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第8回 制限能力,表見代理・無権代理

作成:2006年9月17日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


前回は契約の無効原因の全体について概観しました。今回は,無効原因の1つである契約当事者の能力(意思能力,行為能力)・権限(代理権限)について学習します。

図8-1 契約の流れにおける契約の有効・無効の位置づけ

今回の講義は,契約の流れの中では,図8-1の通りなのですが,契約の有効・無効の判断の中では,表9-1のように,最初の能力・権限の欠如の問題を取り上げて,法定代理と任意代理という観点から,それらを連続的に考察することにします。

表8-1 契約の無効・取消原因と契約の効力
無効原因 効力 追認の可否 相手方・第三者に対する効力
1. 能力・権限の欠如 意思能力の欠如 無効 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
制限行為能力 取消 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
無権代理 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理)
2. 意思の不存在 表意者
悪意
心裡留保 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
表意者
善意
錯誤 第三者に対しても無効を主張できる
3. 瑕疵ある意思表示 詐欺 取消 追認できる 善意の第三者には取消しによる無効を主張できない
強迫 第三者に対しても無効を主張できる
4. 公序良俗違反 無効 追認できない 誰に対しても,無効を主張できる

1 制限能力者による契約とその取消について


A. 制限行為能力と意思無能力との関係

民法は,従来は,行為無能力(禁治産,準禁治産)という言葉を使ってきたのですが,用語として適切でないということで,制限能力という言葉に切り替えています。たとえ,判断能力が劣っていても,普通の日常生活というのはできるし,生活できるならそうしてもらいたいですよね。保護すると同時に,できることはやってもらいましょう(Normalization)ということで,1999年(平成11年)に成年後見制度が創設されました(施行は,2000年(平成12年)4月1日)。そして,禁治産者に代わって「成年被後見人」,準禁治産者に代わって「被保佐人」という用語法が採用され,新たに,補助の制度ができて「被補助人」が新たに加わりました。

これまでの行為無能力者,新しい制度では,制限能力者については,未成年者と成年とで2つに分けて制度が設計されています。まず,未成年者は,一律に,制限能力者となり,親権及び未成年後見に服します。これに対して,成年の場合には,事理弁識能力を欠く場合が,狭義の成年後見,事理弁識能力が著しく不十分な場合が保佐,事理弁識能力が不十分な場合が補助というように,3つのレベルに応じて,制度が設計されています。

これも,一種の類型論なので,実際には隙間,重複が生じます。それを埋め合わせる一般法の役割を果たしているのが,民法の条文にはないけれども,学説・判例がともに認めている「意思無能力」という概念です。確かに,制限能力者については,成年後見制度の整備に伴って,特に,判断能力の低下した高齢者の保護がかなり進んでいます。しかし,高齢者を狙った悪徳業者は,そのような制度に乗っていない高齢者をターゲットにしており,前回にも説明したように,成年後見制度だけでは保護が十分でないというのが現状です。

そこで,制限行為能力について理解するためには,3つの制度を並行して理解する必要があります。第1は,未成年・成年後見制度を補完するものとしての意思無能力の考え方です。第2は,未成年者の保護です。そして,最後に,新しく創設された成年後見の制度です。第1の意思無能力者については,前回(第7回)の講義の最初の箇所(契約の不成立と契約の無効との異同)で詳しく説明しましたので,今回は,未成年者の行為能力と成年後見制度について説明することにします。

B. 法定代理と任意代理

本人の意思に基づいて代理権が生じる場合を任意代理といい,その代理人を任意代理人といいます。これに対して,本人の意思ではなく法律の規定に基づいて代理権が生じる場合(例えば,親権者,後見人,不在者の財産管理人,相続財産管理人など(民法818条,819条,839条〜841条,25条,26条,918条3項,952条など))を法定代理といい,その代理人を法定代理人といいます。

任意代理権は本人と代理人との間の法律行為から生じるのですが,民法の起草者は,その法律行為は専ら委任契約から生じると考えて,委任による代理(委任代理)と呼んでいます(民法104条,111条2項)。しかし,その後の学説は,任意代理権は委任契約から生じるとは限らず,請負,組合・雇用契約などからも発生すると考えて,これを任意代理と呼び,任意代理権を発生させる当事者の行為を授権行為と名づけています。

任意代理と法定代理との区別は,条文上は,代理人の復任権(復代理:民法104条〜106条)と代理権の消滅(民法111条2項)について,明文の規定があります。法定代理の場合には,代理が強制されるため,自分の責任で復代理人を選任できるけれども,復代理人の行為については,法定代理人に対して無過失責任を負わせています(民法105条)。これに対して,任意代理の場合には,本人の承諾を得たとき,または,やむをえない事由がある場合にのみ復代理人を選任できるとして,復代理人の選任について制限を課していますが,任意代理人は,復代理人の選任・監督に過失がある場合でなければ,復代理人の行為について責任を負わないとされています。

また,条文上は明らかではありませんが,表見代理の規定が法定代理に適用又は類推されるかどうかについて,判例は,代理権授与の表示による表見代理は法定代理には適用されないけれども,代理権消滅後の表見代理の規定は,法定代理にも適用されるとしています(大判昭2・12・24民集6巻754頁)。また,判例によると,権限外の行為の表見代理は,法定代理には直接適用されないけれども,その趣旨を類推して第三者の保護を図るべきであるとしています(最一判昭44・12・18民集23巻12号2476頁)。

さて,法定代理と任意代理とを機能の面から見ると,法定代理は,行為能力が不十分であったり,欠如したりしている人に対して,行為能力を補完する制度であるのに対して,任意代理は,行為能力がある人を前提に,本人の活動範囲をさらに広げるためにその能力を拡充する制度として機能しています。本書において,制限能力の問題と無権代理・表見代理の問題とを同時に扱う理由は,制限能力の問題は,法定代理の問題であり,無権代理・表見代理の問題は,任意代理の問題であるという理由に基づいています。

C. 未成年者の行為能力

未成年者が契約をした場合には,その契約を取り消すことができるかどうかが問題となります。どのような場合に,誰が取消しできるのかについては,「法定代理人の同意(事前の承諾)を得ずに未成年者がなした契約は,未成年者又は法定代理人が取り消すことができる」というのが原則です。しかし,さまざまな例外があり,しかも,それらの例外規定が,行為能力の箇所と無効及び取消しの2箇所に分散しています。そこで,未成年者がした契約の取消しについてまとめて理解するために,一覧表を作成してみると理解が深まります。

表の作り方としては,どういう場合に,だれが取消しできるかという観点から表を作ることもできます。しかし,実際に問題となるのは,どういう場合に取消しができなくなるかということであり,しかも,そのような観点から表を作成した方が簡略化される上に,同意と追認との対比を際立たせることができます。そこで,本書では,未成年者がした契約は,どういう場合に取消しができるのかではなく,逆に,どういう場合に取消しができなくなるのかという観点から一覧表を作成してみました。表8-2を見てください。

表8-2 未成年者の契約が取消しできない場合
未成年者取消権を行使できない行為の種類 根拠条文
A. 取消権の不発生 1. 法律行為行為の性質 単に権利を得たり,義務を免れたりする行為 民法5条1項
2. 法定代理人の同意
(事前の承諾)
個別的同意 民法5条3項1文
包括的同意 特定財産 民法5条3項2文
営業 民法6条
3. 未成年者の態様 未成年者の詐術(積極的な欺罔行為) 民法20条
B. 取消権の消滅 4. 追認
(事後の承諾)
意識的追認 法定代理人の追認,成人後の本人の追認 民法122条,124条
法定追認 履行,履行の請求,更改,担保の供与,取消しによって取得した権利の譲渡,強制執行 民法125条
5. 消滅時効 追認ができる時から5年,又は,行為の時から20年を経過 民法126条

第1に,取消権が発生しない場合が3つあります。@契約の性質が,単に権利を得たり,義務を免れたりする契約である場合,A法定代理人が事前の承諾(同意)をしている場合,B未成年者が詐術を行った場合です。第2に,取消権が消滅する場合も,3つあります。@法定代理人が追認した場合,又は本人が成人になった後に追認した場合,A法定追認(履行,履行の請求,更改,担保の供与,取消しによって取得した権利の譲渡,強制執行)がある場合,B消滅時効によって消滅した場合です。

事前の承諾(同意)と事後の承諾(追認)とは,似ているようで異なります。同意は決める前に相談して意思決定をするものであるのに対して,追認は,決めた後で事後承諾を得る行為です。

余談になりますが,あることについてする権限が与えられていない場合には,原則として,事前の承諾を得なければなりません。とくに,戦略的な重要問題は,その必要がある。これに対して,権限を与えられた戦術に関する問題は,自分で判断して,直ちに事後報告をします。この区別ができない人は,社会に出ても,出世が出来ないようです。重要な戦略問題は事前の承諾を得なければならないのに,自分だけで判断しておいて,事後承諾を得ようとすると,上司の信頼を失うことになります。反対に,自分で判断すべき細かな戦術問題を上司に相談して決済を得ようとすると,自分で判断ができない愚か者と思われてしまいます。社会に出たら,どういう場合に同意を得るか,事後承諾でよいかを判断できるようになってください。未成年者の場合も,小さいときから,この区別について,早くから学習しておくのがよいと思います。大切な問題は,親に事前に承諾を得るようにさせましょう。大事なことは上司に相談するという習慣がこれでマスターできます。反対に,事前に同意を得ていたり,包括的な同意を得ていたりする戦術問題は自分で考えて実行し,その後,親に報告しておくという習慣をつけるようにするとよいでしょう。そうすると,社会に出ても,上司の厚い信頼を得ることができるようになります。そのようなわけですから,皆さんも,未成年者の法律行為について,事前の承諾が必要な問題とそうでない問題とをきちんと区別できるようになると,社会でも信頼されるし,親になっても子供の教育についての1つの指針が得られることになります。

さて,事前の承諾としての同意というのは2つに分かれます。1つは,個別的な同意です。もう1つは,お小遣い一括で渡して,その範囲なら,どのように使ってもいいよというものです。これが包括的同意です。

それから事後承諾としての追認は,取消権の消滅事由の1つでもあります。追認には,法定追認というのがあるので注意してください。追認したといわなくても追認したとみなされる場合が民法125条に詳しく規定されているのでよく読んでおいてください。

なお,未成年者の法律行為の取消しに関しては,簡裁の判決ですが,消費者保護との関連で,興味深い判決例があります(茨木簡判昭60・12・20判時1197号143頁)。消費者判例百選(1995)第54事件(110頁)に私が評釈を載せておりますので,興味のある方は読んでみてください。

D. 成年後見制度

成年後見の制度は,1999年(平成11年)の民法改正(法149)により,禁治産・準禁治産宣告,及び,それに基づく後見・保佐制度に代わるものとして導入され,2000年(平成12年)4月1日から実施されています。

成年後見制度は,法定後見(成年後見,保佐,補助)と任意成年後見という2つの柱で成り立っています。

a) 法定後見

法定後見は,第1に,精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況にある者について一定の者の請求により家庭裁判所が後見開始の審判を行うという,狭義の成年後見制度(民法7条,家事審判法9条1項甲1号)が重要です。そのほか,第2に,精神上の障害により事理弁識能力が著しく不十分な者について開始される保佐の制度(民法11条,家事審判法9条1項甲2号)がありあます。第3に,同様の事由で事理弁識能力が不十分な者について開始される補助の制度(民法15条,家事審判法9条1項甲2の2号)があります。

成年後見と保佐と補助との境目は,実は曖昧です。日本の場合は,成年後見,保佐,補助のうちのどの制度を利用するのかを審判の申立人があらかじめ決めてから裁判所に後見開始の申立て,保佐の申立て,補助の申立てをすることになります。しかし,家庭裁判所に行くと,それぞれの書式がきちんと整備されていますし,裁判所の職員,調査官等が親切に相談に乗ってくれて,後見,保佐,補助のうち,どれが適切かについて助言してくれるため,混乱は起きていないとのことです。

成年後見が開始された後も,成年被後見人は,日常生活に関する行為は単独でできます。また,被保佐人の場合は,民法13条1項の各号に規定されている行為以外の行為は単独でできます。さらに,被補助人の場合には,補助の申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」(例えば,「金融機関との取引」など)以外の行為は単独でできます。

b) 任意後見

任意後見制度は,任意後見契約によって実現されています。任意後見契約とは,委任者が,精神上の障害(痴呆,知的障害,精神障害等)により事理を弁識する能力が不十分な状況になった以降における自己の生活・療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を受任者(任意後見人)に委託し,その委託に係る事務について代理権を付与する契約であって,任意後見監督人が選任された時から契約の効力が生じる旨の特約が付されたものをいいます(任意後見契約法2条1項)。

委任者の事理弁識能力の減退という状況で効力を発するため,以下のような仕組みが定められています(任意後見契約法3条以下)。

  1. 後見監督人による任意後見人の監督,家庭裁判所による後見監督人の監督,任意後見人の解任権の家庭裁判所への付与によって,任意後見人の権限が適切に行使されることを確保する。
  2. 任意後見契約を一定の様式の公正証書によってさせることにより委任者の意思の明確化を図る。
  3. 任意後見監督人の選任を家庭裁判所に行わせ,効力発生時期を明確にする。
c) 未成年後見,成年後見制度の比較

未成年後見,成年後見の制度全体を表8-3にまとめておきましたので見てください。

表8-3 未成年・成年後見に関する対照表
広義の後見
未成年に対する後見 成年に対する後見
親権 未成年後見 法定成年後見 任意成年後見
成年後見(狭義の後見) 保佐 補助
要件 未成年者 未成年者に対する親権者の不存在,または親権者の管理権の喪失 精神上の障害により事理弁識能力を欠く者 精神上の障害により事理弁識能力が,著しく不十分な者 精神上の障害により事理弁識能力が不十分な者 精神上の障害により事理弁識能力が不十分になることを想定した委任契約(公正証書)とその登記
関係者 本人 未成年者 未成年被後見人 成年被後見人 被保佐人 被補助人 任意成年後見受任者
保護者 名称 父母又は養親 未成年後見人(1人に限定) 成年後見人(複数も可) 保佐人 補助人 任意後見契約の受任者→任意後見人
欠格 民法847条(未成年者,家庭裁判所で免ぜられた法定代理人・保佐人・補助人,破産者,被後見人に対して訴訟をした者及びその配偶者並びに直系血族,行方の知れない者) 準用 準用 準用
監督人 名称 (未成年後見監督人) (成年後見監督人) (保佐監督人) (補助監督人) 任意後見監督人
欠格 民法850条(後見人の配偶者,直系血族,兄弟姉妹) 準用 準用 任意後見人の配偶者,直系血族,兄弟姉妹
開始の手続 申立権者 未成年被後見人(本人)又はその親族その他の利害関係人 本人,配偶者,四親等内の親族,市町村長,検察官,任意後見受任者,任意後見人,任意後見監督人 本人,配偶者,四親等内の親族,任意後見受任者
未成年後見人,未成年後見監督人,保佐人,保佐監督人 後見人,後見監督人,補助人,補助監督人 後見人,後見監督人,保佐人,保佐監督人
開始時期 子の出生 親権者の不存在,または親権者の管理権の喪失 後見開始の審判 保佐開始の審判 補助開始の審判 家庭裁判所による任意後見監督人の選任
本人の同意 不要 必要 必要
終了事由・手続 子の成人,親権喪失の宣告,管理権喪失の宣告,親権・管理権の辞任 民法844条(後見人の辞任),民法846条(後見人の解任) 準用 準用 任意後見契約の解除,任意後見人の解任
本人の権限 単独でなしうる行為 民法5条1項・3項,6条 民法9条(日常生活に関する行為) 民法13条1項,2項所定の法律行為以外の行為 「特定の法律行為」以外の行為 任意後見契約の定めるところによる
同意を要する行為 上記以外の法律行為(5条1項) 民法13条1項,2項の行為 補助人に代理権,同意権が付与された「特定の法律行為」 任意後見契約の定めるところによる
取消権 単独で行使できる(120条)
追認権 取消原因の情況が止み,行為を了知した後に行使できる(124条)
保護者の権限 同意権・取消権 付与の対象 民法5条,6条 日常生活に関する行為以外の行為 民法13条1項各号所定の行為 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」
付与の手続 後見開始の審判 保佐開始の審判 補助開始の審判+同意権付与の審判+本人の同意
取消権者 親権者 未成年後見人 成年後見人 保佐人 補助人
代理権 付与の対象 民法5条,6条 財産に関するすべての行為 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」 任意後見契約の定めるところによる
付与の手続 後見開始の審判 保佐開始の審判+代理権付与の審判+本人の同意 補助開始の審判+代理権付与の審判+本人の同意 任意後見契約(公正証書),登記,任意後見監督人の選任
本人の同意 不要 必要 任意後見契約の定めるところによる
保護者の責務 財産管理 財産管理権 財産管理権,法定代理権 財産管理権,法定代理権 特定の法律行為についての代理権 特定の法律行為についての代理権 任意後見契約の定めるところによる
利益相反行為 民法826条により,親権者は,特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない 民法860条による(民法826条が準用されるが,後見監督人がいる場合は,民法851条大一号により,後見監督人が被後見人を代表する) 民法876条の2第3項により,保佐人は臨時保佐人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない 民法876条の7第3項により,補助人は臨時補助人の選任を家庭裁判所に請求しなければならない 任意後見監督人が本人を代表する
注意義務 自己のためにすると同一の注意義務 善管注意義務
身上配慮 監護及び教育,居所指定,懲戒,職業許可 監護及び教育,居所指定,懲戒,職業許可 本人の心身の状態および生活の情況に配慮する義務

最後に,後見登記制度について,簡単に触れておきます。禁治産・準禁治産の場合は,戸籍に表示され,官報にも掲載されていました。現在は,禁治産・準禁治産制度は廃止され,官報への掲載も家庭裁判所への掲示も,戸籍謄本への記載もなされません。それに代わって,本人,配偶者,四親等内の親族,成年後見人等だけが,登記事項証明書の交付,または,「登記されていないことの証明書」の交付を申請できます。他方,取引相手方は,証明書の交付を請求することは出来ません。本人に見せてもらうほかありません。詳しくは,後見登記等に関する法律を参照してください。


2 代理・表見代理・無権代理の関係


法定代理に続いて,任意代理の話に移ります。法定代理の場合もそうなのですが,代理権限に関しては,登場人物が3人以上となります。これまで,契約の問題は通常,二当事者関係を前提にしていました。しかし,代理権の問題を解明するには,常に,本人,代理人,相手方という三者関係(「三面関係」ともいう)を扱わなければなりません。図8-2の代理における三面関係を見てください。本人が代理人を選任し,代理人が相手方と交渉し,契約を締結します。しかし,その法律効果は,本人と相手方の間でのみ発生し,代理人には法律効果は及びません(民法99条)。後に述べるように,代理人が代理権限を授与されていない場合にのみ,相手方は,代理人の責任を追及することができるのです(民法117条)。

図8-2 代理における三面関係

当事者が2人のときは,衡平の原理だけでもうまくいきますが,3人以上だと,そうはいきません。平等が前面に出てきて,コモン・ロー(普通法)の法理が必要となります。法理が複雑になるのです。家族法の分野でも,夫婦2人だけの婚姻法の場合は,2人で適当に決めることができます。しかし,夫婦に子供ができると,法律関係は親子法となって,婚姻法よりも複雑となります。子供も1人のときはまだいいのでが,子が複数になると,平等な扱いをめぐって混乱が生じます。財産法の場合にも,二当事者間ではなく,代理人を入れて契約すると,三面関係といって,話が複雑になるのです。三面関係を理解することは,これまでの二当事者間の知識をワンステップ進めることになる意味でも,重要です。

A. 代理の種類

表8-4代理の種類を見てください。代理権は,本人の意思に基づいて与えられる場合(任意代理)と当事者の意思とは別に法律の規定によって与えられる場合(法定代理)とがあります。

自然人については,行為能力者の場合は,自分の活動範囲を拡大するために任意代理が利用されます。これに対して,すでに述べた制限行為能力者の場合には,制限行為能力者の能力を補完するために,法定代理が必要とされます。法人については,法人は観念上の存在なので,自然人である理事が実際の行為を行うことになります。

表8-4 代理の種類
自然人 法人
意思決定の
本人
行為能力者 制限行為能力者 法人
(定款,総会)
未成年者 成年
被補助人 被保佐人 成年被後見人
法律行為の
交渉人(代理人)
任意代理人 法定代理人 理事
(代表)
親権者
(子を「代表」する),
後見人
補助人
(特定の法律行為)
保佐人
(特定の法律行為)
後見人
意思伝達の
機関
使者

法定代理の場合,代理権は以下のように法律の規定によって生じます。

  1. 本人に対して一定の地位にある者が当然に代理人になる場合
  2. 本人以外の私人の協議・指定によって代理人となる場合
  3. 裁判所が代理人を選任する場合

これに対して,任意代理の場合,代理権は,契約(通常は委任契約)によって,代理人に授与されます。確かに,理論的には,代理権を授与する行為は,単独行為ですが,雇傭契約,請負契約,委任契約,組合契約等の内部関係の履行のためになされることが多く,その場合には,内部関係と代理権授与行為とは密接な関係にあります。実務上,代理権の授与が,代理権授与証書ではなく,委任契約に基づく委任状によって授与されるのは,以上の理由に基づきます。

任意代理には顕名代理と非顕名代理があります。表8-5「任意代理の種類」を見てください。民法と商法とで,代理行為の効果が本人に帰属するかどうかについての要件が微妙に異なりますので,注意が必要です。

最大判昭43・4・24民集22巻4号1043頁
 商法504条本文は,本人のための商行為の代理については,代理人が本人のためにすることを示さなくても,その行為は本人に対して効力を生ずるものとして,いわゆる顕名主義に対する例外を認めたものである。
 相手方において,代理人が本人のためにすることを知らなかったときは,商法504条但書によって,相手方と代理人との間にも本人相手方間におけると同一の法律関係が生じ,相手方が,その選択に従い,本人との法律関係を否定し,代理人との法律関係を主張したときは,本人は,もはや相手方に対し,右本人相手方間の法律関係を主張することができない。
商法第504条(商行為の代理)
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでこれをした場合であっても,その行為は,本人に対してその効力を生ずる。ただし,相手方が,代理人が本人のためにすることを知らなかったときは,代理人に対して履行の請求をすることを妨げない。

もっとも,民法が予定している顕名代理の場合も,主として商法がカバーしている非顕名代理の場合も,相手方が本人のためにすることを知っているか,知らないことに過失がある場合には,顕名代理と同じ効果を生じさせることができますので,本人に責任を負わせる場合については,両者を神経質に区別する必要はないことになります。

表8-5 任意代理の種類(顕名代理と非顕名代理)
代理の分類 本人のためにするかどうかの基準 相手方の知・不知 効果 条文上の根拠
顕名代理
(直接代理)
代理人が,代理権の範囲内で,本人のためにすることを示してした意思表示 相手方が本人のためにすることを知っている。 本人に効果が帰属する
(有権代理)。
民法99条
本人のためにすることを示してしているが,代理権がない,または,代理権の範囲を超えている意思表示 相手方が代理権がないことについて,無過失で知らない。 本人に効果が帰属するが,代理人も責任を負う
(表見代理)。
民法109条,
民法110条,
民法112条
相手方が代理権がないことについて,知っている,または,過失によって知らない。 本人に効果が帰属しない
(無権代理)。
民法113条,
民法117条
非顕名代理
(間接代理)
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示 相手方が本人のためにすることを知っている(または知らないことに過失がある)。 本人に効果が帰属する。 商法504条
本文
相手方が本人のためにすることを(無過失で)知らない。 本人に効果が帰属するが,代理人も責任を負う
(表見代理と同じ)。
商法504条
ただし書き
商行為以外で,代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示 相手方が本人のためにすることを知っている,または,過失によって知らない。 本人に効果が帰属する 民法100条
ただし書き
相手方が本人のためにすることを無過失で知らない。 本人に効果が帰属しない
(無権代理)。
民法100条
本文

B. 代理と原因関係

代理権を与える原因契約(委任契約,雇用・請負契約など)の債務不履行や無効と,代理権の有効(有権代理)・無効(無権代理)とは,取引の安全を考慮して,必ずしも直結しないように制度が設計されています。これが,代理における原因関係からの無因性といわれる制度です。

しかし,無因性の問題は,善意の第三者を保護する制度ですから,内部関係が無効,または,代理権の濫用等,契約違反の状態にあることを相手方が知っている場合,または,過失によって知らない場合には,相手方を保護する必要はなくなります。したがって,その場合には,有因の関係となり,原因契約の不存在・瑕疵は,代理権にも直接影響を及ぼすことになるのです。その結果,代理の無効,すなわち,無権代理となります[浜上・注釈民法(4)(1975)20頁]。

代理権の効力の全体像を知るために,次の図式を理解しておくと便利です。この図式によると,有権代理,表見代理,無権代理の関係がよく理解できると思います。

  1. 広義の有権代理
    1. 代理権の権限内での正当な代理権の行使の場合=狭義の有権代理
    2. 代理権の権限内での代理権の濫用の場合
      • 相手方が善意・無過失の場合 → 狭義の有権代理と同じ
      • 相手方が悪意又は有過失の場合 → 代理行為の無因性による相手方保護の必要性の消滅 → 狭義の無権代理への転換
        • この結果は,以下に述べる利益相反行為による狭義の無権代理への転換と同じになる。
  2. 広義の無権代理
    1. 表見代理
      • 相手方が代理人の行為を代理権の範囲内での行為であると信じるにつき善意・無過失である場合 → 狭義の有権代理と同じに本人に対する法律効果が発生する(民法109条,110条,112条)
    2. 狭義の無権代理
      • 追認された場合 → 広義の有権代理へ
        • 無権代理行為は,取消や相対無効の場合と同じく,追認すれば,初めに遡って有効となる(民法116条)。つまり,追認によって,代理権限が正当化される。
      • 無権代理が追認されない場合であって(民法113条),相手方が代理人の行為を代理権の範囲内での行為でないことを知っているか,過失によって知らない場合 → 本人に対する法律効果は発生しない。
        • 自己契約,双方代理(民法108条),利益相反行為(民法57条(法人と理事),826条(親権者と子),860条(後見人と被後見人))は,狭義の無権代理に属するものと考えられている。

このように考えると,「代理権の濫用」とされる複雑な問題も,突き詰めて考えると,実は,無権代理の問題であることがわかります。ところが,判例は,以下の通り,代理権の濫用の問題について民法93条を類推適用して問題を解決しています。

最一判昭42・4・20民集21巻3号697頁
 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは,相手方が代理人の意図を知りまたは知りうべきであつた場合にかぎり,民法93条但書の規定を類推適用して,本人はその行為についての責に任じないと解するのが相当である。(意見がある。)
最一判平4・12・10民集46巻9号2727頁(民法判例百選T(2001)第33事件)
 親権者が子を代理する権限を濫用して法律行為をした場合において,その行為の相手方が権限濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは,民法93条ただし書の規定の類推適用により,その行為の効果は子には及ばない。

確かに,民法93条の心裡留保の問題も,無権代理の問題も,すべて,共通の法理である「権利外観法理」に服しますので,どの理論をとっても,結果は同じことになるのです。しかし,代理の問題について,それとは無関係であり,かつ,心裡留保が存在しないにもかかわらず,それを裡留保に類する問題として捉える判例の考え方は,代理の本質を理解していない迂遠な方法であるといわざるを得ません。代理権の濫用の問題は,代理の内部の問題として捉え,代理制度の無因性の確保の必要性が消滅する問題,すなわち,有因性の復活による無権代理への転換の問題として取り扱うのが適切だと思われます。

なお,無権代理の類型として自己契約,双方代理,利益相反行為について触れましたので,これらについても,その異同を表にまとめておくことにしましょう。

表8-6 無権代理に属する自己契約,双方代理,利益相反行為
類型 条文 効果
自己契約 民法108条 Aから不動産売却の代理権を与えられたBが,自ら買主となってAB間に売買契約を成立させる場合のように,同一人が契約当事者の一方の代理人としての資格と,他方当事者自身の資格とを使い分けること。 安い価格で売買するなど本人Aの利益を害する危険が大きいので,自己契約は原則として禁止されている。その禁止に違反してされた行為は,無権代理となる。
双方代理 民法108条 Bが一方では売主Aの代理人となり,他方では買主Cの代理人となってAC間に売買契約を成立させる場合のように,同一人が契約当事者双方のそれぞれの代理人として代理行為をすること。 本人A又は買主Cの一方又は双方の利益を害する危険が大きいので,民法により原則として禁止されている。その禁止に違反してされた行為は,無権代理となる。
利益相反行為 親権者 民法826条 親権者が自己の債務の代物弁済として子の財産を提供する場合など。

当事者の間で利益が相反する内容の行為をいい,この場合は,それぞれの利益を守るため,一方が他方を代理したり,1人が双方を代理したりすることは禁止される。
これら親権者・後見人・保佐人・法人の理事は,利益相反行為について代理権又は同意権をもたず,特別代理人又は臨時保佐人の選任を求めなければならない。
その禁止に違反して行われた利益相反行為は,無権代理行為となる。

後見人 民法860条 後見人が被後見人から財産を譲り受けたりする場合など。
法人の理事 民法57条 法人の理事が自己の債務について法人を連帯保証人とする場合など。

C. 広義の無権代理と表見代理との関係

広義の無権代理の中に含まれますが,有権代理のように扱われるのが,表見代理です。図8-3(無権代理と表見代理の関係)を見てください。無権代理人の責任を本人に対しても及ぼしたものが表見代理の本質的な意味であるという考え方(表見代理共同不法行為説[浜上・表見代理不法行為説(1966)66頁])を紹介します。

図8-3 狭義の無権代理と表見代理との関係

表見代理を有権代理に近づけて考えるという考え方とは逆に,無権代理人の責任を基礎にして,外観を作出したことに帰責事由のある本人も,無権代理人と連帯してその責任を負う場合というのが表見代理の本質であるという考え方です。表見代理が不法行為だというと,一見奇異に聞こえますが,実は,民法の立法者の一人である梅も同じようなことを考えていましたので[梅・民法要義(3)(1887)234頁],表見代理について無権代理の1つとして考える通説の立場を理論的に説明するには,むしろ,それに適した考え方だと思います。それでは,質疑応答を通じて,この考え方を理解することにしましょう。

講師:無権代理の責任は,民法のどこに規定されていますか?
学生A:民法117条1項です。
第117条(無権代理人の責任)
@他人の代理人として契約をした者は,自己の代理権を証明することができず,かつ,本人の追認を得ることができなかったときは,相手方の選択に従い,相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
A前項の規定は,他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき,若しくは過失によって知らなかったとき,又は他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったときは,適用しない。
講師:その通りです。民法117条の文言によると,無権代理人は,「履行又は損害賠償」の責任を負うとされています。しかし,無権代理については,相手方と本人との間でも契約関係は生じません。また,有権代理の場合ですら,相手方と代理人との間で契約関係が生じないのですから,この場合にも,契約関係が生じるはずがありません。そうすると,無権代理人の責任の性質は,契約責任ではないはずですね。それでは,民法117条に規定されている無権代理人の責任とはどのような責任なのでしょうか。
講師:民法上の責任で,契約責任以外の責任は,何責任でしょうか。
学生A:不法行為責任です。
講師:その通りです。しかし,不法行為責任については,損害賠償責任であり,しかも,損害賠償の方法は,金銭賠償に限定されているのではないでしょうか。そのような規定があることは知っていますか。
学生A:はい。民法722条1項で,民法417条(損害賠償の方法)が準用されています。
講師:そうすると,民法117条で,無権代理人は,「履行又は損害賠償」の責任を負うと規定していることについて,問題が生じますね。民法117条のうち,損害賠償責任を負うというのはそれでいいのですが,履行責任を負うというのは,不法行為責任にはなじまないのではないかという問題です。そこで,不法行為責任に戻って,不法行為責任は,常に,金銭賠償責任に限定されているのか,それとも,例外があるのかを調べてみましょう。
講師:次の人,不法行為責任に関する民法709条から724条までの規定を調べてみてください。金銭賠償責任以外の責任が規定されている条文がありますか。
学生B:民法723条の名誉毀損の場合には,「裁判所は,被害者の請求により,損害賠償に代えて,又は損害賠償とともに,名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる」と規定されています。
講師:その通りです。では,名誉毀損の加害者が,裁判所によって,名誉を回復するのに適切な処分を命じられた場合には,どのような責任を負うことになるのでしょうか。
学生B:確か,「原状回復」の責任だったと思います。
講師:よくできました。不法行為責任は,原則は,金銭賠償だけれども,例外がありえます。民法723条の場合は,原状回復責任を伴います。そして,民法117条の場合には,履行責任を負わされるというわけです。

しかし,履行責任というのは,もともとは,契約責任のはずです。それでは,民法の立法者はどのように考えていたのでしょうか。この点は,普通の教科書ではあまり触れられていないので,講師の方から,立法者の一人である梅謙次郎の見解[梅・民法要義(3)(1887)234頁]を説明することにします。

本人は不法行為に由りて第三者に損害を加ふるものなり。故に第709条の規定に依り,本人は第三者に対して損害賠償の責(せめ)に任ぜざるべからず。然りと雖(いえど)も,損害賠償なるものは頗(すこぶ)る不確実なるものにして,往往(おうおう),実損害を償(つぐな)うに足らざるが故に,立法者は,特に,第三者を保護し,本人をして其法律行為に付き責を負わしめ,以て損害を未だ生ぜざるに防ぎたるなり。

つまり,民法117条の責任は不法行為責任であるが,無権代理の特色を加味して,履行責任という特別の不法行為責任を負わせたということになります。そして,表見代理に関しては,無権代理人だけでなく,代理人であるかのような外観を作出するについて帰責事由がある本人について,無権代理人と同じ責任を負わせたということになります。

つまり,表見代理を不法行為で説明する説によれば,無権代理人だけに責任があるばかりでなく,本人にも外観作出に帰責性があるという特別な場合ということなります。無権代理人だけが悪いという狭義の無権代理の場合には,民法709条の単独不法行為となります。しかし,表見代理の場合には,誤った概観を作出するについて本人にも悪い点,つまり,帰責事由があるのです。つまり,民法109条の場合には,代理権を与えたかのような外観を作出しているから帰責性があります。また,民法110条の権限を越した場合にも,外観作出について本人に帰責性があります。代理人をやめさせたという通知を怠ったという,民法112条の場合にも,外観作出に関して本人に帰責性があります。そういうわけで,表見代理というのは,民法117条の責任を,民法709条の特別法である民法719条にしたがって,無権代理人(表見代理人)と本人とが連帯して責任を負う場合であると考えることができるわけです。

もっとも,比較的古い判例においては,表見代理の成立に関して,本人に過失があることは要件にならないとするものがあります(最一判昭34・2・5民集13巻1号67頁)。しかし,過失の解釈は相関的になされるものであり,本人に帰責事由が全くない場合には,狭義の無権代理であって,表見代理にはなりえないと思われます。

先に掲げた図8-3をもう一度みてください。左の図の狭義の無権代理が単独不法行為(709条)に対応し,右の図の表見代理が共同不法行為(719条)に対応することになります。

以上のような表見代理を不法行為責任として構成する説の特色は,その性質が不法行為であるため,過失相殺もできるというところにあります。ということは,契約責任の場合とは異なり,有効・無効以外の中間的な解決もできると主張されています。

このように,表見代理を無権代理人と帰責事由のある本人との共同不法行為として捉える考え方は,表見代理の本質を的確に表現していると思われ,非常に興味深い見解です。しかし,本人が履行責任を負うということが理解できれば,その責任を契約責任として構成することも可能です。いずれにせよ,表見代理における本人の責任は,以下のようにして,権利外観法理に服するということが理解できれば,目的は達成されると思われます。

代理権は,本人と代理人との間の基本契約(委任契約など)によって代理権が与えられるが,代理権は,基本契約とは,一応独立したものと考え,本人と代理人との間の契約における債務不履行,無効等は,原則として善意の第三者である相手方には対抗できない(表見代理)。しかし,相手方が,悪意又は有過失の場合には,基本契約の無効が無権代理へと反映されることになる。

D. 表見代理の類型

さて,表見代理には3つあります。代理権授与表示による表見代理,権限外の行為に基づく表見代理(権限踰越による表見代理),代理権消滅による表見代理です。

a) 代理権授与表示による表見代理(民法109条)

本人が相手方に対して,実際には代理権を授与していないのに, ある人に対して代理権を与えたと言ったため,相手方がその人を権限のある代理人と考えて契約を締結した場合であって,相手方が代理権が授与されたと過失なしに信じた場合のことを「代理権授与表示による表見代理」といます。

民法109条の旧条文によると,相手方が善意・無過失であることは要件とされていなかったのですが,判例・学説によって,民法109条の表見代理の場合にも,他の表見代理と同様,相手方は善意・無過失であることが必要であるとされてきました(最二判昭41・4・22民集20巻4号752頁[民法判例百選T(2001)第24事件])。2005年の民法の現代語化に伴い,相手方の善意・無過失が要件として認められています。

b) 権限踰越の表見代理(民法110条)

例えば,本人は,目的物の売買に関する代理権しか与えていないのに,代理人が目的物を相手方に贈与してしまったときのように,代理人が与えられた基本代理権の権限の範囲を越えた契約を締結した場合であって(越権代理),相手方が,代理人の行為は代理権の範囲内の行為であると信じるにつき「正当の理由」がある場合のことを「権限踰越の表見代理」といいます。

相手方が,代理権があると信じるにつき正当の理由があるかどうかの判断は,本人が代理権授与する際の代理権の範囲の限定方法,代理人に対する監督等の本人の側の事情と,相手方が代理権の存在を信じるに至った事情とを総合的に考慮して判断されます(最二判昭51・6・25民集30巻6号665頁[民法判例百選T(2001)第29事件])。この判断枠組みは,相手方の過失の判断枠組みと同じですので,結局,相手方の正当事由の存否は,相手方が善意・無過失かどうかの判断と同じことになります。

c) 代理権消滅後の表見代理(民法112条)

委任契約の解除等によって,代理人の代理権が消滅したのに,そのことを相手方に通知しないうちに,代理権を失った代理人と相手方との間で契約を締結した場合であって,相手方が過失なしに代理権が消滅していないと信じた場合を「代理権消滅後の表見代理」といいます。

以上の3類型に共通の要件として,相手方が本人の責任を追及するためには,善意・無過失が要件となります。だだし,立証責任の分配については,以下の表のようになります。ひとまず,表見代理,表見弁済受領権者に関する旧条文と現代語化された現行民法における条文構造の変化を以下の表にまとめておきましたので,興味のある方は参照してみてください。

表8-7 表見代理における善意・無過失の立証責任
実体法の法理 条文 旧条文 現行法(現代語化)
条文 善意・無過失の立証 条文 善意・無過失の立証
権利概観法理 表見代理 民法109条 第109条〔代理権授与表示による表見代理〕
 第三者ニ対シテ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタル者ハ其代理権ノ範囲内ニ於テ其他人ト第三者トノ間ニ為シタル行為ニ付キ其責ニ任ス
善意・無過失ともに不問。→判例によって必要とされるに至る。 第109条(代理権授与の表示による表見代理)
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は,その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について,その責任を負う。ただし, 第三者が,その他人が代理権を与えられていないことを知り,又は過失によって知らなかったときは,この限りでない。
本人が相手方の悪意又は過失を立証しなければならない。
民法110条 第110条〔代理権踰越の表見代理〕
 代理人カ其権限外ノ行為ヲ為シタル場合ニ於テ第三者カ其権限アリト信スヘキ正当ノ理由ヲ有セシトキハ前条ノ規定ヲ準用ス
相手方が正当の理由(善意・無過失)を立証しなければならない。 第110条(権限外の行為の表見代理)
前条〔代理権授与の表示による表見代理〕本文の規定は,代理人がその権限外の行為をした場合において,第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
相手方が自らの正当な理由(善意・無過失)を立証しなければならない。
民法112条 第112条〔代理権消滅後の表見代理〕
 代理権ノ消滅ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス但第三者カ過失ニ因リテ其事実ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス
相手方が自らの善意,表意者が相手方の過失を立証しなければならない。 第112条(代理権消滅後の表見代理)
代理権の消滅は,善意の第三者に対抗することができない。ただし,第三者が過失によってその事実を知らなかったときは,この限りでない。
相手方が自らの善意,本人が相手方の過失を立証しなければならない。
表見弁済受領 民法478条 第478条〔債権の準占有者への弁済〕
 債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有ス
弁済者が善意のみを立証しなければならない。無過失は不問。→判例によって民法478条と同じとされる。 第478条(債権の準占有者に対する弁済)
債権の準占有者に対してした弁済は,その弁済をした者が善意であり,かつ,過失がなかったときに限り,その効力を有する。
弁済者(相手方)が自らの善意・無過失を立証しなければならない。
 →民法110条型
民法480条 第480条〔受取証書持参人への弁済〕
 受取証書ノ持参人ハ弁済受領ノ権限アルモノト看做ス但弁済者カ其権限ナキコトヲ知リタルトキ又ハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス
債権者が弁済者の悪意,または,弁済者の過失を証明しなければならない。 第480条(受取証書の持参人に対する弁済)
受取証書の持参人は,弁済を受領する権限があるものとみなす。ただし,弁済をした者がその権限がないことを知っていたとき,又は過失によって知らなかったときは,この限りでない。
債権者(本人)が弁済者(相手方)の悪意又は過失を立証しなければならない。
 →民法109条型

E. 表見代理の3類型に該当しない場合の解決(表見代理のいわゆる重畳適用)と権利外観法理

表見代理の場合も,3つの類型があるわけですが,何度も申し上げているように,類型化すると隙間ができます。その隙間を埋めるのが,一般法としての,権利外観法理です。表見代理の3類型のいずれにも分類できない場合であっても,本人が代理人に権限を与え,かつ,その権限内で代理人が行為したという外観を呈しており,相手方が代理人に外観どおりの権限があると信じるについて正当な理由がある場合,すなわち,相手方が外観どおりの権限が与えられていないことについて善意・無過失である場合には,本人は,相手方に対して履行責任を負うというのが権利外観法理の帰結です。

例えば,民法110条の表見代理は,基本代理権は存在することを前提にして,その基本代理権の範囲を踰越した場合のみを想定して規定されています。しかし,そうではなく,基本代理権の授与さえ存在せず,わずかに,基本代理権の授与の表示によって民法109条の表見代理が成立し,その民法109条の表見代理で想定される表示による代理権の範囲をさらに踰越した場合にも,民法110条の表見代理の法理を適用することができるかどうかが問題となります。いわゆる民法109条と民法110条の競合適用とか重畳適用といわれている問題です。この場合,厳密にいうと,民法109条の要件も民法110条の要件も満たしていません。なぜなら,民法109条は,権限踰越の場合を想定していないし,民法110条は,基本代理権の不存在を想定していないからです。したがって,このような場合は,競合適用とか重畳適用というのは適切ではなくて,民法109条と民法110条の組み合わせによる拡大解釈というのが正確な表現だと思われます。

しかし,このような場合も,権利外観法理によれば,この問題を表見代理のひとつとして認めることが可能です。判例も,民法109条と民法110条の組み合わせによる拡大解釈(いわゆる民法109条と民法110条の重畳適用)を認めています(最三判昭45・7・28民集24巻7号1203頁[民法判例百選T(2001)第25事件])。

同様にして,通説・判例は,消滅後の代理権,すなわち,かつて存在した代理権の範囲を超えて行使された場合につき,民法110条と民法112条のいわゆる重畳適用を認めています(大連判昭19・12・22民集23巻626頁[民法判例百選T(2001)第32事件])。この場合も,民法110条の要件も民法112条の要件も満たされていないのですから,競合適用とか重畳適用というのは適切ではなくて,厳密には,民法110条と民法112条との組み合わせによる拡大解釈というのが正確な表現でしょう。

もっとも,法定代理の場合(最一判昭44・12・18民集23巻12号2476頁)や,市町村長の代表権の場合(最三判昭34・7・14民集13巻7号960頁)のように,代理権や代表権の範囲が明らかにされている場合には,基本的には,表見代理の法理は適用されません。たとえ,表見代理の法理が類推されるとしても,代理権の範囲は,法律の規定を見れば明らかであるため,たとえ,相手方が代理権があると信じたとしても,相手方には過失があることになり,原則として,表見代理は成立しない傾向にあるといえましょう。


練習問題


1 成年後見

成年後見制度に関する次の1から5までの記述のうち,誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい。(新司法試験短答式試験問題〔民事系科目〕第20問参照)

1. 成年被後見人が建物の贈与を受けた場合,成年被後見人は,当該贈与契約を取り消すことができない。

2. 成年被後見人が日常生活に関する行為以外の法律行為を行った場合,あらかじめ当該法律行為について成年後見人の同意を得ていたときでも,成年被後見人は,当該法律行為を取り消すことができる。

3. 未成年後見人が選任されている未成年者については,後見開始の審判をして成年後見人を付することはできない。

4. 被保佐人が,貸金返還請求の訴えを提起するには保佐人の同意を要するが,被保佐人を被告として提起された貸金返還請求訴訟に応訴するには保佐人の同意は要しない。

5. 任意後見契約が登記されている場合に後見開始の審判をすることができるのは,本人の利益のために特に必要があると裁判所が認めるときに限られる。

解答のヒント

1. 成年被後見人が行った法律行為について,成年後見人が取消しができるのはどのような場合かを問う問題である。成年被後見人が行った法律行為は,「日用品の購入その他日常生活に関する行為」を除いて,すべて取り消すことができる(民法9条)。この選択肢のような建物の贈与が,「日用品の購入その他日常生活に関する行為」であるかどうか考えればよい。

2. 成年被後見人が行った法律行為について,成年被後見人自身がが取消しができるのはどのような場合かを問う問題である。成年被後見人とは,「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であるから,「日常生活に関する行為以外の法律行為」については,常に,本人ではなく,法定代理人である成年後見人が成年被後見人に代わって法律行為を行わなければならない。

3. 成年後見開始の審判はどのような場合にできるのかを問う問題であり,特に,未成年者に対して,成年後見開始の審判が可能であるかどうかを問う問題である。名称から判断すると,成年後見制度は,成年のみを対象としているように見える。しかし,成年後見制度は,知的障害や精神障害のある未成年を排除するものではない。例外的ではあるが,未成年者(未成年の知的障害者・精神障害者)について成年後見(補助,保佐,後見)の開始の審判をすることは可能である。

4. 保佐人の同意を要する行為とはどのような行為かを問う問題である。特に,訴訟行為について,訴えの提起の場合と応訴の場合とで,同意の要否が異なるかどうかを問う問題である。民法13条1項4号では,「訴訟行為をすること」について,保佐人の同意を要すると規定している。しかし,通説によると,ここでいう訴訟行為とは,民事訴訟において原告となって訴訟を遂行する一切の行為をいうとされている(我妻・民法総則(1965)85頁)。さらに,民事訴訟法には,被保佐人は,保佐人の同意なしに応訴することができる旨の明文の規定が置かれている(民訴法32条1項)。

5. 法定後見制度と任意後見制度との接点に関して,任意後見契約が締結されているにもかかわらず,後見開始の審判を開始することができるのはどのような場合かを問う問題である。任意後見契約法第10条1項に明文の規定がある。

任意後見契約に関する法律 第10条(後見,保佐及び補助との関係)
@任意後見契約が登記されている場合には,家庭裁判所は,本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り,後見開始の審判等をすることができる。

解答例

1. 成年被後見人が建物の贈与を受けた場合,成年被後見人は,当該贈与契約を取り消すことができない。→できる。

3. 未成年後見人が選任されている未成年者については,後見開始の審判をして成年後見人を付することはできない。→できる。

2 表見代理

表見代理についての民法の規定に関する次のアからオまでの記述のうち,判例の趣旨に照らし誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい。(新司法試験短答式試験問題〔民事系科目〕第25問参照)

ア. 代理権消滅後の表見代理の規定は,法定代理に適用することはできない。

イ. 権限外の行為の表見代理の規定は,本人から一定の代理権を授与された者が本人自身であると称して権限外の法律行為をした場合に類推適用することができる。

ウ. 権限外の行為の表見代理の規定は,公法上の行為を委託された場合であっても,それが私法上の契約による義務の履行のためのものであるときは,適用することができる。

エ. 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は,その他人が代理権を与えられていないことを当該第三者が知り又は過失により知らなかったことを証明して,表見代理の責任を免れることができる。

オ. 権限外の行為の表見代理の規定は,自己の利益を図るためにその権限を行使した場合にも適用することができる。

解答のヒント

ア. 表見代理の規定のうち,民法109条(代理権授与の表示による表見代理)は,法定代理には適用されないが,民法110条(権限外の行為の表見代理),及び,民法112条(代理権消滅後の表見代理)の場合には,法定代理にも適用することができるというのが判例・通説の見解である。

大判昭2・12・24民集6巻754頁
 未成年者の親権者がその未成年者が成年に達した後に代理行為をした場合に相手方が善意・無過失であれば民法112条の適用がある。

イ. 判例は,権限外の行為の表見代理の規定は,本人から一定の代理権を授与された者が本人自身であると称して権限外の法律行為をした場合(非顕名代理)に類推適用することができるとしている。

最二判昭44・12・19民集23巻12号2539頁
 代理人が直接本人の名において権限外の行為をした場合において,相手方がその行為を本人自身の行為と信じたときは,そのように信じたことについて正当な理由があるかぎり,民法110条の規定を類推して,本人はその責に任ずるものと解するのが相当である。

ウ. 表見代理の規定(民法109条,110条,112条)は,公法上の行為〔登記申請行為を含む〕を委託された場合であっても,それが私法上の契約による義務の履行のためのものであるときは,適用することができるというのが判例の見解である。

最一判昭46・6・3民集4号455頁
 本人から登記申請を委任されてこれに必要な権限を与えられた者が右権限をこえて第三者と取引行為をした場合において,その登記申請が本人の私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは,その権限を基本代理権として,右第三者との間の行為につき民法110条を適用し,表見代理の成立を認めることができる。

エ.表見代理が成立するためには,相手方は善意・無過失でなければならない。この選択肢の場合,民法109条の条文の構造に従って立証責任の分配を考えた場合には,本人が免責されるためには,本人の方で,相手方の悪意又は有過失を立証しなければならないことになる。

最二判昭41・4・22民集20巻4号752頁
 民法109条の代理権授与表示者が,代理行為の相手方の悪意または過失を主張・立証した場合には,同条所定の責任を免れることができる。

オ.この問題は,表見代理の問題ではなく,完全な有権代理の内部における代理権の濫用の問題であり,権利濫用の法理,無権代理の類推,または,心裡留保の類推によって問題の解決が図られている。判例は,心裡留保に関する民法93条但し書きの規定の類推適用を行って問題の解決を行っている。

最一判昭42・4・20民集21巻3号697頁
 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは,相手方が代理人の意図を知りまたは知りうべきであつた場合にかぎり,民法93条但書の規定を類推適用して,本人はその行為についての責に任じないと解するのが相当である。(意見がある。)
最一判平4・12・10民集46巻9号2727頁
 親権者が子を代理する権限を濫用して法律行為をした場合において,その行為の相手方が権限濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは,民法93条ただし書の規定の類推適用により,その行為の効果は子には及ばない。

解答例

ア. 代理権消滅後の表見代理の規定は,法定代理に適用することはできない。→できる。

オ. 権限外の行為の表見代理の規定は,自己の利益を図るためにその権限を行使した場合にも適用することができる。→は,代理権があるが,それが濫用された問題であるので,適用することができない。

3 表見代理の規定のいわゆる重畳適用

AはBに対し,自己所有の土地を売却する代理権を与え,代理人欄と委任事項欄が共に白紙の委任状を交付した。この事例に関する次の教授の質問に対する学生の1から5までの回答のうち,誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい。(新司法試験プレテスト短答式試験問題〔民事系科目〕第15問参照)

教授:Bは,白紙委任状の委任事項欄にBのCに対する債務を担保するためA所有の土地に抵当権を設定するとの内容を記入し,Cとの間で抵当権設定契約を締結しました。この場合,相手方Cを保護することはできますか。

1.学生ア:BにはA所有の土地を売却する代理権があったのですから,これを基本代理権として民法第110条により相手方Cを保護することができると思います。

2.学生イ:私は,AはBに対し,白紙委任状を交付することによりCに対して代理権授与表示をしたといえるから,民法第109条により相手方Cを保護することができると考えます。

教授:では,Bが本来その利用が予定されていないB’に白紙委任状を交付し,B’が白紙委任状の代理人欄に自己の名を勝手に記入した上,委任事項欄にB’のCに対する債務を担保するためA所有の土地に抵当権を設定するとの内容を記入し,Cとの間で抵当権設定契約を締結した場合はどうですか。

3.学生イ:白紙委任状の代理人欄だけを利用して委任事項についてはBに与えた代理権の範囲内であったのであれば,民法第109条で保護できると思いますが,本件では委任事項欄についても逸脱があるので,もはや第109条の代理権授与表示があったとはいえないと思います。

4.学生ア:この場合も,もともとAは代理人に自己所有の土地を売却してもらおうと思っていたのですから,民法第110条で保護すればよいと思います。

5.学生ウ:私は,白紙委任状の交付によって民法第109条の代理権授与表示をしたと考え,委任事項の範囲を超えたという点で,民法第110条も重畳的に適用すればよいと思います。

解答のヒント

民法109条にも該当せず,かつ,民法110条にも該当しない場合でも,権利外観法理によって取引の安全を確保する必要性が認められる場合(外観を作出した本人に帰責性があり,概観を信じた相手方が善意・無過失である場合)には,民法109条と民法110条の重畳適用という手段を使って,相手方を保護することが認められている。

最三判昭45・7・28民集24巻7号1203頁
 甲が,その所有の不動産を乙に売り渡し,乙の代理人丙を介して白紙委任状,名宛人白地の売渡証書など登記関係書類を交付したところ,右不動産の所有権を取得した乙から,これを丁所有の不動産と交換することを委任されて右各書類の交付を受けた丙が,これを濫用し,甲の代理人名義で丁との間で交換契約を締結したときは,丁において丙に代理権があると信じたことに正当の理由があるかぎり,甲は,丁に対し民法109条,110条によつて右契約につき責に任ずべきである。

解答例

4.学生ア:この場合も,もともとAは代理人に自己所有の土地を売却してもらおうと思っていたのですから,民法第110条で保護すればよいと思います。→代理人Bに自己所有の土地を売却してもらおうと思っていたのに,BがB’に白紙委任状を交付し,B’がAの代理人として行為するという,委任事項に関する逸脱があったのであるから,民法109条は適用されず,かつ,民法110条も単独では適用できない。したがって,相手方Cを保護するためには,民法109条と110条とを重畳的に適用する必要がある。

最二判昭39・5・23民集18巻4号621頁
 債務者甲が債権者乙との間に甲所有の不動産について抵当権設定契約を締結し,甲が乙に対し右抵当権設定登記手続のため白紙委任状等の書類を交付して右登記手続を委任した場合でも,とくになんびとが右書類を行使しても差し支えない趣旨でこれを交付したものでないかぎり,乙がさらに右書類を丙に交付し,丙が右書類を濫用して甲代理人名義で丁との間に右不動産について抵当権設定契約を締結したときは,甲は,民法109条にいわゆる「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者」にあたらない。

4 無権代理

無権代理と相続に関する次の1から5までの記述のうち,判例の趣旨に照らし誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい。(新司法試験短答式試験問題〔民事系科目〕第33問参照)

1. 無権代理人が本人の地位を単独相続した場合,本人が追認を拒絶した後に死亡したときでも,無権代理行為は有効になる。

2. 無権代理人が本人の地位を共同相続した場合,他の共同相続人のだれかが追認をすることに反対すれば,無権代理行為は有効にならない。

3. 本人は,無権代理人の地位を単独相続した場合,無権代理行為の追認を拒絶することができる。

4. 本人は,無権代理人の地位を単独相続した場合,無権代理人の相手方に対する責任を承継する。

5. 無権代理人の地位を相続した後に本人の地位をも相続した第三者は,無権代理行為の追認を拒絶することができる。

解答のヒント

1. (原則)無権代理人が本人の地位を単独相続した場合,原則として,無権代理行為は有効となる(最二判昭40・6・18民集19巻4号986頁)。その理由は,非権利者がなした処分は,権利者がこれを追認したとき又は処分をなした者が目的を取得したとき又は権利者が非権利者を相続したときは有効となるという法理が,最高裁の判決(最判昭37・8・10民集16巻8号1700頁)によって認められているからである。(例外)ただし,本人が追認を拒絶した後に死亡したときにまで,この法理を用いることはできない。この場合には,判例(最二判平10・7・17民集52巻5号1296頁)が説示しているように,無権代理行為は有効とはならない。

2. 無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合における判例(最一判平5・1・21判タ815号121頁)の見解である。

3. 本人が無権代理人の地位を単独相続した場合の原則は,無権代理人が本人を単独相続した場合とは異なり,無権代理行為が当然に有効となるものではないとされている(最二判昭37・4・20民集16巻4号955頁)。

4. 本人が無権代理人の地位を単独相続した場合の原則は,3.で述べたように,無権代理行為が当然に有効となるものではない。しかし,本人は,相続により,無権代理人の責任を継承するため,無権代理人としての債務を免れるわけではない(最三判昭48・7・3民集27巻7号751頁)。

5. 無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合における判例の見解である(最三判昭63・3・1判時1312号92頁)。

解答例

1. 無権代理人が本人の地位を単独相続した場合,本人が追認を拒絶した後に死亡したときでも,無権代理行為は有効になる。→は,無権代理行為は無効となる。

5. 無権代理人の地位を相続した後に本人の地位をも相続した第三者は,無権代理行為の追認を拒絶することができる。→できない。


参考文献


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[梅・民法要義(3)(1887)]
梅謙次郎『民法要義』〔巻之三〕有斐閣(1887)。
[浜上・譲渡担保(1956)]
浜上則雄「譲渡担保の法的性質」阪大法学18号(1956年)32頁以下,阪大法学20号(1957年)55頁以下。
[我妻・民法総則(1965)]
我妻栄『新訂民法総則』岩波書店(1966)。
[浜上・表見代理不法行為説(1966)]
浜上則雄「表見代理不法行為説」阪大法学59・60号(1966)66頁以下。
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浜上則雄『注釈民法(4)』有斐閣(1975)。
[加賀山・錯誤における民法93条但書,96条2項の類推(1990)]
加賀山茂「錯誤における民法93条但書,民法96条2項の類推解釈−重過失による錯誤,動機の錯誤における相手方悪意の場合の表意者の保護の法理−」阪大法学39巻3・4合併号(1990年)707頁以下。
[山本(敬)・公序良俗違反の再構成(1995)]
山本敬三「公序良俗違反の再構成」奥田昌道先生還暦記念『民事法理論の諸問題』〔下巻〕(1995年)79頁以下
[四宮・民法総則(1996)]
四宮和夫『民法総則(第4版補正版)』弘文堂(1996年)。
[小林他・成年後見制度解説]
小林明彦,大門匡編著,岩井伸晃,福本修也,原司,岡田伸太著『新成年後見制度の解説』金融財政事情研究会(2000)
[民法判例百選T(2001)]
星野英一・平井宜雄,能見義久編『民法判例百選T(総則・物権)』〔第5版〕有斐閣(2001)。
[内田・民法T(2005)]
内田貴『民法T総則・物権法総論』〔第3版〕東京大学出版会(2005)。

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