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第7回 契約の無効・取消しの原因

作成:2006年9月21日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


契約の成立が終わったので,今回から,契約の有効・無効(取消しを含む)というテーマに入って行きます。

図7-1 契約の流れにおける契約の有効・無効の位置づけ

今回の講義で学ぶべき項目は,以下の通りです。


1 不成立と無効との区別


A. 契約の不成立と契約の無効との区別

前回までの講義で,契約の成立・不成立の判断プロセスを明らかにしました。さて,これから,契約の流れがどのような分岐点を経ていくのか,大まかな流れを概観しておくことにしましょう。今回の最初の図7-1(契約の流れ図)を見てください。

a) 契約の不成立と契約の無効との体系上の位置づけ

第1の契約の成立・不成立の判断プロセスを経て,契約が成立した場合には,第2に,その契約が有効なのか,無効(取消しによる無効を含む)なのかを判断します。これが,今回のテーマです。そして,契約が有効だということになると,第3に,契約の効力がいつ発生し,又はいつ消滅するのかというプロセス(条件・期限の問題)へと移っていきます。このように見ていくと,現在の講義が,契約の全体の流れの中で,どの位置にいるのかがわかりますね。現在は,第2のプロセスに進んでいるところです。前途遼遠ですね。

さて,第1の契約の成立・不成立の判断プロセスを経て,契約が成立しない(契約不成立)場合にはどうなるのかというと,図7-1で示したように,不当利得の問題になります。また,契約が成立した場合でも,第2の契約の有効・無効の判断プロセスを経て,契約が無効ということになると,図7-1で示したように,やはり,不当利得の問題になります。つまり,契約の不成立と契約の無効の効果は不当利得という同じところ(受け皿)に行き着くのです。なお,不当利得については,第12回の講義(「受け皿としての不当利得」)で詳しく説明します。

b) 契約の不成立と契約の無効とを区別する実益(その1) 思考経済

契約の不成立の場合にも,また,契約の無効の場合にも不当利得に行き着くということになると,契約の不成立と契約の無効とは,結局,同じことではないのか,2つを区別する意味はあるのだろうかという疑問が生じます。実は,民法の立法者は無効と不成立を区別しておりませんでした。両者の効果は同じであり,区別する実益はないというわけです。

しかし,現在の民法学では,不成立と無効とを分けて考えることにしています。その理由はさまざまですが,1つには,思考経済の観点から,この2つを区別した方がよいと考えられています。契約不成立と成立した契約の無効とを区別しないと,どの契約に関しても,「契約が『有効に,成立した』かどうか」という2つのプロセスを同時に検討しなければならなくなります。しかし,有効かどうかを判断する前に,不成立だと判断できるのであれば,有効かどうかの判断をせずに済ますことができます。不成立と無効とは,効果は同じなのですが,思考経済のため,両者を区別するのです。

なぜ,思考経済になるかという点を,もう少し詳しく説明しましょう。契約が成立するかどうかを判断する第1のプロセスでは,意思表示(申込みと承諾)の合致があるかという外面的・形式的な判断のみを行います。これに対して,成立した契約が有効か無効かを判断する第2のプロセスでは,外面的・形式的には意思表示が合致していることを前提として,意思表示の内部にまで立ち入って,意思能力があるかどうか,表示と内心とが食い違っていないか,場合によっては,内心の意思のさらに奥にある動機はどうだったかという点にまで分け入って検討します。つまり,契約の成立・不成立については外面的・形式的に判断し,一旦成立した契約の有効・無効については,さらに意思表示の内容に立ち入って,内面的に判断していきます。この2つのプロセスを切り離すことが思考経済に資するというわけです。

B. 意思表示の無効(契約の不成立)と契約の無効との区別

以上の説明で,皆さんは,不成立と無効との関係がよくわかったと思われたのではないでしょうか。しかし,よくわかったというのは,幻想であることが多いものです。試験勉強をしていて,よくわかったと思っても,試験の結果は散々だということがあるのと同じです。そこで,本当にわかったのかどうかを確かめるために2つの問題を出してみましょう。

a) 未成年者の取消しの場合には,契約は不成立ではなく,契約が無効となる

最初は,契約の不成立と契約の無効に関する皆さんの知識が正しいことを確認するための問題です。未成年者の取消しによって,契約は不成立になるのでしょうか,それとも,契約は無効となるのでしょうか。

未成年者が法定代理人の同意を得ずに未成年者に不利な契約を締結したとしましょう。その契約は,未成年者,または,法定代理人が取り消すことができます(民法5条2項,120条)。

第5条(未成年者の法律行為)
@未成年者が法律行為をするには,その法定代理人の同意を得なければならない。ただし,単に権利を得,又は義務を免れる法律行為については,この限りでない。〔旧・第4条1項〕
A前項の規定に反する法律行為は,取り消すことができる。〔旧・第4条2項〕
B(省略)

この場合,条文に「法律行為は,取り消すことができる」となっています。法律行為の典型例は契約と遺言ですから,未成年者の取消しの場合には,未成年者の意思表示が無効となるのではなく,契約が無効となるのです。この点については,皆さんも納得されると思います。なお,法律行為については,法律学辞典等で意味を確認しておいてください。

法律行為
一定の法律効果の発生を欲する者の意思表示に対してその欲するとおりの法律効果を生じる仕組みを統一的に説明するための概念。この概念は,単に契約だけでなく,1つ又は複数の意思表示を要素とする単独行為(遺言,取消し,解除,追認,相殺等)や合同行為(社団法人の設立行為)の上位概念として,権利義務の設定・変動の根拠を統一的に説明しようとする概念として有用であるとされている。
b) 詐欺取消しの場合は,契約が不成立となるのか,それとも,契約が無効となるのか

次に,契約の不成立と契約の無効の区別することについて,皆さんの理解が実は誤解に過ぎない,そこまで行かなくても,皆さんの理解が不十分であることを示すために,質問をしてみましょう。その前提として,詐欺による意思表示は取り消すとことができる(民法96条1項)し,その意思表示は無効となる(民法121条)ということは知っていることにしましょう。実は,これから学習することなのですが,「詐欺による意思表示が取り消されたときは,その意思表示は無効となる」という知識は,皆さんの頭の中に蓄えられているとします。

第96条(詐欺又は強迫)
@詐欺又は強迫による意思表示は,取り消すことができる。(A,B項は省略)

詐欺による意思表示の例を思い浮かべてください。例えば,Xが所有している名画(現価100万円相当)をYに偽物だと騙されて安く売ってしまったとします。具体的事情は,以下のようなものだとします。

@ Y:この絵は作者違いの別物ですよ。うまく騙されましたね。いくらでお買いになったのですか。60万円ですか。本当の値段は,いいところで,10万円でしょう。大損ですね。どうです。この絵を10万円で売りませんか。私にはつてがあるので,10万円以上で売りさばいて差し上げますから。
A X:お金が必要なので売りたいのですが,10万円では困ります。20万円で何とかなりませんか。
B Y:とてもじゃないけど20万円では売れませんよ。でも,お困りのようですので,12万円でどうですか。うまく売りさばいて,すぐに12万円をお振り込みします。
C X:そうですか。しかたありません。それでは,この絵をあなたに12万円でお売りします。でも,後日払いではなく,即金の現金払いでお願いします。
D Y:承知しました。近くの銀行で預金を下ろして,すぐに,12万円を現金でお支払いします。

この場合,最後のDのYの意思表示で売買契約が成立したことになります。詐欺による意思表示というは,この場合は,CのXの意思表示ということになります。この事例をもとに皆さんに質問します。

講師:CのXの意思表示は,これまで習ったことから考えると,どういう種類の意思表示ということになりますか。
学生A:Dが承諾の意思表示なので,Cは申込みの意思表示だと思います。
講師:その通り。よくできました。実は,Cの段階で,すでに,代金の金額に対する合意があるので,Cは,Bに対する承諾の意思表示とも考えられます。しかし,Cは,代金の支払い条件が変更されているので,変更を加えた承諾(民法528条)であり,したがって,新たな申込みの意思表示と考えるのが適切でしょうね。

@から振り返って考えてみましょう。@はYの申込みの意思表示です。Aは金額に変更を加えた承諾の意思表示であり,反対申込み,すなわち,Xの新たな申込みの意思表示となります(民法528条)。Bも金額に変更を加えた承諾の意思表示で,Yの新たな申込みの意思表示です。問題となっているCは,支払い条件に変更を加えた承諾の意思表示であり,やはり,Xのあらたな申込みの意思表示ですね。DがYの承諾の意思表示となり,絵の売買契約が成立します。

講師:それでは,質問を続けます。CのXの意思表示は,Yの詐欺によってなされたXの申込みの意思表示だということになりました。それでは,その後,詐欺に気がついたXがCの申込みの意思表示を民法96条1項に基づいて取り消したとします。そうすると,申込みの意思表示は,民法121条にしたがって,はじめから無効となりますね。そうすると,この絵の売買契約はどうなりますか。
学生B:この絵の売買契約は,無効となり,XはYからその絵を取り戻すことができます。
講師:一般にはそのように考えられています。しかし,もっと厳密に分析してみましょう。民法96条は,意思表示を取り消すことができると規定しています。つまり,Cの申込みの意思表示が取り消されることになっています。申込みがはじめに遡って効力を失う場合,契約はどうなりますか。
学生B:申込みの効力がない場合には,民法521条2項の場合のように,契約は不成立になると習いました。そして,民法96条の取消しの場合にも,不成立ではなく,契約が無効になると教科書で読んだ記憶があるのですが…。
講師:民法5条2項の未成年者の意思表示の場合はどうでしたか。
学生B:未成年者の取消しの場合には,民法5条2項に,「法律行為を取り消すことができる」とされているので,意思表示ではなく,法律行為である契約が無効になります。
講師:その通りですね。未成年者の意思表示の場合には,民法5条2項の明文の規定があるので,法律行為である契約が無効になります。しかし,詐欺による意思表示の場合には,未成年者の取消し(民法5条2項)の場合とは異なり,法律行為ではなく,「意思表示を取り消す」とされています(民法96条1項)。そして,意思表示である申込みが取り消され,はじめに遡って効力を失うと,民法521条2項の場合で学習したように,契約は不成立となります。このように,条文にしたがって厳密に解釈すると,詐欺取消しの場合には,契約の成立を前提とした契約の無効ではなく,契約の不成立が導かれるということになります。もっとも,結果は同じで,民法703条に基づいて,XはYからその絵を取り戻すことができるのですが,契約が不成立となるのか,無効となるのかは違ってきますね。
学生B:そのあたりは,あまり深く考えてみたことがありませんでした。でも,民法の条文をそれほど忠実に解釈しなくてもいいのではないでしょうか。民法5条2項の場合も,民法96条1項の場合も,実質は同じなのですから,どちらの場合にも,契約は無効となると考えた方がわかりやすいと思います。
講師:通説に従ったすばらしい意見ですね。もっとも,民法の条文に忠実に解釈すべきか,民法全体との調和を考慮して,柔軟に解釈すべきかは,大きな問題です。今回の議論では,とりあえず,条文に忠実に解釈すると整合性がとれない場合には,整合性を維持する範囲内で,民法の解釈を柔軟に行うことができるということにしておきましょう。その上,条文を忠実に解釈する方法によっても,詐欺取消しの場合に,契約を無効とすることができないわけではありません。民法121条をよく見てみましょう。
第121条(取消しの効果)
取り消された行為は,初めから無効であったものとみなす。…

民法121条によると,取消しの効果について,意思表示ではなく,「行為〔法律行為〕」が無効になると書かれています。そこで,この言葉を最大限に利用して,民法96条1項により,詐欺による意思表示を取り消した場合にも,その効果については,法律行為である「契約が無効となる」という解釈をこの条文に基づいて行うことは不可能ではないでしょう。皆さんも,よく検討してみてください。

講師:いずれにせよ,回を重ねるごとに,皆さんも議論に慣れてきましたね。今回も,よい質疑ができたと思います。これを機会に,民法の条文の解釈について,文理解釈,拡大解釈,類推解釈,縮小解釈,反対解釈,例文解釈という解釈方法論について,復習しておいてください(第2回の講義の最後の補論で取り上げています)。
c) 契約の不成立と契約の無効とを区別する実益(その2) 意思無能力者,詐欺的商法の被害者の保護

最初に述べたように,契約の不成立と契約の無効とを区別する第1の実益は,思考経済に資するということでした。その理由は,第1段階である契約成立のプロセスでは,申込みの意思表示と承諾の意思表示とが,一致しているかどうかという形式的・外面的な面だけに焦点を当てて考えればよいからです。鏡に映った外面だけが正確に一致していることを要求する鏡像原則(mirror image rule)というのは,その意味でよくできた用語だと思います。そして,契約が成立することが確定された場合にのみ,第2段階である契約の有効・無効のプロセスで,はじめて,意思表の内部に立ち入って,内心の意思があるかどうか,内心の意思・動機が表示された意思表示の内容と一致しているかどうかを検討するというプロセスを経ることによって,契約が有効に成立しているかどうかを効率的に判断することができるのです。

契約の有効な成立という問題を2つのプロセスに分離することには,以上のようなメリットがあるのですが,類型化に伴って必然的に生じる弊害として,隙間と重複の問題が生じます。その主なものは,以下の3つです。

上記の1の場合は,契約が成立することについては,異論がありません。問題は,2と3の場合です。現在の学説の立場からすると,意思と表示との間に食い違いが生じているという場合には,いずれの場合も,契約が不成立となるのではなく,成立した契約が無効となるというのが穏当であるということになります。すでに述べたように,意思の不存在(心裡留保,虚偽表示,錯誤)の場合には,契約が不存在ではなく,契約が無効となるというのが,民法の立場であると考えるからです。

しかし,実務家の立場に立った場合には,無効を主張するよりも,不成立を主張した方が,立証責任の分配等の理由で有利であるということがありえます。意思表示としては合致しているが,内心の意思が全く合致していないという場合に,必ずしも,無効としなくとも,場合によっては,不成立を主張してもよいのではないかということが問題となるのです。

判例の中にも,内心の意思が不一致のときは,契約は不成立となるというもの(大判昭19・6・28民集23巻387頁,民法判例百選T〔第5版〕第15事件)があります。

大判昭19・6・28民集23巻387頁
 契約の文言中に,Xは生糸製造権利を譲渡し,Yは代金1万290円を支払う旨定めただけであるが,当時の事情によれば,一般に右権利の譲渡は繰糸釜に関する権利の譲渡をも包含し,その譲渡に伴い譲渡人が全国蚕糸業組合連合会より受けるべき補償金は前記譲渡代金の一部に充てられるものと解するのを相当とする場合において,Yは右契約文言中に当然にこのような趣旨を包含するものと解し,Xはこれを包含しないものと解しそれぞれ契約締結の意思表示をしたときは,両者は契約の要素であるべき点について合致を欠いており,契約は成立しないものといわなければならない。

もっとも,上記の事案の場合については,形式的には契約が成立している上に,慣習を考慮した意思解釈(民法92条)によると,Yの意思通りの意思表示の合致があると考えられるため,契約は成立しており,Xの意思表示について,要素の錯誤による契約の無効を考えるべきではないかと考えられています。

契約の不成立と契約の無効の問題について議論を重ねてきましたので,このあたりで,意思の合致が欠けている場合,または,意思能力がない人が契約をしたという場合に契約を不成立とすべきか,契約を無効とすべきかについて,どのように考えたらよいのか,方向性を示しておくことにしましょう。

結論としては,内心の意思を探求して不一致がある場合には,申込み又は承諾の「意思表示の無効」を通じて,契約の不成立をもたらすこともありうるし,また,契約の両当事者の関係を視野に入れて,「契約の無効」をもたらすこともありうるというように柔軟な解釈を行うことができるように思われます。特に,成年後見制度を利用していない高齢者等の保護の観点からは,以下のように段階的に解釈するのが適切ではないかと考えています(加賀山説:段階的無効説)。意思無能力者の法律行為を一律に無効とする通説とは異なりますので,通説と比較して検討してみてください。

このように,意思表示の無効という場合には,契約を不成立にできるという民法の立法者以来の考え方は,意思無能力を論じる際には,大きな意味を持ちうるということになります。この点は,今後の課題であり,法曹になった暁には,このような理論を実務に活かしていただけると幸いです。

しかし,皆さんが,民法全体を理解していこうとする際には,細かい問題で壁にぶつかっていては前に進みませんので,原則としては,形式的に意思表示が合致しているかどうかを問うのが,契約の成立・不成立の問題であり,成立した契約について,意思と表示の関係に立ち入って,意思が存在するのか,意思と表示が食い違っているかどうか,意思能力・行為能力があるかを問うのが,有効・無効の問題であるというように,区別して考えておくのが穏当であるということになります。


2 契約の有効要件・無効原因の概観


契約の不成立と契約の無効とを区別した上での相互の関連について詳しく説明しました。これから,今回の講義の本論である契約の有効・無効要件について概観することにします。

最初に,契約の有効要件,逆から言えば,無効原因について全体像を明らかにしておくのと便利なので,一覧表にしておきましたので見てください(表7-1)。

表7-1 契約の有効要件とそれを欠く場合の契約の無効(取消しによる無効を含む)
契約の有効要件 有効要件を欠く場合
無効原因 効力 追認の可否 相手方・第三者に対する対抗力
能力・権限 意思能力がある 意思能力の欠如 不成立又は無効 追認できる(異説あり) 第三者に対しても不成立・無効を主張できる
行為能力がある(又は法定代理人の同意・代理) 制限行為能力 取消し 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
代理権限がある(任意代理) 無権代理 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理)
意思と表示の合致 本心を表示している 意思欠缺 表意者
悪意
心裡留保 無効 追認できる
(異説あり)
善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
グルになって虚偽の表示をしていない 通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
肝心な点について勘違いをしていない 表意者
善意
錯誤 原則として,第三者に対しても無効を主張できる
自由な意思形成 相手に騙されていない 瑕疵ある意思表示 詐欺 取消し 追認できる 善意の第三者には取消しによる無効を主張できない
相手に脅かされていない 強迫 第三者に対しても無効を主張できる
公序良俗 内容が公序良俗に適合している 公序良俗違反 無効 追認できない 誰に対しても,無効を主張できる

表7-1では,まず,意思能力,行為能力,代理権という能力に関連するものをそれぞれ1つの項目として挙げていきます。つまり,契約主体にトピックスを当てて考えましょうというわけです。次に,意思の不存在か,意思表示に瑕疵があるかという点に注目したトピックスを掲げています。そして,最後に,公序良俗に反するかというものを取り上げています。このようにして,契約の有効・無効のトピックスの全体としてみておくと,学習のプロセスがよくわかって便利だと思います。それでは,表7-1にしたがって,契約の有効・無効に関するトピックスを概観することにしましょう。

A. 意思能力⇔意思無能力

意思能力がない場合については,「無効」ということで争いはありません。ただし,この場合の無効については,先にも述べたように,「契約を無効」とするという判決が多いのですが(東京地判平4・2・27判時1442号115頁:贈与契約の無効,仙台地判平5・12・16判タ864号225頁:金銭消費貸借契約の無効,東京地判平8・10・24判時1607号76頁:連帯保証契約及び根抵当権設定契約の無効),契約の無効ではなく,「意思表示の無効」を理由に意思無能力者を保護する判例もあります(東京地判平10・10・30判時1679号46頁:精神分裂症に罹患した者の贈与契約の意思表示の無効)。もしも,意思表示が無効であるとすれば,契約を不成立と構成できることはすでに説明したとおりです。

つまり,意思無能力者の行った行為に関しては,「無効」であることについて争いはないものの,「意思表示の無効」なのか,「法律行為(契約)の無効」なのかについては,見解が割れています。また,第三者について無効が主張できるかどうか,という点についても争いがあります。先ほど紹介した私の段階的無効説も参考にしてください。

B. 行為能力⇔制限行為能力

意思無能力ではなく,制限行為能力の場合は,契約(法律行為)を取り消せるということになります(民法5条以下参照)。そして,取り消すと,契約は始めに遡って無効となります(民法121条)。

制限行為能力に関しては,未成年者のほか,それまでの禁治産・準禁治産宣告,及び,それに基づく後見・保佐制度に代わるものとして,平成11年の民法改正(法149)により導入された成年後見制度(成年後見,保佐,補助,任意後見の諸制度)が重要です(民法7条以下,家事審判法9条1項甲1号)。

詳しくは,次回の講義で説明しますが,取消権の観点から成年後見,保佐,補助の違いを表7-2にまとめておきますので,参考にしてください。

表7-2 成年後見制度における取消権
後見開始の審判 保佐開始の審判 補助開始の審判
要件 対象者 精神上の障害(痴呆・知的障害・精神障害等)により事理弁識能力(判断能力)を欠く状況にある者 精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分な者 精神上の障害により事理弁識能力が不十分な者
開始の手続き 申し立て権者 本人,配偶者,4親等内の親族,検察官等
任意後見受任者,任意後見人,任意後見監督人(任意後見契約を締結している場合)
市町村長(整備法)
本人の同意 不要 不要 必要
同意権・取消権 付与の対象 日常生活に関する行為以外の行為 民法12条1項各号所定の行為 申し立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」
付与の手続き 後見開始の審判 保佐開始の審判 補助開始の審判
+同意権付与の審判
+本人の同意
取消権者 本人(成年被後見人),成年後見人 本人(被保佐人),保佐人 本人(被補助人),補助人

平成11年の民法改正(法149)前は,保佐人には取消権がないとされてきました。成年後見制度の導入により,保佐人の取消権(同意権も含む)が明文で定められることになったので(民法120条1項),注意してください。

C. 代理権限⇔無権代理

代理権については,代理権がなければ,本人に効果が帰属しないことになります(無権代理)。なお,無権代理に基づく契約は,無効か,それとも,本人が有効な代理行為として認める余地を残した意味での「効果不帰属」であるかが問題となっています[内田・民法T(2005)164頁]。なぜなら,民法119条が,「無効な行為は,追認によっても,その効力を生じない」としているにもかかわらず,民法113条によれば,無権代理に基づく契約は,「追認によってその効力が生じる」ことになっており,無権代理は,本来の無効とは異なるようにも見えるからです。

しかし,民法113条は,他方で,無権代理による「契約は,…本人に対して効力を有しない」とも規定しており,無権代理による契約は無効であると考えることも可能です。実は,無効行為は追認できないとのルール(民法119条)は,多くの例外を含んだルールです。公序良俗に違反する無効を除いたいわゆる相対無効については,民法119条ただし書きに基づいて,追認によって新たな行為をしたものとみなした上で,その効力を初めに遡らせる合意をすることもできます。したがって,結果的には,無効行為でも追認(無為行為の転換)が可能というのがむしろ通説となっており,相対無効の1つである錯誤の場合については,一方当事者の追認によって,遡及的に効果が生じることが認められています[内田・民法T(2005)288頁]。このように考えると,無権代理を無効と区別して考える実益は余りないといえます。

D. 意思と表示の合致⇔意思の不存在

次に,意思と表示との間に食い違いがあるかどうかの問題を考えましょう。この問題について,表意者が悪意の場合は心裡留保となり,そして2人ともに悪意で,かつ通謀している場合には,通謀虚偽表示となります。反対に,表意者が善意の場合は,錯誤が問題となります。

錯誤の場合,錯誤の無効を主張できるのは,原則として,錯誤に陥った表意者に限るという意味で,取消しの場合に類似することになります。そこで,錯誤の無効は,誰でも主張できる無効(公序良俗違反を原因とする無効)との対比で,相対無効であるとされています。

錯誤を含めて,意思の不存在を原因とする相対無効の場合に,追認できるかできないかという点については説が割れていますが,世界の傾向は,相対無効を,詐欺・強迫と同列に考え,取消しできる行為として再構成しており,少なくとも錯誤に関しては,追認が可能という説が通説となっていくと思われます。

民法93条の心裡留保の場合には,相手方が悪意又は有過失の場合は,無効となることを通じて,相手方が有効を主張するためには,善意・無過失であることが条文上要求されています。ところが,民法94条の場合には,第三者が無効を争うには,善意だけが要求され,無過失については条文に規定さていません。しかし,判例は,特定の場合(意思外形非対応型:最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁,民法判例百選T〔第5版〕23事件)には,第三者について,善意・無過失を要求しています。

最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁
 甲が,乙からその所有不動産を買い受けたものであるにもかかわらず,乙に対する貸金を被担保債権とする抵当権と,右貸金を弁済期に弁済しないことを停止条件とする代物弁済契約上の権利とを有するものとして,抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記を経由した場合において,丙が乙から右不動産を買い受けて所有権取得登記を経由したときは,丙が善意無過失であるかぎり,甲は,丙に対し,自己の経由した登記が実体上の権利関係と相違し,自己が仮登記を経由した所有権者であると主張することはできないと解すべきである。

そして,錯誤については,その無効を第三者に対しても主張できるとなっています。しかし,相手方が表意者の錯誤について悪意・有過失の場合にのみ,無効を主張できるのであり,相手方が善意・無過失の場合には,表意者は無効を主張できないないという説も有力に主張されています。つまり,錯誤についても,心裡留保や虚偽表示の場合と同様に考えるべきとの見解もできてきているわけです。このような見解は,意思の不存在,瑕疵ある意思表示を通じて,権利外観法理の適用の余地を認めることにつながるため,今後の理論の発展が期待できます。この問題も,後に詳しく述べます。

E. 自由な意思形成⇔瑕疵ある意思表示

詐欺と強迫の場合(瑕疵ある意思表示)の法律効果は,取消しです。詐欺と強迫は分けられていて,詐欺の場合には,善意の第三者には取消しによる無効を主張できないのですが,強迫の場合には善意の第三者にも主張できます。

講師:さて,質問です。詐欺と強迫との区別についてですが,取消しの効果を善意の第三者に主張できるかどうかで,詐欺の取消しと強迫の取消しとで区別されていると申し上げました。そのことは,どこに書かれていますか。
学生A:96条3項に書かれています。
第96条(詐欺又は強迫)
@詐欺又は強迫による意思表示は,取り消すことができる。
A(省略)
B前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない。
講師:そうですか。確かに,詐欺については,対抗できないと書かれていますが,強迫については,何も書かれていないのではないですか。
学生A:強迫の場合も第三者に対抗できない。…いや,強迫の場合は,対抗できる。
講師:それでいいのですが,民法96条3項には,詐欺についてだけで書かれていて,強迫については何も書かれていませんね。それなのに,強迫による取消しは善意の第三者に対抗できると考えるのは,なぜですか。
学生A:詐欺の場合は,表意者にも落ち度があるけれど,強迫の場合は,帰責性がないので,保護する必要が高いからだと思います。
講師:区別する理由ではなくて,民法96条3項の条文の解釈として,なぜ,詐欺と強迫とを区別できるのかを尋ねたのですが…。でも,解釈をした後の,詐欺と強迫を区別する理由については,その答えでよいと思います。
講師:ただし,詐欺による取消しと強迫による取消しとの効果の違いを表意者の帰責性の強弱に求めるという理由については,異論もあります。言葉は悪くて恐縮ですが,詐欺で騙されるのは,馬鹿だからであり,強迫の場合も,脅かされるのは,弱虫だからであって,馬鹿と弱虫とは,どちらも同じようなもので区別する必要はないと考える説があります。反対に,プロの詐欺師にかかった場合には,普通の人ならほとんど騙されるのだから,そのような場合には,詐欺による意思表示の場合にも,強迫による意思表示の場合と同様,表意者に帰責性がないと考える説もあります。そのように考えると,詐欺による取消しと強迫による取消しとを区別する説得的な理由を見つけることは難しい問題であることがわかりますね。民法96条3項が区別しているのだから,それでよいと考えられるかもしれません。しかし,外国からの留学生に対して,詐欺による取消しの効果と強迫による取消しの効果の違いを説明しようとすると,そう簡単ではありません。外国で講義する場合はなおさらです。私は,外国で講義するときは,いつも,次のように説明しています。皆さんが理由を考える上で参考になればと思います。
日本の民法が,その取消しの効果において詐欺と強迫とを区別している背景には,そもそも,「法は唯一かつ正当な暴力装置である」と自負しているという事情があります。そのような考え方が,暴力を使わない詐欺には甘い(被害者よりも取引の安全を保護する)が,生の暴力を使った強迫は許さない(取引の安全よりも被害者の保護を優先する)という差につながっているのだと思います。平和憲法を持つ日本において,暴力を使わない詐欺よりも,暴力を使う強迫に厳しいという民法のスタンスは,原則的に是認されてよいのではないでしょうか。
講師:先の質問に戻りましょう。善意の第三者に対する効果として,詐欺の取消しと強迫の取消しが区別されているということを民法96条3項の解釈として導くことができるのは,どういう解釈なのかという問題です。強迫による取消しが善意の第三者に対抗できるのかどうか,条文に書いてない場合に,どのように解釈するのか,というのが質問の意味です。詐欺と強迫とが一応並べて書いてあるのだから,類推して,結果は同じとするという方法もあります。明文の規定がない場合,どうやってその隙間を埋めることができるでしょうか。
学生B:もし,詐欺と強迫とを区別しないのであれば,わざわざ96条3項で,「詐欺」としなくとも良いと思います。
講師:それはどういう解釈ですか。
学生B:反対解釈です。
講師:その通り,反対解釈ですね。反対解釈というのは,「AならばBであり,かつ,BならばAである」という条件が満たされている場合には,「AでないならばBでない」といえるという論理を利用した解釈のことをいいます。AならばBであるからといって,いつでも,反対解釈ができるわけではないので,注意が必要です。くどいようですが,反対解釈ができるのは,「AならばBであり,かつ,BならばAである」という条件が満たされている場合に限ります。論理学や集合論を使ってみると,このことがより正確に理解できると思いますので,各自で確かめてみてください。

F. 契約内容の適法性⇔公序良俗違反

意思表示の瑕疵の次には,契約内容の適法性・合理性の問題が続きます。契約の内容が,公序良俗(公の秩序および善良の風俗)に違反する場合には,民法90条によって,その契約は無効となります。この無効は,誰でも,誰に対しても,いつまででも主張できるという意味で,絶対無効とされています。

以上が,契約の有効・無効に関する全体像の概観です。表7-1は便利な表なので,契約の有効・無効を学習する際に,常に参照してください。なお,この表に出てくる用語で難しいものがありますので,少し説明しておきます。「意思の不存在」と「瑕疵ある意思表示」という用語法は,一見したところ,学説上の用語のように見えますが,実は,民法の条文上の用語でもあるので,民法のどの条文に出てくるのか,その条文をしっかり確認しておくことが必要です。

意思の不存在(意思の欠缺)
意思表示を分析して,内心の意思と表示とが食い違っていること。表示に対応する内心の意思が存在しないので,原則として,契約は無効となる。単なる学術用語ではなく,民法101条にこの用語が出てくる。なお,民法が現代語化される以前は,「意思の欠缺」とされていた。
第101条(代理行為の瑕疵(かし))
@意思表示の効力が意思の不存在,詐欺,強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には,その事実の有無は,代理人について決するものとする。
A(省略)
瑕疵ある意思表示
意思の不存在の場合とは異なり,意思と表示との間に食い違いはないが,動機にまで遡ると,その動機と表示との間に食い違いがあり,その食い違いが,相手方の詐欺や強迫によってもたらされている点で,表意者を保護する必要がある。これも単なる学術用語ではなく,民法120条にこの用語が出てくる。
第120条(取消権者)
@(省略)
A詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は,瑕疵(かし)ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り,取り消すことができる。

ところで,「意思の不存在」という用語法ですが,意思がないということは,実際にはありうるのでしょうか。完全な心神喪失というのであれば,それがありうるが,そうでなければ全く意思がないということはない。では,意思の不存在とはどういうことかというと,「表示された通り」の「意思がない」という意味です。つまり,意思の不存在とは,全く意思がないのではなく,表示とは異なる意思を持っている,別の言葉で言えば,意思と表示とが食い違っているということです。もしも,表意者の意思が事前に分かっているとすれば,意思に比べて表示の方が間違っているという言い方もありえます。アメリカでは,これを不実表示(misrepresentation)といいます。つまり,意思を基準にして,意思とは異なる表示をしているという意味で,不実表示になる。意思の不存在というのは,逆からいえば,不実表示,虚偽表示ということになるわけです。民法94条の虚偽表示が,「意思の不存在」の一例であるということは,以上のこのことを知っておくと,よく理解できるでしょう。


3 無効と取消しの関係


A. 無効と取消しの種類

取消しと無効との関係は,民法119条〜126条に書かれています。ポイントは,それぞれ,誰が,誰に対して,いつまで主張できるのか,追認ができるのかどうかです。誰でも,いつまででも主張できるのが公序良俗違反の場合の絶対無効(民法90条),一定の人に限って主張できるのが相対無効(民法95条)です。

判例も,錯誤無効の場合には,原則として,錯誤に陥った表意者だけが無効を主張できるのであって,相手方は,無効を主張できないと解しています。その意味で,錯誤による無効は,取消しに近づいているといえます。

最二判昭40・9・10民集19巻6号1512頁
 表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には,原則として,第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない。
最一判昭45・3・26民集24巻3号151頁
 第三者が表意者に対する債権を保全する必要がある場合において,表意者がその意思表示の要素に関し錯誤のあることを認めているときは,表意者みずからは該意思表示の無効を主張する意思がなくても,右第三者は,右意思表示の無効を主張して,その結果生ずる表意者の債権を代位行使することが許される。

取消しの場合,取消権者が,契約を取り消すと,その契約ははじめに遡って無効となりますので(民法121条),取消しと相対無効とは,よく似ているということになります。

ただし,取消しがなされるまでは,契約は有効ですので,取消ができる契約の相手方は,不安定な地位におかれることになります。詐欺または強迫の意思表示の場合には,詐欺又は強迫をした当事者を保護する必要はないので,問題はないのですが,制限能力者と取引をした相手方は,その契約が取り消されるのか,追認されるのかどちらかに決定してほしいという正当な利益を有しています。

そこで,民法20条は,制限能力者の契約の相手方に対して,一定の期間内に契約を取り消すのか追認するのかを決めてほしいといえる権利(催告権)を与え,その結果として,その契約が有効となるか無効となるかが決定されるという仕組みを用意しています。

第20条(制限行為能力者の相手方の催告権) 〔旧・第19条〕
@制限行為能力者(未成年者,成年被後見人,被保佐人及び第17条第1項の審判〔補助人の同意を要する旨の審判〕を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の相手方は,その制限行為能力者が行為能力者(行為能力の制限を受けない者をいう。以下同じ。)となった後,その者に対し,1箇月以上の期間を定めて,その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において,その者がその期間内に確答を発しないときは,その行為を追認したものとみなす。
A制限行為能力者の相手方が,制限行為能力者が行為能力者とならない間に,その法定代理人,保佐人又は補助人に対し,その権限内の行為について前項に規定する催告をした場合において,これらの者が同項の期間内に確答を発しないときも,同項後段と同様とする。
B特別の方式を要する行為については,前2項の期間内にその方式を具備した旨の通知を発しないときは,その行為を取り消したものとみなす。
C制限行為能力者の相手方は,被保佐人又は第17条第1項の審判〔補助人の同意を要する旨の審判〕を受けた被補助人に対しては,第1項の期間内にその保佐人又は補助人の追認を得るべき旨の催告をすることができる。この場合において,その被保佐人又は被補助人がその期間内にその追認を得た旨の通知を発しないときは,その行為を取り消したものとみなす。

このような催告権は,取消しの場合だけではなく,追認が問題となる無権代理の場合にも,無権代理人と契約交渉を行った相手方に対して与えられています(民法114条)。さらに催告権は,催告による解除権の消滅(民法547条),予約完結権の消滅(民法556条)等,形成権の行使を制限するものとして重要な役割を演じていますので,これらを総合的に考察しておくとよいでしょう。

B. 無効と取消しとの違い

無効と取消しとの差は,無効の場合には,無権代理を含む相対無効の場合を除いて,追認ができませんが,取消しの場合には,追認によって,取消権が消滅しますので,契約をはじめから完全に有効にすることができます(民法122条)。また,取消権は,時効によっても消滅しますが(民法126条),無効の場合には,消滅時効にはかからないとされています。

無効と取消しの違いについては,表7-2にまとめておきましたので,ご覧ください。

表7-2 絶対無効,相対無効,取消しとの相互比較
  無効 取消
絶対無効 相対無効
公序良俗違反 意思欠缺(心裡留保,通謀虚偽表示,錯誤)
無権代理
制限行為能力
意思表示の瑕疵(詐欺・強迫)
主張できる者は誰か? 誰でも 表意者側のみ(相手方は無効を主張しえない) 取消権者(表意者本人,代理人,承継人)のみ
追認できるか? 追認不可 追認できることがある(無権代理等) 追認できる
いつまで主張できるか? いつまでも 原則としていつまでも(信義則の制限を受ける) 消滅時効にかかる

取消しについては,取消権者が問題となります。誰が取消しできるかは,民法120条に規定されています。

第120条(取消権者)
@行為能力の制限によって取り消すことができる行為は,制限行為能力者又はその代理人,承継人若しくは同意をすることができる者に限り,取り消すことができる。
A詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は,瑕疵(かし)ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り,取り消すことができる。

成年後見制度ができたことにより,民法120条の取消権者の条文が変わりました。保佐人や補助人の場合,同意・取消権の範囲と代理権の範囲(特定の行為のみ)との間にずれが生じているため,取消権者には,本人,代理人,承継人のほか,代理権が制限された「同意権者」が入ることになったのです。なお,任意後見の場合には,代理権者と同意・取消権者とが別となり,任意後見人には代理権が付与されていますが,同意権・取消権は付与されていません。

取消権に関しては,追認(事後の承諾=取消権の放棄)の規定も重要です。

第122条(取り消すことができる行為の追認)
取り消すことができる行為は,第120条〔取消権者〕に規定する者が追認したときは,以後,取り消すことができない。ただし,追認によって第三者の権利を害することはできない。

現代語化以前の旧条文には,追認の遡及効が規定されていました。追認の効果が遡るので,それによって権利を害される人のためにただし書きが規定されていたのです。ところが,今回の現代語化によって,旧条文の遡る(「初ヨリ有効ナリシモノト看做ス」)という箇所が,別の表現(「以後,取り消すことができない」)に変更されました。取消しできる行為が原則として有効であるとすれば,初めに遡ってということが不要となったのです。そこで,遡るという表現が削られたというわけです。

旧・第122条〔追認の効果〕
取消シ得ヘキ行為ハ第120条ニ掲ケタル者カ之ヲ追認シタルトキハ初ヨリ有効ナリシモノト看做ス但第三者ノ権利ヲ害スルコトヲ得ス

しかし,取消しの遡及効に関してさえも,様々な説があり,取消できる行為というのは,有効とも無効ともいえない不確定な状態にあって,取消しによって,初めに遡って無効と確定し,追認によって初めに遡って有効と確定するという見解もありえたわけです。この見解に従うと,追認にはやはり遡及効があることになります。そうだとすると,遡及効は,第三者の権利を害する恐れがあるから,第三者の権利を害することができないという規定の意味が理解できますね。ところが,今回の現代語化のように,遡及効の箇所を削除し,取消しできる行為は取り消すまでは有効であり,追認によって取消ができなくなるというのであれば,追認によって状況が変わることはないのであり,第三者を害することもないはずです。どのような理由で第三者の権利を害することができないのか,規定の意味が不明瞭になってしまっています。文語を口語に変換するだけで十分だったはずの「現代語化」の行き過ぎの一例といえるでしょう。

最後に取消権の消滅時効について説明しておきます。時効が進行するのは,「追認をすることができる時から」となっています。例えば,詐欺による取消しの消滅時効は,追認できる時,すなわち,騙されたことを知った時から進行することになります。その理由は,民法124条を見るとわかります。

第124条(追認の要件)
@追認は,取消しの原因となっていた状況が消滅した後にしなければ,その効力を生じない。
A成年被後見人は,行為能力者となった後にその行為を了知したときは,その了知をした後でなければ,追認をすることができない。
B前2項の規定は,法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をする場合には,適用しない。

追認というのは,取消しができる法律行為を有効に確定するというものです。したがって,詐欺によって意思表示をした人は,騙されたことを知ったときから,追認ができます(民法124条)。そして,民法126条1文により,追認ができるという時から消滅時効の進行も開始するというわけです。このように,原則としては,追認できるときから時効が進行するのですが,民法126条2文の例外があります。すなわち,騙されたということをずっと知らなくとも,法律行為の成立の時から20年が経過すると,取消権が消滅時効にかかるため,取り消せなくなってしまいます。

なお,詐欺又は強迫による婚姻の場合には,この時効期間が極端に短く設定されています。わずか3ヶ月ですので,注意が必要です。さらに,婚姻の取消しの場合には,取消しに遡及効がないことも大きな特色となっています(民法748条)。婚姻の取消しの場合には,取消しの効力は,裁判上の取消しがなされてから,将来に向かってのみ効力を生じます。


4 善意・悪意,重過失・軽過失・無過失


無効の種類を分類する上でも,また,無効を第三者にも主張できるかどうかを判断する際にも,決定的な役割を果たしている善意(過失のある善意を含む)と悪意という概念について説明しておきます。

A. 辞書的な意味との違い

民法の用語法としての善意や悪意というのは,国語辞書の意味(善意:思いやりのあるよい心,悪意:悪い心・感情)とは違います。法律用語としての悪意とは,「知っている」ことであり,善意は「知らない」という意味です。また,善意・無過失というのは,「知らないことに過失がない」という意味です。善意・無過失という概念は,取引の相手方が保護されるときのキーワードとなっています。反対に,善意であっても,過失(軽過失でもよい)があれば(善意・有過失),保護されないことが多いので注意が必要です。それから,善意だが重過失があるということになると,ほとんど悪意と同様に扱われます。善意と悪意とは,非連続の排反的な概念のように見えますが,実は,過失という概念を取り込むことによって連続的な概念に仕上がっているのです。以上の善意・悪意,軽過失,重過失の関係をまとめたのが表7-3ですので,よく見て,概念間の整理をしてみてください。

表7-3 善意無過失,善意・有過失,善意・重過失,悪意の区別
善意 悪意
無過失 (軽)過失 重過失
(悪意と同視されている:
民法470条,697条参照)
善意・無過失の当事者は,
保護されることが多い。
善意・有過失の当事者は
保護されないことが多い。
善意・重過失または悪意の当事者は,
ほとんどの場合に保護されない。

B. 民法における善意・悪意に関する多様な表現形式

善意と悪意という概念は,民法の条文の中でさまざまな表現形式で出現します。特に,真の権利者を保護すべきか,それとも,取引の安全を確保するために,第三者を保護すべきかの判断を下す場合の決定的な判断材料とされています。例えば,意思の不存在に関する民法93条,94条,95条,瑕疵ある意思表示に関する96条,表見代理に関する民法109条,110条,112条,表見受領権者に対する弁済に関する民法478条,480条についても,善意と悪意と過失との関係をきちんと理解することが重要となります。

上記の民法の条文のなかで,善意,悪意,過失がどのように表現されているかを表にまとめたのが,表7-4です。民法の条文では,善意は「善意」と表現されることが多いのですが,善意だが過失がある場合と言うのは,「知ることができたとき」(民法93条)とか,「過失によって知らなかったとき」(民法109条,112条,480条)というように,異なる表現が使われている場合があるので,それがどういう意味なのかを見抜くことが必要です。

表7-4 民法の条文における善意・悪意に関する表現のバラエティ
善意に関する表現 悪意と同じ扱いをする場合の表現 悪意に関する表現
善意 善意・無過失 善意・重過失 悪意又は善意・有過失
意思の不存在 民法93条 真意を知り,又は知ることができたとき 真意を知って
民法94条 善意の第三者
民法95条 表意者に重大な過失があったとき
瑕疵ある意思表示 民法96条 善意の第三者 その事実を知っていたとき
表見代理 民法109条 知り,又は過失によって知らなかったとき
民法110条 信ずべき正当な理由があるとき
民法112条 善意の第三者 過失によってその事実を知らなかったとき
表見受領権者への弁済 民法478条 善意であり,かつ,過失がなかったとき
民法480条 知っていたとき,又は過失によって知らなかったとき
(悪意又は善意・有過失)

善意と悪意と過失との結びつきを理解した後は,それぞれについて,どのような効果が結びつくのか,その傾向をおさえておくとよいでしょう。この問題についは,次回以降の講義で,具体的な例を挙げながら,しっかり理解できるように説明したいと思います。

C. 重過失による錯誤の場合における重過失の位置づけ

ここで,これまで学習してきたことが身についているかどうかを試すのと,これから学習する意思の不存在(民法93条の心裡留保,94条の虚偽表示,95条の錯誤)の予習を兼ねて,民法95条ただし書きの重過失の意味を考察してみましょう。

善意・悪意・過失の組み合わせを使うと,これから学ぶ意思の不存在の個々の条文を単発的に理解するのではなく,それらを連続的に捉えることができるようになります(加賀山説)。普通の教科書には書いていないのですが,面白い試みをしてみましょう。まず,意思の不存在の最後の条文である民法95条(錯誤)を見てください。

第95条(錯誤)
意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。

民法95条は,意思表示に要素の錯誤がある場合について,意思表示が無効であることを規定しています。意思の不存在(民法93条〜95条)のうち,民法93条と民法94条は,表意者自身が意思と表示とが食い違っていることを知っている,すなわち,悪意であることを前提にしています。これに対して,民法95条の錯誤とは,表意者自身が意思と表示とが食い違っていることを知らない,すなわち,善意(勘違い)であることを前提にしています。

民法95条ただし書きについて,普通の教科書では,法律行為の要素に錯誤がある場合には無効だが,表意者に重過失がある場合には,表意者を保護する必要がないので,無効を主張できないと説明しているだけです。しかし,重過失は悪意と同じように扱われるという知識を活用すると,錯誤者が無効を主張できないという謎が解けるだけでなく,一定の場合には,やはり,無効を主張できるという判決の見解(東京控訴院大7・3・13新聞1403号3頁,東京控訴院大8・6・16新聞1597号17頁,大阪高判平12・10・3判タ1069号153頁(山之内紀之「判批」判タ1096号24頁))を論理的に導くことができます。

錯誤(民法95条)と心裡留保(民法93条)とを連続的に捉えなおすというメカニズムは以下の通りです。

このように考えると,民法95条のただし書きである「表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。」の意味が意思の不存在の条文との関連において理解できると思います。しかも,このように考えるときは,民法95条の硬直性も打破できます。なぜなら,要素の錯誤に陥った表意者に重大な過失がある場合には,一律に無効を主張できなくなるのではなく,相手方が善意・無過失の場合いはその通りだが,相手方が悪意又は有過失の場合には,やはり錯誤無効を主張できるということになるからです。

この点は,非常に難しいところなので,錯誤の箇所で復習することにしましょう。


5 無効・取消しの第三者に対する効力(権利外観法理と無効の対抗不能)


A. 無効を第三者に対抗できるか否かに関する統一的な判断基準

最後に,無効と取消しに関する問題で一番厄介な問題をまとめて扱うことにしましょう。それは,無効と取消しの効果を第三者に主張できるかどうか,そして,その判断基準はどのように設定されているかという問題です。

従来の見解では,これを統一的に説明する基準は明らかにされておらず,それぞれの問題ごとに,別個の基準が説明されているだけでした。この講義では,無効と取消しの効果が第三者に対抗できるかどうかを判断する統一的な基準を説明することにします。まず,表7-5をよく見て,取消しと無効の効果が相手方又は第三者に対して主張できるかどうか,その判断基準はどのようなものなのかを,自分で考えてみてください。

表7-5 契約の無効・取消しの第三者に対する効力
無効原因 効力 相手方・第三者に対する対抗力
能力・権限の欠如 意思能力の欠如 不成立又は無効 第三者に対しても不成立・無効を主張できる
制限行為能力
(法定代理人の同意・代理の欠如)
取消し 第三者に対しても無効を主張できる
無権代理(任意代理権限の欠如) 無効 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理)
意思と表示の食い違い 意思の不存在 表意者
悪意
心裡留保 無効 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
表意者
善意
錯誤 原則として,第三者に対しても無効を主張できる
自由な意思形成の阻害 瑕疵ある意思表示 詐欺 取消し 善意の第三者には取消しによる無効を主張できない
強迫 第三者に対しても無効を主張できる
公序良俗違反 無効 誰に対しても,無効を主張できる

上に掲げた表7-5は,契約の有効・無効要件を概観した表をもとにして,特に,相手方・第三者に対する効力に焦点を当てて,簡略化したものです。無効と取消しの違いは要件の違いであり,効果においては,すべて無効と同じなので,無効の効力を相手方又は第三者に対抗できるかどうかの問題においては,無効と取消しの区別は不要となり,全ての問題は,無効が相手方又は第三者に対して主張できるかどうか,すなわち,「無効の対抗問題」として取り扱うことができます。

無効が相手方又は第三者に主張できるかどうか(無効の対抗問題)を表7-5の欄で比較してみましょう。そうすると,相手方又は第三者が善意・無過失の場合には,無効を主張できないとされていることが多いことに気がつくと思います。このことがここでのポイントとなります。

例外として,無効を善意・無過失の第三者にも対抗できるという場合を見てみましょう。この類型は,2つに分けられます。1つは,意思能力と行為能力の欠如(不十分)の問題です。制限行為能力者の取消しの場合には,無効の効果を全ての人に主張することができます。この点で,制限行為能力の問題は,無効の問題の中でも特別の問題のように扱われてきました。しかし,この講義では,制限行為能力の問題と無権代理とをまとめて講義することにしています。その理由は,制限行為能力の問題は,法定代理人によって能力を補完するという問題であり,任意代理における無権代理・表見代理の問題と密接に関連しているからです。制限行為能力の問題を法定代理の問題だと考えると,制限行為能力者の取消しによる無効が第三者にも対抗できる理由が理解できます。なぜなら,制限行為能力者かどうかは年齢又は成年後見制度における公示システムによって明らかにされており,取引の相手方は,善意・無過失とはいえないような仕組みになっているからです。このように考えると,無効の効果は,原則として,善意・無過失の第三者に対抗できないという法理が見えてくることになります。これが,権利外観法理といわれているものなのです。

B. 権利外観法理に基づく判断基準の設定

権利外観法理とは,「真実に反する外観を作出した者は,その外観を信頼してある行為をなした者に対し外観に基づく責任を負うべきである」という理論です。外観主義ともいわれており,ドイツ法におけるRechtsscheintheorieに由来するものであって,英米法におけるエストッペル(禁反言)と機能的に同じであるとされています。すなわち,権利外観法理は,外観に対する信頼を保護することによって,取引の安全(動的安全・静的安全)と迅速性に資することを目的としています。もっとも,取引の安全を確保するといっても,取引の相手方が無条件に保護されるわけではなく,「外観作出者にはそれについての帰責事由があり,外観を信頼した者は善意かつ無過失であること」が要求されています。つまり,権利外観法理は,真の権利者の保護と取引の相手方の保護とを両者の帰責性を比較衡量することによってバランスのよい解決を行おうとするものなのです。

権利外観法理の法律上の根拠は,信義則(民法1条2項)に求められます。契約の成立に関して信義則が重要な役割を果たしていることは,すでに述べました。そればかりでなく,信義則は,契約の効力の問題においても,信義則の具体化の一例である権利外観法理を通じて,決定的な役割を果たしています。

契約の効力は,2つの側面で,信義則の制約に服しています。1つは,契約の効力が否定される側面です。契約は,原則として「契約自由」なのですが,常に,「ただし,公序良俗又は信義則に反することができない」という信義則の法理に服しています。もう1つの側面は,契約の効力が肯定される側面です。契約の無効は,当事者に帰責性がある場合には,信義則上,善意・無過失の第三者に対抗できないという,信義則の具体化の一例である「権利外観法理」に服しています。以上のことは,次のような図式にまとめることができます。

  1. 信義則が契約の効力を否定する側面
  2. 信義則が契約の効力を肯定する側面(契約の無効を第三者に主張できなくなる側面)=権利外観法理

信義則の具体化の一例である権利外観法理は,特に商事法の領域で重要な役割を果たしてきました。しかし,民法においては,これまでは,その適用範囲が限定され,無効の効力の対抗問題一般に適用されることはありませんでした。そして,権利外観理論が適用されるのは,意思表示の表示主義に関する個別的な規定(民法93条,94条2項,96条3項),表見代理の規定(民法109条,110条,112条)などに限定されるとされ(有斐閣法律学小辞典など参照),制限能力者の法律行為,錯誤による意思表示,強迫による意思表示の問題には適用されないと考えられてきたのです。その原因は,権利外観法理を無効の効果に対して一律に適用しようとしても,従来の考え方によれば,上に述べたように,多くの例外が存在するため,その有用性が大きくないと考えられてきたからです。

しかし,本書のように,制限能力者の問題を任意代理と関連する法定代理の問題だと考え,錯誤についても,後に述べるように,要素の錯誤と動機の錯誤とを連続的に捉えるという有力説の考え方を採用し,その上で,契約の無効の対抗問題の全体を総合的に考察すると,以下のように,民法1条2項の信義則から派生した権利外観法理を統一的な判断基準とすることが可能となることがわかります。

C. 善意と善意・無過失という判断基準の混在の理由と今後の展望

民法の条文を見ると民法94条2項の通謀虚偽表示(虚偽表示)の場合には,「善意の第三者」に対抗できないとある。「善意」としか書かれていません。ところが,民法93条の心裡留保については,「相手方が表意者の真意を知り又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする」と規定されており,表意者が,相手方を悪意又は有過失を立証した場合には,無効となります。これを逆から言えば,相手方が意思表示の有効を主張するためには,実体法上は,結果的に,相手方が「善意かつ無過失」であることが要件となっています。

このように,善意の場合と善意・無過失の場合とが,条文によってまちまちです。その理由は,それぞれの条文が独立した法理として別々の歴史を経て成立してきたからです。しかし,このような内心の態様に関する要件は,統一して理解できれば,なにかと便利です。そして,これらを統一的に理解できるのが,先に紹介した権利外観法理なのです。

善意・悪意と無過失・有過失の関係は関連しあっていて,善意かつ無過失(裏から見れば,悪意又は有過失がないこと)が保護要件なのか,善意(裏から見れば悪意のないこと)だけが要件かが問題となります。善意かつ無過失が要件とされているのは,民法93条の場合もそうですし,民法109条,110条,112条の表見代理もそうです。それに対して,善意のみが要求されているのは,民法94条2項です。ただし,94条2項の類推適用については,真正権利者の作出した不実外形と第三者が信頼した外形が一致しない事案(意思外形非対応型)については,判例(最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁 民法判例百選〔第5版〕23事件)は,表見代理における権限外の行為に基づく表見代理に似ているという理由で,第三者が保護されるには,善意だけでなく,無過失も必要だとしています。

さて,民法の立法者が,無効を第三者に主張できるかどうかを決定する際に,第三者がそれを否定する要件として,第三者に対して善意を要求する場合,善意・無過失をも要求する場合,何も要求しない場合が混在しているのはなぜなのか,それをあえて統一することが可能かどうかを考えてみましょう。

裁判官の立場にたつと,人の心の問題を判断することは難しいですよね。人の頭の中を覗くことはできませんから,それは,ほとんど無理に近いことがわかります。裁判官といえども,神様ではないのですから,人の心を見通せるはずがありません。そうすると,裁判官がある人の善意・悪意を認定する場合は,いろいろな状況から,「こういうことを言っていたのだから知っていただろう,知っていたはずだ」ということしか言えません。

これに比べると,善意・無過失,悪意または有過失の場合は簡単で,「知らなかったかもしれないが,知るべきだった」と言えばいい。「べき」というときは,事実の問題ではなくて,事実を法律的に評価する問題なので,裁判官は非常にやりやすくなりますね。法律のルールとして判断すればよいわけですから,裁判は楽になります。したがって,裁判官の立場にたてば,そのほうがやりやすいし,説得力もあるということになります。

しかも,過失と無過失の判断は,本人の帰責性と相手方の外観への信頼の正当性(民法110条では,これを「正当の理由」としている)のレベルを相関的に考慮して決定されます。したがって,本人の帰責性が大きい場合には,相手方の信頼の正当性のレベルが多少低くても無過失と判断されます。反対に,本人の帰責性が小さい場合には,相手方が高度の注意義務を果たしていない限り無過失とは判断されないということになります。このように,過失の判断は,裁判官の総合的な判断に任されている余地が大きいのです。

このように考えると,権利外観法理が善意・無過失を要件としていることは,今後の発展の可能性が大きいことを意味します。民法93条(心裡留保),94条(虚偽表示),96条2項3項(詐欺),それと表見代理の109条,110条,112条,478条(債権の準占有者への弁済),480条(受取証書の持参人に対する弁済)といった条文に関しては,確かに,具体的な条文は,まちまちです。しかし,それらの具体的条文を支えている権利外観法理は,取引の相手方の保護要件として,善意・無過失という統一要件をもっている。そして,その認定は,善意とか悪意という内心の意思の問題ではなく,事実の評価の問題であるとすれば,裁判官にとって非常に魅力的な法理ということになります。したがって,時代が進むにつれて,善意・悪意という内心の態様に関する要件は,すべて善意・無過失の方向へと近づいていくのではと思っています。

表7-6 契約の無効・取消しの第三者に対する効力と権利外観法理による説明
無効原因 効力 相手方・第三者に対する対抗力 権利外観法理による説明
能力・権限の欠如 意思能力の欠如 不成立又は無効 第三者に対しても不成立・無効を主張できる 権利外観法理の適用が可能。
ただし,意思無能力は,原則として,相手方が知りうるので善意・無過失にならないことが多い。
制限行為能力(法定代理人の同意・代理の欠如) 取消し 第三者に対しても無効を主張できる 権利外観法理の適用が可能。
ただし,制限能力は相手方が知りうるので,善意・無過失になりえない。
相手方は,事後的には,民法20条の催告権を利用するほかない。
無権代理(任意代理権限の欠如) 無効 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理) 権利外観法理がそのまま適用される。
意思と表示の食い違い 意思の不存在 表意者
悪意
心裡留保 無効 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない 権利外観法理がそのまま適用される。
通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない 権利外観法理が適用される。
表意者
善意
錯誤 (通説)原則として,第三者に対しても無効を主張できる
(有力説)善意・無過失の第三者には,無効を主張できない。
有力説であれば,権利外観法理がそのまま適用がされる。
自由な意思形成の阻害 瑕疵ある意思表示 詐欺 取消し 善意(・無過失)の第三者には取消しによる無効を主張できない 権利外観法理が適用される。
強迫 第三者に対しても無効を主張できる 権利外観法理の適用はなく,信義則に違反するため第三者に対しても無効となる。
公序良俗違反 無効 誰に対しても,無効を主張できる

このように考えると,無効の第三者に対する効力は,すべて,信義則に服する問題であることがわかるでしょう。そして,公序良俗違反,および,それに類する場合の外は,すべて,権利外観法理に服する問題として解決できるのであり,問題の焦点は,本人の帰責性を考慮した上で,相手方が善意・無過失といえるかどうかであることも理解できると思います。


練習問題


無効および取消しに関する問題

無効又は取消しに関する次の1から5までの記述のうち,誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい。(新司法試験短答式試験問題〔民事系科目〕第32問参照)

1. 被保佐人がした行為で取り消すことができるものについて,保佐開始の原因が消滅していない状況において,被保佐人がこれを取り消した場合,当該行為は遡及的に無効となる。

2. 所有権に基づく土地明渡請求訴訟において,被告は,原告の所有権取得行為が原告の錯誤によって無効であることを主張立証すれば,請求棄却判決を得ることができる。

3. 詐欺による意思表示をした者が,相手方から,1か月以上の期間を定めて,その期間内に当該意思表示を追認するかどうかを確答すべき旨の催告を受けた場合,その期間内に確答を発しないときは,その行為を追認したものとみなされる。

4. 仮装の売買契約の売主に対して金銭債権を有する者が善意で売買代金債権を差し押さえて取立訴訟を提起した場合,仮装の買主は,売買契約が虚偽表示であることを証明すれば,請求棄却判決を得ることができる。

5. 強迫を受けてした動産売買契約を取り消した売主は,取消し前に買主から当該動産を善意かつ無過失で買い受けた者に対して,所有権に基づいて,当該動産の返還を求めることができる。

(解答のヒント)

  1. 保佐人は民法120条の取消権者に含まれるかどうかを問う問題である。平成11年の民法改正(法149)前は,保佐人には取消権がないとされてきた。成年後見制度の導入により,保佐人の同意権と取消権が明文で定められることになった(民法120条1項)。
  2. 相対無効の場合に無効を主張できるのは誰かを問う問題。錯誤に陥った原告が錯誤無効を主張できることは当然であるが,被告が錯誤無効を主張できるかどうかが問題となる。
  3. 制限能力者の場合には,制限能力者の側が取消しをするかどうか不安定な立場に立つ相手方を保護するため,相手方に催告権を与え,一定期間の間に,制限能力者側が取消しをするか,追認をするかの決定を迫り,その期間が過ぎた場合には,いずれかに決定されるという制度が用意されている(民法20条)。しかし,詐欺・強迫に基づく意思表示の場合には,詐欺者や強迫者に対して,そのような催告権を与えて,保護をする必要があるかどうかが問題となる。
  4. 通謀虚偽表示の無効は善意の第三者に対抗できない。通謀虚偽表示の当事者である売主の債権者は,第三者とはいえないため,無効を争うことができない。しかし,単なる債権者ではなく,「差押え債権者」の場合,第三者といえるかどうかが問題となる。
  5. 動産売買が買主に強迫に基づいたものであることを理由に取消された場合,買主から動産を取得した善意の第三者に対抗できるかを問う問題である。民法192条の善意取得の制度は,たとえ,AB間の取引に公序良俗違反以外の無効原因があっても,BC間の取引が有効である場合には,即時取得によって,Cは完全な権利を取得する。例外は,AB間ではなく,BC間の取引が,Bの錯誤,Bが制限能力者である場合,他人がBを無権代理した場合に限られる。この選択肢の場合には,無効原因がBC間ではなく,AB間に存在するに過ぎないことに注意する必要がある。

(解答例)

  1. 正しい。
  2. 所有権に基づく土地明渡請求訴訟において,被告は,原告の所有権取得行為が原告の錯誤によって無効であることを主張立証すれば,請求棄却判決を得ることができる。→主張できない。なぜなら,錯誤無効は,特段の事由がない限り,錯誤に陥った者だけが主張できるので,請求棄却判決を得ることができない。
  3. 詐欺による意思表示をした者が,相手方から,1か月以上の期間を定めて,その期間内に当該意思表示を追認するかどうかを確答すべき旨の催告を受けた場合,その期間内に確答を発しないときは,その行為を追認したものとみなされる。→でも,〔詐欺者は催告権を有しないので,〕その行為は取消しすることができるという状態のままである。
  4. 仮装の売買契約の売主に対して金銭債権を有する者が善意で売買代金債権を差し押さえて取立訴訟を提起した場合,仮装の買主は,売買契約が虚偽表示であることを証明すれば,請求棄却判決を得ることができる。→しても,〔差し押さえ債権者は善意の第三者に該当するため,〕請求棄却判決を得ることはできない。
  5. 強迫を受けてした動産売買契約を取り消した売主は,取消し前に買主から当該動産を善意かつ無過失で買い受けた者に対して,所有権に基づいて,当該動産の返還を求めることができる。→所有権は,すでに,民法192条に基づいて善意取得者が取得しているため,所有権に基づいて当該動産の返還を求めることはできない。

参考文献


[民法修正案理由書(1896)]
広中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書(1896)』有斐閣(1987)。
[梅・民法要義(3)(1887)]
梅謙次郎『民法要義』〔巻之三〕有斐閣(1887)。
[浜上・譲渡担保(1956)]
浜上則雄「譲渡担保の法的性質」阪大法学18号(1956年)32頁以下,阪大法学20号(1957)55頁以下。
[我妻・民法総則(1965)]
我妻栄『新訂民法総則』岩波書店(1966)。
[加賀山・錯誤における民法93条但書,96条2項の類推(1990)]
加賀山茂「錯誤における民法93条但書,民法96条2項の類推解釈−重過失による錯誤,動機の錯誤における相手方悪意の場合の表意者の保護の法理−」阪大法学39巻3・4合併号(1990)707頁以下。
[四宮・民法総則(1996)]
四宮和夫『民法総則(第4版補正版)』弘文堂(1996)。
[小林他・成年後見制度解説]
小林明彦,大門匡編著,岩井伸晃,福本修也,原司,岡田伸太著『新成年後見制度の解説』金融財政事情研究会(2000)。
[民法判例百選T(2001)]
星野英一・平井宜雄,能見義久編『民法判例百選T(総則・物権)』〔第5版〕有斐閣(2001)。
[内田・民法T(2005)]
内田貴『民法T総則・物権法総論』〔第3版〕東京大学出版会(2005)。

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