する電子商取引において,コンピュータの警告画面を無視して(重過失によって),申込みや承諾の意思表示をする危険性は否定できない。そのような場合にこそ,電子消費者契約法が意味を持つはずであるが,以下で詳しく検討するように,電子消費者契約法でも,消費者を保護することができない。
M証券は2005年12月8日,T証券取引所の新興市場に同日新規上場した総合人材サービス業Jの株式について,誤って大量の売買注文を出した。午前中に「61万円で1株」の売り注文を出そうとして,担当者が「1円で61万株」とコンピュータ端末に入力,コンピュータの誤発注の警告も見落として,発注してしまった。 同株は67万2,000円の初値をつけた後,誤発注がきっかけで値幅制限いっぱい(ストップ安:初値の10万円安)の57万2,000円に下落した。同証券の買い戻しでストップ高(初値の10万円高)の77万2,000円まで値を上げ取引を終えた。M証券の最終的な損失は,最終的には,約400億円にのぼった。 |
この事件に民法を適用した場合の結論に関する一般的な見解(新聞報道)は以下の通りである。
契約を無効にする場合,民法の「錯誤による契約」にあたることを理由にするとみられ,一般的な取引でも,売るつもりのないものを取り違えて売ってしまった場合などに〔民法の規定が〕適用される。ただ,無効が成立するためには,売った方に重大な過失がないことが条件になる。専門家は「異常を知らせる警告を無視して発注したM証券に重過失がある可能性が高く,無効が成立するのは難しい」とみている。(毎日新聞 2005年12月10日 朝刊)。
先に述べたように,この事件の当事者は事業者であるために,電子消費者契約法は適用されない(電子消費者契約法3条)。しかし,消費者が電子商取引を行う際に,コンピュータの警告画面を無視して取引を継続することは,十分に予想される。そのような場合に,消費者契約法が消費者保護に資するかどうかを検討することは,重要な意味を有すると思われる。
仮に,この事件が消費者と事業者間の電子商取引において生じたとしよう。電子消費者契約法3条本文は,「民法第95条ただし書の規定は,消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について,その電子消費者契約の要素に錯誤があった場合であって,当該錯誤が次のいずれかに該当するときは,適用しない」と規定しており,一見すると,民法95条よりも,重過失に陥った表意者の保護に厚いように思われる。
しかし,電子消費者契約法3条但書は,事業者が以下のような措置を講じたときは,画一的に,消費者の無効の主張を認めないこととしている。
したがって,電子消費者契約において,事業者が以上の措置を講じたときは,たとえ,その措置が,消費者保護の観点からは不十分であり,そのことは,消費者苦情の発生によって明らかな場合,すなわち,民法95条の新しい解釈によれば,相手方に過失がある場合であるため,表意者が錯誤無効を主張できると考えられる場合であっても,重大な過失に陥った消費者は,錯誤による無効を主張できないことになってしまう。
確かに,民法95条但し書きの規定は,立法的には,不十分な規定ではあるが,先にも述べたように,判決例(東京控訴院大7・3・13新聞1403号3頁,東京控訴院大8・6・16新聞1579号17頁,最近では,大阪高判平12・10・3判タ1069号153頁),および,民法総則の代表的な教科書([四宮・民法総則(1986)178頁] ,[石田・民法総則(1992)348頁])等の学説によって,少なくとも相手方が悪意の場合には,たとえ表意者に重過失がある場合であっても,無効を主張できることが認められている。
もっとも,このような考え方は,先に述べたように,最近の教科書では触れられないことが多い。しかし,上記の判決例や学説(民法95条ただし書き適用制限説)を無視すべきではない。意思と表示との間に食い違いがあることについて表意者に悪意があるとき(心裡留保)でも,相手方がその事情を知っている(悪意)という場合のみならず,知らない場合でも,相手方に過失がある(善意・有過失)という場合には,表意者に意思表示の無効の主張を認めている民法93条との権衡上,民法95条但し書きの解釈として,法律行為に要素の錯誤があれば,表意者に重過失があるときでも,相手方が悪意または善意でも過失がある場合には,表意者は無効を主張できると考えるべきである[加賀山・錯誤と民法93条但書,民法96条2項の類推」(1990)]707頁)。
新聞報道によるこの事件の顛末と問題点は,以下の通りである。消費者保護が問題とならない事件においても,相手方が悪意の場合には,表意者を保護すべきことが認識されたが,通説による解釈では,その解決方法が見つからないというのが現状であろう。
M証券によるJ株の誤発注で利益を得た証券会社が,一転して利益の返上を検討していることが〔2005年12月〕14日,分かった。これまでに利益を得た証券6社のうち,117億円の利益を上げた…証券の3社が計136億円を全額返上する方向で調整している。誤発注を利益につなげたとの批判に配慮し,金融庁やT証券取引所などと協議する(毎日新聞 2005年12月15日 朝刊)。
利益返上が浮上した背景には,「証券会社が他社の失敗につけ込んで利益を上げた」(T証券取引所関係者)との批判がある。8日の市場では社名こそ特定されなかったものの,「1円で61万株」の売り注文があったとの情報が駆け巡った。安値で取得すれば,誤発注した証券会社が買い戻すので利益が確実とみた証券会社や個人投資家が買いに走った。証券各社が自己資金でこうした流れに積極参加し,もうかったことに対し,与謝野馨金融・経済財政担当相は13日,「美しくない」と批判した。14日の自民党金融調査会では「火事場泥棒」などの厳しい意見が相次いだ。発行済み株式総数を上回る株の取得という異常事態もあって,証券業界全体にも信頼失墜への危機感が広がった。現金決済の完了後,金融庁と日本証券業協会も事態収拾に動き,証券各社が利益返上へとかじを切った。ただ,実現には課題が少なくない。合法的行為で得た利益を返上しなければならない明確な理由を示すことが出来なければ,上場している証券会社の株主を納得させることは出来ない。最悪の場合,株主代表訴訟の可能性もある(毎日新聞 2005年12月15日)。
〔さらに,〕株の取引で得た利益は,会社全体の利益に算入して法人税を支払わなければならない。いったん利益が確定した今回のケースでは,その後に利益分を返還しても利益自体がなかったことにはならず,法人税は免除されない。それでも利益を返還すれば,税金の分だけ持ち出しになり,損失が発生する。M証券も利益返還を受ければ,「受贈益」として法人税を払う必要がある。返還に伴う負担を双方が免れるには「誤発注による8日の取引自体を無効にするくらいしかない」(財務省税制第3課)と言われ,現実味の薄い選択肢になっている(毎日新聞 2005年12月15日)。
もしも,先に述べた判決例や有力説(民法95条ただし書き制限説)の見解が採用されるならば,この事件において,重過失で要素の錯誤に陥った表意者は,民法95条ただし書きにもかかわらず,無効を主張することができる。そうだとすると,問題の解決を遅らせていた,税金の問題もすべて解決され,スムーズな解決が実現されたはずである。
以上のことから,電子消費者契約法3条における消費者保護は,不十分なものであることが明らかになったと思われる。なぜなら,実際の事件を検討してみると,電子消費者契約法よりも,むしろ,「民法95条ただし書き制限説」の方が,消費者保護に厚いからである。したがって,電子消費者契約法3条が想定しているような問題を解決するためには,「民法95条ただし書き制限説」の見解を取り入れて,電子消費者契約法3条を改正する必要があると思われる。
しかし,個別立法には限界があることを考慮するならば,最も効果的な方法は,むしろ,民法自体をわかりやすく改正すること,すなわち,民法95条ただし書きに,例えば,以下のような制限を設けることなのかもしれない[加賀山・契約法(2007)124頁参照]。
民法 第95条 改正私案(加賀山)
意思表示は,法律行為の要素に錯誤があるときは無効とする。但し,表意者に重大な過失があり,相手方が善意で且つ過失がないときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。
契約の成立の時期に関するグローバルスタンダードは,承諾の発信時ではなく,承諾の到達時であるとされている。この点は,国際物品売買条約(CISG) 18条2項においても,また,ユニドロワ国際商事契約法原則 2.6条2項,ヨーロッパ契約法原則 2:205条1項)においても,承諾の到達主義が採用されていることからも明らかである(民法526条1項の発信主義と到達主義との比較検討に関しては,[山口・契約締結過程とリスク配分(2008)23頁以下])が詳しい検討を行っている)。
しかしながら,申込の撤回の効力に関しては,国際物品売買国際連合条約(CISG) 16条1項においても,また,ユニドロワ国際商事契約法原則2.4条においても,さらに,ヨーロッパ契約法原則 2:202条1項においても,申込の撤回は,「承諾の発信」より前に到達しなければその効力を有しないとされており,わが国における承諾の発信主義の原則と同一の結果が生じている点に留意しなければならない。
国際物品売買条約(CISG) 第16条(申込の撤回)
(1)申込みは,契約が締結されるまでの間,相手方が承諾の通知を発する前に撤回の通知が当該相手方に到達する場合には,撤回することができる。
(2)申込みは,次の場合には,撤回することができない。
(a)申込みが,一定の承諾の期間を定めることによるか他の方法によるかを問わず,撤回することができないものであることを示している場合
(b)相手方が,申込めを撤回できないものであると信頼したことが合理的であり,かつ,当該相手方が当該申込みを信頼して行動した場合
つまり,申込について到達主義を採用するばかりでなく(CISG15条1項),承諾についても,原則として到達主義を採用する(CISG18条2項)場合においても,申込の撤回に関しては,信義則の要請により,承諾の発信より前に到達することが明確に規定されているのである(CISG16条1項)。
その場合の信義則の要請とは,申込みに承諾期間が定められていない等,申込み対する承諾がいつまでも自由にできるとの前提でなされた申込みが,突然に撤回されて承諾の自由を奪うことになるのであるから,申込みの撤回をするには,申込みの発信までに,申込みの撤回通知が被申込者に到達していなければならないという要請である。
ここでの問題は,電子消費者契約法は,承諾に関して到達主義を採用することを決定したため,その4条で,民法526条1項の適用を排除することにしたのであるが,その際,申込の撤回の延着に関する民法527条の適用をも排除したことが妥当であるかどうかである。
一見すると,民法527条は,申込の撤回は,原則として,承諾の発信よりも先に到達しなければ効力を生じないことを前提としており,承諾の発信主義を採用しているように思われるかもしれない。確かに,民法527条を「承諾の発信主義」の観点から説明している学説が存在する([遠田・注釈民法(13)(1966)172頁])。
しかし,申込の撤回に関しては,先に述べたように,承諾の到達主義を採用する国際物品売買条約(CISG)においても,申込の撤回は,信義則の要請から,承諾の到達ではなく,承諾の発信よりも前に到達しなければその効力を生じないとされているのである。この規定の意味について,「承諾の発信主義に基づいている」という解釈が成り立たないのと同様に,民法527条を承諾の発信主義の規定であると解するのは,慎重さに欠けると思われる。
本稿では,以下の設例に基づく検討を通じて,申込の撤回に関して民法527条の適用を排除すると,グローバルスタンダードといわれる国際物品売買条約(CISG)の規定と齟齬が生じることになることを明らかにするが,電子消費者契約法の起草者は,せめて,国際物品売買条約(CISG) 16条と民法527条との類似性に留意すべきであった。そうすれば,もしも,民法527条を適用除外としてしまうと,わが国の電子消費者契約法は,国際的な基準から大きく外れてしまうことになることに気づいたはずだからである。
民法527条の適用を排除した電子消費者契約法4条が,グローバルスタンダードから乖離する場合とはどのような場合であるのか,具体的な例で説明することにしよう。
なお,以下の設例においては,電子メールを使った電子商取引の例を用いる。電子メールは,即時通信であり,発信主義か到達主義かを問題にする必要はないとの考え方がある([内田・民法T(2008)43頁],[松本・新版注釈民法(1996)256頁])。しかし,電子メールは,パケット通信を用いており,この場合には,電子通知に延着が生じうることを前提に考察することができる。[加藤・民法総則(2005)371頁(注2)] は,この点について,以下のように,明快に論じている。
電子契約法4条は,電子的意思表示については到達・発信の間にはほとんど時間的に差異がないことを前提として規定されたが,電子メール等のパケット通信の場合には延着の問題が生じることも少なくない。その場合には,〔民法〕527条が念頭においた申込みの撤回の延着があり,その前に契約承諾の通知が発せられることも現実にありうるのである。このような状況の法的処理としては,電子契約法4条よりも,〔民法〕527条のほうがきめ細かい配慮をしているように思われる。
Aは有機栽培のりんごの季節販売をするため,インターネットのホームページを作成し,りんごの販売を行っていた。 2007年10月1日午前10時00分,Aのホームページを見たBは,有機りんご5kgを注文し,その注文は,午前10時3分にAのサーバーに到達した。ところが,その地を襲った台風の影響でりんごの収穫が減少したたこともあり,当該有機りんごが品薄となり,その時点では,Aは,りんごの出荷のめどが付かなかった。そこで,10月1日午前10時10分,注文を受けたことをBに通知し,その通知は10月1日午前10時13分にBに到達したが,承諾の通知をしかねていた。 Bは,Aからの品薄の返事を受け,10月22日まで待っていたが,他の業者から望みの品が手に入ることがわかったので,10月23日午前10時00分に申込みを撤回する旨のメールをAに発信し,そのメールは,午前10時03分にAに到達した。 ところが,10月22日の段階で,りんごの品薄状態が解消されたため,10月23日午前10時02分に,Aは,Bに承諾の通知をメールで発信し,そのメールは,10月23日午前10時05分にBに到達した。 |
設例の場合に,第1に,電子消費者契約法4条が適用されるとする。このりんご5kgの売買契約は成立するだろうか。成立するとした場合には,いつ成立するだろうか。
消費者契約法4条により,民法526条1項,および,民法527条の適用が排除されるため,すべての意思表示は,民法97条1項に従い,到達の時点で効力が生じることになる。すなわち,申込みの効力発生時期も,申込みの撤回の効力の発生時期も,また,承諾の効力の発生時期も,すべて,それらの意思表示(通知)の到達の時期を基準として決定されることになる[経産省・逐条解説(2001)25頁]。
本件で問題となる通知(意思表示)は,第1に,申込み,第2に,申込みの撤回,第3に承諾の順序で,それぞれの相手方に到達している。そうだとすると,申込みの撤回が到達した後の承諾は民法521条と同様,申込みの効力が失われていることから,承諾の効力も発生せず,契約は不成立となる。
第2に,国際物品売買条約(CISG)が適用されるとする。このりんご5kgの売買契約は成立するだろうか。成立するとした場合には,いつ成立するだろうか。
CISGでは,申込みも承諾も到達の時にその効力を生じるが,申込みの撤回は,承諾の発信の前に到達していなければその効力を生じない(CISG16条)。それは,承諾の発信主義を採用するからではなく,被申込者の承諾の自由を尊重するという信義則の要請に基づいている。したがって,本問の場合,申込みの撤回通知の到達の前に,承諾が発信されているために,申込みの撤回の効力は生じておらず,契約は成立する。ただし,契約の成立時期は,2008年10月23日の午前10時05分である。
第3に,日本民法が適用されたとする。このりんご5kgの売買契約は成立するだろうか。成立するとした場合には,いつ成立するだろうか。
民法527条は,「申込みの撤回通知が承諾の通知を発した後に到着した場合であっても,…(申込みの撤回通知が延着した場合であって承諾者が延着通知を怠った場合は)…契約は成立しなかったものとみなす」と規定しており,その反対解釈として,申込みの撤回通知が承諾の通知を発した後に到着した場合は,延着の場合を除き,申込みの撤回の効力は生ぜず,契約は成立することを明らかにしている。
この規定については,承諾の発信主義を規定しているものと解する説([遠田・注釈民法(13)(1966)172頁])もあるが,そうではなく,世界基準と同様,信義則の要請から,申込みの撤回は,承諾の発信より前に到達しなければ,原則として,効力を有しないことを明らかにした規定であると解すべきである([加賀山・ウィーン統一売買法(2001)58頁],[加賀山・契約法(2007)53-60頁])。その理由は,承諾期間を定めないで申込みをした場合,被申込者は,いつまでも熟慮して承諾するかどうかを決定する自由を与えられたと考えて行動するのであるから,その条件を変更して,いきなり,承諾期間が定められたかのように,申込みの効力を喪失させるという申込みの撤回の通知は,信義則上,承諾が発信される前に被申込者に到達しなければ効力を生じないとすべきだからである。
したがって,申込みの撤回通知の到達が,承諾の発信よりも遅れた本問の場合は,消費者電子契約4条の場合とは異なり,申込みの撤回は効力を生じない。そして,承諾の発信のときに契約が成立することになる。契約が成立する点では,承諾の到達主義を採用する国際物品売買条約(CISG)とも同様であるが,成立の時期が,2008年10月23日午前10時05分ではなく,午前10時02分である点が,国際物品売買条約(CISG)とは異なる。
以上の検討結果を表でまとめると,以下のようになる。
時間 | 事実 | 効果 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年 | 月 | 日 | 時 | 分 | 申込者B | 被申込者A | 電子消費者契約法 | 国際物品売買条約 | 現行民法 |
2008年 | 10月 | 01日 | 10時 | 00分 | 申込の発信 | ||||
03分 | 申込到達 | 申込みの効力発生 (民法97条1項) |
申込みの効力発生 (条約15条1項) |
申込みの効力発生 (民法97条1項) |
|||||
相当期間の経過 | 申込みの撤回可能 (民法524条) |
申込みの撤回可能 (条約16条1項) |
申込みの撤回可能 (民法524条) |
||||||
23日 | 10時 | 00分 | 申込撤回の発信 | ||||||
02分 | 承諾の発信 | 申込撤回の効力発生 (電子消費者契約法4条) |
承諾の発信に遅れたため 申込撤回は効力を生じない (条約16条1項) |
承諾の発信に遅れたため 申込撤回は効力を生じない (民法527条) |
|||||
03分 | 申込撤回の到達 | ||||||||
05分 | 承諾の到達 | 契約不成立 (電子消費者契約法4条) |
契約の成立(05分) (条約23条) |
契約の成立(02分) (民法526条1項) |
電子消費者契約法4条を適用した結果は,国際物品売買条約(CISG)の結果とは,契約の成否において異なり,民法527条を適用した方が,むしろ,国際的な基準に合致することが明らかになったと思われる(民法527条を適用除外とせず,民法526条1項だけを適用除外とした場合には,国際的な基準と同一の結果となることも明らかであろう)。
このように考えると,世界標準を誤解した上で規定された電子消費者契約法4条は,速やかに改正されるべきであること,すなわち,民法527条の適用除外を廃止すべきであることが明らかになったと思われる。
なお,電子消費者取引において,承諾の到達主義を採用した場合の問題点は,承諾の到達時点をいつと考えるかという問題が生じる。承諾の発信主義であれば,発信時期は,単純な方法で決定できるが,到達主義の場合の到達の時期の決定は,それほど単純ではない。この点については,紙幅の関係で,本稿では立ち入らない(この問題については,[山本・電子契約の諸問題(2002)76頁参照])。
電子消費者契約法は,現代における電子商取引に民法を適応させるために,消費者保護の観点,および,国際的な立法動向を踏まえて立法措置を講じた,実質的な民法の修正措置であり,消費者保護の成果,および,国際的な立法動向との調整が成功しているかどうかが試される重要な立法であったと思われる。しかし,その結果は,国民の期待を裏切るものであったといわざるを得ない。なぜなら,消費者保護の観点では,わが国の代表的な教科書における錯誤無効の解釈にも劣る措置しか講じることができていないし,また,国際的な基準に適合させるという点では,すでに,世界基準に到達している重要な条文(民法527条)の適用を除外することによって,国際的な基準からも乖離するという問題を生じているからである。
第1の電子消費者契約法3条の誤りは,民法の通説とは異なる「民法95条ただし書き制限説」([四宮・民法総則(1986)178頁],[石田・民法総則(1992)348-351頁]など)が,表意者を保護する考え方,すなわち,消費者を保護する考え方を表明しており,しかも,それについては,判決例(東京控訴院大7・3・13新聞1403号3頁,東京控訴院大8・6・16新聞1579号17頁,大阪高判平12・10・3判タ1069号153頁)の裏づけがあるにもかかわらず,それを無視して起草したことにある。この点は,その後に生じたみずほ誤発注事件を通じて,その欠陥が露呈することになった。
第2の電子消費者契約法4条の誤りは,通信手段の発達により,通知に数日を要することを前提にして規定された民法526条1項の発信主義の意味が希薄となり,意思表示一般に妥当する到達主義に変更することにした際に生じたものである。承諾の発信主義から到達主義に変更する際に,電子消費者契約法の起草者は,もはや,「承諾の発信の時期は意味を持たない」と考え,承諾の発信に意味を持たせている民法526条1項だけでなく,民法527条をも適用除外にしたものと思われる。しかし,そこに大きな落とし穴があった。確かに,契約の成立時期に関しては,承諾の発信時期は意味を持たないかもしれない。しかし,申込みの撤回については,承諾の発信時期が決定的な意味を持つことは,承諾の到達主義を採用する世界の立法例が,申込みの撤回の通知は,承諾の発信の前に到達していなければ,効力を生じないとしていること(国際物品売買条約(CISG) 16条,ユニドロワ国際商事契約原則 2.4条,ヨーロッパ契約法原則
2:202条1項など)から明らかであるのに,それを見落としてしまったからである。このような誤りは,民法527条の立法理由を探求し,その重要性を認識していれば避けることのできた誤りであると思われる。
一般論として,現代における取引の多様化,情報化に対応するためには,民法の改正が必要であることは,多くの人が認めるところである。しかし,その改正に際しては,現行民法の位置づけ,多様な解釈に対する配慮,国際的な立法の動向の見極めが決定的に重要である。電子消費者契約法の制定は,民法の改正の際にも,重要な視点となる,歴史的な観点からする民法の位置づけ,国際的な立法動向,消費者保護の観点からの考察を現在の立法者が十分になしえなかったことを示すものであり,民法改正に対する不安材料を提供したといえよう。
近い将来に予想される民法の改正においては,このような誤りを犯さないためにも,民法の立法理由の探求によって,廃止された旧民法のすぐれた規定を再評価すること,国際的な立法例を具体例に適用してみた上で評価するという新しい比較法の方法論を採用すること,消費者保護の視点から,従来の学説・判例を批判的に検討することなど,さまざまな観点からの検証が必要であると思われる。