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第6回 契約成立における信義則の役割と立法案の作成

作成:2006年8月31日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


前回の講義では,契約が成立するかどうか,成立するかどうかの判断の基準時はいつか,契約が成立するとしていつの時点で成立するのかについて,6つの例題に基づいて説明しました。今回の講義は,その過程で得られた通説とは異なる重要な知識(契約の成否の判断の基準時に関する「承諾の到達主義」等)を立法に生かすために,立法提案を試みることにします。また,契約の成立のプロセスにおける「変更を加えた承諾」の問題を取り上げ,申込みと承諾の合致がどの程度まで厳密に要求されているのかを検討することにします。

図6-1 契約の流れにおける契約の成立の位置づけ

今回の講義で学ぶべき項目は以下の通りです。

  1. 民法522条,524条,527条から得られた法理を活かすための民法の改正案の提案
    1. 民法522条,524条,527条から得られた法理の確認
      • わが国の民法が採用している承諾の発信主義は,契約が成立した場合に,契約の成立時点を承諾の発信の時点にまで遡及させるという意味では,確かに,発信主義である(契約が成立した場合の承諾の「発信主義」)。しかし,契約が成立するかどうかの判断の基準時は,一般に理解されているのとは異なり,承諾の到達時である(契約の成否に関する到達主義)。そして,承諾の到達時点で申込みの効力があるかどうかで,契約の成否が決定されている(民法521条2項,522条,524条,527条)。
      • それにもかかわらず,承諾の発信主義とは,契約が成立した場合の契約の成立時点だけの問題だけでなく,契約の成否についても,承諾の発信時が基準時となっているのではないかとの誤解が広く流布している。その理由は,民法521条2項,522条,524条,527条の相互関係が,条文だけではうまく伝わってこないからである。したがって,このような誤解を避けるためにも,民法の条文自体をよりわかりやすくする工夫が必要である。
    2. 民法522条,524条,527条の改正試案
      • 契約の成否の判断の基準時は,先にも述べたように,承諾の到達の時点であり,その時点で申込みの効力が生じているかどうかが契約の成否の決め手となっている。そして,承諾通知や申込みの撤回の通知が延着した場合には,信義則に基づく延着通知の懈怠を理由に延着がなかったとみなすことによって,この原則を貫徹させている。
      • 以上の点が一般市民にわかるように民法の条文を改正することが,法を学ぶものの責務である。法曹を志すのであれば,単に法的な専門知識を習得するだけでなく,解釈で得られた知識を,市民の立場で立法に生かす技術を身につけておくことが必要だからである。したがって,これらの点を明らかにするような民法改正案を作成してみることが今回の講義の重要なポイントとなる。
  2. 民法の特例法として承諾の到達主義を採用した「電子消費者契約法」の問題点
    1. 承諾の発信主義の意味の取り違え
      • 電子消費者契約法は,インターネット取引が盛んになっている現状を考慮して,錯誤の規定の特則を定める(同法3条)とともに,契約の成立を承諾の発信時ではなく,承諾の到達時とする(同法4条)という世界の傾向に対応するために民法の特例として立法されたものである。
      • しかし,電子消費者契約法4条は,民法527条を適用除外とするという過誤を犯している。理由は,契約の成否の判断ついては,民法517条を含めて,わが国の民法が,世界基準と同様,承諾の到達時を基準にしているということを電子消費者契約法の立法担当者が理解していないからであると推測される。
    2. 民法527条を適用除外としたことによって生じる不都合
      • 電子消費者契約法4条が,承諾の到達主義を採用しながら,承諾の到達主義を採用する場合に不可欠となる「申込みの撤回(取消し)は被申込者が承諾の通知を発する前に到達しなければならない(CISG第16条など)」という条文を追加することなく,民法527条を適用除外としたことは,致命的なミスであった。
      • このために,電子消費者契約法4条は,前回検討した例題5のような場合について,世界基準とは異なる結果が生じており,立法の目的を達していない。したがって,電子消費者契約法4条の修正が必要となっている。
  3. 契約成立に関する「鏡像原則(Mirror Image Rule)」と変更を加えた承諾
    1. 変更を加えた承諾の意味
      • 「鏡像原則」とは,契約が成立するためには,承諾文言は,申込文言に厳密に対応していなければならないとする契約に関する英米法(コモン・ロー)の原則である。民法528条は,承諾が申し込みに変更を加えている場合には,申込みの拒絶と新たな申込み(反対申込み)に過ぎないと規定することによって,この原則に相当するものとなっている。
    2. 変更を加えた承諾の限界と信義則
      • 民法528条によれば,申込みに対して変更を加えた承諾がなされた場合,原則として,それは,申込みの拒絶と新たな申込みとみなされる。その理由は,信義則上,弱者である申込者(全面降伏者)を被申込者の不意打ち(変更を加えた承諾)から保護する必要があるからである。
      • したがって,変更の程度が非常にわずかで,申込みの内容を実質的に変更するものでない場合であって,申込者が遅滞なく異議を述べない場合には,上記の場合とは反対に,被申込者を保護する必要がある。このような場合には,信義則(民法1条2項)の再度の適用により,変更を加えた承諾である新たな申込みは,承諾されたものとみなし,契約の内容は申込みの内容に承諾中に含まれた修正を加えたものとすると解することが可能となる。

1 民法522条,524条,527条から得られた法理を活かすための民法の改正案の提案


A. 民法522条,524条,527条から得られた法理の確認

前回の講義で,民法の採用する承諾の発信主義は,確かに,契約が成立した場合に限っていえば,契約の成立の時期を承諾の発信の時点にまで遡らせているので,発信主義を採っているといってもよいでしょう。しかし,契約が成立するかどうかの判断の基準時の観点からいえば,わが国の採用する承諾の発信主義においては,その基準時を承諾の発信時点においているわけではなく,反対に,承諾の到達時においています。そして,承諾の到達時において,申込みの効力が持続しているかどうかを判断し,申込みの効力が持続している場合に限って,承諾の効力を認めていることを明らかにしました。

つまり,(1)契約の成立・不成立の判断基準,および,(2)契約が成立した場合の契約の成立時点の判断基準は,以下のようにまとめることができます。

  1. 契約が成立するかどうかの判断に関する基準時=承諾の到達時
    1. 申込みに承諾期間の定めがある場合
      • 承諾の通知が承諾期間内に到達した場合には,申込みの効力が持続しているので(民法521条2項の反対解釈),契約は成立する。
      • 承諾の通知が承諾期間の経過後に到達した場合には,申込みの効力が失われているので(民法521条2項),契約は成立しない。
        • ただし,承諾の通知が,承諾期間の経過後に到達した場合であっても,通常の場合にはその期間内に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,申込者は,遅滞なく,相手方に対してその延着の通知を発しなければならず(民法522条1項),その延着通知を怠った場合には,承諾の通知は,延着しなかったものとみなされる(民法522条2項の旧条文),すなわち,承諾期間内に到達したものとみなされる(民法522条2項)ため,契約は成立する。
    2. 申込みに承諾期間の定めがない場合
      • 申込みの撤回通知が,承諾の発信以前に到達した場合には,承諾の到達時にすでに申込みの効力が失われているので(民法524条),契約は成立しない。
      • 申込みの撤回通知が,承諾の発信の後に到達した場合には,申込みの撤回は効力を有しないため(民法527条1項の反対解釈が可能だが,明確な条文は存在しない),承諾の到達時にも申込みの効力は持続しているので,契約は成立する。
        • ただし,申込みの撤回通知が,承諾の発信の後に到達した場合であっても,通常の場合にはその前に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく,申込者に対してその延着の通知を発しなければならず(民法527条1項),その延着通知を怠ったときは,申込みの撤回通知は,延着しなかったものとみなされるため,承諾の到達時にすでに申込みの効力が失われているので,契約は成立しない。
  2. 契約の効力が発生したときの契約成立の時点=承諾の発信時

以上が,契約の成立に関する講義で習得された知識です。これを民法の条文と比較してみると,民法の条文には,その知識において欠けている部分(申込みの撤回通知は,承諾の発信以前に到達しなければ,その効力を生じないという知識)があること,そして,欠けているわけではないが,わかりにくい表現になっている箇所(民法522条2項の最後の部分「承諾の通知は,期間内に到達したものとみなす」)と民法527条2項の最後の部分「契約は,成立しなかったものとみなす」とを比較すると,整合性が取れておらず,わかりにくい)があることに気づきます。そこで,現行民法に欠けている部分やわかりにくい部分を修正する立法提案を試みることにしましょう。このような試みをすることによって,民法の理解が確実に深まります。

B. 民法522条,524条,527条の改正私案

立法提案をする場合には,上記の知識と,現行民法(現代語化される前の旧条文の方が優れている箇所もありますので,旧条文も参考にするとよいでしょう)とを比較しながら作業を進めると効率よく立法提案をすることができます。もちろん,以下のような国連国際動産売買条約等の条文との比較をすれば,一段とよいものができるでしょう。

国連国際動産売買条約(CISG)第16条【申込みの取消可能性とその制限】
 (1)契約が締結されるまで,申込みは取消すことができる。ただし,この場合には,被申込者が承諾の通知を発する前に取消の通知が被申込者に到達しなければならない。
 (2)しかしながら,申込みは,次のいずれかの場合には,取消すことができない。
  (a)申込みが,承諾期間の設定その他の方法により,取消不能のものであることを示している場合。
  (b)被申込者が,申込みを取消不能のものであると了解したのが合理的であり,かつ,被申込者がその申込みに信頼を置いて行動している場合。
国連国際動産売買条約(CISG)第21条【遅延した承諾】
 (1)遅延した承諾といえども,申込者が有効な承諾として扱う旨を遅滞なく被申込者に口頭で通告し又はその旨の通知を発した場合には,承諾としての効力を有する。
 (2)遅延した承諾を含む書簡その他の書面が,通常の通信状態であれば適切な時期に申込者に到達したであろう状況の下で発送されたことを示しているときは,申込者が遅滞なく被申込者に対して申込が既に失効していたものとして扱う旨を口頭で通告するか,又はその旨の通知を発しない限り,遅延した承諾であっても承諾としての効力を有する

以下の表6-1は,承諾の延着と申込みの取消通知の延着の場合を中心にして,関連する民法の規定をわかりやすく改正する案をまとめてみたものです。皆さんも,この表を参考して,改正案を作成してみてください。

表6-1 民法522条,52条,527条の改正私案
現行民法 改正私案
承諾の延着 第522条〔承諾延着とその通知〕
 (1)承諾ノ通知カ前条ノ期間後ニ到達シタルモ通常ノ場合ニ於テハ其期間内ニ到達スヘカリシ時ニ発送シタルモノナルコトヲ知リ得ヘキトキハ申込者ハ遅滞ナク相手方ニ対シテ其延著ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス但其到達前ニ遅延ノ通知ヲ発シタルトキハ此限ニ在ラス
 (2)申込者カ前項ノ通知ヲ怠リタルトキハ承諾ノ通知ハ延著セサリシモノト看做ス

第522条(承諾の通知の延着)
@前条第1項の申込み〔承諾期間の定めのある申込み〕に対する承諾の通知が同項の期間の経過後に到達した場合であっても,通常の場合にはその期間内に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,申込者は,遅滞なく,相手方に対してその延着の通知を発しなければならない。ただし,その到達前に遅延の通知を発したときは,この限りでない。
A申込者が前項本文の延着の通知を怠ったときは,承諾の通知は,前条第1項の〔承諾〕期間内に到達したものとみなす

第522条〔承諾延着とその通知〕
 (1)承諾の通知が前条第1項の期間後に到達したとしても,通常の場合には,その期間内に到達するはずであった時に発送したものであることを知ることができるときは,申込者は,遅滞なく相手方に対してその延着の通知を発しなければならない。ただし,その到達前に遅延の通知を発したときは,この限りでない。
 (2)申込者が前項の通知を怠ったときは,承諾の通知は,延着しなかったものとみなし契約は,申込発信の時に遡って成立する。

申込の取消 第524条〔承諾期間の定めのない申込〕
 承諾ノ期間ヲ定メスシテ隔地者ニ為シタル申込ハ申込者カ承諾ノ通知ヲ受クルニ相当ナル期間之ヲ取消スコトヲ得ス

第524条(承諾の期間の定めのない申込み)
承諾の期間を定めないで隔地者に対してした申込みは,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは,撤回する【取り消す】ことができない。

第524条〔承諾期間の定めのない申込みの取消〕
 (1)承諾の期間を定めずに隔地者にした申込みは,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過した後は,申込者がこれを取り消すことができる。ただし,申込みの取消は,承諾が発信される前に被申込者に到達していなければならない。
 (2)前項の規定にもかかわらず,相手方が,相当な期間内に,その申込みを取消不能のものと信頼して行為したときは,申込者は申込みを取り消すことができない。

申込の取消の延着 第527条〔申込取消の延着と通知〕
 (1)申込ノ取消ノ通知カ承諾ノ通知ヲ発シタル後ニ到達シタルモ通常ノ場合ニ於テハ其前ニ到達スヘカリシ時ニ発送シタルモノナルコトヲ知リ得ヘキトキハ承諾者ハ遅滞ナク申込者ニ対シテ其延著ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス
 (2)承諾者カ前項ノ通知ヲ怠リタルトキハ契約ハ成立セサリシモノト看做ス

第527条(申込みの撤回の通知の延着)
@申込みの撤回【取消し】の通知が承諾の通知を発した後に到達した場合であっても,通常の場合にはその前に到達すべき時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく,申込者に対してその延着の通知を発しなければならない。
A承諾者が前項の延着の通知を怠ったときは,契約は,成立しなかったものとみなす。
第527条〔申込取消の延着と通知〕
 (1)申込みの取消の通知が承諾の通知を発した後に到達したとしても,通常の場合には,その前に,到達するはずであった時に発送したものであることを知ることができるときは,承諾者は,遅滞なく申込者に対してその延着の通知を発しなければならない。
 (2)承諾者が前項の通知を怠ったときは,申込みの取消は,延着しなかったものとみなし,契約は,成立しない。

契約成立に関する基本的な考え方を理解し,さらに,その理解を踏まえて,民法の改正試案を作成したところなので,皆さんの実力はかなり上がっていると思います。そこで,応用力を養うために,わが国においてはじめて「承諾の到達主義」を採用した画期的な立法とされている「電子消費者契約法」をよく読み,皆さんの実力と,現代の立法者のレベルがどの程度違うのか,腕比べをしてみることにしましょう。


2 民法の特例法として承諾の到達主義を採用した「電子消費者契約法」の問題点


新司法試験の論文式の問題の特色として,民法と,ごく最近に制定された民法の特例法(例えば,動産債権譲渡特例法)とを比較して出題されるという傾向があります。したがって,今後の新司法試験の論文式の問題として,民法と借地借家法,民法と消費者契約法,民法と電子消費者契約法との対比を前提とした問題が出題されることが予想されます。したがって,以下のような問題について,しっかり勉強しておくことは,試験対策としても重要であると思われます。

電子消費者契約法(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律)が2001年6月29日に公布され,12月25日から施行されました。電子消費者契約法の要点は以下の2点です。

  1. 第3条:事業者・消費者間の電子契約では,消費者が申込みを行う前に,消費者の申込内容などを確認する措置を事業者側が講じないと,要素の錯誤にあたる操作ミスによる消費者の申込みの意思表示は無効となる(→民法95条但書の不適用)。
  2. 第4条:電子契約は,承諾の通知が申込者に到達した時に成立する(→民法526条1項,527条の不適用)。

第1点は,錯誤無効に関する特別規定であり,後に,契約の有効・無効の講義で触れることにします。問題は,第2点である,電子消費者契約における承諾の到達主義の採用です。

契約の成立の時期に関する世界基準(グローバルスタンダード)は,承諾の発信時ではなく,承諾の到達時であるとされています。この点は,国連動産売買条約(CISG18条2項)においても,また,ユニドロワ商事契約法原則(UNIDROIT2.6条2項)においても,承諾の到達主義が採用されていることからも明らかでしょう。

CISG第18条【承諾,その効力発生時期,申込みの承諾期間】
(1)申込みに同意する旨を示す被申込者の陳述その他の行為は,承諾とする。沈黙又は反応のないことは,それだけでは承諾とみなされることはない。
(2)申込みに対する承諾は,同意の意思表示が申込者に到達した時にその効力を生ずる。同意の意思表示が,申込者の定めた期間内に申込者に到達しないとき,また期間の定めがない場合においては,申込者が用いた通信手段の迅速性を含め取引の状況を十分に勘案した合理的な期間内に到達しないとき,承諾は効力を生じない。口頭による申込みは,特段の事情がある場合を除き直ちに承諾されなければならない。
(3)しかしながら,申込みの内容よりみて,又は当事者間で確立された慣行若しくは慣習の結果として,被申込者が申込者への通知をすることなく,物品の発送に関する行為や代金の支払等の行為を行うことにより同意を示すことができる場合には,その行為が行われた時に承諾としての効力が生ずる。ただし,その行為が前項に規定した期間内に行われた場合に限る。

しかしながら,申込みの取消し〔わが国の民法の現代語化以降は,申込みの撤回と同じ〕の効力に関しては,国連国際動産売買条約(CISG16条1項)においても,また,ユニドロワ商事契約法原則(UNIDROIT2.4条)においても,「申込みの取消は,承諾の発信より前に到達しなければその効力を有しない」とされており,わが国における承諾の発信主義の原則と同一の結果が生じている点に留意しなければなりません。なぜならば,「申込みの取消は,承諾の発信より前に到達しなければその効力を有しない」ということは,承諾が発信のときに効力を有するという,承諾の発信主義と同じ結果になるからです。

CISG第16条【申込みの取消可能性とその制限】
(1)契約が締結されるまで,申込みは取消すことができるただし,この場合には,被申込者が承諾の通知を発する前に取消の通知が被申込者に到達しなければならない
(2)しかしながら,申込みは,次のいずれかの場合には,取消すことができない。
(a)申込みが,承諾期間の設定その他の方法により,取消不能のものであることを示している場合。
(b)被申込者が,申込みを取消不能のものであると了解したのが合理的であり,かつ,被申込者がその申込みに信頼を置いて行動している場合。

つまり,申込みについて到達主義を採用するばかりでなく(CISG15条1項),承諾についても,原則として到達主義を採用するCISGの場合においても(CISG18条2項),申込みの取消に関しては,信義則の要請により,承諾の発信よりの前に到達することが明確に規定されています(CISG16条1項)。

A 承諾の発信主義の意味の取り違え

電子消費者契約法の論理は以下のように,単純明快です。

しかし,先にも詳しく論じたように,民法527条が問題としている申込みの撤回に関しては,承諾の到達主義を採用するCISG等も,申込みの撤回は,承諾の発信以前に到達していなければならないとしている点を忘れてはなりません。

電子消費者契約法は,わが国の承諾の発信主義を額面通りに捉え,契約の成立の判断基準の時点を承諾の発信時点であると信じて,民法526条1項と民法527条とを適用除外にしたと思われますが,民法527条は,契約の成否の判断基準を承諾の到達時点においた規定であることは明らかであり,民法527条を適用除外にする必要はなかったのです。

信義則を根拠として,郵便事情等の遅延の場合を除いて,承諾の発信より後に到達した申込みの取消の効力を原則として否定する民法527条は,現在においても,世界の傾向に通用する規定であり,その適用を排除することは,世界基準にも反する結果となってしまうことに,電子消費者契約法の立法者は,全く気づいていないようです。

B. 民法527条を適用除外とすることによって生じる不都合

電子消費者契約法の立法者が,わが国の民法527条の意義を誤解していることは,具体例を挙げて検討すれば,明らかです。

前回の講義で説明した事例のうち,承諾期間の定めのない申込みに関して,申込みの到達後,相当期間が経過したので申込者が申込みの撤回通知を行ったが,申込みの撤回の通知が到達する前に被申込者が発信したという例題5を思い出してください。

表6-2 承諾発信後の申込取消の効力の不発生による契約の成立
月日 申込者A 被申込者B 効果
10/01 申込通知の発信 申込通知の到達までは,申込みの撤回が可能
10/03 申込通知の到達 申込効力発生
(相当期間,申込みの取消不可)
10/23 申込取消(撤回)通知の発信
10/24 承諾通知の発信 契約成立
10/25 申込撤回(取消)通知の到達 申込撤回(取消し)の効力の不発生
(←承諾通知の発信前に到達していない)
→申込みの効力あり
10/26 承諾通知の到達 承諾効力の発生↑(遡及効)

この場合,世界基準といわれるCISGによれば,申込みの撤回通知は,承諾の発信以前に到達していなければ,その効力を有しないため(CISG16条1項,UNIDROIT商事契約法原則2.4条1項など),契約は成立します。承諾の発信主義を採用するとされている民法の場合,民法527条1項の反対解釈の結果,CISGと同じ結果を導くことができます。

ところが,民法526条1項,および,民法527条を適用除外とする電子消費者契約法によると,この例題5の場合には,契約は不成立となります。なぜならば,承諾の到達時点で単純に判断すると,先に申込みの撤回が到達しており,契約は成立する余地がないからです。

このように考えると,電子消費者契約法は,世界基準とされる承諾の到達主義をその形式だけをまねしただけで,具体的な事例においては,CISGなどの世界基準とは,その結論が異なることが明らかであり,決して,世界基準のレベルに達していないものであることがわかります。

それでは,電子消費者契約法4条はどのように改正すべきでしょうか。その点を考えることが,法科大学院の教育目標の1つである,「創造的な思考力」を育成することにつながることになります。皆さんも,自分の力で,電子消費者契約法4条の改正試案を作成してみてください。作成のヒントは,電子消費者契約法が「承諾の到達主義」を採用するのであれば,申込みの撤回と承諾の発信との関係について追加する条文が必要であったにもかかわらず,そのような規定を欠いたまま,民法517条を適用除外としたことにあります。この点については,今回の「講義のねらい」でも触れていますので,国連動産売買条約第16条第1項等を含めて参考にしながら,自分でよく考えて,修正案を作成してみるとよいでしょう。


3 契約成立に関する「鏡像原則(Mirror Image Rule)」と変更を加えた承諾


これまでは,申込みの内容と承諾の内容とは完全に一致していることを前提にして,契約の成立のプロセスを考えてきました。しかし,申込みに対する承諾について,それぞれの内容は,完全に一致していなければならないのか,本質的な一致があれば多少のずれはかまわないのかという点は,大きな問題となります。

A. 「鏡像原則」と変更を加えた承諾の意味

英米法では,申込みの内容と承諾の内容とは,鏡の像のように,ぴったりと重なるものでなければならないとされています。この原則は,鏡像原則(Mirror Image Rule)と呼ばれています。

わが国では,そのような原則を直接に規定した条文はありませんが,それを反対側から規定したものが存在します。変更を加えた承諾は,承諾ではなく,申込みの拒絶と新たな申込み(反対申込み:counter-offer)に過ぎないとする規定です。

第528条(申込みに変更を加えた承諾)
承諾者が,申込みに条件を付し,その他変更を加えてこれを承諾したときは,その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす。

例えば,売主が2つの商品を抱き合わせして売ろうとしていたとします。買主が,「それ1個ください」と申し込んだのに対して,売主が,「はいよ。でも,4割引にしておくからもう1個買ってよ。」といいう承諾をしたとします。この場合は,変更を加えた承諾であって,1個の商品の購入の申込みを拒絶して,2つの商品を1.6倍の価格で買ってほしいという新たな申込みとなります。買主が,「いいよ。2つ目を半額にしてくれるならね。」と言ったとします。これも,値段が異なるので,申込みの拒絶と新たな申込みとなります。ミニマムの合意である1個の商品の売買契約が成立するわけではありません。

民法528条は,なぜ,このような厳格な一致を要求しているのでしょうか。その理由は,契約の成立の第1回目の講義で明らかにした,申込み(相手に契約締結権限を授与して全面降伏すること)と承諾(与えられた権限の肯定的な行使)との本質的な違いに由来します。

申込みに対して変更を加えて承諾することは,承諾権限の濫用行為にほかなりません。なぜなら,変更を加えて承諾をすることは,全面降伏するしかない弱い立場に立った申込者に対して,さらに自分に有利な変更を加えて全面降伏を求めるに等しい行為であって,信義誠実の原則に反してなされた被申込者の不意打ち行為だからです。したがって,この場合には,被申込者の不意打ち行為(権限の濫用)によって,むしろ,弱い立場に立たされた申込者を保護する必要が生じるのです。

このように考えると,民法528条は,単に,合意形成に「鏡像」のような厳格な一致を要求するといった技術的な問題ではなく,弱い立場に立った申込者に対する被申込者の不意打ち行為(信義誠実の原則に反する承諾権限の濫用)から申込者を保護するために,「変更を加えた承諾」を「承諾」ではなく「反対申込」とみなして,申込者と被申込者の立場を逆転させ,申込者が被申込者に与えた承諾権限を申込者に戻すという,優れて政策的な機能を有する規定であることがわかります。

そうだとすると,信義則と権利濫用の法理によって支持されている民法528条に関して,後に論じるように,再度,信義則を適用して,その厳格性を緩和することは,むしろ,当然のことであると考えることができます。

B. 変更を加えた承諾の限界と信義則

民法528条に規定された申込みの内容と承諾の内容との厳格な一致原則(鏡像原則)が時として,不合理となる場合とは,どのような場合なのでしょうか。国連国際動産売買条約に,鏡像原則を一部修正する条文がありますので,それを見てみることにしましょう。

国連国際動産売買条約(CISG)第19条
(1)承諾の形をとっているが,付加,制限その他の変更を含んでいる申込みに対する回答は,申込みの拒絶であり,反対申込となる。
(2)しかしながら,承諾の形をとった申込みに対する回答が,付加的条件や異なった条件を含んでいても,申込みの内容を実質的に変更するものでない場合には,申込者が不当に遅滞することなくその相違に口頭で異議を述べ又はその旨の通知を発しない限り承諾となる。申込者が異議を述べない場合には,契約の内容は申込内容に承諾中に含まれた修正を加えたものとする。
(3)付加的条件又は異なった条件であって,特に代金,支払,物品の品質及び数量,引渡の場所及び時期,一方当事者の相手方に対する責任の限度,又は,紛争の解決方法に関するものは,申込みの内容を実質的に変更するものとして扱う。

CISGが鏡像原則を修正する場合があるとしているのは,以下のような場合です。

CISGが上記のような場合に,鏡像原則を修正すべきだとしているのは,次のような理由に基づいています。

このように考えると,日本民法528条とCISG第19条2項とは,全く異なっていて,CISG19条2項は,民法528条とは無関係の異質の条文であると理解するのではなく,以下の表2-5のように,両者に連続性を見出すことができます。

表6-2 鏡像原則(民法528条)の信義則による修正
鏡像原則 民法528条 CISG19条
原則の修正と信義則の適用による
共通理解の実現
通常の場合 変更を加えた承諾は,申込拒絶と反対申込であって,承諾とはならない。
些細な変更かつ被申込者の異議がない場合 変更を加えた承諾は,申込拒絶と反対申込であって,承諾とはならない。 変更を加えた承諾は,承諾として効力を有する
信義則の適用による統合 実質的な変更がない反対申込について,異議を述べない場合は,信義則の適用により,反対申込に対する承諾とみなされる

わが国においても,信義則の法理は,権利・義務の行使に関するすべての条文に関して,強行法規として作用することが認められているのですから,「被申込者の変更を加えた承諾が,実質的には,申込みの内容を変更しないのに,申込者がそれに遅滞なく異議を述べることを怠っている」という場合,すなわち,「変更を加えた承諾=反対申込みが実質的には申込みの内容を変更するものではないのに,申込者がその反対申込みに対して遅滞なく異議を述べない」という場合には,信義則の適用により,申込者の反対申込みに対する沈黙は,反対申込みに対する承諾とみなされると解することができます。

つまり,新たな観点(反対申込に対する沈黙は,一定の場合には,信義則の適用により,承諾とみなされる)の発見によって,これまで,連続して捉えられてこなかった民法528条とCISG19条2項とを,信義則の適用を介して,連続したものと解することが可能となったわけです。


講義のまとめ


  1. 民法522条,524条,527条から得られた法理を活かすための民法の改正案の提案
  2. 民法の特例法として承諾の到達主義を採用した「電子消費者契約法」の問題点
  3. 契約成立に関する「鏡像原則」と変更を加えた承諾
    1. 「鏡像原則(Mirror Image Rule)」と変更を加えた承諾の意味
      • 「鏡像原則」とは,契約が成立するためには,承諾文言は,申込文言に厳密に対応していなければならないとする契約に関するコモン・ローの原則である。民法528条は,承諾が申し込みに変更を加えている場合には,申込みの拒絶と新たな申込み(反対申込み)に過ぎないと規定することによって,この原則に相当するものとなっている。
    2. 変更を加えた承諾の限界と信義則
      • 申込みに対して変更を加えて承諾することは,被申込者に承諾権限を与えて弱い立場に立った申込者に対する,被申込者による不意打ち行為であって,信義則に反する。したがって,この場合には,被申込者の不意打ち行為(権限の濫用)によって,むしろ,弱い立場に立たされた申込者を保護する必要が生じる。民法528条が,変更を加えた承諾を承諾として扱わないのは,以上のような信義則に基づいている。
      • 反対に,変更の程度が非常にわずかで,申込みの内容を実質的に変更するものでない場合であって,申込者が遅滞なく異議を述べない場合には,信義則を逆方向に使って,被申込者を保護する必要がある。したがって,そのような場合には,変更を加えた承諾である新たな申込みは,承諾されたものとみなし,契約の内容は申込みの内容に承諾中に含まれた修正を加えたものとすると解することが,信義則に合致する。

参考文献


[曽野,山手・国際売買法(1993)]
曽野和明・山手正史『国際売買法』〔現代法律学全集60〕青林書院(1993年)。
[加賀山・ウィーン統一売買法の解釈(2002)]
ウィーン統一売買法上明文の規定のない問題の解決−「申込の取消通知の延着」問題の解決を中心として−『論点解説・国際取引法』法律文化社(2002)58-69頁。
[加賀山・法教育改革(2004)]
加賀山茂「法教育改革としての法創造教育−創設される法科大学院における法教育方法論−」名古屋大学法政論集201号(2004年)691-744頁。

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