Law&Technology No.18(Jan. 2003) p.13-19


法情報学の現状と今後の課題

2002年12月2日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


はじめに


法情報学とは,コンピュータを利用した情報処理の考え方を法学に導入し,法律家の思考過程を,以下のように,1.検索・蓄積,2.変換・創造,3.表現・発信という3つの過程に分析して透明化し,法情報の創造とその検証を客観的に行えるようにしようとする学問である。

  1. 法律家は,目的に応じて必要な情報を検索し,必要な情報を収集してそれを蓄積する。
  2. 法律家は,蓄積した情報を,目的に応じて,利用しやすい形に変換し,新しい情報を付加する。
  3. 法律家は,そのように加工した情報を目的に応じて新しい表現形式で表現し,発信する。

第1の過程は,リーガル・リサーチという研究分野によって,すでに多くの研究成果が挙げられている。第2の過程は,法律エキスパートシステムとか法律人工知能と呼ばれる新しい研究分野によって,徐々に研究成果が挙げられつつある(最近の研究成果については,吉野一編『法律人工知能』創成社(2000年)参照)。第3の過程は,リーガル・ライティングという研究分野によって,主としてアメリカにおいて,多くの研究成果が挙げられている。

このうち,これまで,ブラックボックスとされてきた第2の過程も,法的発見のメカニズムを分析することによって,次第に明らかにされつつある。ここでいう法的発見とは,「事実の発見」と「法の発見」とに分類され,具体的な紛争の解決案の発見として統合される。第2の過程を図示すると以下のようになる。

「事実の発見」とは,法律効果に対応する要件事実という視点から事実を発見する方法であり,パンデクテン法学が実現した成果と問題点を踏まえて,事実の発見に対する新たな方法論を確立することである(トップダウン方式)。 「法の発見」とは,事実から出発して,その事実を法的に解決するための最適のルールおよび法政策を発見するために,法律専門家はどのような思考過程をたどっているのかを明らかにすることである(ボトムアップ方式)。

法情報学の成果は,法学教育,特に,法曹養成に活かすことができる。法律の全くの素人が,ある特定のテーマに関して,以上の3つの過程を踏みながら,法情報学の成果にしたがって作成された教材によって実習を行うと,法律家の思考方法を分野横断的に理解することが可能となる。法科大学院構想が実現の段階にさしかかった現在において,法科大学院における法曹養成の新しい方法として,法情報学の成果が盛り込まれようとしているのは,以上の理由に基づいている。

本稿は,法科大学院の設立が間近に迫った現段階において,法情報学が法科大学院の研究・教育にどのような貢献をなしうるかという観点から,法情報学の現状と課題について論じるものである(法情報学の実践に関しては,加賀山茂・松浦好治編著『法情報学−ネットワーク時代の法学入門−』〔第2版〕有斐閣(2002)を参照されたい)。


法情報学の現状


1 研究・教育対象のデジタル化

法情報学とは,コンピュータを利用した情報処理の考え方を法学に導入し,法律家の思考過程を,(1)検索・蓄積し,(2)変換・創造して,(3)表現・発信するという3つの過程に分析して透明化し,法情報の創造とその検証を客観的に行えるようにしようとする学問であるであることはすでに述べた。

このためには,法に関する多くの情報が,コンピュータに使用可能な形に変換されていることが必要である。したがって,法情報学の出発点は,法に関する情報をデジタル化することから始められることになる。

コンピュータによる情報処理技術の発展と記憶媒体の飛躍的な拡大のおかげで,現在では,ほとんどすべての法情報をコンピュータが利用できるデジタル情報へと変換することが可能となっている。以下では,法学における重要な情報のデジタル化の現状を概観することにする。

A. 法令データ

法学の一次資料となる法令の電子化に関しては,CD-ROMが先行してきた。たとえば,ぎょうせい『現行法令CD-ROM』は,現行法令のすべて(最新版で7,558件)を一枚のCD-ROMに収めて発売している。

インターネットの世界では,『法庫』(http://www.houko.com/)が,無料(平成8年までに公布された法律・政令・条約)・有料(平成9年以降に公布された法律・政令・条約,および,すべての省令・規則・告示)を織り交ぜたユニークな法令検索システムを運営している。

さらに,平成13(2001年)年4月1日からは,総務省のサイトで法令データ提供システム/総務省行政管理局(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)が運用されており,無料で,最新の法令データの検索が可能となっている。このシステムは,法令名(略称名でもよい)での検索だけでなく,法令中の任意の用語に基づく検索もできるシステムに仕上がっており,非常に便利である。

教育・研究にとって法令データは第一次資料となる。しかし,その場合の一次資料とは,現在の時点での法令データではなく,ある事件が起こった時点での法令データである。たとえば,古い判決を読んでいる場合,その判決で適用される条文の内容が必要な法令データとなる。ところが,上記の法令データベースを検索しても,その時点での条文を知ることはできない。特に,最近,めまぐるしく改正が行われている商法の分野においては,現行法令データだけでは,数年前の判決でさえ,条文に即して理解することが困難である。

この点,上記のぎょうせい『現行法令CD-ROM』には,現行法令の改正の時点が明記されているため,それ以前のCD-ROMを入手することによって,改正前の法令データを知ることが可能となる。しかし,それにも当然限界がある。したがって,ある時点の法令データを検索できるシステムを開発することが今後の課題となっている。

さらに,現行法令によって廃止された「旧法令」も,研究・教育とくに,古い判例をも扱うケース・メソッドにとっては重要な意味を有する。たとえば,民法に関しては,ボワソナードが起草した旧民法(上野達弘・法学研究一般のリンク(http://ha1.seikyou.ne.jp/home/ueno/jurist.html)),明治31年の民法旧規定中野文庫(http://duplex.tripod.co.jp/hou/m4_o.htm)ただし,親族編のみ)を知ることが,教育・研究にとって不可欠である。このような旧法令は,それ以後変更されることはないのであるから,一度作成してしまうと,データの更新は必要でない。したがって,研究者・学生間のネットワークによって,分担作成するのに適したデータといえよう。

B. 判例データ

判例については,CD-ROM版では,戦後の判例の要旨を中心に収録(年2回更新)し,キーワード検索が可能な新日本法規出版の『判例MASTER』,大審院判決,最高裁判決ばかりでなく,第一審,第二審判決の全文データを収録している第一法規出版の『CD-ROM判例体系』などがある。高価ではあるという難点はあるが,多くの判決について事実関係を含めて全文が収録されている点で,判例の研究・ケース・メソッドによる教育には,第一法規出版の『CD-ROM判例体系』のデータが適している。

最近では,最高裁判所のホームページからも,最高裁判例集(http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf)を通じて,判例の検索が可能となっている。しかし,最高裁判所の判例検索システムは,以下のような問題点を抱えている。

上記の最高裁判例集という判例検索システムは,最高裁の民事・刑事判例集と同じ「判決要旨」が利用できるのが利点である。しかし,このシステムによる検索結果は,「最高裁判所判例集判決全文表示」として表示されるものの,第1に,「上告理由」が掲載されていない。最高裁の判決は,上告理由に答えるという形で表現されているため,上告理由が表示されないのでは,その意義が半減する。第2に,もともとの最高裁判所の民事・刑事判例集には掲載されている第一審,第二審の判決内容が省略されているため,このシステムだけでは事件の事実関係を把握することができないことが多い。したがって,事実関係まで詳しく調べたいときは,結局,市販の最高裁の民事・刑事判例集を参照しなければならない。

事実関係をくわしく読むことなしに,最高裁のまとめた判決事項と判決要旨を鵜呑みにすることは,判決を理解するうえで,非常に危険な判例の読み方である。最高裁自身が,判決の前提となる上告理由,および,事実関係について,第一審,第二審の判決を同時に公開していないことは,最高裁の判決の読み方に対する見識が疑われる重大問題である。この点で,最高裁が「最高裁判所判例集全文」と名づけて,上告理由,第一審,第二審の判決を省略したデータを公開していることは,判例公開のあり方としても,批判されるべきであろう。

C. 書誌データ

文献検索については,書籍データの検索と雑誌論文データの検索とに分類される。

第1の書籍データの検索に関しては,検索データが充実してきている。国立情報研究所(http://www.nii.ac.jp/index-j.html)の NACSIS Webcat(http://webcat.nii.ac.jp/)は,全国の大学図書館にある書籍の所在データが一覧で表示されるため,非常に便利である。

第2の法学関係の雑誌論文の検索データとしては,現在のところ,第一法規出版の『法律判例文献情報CD-ROM』がほとんど唯一のものである。もっとも,このシステムは,データの更新に1年以上が費やされており,最新の論文については,従来の書誌目録によらざるを得ないのが難点である。また,当然のことながら,一次資料に直結していない点が不便である。

D. 学説・文献データ

法令・判例は著作権の対象とならないため(著作権法13条),これを第一次資料として研究・教育を行っている法学関係者は,非常に恵まれた研究環境になるといってよい。しかし,法学研究にとっても,法令・判例と同様に重要な意味を持つのは,他の学問分野と同様,書籍および雑誌論文の全文データである。

従来,この分野に関しては,著作権の壁に阻まれて,データの電子化が進まなかった。ところが,最近になって,各出版社が法律雑誌(ジュリスト,判例タイムズ,金融法務事情等)をDVDに収めて発売するようになってきたのは,朗報である。

もっとも,これらのDVDは,雑誌文献の画像ファイルを提供しているだけで,テキストファイルでの提供は開始されていない。しかし,OCRを利用すると,これらの画像情報をテキストファイルに変換することは,それほど困難なことではない。問題は,これらの情報を教育に利用するときに生じる著作権の壁をどのように乗り越えるかであろう。将来的には,これらの情報をLANで利用できるようになり,リーズナブルな料金体系も確立されるようになるであろう。しかし,現時点では,著作権を侵害しないためには,高い料金を支払ってデータベースを利用するほかはなさそうである。

この点で,学会関係の論文(主として理科系の論文)に関して,論文を検索した後,論文全体をパソコンで読めるシステム,たとえば,NACSIS-ELS(電子図書館サービス http://www.nii.ac.jp/els/els-j.html)が注目される。法学関係の論文に関しても,著作権を尊重しつつ,パソコンで論文を読めるという雑誌論文閲覧システムの構築が急務となっているといえよう。

なお,教育に不可欠の各種の法律辞典もCD-ROMに収めて発売されるようになってきている(たとえば,有斐閣『法律学小辞典〔第3版〕CD-ROM版』,ぎょうせい『現代法律百科』等)。学生がこれを外国語学習における辞書と同じように考えて利用すれば,基礎的な知識を確実に習得することが可能となる。

2 デジタル化された情報を利用した研究と教育

デジタル化された情報の強みは,情報の検索が容易となるため,キーワード等を利用して,読みたい箇所だけを随時参照することができるようになること,また,元データをネットワークサーバーに置いておくと,多くの人が同時にアクセスすることができる点にある。

最後の点は,共同研究および法学教育にとって非常に大きな利点となる。たとえば,法学教育の過程で必要となる一次資料として重要な最高裁判決判例に関して,その事実関係を明らかにするためには,第一審及び第二審判決を一緒に読む必要がある。そのためには,最高裁判所の判例集を紐解かなければならない。しかし,ほとんどの大学は,最高裁判所の判例集を1セットしか置いていない。このため,学生が予習のためにそれを読もうとすると,他の学生がコピーのため借り出しているということが多く,事実関係を含めた判例データをいつでも手軽に読めるという状態にはないのが実情である。

もしも,大審院や最高裁判所の判例集の全文情報(先に述べたように,最高裁の提供する判例全文検索システムは,全文を提供していない。事実審の判例データを利用しようとすれば,第一法規出版の『判例体系CD-ROM』等の市販のデータを利用するほかない)が完全にデジタル化され,それをサーバーに置いておけるようになれば,学生たちは,図書館で判例集を奪い合う必要がなくなる。学生たちは,いつでも,どこでも,インターネットにアクセスし,他の学生とコンフリクトを起こすことなく,必要な判例の全文を読んだり,エッセンスだけを拾い出すこともできる。この場合においても,法律と判例は著作権の対象とならないことが,教育の効率化を実現するに際して,大きな利点となっていることがわかる。

3 法科大学院における研究・教育に向けて

従来の法学部の教育目標は,法の一般常識を備えた社会人を養成することであった。このため,法の体系を理解させることに重点が置かれ,判例研究においても,事実関係の探求よりも,判例法理の理解に重点が置かれてきた。つまり,従来の法学教育においては,条文の体系的な理解を重視し,判例も条文を理解するうえで必要な解釈命題として位置づけられ,判例の詳しい事案の探求や事案の特殊性については,余り問題とされなかったといってよい。

このような研究・教育がなされてきた背景には,大学とは,神聖な学問研究の場であり,法学とは,伝統ある研究テーマについて,または,指導教授が指定し,もしくは,認めた研究テーマについて,主として外国法との比較において研究することであり,教育とは,研究者が研究した成果を学生に教授することだったといえよう。大学での研究は,あくまで,新しい理論の創造のための研究であり,教育についても,講義は別にしても,研究指導は,法曹養成ではなく,主として研究者の養成を狙って行なわれてきたのである。

これに対して,法科大学院の教育の目標は,有能な法律専門家と同じように考え,同じように行動できる人材を養成することへとシフトされることになった。したがって,法科大学院においては,法律問題に直面した場合に法律専門家はどのように考え,どのように行動するのかを科学的に分析し,それと同じように考え,行動できる人材を育てることのできる教育方法を発見し,実践しなければならない。つまり,法科大学院は,これまで法情報学において研究されてきた考え方を実践する場であるといっても過言ではない。

法情報学の観点からすると,法的なものの考え方とは,事実を見る観点として,要件と効果の組み合わせによるルール,または,法格言的な原則を採用し,それらのルールや原則をうまく組み合わせたり,拡張,縮小,類推等の解釈技術を駆使して,問題の解決案を提示する方法論にほかならない。

法律家の思考においては,ルールから事実を発見するプロセスと,
発見された事実から,より適切なルールを再発見するというプロセスとが
相互に影響を与えつつ,妥当な解決策が発見されまで繰り返される。

英米法流の具体的問題をルールを参照しつつケースバイケースで判断するという考え方も,大陸法流のルールを重視して普遍的な思考をめざす考え方も,それらが,事実を見る観点として作用し,問題解決のよりどころとされる点では同じである。両者の違いは,前者が問題の決め手として,事実が法律要件に該当するかどうかという方法(包摂)を採用するのに対して,後者は,似ているか似ていないかを判断した上で,事実が先例に似ている場合には先例を生かし,似ていない場合には新たな法理を創造するという方法(先例拘束と法の創造)を採用する点にある。

しかし,法律専門家の思考をさらに詳しく分析すると,法律家は,上に述べたように,数少ないルールに基づいて膨大な事実の中から重要な事実を発見するという側面のほかに,新しい問題に遭遇した場合に,その問題の解決に最も適切なルールを発見したり,適切なルールが存在しない場合には,これまでのルールを変更したり,全く新しいルールを創造するという側面を持っていることが分かる。

例えば,社会の進展等により,これまでのルールや法原則ではうまい解決案が提示できなくなると,新しい観点が模索され,新しい観点が発見されると,その観点に基づくルール(仮説)が提示される。そして,新しいルールが従来のルールよりも柔軟で具体的妥当な解決が説得的に示されると,裁判官はそれに従って判例を変更し,また,立法者は法律を制定するという過程を通じて,パラダイムの変革が行なわれることになる。

このように考えると,法律専門家の能力は,単に,事実に法を適用できるというものではないことがわかる。つまり,法律家には,一方で,法的ルールの視点から,重要な事実(隠された事実を含む)を発見すること,他方で,その事実に適合する新たなルールを発見し,正当化する能力が求められるのである。

司法制度改革審議会の「意見書−21世紀の日本を支える司法制度」(平成13年6月12日)においても,法曹教育のあり方については,以下のような基本的理念が掲げられている。

専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。

このような能力を身につけさせるために,法科大学院では,応用力を養うための演習ばかりでなく,基礎的な考え方をマスターさせるための講義においても,法情報学の考え方とそれに基づく,デジタル化された情報の利用が不可欠となろう。また,法科大学院における研究・教育の積み重ねによって,法情報学の理論も,実践に耐えうるものとしてさらに発展させることになると思われる。


法情報学の課題


1 法情報学の前提としての法情報のデジタル化の促進

A. 文書データのデジタル化の課題

法情報のデジタル化は,これまで,文書を中心に発展してきた。先に紹介した,法令データベース,判例データベース,文献データベースは,すべて先行する文書情報をデジタル化したものである。これまでは,これらの情報は,デジタル化が進展してきたとはいえ,非常に高価なため,研究者や学生が自由に利用することは困難であった。この点,総務省の法令データベースや最高裁の判例集データベースは,無料でこれらの情報を公開するものであり,大いに歓迎されるべきである。

ただし,これらのデータベースもシステム的には,大きな問題を抱えている。先に紹介した総務省の法令データベースは,現行法令の現時点のデータだけを扱っているため,過去のある時点の法令を検索することができない。この点は,判例研究と連動することを考えただけでも,致命的な欠陥といえる。過去のある時点にさかのぼって法令が検索できるように,官報とのデータの連動が可能となるようなシステムの改善が望まれる。

また,最高裁の判例集データベースは,先にも述べたように,上告理由,第一審,第二審のデータが欠落しているため,特に,学生が判例を読む際に最も重要な「事実に即して判例の法理を分析する」という教育に使うことができないという致命的な欠陥を有している。下級裁判所との連動を図ること等を通じて,事実関係を公開する方向でのシステムの改善が望まれる。

B. 画像,ビデオ情報のデジタル化の課題

法科大学院における実務教育においては,法曹養成の基礎が実践されなければならない。このためには,必然的に,画像データ,さらには,ビデオデータの利用が行われるものと予想される。特に,実務実習を効率的に行うためには,実務家の行動や実習中の学生の行動をビデオに収録し,そのデータを観察・分析することを通じて,専門家の実践的な生きた知識を学生に目に見える形で伝達し,技術の習得に役立てることが必要になってくる。

ビデオ情報は,文書情報に比べて情報量が飛躍的に高まるため,これまでのコンピュータでは,処理速度,記憶容量ともに不十分であった。しかし,最近の技術革新は目覚しく,処理速度,記憶容量ともに,ビデオ画像の記憶,分析,編集をパソコンを使って行うことを可能にしている。

このようなビデオ画像における情報処理技術の進展は,法科大学院の実務的な研究・実務実習を飛躍的に向上させるものとして期待される。そのためには,ハードウェアの発展に見合う,ビデオ画像処理のソフトウェアの発展が不可欠となろう。

2 法情報教育の障害となっている著作権問題の解決−新たな課金システムの必要性

法情報学の有利な点は,その研究の基盤となる法および判例が,著作権法の著作権の目的から除外されパブリック・ドメインに置かれているという点である(著作権法13条)。

他の学問分野においては,研究対象となる情報の多くが,著作権の対象とされ,特に教育の場合に,自由に利用できない。早い話が,他の研究分野では,学生に予習させるべき教材をデジタル化し,コンピュータを使って自由に情報処理を行うということは,常に違法コピーの問題が付きまとい,簡単には実現できない。

これに反して,法律の研究・教育においては,もっとも重要な資料となる法律と判例の情報について,誰でもが自由にこれを複製したり編集したりして研究および教育の対象とすることができる。

ただし,法令・判例と同様に重要な法に関する論文については,たとえ,デジタル化が進展したとしても,自由にコピーして学生の教育に利用するということはできない。つまり。この点に関しては,法学も,他の学問分野と同様の問題を抱えていることになる。

この問題を解決するには,著作権を侵害せず,しかも,多くの学生が,同時に法学関係の論文をパソコンを利用して自由に読み,リポートや論文に引用できる仕組みを考え出さなければならない。先に紹介したように,学会関係の論文(主として理科系の論文)に関して,パソコンで論文を検索した後,検索した論文をそのままパソコン読めるシステムを運用しているNACSIS-ELS(電子図書館サービス http://www.nii.ac.jp/els/els-j.html)の例が,参考にされるべきであろう。

3 法情報の発信と英文翻訳

法情報学の考え方に基づいた教育方法と情報のデジタル化による教材の作成と進展は,法学研究と法学教育に多大の貢献をするであろうことを論じた。このような研究・教育の成果を世界に向かって公表・発信する際にネックとなるのが言語の問題である。

いくら素晴らしい研究と教育の成果を成し遂げても,それが日本語に留まっている限り,世界の共有財産とはなりえない。特に,日本の法の現状を外国の人々に対して紹介するに際しては,法令および判例の翻訳が不可欠の前提となる。

そこで,わが国の法令・判例はじめ,それを利用して創造される研究成果については,それらの情報の発信に際して,英語に翻訳し,さらに英語を介して,他国の言語へと翻訳するシステムの開発が進められるべきである。この場合も,公表に当たっては,論文の著作権の箇所で述べたのと同様に,翻訳の著作権の問題がクリアされなければならない。


おわりに


従来の法学教育においては,条文や判例といった部分的で,かつ,断片的な知識の獲得よりも,法の全体的な体系を理解することに重点が置かれてきた。体系が理解できれば,条文に欠缺がある場合にも,体系に照らした具体的な解決案を提示できると考えられてきたためである。

しかし,法情報学によって法律家の思考過程が詳細に分析されるようになってくると,実は,法の体系といわれているものが,実は,完全なものではなく,さらに,法律の条文よりも,むしろ,条文をより具体化した政令,省令,通達類や同様な事件を扱った類似する判例の方が,具体的な紛争解決に大きなよりどころを与えていることがわかる。

法律の条文の欠缺が問題となる難解な事件の場合には,たいていの場合,学説によって形成される体系にも欠缺があることが多く,むしろ,新しい条文が制定されたり,新しい判例が出るたびに,体系の穴が埋められたり,体系自身が大きく変動するものであることが判明することが多い。

このように考えると,大学教育においても,法に関する研究・教育には,具体的な事件の解決に資する判例や実務的な契約書,ビデオ教材等に関する研究が,体系的を重視した研究・教育にも増して,より重要になると思われる。そして,実務教育に資する膨大な資料を教材とする場合には,そのような資料に多くの学生が同時にアクセスできるための資料のデジタル化とそれを利用した教育方法の改善が必要となる。

法情報学は,そのような法学教育改善に理論的な基礎を提供することになるが,そればかりではなく,法学教育の要求と実践とは,法情報学それ自体を飛躍的に発展させることになると思われる。