−「申込の取消通知の延着」問題の解決を中心として−
2000年10月29日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
異文化の接触は,それぞれの文化に影響を与える。その影響が相互にプラスに作用する時が,異文化接触の醍醐味であろう。筆者は,ここ数年来,CISG(ウィーン条約:United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods, 1988)と日本民法との比較研究を進めてきた。その比較研究の過程で,それぞれが相互によい影響を与えあう関係にあることがわかった「申込の取消の延着」の問題について紹介することにする。
CISG21条2項は,承諾の延着について,日本民法522条と同様の規定を置いている。ところが,「申込の取消の延着」については,CISGは,規定を置いていない。これに反して,日本民法は,527条において,522条とパラレルな規定を置いて,この問題を解決している。
「申込の取消の延着」の問題について,CISGが規定を置いていないことは明らかであるが,この問題について,CISG21条2項を類推すべきなのか,それとも,解釈の一般原則に戻って,CISG7条に基づいて解決すべきなのかが問題となる。本稿は,「申込の取消の延着」を取り上げることによって,条約加盟各国の法の利用の有用性と限界,条約の一般原則の適用と個別条文の類推との関係について考察を深めるとともに,「申込の取消の延着」の問題を,CISG21条2項の基礎に流れる一般原則を抽出することを通じて,CISG7条に基づく解釈として,または,CISG21条2項の類推として解決できることを示そうとするものである。
CISGの適用と解釈に関しては,CISGは,以下のような7条の規定を置いている。そして,CISGの適用と解釈に疑義が生じた場合には,一般条項としてのCISG7条に照らして解釈を行なうこととされている。
第7条 【条約解釈の原則】
(1) この条約の解釈に当たっては,その国際的性格,ならびに,その適用において統一を促進する必要性,および国際取引における信義の遵守を考慮すべきものとする。
(2) この条約により規律される事項で,条約中に解決が明示されていない問題については,この条約の基礎にある一般原則に従って解決すべきものとする。そのような原則がない場合には,国際私法の規則により適用される法律に従って解決すべきものとする。
法系を異にする多くの国が加盟する条約においては,各規定の解釈の方法について上記のような規定がないと,人々は,往々にして,自国の法律に引き寄せて解釈しがちである。そこで,各国の法体系の下での概念に基づく解釈を排斥し,統一的な解釈を維持するために,CISG7条は,1項で,「国際的性格と適用における統一の促進」及び「国際貿易における信義の遵守の促進」という条約の解釈原則を定めるとともに,2項で,規定欠缺の場合の処理について,「条約の基礎にある一般原則」を用いるよう定めているのである。
CISG7条の1項と2項との関係については,争いがあるが,CISG7条2項の「条約の基礎にある一般原則」とは,以下のものが挙げられている(曽野和夫・山手正史『国際売買法』青林書院(1993)78頁)。
これらのものは,結局は,信義則の適用に過ぎないか,信義則を反映したものに過ぎないのであり,CISG7条2項の「条約の基礎にある一般原則」と「信義則」とを区別することは困難である。つまり,7条2項は,7条1項に新たなものを付け加えるものではなく,7条1項を補強する意味しかもたない。したがって,条約の解釈に当たっては,解釈者の自国の法の解釈に流されることなく,条約に一貫して流れる一般原則を尊重し,法統一の目的に即した解釈を行なうべきであるというのが,CISG7条の意味するところであろう。
CISGにおける「申込の取消の延着」問題を論じる前に,関連するCISGの規定について,日本民法と比較しながら概観しておく。
CISGにおいては,「申込の取消(revocation)」は16条で規定されているが,これは,15条の「申込の撤回(withdrawal)」と厳密に区別されている。CISGにおいても,申込は到達によって効力を生じる(CISG15条1項)のであり,申込の効力が発生する以前,すなわち,申込が到達する以前に申込の効力を失わせる行為が「申込の撤回」と呼ばれている(CISG15条2項)。これに対して,申込の効力が発生した後に,すなわち,申込が到達した後に申込の効力を失わせる行為こそが,本稿で問題とする「申込の取消」である(CISG16条1項)。
第15条 【申込の効力発生の時期とそれ以前の申込撤回の自由】
(1) 申込は,相手方に到達した時にその効力を生ずる。
(2) 申込が取消不能のものであっても,申込の撤回通知が,申込の到達前またはそれと同時に相手方に到達した場合には,撤回可能である。
第16条 【申込の効力発生後,契約の成立前までの申込の取消とその制限】
(1) 契約が締結される以前であれば,申込は取消すことができる。但し,この場合には,相手方が承諾の通知を発する前に取消しの通知が相手方に到達しなければならない。
(2) しかしながら,申込は,次のいずれかの場合には,取消すことができない。
(a) 申込中において,承諾期間の設定その他の方法により,申込が取消不能のものであることを示している場合。
(b) 相手方が,申込を取消不能のものであると信じたのが合理的であり,かつ,相手方がその申込に信頼をおいて行動している場合。
わが国の民法は,上記の意味における「申込の撤回」について規定を置いていないが,申込の到達以前には,申込の効力は発生しないのであるから(民法97条),申込の撤回はいつでもできることになり,申込の撤回について,わざわざ規定するまでもないということになる。これに反して,「申込の取消」は,すでに効力の発生した申込を初めに遡って効力を失わせるものであり,必ず規定が必要となる。わが国の民法が,「申込の撤回」については何ら規定せず,「申込の取消」についてのみ規定を置いているのは(民法521条以下),それなりに理由があるというべきである。
わが国の通説(我妻栄『債権各論上巻』岩波書店(1969)60頁等)は,このような民法の立法趣旨を正しく理解せず,民法が「申込の取消」と規定している用語法を誤りだとし,民法が規定している「申込の取消」とは,正しくは,「申込の撤回」のことであると理解している。申込は法律行為としての効果が未だに発生していないのであるから,取消ではなく,撤回とするのが正しいというのがその理由である。しかし,わが国の通説は,「法律行為の取消」と「申込の取消」とを混同しており,完全に誤っている(詳しくは,加賀山茂「日本民法,国連売買条約,UNIDROIT,ヨーロッパ契約法原則の知識構造の比較」吉野一編『法律人工知能』創成社(2000年)131-132頁参照)。
「申込の撤回」と「申込の取消」とを厳密に区別しないと,「申込の撤回」は常に自由だが(CISG15条2項),これに反して,「申込の取消」は,承諾期間の定め等によって取消不能であることが示されている場合,または,被申込者が申込に信頼をおいて行動している場合には,取消ができない(CISG16条2項)というCISGの立場を理解することはできなくなってしまう。CISGの研究の進展に呼応させて,わが国の通説は,その見解を改め,民法の立法者の立場に帰ることが必要であろう。
「申込の取消の延着」の問題を論じる上で,注意しなければならないもうひとつの問題は,申込の取消の到達と承諾の発信との関係である。
CISG16条1項は,「契約が締結される以前であれば,申込は取消すことができる。但し,この場合には,相手方が承諾の通知を発する前に取消しの通知が相手方に到達しなければならない」と規定している。申込について到達主義を採用するばかりでなく(CISG15条1項),承諾についても,原則として到達主義を採用する(CISG18条2項)CISGの場合には,申込の取消の到達と承諾の発信の関係については,必ず,規定を用意しておく必要がある。そうでないと,申込の到達が,たとえ,承諾の発信よりも後に到達したとしても,承諾の到達よりも先に到達した場合には,申込の取消の効力が発生すると解釈する余地が生じるからである。
これに反して,わが国には,申込の取消の到達と承諾の発信について,これほど明確な規定は存在しない。わが国の通説は,民法527条1項が,「申込ノ取消ノ通知カ承諾ノ通知ヲ発シタル後ニ到達シタルモ…」という規定を置いていること,民法527条2項が,「…契約ハ成立セサリシモノト看做ス」と規定していることを総合的に判断して,申込の取消は,承諾の発信よりも前に被申込者に到達しなければならないと解釈しており,CISG16条1項と結論において異なるところはない。
わが国の民法が,申込の取消は承諾の通知の発信よりも先に到達しなければならないという明文の規定を置かなかった理由については,以下のように考えることができる。
わが国の民法は,申込の効力発生,申込の取消等を含めて,意思表示一般については,到達主義をとるが(民法97条),承諾については発信主義をとっている(民法526条1項)。この場合には,申込の取消の効力の発生は,申込の到達の時であるのに対して,承諾の効力は,発信の時に効力が発生する。したがって,申込の取消の効力が発生するためには,必ず,承諾の効力が発生する前,すなわち,承諾が発信される前に,申込の取消の通知が到達していなければならないことになる。つまり,意思表示の一般論として到達主義を採用し,承諾について発信主義を採用する立法の下では,申込の取消が効力を発生するためには,承諾の発信の前に到達しなければならないことは,論理必然的に導かれるものである。したがって,わが国の民法が,申込の取消の到達と承諾の発信の関係について,明文の規定を置かなかったのは,それなりに理由があるというべきであろう。もっとも,分かりやすくするために,さらには,限界事例を解決するためにも,後に述べるように,民法524条に追加する形式で,CISG16条1項のような明文の規定を置いた方が好ましいことはいうまでもない。
以上の議論の積み重ねの上に立って,CISGにおける「申込の取消の延着」の問題を考えることにしよう。
先にも述べたように,CISGは,「申込の取消の延着」については,明文の規定を置いていないが,「承諾の延着」については,以下のように,21条2項において明文の規定を置いている。したがって,「申込の取消の延着」の問題についても,CISG21条2項の規定が準用されればよいのであるが,その理由として,わが民法427条の規定を援用することはできない。あくまでも,CISG7条に従い,CISGの基礎にある一般原則に即して解釈する必要がある。
第21条 【遅延した承諾の効力】
(1) 遅延した承諾といえども,申込者が有効な承諾として取り扱う旨を遅滞なく相手方に口頭で通知するか,またはその旨の通知を発した場合には,承諾としての効力を有する。
(2) 遅延した承諾を含む書簡その他の書面が,通常の通信状態であれば適切な時期に申込者に到達したであろう状況のもとで発送されたことを示している場合は,申込者が,遅滞なく相手方に対して,申込がすでに失効していたものとみなす旨を口頭で通告するか,または,その旨の通知を発しない限り,遅延した承諾であっても,承諾としての効力を有する。
そこで,上記のCISG21条の基礎にある一般原則を抽出する作業から始めなければならない。
CISG21条2項の要件は,(1)「遅延した承諾」,(2)「通常の通信状態であれば適切な時期に申込者に到達したであろう状況のもとで発送されたことを示している」,(3)「申込者が,遅滞なく相手方に対して…通知を発しない」ことである。
まず,第1点に関しては,通信手段に対する信頼を保護すべきであるとの要請が発生する。これは,CISG27条が,通信伝達上のリスク配分について,以下のような規定を置いていることからも明らかである。
第27条 【通信手段の信頼性の原則】
この条約第3部に別段の定めがない限り,当事者が,通知,要求その他の通信を,この条約第3部の規定に従い,かつ,状況に応じた適切な方法で行なった場合は,通信の伝達に遅延もしくは誤りが生じたり,それが到達しなくとも,その当事者は,当該通知をしたことによって主張しうる権利を奪われない。
次に,第2点によって,CISG7条にいわゆる「条約の基礎にある一般原則」として,先に紹介した「重要な局面での通知,応答または情報開示への要請」が生じる。CISG20条が,「申込者が電報または書簡中に定めた承諾期間は,電報の発信を依頼した時,または,書簡に記された日,もしくは,書簡に日付の記載がない場合においては,封筒に記された日から進行する」と規定しているように,書簡に記載された日,または,書簡の封筒に記された日は,重要な意味を有しており,その日付から,「通常の通信状態であれば適切な時期に申込者に到達したであろう状況のもとで発送されたこと」が示されている場合には,信義則を介して,申込者に延着通知を発信する義務が発生するのである。
第3に,そのような通知を発信しなかった場合には,通信手段を信頼して,期限内に承諾が到達したとして行動する被申込者を保護するため,法は,遅延した承諾に,承諾としての効力を付与することにしたのである。
以上の論理を図示すれば,以下のようになろう。
法律要件 | 信義則の適用 | 法律効果 | |||||||
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被申込者側 の事情 |
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申込者側 の事情 |
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承諾の延着に関するCISG21条2項の規定の論理構造が以上のようなものであるとすれば,このことは,当然に,申込の取消の延着の場合にも当てはまると考えるべきであろう。
その論理を図示すれば,以下のようになろう。
法律要件 | 信義則の適用 | 法律効果 | |||||||
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被申込者側 の事情 |
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申込者側 の事情 |
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このように考えると,CISGにおいても,21条に以下のような3項を追加して解釈することができる(CISG21条の類推解釈)。
(3) 前項の規定は,申込の取消の通知が遅延した場合にも準用する。
または,CISG16条に以下のような3項を追加して解釈することができる(CISG7条による解釈)。
(3) 遅延した申込の取消を含む書簡その他の書面が,通常の通信状態であれば適切な時期に申込者に到達したであろう状況のもとで発送されたことを示している場合は,被申込者が,遅滞なく相手方に対して,申込の取消がすでに失効していたものとみなす旨を口頭で通告するか,または,その旨の通知を発しない限り,遅延した申込の取消であっても,申込の取消としての効力を有する。
以上で,「申込の取消の延着」の問題について,「承諾の延着」に関するCISG21条2項の基礎にある基本原則を抽出することによって,CISGの解釈を通じて問題を解決することが示された。
わが国の民法が,そのような解釈を実現するルール(民法527条)によって立法の当初から実現していたことは,驚嘆に値する。わが国の立法理由書によれば,民法527条は,旧民法財産編308条6号が,通信手段を用いた通知が延着した場合には,そのリスクは差出人が負担すると規定していたのを,旧商法299条を参照してリスク配分を変更し,民法522条の規定を類推しつつ,起草委員によって独自に起草されたものと思われる(広中俊雄編『民法修正案(前三編)理由書』有斐閣(1987)505-506頁参照)。そうだとすれば,民法527条は,世界に誇るべき,わが国独自の規定であるといえよう。
以上の考察を通じて,日本民法527条1項が,申込の取消の通知が承諾の通知を発した後に到達したとしても,通常の場合には,その前に,到達するはずであった時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく申込者に対してその延着の通知を発しなければならないと規定し,第2項が,承諾者が前項の通知を怠ったときは,契約は成立しなかったものとみなすと規定しているのは,まさに,CISG21条2項,および,民法522条の法理と同じであることが明らかとなった。
そうだとすれば,民法527条2項は,「承諾者が前項の通知を怠ったときは,申込の取消は延着しなかったものとみなされ,契約は成立しない。」と規定されるべきであろう。
これまでの成果を生かして,民法を改正するとしたら,以下のような改正が可能であろう。
現行民法 | 改正私案 | |
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承諾の延着 | 第522条〔承諾延着とその通知〕 (1)承諾ノ通知カ前条ノ期間後ニ到達シタルモ通常ノ場合ニ於テハ其期間内ニ到達スヘカリシ時ニ発送シタルモノナルコトヲ知リ得ヘキトキハ申込者ハ遅滞ナク相手方ニ対シテ其延著ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス但其到達前ニ遅延ノ通知ヲ発シタルトキハ此限ニ在ラス (2)申込者カ前項ノ通知ヲ怠リタルトキハ承諾ノ通知ハ延著セサリシモノト看做ス |
第522条〔承諾延着とその通知〕 |
申込の取消 | 第524条〔承諾期間の定めのない申込〕 承諾ノ期間ヲ定メスシテ隔地者ニ為シタル申込ハ申込者カ承諾ノ通知ヲ受クルニ相当ナル期間之ヲ取消スコトヲ得ス |
第524条〔承諾期間の定めのない申込の取消〕 |
申込の取消の延着 | 第527条〔申込取消の延着と通知〕 (1)申込ノ取消ノ通知カ承諾ノ通知ヲ発シタル後ニ到達シタルモ通常ノ場合ニ於テハ其前ニ到達スヘカリシ時ニ発送シタルモノナルコトヲ知リ得ヘキトキハ承諾者ハ遅滞ナク申込者ニ対シテ其延著ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス (2)承諾者カ前項ノ通知ヲ怠リタルトキハ契約ハ成立セサリシモノト看做ス |
第527条〔申込取消の延着と通知〕 (1)申込の取消の通知が承諾の通知を発した後に到達したとしても,通常の場合には,その前に,到達するはずであった時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく申込者に対してその延着の通知を発しなければならない。 (2)承諾者が前項の通知を怠ったときは,申込の取消は,延着しなかったものとみなし,契約は,成立しない。 |
本稿は,CISGに規定が欠けている「申込の取消の延着」の問題について,民法527条という明文の規定をもつわが国の民法を参照することが有用であることを示唆しているように見えるかもしれない。
しかし,本稿は,「申込の取消の延着」ではなく,「承諾の延着」に関するCISG21条2項の基礎にある一般原則としての「通信手段への信頼の保護」,「重要な局面での相手方への通知義務」を抽出し,「申込の取消の延着」の場合にも,CISG21条2項と同じ原則が利用できることを示し,CISG7条2項の適用,または,CISG21条2項の類推によって,問題の解決が可能であることを示すものである。
さらに,本稿は,この解釈過程を通じて,わが国の民法527条の明文に欠けている要素を補い,さらに,民法522条と527条との関係を明らかにするためには,それぞれの条文に若干の修正を施すことが適切であることを提言している。
本稿によって,CISGの問題解決に日本民法の規定が大きなヒントを与えると同時に,CISGの解釈の過程を通じて,日本民法524条,527条の改正のヒントが与えられることになったのであり,日本民法とCISGとの比較研究が双方の発展にとって有用であることの一例が示されたと思われる。