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第2回 契約法の学び方とその評価(試験)

作成:2006年8月24日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


講義のねらい


第2回の講義では,契約法の学び方とそれに対して現実的な評価が下される試験(定期試験,司法試験)との関係について説明します。今回の講義で学ぶべき項目は以下の通りです。

  1. 契約法の学び方
    1. 予習
      • 自学自習の本道。講義の前に,自分の力でどれだけ理解ができるかを試すことが大切。講義を聞いて,予習によって準備した自分の考えが正しいことを確認できる回数が増えるのと,学力の向上とは正しく相関する。
    2. 講義
      • 予習の成果を確認する場であると同時に,講師の考え方を理解できる場でもある。予習ではなかなか理解できない全体的な位置づけや,他の分野との関係が明らかになる点で,講義は欠かすことができない。
    3. 復習
      • 予習では理解できなかった点の理解を深めるとともに,練習問題を解いてみて,理解がどの程度進んでいるのかを確認する。復習をしておくと,すぐに消えるはずの記憶が長期記憶に定着するというメリットもある。したがって,試験対策には復習が有効。
  2. 学習目標の到達度を評価するものとしての試験
    1. 中間試験,期末試験
      1. 学習目標とその到達度の評価
        • 講義の予習・復習をきちんとして講義に出席していれば,学習目標を達成できる。しかし,試験でよい成績を上げるためには,試験問題の傾向と評価基準を押さえた学習をするのが望ましい。
      2. 厳格で公正な答案採点システム
        • この講義の中間試験,期末試験においては,学習目標の到達度を認識するため,厳格で公正な答案採点システムを作成している。この答案採点システムの採点基準の作成過程と,答案採点のメカニズムを理解しておくと,よりよい成績を得ることができる。
    2. 司法試験
      1. 短答式試験
        • 民法関連35問のうち,半数を超える17問が契約関係から出題されている。
        • 専門知識を確実に習得しているかどうかが試されるので,復習をする際に,これまでの試験問題を解いてみると参考になる。
      2. 論文式試験
        • 長文の事実関係を読んで,その中から重要な事実をピックアップし,その事実関係に適用されるべきルール(条文,判例等)を発見して,その事実関係に適用し,その結果を提示することが求められる。
        • しかも,適用されるべきルールは,民法の条文だけでなく,民法関連の比較的に新しい法律の条文を理解していることが要求されるため,そのような新しい立法にも目配りし,かつ,民法の条文との比較をして,両者の異同を理解しておくと,よい成績をあげることができる。
  3. 試験に対応した学習方法とは
    1. 人間の記憶のメカニズムとそれに適合した学習方法
      • 短期記憶と長期記憶との差異を理解し,法曹となるために,自分の長期記憶を作り変えることが学習目標であることを理解する。
      • マジカル・ナンバー(7±2)を理解し,その範囲で知識を構造化して,長期記憶に蓄積することの重要性を理解する。
    2. 個別問題を解くための学習方法
      • 条文ごとに,条文の意味,関連判例,関連学説を理解する。
      • 汎用的な法理を使って,個別条文を超えた体系的な構造を作り出し,条文の隙間を埋めることができるようにする。
    3. 法教育の教育目標としての紛争解決能力と試験問題を解くこととの共通性の理解
      • 試験問題を紛争事例と見立ててみると,試験問題を解くことは,紛争事例の解決案を作成するプロセスと同じように考えることができる。
      • なぜなら,紛争解決のために,事実に基づいて最適ルールを発見し,そのルールを適用することによって解決案を作成するプロセスと,試験問題を解くために個別条文を理解するとともに一般法に基づいてルールを構造化し,構造化されたそのルールを適用して解答を作成するプロセスとは共通しているからである。
    4. (補論)民法の解釈方法
      • 民法の解釈においては,文理解釈,拡大解釈,縮小解釈,反対解釈,類推解釈等の解釈方法が頻繁に使われている。そこで,後々の学習でも参照されることが予想されるので,これらの解釈方法について,概観しておくことにする。

1 契約法の学び方


契約法の第2回目の講義を始めます。今回は,契約法の学習方法と皆さんの最大の関心事である試験についてお話します。

A. 道具をそろえる

契約法をマスターしようと思えば,まず,次の道具をそろえなければなりません。外国語の学習に,辞書,適切な教材,豊富な文例が必要なのと同じです。六法,教科書,判例集(判例百選シリーズでもよい),法律辞書は,必らず用意して,常に参照するように習慣づけることが大切です。

専門用語の意味を知るためには,辞書が有効です。法律を学ぼうとする者は,自分のレベルにあった法律用語辞典を1冊は用意すべきです。筆者が利用している法律用語辞典は以下のとおりで,後の2つは,CD−ROM版があってコンピュータ上で利用できるので,重宝しています。

講師:余談になりますが,民法をどれほど勉強しているかは,その人が使っている六法を見ると,ほぼわかります。どうしてだがわかりますか?
学生A:出版社によって六法の編集方針が異なるので,どの出版社の六法を使っているかで,その人のセンスがわかるのではないですか。
講師:それはその人の趣味の問題なので,少し違います。皆さん,六法を閉じて,底の部分(本を立てた場合の下側になる本の断面)の汚れ方を見てみましょう。底の部分に汚れの筋が入っていると思います。その筋が六法のどの分野に入っているのか,そして,それらの汚れ具合を比較してみてください。自分がどの分野をよく勉強しているか相対的な比較ができます。
講師:六法を使い込んでいくうちに,底の部分の汚れの筋がくっきりしてくるのを確認できるのは楽しいものです。法律を勉強している仲間がいる人は,その人の六法を見せてもらいましょう。底の部分の汚れ具合で,その友人が何をどの程度勉強しているかがわかって,お互いの励みになることでしょう。

B. 方法

法律の条文は有限ですが,世の中に生起する事件の事実の組み合わせは無限です。無限の事実を前にして,その事実に適用されるべき法律を有限の候補の中から的確に選び出す能力というのは,理論ではなく,それをマスターした指導者の下での訓練を通じて,効率的に習得されます。

大学や法科大学院における法学教育は,以下の「講義に即した学習方法」で述べるように,事実がわかると,その事実に適用されるべき法律を探し出すことができる等の能力を育成しようと努力しているのです。


2 講義に即した契約法の学習方法


学習法の要点を以下に示します。参考にして,今後の学習に活かしてください。

A. 予習

法律をマスターしようと思えば,講義に先立つ予習がとても大切です。従来の法教育では,予習をせずに,講師の講義を聴いて理解するというスタイルが主流だったかもしれません。しかし,これでは,講師に依存することになり,講義を聴かなかった箇所は,理解ができないという情けない状態に陥ってしまいます。

講師が質問すると,よく,「そこは習っていません」と答える学生がいますが,法律をマスターしようと志している学生としては,これではいけません。習ってないことも自分で勉強することが必要なのです。その点,予習は,教えてもらう前に,教材と参考書を頼りに自分の力で理解するという試みであり,独立して学習する力を養うのにもってこいのやり方です。

このように,予習をすることによって,習ってないことも理解できるようになるだけでなく,講義で質問されたときに,答える準備が整っており,うまく答えると講師にほめられ,講義が一層楽しくなります。これが予習の一番のメリットかもしれません。

B. 講義の受講

a) 質問には何が何でも答える。黙ってはいけない

講義では,講師は,学生が予習していることを前提に,その単元の全体に対する位置づけ,他の単元との関係等,教科書を読んだだけでは,理解しにくいことを説明します。そして,予習したことがきちんと理解されているかどうかを確かめるために,質問をします。

質問されたら,どんな場合でも,黙ってしまってはいけません。必ず,何かをしゃべってください。本当にわからない場合でも,「質問の意味がもう一つよくわかりません。先生のご質問の意味は○○ということですか?」と尋ねるだけでも,大きな意味があります。こういう質問をすると,講師としては,質問の背景やねらいをしゃべりだしますので,そこにヒントが見つかることが多いのです。それに,うまくいくと,質問の意味を話しているうちに,講師がうっかり答えを言ってしまうことがあるので,そうしたら,儲けものです。

b) 1つの質問に対して,立場を変えて議論ができるように訓練する

さて,講師が発する質問には2種類があります。1つは,理解度をチェックするための質問です。もう1つは,議論を誘発するための質問です。

理解度をチェックするための質問のときは,普通に答えればよいのですが,重要なのは,議論を誘発するための質問に答える方法です。ある問題についてある人に答えてもらったところ,それが,通説・判例とは異なる場合,または,有力説と異なる場合には,もう1人に,反対の立場で答えてみてくださいと言って,通説・判例や有力説の考え方を引き出します。しかし,通説・判例や有力説が正しいとは限りませんので,2人の立場の違いを意識した上で,さらにもう1人に,もっと違う視点で考えてみるとか,両者の考えのうち,どちらが説得的かを聞くというように,3人に同じ質問をしながら,違った立場で考えることを強制し,議論を誘発します。

このように,立場を変えて,肯定と否定の両方の結論を導く練習をすることを奨励するということこそが,法科大学院における教育の特色なのです。従来の法学部の教育では,講師に質問されたら,学生は,正しい答えを答えるのがよいとされてきました。しかし,1つの視点が正しいとは限りません。重要なことは,1つの結論を導いた後に,今度は逆の立場に立って,いったん導いた結論を否定し,反対側の当事者にとってもっとも有利な結論を導くための別の論理を使ってみるというやり方を奨励しています。

このように矛盾する立場をぶつけてみると,自分の採用した論理の弱い部分が鮮明になり,論理を補強しなければならないことに気づきます。そればかりでなく,自分が絶対に正しいと信じて構成した論理と結論とが相対化され,異なる視点から考えるという柔軟な思考ができるようになります。

司法制度改革審の意見書によると,「法科大学院における法曹養成教育の在り方は,理論的教育と実務的教育を架橋するものとして,公平性,開放性,多様性を旨と〔する〕」というくだりがあります。この意見書に書かれた公平性,開放性,多様性という法科大学院の教育理念は,まさに,対立する当事者の双方の意見を立場に応じて組み立ててみるという作業によって体得できるものと考えられます。

このような作業は,以下のような最強の盾と矛とを組み立てるという中国の故事(矛盾)に似ています。

盾(たて)と 矛 (ほこ)を売っている武器商人がいました。道行く人々に大声を張り上げ,客引きに余念がありません。
左手に盾を持ち,そのすばらしさを誉めて言うには,「この盾の堅いことといったら天下一です。どんな鋭い矛で突いたとしても,とても突き通せるものじゃありませんよ。」今度は,かたわらにある矛を右手に掲げて,これを誉めて言うには,「この矛の鋭いことといったら他に類を見ません。どんな盾でも一突きで突き破ってしまうでしょう。」 と,武器商人は得意満面で売り口上を続けていました。
それをじっと見ていた男が,次のように問いかけました。「ならば,お前さんの右手に持った矛で,左手に持っている盾を突いたら,いったい,どっちがどうなるんだい?」
武器商人は,立ちつくすばかりで答えることができませんでした。
出典:韓非子(難勢編)

法曹を志願するということは,紛争の解決を依頼された場合には,どちらの側に立っても,常に,最善の解決策を提示できる能力を体得することを目標にしなければなりません。そのような能力とは,上記の中国の武器商人のような仕事をやり遂げようとすることに似ています。そのような矛盾する行為をすることに,どのような意味があるのでしょうか。

問題を解くヒントは先ほど述べたところにもありますが,実際に矛で盾をついてみて,どのような結果が生じるか試してみるというのももう1つのヒントになると思います。矛が盾を貫けば,その盾を改良して,貫けないような盾を作ることができるでしょう。逆に矛が盾を貫けないのであれば,その矛を強化して貫けるような矛を作ることができるでしょう。競争が両者の水準を高めることになるというのが,この問題を論じる場合の糸口になると思います。皆さんも,矛盾の話を面白がっているだけではなく,矛盾する立場に立つことの意味や,両者の立場に立って議論することの意義を真剣に考えてみてください。

c) 講義での質疑応答は記録にとる

この講義のもう1つの特色は,講義での質疑応答を記録に残すことにしている点にあります。受講生の中から2人の人に講義の記録をとるように依頼しております。彼らは,講師の質問に対して,皆さんがどのように答えたかをできる限り正確に記録します。こうすることによって,皆さんの講義への参加意欲を高めるとともに,平常点に関する成績評価を客観化することができます。

ただし,議論を活発化するために,この講義においては,間違った答えを言っても減点をしないという方針を貫きたいと思います。間違った議論については,その都度,講師がその問題点を指摘しますが,決して,マイナス評価はしません。その代わり,とてもよい質問をした人や,見事な答えをした人には,プラス評価をします。

ですから,皆さんは,しっかり予習をして,よい答えが出来るように準備をしていただきたいと思います。その際,通説・判例の考え方を学ぶばかりでなく,反対説についても,その考え方を理解するように努めてください。そうすることによって,「反対の立場に立って答えてみてください」と講師に言われたときにも,あわてずに,答えることができるようになります。

C. 復習

法教育の教育目標を実現するためには,しっかり予習をして自学自習の方法を体得し,講義に出て,違う立場に立った議論に積極的に参加することで十分です。特に,予習がうまくいった場合には,予習と講義だけで十分に教育目標を達成できます。しかし,時には,きちんと予習したにもかかわらず,講義が難解で,十分に理解できないという場合もあり得ます。そのような場合には,復習が予習に匹敵するほど重要となります。

法律を学ぶということは,後に詳しく説明しますが,自分の脳に蓄積された長期記憶を維持するだけでなく,具体的な事例に即して解決案を提案できるように,常に再編するという努力をすることを意味します。予習がうまくいかなかったという場合には,自分の脳に蓄積された長期記憶が不十分であるか,うまく構造化されていないために事案の解決に役立たなかったかのいずれかです。このような場合に,自分の脳に蓄えられた長期記憶を変更する必要があります。これができるのは,自分だけであり,それは,復習によってのみ実現可能です。

さらに,試験対策を考えた場合には,講義で得た情報を自分の長期記憶に蓄え直すことが必要ですが,最も効率的なのは,記憶が薄れない間に復習することです。復習によって,これまでの自分の固定観念が取り払われ,議論を通じて生き残った説得的な説を長期記憶に取り込むことができるようになります。司法試験の問題を短時間で解くためには,客観的な法律概念や論理を長期記憶に構造化して蓄えなおすことが必要です。このことを最も効率的に行えるのが,講義の後の復習なのです。


3 学習における試験の位置づけ


試験には,単位を修得するための中間試験・期末試験と資格を取得するための司法試験とがありますが,それらを日々の学習とどのように連続的にとらえるかという観点からお話をしたいと思います。ここでのポイントは,日々の学習と試験とを別に考えるのではなく,試験を学習目標の到達度を評価するものとして位置づけることです。

予習をし,講義に参加し,復習をするという日々の学習が重要であることは言うまでもありませんが,試験でよい成績を得るためには,それなりの努力が必要です。しかし,試験勉強を試験前の一夜漬けで行うのではなく,日々の学習の中で試験対策を同時に行っておけば,試験シーズンになって,多くの試験を乗り切るために徹夜を続けるといった悲劇を避けることができます。

A. 中間試験・期末試験

a) 学習目標とその到達度の評価

予習・復習をきちんとして,この講義に参加していれば,学習目標が達成できるようになっています。しかし,試験でよい成績を上げるためには,それだけではなく,さらに,試験問題の傾向と評価基準を押さえた学習をしておくのが効率的です。

これまでの講義において,どのような試験問題が出題されたのかを知ることはその第一歩です。私のホームページに詳しい情報が掲載されていますので,参考にしてください。そして,過去の試験問題の出題のねらいは何か,その試験問題を解くためにはどのような知識が必要なのか,実際の試験問題の解答はどのように構成すればよいのかという点について検討をしておくとよいでしょう。

b) 厳格で公正な答案採点システム

この講義の中間試験,期末試験においては,学習目標の到達度を認識するため,厳格で公正な答案採点システムを採用しています。その概要は,以下のURLに掲載していますので,参考にしてください。

この答案採点システムを利用した場合,採点が終了すると同時に,採点結果が,答案の要旨,採点の評価基準,採点基準に基づいた客観的な採点プロセス,得点分布のグラフとともに出力されます。この結果は,個人情報を除外して,皆さん方に公表できるようにしてあります。このため,将来的に予想される採点基準,採点結果の開示請求にも,完全に対応することが可能となっています。

図2-1:筆者が開発した答案採点システムによる採点結果の公表例

上記の答案採点システムの採点基準の作成過程と,答案採点のメカニズムを理解しておくと,よりよい成績を得ることができると思います(なお,このシステムの市販品の入手情報は,末尾の参考文献に掲載してあります)。

B. 司法試験

a) 短答式試験

新司法試験(2006年)の短答式問題を見てみると,民法関連35問のうち,半数を超える17問が契約関係から出題されています。専門知識を確実に習得しているかどうかが試されるので,復習をする際に,これまでの試験問題を解いてみると参考になります。

第1回の新司法試験の短答式試験問題について,契約法に関連する問題の詳細な検討を以下のURLで行っていますので,参考にしてみてください。

もちろん,この教科書でも,新司法試験問題を解くための解説を随所で行っていますので,今すぐに試験問題の検討をしなくても大丈夫です。

b) 論文式試験

論文式の試験においては,長文の事実関係を読んで,その中から重要な事実をピックアップし,その事実関係に適用されるべきルール(条文,判例等)を発見して,その重要な事実に適用し,その結果を提示することが求められています。

しかも,適用されるべきルールは,民法の条文だけでなく,民法関連の比較的に新しい法律の条文を理解していることが要求されるため,そのような新しい立法にも目配りをしておく必要があります。そして,その概要を理解し,かつ,民法の条文との比較をして両者の異同を理解しておくと,よい成績を上げることができるでしょう。


4 試験に対応した学習方法とは


A. 人間の記憶のメカニズムとそれに適合した学習方法

a) 専門的な知識を確実に身につけるためには,何をすればよいのか

第1回の講義(法教育の教育目標)で詳しく説明したように,「専門的な法的知識を確実に習得する」ということが重要であることは言うまでもありません。司法試験の短答式問題は,主として,この教育目標が達成されたかどうかを試すものです。しかし,「専門的な法的知識を確実に習得する」ことの意味とその方法を正確に理解している人は意外に少ないようです。

「専門的な法的知識を確実に習得する」という意味は,法的な問題を解決するために,学生自身の頭の中に,いつでも,どこでも使える「生きた知識」として専門的な知識を蓄積させるということです。しかし,暗記だけして使えない知識をいくら詰め込んでも,具体的な問題解決には役立ちません。そのような知識では,論文問題に対応できませんし,相当時間を費やして行われる口頭試問には耐えられません。

b) 専門的な知識を脳に蓄積することを妨げる原因の解明

頭の中にいつでも使える知識として蓄積された情報は,「長期記憶(LTM: Long Term Memory)」と呼ばれています。すべての学習の目標は,この長期記憶に「生きた知識」を蓄積することに尽きるといっても過言ではありません。しかし,このことは,そう簡単なことではありません。人間の脳に入力される情報のほとんどのものは,以下の3つの難関を越えることができずに長期記憶に達することなく,途中で消滅してしまうからです。いくら勉強しても効果が現れないと感じている人は,以下の点について,詳しく検討し,学習方法の改善に役立ててください。

  1. 注意を向けられない情報の消滅(⇔興味深さの必要性)
  2. 長期記憶に関連しない情報の消滅(⇔背景知識の必要性)
  3. 7±2の独立項目に単純化・構造化できない知識の消滅(⇔単純化の必要性)
図2-2:生きた法的知識を習得するメカニズム
c) 専門的な知識を脳に蓄積することを妨げる原因の克服

ここでの最大の問題は,特に,初学者の場合は,法的知識に関する情報の提供を受けても,それを理解するための長期記憶が存在しないため,教材を読んでも理解できないことにあります。たとえば,講義を聴いてもわかったつもりになるだけで,長期記憶には蓄積できない,すなわち,学習目標が達成できないということになります。つまり,法律に関する長期記憶がゼロの場合,法律に関する情報が短期記憶に移されても,長期記憶で照合の結果,意味不明の情報として,消去されてしまうのです。法教育においては,なによりもまず,この問題こそが克服されなければなりません。

「学ぶこと」および「教える」ことに関する最初のつまづきは,この問題の解決の困難さに由来します。ソクラテスの言葉を借りると,「学ぶこと」,「教えること」に悲観的な「論争家ごのみの議論」とは,以下の通りです[プラトン・メノン45-46頁,145頁]。

人間は,自分が知っているものも知らないものも探求(学習)することはできない。というのは,まず,知っているものを学習するということはありえないだろう。なぜなら,知っているのだし,ひいてはその人に学習の必要がまったくないわけだから。また,知らないものを学習することもありえないだろう。なぜならその場合は,何を学習すべきかということも知らないはずだから。

学生や教師が教育の効果に懐疑的になった場合に発する以下のような独白も,これと対になっているといえましょう。

学生:わかっていることは本を読んだり,講義を聞いたりすると,さらによく理解できる。しかし,わからないことは,本を読んでも,先生に教えてもらっても,結局わからない。
教師:「できる学生」は教えなくてもわかるが,「できない学生」は教えてもわからない。結局,教えても,教えなくても同じだ。
d) 長期記憶の創造

それでは,法的知識に関する長期記憶がゼロであるという「悲観的な」前提に立った場合,法的知識を獲得することはいかにして可能となるのでしょうか。

その答えは,目標とする知識と似たような構造をもつ知識が長期記憶に存在すれば,その知識との比較を通じて,目標とする知識に関する長期記憶を新たに形成することが可能であるということです[フリチョフ・ハフト・法律学習法(1992)18頁]。そうだとすれば,法的知識の場合,誰でも持っている常識(常識的なルール)を活用することによって,法的知識を常識の長期記憶の上に追加することが可能であると考えることができます[溝口・人間の記憶への情報処理アプローチ(1983)79頁]。つまり,法的な知識に関して長期記憶がゼロの学生に対して,「法的知識を確実に習得させる」ためには,いきなり法的知識を与えても,何の意味も持たないのです。まずは,初学者がこれまでに獲得している長期記憶として共通部分となっている日常的な事例を選び,常識による解決との比較を通じて法的知識を提供すること,そして,そのような基礎的な法的知識が長期記憶に蓄え始められたことを見計らって,より高度の法的知識を基礎的な知識との対比において提供するといった方法が採用されなければなりません。

先にも述べたように,新しい知識を各人の脳の長期記憶に移す作業は,各人のこれまでの「長期記憶」の内容に依存します。したがって,「できる」学生は,新しい知識を自分の長期記憶と照合し,それに適合するように再構成して,新しい長期記憶へと移すことが可能です。ところが,「できない」学生にとっては,そもそも,入力されてくる情報を受け入れることができないのです。なぜなら,長期記憶にない情報は,感覚バッファーを通じて短期記憶に入ったとしても,長期記憶と照合された結果,意味のない情報として捨てられてしまうからです。したがって,法に関する情報を意味のあるものとして受け入れるためには,各人の頭の中に,一から法律に関する長期記憶を作っていく作業が必要となるのです。

しかも,法律の知識を「長期記憶」に蓄えることができるのは,学生自身の努力次第であり,他人がこれを行うことはできません。出発点としての長期記憶は,人によって千差万別であり,どのような情報を提供すれば,長期記憶に法的知識が効率的に再編されるかは,その人の長期記憶に依存するからです。特に,法律の知識が長期記憶化していない段階で,法律に関する情報をいくら講義しても,その情報は理解されないままバッファから溢れて消え去るのみです。

この問題をさらに困難としているのは,教育の対象である学生の長期記憶の内容を教育する側が把握できないという点にあります。法知識に関して,個々の学生の長期記憶の内容がどの程度であるかを評価するためのテスト問題が開発できれば,この点は,かなり改善されることでしょう。しかし,このようなテストが開発されていない現状において,この講義では,皆さんの法的知識に関する長期記憶はゼロであると推定して授業を行うほかありません。したがって,この点は,安心してください。

B. 個別問題を解くための学習方法

a) 講義を聴くための予備知識としての条文の理解

以上の考察から,「専門的な知識を確実に習得させる」ということは,個々の学生の頭の中に,法律の知識を単純化・体系化して,「長期記憶」に蓄積させることであることが理解できたと思われます。講師の側では,身近で典型的な事例問題に関して,常識による解決と法律に基づく解決とを比較しながら,法律的な考え方の特色を鮮明に提示するように努めたいと思います。

しかし,先にも述べたように,長期記憶を作り変えるのは,学生自身であり,学生自身の努力なしには,何事もなしえません。したがって,法的問題を解決するための出発点となるルールについては,常に,その意味と活用方法を知るための努力をしてもらわなければなりません。つまり,学生自身も,条文ごとに,条文の意味,関連判例,関連学説を理解するという努力を常に行ってください。

b) 応用問題を解けるようになるための知識の精緻化と長期記憶の再編成

問題が解けるようになるためには,学生の短期記憶の範囲で問題の処理ができるように,知識をマジカル・ナンバー(7±2)の範囲内で,単純化・構造化して,それを長期記憶に蓄える努力をしなければなりません。もちろん,講師は知識の構造化について様々な例とヒントを用意して,皆さんの学習を支援するつもりです。

しかし,講師の提示する知識の構造化は,あくまで,参考にすぎません。新しい知識を習得することは,各人のこれまでの長期記憶に基づいて,それを再編成することによって成し遂げられるのですから,知識の構造化と再編成は,各人が自己の努力と責任とによって達成しなければなりません。

日々の学習の中で新しい知識に出会ったときは,これまでの知識と新しい知識とを比較して,その違いを明らかにし,従来の知識を追加したり,修正したりする努力を重ねてください。そして,新しく習得した知識で,講義中に提起されるさまざまな問題が解けるかどうかを復習を通じて再確認し,さらに,知識の追加・修正を行ってください。そのような努力の積み重ねによって,皆さんの長期記憶は,法曹として必要な長期記憶へと再編成されることでしょう。

c) 条文の隙間を埋めるための信義則等の法理の活用

問題を解決するために,条文の理解が最重要であることは何度も述べました。しかし,条文といえども完璧ではなく,問題を解決しようとしても適切な条文が存在しないことも多いのです。その場合に役に立つのが,隙間のないルールとしての一般法です。条文を超えた汎用的な一般法を使って,個別条文を超えた体系的な構造を作り出し,条文の隙間を埋めることができるようにすることも非常に大切です。

民法の体系は,一般法と特別法の組み合わせとして表現されています。個々の条文(特別法)は,すべて,一般法を具体化したものに他なりません。逆に,一般法は,特別法を抽象化した共通ルールです。したがって,一般法に対して,ある観点をプラスすることによって,その特別法である条文自体を作り上げることができます。また,逆に,それらの個々の条文の共通項をくくりだすことを通じて抽象化すれば,一般法を作り出すこともできます。

圧倒的に数の少ない一般法を理解し,具体的な状況に必要な情報を付け加えるだけで,特別法を自分自身で作り上げることができます。したがって,この訓練をつめば,適用頻度ランキング20位以内に位置する一般法を使って,民法の個別条文すべてを,自分自身の力で作り直すことができるようになります。つまり,わずか20の条文の考え方をしっかり理解すれば,1098条に及ぶ民法の条文をすべて覚える必要はなくなるということになります。このことを通じて,より短い期間で民法をマスターすることが可能となるでしょう。

No. 条文 適用頻度
1 709条 23.76%
2 415条 6.51%
3 1条 6.15%
4 715条 5.65%
5 710条 3.75%
6 722条 3.59%
7 177条 2.75%
8 90条 2.52%
9 541条 2.42%
10 601条 2.32%
No. 条文 適用頻度
11 110条 2.29%
12 612条 1.94%
13 95条 1.52%
14 719条 1.46%
15 703条 1.41%
16 482条 1.32%
17 416条 1.32%
18 723条 1.32%
19 717条 1.25%
20 770条 1.22%
図2-3:民法の条文の適用頻度

C. 法教育の教育目標としての紛争解決能力と試験問題を解くこととの共通性の理解

試験問題を紛争事例と見立ててみると,試験問題を解くことは,紛争事例の解決案を作成するプロセスと同じであることが理解できます。紛争解決のために,事実に基づいて最適ルールを発見し,そのルールを適用することによって解決案を作成するプロセスと,試験問題を解くために個別条文を理解するとともに一般法に基づいてルールを構造化し,穴がないようなルールの体系を準備しておき,試験問題に対して構造化されたルールを適用して解答を作成するプロセスは,同じようなものであることに気づくと思います。つまり,試験問題を解くことは,本来の学習とは異なる「がり勉」とか,特別な試験対策とは異なり,法教育の目標である紛争解決案の作成能力を育成することと同じです。

また,試験問題を解くことは,学習目標である紛争解決能力の到達度を測定するためにも役に立ちます。したがって,試験問題を解くということには一石二鳥の効用があるといえるでしょう。

D. (補論)民法の解釈方法

民法の学習において条文の意味を正確に理解することが重要であることはいうまでもありません。しかし,条文の意味を理解するには,さまざまな解釈を使う必要があります。ところが,民法の解釈については,文理解釈,拡大解釈,縮小解釈,反対解釈,類推解釈,例文解釈という複雑な解釈方法が頻繁に使われています。皆さんがこのような解釈に初めて接した場合には,それぞれの解釈がどのような場合になされるのか,それぞれの解釈がどのような役割を果たし,相互にどのような関係にあるのか,ほとんど理解ができないと思います。そこで,後々の学習でも参照されることが予想されるので,これらの解釈方法について,意味,適用例,適用理由,機能,および,相互の関係について概観しておくことにします。

a) 文理解釈
b) 拡大解釈(拡張解釈)
c) 縮小解釈
d) 反対解釈
e) 類推解釈
f) 例文解釈
図2-4 「車馬通行止め」を例にした民法の解釈方法

講義のまとめ


  1. 記憶のメカニズム
  2. マジカル・ナンバー(7±2)の重要性
  3. 記憶のための知識の単純化(個別知識の構造化と一般化)の重要性

参考文献


[プラトン・メノン]
プラトン著/藤沢令夫訳『メノン』岩波文庫(1994年)。
[佐伯・認知科学の誕生(1983)]
佐伯胖「認知科学の誕生」渕一博編著『認知科学への招待 第5世代コンピュータの周辺』〔NHKブックス446〕日本放送協会(1983年)9-41頁。
[溝口・人間の記憶への情報処理アプローチ(1983)]
溝口文雄「認知科学の課題と,人間の記憶への情報処理アプローチ」渕一博編著『認知科学への招待 第5世代コンピュータの周辺』〔NHKブックス446〕日本放送協会(1983年)43-94頁。
[フリチョフ・ハフト・法律学習法(1992)]
フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)。
[改革審・意見書(2001)]
司法制度改革審議会『意見書−21世紀の日本を支える司法制度』(2001年6月12日)
 (和文)http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/index.html
 (English)http://www.kantei.go.jp/foreign/judiciary/2001/0612report.html
[米倉・民法の教え方(2003)]
米倉明「ロースクール1年生(法学未修者)に対する民法の教え方−ひとつの覚書−」日弁連法務研究財団『法科大学院における教育方法』商事法務(2003)1-24頁。
[加賀山・法教育改革(2004)]
加賀山茂「法教育改革としての法創造教育−創設される法科大学院における法教育方法論−」名古屋大学法政論集201号(2004年)691-744頁。
[加賀山・厳正な答案採点システム(2005)]
加賀山茂「厳格な成績評価」を実現するための「公正かつ透明な」答案採点システムの構築−Microsoft Excelを利用した答案採点システム−」(名大法政論集206号(2005)69-96頁。
上記の「公正かつ透明な答案採点システム」は,ナレルシステム(株)によって実用化され,市販されています。
@Windows版の開発元
ナレルシステム株式会社 〒175−0082東京都板橋区高島平9−3−8  電話:03−3936−1192(代表) 03−3936−1129(FAX)
A入手情報
以下のショッピングサイトから「加賀山式答案採点システム」として検索することにより,購入可能です。
- ベクター(シェアウエア),- ヤフーショッピング(CD-ROMでの配布) - ウェブマネー(ダウンロード販売) - ナレルシステム(ダウンロード販売)

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