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第4回 契約成立の力学

作成:2006年8月30日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川裕佳


契約の流れのなかの最初のトピックスは,「契約の成立」です。第4回の講義では,契約の成立に関する導入として,合意(意思表示の合致)の前提となる「申込み」と「承諾」との違いについて,「契約成立のキャスティング・ボートを握るのは誰か」というユニークな観点から考察します。

図4-1 契約の流れにおける契約の成立の位置づけ

今回の講義で学ぶべき項目は以下のとおりです。学会でも最先端の講義になります。一般の教科書には詳しく書いてありませんから,楽しんで聴いてください。


1 申込みと承諾という2つの意思表示をと区別することの実益


1 申込みと承諾との区別

契約の成立というのは合意の成立のことです。伝統的な考え方にしたがって,申込と承諾に分割して話をしていきます。この講義では,申込と承諾というものは何なのかということを説明していきます。この点については,今まで,あまり真剣に考えられてこなかったと思います。しかし,入学試験における学納金(入学金,授業料等)の返還の問題が最近脚光を浴びており,この問題に関する研究が進展してきています。

この問題というのは,学生の皆さんにも大いに関係があります。入学を志願した以上は,入学金は合格通知が来たら払うべきなのだろうか,それとも,合格通知が申込で,それについて承諾するかどうかは学生の自由であり,申し込みを拒絶した場合,学納金の返還を請求できるものなのかという問題です。

学納金の返還問題については,最近になって,数多くの訴えが提起されています。法学部の先生方も,これまでは,契約の成立に関する問題について,深く検討してこなかったのですが,学納金の返還問題は,特に,消費者契約法の施行に伴って,私立大学にとっては,浮沈にかかわる重大問題となってきました。そこで,学長等から学納金の返戻問題について見解を明らかにするよう,法学部の先生方がせっつかれているのです。そういうわけで,最近,契約の成立をめぐる問題について,論文の数が急増しています。

このように,これまでは,この分野の判例も論文も少なかったのですが,今後は,いずれも急増し,試験問題としてもどんどん出題されるようになると思います。しっかり勉強する必要があるというわけです。さっそく,申込みと承諾の話に入って,質疑をしてみましょう。

講師:申込と承諾の例に何があるでしょう。あなたは,結婚するときは,自分から申込む方ですか。承諾する方ですか。
学生A:相手に申込むと思います。
講師:今までは,それが男らしいといわれてきたんですよね。それじゃあ,隣の女性はどうですか。あなたは申込む方ですか,承諾する方にまわりますか。
学生B:承諾の方です。
講師:これが典型例ですね。じゃあそちらの女性はどうですか。
河内:申込みします。
講師:えらい。でも,早まらないように。

なぜ,「早まらないように」ということになるかというと,申込というのは全面降伏だからです。相手方がOKといった瞬間に拘束されますから。確かに,申し込んで相手に承諾されたときはいいですよ。でも,拒絶されたら,どん底ですよね。だから,今,申し込むと答えた人も,実は,自信があるから申込むのですよね。本当の申込は拒絶の覚悟しなければいけないんです。ところが,承諾はどうでしょう。うれしかったら承諾して,嫌だったら拒絶できます。絶対に承諾にまわる方が有利です。

従来は,申込も承諾も,意思表示の1つにすぎない。せいぜい,順序が違うくらいで,対等のもののように考えられてきました。しかし,申込と承諾は,確かに,意思表示という点では同じですが,その性質が根本的に違うのです。つまり,申込みは全面降伏,承諾は全権取得というわけです。

A. 申込みと申込みの誘引の区別

実際のところ,皆さんの中で,契約の「承諾用紙」ってもらったことがあり人はいますか。「承諾用紙」というのがあったら見てみたい。皆さんがもらえるのは「申込用紙」ですよね。大げさな言い方をすると,賢い人は申込みをしないのです。例えば,企業はどうでしょうか。自分から申し込みはしない。しかし,じっと待っていたのでは,商売にならない。そこで,「申込の誘引」をしておいて,消費者の方に申込みをさせ,自分は承諾の方に回るという戦略を採用するのです。

しかし,「申込の誘引」というのは,典型例は,広告と宣伝ですが,結構お金がかかります。では,お金ないけれど申込みさせたいという人はどうするかというと,「予約」をするのです。よく考えると,申込というのは,相手に権限を与える行為なのですね。予約を受けるのは,相手方に予約完結権という権限を与えることですし,手付を受け取るのは相手方に無理由解除権を与えるということで,どちらも相手に権限を与える行為です。男性が女性にプロポーズするのは,申し込みを通じて相手方に契約締結権限を与え,自分は降参することです。イエスかノーかは女性が判断できる。

このように,権限としては,申し込みを受ける方,予約をする方,手付を打つ方が格段に強い。だから,企業は,申し込みをせずに,申込の誘引をするに留め,申し込みは消費者にさせるようにしている。女性の場合も申込の誘引をして,男性に申し込ませる戦略をとる人が多いようですね。

余談になりますが,私も,学生のころは,女性の「申込の誘引戦略」をぜんぜん知らなかった。私は,大学院生の頃,付き合ってた人の誕生日に心をこめて手焼きしたパンをプレゼントしたことがあります。そしたら,彼女が「困ったことになった」と打ち明けてくれました。実は,金持ちの人から結婚を申し込まれていると。それで,経済力がなかった私はショックを受けて落ち込みました。そしたら,なぜか,彼女が怒りだした。お金の問題じゃないと。彼女がなぜ怒ったかというと,実は,私に,「縁談なんか断ってほしい…」と言わせようとする申込の誘引だったのですが,学生のころは,私はそれに気づかなかったのですね。彼女は,結局,その人と結婚してしまいました。契約法をもっと勉強していたら,私の人生は変わっていたかもしれません。

ところで,国際的には申込・承諾の定義があります(国連国際動産売買条約14条,18条)。申込みの定義として重要なので,参照することにしましょう(ただし,日本とは違って,申し込みも承諾も到達主義ですので,注意が必要です)。

国連国際動産売買条約第14条 【申込みの間接的定義】
(1)一又は複数の特定の者に向けられた契約締結の申入れは,それが十分明確であり,かつ,承諾があった場合には拘束されるとの申込者の意思が示されているときは,申込みとなる。申入れは,物品を示し,かつ,明示又は黙示に数量及び代金を定め又はその決定方法を規定している場合には,十分明確なものとする。
(2)不特定の者に向けられた申入れは,単なる申込みの誘因として扱う。ただし,申入れをした者が異なった意向を明瞭に示している場合はこの限りでない。
国連国際動産売買条約(CISG)第18条 【承諾,その効力発生時期,申込みの承諾期間】
(1)申込みに同意する旨を示す被申込者の陳述その他の行為は,承諾とする。沈黙又は反応のないことは,それだけでは承諾とみなされることはない。
(2)申込みに対する承諾は,同意の意思表示が申込者に到達した時にその効力を生ずる。同意の意思表示が,申込者の定めた期間内に申込者に到達しないとき,また期間の定めがない場合においては,申込者が用いた通信手段の迅速性を含め取引の状況を十分に勘案した合理的な期間内に到達しないとき,承諾は効力を生じない。口頭による申込みは,特段の事情がある場合を除き直ちに承諾されなければならない。
(3)しかしながら,申込みの内容よりみて,又は当事者間で確立された慣行若しくは慣習の結果として,被申込者が申込者への通知をすることなく,物品の発送に関する行為や代金の支払等の行為を行うことにより同意を示すことができる場合には,その行為が行われた時に承諾としての効力が生ずる。ただし,その行為が前項に規定した期間内に行われた場合に限る。

この定義で気になるのは,14条の「申込み」の定義に承諾という語が,18条の「承諾の定義」に申込という語が入っており,相互に循環して参照されているため,厳密な定義としては不十分だということです。

この点,アメリカ法だと,申込は,相手方に契約締結・拒絶権限を付与する行為となります。そして,承諾は,申込者から与えられた契約締結権限の行使になります。こちらの方が,循環論法になっていないだけでなく,申込みと承諾の本質をついていると思います。

B. 予約の実益

お金のある企業は申し込みの誘引があるが,そうでない方法として,予約というのがあるということを説明しました。予約に関する民法の条文を見てみましょう。

第556条(売買の一方の予約)
@売買の一方の予約は,相手方が売買を完結する意思を表示した時から,売買の効力を生ずる。
A前項の意思表示について期間を定めなかったときは,予約者は,相手方に対し,相当の期間を定めて,その期間内に売買を完結するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において,相手方がその期間内に確答をしないときは,売買の一方の予約は,その効力を失う。

予約の条文は,売買のところに規定されています。それは,有償契約に関する予約が多いからです。そして,有償契約は559条で売買の規定が準用されることになってますよね。だから売買のところに規定されてるのです。

皆さんがよくご存知のホテルの予約を考えてみましょう。ホテルを予約すると,ホテル側は部屋を二重ブッキングしないようにしますよね。でも,宿泊者は予約完結権を取得し,ホテルに泊まってもいいのですが,やめても構わない。こうなるとホテルは不利になります。このことから考えると,予約するということは,自分が権限を持って相手を拘束するることなのです。つまり相手方に申し込みをさせることと同じなのです。

ふつう,予約というのは,本契約とは別に,予約契約というものがあると考えられていますが,予約契約と本契約は,内容が同じなのだから,同じ契約であることがわかりますよね。もしも,本契約と別に予約契約というものがあるとするならば,二重に契約があることになってしまいます。となると,業者はこういう不利なものは認めたくない。だから,これは「本契約です」という文書を作成する。そうすると,学者もそれを読んで,なるほど本契約だといってしまうことが多い。

ホテルの予約は,「説明するまでもなく『本契約』である」[小川・予約の機能(1990)84頁]。
日常,『予約』と呼ばれている現象のうち,ホテルの予約,劇場や飛行機等の座席の予約,出版物の予約などは,いずれもここでいう予約ではなく本契約である。たとえば,ホテルの予約は,宿泊契約という無名契約(または混合契約)そのものであり,その予約ではない[内田・契約各論(1997)113頁]。

外国では,予約料というものを払って,そのかわりお客は好き放題できます。ところで,日本では,予約料とかキャンセル料とかを取りますか。筆者は,以前に,ホテルの予約をしたにもかかわらず,直前に,予約をキャンセルをせざるを得ない事態になったことがありました。その場合に,正直に,「申し訳ないので,キャンセル料をお支払いしたい」と言って,いろいろなホテルがどう対応するものなのか,聞き取りをしたことがあります。実は1回もキャンセル料をとられたことがないのです。どうも運用上では,個人の客の場合には,予約料をとらないことになっているようです。そうだとすると,「予約を承りました」というのは,以下の須永説のように,本契約の申込みではなく,やはり,予約となるということになるということになります。

この予約を客は自由に破棄できるが,ホテルは客の予約完結権に応じなければならない予約だから,当事者の一方の予約である[須永・ホテル旅館宿泊契約(1963)195頁]。

2 手付−契約が成立した後も,無理由解除権の購入によって,キャスティング・ボートを握る戦略


予約と関連する問題として,次に,手付を取り上げます。通説によると,手付は常に契約を成立させるものだと考えられています(証約手付)。しかし,契約の成立ではなく,予約の成立を証する手付というのも契約自由の原則からはありうるはずです。その場合には,手付は,いったん成立した契約を無理由で解除するものではなく,予約完結権を購入する対価(予約料)として性質を有することになります。

しかし,ここでは,通説に従って,手付は,契約が成立した後の無理由解除権の問題であると考えることにします。しかし,それにもかかわらず,手付は,予約と同様,実質的には,契約の締結に際して,キャスティングボードを握るのは誰かという問題と密接に関連しているので,ここで取り上げることにします。

A. 手付の実益

Aさんを売主,Bさんを買主1とします。Cさんは買主2,Dさんは売主2です。

買主のBさんとしては3000万の家屋を買おうとしてAさんに300万円の手付を打つ。普通は,手付は,売買代金の1割から2割です。Bさんが,同じような家屋が2,500万円で売りに出されているのを見つけた場合,300万円の手付を放棄すれば,無理由で解約できる。300万円の損をしても,同じような家屋が他の売主Dさんから2,500万円で手に入れば,Bさんとしては,200万円の節約になる。売主のAさんとしても,何も売らずに,手付の300万円が手に入るのだから,文句はない。売主のAさんも2倍の600万円をBさんに渡して,無理由で解約できます。

反対に,Aさんの方も,その家屋を3,500万円で買ってくれる買主Cさんを見つけたら,Cさんに売ったほうが得。その場合には,Aさんは,預かった手付の2倍の600万円をBさんに戻して,無理由で解約することができる。そして,その家屋をCさんに売れば,差し引き200万円の儲けになる。Bさんも,300万円得するのだから,解約されても文句はない。

このような手付の制度は,日本の江戸時代以来の慣習法で,主に,お米の売買で使われていたといわれています。民法557条を見てみましょう。

第557条(手付)
@買主が売主に手付を交付したときは,当事者の一方が契約の履行に着手するまでは,買主はその手付を放棄し,売主はその倍額を償還して,契約の解除をすることができる。
A第545条第3項〔解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない〕の規定は,前項の場合には,適用しない。

手付には,以下のような3種類の手付があるとされています。

  1. 証約手付
  2. 違約手付
  3. 解約手付

B. 手付の理論的解明

民法557条は,手付を解約手付と規定しています。買主が手付を交付することによって契約が成立するとと同時に,買主は,それを放棄していつでも契約の解除ができるとしています。また,売主も,手付を倍返して,契約を解除できるとしています。これをどのような制度として理解すべきでしょうか。

筆者は,手付を解約手付と解釈することは正しいと思っています。しかし,手付の放棄と倍返しのメカニズムについては,その意味を正確に理解することが大切です。例えば,3,000万円の住宅を購入するに際して,買主が売主に300万円の手付を交付したとしましょう。これを,買主が300万円を支払って無理由解除権を購入した,すなわち,権利の売買としてのオプション契約であると考えるとどうでしょうか。そう考えると,第1に,買主が契約を解除できるのは,解除権を300万円で買っているからであり,手付を放棄したのではなく,無理由解除権の代金を支払ったからに過ぎないと考えることができます。これが手付「放棄」の新しい解釈です。次に売主が倍戻しするというのは,無理由解除権を買い戻しことだと考えるとどうでしょうか。つまり,買主が無理由解除権の取得の対価として売主に支払った300万円を売主が買主に返して,買主の無理由解除権を喪失させ,さらに,売主の方から買主に300万円を支払って無理由解除権を購入すると考えるというわけです。無理由解除権の取得価格を買主に返した上で,さらに,自分が同じ金額を買主に支払って無理由解除権を取得するという構図になるから,倍返しになるというということなのです。以上が手付に関する新しい解釈(手付に関する双方向オプション契約説:加賀山説)の概要です(詳しくは,[加賀山・手付の法的性質(2000)543-570頁]参照)。

こういう説明はこれまでなされてきませんでした。なぜかというと,従来,わが国の学者はドイツやフランスの教科書に書いてあるとを翻訳できる。しかし,外国語で書いてないことはあまり考えてきませんでした。民法557条の手付の制度は日本独自のものです。こういう日本独自のものについては,日本の学者は意外と説明できないものなのです。しかも,上で述べたように,わが国の有力な学説は,手付は契約の力を弱めるもので,理由なしに解除ができるというのは行き過ぎだと理由で,解約手付を原則とせず,違約手付を原則としています。

これに対して,私の説では,手付は,無理有解除権の売買に他ならないというものですから,判例の理由付けにはぴったりですよね。また,手付は,有力が学説が主張するのとは異なり,契約の自由を妨害するものではありません。実際には,現在よく使われるデリバティブの典型例の1つです。しかも,民法557条の手付は,わが国独自の双方向のオプション契約(権利の売買契約)なのです。

表4-1 契約交渉過程における権限取得の力学
相手方に権限を与える行為 相手方から権限を取得する行為
(キャスティング・ボートを握る戦略)
契約締結権限 申込みをする 申込みの誘引(広告・宣伝)をする
申込みを受ける→契約締結権限の取得
予約をする
(≒申込みを受ける)→予約完結権の取得
無理由解除権 手付(権限授与の対価)を受け取る 手付を交付する(無理由解除権の取得)
手付の倍返しをする(無理由解除権の買戻し)

ここまでが,予約とか手付とかいわれているものの説明です。普通の講義では売買のところで学習するものですが,この講義では,契約成立においてキャスティング・ボートを握るのは誰かという話の筋として,申込と承諾の中で説明しました。予約と手付については,売買の箇所で再度説明するつもりです。


3 申込みの撤回と取消し論争について


さて,次週は申込と撤回をやります。この中間試験問題の大きな山の一つです。これから,6つの例題を出します。試験にも出ます。その前に,申込の取消と撤回について解説しておきましょう。申込の取消か撤回かという問題です。今回の民法現代化で,「申込みの取消し」といいう用語は,すべてなくなり,「申込みの撤回」に統一されました。考えなくてはならないのは,国際的には,「申込みの撤回(withdrawal of the offer)」と「申込みの取消し(revocation of the offer)」という2つの側面があるということです。

申込は学問的には意思表示の一つです。申込の効力というのはいつ発生するのでしょう。電子社会になって,申込の発信と到達が近くなっりましたが,携帯メールでも同時につかないですよね? メール出しても到達してないことがあります。パケット通信で分割して効率よく送信されるから,時間がかかる。迷子になるメールも多い。

そこで,電子メールが発達した現在においても,隔地者間の意思表示に関する民法97条は有用です。

第97条(隔地者に対する意思表示)
@隔地者に対する意思表示は,その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
A隔地者に対する意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,又は行為能力を喪失したときであっても,そのためにその効力を妨げられない。

民法97条によると,意思表示は,到達したときに効力が発生する。もちろん,効力が発生する前に止めることはできます。メールが着く前にやめることはできるんです。これを申込の撤回(withdrawal)といいます。撤回は無制限に可能です。

国連国際動産売買条約(CISG)第15条 【申込みの効力発生時期】
(1)申込みは,被申込者に到達した時にその効力を生ずる
(2)申込みは,たとえ取消不能のものであっても,申込みの撤回通知が申込みの到達前又はそれと同時に被申込者に到達する場合には,撤回し得る

メールが着いたあとでやっぱり止める,これを申込の取消(revocation)といいます。効力が発生する前に止めるのが撤回,発生後に止めるのが取消です。申込みの取消しの場合には,拘束がかかります。いつでも取消しができるわけではありません。

国連国際動産売買条約(CISG)第16条 【申込みの取消可能性とその制限】
(1)契約が締結されるまで,申込みは取消すことができる。ただし,この場合には,被申込者が承諾の通知を発する前に取消の通知が被申込者に到達しなければならない
(2)しかしながら,申込みは,次のいずれかの場合には,取消すことができない。
 (a)申込みが,承諾期間の設定その他の方法により,取消不能のものであることを示している場合。
 (b)被申込者が,申込みを取消不能のものであると了解したのが合理的であり,かつ,被申込者がその申込みに信頼を置いて行動している場合。

民法の立法者は,申込みの発信をする,それから,申込みが到達する。こう到達しますよね,このときに,申込みの効力が生じる。これは,民法97条に規定されています(到達主義)。

図5-2を見てください。9月1日に申込みを郵便で発信し,申込みが9月3日に到達したとしましょう。まず,申し込み発信後,到達前の9月2日に,申込者が申込みをなかったことにしたいとして,相手に電話(FAXでもよい)をしたという場合を考えてみましょう。この場合,申込みはまだ効力を発生していないので,申込みの撤回は問題なく認められます。これに対して,申込みの到達後の9月4日に,申込者が申込みをなかったことにしたいという場合には,この申込みをなかったことにできるかどうかは,問題となります。

そこで,民法の立法者は,申込みが到達し,民法97条によって申込みが効力を発生した後に,その申込みを初めに遡ってなかったことにすることを「申込みの取消し」といって,承諾期間の定めがある申込みの場合は取消しができない,承諾期間の定めがない申込みの場合でも,相当期間の経過後でなければ,取消しはできないとしていました。

図4-2 申込みの「撤回」と「取消し」との区別(現代語化でこの区別は廃止され,すべて撤回へ)

このようにして,民法の現代化される前には,申込みに関しては,すべて取消と書かれていた。ところが,ドイツ民法を信奉されている人たちから,「これは撤回だ」というのが圧倒的通説になった。法律行為としては効力を生じていないから,撤回であるという理論です。この考え方からいうと,意思表示の到達後,すなわち,申込みの効力が発生した後も撤回だということになります。

けれども,それは,「契約」の撤回の問題であって,申込みの「撤回」ではありません。通説は,主語を摩り替えているのです。申込の効力が発生した後で,なかったことにするというのは,撤回ではなくて,取消のはずです。

申込みについて到達主義を採用し,申込みが到達したならば,申込みには,民法521条,524条の拘束力が生じるとしているにもかかわらず,既に拘束力が生じている申込みをなかったことにすることを「取消し」ではなく「撤回」とすることは,民法97条と矛盾するといわなければなりません。

確かに,民法が現代語化されて,申込みの取消しが全て撤回に変更されたにもかかわらず,おかしいといい続けているのは筆者だけかもしれません。民法の現代語化という名目の下に,申込みの取消しが,申込みの撤回と修正されてしまった以上,試験を受けなければならない学生としては,そこを争っても,減点されるだけですから,国際基準とは離れてしまいますが,申込みについては,全て「撤回」という言葉使うほかないでしょう。

しかし,わが国も,国連国際動産売買契約(CISG)に近々加盟するはずです。そうすると,民法の定義も国際条約に合わさざるを得ない。10年後には,民法を元通りに再修正しなくてはならなくなるのではないかと思っています。


講義のまとめ


申込みと承諾

申込みの誘引,予約,手付

申込みの撤回と申込みの取消し


参考文献


[我妻・各論中1(1957)260頁]
我妻栄『債権各論中巻一』岩波書店(1957)
[須永・ホテル旅館宿泊契約(1963)]
須永醇「ホテル・旅館宿泊契約」『契約法大系VI』有斐閣(1963)195頁
[小川・予約の機能(1990)]
小川幸士「予約の機能としては,どのような場合が考えられ,何を問題とすべきか」『講座・現代契約と現代債権の展望(5)契約の一般的課題』(1990)84頁
[曽野,山手・国際売買法(1993)]
曽野和明・山手正史『国際売買法』〔現代法律学全集60〕青林書院(1993年)。
[加賀山・予約と申込の誘引(1996)]
加賀山茂「『予約』と『申込の誘引』との関係について」法律時報68巻10号(1996)76-80頁
[内田・契約各論(1997)]
内田貴『民法U債権各論』東京大学出版会(1997)
[加賀山・手付の法的性質(2000)]
加賀山茂「手付の法的性質−申込の誘引,予約と手付との関係−」『民法学の課題と展望』(石田喜久夫先生古稀記念)成文堂(2000)543-570頁

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