メディア判例百選(別冊ジュリスト179号(2005)132-133頁)第65事件


新聞広告の媒体責任

−日本コーポ事件

最高裁平成元年9月19日第三小法廷判決

(昭和59(オ)第1129号新聞広告掲載に伴う損害賠償請求事件)

(集民157号601頁)


<事実の概要>

Y1ら(新聞社−被告・被控訴人・被上告人)は,昭和44年6月・8月に分譲マンション業者Aが建築予定のマンション「コーポ日吉台」(翌45年5月完成予定)を販売する旨の広告(いわゆる青田売り広告)をそれぞれ掲載した。Y2ら(広告代理店−被告・被控訴人・被上告人)は,Y1らに対し,同広告を仲介・取次し,その広告版下を搬入した。

Xら(原告・控訴人・上告人)は,上記広告を見てAとマンションの一室を買い受ける契約を締結し,その代金(内金)名下にAに支払った。ところが,「コーポ日吉台」が建設されないまま,Aは昭和46年1月20日に倒産し,Xらはいずれもマンションの引渡も支払った代金の返還を受けることもできなかった。

本件各広告の広告主であるAは,Bを中心とする日建グループに属する会社であり,Cがこれを支配していた。昭和42年7月,Cは脅迫罪により逮捕され,東京都や警視庁,大蔵省等は,同グループの業務が出資法(昭和58年法律第32号による改正前のもの)に違反するとの疑いを持ったが,確証を掴むには至らずそのまま推移していたところ,昭和45年4月以降同グループの業務が宅建業法(昭和46年法律第110号による改正前のもの)及び出資法に違反する疑いが明らかとなったため,同年5月,警視庁は,グループの一員である日本住宅総合センターの取締役らを出資法違反で逮捕し,東京都もAらに対する宅建業法違反の疑いで立入調査を開始した。このため,同グループをめぐる疑惑が公然化した。同年8月,警視庁は,同グループ全体に対する捜査活動に踏み切り,また,東京都は,Aに対し宅地建物取引業者の免許取消処分を行った。そして,翌46年1月,Aらに破産の宣告がなされ,同年2月及び5月にはCらグループの責任者が出資法違反,宅建業法違反により起訴されるに至った。

東京都は,昭和45年4月当時,同グループに対する疑惑公然化による取付け騒ぎ,倒産,購買者の代金回収困難化を危惧し,立入調査に至るまであえて疑惑を公表せずにいた。そのため,Yらの記者・広告担当者が疑惑を知ったのは,一連の捜査・立入調査が大々的に報道される後であった。

第1審(東京地判昭53・5・29判時909号13頁, 判タ374号126頁),第2審(東京高判昭59・5・31判時1125号113頁,判タ532号141頁)とも,Xらの請求を棄却した。第1審では傍論として新聞社と購読者との間の情報提供契約の存在を認めたが,原審では,この点の判断を留保し,そのかわりに新聞社は購読者に対して「新聞記事内容の真実性等その商品価値について担保ないし保証する」という「有形商品の品質保証と同種の広義の担保契約が黙示的に成立しており,新聞記事の瑕疵により損害を受けた購買者は新聞社に対し契約上の責任を追及しうる」とした。しかし,原審は,このような責任は「第三者名義の,寄稿文,広告等」には及ばないとしたうえで,広告については広告主に対して紙面を提供しているにすぎないとした。さらに原審は,新聞社等には広告内容の真実性についての調査・確認の一般的な注意義務はもちろん,本件でYらが広告掲載当時Aの竣工能力がないことを予見しまたは容易に予見しえたとは認められないとして,Yらの不法行為の責任も否定した。これに対して,Xらは,情報化社会における消費者保護の視点から欠陥広告については広告主および媒体たる新聞社(Yら)は共同責任を負うと考えるべきであること,また,憲法21条は危険な情報から国民を保護する趣旨を含んでおり,通常の大企業と異なる特殊な影響力=公器性を有しているYらはXら各購読者の本条の瑕疵なき情報を知る権利を侵害したことなどを理由に上告した。

<判旨>

(i) Yらが本件各広告の新聞紙上への掲載,又はその掲載の仲介・取次(掲載等)をした昭和44年6月ないし同年8月当時,既に警視庁や東京都では,Aの営業内容に関して疑惑を持っていたが,昭和45年5月以前においては,東京都は右のような疑惑を公表することが,かえって債権者の取付け騒ぎを起こすおそれがあることなどからこれを公表しなかったことが認められ,Yらにおいて,右掲載等をした当時,広告主であるAが広告商品である前記建物を竣工する意思・能力を欠く等,広告内容の真実性について社会通念上疑念を抱くべき特別の事情があって読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予見しえたのに,真実性の調査確認をせずにその掲載等をしたものとは認められないから,Yらはこれについて不法行為上の責任を負わないものというべきである。すなわち,元来新聞広告は取引について一つの情報を提供するものにすぎず,読者らが右広告を見たことと当該広告に係る取引をすることとの間に必然的な関係があるということはできず,とりわけこのことは不動産の購買勧誘広告について顕著であって,広告掲載に当たり広告内容の真実性を予め十分に調査確認した上でなければ新聞紙上にその掲載をしてはならないとする一般的な法的義務が新聞社等にあるということはできないが,…

(ii) 新聞広告は,新聞紙上への掲載行為によってはじめて実現されるものであり,右広告に対する読者らの信頼は,高い情報収集能力を有する当該新聞社の報道記事に対する信頼と全く無関係に存在するものではなく,広告媒体業務にも携わる新聞社並びに同社に広告の仲介・取次をする広告社としては,新聞広告のもつ影響力の大きさに照らし,広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情があって読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予見しえた場合には,真実性の調査確認をして虚偽広告を読者らに提供してはならない義務があり,その限りにおいて新聞広告に対する読者らの信頼を保護する必要があると解すべきところ,…

(iii) 本件掲載等をした当時,Yらにおいて前記真実性の調査確認義務があるのにそれを怠って右掲載等をしたものとはいえない。

<解説>

1 本判決の位置づけと類似の判決例

本判決は,新聞広告内容の真実性の調査義務に関して最高裁が最初に判断を示した重要な判決である。ただし,本事件を契機として,宅建業法が改正され,青田売り広告が規制されるとともに(同法33条),宅建業者に前金保全措置を義務づける制度が導入され(同法41条,41条の2),さらに,業界の審査専門機関として財団法人新聞広告審査協会が設立され(昭和46年2月),広告内容の審査がなされるようになったため,本件のような事故はあまり生じないであろうとされている。それにもかかわらず,本判決が,近未来のメディア法を志向するメディア法判例百選で取り上げられているのは,いかなる新しいメディアも,詐欺事件の道具として利用される危険性を有しており,それを未然に防止したり,生じた被害救済を行うための法理を従来の判例の検討を通じて検討しようとしているからにほかならない。したがって,ここでは,近未来のメディア法を構築する上で欠くことのできない消費者志向の観点を従来よりも強調して評釈を行うことにする。

なお,本件は,新聞(全国紙:日本経済新聞,朝日新聞)に掲載された広告(分譲マンション)に関して新聞社等の責任が問われた事件である。同じく新聞(地方紙:大阪スポーツ)に掲載された広告(サラ金)の広告に関して新聞社の不法行為責任が否定された事件(大阪地判平9・11・27判時1654号67頁)がある。さらに,媒体の違いはあるが,広告媒体の責任が問われた事件としては,共済組合関係の記事を掲載する月刊誌(ニュー共済ファミリー)に掲載された分譲地の広告が悪用されて金員が詐取された場合について月刊誌の発行者の不法行為責任が肯定された事件(東京地判昭60・6・27判時1199号94頁),タウン情報誌(関西版・ピア)に掲載された広告の誤りから第三者に損害が生じた場合について出版社の不法行為責任が肯定された事件(大阪高判平6・9・30判時1516号87頁),スポンサー(投資ジャーナルグループ)提供のテレビ番組(テレビ神奈川)内の広告が悪用されて視聴者が詐欺に遭った場合についてテレビ局の不法行為責任が否定された事件(東京地判平元・12・25判タ731号208頁)がある。

2 消費者詐欺事件の特色と出資法の意義

本件は,大規模な消費者詐欺事件の典型例としての豊田商事事件と同じく,出資法違反の事件である。本件の第1審判決によれば,Aの営業内容が出資法に違反する疑いがあるため,昭和42年の段階(本事件発生の2年前)において,警視庁の捜査,都庁・建設省への取締りの陳情があり,その後,昭和45年8月22日にAの免許が取り消され,昭和46年経営者が出資法違反で起訴されるに至っている。

消費者被害は,ほとんどが,悪徳業者による詐欺事件に起因する。しかし,詐欺が起こってしまった後では,悪徳業者はすでに破産状態であることが多く(本件でも,Aは,新聞広告を行った1年半後に破産している),被害救済は困難を極める。したがって,大規模消費者詐欺事件を未然に防止するためには,悪徳業者が消費者からお金を返せなくなる前に,すなわち,お金を預かった時点で迅速な措置をとる必要があり,その点で,いわば未遂の時点で処罰できる出資法による取締りが重要な意義を有している。

大規模消費者詐欺事件のさらなる特色は,詐欺者が,メディアを巧妙に利用するということである。大規模な預り金を行うには,メディアの利用が不可欠であり,メディアの広告は,必然的に詐欺事件の道具として利用される危険性を有している。

3 預り金・前受金・前払金の保全という観点からみた判決の法理の評価

それでは,大規模消費者詐欺事件にメディアが悪用されないには,どのような方法がとられるべきであろうか。

そのことを本件から学ぶとしたら,「前払金,前受金,預り金」は,その名目のいかんを問わず,その保全措置がとられているかどうかを確認し,そうでなければ,広告を含めたメディア媒体に載せないという措置をとることである。そのような観点から,本判決の要旨を見ると,結果的には,メディアの責任が否定されているものの,前記の判旨(ii)の部分,すなわち,「広告媒体業務にも携わる新聞社…広告社としては,広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情があって読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予見しえた場合には,真実性の調査確認をして虚偽広告を読者らに提供してはならない義務があり,その限りにおいて新聞広告に対する読者らの信頼を保護する必要がある」という部分が重要であることがわかる。

最高裁の法理(判旨(ii))は正当であるが,判旨(ii)部分においても,広告審査に関して,「広告内容の真実性」に固執している点に問題を残している。広告が悪徳業者によって悪用される場合,違法な点を巧妙に除外して広告する場合が多い。したがって,広告内容の真実性ではなく,広告内容から予見できる被害の未然防止という点から,「広告内容の真実性を担保する事実」について調査確認をすべきであろう。

本判決の最大の問題点は,上記の核心的な法理を述べる前(判旨(i))と後(判旨(iii))とで,損害の予見可能性を否定し,メディアの責任を否定するという結論を導き出している点にある。いつの時代においても,広告について,その全ての内容について真実性の調査確認をするなどということは,非効率的であり,しかも意味がない。ある事件に関連して事実調査が意味を持つのは,法的観点から見て,その事件に違法性があるかどうかである(例えば,出資法違反の疑いがないかどうか)。本件の場合に必要なことは,青田売りの性質上,必然的に生じる危険な預り金(前払金・前受金等を含む)について,保全措置がとられているかどうかという観点から事実調査が行われなればならない。

Yらが,この点について調査確認をしていないことは明らかであり,Yらは,青田売りから必然的に発生する危険な「預り金」について,その保全措置が講じられているかどうかを確認しないまま,一般消費者に損害が生じること予見することができたのに,青田売り広告を漫然と広告媒体にのせて流通させたのであり,その民事責任を免れることはできないというべきである。

最高裁の上記の結論部分は,先に示した最高裁自身の法理からしても問題である。何故なら,上記の結論部分は,「前払金・前受金・預り金の保全措置を講じていない場合には,消費者被害が発生することが確実に予見できる」という,消費者被害の歴史から学ぶべき経験則に違背しているからである。

最後に,宅建業法が改正され,いわゆる青田売り広告が規制され,かつ,前金保全措置が講じられている現代において,新聞社等の調査義務は,宅建業者であることの確認で足りるかどうかについて言及しておく。この点については,この事件を契機に設立された新聞広告審査協会の実態調査が重要となる。なぜなら,法律が改正されて制度が完備したように見えても,現実には,法律の穴をすり抜けたり,法律に違反する業者が存在しうるからである。したがって,たとえ,広告主が宅建業者であったとしても,その資産状況,消費者苦情を含めたトラブルの発生の有無,内部告発情報等,実質的に前金保全が確保されないような状況や違法行為がなされていないかどうかを審査する義務は,広告媒体である新聞社等に依然として課せられているるというべきであろう。

<参考文献>

本判決の評釈として

第1審・原審判決の評釈として

加賀山 茂(かがやま しげる)
明治学院大学教授