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第5回 契約成立のプロセス

作成:2006年9月6日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


前回の講義では,契約の成立の要素となる申込みと承諾について,それぞれの意味と機能の異同を明らかにしました。今回の講義は,契約の成立のプロセスで問題となる点をすべて論じ尽くすつもりです。今回の講義は,筆者による講義の特色が最も強く表れている箇所の1つですので,ぜひ,熟読してください。

図5-1 契約の流れにおける契約の成立の位置づけ

今回の講義で学ぶべき項目は以下のとおりです。

  1. 契約成立のプロセスの6つの例題に基づく分析
    1. 承諾期間の定めのある申込みの場合の契約の成立・不成立
      1. 例題1 承諾期間を定めた申込みに対する承諾による契約の成立
        • 承諾期間の定めのある申込みについて,その期間内に承諾を発信され,その期間内に承諾が到達した場合には,契約が成立すること,さらに,契約の成立時は,承諾の到達の時ではなく,承諾の到達の時であること(契約が成立する場合の「承諾の発信主義」(承諾の遡及効))を学ぶ。
      2. 例題2 承諾期間のある申込みの場合の契約の不成立
        • 承諾期間の定めのある申込みについて,その期間内に承諾を発信していたとしても,その期間内に承諾が到達しないと契約は成立しないこと(契約の正否の判断の基準時に関する「承諾の到達主義」)を学ぶ。
      3. 例題3 承諾期間を定めた申込みに対する承諾の延着
        • 承諾期間の定めのある申込みについて,承諾がその期間内に到達しない場合でも,通常の場合にはその期間内に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,申込者は,信義則に則り,遅滞なく,相手方に対してその延着の通知を発しなければならない。そして,申込者がそのような通知を怠ったときは,承諾は延着しなかったものとみなされ,契約は成立すること(民法522条に組み込まれた信義則)を学ぶ。
    2. 承諾期間の定めのない申込みの場合の契約の成立・不成立
      1. 例題4 承諾期間の定めのない申込みの取消しと契約の不成立
        • 承諾期間の定めのない申込みについて,相当期間(熟慮期間)が経過しても承諾がない場合には,申込者は,申込みの撤回をすることができる。その場合には,申込みの撤回通知が到達した時点で,契約は不成立となること(申込みの撤回の「到達主義」)を学ぶ。
      2. 例題5 承諾期間の定めのない申込みの取消しとその到達前の承諾の発信による契約の成立
        • 承諾期間の定めのない申込みについて,相当期間(熟慮期間)が経過しても承諾がない場合には,申込者は,申込みの撤回をすることができる。しかし,申込みの撤回通知が到達する前に,被申込者が承諾を発信していた場合には,契約は成立すること(申込みの撤回の隠された効力要件)を学ぶ。
      3. 例題6 承諾期間の定めのない申込みの取消しの延着
        • 承諾期間の定めのない申込みについて,申込みの撤回通知が到達する前に被申込者が承諾を発信していた場合であっても,通常の場合には申込みの撤回通知が承諾の発信よりも先に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,被申込者は,信義則に則り,遅滞なく,相手方に対してその延着の通知を発しなければならない。そして,被申込者がそのような通知を怠ったときは,申込みの撤回通知は延着しなかったものとみなされ,契約は不成立となること(民法527条に組み込まれた信義則)を学ぶ。
  2. 承諾の延着,および,申込みの撤回通知の延着における信義則の役割

1 契約成立のプロセスに関する例題に基づく分析


A. 承諾期間の定めのある申込みの場合の契約の成立・不成立

これから,契約の成立のプロセスに関して筆者が作成した6つの例題を題材として,どういう場合に契約が成立して,どういう場合に契約しないかを説明していきます。新司法試験では,まだ出題されたことのない領域ですので,今後,出題が予想されます。今のうちから,しっかり準備しておきましょう。以下の6つの例題では,契約は成立するのかどうか,成立するとした場合,いつの時点で成立するのかということが問題となります。

問題を解くにあたっての前提知識として,意思表示の効力発生時期に関する一般原則としての到達主義,その例外としての承諾の発信主義を理解しておく必要があります。詳しくは,法律学辞典を引いて調べておいてください。

意思表示の効力の発生時点は,民法97条により,原則として,意思表示の到達時点となります。例えば,申込みや申込みの撤回の意思表示は,到達したときから効力を生じます。これを意思表示の到達主義と呼んでいます。

第97条(隔地者に対する意思表示)
@隔地者に対する意思表示は,その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
A隔地者に対する意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,又は行為能力を喪失したときであっても,そのためにその効力を妨げられない。

これに対して,承諾の意思表示については例外があります。民法526条1項を見てみましょう。

第526条(隔地者間の契約の成立時期)
@隔地者間の契約は,承諾の通知を発した時に成立する。
A申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には,契約は,承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。

承諾の場合には,民法526条1項により,承諾の意思表示は,発信のときに効力が生じ,承諾の通知の発信のときに契約が成立します。これが,承諾の発信主義と呼ばれているものです。ただし,この承諾の発信主義には,重要な例外があります。以下の例題を通じて,承諾の発信主義と呼ばれているものの実態は,実は,契約の成否の判断の基準時に関する「承諾の到達主義」に加えて,承諾が効力を生じた場合に限って,承諾の効力を発信のときまで遡らせている(承諾の遡及効)に過ぎないことが判明することになりますので,注意してください。

a) 例題1 承諾期間を定めた申込みに対する承諾による契約の成立

例題1は,承諾期間の定めのある申込み(10月13日までに承諾してください(必着))について,被申込者が10月9日に承諾の通知を発信し,かつ,その承諾の通知が承諾期間内の10月11日に到達したという,非常にわかりやすい事例です。

表5-1 承諾期間のある申込みの場合の契約の成立
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回が可能
10/03 申込通知の到達 申込みの効力が発生
(承諾期間内は,申込みの撤回(取消し)ができない)
承諾期間
10/09 承諾通知の発信 契約成立
10/11 承諾の通知が到達 承諾の効力発生↑(遡及効)
10/13 以後,申込の効力は失効する

例題1の場合には,申込みに定められた承諾期間内に承諾が発信され,かつ,承諾期間内に到達していますので,契約は問題なしに成立します。ここでの問題は,単に,契約の成立の時点はいつなのかということです。意思表示の効力の発生時点は,原則として,民法97条に従って意思表示の到達時点となるはずです。しかし,承諾については,民法526条1項の例外(承諾の発信主義)があり,契約は,承諾の到達時点である10月11日ではなく,承諾の発信の時点である10月9日に成立します。

それでは,発信主義が採られている承諾については,承諾の発信の時点だけが重要なのかというと,実は,そうではありません。特に,承諾期間に定めがある場合には,承諾の到達の時点も重要です。そのことは,次の例題2を検討するとよくわかります。

b) 例題2 承諾期間のある申込みの場合の契約の不成立

例題2は,承諾期間の定めのある申込み(10月13日までに承諾してください(必着))というところまでは,例題1と同じです。例題1と異なるのは,被申込者が承諾期間ぎりぎりの10月12日に承諾の通知を発信し,したがって,その承諾の通知が承諾期間が経過した後の10月14日に到達したという点です。承諾の発信は,承諾期間内だが,承諾の到達は承諾期間経過後であるという点で,承諾の発信主義とは何かを問う問題となっています。

表5-2 承諾期間のある申込みの場合の契約の不成立
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回が可能
10/03 申込通知の到達 申込みの効力が発生
(承諾期間内は,申込みの撤回(取消し)ができない)
承諾期間
10/12 承諾通知の発信 契約不成立
10/13 申込の効力が失効
10/14 承諾通知の到達 承諾の効力も発生しない↑(遡及もできない)

例題1で考えたように,承諾期間内に承諾が発信されているのだから,民法526条1項により,契約は承諾の発信時点である10月12日に成立することになりそうです。しかし,民法521条は,承諾期間の定めのある申込みの場合,申込者は申込みを撤回できないとする反面(民法521条1項),承諾がその期間内に到達しない場合には,申込みが期限切れとなって効力を失うため(民法521条2項),たとえ,承諾がその後に到達したとしても,契約は成立しないのです。

第521条(承諾の期間の定めのある申込み)
@承諾の期間を定めてした契約の申込みは,撤回することができない。
A申込者が前項の申込みに対して同項の期間内に承諾の通知を受けなかったときは,その申込みは,その効力を失う。

ここで大切なことは,わが国が採用している承諾の発信主義とは,全面的な発信主義ではないということです。なぜなら,承諾の到達時点で,申込みの効力がなくなっている場合には,承諾も効力を生じることができないため,契約は成立しないからです。契約が成立するかどうかは,承諾の発信時点が基準となるのではなく,意外にも,承諾の到達時点が基準となるのです。そして,承諾の到達の時点で申込みの効力が生じている場合に限って,承諾の効力を承諾の発信の時点にまで遡らせることができるのです。このように考えると,わが国が採用しているといわれる承諾の発信主義とは,契約が成立するかどうかについては,承諾の時点ではなくて到達の時点で判断し,到達の時点で申込みの効力が生じている場合に限って,契約成立の時点を承諾の発信の時点まで遡及させているに過ぎないことを理解しなければなりません(契約の成否の判断の基準時に関する承諾の到達主義+契約の成立時点についての承諾の遡及効)。

このようにして,承諾の発信主義といわれているものが,実は,承諾の到達時点をきちんと考慮しているものであることがわかります。ところで,承諾期間に遅れた承諾の運命はどうなるのでしょうか。その点については,民法523条に規定があります。

第523条(遅延した承諾の効力)
申込者は,遅延した承諾を新たな申込みとみなすことができる。

遅延した承諾は,新しい申込みとなることができるのですが,相手方である申込者がそれに対し更に承諾をするか否かは自由です。このような検討を経て,例題2の答えは,契約は成立しない。遅延した承諾は,せいぜい新たな申込みとみなされるに過ぎないということになります。

例題2を解くことができた現在,皆さんが信じていた承諾の発信主義についての神話(承諾については,発信のときを基準として判断され,かつ,承諾の発信の時に契約が成立する)を覆し,法的知識を正確に再構築する必要が生じています。

民法が採用している承諾の発信主義とは,承諾の発信の時を基準に判断し,承諾の発信のときに契約が成立するといった全面的な発信主義ではありません。むしろ,契約の成立・不成立は,承諾の発信の時ではなく,承諾の到達の時点で判断されます。そして,承諾の到達時点で,申込みの効力が持続しているかどうかどうかを判断し,申込みの効力が持続している場合に限って(民法521条2項),契約の成立の時期を承諾の発信のときにまで遡らせている(民法526条1項)に過ぎません。つまり,わが国の承諾の発信主義の厳密な意味は,以下のように分析することができます。

c) 例題3 承諾期間を定めた申込みに対する承諾の延着

例題3は,例題1と例題2との混合類型です。承諾期間の定めのある申込み(10月13日までに承諾してください(必着))について,被申込者が余裕を見て10月9日に承諾の通知を発信したのですが,その承諾の通知が郵便事情のせいで,10月15日に延着したという例です。承諾通知の発信は例題1と同じなのに,郵便等の遅配のため,到着は,例題2と同じように,承諾期間の経過後に到達したというものです。結果的には,例題2と同じく承諾期間経過後の承諾の到達に該当するのですが,被申込者の側の事情からいうと,承諾の発信については,例題1と同じく,十分余裕をもって承諾を発信しており,何らかの形で,被申込者を保護する必要がある例だということになります。

表5-3 承諾期間のある申込みに対する承諾通知が延着した場合の契約の成否?
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回が可能
10/03 申込通知の到達 申込みの効力が発生
(承諾期間内は,申込みの取消し(撤回)ができない)
承諾期間
10/09 承諾通知の発信 契約の成否?
10/11 (通常なら,承諾通知到達)
10/13 申込効力失効
10/14 (承諾不到達の通知?)
10/15 承諾の通知が到達(延着) 承諾効力不発生?
10/16 (承諾不到達通知の到達?)

このような場合について,民法は,522条によって問題を解決しようとしています。質疑応答をしながら,例題3を解いてみることにしましょう。

講師:例題3の場合,例題1のように,契約が成立するのか,それとも,例題2のように契約は成立しないのか,皆さんの考えを聞いてみましょう。例題3の場合,契約は成立しますか。
学生A:成立すると思います。
講師:どうしてですか。
学生A:承諾の通知が,例題1と同じように,承諾期間が経過する前に,十分な余裕をもって発信されているからです。
講師:契約が成立するとすると,いつ成立しますか。
学生A:10月9日の承諾の発信のときです。
講師:答えの根拠は,承諾の発信主義ですね。しかし,例題2で明らかにしたように,民法の採用する承諾の発信主義は,全面的な発信主義ではありませんでしたね。承諾の到達の時点を考慮して,到達の時点が承諾期間内であれば,承諾は,発信のときに遡って成立する。しかし,到達の時点が承諾期間を経過している場合には,契約は成立しないというものでしたね。そうだとすると,例題3の場合,承諾が成立した時点では,すでに,承諾期間が経過しています。したがって,契約は成立しないということになるのではありませんか。
学生A:そうでした。契約は成立しません。
講師:引っ掛けられましたね。残念でした。例題3の場合,民法521条だけでなく,民法522条を考慮して答えなければなりません。民法522条をよく読んで,例題3に,民法522条を適用してみてください。次の人。
第522条(承諾の通知の延着)
@前条第1項の申込み〔承諾期間の定めのある申込み〕に対する承諾の通知が同項の期間の経過後に到達した場合であっても,通常の場合にはその期間内に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,申込者は,遅滞なく,相手方に対してその延着の通知を発しなければならない。ただし,その到達前に遅延の通知を発したときは,この限りでない。
A申込者が前項本文の延着の通知を怠ったときは,承諾の通知は,前条第1項の〔承諾〕期間内に到達したものとみなす。
学生B:民法522条によると,申込者が承諾の通知の消印とか文面とかで,10月9日に余裕を持って承諾を発しにしていることがわかる場合には,被申込者に対して,遅滞なく,延着の通知をしなければなりません。もしも,延着の通知をしていれば,民法521条にしたがって契約は不成立となります。そうではなく,延着の通知をしていない場合には,民法522条にしたがって契約は成立することになります。
講師:よくできました。正解です。従来の法学部の講義だと,質問はこれで終わりなのですが,法科大学院では,その理由はなぜかということまで尋ねられます。例題2で詳しく説明したように,民法521条によれば,承諾が承諾期間の経過後に到達した場合には申込みの効力が失われているため,契約は成立しないということになってました。それにもかかわらず,民法522条の承諾の延着の場合に,契約が成立する可能性があるのは,なぜなのでしょうか。
学生B:民法522条は,民法521条の例外だからです。
講師:どこが例外なのですか。そして,なぜ,契約が成立するのですか。
学生B:民法521条の適用の結果と民法522条の適用の結果が異なるので,原則と例外の関係かなと…。
講師:よい視点だと思いますが,結論を出す前に,もう一度,民法521条と民法522条とをきちんと比較してみてください。
学生B:わかりました。申込者が,承諾の延着通知を怠ると,民法522条によって,承諾期間内に到達したものとみなされるので,民法521条の反対解釈によって契約が成立します。
講師:その通りです。民法521条は,承諾は,承諾期間内に到達しなければならないとしており,その原則は,民法522条でも尊重されていますね。つまり,民法522条は,原則の例外というよりは,民法521条との整合性が保たれたものとなっています。
講師:次の問題は,申込者はなぜ,遅滞なく延着通知をしなければならないのかというものです。この点は,従来,あまり指摘されてこなかった点なので,講師の方で説明します。
講師:民法522条は,郵便等が延着した場合について,通信手段を信頼して契約の準備行為を開始した被申込者を保護するために,申込者に対して,遅滞なく延着の通知をしなければならないという情報提供義務を課しています。その理由は,余裕を持って承諾をした被申込者が契約は成立したものとして契約の準備行為を開始した場合,被申込者に無駄な出費(損害)が発生する恐れがあるからです。そして,申込者がその情報提供義務に違反した場合には,そのサンクションとして,承諾は,延着しなかったものとみなす(民法522条の旧条文),すなわち,承諾期間内に到達したものとみなす(現行民法522条)として,問題を解決しているわけです。
講師:それでは,質疑に戻ります。次の人。申込者が延着通知を怠った場合には,契約はいつ成立しますか。
学生C:承諾通知を発信した10月9日です。
講師:その通りです。延着通知を怠った場合には,延着がなかったものとみなされるから,承諾は,承諾期間内に到達したとみなされる。その結果,10月9日に契約が成立したことになるのですね。では,最後に,知識の確認をしましょう。なぜ,申込者に延着の通知が要求されているのですか。
学生C:延着通知を出さないと,被申込者は契約が成立したと思って準備を進めているから,被申込者に正確な情報を伝える必要があります。
講師:そうですね,よろしい。通信手段を信頼して,契約が成立してものとして行動している相手方を保護する必要があるからですね。これは,広い意味での信義則の問題です。具体的な条文に信義則の法理が組み込まれている非常にわかりやすい例なのです。図5-2をみてください。
法律要件 信義則の適用 法律効果
被申込者側
の事情
承諾の延着
通常なら期限内に到達すべき時期に発信
通信手段に対する信頼の発生
延着通知がなければ,
契約は成立したものとして
行動することができる
申込者側
の事情
消印・日付等で延着の事情が分かる
相手方に対する通知義務の発生
延着通知をしないと
延着しなかったとみなされる
図5-2 承諾の延着における信義則の適用 

承諾を発した被申込者は,締め切り期間に間に合うと思って行動しているのですね。そうするとこのような相手方を保護するためという観点から,信義則が出てくるのです。郵便が通常の期間内に配達されることを信じるのは普通のことなので,通信手段に対する信頼が保護に値するとされているわけです。

他方,申込者は,郵便の消印等から,承諾の通知が延着していることが分かります。その場合,申込者には,信義則によって,通知義務が発生します。この通知義務が重要です。この問題は,契約交渉段階の過失の問題とも関連します。

最高裁の判例で,マンションの売買交渉で,売主が相手方の要望を聞いて誠実に対応していたところ,契約する気がないのに契約交渉を続けた買主からやはりやめるとされた場合に,かかった費用の損害賠償請求を認めた有名な判決があります(最三判昭59・9・18判時1137号51頁(判例百選U債権[第5版] 第4事件))。

最三判昭59・9・18判時1137号51頁
 マンションの購入希望者において,その売却予定者と売買交渉に入り,その交渉過程で歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり,レイアウト図を交付するなどしたうえ,電気容量の不足を指摘し,売却予定者が容量増加のための設計変更及び施工をすることを容認しながら,交渉開始6か月後に自らの都合により契約を結ぶに至らなかつたなどの事情があるときは,購入希望者は,当該契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして,売却予定者が右設計変更及び施工をしたために被つた損害を賠償する責任を負う。

上記の判例でも指摘されているように,契約する気がないのであれば,早めに知らせることが必要なんですね。それと同じです。誤解が分かっていた場合には,信義則から,誤解を解く情報を伝えてあげるという情報提供義務が生じる。それがなければ,被申込者は,契約は成立したものとして行動しまって,余計な出費をする恐れがあります。したがって,申込者は,損害を軽減するために信義則上,情報提供義務を負います。そして,申込者がその義務を怠った場合には,被申込者のために,承諾が延着しなかったとみなされるのですね。

このように,条文に書いてあることの理由を分析し,その理由をしっかりと長期記憶に蓄えることが大切です。

B. 承諾期間の定めのない申込みの場合の契約の成立・不成立

a) 例題4 承諾期間の定めのない申込みの取消しと契約の不成立

例題4は,承諾期間の定めのない申込みについて,相当な熟慮期間(ここでは20日程度)を経ても被申込者が承諾をしないため,申込者が申込みの撤回通知を発信し,その通知が到達したところ,それを見た被申込者があわてて承諾の発信をしたというものです。

表5-4 申込取消による契約の不成立
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回可能
10/03 申込通知の到達 申込みの効力の発生
(相当期間,申込みの取消(撤回)不可)
10/23 申込取消(撤回)通知の発信
10/25 申込取消(撤回)通知の到達 申込みの効力の失効
10/26 承諾通知の発信 契約不成立
10/29 承諾通知の到達 承諾の効力不発生↑(遡及できない)

民法524条によると,承諾期間の定めのない申込みの場合,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回することができないとされています。反対解釈をすると,承諾期間の定めのある申込みの場合とは異なり,承諾期間の定めのない申込みの場合には,申込みが到達した場合でも,承諾をするかどうかを考えるのに相当な期間が経過した後は,申込みの撤回をすることができるということになります。申込みの撤回は,意思表示の原則である民法97条にしたがい,申込みの撤回通知が到達したときにその効力が生じ,契約は成立しないことになります。

第524条(承諾の期間の定めのない申込み)
承諾の期間を定めないで隔地者に対してした申込みは,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは,撤回することができない。

例題4の場合,申込みが到達してから,被申込者が承諾するかどうか相当な期間が経過した後に,申込者が申込みの撤回通知を発信し,それが,10月25日に到達しています。被申込者が承諾の発信をしたのは,その後の10月26日です。申込みは,申込みの撤回通知の到達によって効力を失っていますので,その後で承諾をしても,時すでに遅しです。この場合は,契約は成立しません。

b) 例題5 承諾期間の定めのない申込みの取消しとその到達前の承諾の発信による契約の成立

例題5は,承諾期間の定めのない申込みについて,相当期間の経過後に申込者が申込みの撤回通知を発信したというところまでは,例題4と同じです。例題4と異なるのは,申込みの撤回通知が到達する前に,被申込者が承諾を発信している点です。

例題5は,申込みの撤回は相当期間の経過後だが,その到達は,承諾の発信よりも後だったという場合であり,先に解いた例題2の場合と同様,承諾の発信主義とは何かを問う問題となっています。

表5-5 承諾発信後の申込取消の効力の不発生による契約の成立
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回可能
10/03 申込通知の到達 申込効力発生
(相当期間,申込みの取消不可)
10/23 申込取消(撤回)通知の発信
10/24 承諾通知の発信 契約成立
10/25 申込撤回(取消)通知の到達 申込撤回(取消し)の効力の不発生
(←承諾発信前に到達していない)
→申込みの効力あり
10/26 承諾通知の到達 承諾効力の発生↑(遡及効)

例題5の場合には,承諾の到達は,申込みの撤回通知の到着よりも後になっており,承諾の発信主義について,その到達を考慮した上で,到達時点で申込みの効力が失われていない場合には,承諾の効力を発信の時点まで遡らせるものだと理解した場合,承諾の到達時点で,申込みの効力は失われているため,承諾が先に発信されいても,契約は成立しないということになりそうです。ところが,結論は,契約は成立するということになるのです。理由は承諾の発信主義でもよさそうですが,厳密に考えると,それでは済まされない。つまり,この問題は,理由付けが難しい。理由を書かせる試験問題としては最適だということになります。

例題5は,条文に直接規定されていない問題に関することでもあり,承諾の発信主義の意味と申込みの撤回の限界を画する非常に難しい問題なので,普通の教科書には載っていません。例題2をクリアして,民法が単純な承諾発信主義をとっていないということをわかっている人にとっては,この問題は,むしろ,非常に手ごわいものとなっています。例題2と例題5とを矛盾なく解答するには,皆さんの法的分析能力のレベルをさらに上げなければなりません。

例題5は,結論としては,撤回通知の到達前に承諾が発信されているから,契約は成立します。でも,日本の発信主義は単なる発信主義ではないことは例題2ですでにマスター済みです。つまり,承諾の発信主義といっても,承諾の到達時点がきちんと考慮されている。到達の時点で申込みの効力が発生している場合にのみ,承諾の効力を発信時に遡及させることができるということでしたね。

そのように考えると,到達の段階で,申込みの撤回通知と承諾通知との先後関係を比較してみると,承諾の到達の時点で,すでに申込みの撤回の効力が生じています。いくら承諾が発信されていても,承諾の到達の時点では申込みの撤回通知が先に到達しているから,契約は不成立ということになりかねません。ところが,承諾の到達主義をとっている国でも,この場合は,契約は成立としています。なぜなのでしょうか。

世界標準とされ,承諾の到達主義を採用している国連国際動産売買条約(CISG)第16条を見てみましょう。承諾の到達主義をとるところでも承諾の発信する前に申込みを取り消し(撤回)していないと契約は成立するとしています。わが国の場合には,承諾の発信主義をとっているからここまで明確に書く必要はないのかもしれません。しかし,個人的には,このような明文があった方がいいと思っています。

(参考)国連国際動産売買条約(CISG) 承諾に関して「到達主義」をとる典型例
第16条【申込みの取消可能性とその制限】
 (1)契約が締結されるまで,申込みは取消すことができる。ただし,この場合には,被申込者が承諾の通知を発する前に取消の通知が被申込者に到達しなければならない。
 (2)しかしながら,申込みは,次のいずれかの場合には,取消すことができない。
  (a)申込みが,承諾期間の設定その他の方法により,取消不能のものであることを示している場合。
  (b)被申込者が,申込みを取消不能のものであると了解したのが合理的であり,かつ,被申込者がその申込みに信頼を置いて行動している場合。

ここでの問題は,申込み,申込みの撤回ばかりでなく,承諾に関して到達主義を採用している場合であっても,申込みの撤回(取消)通知が承諾通知の発信に遅れた場合には,契約は成立するとしているのは,なぜかというものです。

その理由を知るには,申込みの撤回の本質に迫る必要があります。この問題は,申込みの撤回が承諾期間の定めのない申込みの場合にのみ許されるという民法524条に関連します。申込みに承諾期間を定めずにおいて,被申込者に承諾するかどうかゆっくり考慮してくださいと表示しておきながら,ある期間を過ぎると,申込みを撤回しますというのは,申込みに承諾期間を定めたのと同じことをしようとするものです。言い換えれば,申込みに承諾期間が定められていないにもかかわらず,承諾を撤回することは,申込みの性質(承諾期間のない申込み)を一方的に変更するものです。したがって,相当期間の経過後に,しかも,申込みの撤回通知の到達が承諾の発信よりも前に到達しなければならないという要件が信義則から生じているのです。つまり,申込みの撤回(取消)通知は,承諾の発信前に到達しなければその効力を生じさせないというのが,承諾の到達主義を採用する国々でも一般に認められているのです。

承諾の発信主義をとるわが国でも,同じことがいえます。承諾期間の定めのない申込みは,その到達後も,撤回(取消し)することもできる。しかし,承諾期間の定めのない申込みを受け,申込みの撤回通知が到達する前に,熟慮の上で承諾を通知した被申込者の契約成立への期待は保護されるべきです。したがって,申込みの撤回(取消)通知が到達する前に承諾が発信された場合には,信義則上,申込みの撤回は,その効力を生じないのです。

このように考えると,例題5の場合,申込みの撤回の効力は生じませんから,承諾が到達した10月26日の時点でも,申込みは効力を有しています。したがって,承諾の効力は遡及して,10月24日の段階で契約は成立することになるのです。これが,例題5の解答となります。

以上の検討を踏まえて,申込みの撤回(申込みの取消し)の機能とその要件を以下のようにまとめておくことにしましょう。

最後に例題6に移ります。例題5の場合に,さらに延着の問題が複雑に入り込みます。

c) 例題6 承諾期間の定めのない申込みの取消しの延着

例題6は,例題4と例題5との混合類型です。承諾期間の定めのない申込みについて,申込者が承諾通知の発信よりもずいぶん前の10月23日に申込みの撤回通知を発信したのですが,その撤回通知が郵便事情のせいで,10月29日に延着したという例です。申込みの撤回通知の発信は例題4と同じなのに,郵便等の遅配のため,到着は,例題5と同じように,承諾期間の経過後に到達したというものです。

5-6 申込取消の通知が延着した場合の契約の成否?
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込みの到達までは,申込みの撤回が可能
10/03 申込通知の到達 申込みの効力の発生
(相当期間,申込撤回(取消)不可)
10/23 申込撤回(取消)通知の発信
10/25 (本来なら,
申込撤回(取消)通知の到達)
(本来なら,
申込みの効力の失効)
10/28 承諾通知の発信 契約の成否?
10/29 申込撤回(取消)通知の到達(延着) 申込撤回(取消)の効力の不発生?
10/30 承諾の通知の到達 承諾の効力の発生?↑
10/31 (申込撤回(取消)通知の延着通知の発信?)
11/02 (申込撤回(取消し)の延着通知の到着?)

例題6は,例題5と同じく承諾発信後の申込みの撤回通知の到達に該当するのですが,申込者の側の事情からいうと,申込みの撤回通知の発信については,例題4と同じく,承諾発信よりもずっと前に申込みの撤回通知を発信しており,何らかの形で,申込者を保護する必要がある例だということになります。

例題6の場合,延着したということを度外視すると,申込みの撤回通知は,承諾の発信された10月28日よりも後の10月29日に到達しています。このような場合というのは例題5の場合と同じであるため,契約不成立となるはずです。しかし,民法522条の場合について,すでに例題3で検討したように,延着を知りえた被申込者は,申込みの撤回通知が延着したことを遅滞なく申込者に通知しなければならないという,情報提供義務が信義則から導かれるはずです。わが国の民法527条は,この点について明文の規定を有しています。ところが,外国で,このような規定を持っている国はほとんどない。日本の民法の立法者が独自に作成したわが国が誇ることのできる優れた条文なのです。

第527条(申込みの撤回の通知の延着)
@申込みの撤回の通知が承諾の通知を発した後に到達した場合であっても,通常の場合にはその前に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく,申込者に対してその延着の通知を発しなければならない。
A承諾者が前項の延着の通知を怠ったときは,契約は,成立しなかったものとみなす。

この条文を知っていると,例題6は,簡単に解答できます。解答のポイントは,被申込者が延着を知りえたかどうか,知りえた場合に,遅滞なく延着通知を発信したかどうかです。

第1に,被申込者が申込みの撤回通知の延着を遅滞なく行っていれば,申込みの撤回通知の到達よりも,承諾の発信の方が先なので,例題5で考察したように,契約は成立します。

第2に,被申込者が申込みの撤回通知の延着を知ることができたのに,遅滞なく延着通知を行うことを怠ったときには,契約は不成立となります。その理由は,例題6の場合には,申込みの撤回通知は,通常ならば,承諾の発信よりも前に到達するはずの時期に発信されており,郵便事情のせいで延着したに過ぎないという点が,通常の場合とは異なるからです。この場合に,被申込者が,消印や文面から申込みの撤回通知の延着を知ることができる場合には,申込みは撤回されたと信じて行動している申込者を保護する必要があります。そして,このような場合には,信義則上,被申込者に遅滞なく延着を通知するという情報提供義務が発生します。そして,被申込者がそのような通知義務を怠った場合には,申込みの撤回通知は延着しなかったものとみなされ,契約は不成立となるのです。

このような解答が導かれるプロセスは例題3の場合とほとんど同じです。図5-3を見ると,民法527条は,民法522条と同様,信義則から生じる情報提供義務の一場面を具体化した条文であることを実感できることと思います。

法律要件 信義則の適用 法律効果
申込者側
の事情
申込みの撤回通知の延着
通常なら期限内に到達すべき時期に発信
通信手段に対する信頼の発生
延着通知がなければ,
契約は成立しなかったものとして
行動することができる
被申込者側
の事情
消印・日付等で延着の事情が分かる
相手方に対する通知義務の発生
延着通知をしないと
延着しなかったとみなされる
図5-3 申込みの撤回通知の延着における信義則の適用

現代社会において,消費者保護の観点から,情報の格差が存在する場合に情報提供義務が生じることは,盛んに議論されています。しかし,対等な当事者間においても,通信手段を信頼した当事者が延着を知らずに行動していることを知った相手方には,信義則上,遅滞なく延着を通知すべきであるという情報提供義務が生じることを民法522条,および,民法527条は,明文でもって規定しているのです。

民法における情報提供義務という課題は,非常に重要な問題です。情報提供義務という観点から契約の成立のプロセスを振り返りながら復習をしてみてください。確かに,これまで,契約の成立についての判例は非常に少なかった。英米では,書式の争いという言葉があります。この書式の争(battle of forms)いということで,契約の成立の判例が非常に多いのです。わが国でも,今は,大学の入学金の返戻問題が,消費者契約法もできたことで,非常に注目されています。最近では,契約の成立に関する論文も多く書かれています。消費者契約法の施行に伴い,判例もこれから増える傾向にあります。ですから,新司法試験の問題としても,出題される可能性が高い分野になると思います。ぜひ,復習をしておいてください。


講義のまとめ


  1. 契約成立・不成立の判断基準
    1. 申込みの撤回の基準
      • 申込みが到達する前は,申込者は,申込みを自由に撤回できる。
      • 申込みが到達した後は,申込みの撤回(申込みの取消し)は大きな拘束を受ける。
        • 申込みに承諾期間の定めがある場合には,申込みの撤回はできない(民法521条1項)。
        • 申込みに承諾期間の定めがない場合には,相当期間の経過後で,かつ,承諾の発信までに申込みの撤回通知が到達した場合に限って可能である。
    2. 申込みに承諾期間がある場合の契約の成立・不成立の判断基準
      • 申込みに承諾期間の定めがある場合については,承諾が承諾期間内に到達しているかどうかが決め手となる。承諾が期間内に到達していれば,承諾は,発信のときに遡って成立する。承諾が期間内に到達しなかったときは,契約は不成立となる。
        • ただし,承諾通知が郵便事情等で延着した場合には,信義則から生じる延着通知義務を被申込者が履行しているかどうかが決め手となる。
    3. 申込みに承諾期間の定めがない場合の契約の成立・不成立の判断基準
      • 申込みに承諾期間の定めがない場合には,申込みの撤回が可能となる。しかし,この場合の申込みの撤回は,承諾期間の定めがない申込みと矛盾するため,申込みの撤回通知が効力を生じるためには,以下の2点が満たされていなければならない。
        • 被申込者が契約を締結するかどうか熟慮する相当期間の経過後に申込みの撤回通知が発信されること(民法524条)。
        • 被申込者が承諾の通知を発信する前に,申込みの撤回通知が到達していること((民法526条1項の発信主義,および,民法527条1項の「申込みの撤回の通知が承諾の通知を発した後に到達した場合であっても」の反対解釈))。
          • 以上の要件が満たされていない場合,すなわち,申込みの撤回通知の到達以前に承諾が発信されている場合には,契約は成立する。
      • ただし,申込みの撤回通知が郵便事情等で延着した場合には,信義則から生じる延着通知義務を申込者が履行しているかどうかが決め手となる。
  2. 契約の成立・不成立の判断基準に取り込まれた信義則上の情報提供義務

参照文献


[曽野,山手・国際売買法(1993)]
曽野和明・山手正史『国際売買法』〔現代法律学全集60〕青林書院(1993年)。
[加賀山・ウィーン統一売買法の解釈(2002)]
ウィーン統一売買法上明文の規定のない問題の解決−「申込の取消通知の延着」問題の解決を中心として−『論点解説・国際取引法』法律文化社(2002)58-69頁。

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