18 インターネット上の匿名電子掲示板における発言と名誉毀損

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@東京地裁平成15年7月17日判決− 一部認容・一部棄却(控訴)
(平14(ワ)8603号,損害賠償等請求事件)
判時1869号46頁

A東京地裁平成15年6月25日判決− 一部認容・一部棄却(確定)
(平14(ワ)13983号,損害賠償等請求事件)
判時1869号46(54)頁

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂(かがやましげる)


[判決のポイント]

インターネット上の匿名の電子掲示板に名誉等が侵害される書き込みをされた者は,その匿名性ゆえに,書き込んだ加害者を特定できず,加害者に対して,直接に書き込みの削除を求めることも,損害賠償を請求することもできない。その場合に,匿名の電子掲示板の管理・運営責任者に対して,書き込みの削除および削除されるまでの損害の賠償,さらには,加害者を特定するための個人情報の開示を請求しうるかどうかが争われた。

@事件(DHC対2ちゃんねる管理人)

化粧品製造販売会社X(DHC)及びその代表取締役であるAが,Yの管理・運営するインターネット上の匿名の電子掲示板である本件ホームページ(2ちゃんねる)において,その社会的評価を低下させる内容の発言が書き込まれたにもかかわらず,Yにおいてそれらの発言を削除することなく,これらを放置したことにより名誉や信用を毀損されたと主張して,Yに対し,民法709条及び710条に基づき,それぞれ損害賠償金(X会社につき金5億円,Aにつき金1億円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,民法723条又は人格権としての名誉権に基づき,本件ホームページ上の発言の削除を求めた事案である。裁判所は,匿名電子掲示板の運営・管理者には前記発言を削除すべき条理上の義務があるとし,たとえ,口頭弁論終結時点で前期発言がすでに削除されているとしても,削除されるまでの間において,運営・管理者の損害賠償責任が認められるとし,X会社に対して300万円,Aに対して100万円の限度で損害賠償責任を認めた。

A事件(プロ麻雀士対2ちゃんねる管理人)

Yの管理運営するインターネット上の匿名電子掲示板「2ちゃんねる」において,X(日本プロ麻雀連盟に所属するプロの麻雀士)の名誉を毀損する発言等が書き込まれたにもかかわらず,Yがそれらの発言の送信防止措置を講ずる義務を怠り,Xの名誉が毀損されるのを放置したことによりXが損害を被ったなどとして,XがYに対し,民法709条に基づき損害賠償金607万1,000円及び遅延損害金の支払を求めるとともに,民法723条又は人格権に基づき前記掲示板上のXの名誉を毀損する発言等の削除を求め,さらに,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)に基づき,上記掲示板上にXの名誉を毀損する発言等の書き込みをした者の情報の開示を求めた事案である。裁判所は,不法行為に基づく損害賠償請求を100万円の限度で認めるとともに,前記発言の削除請求を認容した。しかし,XがYに対して求めた前記発言の発信者に係る情報の開示請求については,Yが本件発信者の氏名,住所及び電子メールアドレス並びに本件各発言に係るIPアドレスをYが保有していたとは認められないとして,Xの請求を棄却した。

[事案]

@事件(DHC対2ちゃんねる管理人)

Yは,本件ホームページ(http://www.2ch.net)上において,IPアドレスを原則として保存しないことを約束し,本件ホームページが完全に匿名の掲示板であり,本件ホームページに書き込みをした利用者が誰であるかを特定することが困難又は不可能であることを保証していた。

平成13年3月12日〜平成13年7月7日,「化粧」との表題の掲示板内の「私がDHCを辞めた訳」,「DHCの苦情!」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて,以下のような本件発言1が不特定多数の利用者によって書き込まれた。

平成13年3月15日〜平成13年9月28日,本件掲示板内の「私がDHCを辞めた訳」,「DHCの苦情!」,「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドにおいて,以下のような本件発言2が不特定多数の利用者によって書き込まれた。

平成13年9月13日,X会社は,Yに対し,「DHCの苦情!」,「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」の各スレッド全体を書面到達後1週間以内に削除するように求める通知書を送付。そして,平成13年9月14日に上記通知書がYに到達した。さらに,平成14年1月29日,本件発言1,および,本件発言2について,削除を命ずる仮処分を求める申立て書がYに送達された。

平成14年3月14日,本件発言1について,削除を求める仮処分命令(本件仮処分決定1)がYに送達された。引き続き,平成14年5月2日には,本件発言2について,削除を求める仮処分命令(本件仮処分決定2)がYに送達された。

Yは,本件ホームページの運営方法を改善せず,その後も,名誉侵害の発言を抑制していなかったが,平成14年7月2日の時点では,本件発言4−3を除き,削除されていた。そして,平成15年1月21日には,本件に関するすべての発言が削除されていた。そこで,平成15年1月28日,Xは,本件発言3及び本件発言4の削除請求について,訴えの取り下げを求めた。

A事件(プロ麻雀士対2ちゃんねる管理人)

Xは,20代の未婚の女性であって,日本プロ麻雀連盟に所属するプロの麻雀士であり,平成13年12月から平成14年12月までは王位のタイトルを保持していた者である。

平成14年1月14日〜4月28日,本件掲示板中の麻雀掲示板内にある別紙電子掲示板目録記載の「かおりん整形」と題する本件スレッドに,本件各発言が,匿名の発信者により書き込まれた。

  1. 名前:焼き鳥名無しさん 投稿日:02/01/14 05:18
  2. 名前:焼き鳥名無しさん 投稿日:02/01/16 17:36
  3. 名前:焼き鳥名無しさん 投稿日:02/01/18 02:41
  4. 名前:焼き鳥名無しさん 投稿日:02/04/28 17:41
  5. 名前:焼き鳥名無しさん 投稿日:02/04/28 23:36

平成14年5月20日,Xは,本件通知書をもって,Yに対し,本件各発言を含む本件スレッドを直ちに削除し,かつ書面到達後7日以内に本件発信者の氏名,住所及び電子メールアドレス並びに本件各発言に係るIPアドレスを開示するよう求めた。

平成14年5月21日,Xの通知書がYに到達した。なお,この直後の平成14年5月27日にプロバイダ責任制限法が施行された。そして,本件スレッドには,平成14年6月28日までに,全部で54の発言が書き込まれた。そして,平成14年9月5日,上記発言は,「過去ログ倉庫」へとデータが移動されたが,口頭弁論終結に至るまで,データの削除はなされていない。

[判旨]

@事件(DHC対2ちゃんねる管理人)

(1) 名誉又は信用毀損の成否

本件発言1は,「スケベアホオヤジ」(本件発言1−1の番号361),「エロジジイ」(同378及び379)などの侮蔑的な表現が随所に用いられており,前判示の意味内容と相まって,原告Aの社会的評価を低下させるものであったということができる。また,本件発言2は,化粧品の製造販売業者であるX会社の信頼を根底から失墜させかねない発言も多く含まれており,X会社の社会的評価を著しく低下させるものであったということができる。

(2) 削除義務の存否

本件ホームページの利用者は,当該発言を書き込んだ者が誰であるかを他人に探知されるおそれを抱くことなく,自由に発言をすることができる利点があり,これが行き過ぎると,他人の名誉や信用を毀損するなどの違法な発言に対する心理的抵抗感が鈍磨し,これを誘発ないし助長することになることは容易に推測できるところである。そうすると,本件ホームページを管理運営することにより名誉や信用を毀損するなどの違法な発言が行われやすい情報環境を提供しているYは,本件ホームページに書き込まれた発言により社会的評価が低下するという被害を受けた者に対し,条理に基づき被害の拡大を阻止するための有効適切な救済手段として,当該発言を削除すべき義務を負う場合があるというべきである。

(3) 削除義務違反の有無

Yは,平成13年9月14日ころ,「DHCの苦情!」,「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドが本件ホームページ上に存在することを確認したものの,直ちにこれらのスレッドの中の個々の発言を具体的に確認してはいなかったこと,ところが,遅くとも平成14年1月29日までに本件発言1及び2の内容を具体的に特定し,これらの削除を求めたXらの仮処分申立書の副本の送達を受け,かつ,これらを本件メールマガジン上に掲載したこと,以上の事実が認められるのであって,遅くともこのときまでに本件発言1及び2がされたことを知り得たということができ,これらの発言の削除義務を負うに至ったということができる。ところが,Yは,削除義務を負うに至ってから2か月半(一部の発言については5か月)もの長きにわたり,これらの発言を削除せず,放置していたことになる。そうすると,Yが,削除義務を履行したということはできず,Xらに対する不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。

(4) 損害の発生の有無及びその数額

本件発言3の内容は,原告Aの社会的評価を低下させるものであったということができる。そして,本件ホームページは,インターネット上の電子掲示板それ自体が有する情報伝達の容易性,即時性及び大量性を反映し,名誉を毀損する発言が一瞬にして極めて広範囲の人々が知り得る状況に置かれたものであるところ,本件においては,書き込まれた発言の数が多く,閲覧者も相当な数に上ると推測されること,本件発言3(本件発言1の一部)が長期間にわたって放置され,不特定多数の者が閲覧することができる状態が継続していたことを考慮すると,本件発言3が放置されたことによる原告Aの社会的評価の低下の程度は小さいものではないというべきである。本件発言3によって原告Aが受けた名誉毀損による被害は100万円の慰謝料をもって填補されるべきである。

本件発言4(本件発言2の一部)の内容は,X会社の社会的評価(その経済的な側面である信用を含む)を著しく低下させるものであり,さらに,これらの発言は長期間にわたり放置されていたこと,インターネット上の電子掲示板及び本件ホームページの前判示のような性質を併せ考慮すると,本件発言4が放置されたことによる原告会社の社会的評価の低下の程度は大きいと考えられる。本件発言4の放置によって原告会社が受けた名誉及び信用毀損による損害額は300万円をもって相当と認める。

(5) 削除請求の可否

名誉又は信用を違法に侵害された者は,人格権としての名誉権(経済的な評価に係る信用も含む。)に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるが,このことは本件ホームページ上の発言により名誉や信用を毀損された場合にも妥当し,このような発言により名誉や信用を毀損された者は,Yに対し,現に存在する名誉又は信用を毀損する発言の削除を請求できるものというべきである。しかしながら,本件においては,そもそもホームページ内に本件発言3及び4と同一の発言が現に存在することを認めるに足りる証拠はない。したがって,現にXらの名誉や信用が毀損されているということはできないから,Xらは名誉権侵害に基づく削除請求をすることはできない。また,Xらに不法行為に基づく名誉回復処分として削除請求を認める必要性は存しないというべきである。

A事件(プロ麻雀士対2ちゃんねる管理人)

争点(1)(本件各発言が名誉毀損等に当たるか)

名誉とは,人がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価をいい,ある発言の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,一般人の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきである(最二判昭31・7・20民集10巻8号1059頁参照) 。

本件発言1は,Xが整形をして別人のようになり,知人が驚き親が泣くほど容ぼうが変わったとの事実を侮辱的表現を用いて摘示するものと認められる。また,本件発言44は,Xの肌が非常に汚くしわだらけであるとの事実を摘示するものである。これらの発言は,Xが未婚の20代の女性であることをも勘案すると,Xがその容ぼう,容姿等について社会から受ける評価を低下させるものであるということができる。本件発言40も,本件発言1の後に書き込まれたものであり,本件発言1と併せ読めば,同様に,Xの社会的評価を低下させるものであるということができる。また,本件スレッドには,本件発言8,本件発言10があり,これらは,Xと性関係のある男性が多数存在し,本件掲示板の利用者の中にもXと性関係のある男性が存在するとの事実を摘示するものであると認められる。そして,上記各発言がXの社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

以上のように,本件各発言は,Xの名誉を毀損し,又はXの名誉感情を侵害するものであるところ,本件各発言は,その内容に照らし,公共の利害に関する事実に係るものとも,公益を図る目的のものともいえないことが明らかである。したがって,本件発信者が本件各発言を本件掲示板に書き込み何人も閲覧し得る状態に置いたことは,Xに対する不法行為になるというべきである。

争点(2)(Yが本件各発言の送信防止措置を講じなかったことが不法行為になるか)

プロバイダ責任制限法は平成14年5月27日に施行されているところ,本件通知はその直前の同月21日にYに到達したものである。同日以降施行までの間の不法行為責任についてプロバイダ責任法がさかのぼって適用される旨の規定はないが,その趣旨は尊重されるべきものである。そこで,施行前のYの責任を含めて,プロバイダ責任制限法3条1項の規定に則して,Yの責任について検討する。

Yは,本件掲示板を開設し,管理運営している者であり,その自由な利用を広く勧誘しているところ,本件掲示板は,何人でも匿名で利用することができ,その利用につき何らの契約も使用料等の支払も必要がないものであるから,本件掲示板には,他人の権利を侵害する発言が無責任かつ安易に書き込まれるおそれが高い。しかも,インターネット上の電子掲示板という特質から,いったん書き込まれた発言は,瞬時に不特定多数の者に対する送信が可能となり,被害が際限なく拡大していく可能性がある。ところが,本件掲示板に他人の権利を侵害する発言が書き込まれた場合,被害者は自らその発言を削除することはできず,本件掲示板所定の方法によって削除を依頼しても,当該発言が削除されるとは限らない。また,被害者が加害者を特定して責任追及しようとしても,Yが当該発言に係るIPアドレスを記録・保存していない場合には,それは事実上不可能であり,YがIPアドレスを記録・保存している場合であっても,加害者の特定は相当困難であるといわざるを得ない。

Yは,他人の権利を侵害する発言が本件掲示板に書き込まれた場合,当該発言を削除するなど,当該発言の送信防止措置を講ずる条理上の作為義務を負うものであり,本件においては,本件通知により,本件各発言が本件掲示板に書き込まれたことを具体的に知った上,本件各発言がXの名誉を毀損し,あるいはXを侮辱するものであることを認識し,又は認識し得たものということができる。したがって,Yは,本件通知後速やかに,本件各発言を削除するなどの送信防止措置を講ずる義務を負ったものである。しかるに,Yは,現在に至るまで送信防止措置を講じていないから,Yが送信防止措置を講じなかったことは,上記作為義務に違反し,Xに対する不法行為になるというべきである。

争点(3)(Yが本件発信者の情報を開示しなかったことが不法行為になるか)

Xから開示を求められた時点において,当該開示請求に係る,本件発信者の氏名,住所及び電子メールアドレス並びに本件各発言に係るIPアドレスをYが保有していたとは認められないから,Yは,本件発信者の情報の保有を前提としたその開示義務を負うものではなく,Yの不開示を理由とするXの損害賠償請求は,理由がない。

争点(4)(Xの損害の程度)

Xは,プロの麻雀士として活動する未婚の女性であって,観衆の前で対局をする機会もあり,本件各発言がXの仕事や私生活に及ぼした影響は無視し得ないものがあるというべきである。Yは,自ら本件各発言の書き込みをした者ではないというものの,匿名による書き込みシステムを積極的に提供してその自由な利用を勧誘し,匿名性確保によって生じやすい無責任な書き込みを事実上放置している者であり,実際に本件においても,本件訴状等をもって本件各発言の削除を求められ,裁判所から任意に削除する意思の有無を尋ねられても,その意思はないと述べており,「過去ログ倉庫」であるとはいえ,現在まで送信を継続しているものである。以上のような,本件各発言の内容,Xの社会的地位,Yの不法行為の態様その他本件に関する一切の事情を勘案すると,Xの精神的損害を慰謝するに足りる金額としては,90万円が相当である。また,Xが前記不法行為による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額としては,10万円が相当である。

争点(5)(本件各発言の削除を求めることの可否)

人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は,損害賠償及び名誉回復のための処分を求めることができるほか,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができる(最大判昭61・6・11民集40巻4号872頁参照)。

Yは,本件各発言を削除するなどの送信防止措置を講ずる義務があるのにこれを行わず,送信を継続してXの人格権としての名誉を毀損し,人格権としての名誉感情を侵害している。そして,本件各発言の送信が継続し,本件各発言が不特定多数の者の閲覧し得る状態に置かれる限り,Xの精神的苦痛が継続し,増大するものと考えられること,本件各発言を削除しても,その内容等に照らし,本件発信者や管理者であるYに格別の不利益が生ずるとはいえないことなどの諸事情に照らすと,Xは,Yに対し,人格権としての名誉権等に基づき,本件各発言すべての削除を求めることができるものというべきである。

争点(6)(本件発信者の情報の開示を求めることの可否)

Yが,本件発信者の氏名,住所及び電子メールアドレス並びに本件各発言に係るIPアドレスを保有していることを認めるに足りる証拠はない。したがって,Xの本件発信者の情報の開示請求は,理由がない。

[先例・学説]

本件のうち,@事件(DHC対2ちゃんねる管理人)については,すでに,判例解説がなされている(情報ネットワーク法学会『インターネット上の誹謗中傷』商事法務(2005)99-107頁(執筆:松沢栄一))。

そこでは,パソコン通信を利用したフォーラムの電子会議室において,個人に対する揶揄的・侮蔑的発言が書き込まれた場合におけるシステム・オペレータ及びパソコン通信の主宰者の責任に関するリーディングケースとされるニフティーサーブ事件第1審判決(東京地判平9・5・26判時1610号22頁),同控訴審判決(東京高判平13・9・5判時1786号80頁)と,匿名の電子掲示板において特定の者に名誉を毀損する書き込みがなされた場合における掲示板の管理・運営者の責任が問題とされた本判決との対比が簡潔にまとめられている。

また,2ちゃんねるの管理人に対して,名誉毀損に該当する書き込みの削除請求がなされ,それが認められた判決としては,プロバイダ責任制限法の成立以前のものとして,東京地判平14・6・26判時1810号78頁(2ちゃんねる・動物病院事件第1審判決,町村泰貴「判批」NBL742号66頁,別冊NBL79号42頁),東京高判平14・12・25判時1816号52頁(2ちゃんねる・動物病院事件控訴審判決,町村泰貴「判批」別冊NBL79号58頁)がある。

さらに,本判決以後において,2ちゃんねるに名誉を毀損する書き込みがされた場合に,プロバイダ責任制限法に基づいて経由プロバイダに対してした発信者情報の開示請求が認容されたものとして,東京地判平15・9・17判タ1152号276頁(羽田タートルサービス・顧問弁護士事件,(情報ネットワーク法学会『インターネット上の誹謗中傷』商事法務(2005)75-83頁(執筆:町村泰貴))がある。

もっとも,@事件に関する前掲判例解説(松沢栄一)は,掲示板管理人に厳格な責任を負わせている本判決は,プロバイダ責任制限法の立法の趣旨を没却することになるのではないかとの疑問を呈している。しかし,次に述べるように,筆者の立場は,これとは逆である。プロバイダ責任制限法の立法趣旨の方が時代錯誤的であり,匿名の電子掲示板の運営・管理者に厳格な責任を負わせている本判決の解釈の方が妥当であると解している。

[評論]

判旨に賛成。

インターネットというコンピュータ・ネットワーク・システムの普及により,これまで情報発信の主体とはなりえなかった個人が,従来型のメディアを経由することなく,多様な情報を世界中に発信できるという時代が到来している。個人で開設できるホームページは,いわば,個人が開設した放送局のようなものであり,そこから,世界中に情報を発信することが可能となっている。しかし,すべての現象には光と影が付きまとう。インターネットの普及は,同時に,これまでになかった困難な課題をわれわれに突きつけている。たとえば,本件のような匿名の電子掲示板によって,名誉・信用の毀損,プライバシー侵害,または,著作権侵害等が,回復困難なほどに,瞬時かつ大規模に行われる危険性が生じているからである。

このような問題は,従来の法の枠組みでは処理しきれないとの認識に基づき,いわゆるプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)が2001年に成立し,2002年5月27日から施行されている。この法律は,確かに,インターネットの情報流通に付随する権利侵害の問題について一つの解決策を与えてはいるが,十分なものとはなっていない。

匿名性によって自由な発言を行う者と,それによって権利を侵害される者とを,平等に扱うためには,情報を伝達する仲介者(プロバイダ)の責任を制限するのではなく,むしろ,プロバイダの責任を拡大し,侵害情報に被害者の苦情・反論を付加する等,侵害を回復する適切な措置を義務づけたり,匿名掲示板によって名誉・信用を侵害された被害者を救済するために,加害者の損害賠償責任を一時的に肩代わりしたりする等の厳格責任を課すべきである。

振り返ってみると,民法の立法者は,社会的に有用ではあるが,危険を孕む土地工作物に関して,以下のような規定を行うことを通じて,便益と危険の調和を図ってきた。すなわち,土地工作物の占有者に厳格不法行為責任を負わせ(民法717条1項本文),かつ,占有者が無過失の場合には所有者に無過失責任を負わせ(民法717条1項ただし書き),さらに,土地工作物の製造者(建築請負人)等によって,土地工作物に瑕疵が生じた場合であっても,土地所有者を免責することなく,ひとまずは,被害者に損害賠償責任を負担し,その後,瑕疵を作出した第三者へと求償することによって(民法717条3項),はじめて,本来の責任から免れるという方法を採用している。

現代において社会的に有用であるが,その流通が危険を孕む物の典型例としての自動車については,交通事故の被害者に対して,自賠法が自動車を運行の用に供する者に厳格責任を負わせ,製造物責任法が自動車のメーカー,売主である輸入業者等に厳格責任を負わせることを通じて,物の流通の各段階に応じた被害者救済を図っている。

社会的に有用ではあるが,危険を孕む匿名情報の流通についても,先に述べたのと同様の戦略がとられるべきであり,プロバイダは,情報流通とともに責任移転の要となって紛争解決の仲介役を果たすことが不可欠である。それにもかかわらず,プロバイダ責任制限法は,厳格化すべきプロバイダの責任を制限してしまい,紛争を直接の関係にある加害者と被害者へと転化するという時代錯誤的な選択を行っている。しかし,このような選択は,本件のような紛争の解決を困難にさせるばかりか,かえって,泥沼化させるだけである。この意味で,プロバイダ責任制限法は,戦略的に失敗した立法であるといわざるを得ない。したがって,この法律の解釈に際しては,立法の趣旨とは反対に,民法の不法行為責任を安易に免責することにならないような解釈がなされるべきである。

このような観点から,本判決を読み直すと,本判決の中で,もっとも重要な指摘は,匿名の電子掲示板の「利用者は,当該発言を書き込んだ者が誰であるかを他人に探知されるおそれを抱くことなく,自由に発言をすることができる利点があり,これが行き過ぎると,他人の名誉や信用を毀損するなどの違法な発言に対する心理的抵抗感が鈍磨し,これを誘発ないし助長することになることは容易に推測できる」という部分,および,「Yは,自ら本件各発言の書き込みをした者ではないというものの,匿名による書き込みシステムを積極的に提供してその自由な利用を勧誘し,匿名性確保によって生じやすい無責任な書き込みを事実上放置している」という部分であるといえよう。

本判決が指摘するように,インターネット社会における発言の匿名性は,モラルハザードの温床となる。これを適切に防止するためには,本件のような匿名の電子掲示板を管理・運営する者の責任を制限するのではなく,むしろ,管理・運営者に対して厳格責任を負わせる方向で解釈を行うべきである。すなわち,自らが管理・運営する掲示板の書き込みによって,第三者の名誉・信用が毀損された場合には,そのような書き込みに対して被害者からの苦情や反論を付加したりするなどによって,名誉・信用等の回復に適切な措置を講じるとともに,被害者に対する損害賠償責任を一時的に肩代わりし,賠償額が決定した後に,加害者に求償することを通じて免責が認められるというように,プロバイダの責任を重く解釈することが必要である。

本判決は,プロバイダ責任制限法の施行前であるにもかかわらず,プロバイダ責任制限法の趣旨を考慮しつつ,実際には,民法の解釈に則り,プロバイダの責任を制限せずに,広く認めたものであり,妥当な判決であると評価できる。