用語解説

差止請求
 本稿では、差止請求の意味を、四宮和夫『不法行為』(1990年)456頁に従い、「将来『権利』侵害が生じないように一定の行為を禁止しまたは命令するよう求める権利」という意味で用いる。
 この点で、差止請求と過去の損害の除去に関する「原状回復」とは一応区別している。しかし、差止めの方法が原状回復の結果を生じさせる場合には、両者を含めて考えることにする。
不法行為の規定と差止請求との関係
 平井・不法行為106頁によれば、不法行為の一般的効果として差止請求権を認める学説は少数であり、判例理論もこれを否定していると解されるとされている。
 たとえば、最判昭43・7・4裁判集民91号567頁は、溜池に瑕疵がある事例につき、「いまだ損害が発生していないにかかわらず、将来損害を生ずるおそれがあることを理由として、その予防のため右工作物の修復を求め、さらにその修復をおえるまでその使用の差止を求めることは、同条[民法717条]の規定に基づいてなしえないものと解すべきである」として、不法行為の事実だけでは差止請求ができない旨判示している。
 これに対して、伊藤高義「差止請求権」398頁、さらに、四宮・不法行為477 - 478頁は、「不法行為の効果に関する民法の規定(709条)は差止請求についてふれるところがないが、また、同時に、それを否定する趣旨を含んでいるわけでもない。したがって、不法行為の効果として差止請求権を認めることも(裁判官による法創造として)も、決して不可能ではない」と述べている。
差止請求を認めるべき場合の侵害行為の違法性
 不法行為法上の差止請求権を認める学説においても、伊藤・差止請求権415頁は、「差止が認められるためには、損害賠償の場合にくらべてより強い違法性が必要である」とし、四宮・不法行為(注\ref{foot:Sinomiya})478頁も、「事前に活動を阻止することに対しては、事後に損害を賠償させることよりも慎重でなければならない」と述べている。これに対して、沢井裕・テキストブック115--116頁は、「差止訴訟が、『原告の個人的利益のために提起され、個人の利益において差止めの可否が判断されるにかかわらず、その結果、直接、多くの市民の利益(公益)に影響するが故に、差止めの判断に公共性の配慮は欠かせない』という限度でのみ正当化される。したがって、一般論として、差止は賠償より難しいと決めつけることは妥当ではない」と指摘している。
不法行為に基づく差止請求が認められる要件
平井・不法行為107 - 108 頁によれば、不法行為の効果として差止請求権を認めるべき場合というのは次のように整理されている。
  1. 被侵害利益の重大さの程度が高い場合には、物権的請求権または人格権に基づき差止を認めるべきである
  2. 被侵害利益の重大さが大きくなくても、特別法に基づく差止請求の趣旨を拡張して保護されるべき場合には、その解釈問題として差止請求が認められるべきである
  3. それ以外の場合で差止請求が認められるべき場合
    1. 現在において損害が生じており、そのことが将来において損害発生の高度な蓋然性の基礎となるべき場合
    2. 過去の損害の発生につき行為者に故意のある場合
    3. その他、差止を命じなければ回復できないような性質の被侵害利益である場合
独禁法と事業者規制法との関係
 独占禁止法と消費者契約における事業者規制法とを競争秩序の中でどのように位置づけるかは困難な問題である。
 わが国の独占禁止法は、(1)私的独占の禁止、(2)不当な競争制限の禁止、(3)不公正な取引方法の禁止の三本柱から成り立っているが、特に第3の「不公正な取引方法」と不正競争防止法にいう「不正競争」との関係が問題となる。さらに、消費者被害の多発している訪問販売等の販売方法をどのように位置付けるかについての明確な指針が与えられていない。
 この点、フランスの競争法は、(1)自由競争を阻害する競争制限の禁止と(2)公正な競争を阻害する不公正競争の禁止の二本柱から成り立っており、第1の「競争制限」の概念の中にわが国における私的独占の禁止と不当な競争制限が位置づけられるとともに、第2の「不公正競争」の概念の中にわが国における不公正な取引方法、不正競争、職業倫理に反する取引方法が明確に位置づけられ、クーリング・オフ等の消費者保護の問題もその中で論じられている(Cf. Y. CHAPUT, Le droit de la concurrence, (1991) <<Que sais-je?>>; J-J. BURST, Concurrence deloyale et parasitisme, (1993), Dalloz.)。
 そこで、本稿では、行政規制法もフランス流の考え方によって分類し直している。
不正競争防止法と消費者保護との関係
 不正競争防止法が、事業者の保護のみならず、「公正な競争の確保によって消費者の保護をも目的とするものである」こと、しかし、わが国の不正競争防止法が一般条項を欠いており、消費者保護の観点からは、「非常に時代遅れのものとなっている」ことに関しては、浜上「訪問販売法における基本問題」295頁参照。

電話契約  事業者が電話による申込をし、消費者が電話で承諾することによって成立してしまう契約。訪問販売の要件に合致しないため、クーリング・オフはできないと理解されている(浜上・訪問販売法295頁。
 ただし、浜上・訪問販売法299頁は、「ドイツの連邦最高裁判所の判決が明らかにしているように、電話広告はフェア・プレイに反し、自由競争の範囲を逸脱した行為であるということはわが国でも変わりはないように思われる。」と主張している。

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参照条文

不正競争防止法 3条
(1) 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
(2) 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害のおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除去その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
民法197条〔占有の訴〕
 占有者ハ後5条ノ規定ニ従ヒ占有ノ訴ヲ提起スルコトヲ得他人ノ為メニ占有ヲ為ス者亦同シ
民法198条〔占有保持の訴〕
 占有者カ其占有ヲ妨害セラレタルトキハ占有保持ノ訴ニ依リ其妨害ノ停止及ヒ損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得
民法199条〔占有保全の訴〕
 占有者カ其占有ヲ妨害セラルル虞アルトキハ占有保全ノ訴ニ依リ其妨害ノ予防又ハ損害賠償ノ担保ヲ請求スルコトヲ得
民法201条〔占有の訴の提起期間〕
(1) 占有保持ノ訴ハ妨害ノ存スル間又ハ其止ミタル後1年内ニ之ヲ提起スルコトヲ要ス但工事ニ因リ占有物ニ損害ヲ生シタル場合ニ於テ其工事著手ノ時ヨリ1年ヲ経過シ又ハ其工事ノ竣成シタルトキハ之ヲ提起スルコトヲ得ス
(2) 占有保全ノ訴ハ妨害ノ危険ノ存スル間ハ之ヲ提起スルコトヲ得但工事ニ因リ占有物ニ損害ヲ生シル虞アルトキハ前項但書ノ規定ヲ準用ス
(3) 占有回収ノ訴ハ侵奪ノ時ヨリ1年内ニ之ヲ提起スルコトヲ要ス
民法216条〔工作物の予防工事請求権〕
 甲地ニ於テ貯水、排水又ハ引水ノ為メニ設ケタル工作物ノ破潰又ハ阻塞ニ因リテ乙地ニ損害ヲ及ホシ又ハ及ホス虞アルトキハ乙地ノ所有者ハ甲地ノ所有者ヲシテ修繕若クハ疏通ヲ為サシメ又必要アルトキハ予防工事ヲ為サシムルコトヲ得
民法234条〔境界線付近の建築制限〕
(1)建物ヲ築造スルニハ疆界線ヨリ50センチメートル以上ノ距離ヲ存スルコトヲ要ス
(2)前項ノ規定ニ違ヒテ建築ヲ為サントスル者アルトキハ隣地ノ所有者ハ其建築ヲ廃止シ又ハ之ヲ変更セシムルコトヲ得但建築著手ノ時ヨリ1年ヲ経過シ又ハ其建築ノ竣成シタル後ハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得
民法414条3項〔不作為義務の強制履行〕
不作為ヲ目的トスル債務ニ付テハ債務者ノ費用ヲ以テ其為シタルモノヲ除去シ且将来ノ為メ適当ノ処分ヲ為スコトヲ請求スルコトヲ得
民法709条〔一般不法行為の要件と効果〕
故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス
民法711条〔生命侵害に対する慰藉料の権利主体〕
他人ノ生命ヲ害シタル者ハ被害者ノ父母、配偶者及ヒ子ニ対シテハ其財産権ヲ害セラレサリシ場合ニ於テモ損害ノ賠償ヲ為スコトヲ要ス
民法723条〔名誉毀損における原状回復義務の特則〕
他人ノ名誉ヲ毀損シタル者ニ対シテハ裁判所ハ被害者ノ請求ニ因リ損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコトヲ得

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参考文献

  1. 岡村玄治『債権法各論』(1929年)736--737頁。
  2. 戒能通孝『債権各論』(1942年)481頁
  3. 浜田稔「不法行為の効果に関する一考察」私法15号(1956年)91頁。
  4. 野村好弘『公害法の生成と展開』391頁以下。
  5. 伊藤高義「差止請求権」損害賠償法講座5(1973年)395頁以下。
  6. 原島重義「わが国における権利論の推移」法の科学4号(1976年)54頁以下。
  7. 沢井裕『公害差止の法理』(1976年)
  8. 平野克明「名誉・プライバシーの侵害---差止請求権の可否をめぐって---」内山尚三也還暦記念『現代民法学の基本問題(中)』(1983年)479頁以下。
  9. 五十嵐清「人格権の侵害と差止請求権」ジュリスト867号(1986年)32頁以下。
  10. 大塚直「生活妨害の差止に関する基礎的考察」(1)--(8・完)法協103巻4号595頁、6号1112頁、8号1523頁、11巻200頁、104巻2号315頁、9号1249号、107巻3号408頁、4号517頁(1988年)以下
  11. 四宮和夫『不法行為』(1990年)465頁。
  12. 松本恒雄「消費者私法ないし消費者契約という観念は可能かつ有用か」講座・現代契約と現代債権の展望(第6巻)日本評論社(1991年)3頁以下。
  13. 潮海一雄「大気汚染公害訴訟における差止請求をめぐる諸問題」法律時報62巻11号26頁以下。
  14. 沢井裕『テキストブック事務管理・不当利得・不法行為』(1993年)109頁以下。
  15. 平井宜雄『債権各論II 不法行為』(1993年)105頁以下。
  16. 経済企画庁国民生活局『ハンドブック消費者'93』
  17. 浜上則雄「訪問販売法における基本問題」『現代契約法体系』第6巻(1985年)293頁以下。