私法判例リマークス2006年6月(200字×39枚=7,800字)
2006年5月8日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
インターネット・オークションに出品された本件車両(アルファロメオ164)は,インターネットのサイトで指摘されていた損傷以外に修理を要する損傷箇所が存在することが予想された上で8,000円という開始価格が設定されて出品さていること,当該サイトで指摘された損傷以外の損傷が実際にあったとしても,落札者が自ら修理することを予定して,6万4,000円(搬送費用及びシステム料等を合計すると11万6,845円)という廉価で落札されたものであることから,本件車両に瑕疵があるとい うためには,そのような予想ないし予定を超えた損傷が存する場合であることを要するとした。その上で,前記サイトに,走行自体が不可能であるとか,危険を伴うと いった記載がなく,走行それ自体には問題がないかのような記載がされていたので,本件車両の損傷のうち,ガソリンタンクにガソリン漏れが生じている状態 は,民法570条の「隠れた瑕疵」に当たると判示して,原判決を変更し,その修理に要する費用(ホース交換及び工作料)として3万円の支払を求める限度 で,Xの請求を一部認容した。
インターネット・オークションに出品された本件車両は,中古の普通乗用自動車(アルファロメオ164)であり,Yが本件車両を出品した本件サイトには,本件車両の写真が掲示されるとともに,その仕様についてYの説明があるほか,本件車両の損傷として,「右,前バンパー,フェンダーの擦り傷」,「左,前後ドアに薄い10円傷」,「左,リアトアノプのひび」が指摘されていたほか,その追加として,「左Rフェンダーのトランクリツドとの接点の部分の小さな塗装剥げ」も指摘されていた。オークションの開始価格は8,000円で,Yは,本件サイトに,「出品物がお車ですので,それぞれ見方,取り方が違うと思いますので低年式,中古車だという事にご理解頂ける方のみ入札してください。ご理解頂けない方の入札,ご遠慮頂けますようお願い致します。」との断り書きも掲載していた。
Xは,前記記載がある本件車両を6万4,000円で落札し,買主の負担とされていた搬送費用及びオークションシステム料等として5万2,845円を加えた合計11万6,845円をYに支払ったが,その後,Yから搬送されてきた本件車両には,本件サイトで指摘されていた前記損傷以外の損傷として,@ガソリンタンクのガソリン漏れ,Aセンターマフラーの欠落,B電動ファンの錆,Cショックアブソーバーが機能しない,Dタイヤの劣化,E左リアノプが割れており,外からドアが開けられない,F右ウインカーの欠落,G運転席ドアがきちんと閉まらないといった損傷(以下,「本件損傷」という)があるとして,Yに対し,総額76万9,245円の損害賠償を求める訴訟を提起した。
Xの請求に対し,原判決は,本件車両の損傷を認めたが,当該損傷は,本件車両の落札価格に照らして許容すべき範囲内のものと考えられるとし,ガソリンタンクのガソリン漏れを含め,民法570条所定の「瑕疵」とは認められないとして,Xの請求を棄却した。そこで,Xが控訴した。
民法570条の「瑕疵」とは,売買の目的物が通常備えているべき性能などを備えていないことをいうが,本件のような中古自動車の売買においては,それまでの使用に伴い,当該自動車に損傷などが生じていることが多く,これを修復して売却する場合はともかく,これを修復しないで売却する場合には,その修理費用を買主が負担することを見込んで売買代金が決定されるのが一般的であるから,このような場合には,買主が修理代金を負担することが見込まれる範囲の損傷などは,これを当該自動車の瑕疵というのは相当でない。
本件サイトでは,本件損傷そのものについては記載されてないとはいえ,それ以外の損傷の存在が明らかにされていて,かつ,前提となる事実記載のとおり,初心者に対し,入札に際して注意を促し,むしろ入札を控えるようにとコメントしていること,本件車両は,オークションでの開始価格が8,000円,落札価格が6万4,000円にとどまるところ,年式,車両の状態等によって価格が左右されることを考慮しても,その落札価格は極めて低廉なものであったと解されることなどに照らせば,本件車両は,本件サイトで指摘された損傷以外に修理を要する損傷箇所が存在することも予想された上で開始価格が設定されて出品され,かつ,本件サイトで指摘された損傷以外の損傷が実際にあったとしても,当該損傷は落札者が自ら修理することを予定して落札されたものであったというべきである。Xが 落札後,メールで,Yに対し,タイミングベルトの修理(あるいは交換)につきその費用が10万円を超えるかどうかをYに尋ね,これに対して,Yが,「未交換の場合,部品代が高いので工賃も結構かかると思いますので,ご相談ください。一見でディーラーに行かれると確実に10万円は超えると思います。」と答えていること,その後Xが,「しばらくは,だましだまし?乗るようにします(笑)」,「ちょこちょこいじりながら乗っていきます。」と伝えていることも,Xがその落札した本件車両を使用するために,落札価格を超える,相当程度の出費を覚悟していたものといわなければならない。
本件車両に民法570条の「瑕疵」があるというためには,前記した予想ないし予定を超えた損傷が存する場合であることを要するというべきところ,本件損傷AないしGについてみると…これらの損傷によって,本件車両の走行それ自体が不可能であるとも,危険を伴うとも解されないから,タイミングベルトなどと同様に,Xが自ら修理することを覚悟していて当然というべき範囲内の損傷であると認められるから,本件サイトにその旨の記載がなかったとしても,これをもって,本件車両の瑕疵ということはできない。
しかしながら,本件車両は,低年式の中古車であって,損傷箇所が存在するとはいえ,本件サイトにはその走行自体が不可能であるとか,危険を伴うといった記載はなく,却って,走行それ自体には問題がないかのような記載がされていたことから,そのようなガソリン漏れが生じている自動車では,引火の危険性などからして安全な走行それ自体が困難であることは明らかであるから,そのような状態は,本件車両の落札価額の低廉さ,本件サイトの記載を考慮しても,前記した予想ないし予定を超える損傷であったといわなけれぱならない。
この点につき,Yは,本件車両の落札価格が極めて低廉であったことから,本件損傷については,一切,Yが責任を負担しないかのように主張する。しかしながら,少なくとも本件損傷@については,本件車両の落札価額の多寡にかかわらず,自動車としての走行それ自体に危険をもたらせるものであって,Yにおいても,ガソリンタンクのガソリン漏れを発見していたのであれば,本件サイトにその旨を明記しておいて当然というべき損傷であって,Yの主張は,本件損傷@に限っては,これ採用することができない。
したがって,本件損傷のうち,少なくとも本件損傷@は,民法570条の「瑕疵」に当たるところ,当該瑕疵は,本件サイトにも記載されず,Yから説明もされていないものであったから,民法570条の「隠れた」瑕疵に当たることも明らかである。
以上の理由に基づき,本判決は,本件車両の損傷のうち,ガソリンタンクにガソリン漏れが生じている状態は,民法570条の「隠れた」瑕疵に当たると判示して,原判決を変更し,その修理に要する費用(ホース交換及び工作料)として3万円の支払を求める限度で,Xの請求を一部認容した。
本件における争点は,後に詳しく論じるように,その瑕疵が売買代金を考慮して「隠れた」ものであるかどうかである。民法570条にいわゆる「隠れた」瑕疵とは,単に買主が気づかなかった瑕疵という意味ではない。「隠れた」瑕疵というためには,以下に述べるように,目的物の瑕疵が通常人にとって発見できないようなものであることが要求されている。
学説は,隠れた瑕疵とは,買主が取引上一般に要求される程度の注意をもってしては発見しえなかった瑕疵のことをいうとしている(鳩山秀夫・日本債権法各論(上巻)(1924)343頁,石田文治郎・債権各論講義(1937)35頁,来栖三郎・契約法(1974)83頁)。
判例も同様の見解を取るものが多い。判例によれば,隠れた瑕疵とは,「契約締結の当時買主が過失なくして其の存在を知らざりし瑕疵を謂ふ」(大判大13・6・23民集3巻339頁)としている(同旨:最一判昭41・4・14民集20巻4号649頁)。つまり,民法570条にいう瑕疵というためには,買主の善意・無過失を要するということになる。これを反対からいえば,たとえ売買の目的物に瑕疵があっても,「買主に於て現に之を知り,若は或程度の注意を用ふるときは之を知り得たりし場合」,すなわち,買主が悪意又は有過失の場合には,売主は瑕疵担保責任を負わない(大判昭5・4・16民集9巻376頁)。
なお,隠れた瑕疵であることの立証責任については,買主は瑕疵のあることだけを立証すればよく,瑕疵担保責任を免れようとする売主の方で,買主がその瑕疵を知っていたか,又は,買主が瑕疵を発見できなかったことに過失があることを立証しなければならない(大判昭5・4・16民集9巻376頁)。その理由は,「法律は瑕疵自体にして表見せざる以上,買主は之を知らず又知らざりしことに付きても過失無しと推定する趣旨に外ならず」とされている。
判旨に賛成する。
インターネットの普及に伴い,インターネットを利用したオークション取引,いわゆる「ネットオークション」が盛んに行われているが,トラブルも少なくないといわれている(国民生活センター『消費生活年報2005』19,43頁参照)。
本件は,中古自動車がインターネット・オークションに出品され,損傷があることを承知で廉価で落札した買主が,その車を利用するためには思わぬ修理費用等がかかることがわかり,売主に瑕疵担保責任を追及した事例である。
本件の争点は,第1に,本件損傷(上記@〜G)が民法570条の「瑕疵」に当たるか否かであり,第2に,本件車両に民法570条の「瑕疵」があったとして,当該瑕疵によってXが被った損害の有無及び額であるとされている。
しかし,本件の争点は,正確に言えば,本件の中古自動車の損傷が,民法570条の「隠れた」瑕疵にあたるかどうかであるといえよう。なぜなら,民法570条における瑕疵は,その物の通常有すべきものと期待されている性状を欠き,又は当事者が特に定めた特殊の性状を欠いているために,その物の使用価値や交換価値に減少をきたすような場合をいうとされており,この点については,現在では,学説・判例ともに争いがないからである。
学説・判例の見解に従えば,本件の損傷は,自動車において,通常有すべきものと期待される性状を欠いているものといえるのであって,本件車両には,瑕疵であるといってよい。しかし,本件の中古車の売買においては,判旨が正当に指摘しているように,中古車の損傷を修復しないで売却する場合に該当しており,その修理費用を買主が負担することを見込んで売買代金が決定されているのであるから,買主が修理代金を負担することが見込まれる範囲の損傷などは「隠れた」瑕疵には該当しないと言うべきであろう。
本件の中古自動車は,Yの主張によれば,瑕疵がなければ,少なくとも80万円の価値のあるものであるとされている。それにもかかわらず,売主であるYがオークションの開始価格を8,000円と設定したということは,確かに,正確な情報開示がなされていない点は問題ではあるが,最大で79万2,000円程度の修理費は,買主の負担として覚悟してほしいとの意思の表明と見ることもできよう。そうだとすると,本件の損傷(@〜G)のうち,いずれが,買主の負担から免れるものであるかが問題となる。
民法570条にいわゆる「隠れた瑕疵」として,買主の負担から免れるものは,上記の学説・判例の法理に従えば,買主が取引上一般に要求される程度の注意をもってしては発見しえなかった瑕疵に限定される。
確かに,従来の学説・判例は,「隠れた瑕疵」かどうかを判断する上で,買主のみについて,その「善意かつ無過失」を問題としてきたのであるが,過失の認定においては,両当事者の行為を相関的に判断するという,相関関係理論によるのが原則であるから,売主が責任を負うべき「隠れた瑕疵」かどうかを判断するに際しても,売主の行為を考慮に入れた上で,買主の「善意・無過失」,又は,「悪意又は有過失」を認定すべきである。
本件の場合,「隠れた瑕疵」に該当するかどうかの判断に際して,本判決が,Yのサイトにおける情報開示の不十分さ等を考慮した上で,以下のように判断しているのは,まさに正当であろう。
少なくとも本件損傷@については,本件車両の落札価額の多寡にかかわらず,自動車としての走行それ自体に危険をもたらせるものであって,Yにおいても,ガソリンタンクのガソリン漏れを発見していたのであれば,本件サイトにその旨を明記しておいて当然というべき損傷であって,その修理はXが負担すべきであるとのYの主張は,本件損傷@に限っては,採用できない。
残された問題は,売買目的物の瑕疵から生じる損害の公平な負担をどのように実願するかである。
この点に関して,インターネット・オークションに参加する当事者が,本件のようなトラブルを解決するためのコストを考慮していないことが問題視されなければならない。Xの以下の主張は,インターネット・オークションに参加する当事者の考え方に,トラブルの解決のためのコスト意識が欠けている一側面を明らかにしていると思われる。
原判決は,本件車両の落札価格6万4,000円が市場価格より低廉であったことをもって,本件損傷が,落札価格に照らして許容すべき範囲内のものであるから,民法570条の「瑕疵」ということはできないと判示しているが,インターネット・オークションでは,業者の中間マージン等がかからないことにより,通常の中古車売買よりも安い代金で購入し得るのが一般的であるから,本件車両の落札価格が市場価格より格段に安いということはできないし,これをもって,本件損傷が瑕疵に当たらないというのは不当である。
インターネット・オークションは,時間と距離を短縮している点では,大いに評価できるが,通常の店舗を利用した対面取引と異なり,現物を検査したり,紛争を処理したりする場が十分に提供されていない。
本件の場合,Xの主張によると,Xは,オークション初心者であるが,Yは,実質的に業者であるという。しかし,インターネット・オークションの場合には,売主も買主も素人同士ということも十分にありうるし,本件の場合も,判決を読んだ限りでは,事業者・消費者間取引というよりは,素人間の取引に近いとの印象を受ける。本判決は,消費者契約法の適用の有無につき,「本件に消費者契約法が適用されるか否かはともかく」として,その判断を回避している。しかし,もしも,本件取引が,消費者・事業者間の取引だとすれば,本件においてすでに発効済みの消費者契約法の適用を避けることはできないことになるのであり,本判決は,Yを事業者だとは認定していないように思われる。そうだとすると,専門家である売主と素人の買主との間の取引を前提にして,消費者である買主保護を考慮した消費者契約法第8条の規定は,本件には適用できないことになろう。
このように考えると,今後,ますます増加すると予想される,素人の当事者間のインターネット・オークション取引の場合には,消費者契約法は適用されないのであるから,民法570条の瑕疵担保責任の規定が,ますます重要な意味を持つことになると思われる。
本判決は,このような素人間のインターネット・オークションの場合を視野に入れて,「売主」と「買主」の行為に関して適切な考慮を行った上で,売買目的物の不具合のうち,いずれが民法570条の「隠れた瑕疵」に該当するかを判断し,かつ,隠れた瑕疵から生じた損害額についても適切な判断を下している。したがって,本判決は,今後予想されるインターネット・オークション取引から生じる紛争に対しても,その解決指針を与えることのできる優れた判決であると評価できる。