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第9回 意思の不存在(心裡留保,虚偽表示,錯誤)

作成:2006年9月17日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


講義のねらい


今回の講義は,契約の無効原因の中の第2回目として,意思と表示との食い違い,すなわち,表示どおりの意思が存在しないという意味での意思の不存在(心裡留保,虚偽表示,錯誤)を取り上げ,それぞれの場合の区別とともに,その連続性について説明します。

図9-1 契約の流れにおける契約の有効・無効の位置づけ

契約の流れの中での位置は,上記の通り,契約の有効・無効の箇所なのですが,契約の有効・無効の問題の中では,表9-1のように,第2番目の問題に該当します。

表9-1 契約の無効・取消原因と契約の効力
無効原因 効力 追認の可否 相手方・第三者に対する効力
1. 能力・権限の欠如 意思能力の欠如 無効 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
制限行為能力 取消 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
無権代理 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理)
2. 意思の不存在 表意者
悪意
心裡留保 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
表意者
善意
錯誤 第三者に対しても無効を主張できる
3. 瑕疵ある意思表示 詐欺 取消 追認できる 善意の第三者には取消しによる無効を主張できない
強迫 第三者に対しても無効を主張できる
4. 公序良俗違反 無効 追認できない 誰に対しても,無効を主張できる

契約の有効・無効の全体像は,第7回の講義の表7-1にまとめてあります。全体像を見失ったときは,そこに戻ってください。今回の講義で利用する表9-1は,有効・無効の全体像を示す表7-1の中から,無効原因を取り出して,意思の不存在の箇所を強調したものです。


1 意思の不存在と瑕疵ある意思表示との関連


今回の講義は,意思と表示とが食い違っている場合を中心に考察します。意思と表示との間に食い違いがあった場合に,基準となるのは,表示の方です。表示通りの意思がないという意味で,意思の不存在(旧条文では,「意思欠缺」)といわれているのです。

表9-2 意思の不存在と瑕疵ある意思表示との関係
効力 追認の可否 相手方・第三者に対する効力
意思の不存在
(意思欠缺)
表意者
悪意
心裡留保
(民法93条)
無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
通謀虚偽表示
(民法94条)
善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
表意者
善意
錯誤
(民法95条)
第三者に対しても無効を主張できる
意思表示の瑕疵 表意者
善意
詐欺
(民法96条)
取消 追認できる 善意の第三者には,取消による無効を主張できない
強迫
(民法96条1項)
善意の第三者に対しても,取消による無効を主張できる

これに対して,次回に詳しく検討する「意思表示の瑕疵」とは,意思表示において,意思と表示とは食い違っていないが,自由な意思形成が阻害された場合のことをいいます。「瑕疵」という用語は,民法以外の法律では,物の性状に関しては「欠陥」と言い換えられることもありますが,物とは異なる意思表示の場合に,「欠陥」と言い換えたのではどうもしっくりこない。そのような理由で,民法の現代語化において,「意思欠缺」が「意思の不存在」と言い換えられたのに対して,意思表示の「瑕疵」という言葉は,そのまま残されました。その余波で,物の性状に関する場面でも,瑕疵担保責任(民法570条),工作物の瑕疵(民法717条)というように,「瑕疵」という用語は,生き残っております。

ところで,「意思の不存在」と「瑕疵ある意思表示」とは,動機の錯誤という中間項を介して,連動しています。前回は,重大な過失による錯誤が心裡留保とつながっているという現象(重大な過失による錯誤における民法93条ただし書きの類推)について詳しく説明しました。しかし,これは,意思の不存在の内部での連動でした。今日は,それを越えて,「意思の不存在」と「瑕疵ある意思表示」の間でも連動があるという点について考察する予定です。詳しくは,[加賀山・錯誤における民法93条但書,96条2項の類推(1990)707頁以下]を参照してください。

もちろん,動機の錯誤と要素の錯誤との関係だけであれば,区別が難しいだけに,どの教科書でも取り上げられています。しかし,それらは,概念の説明として,動機の錯誤と要素の錯誤とをいかに区別するかという記述で終わってしまうことがほとんどでした。これに対して,この講義では,動機の錯誤に関して明文の規定が第三者による詐欺の場合として存在しており(民法96条2項),それと,錯誤の規定とがどのように連動しうるということまで説明するつもりです。


2 意思の不存在の3類型と相互の関連


人間は心神喪失以外のときは,意思の不存在はありえません。では,健常者における意思の不存在とは,どういうことなのでしょうか。この場合の意思の不存在とは,表示に対応する意思がないということでしたね。意思をベースにすれば,表示が間違っているということになります。反対に,意思を基準とすれば,表示が間違っているということになります。英米法では,不実表示(misrepresentation)ということになります。わが国の場合も,通謀があって,意思と表示がずれている場合のことを虚偽表示といいますから,用語法としては共通していますね。

意思の不存在は,表意者が善意の場合と悪意の場合とに分類できます。意思と表示との食い違いを知っていてわざと表示しているのかどうかを区別の基準とすると,どうして,効果としての無効が相手方や第三者に主張できなくなるのかがわかりやすくなります。

表9-3 意思の不存在の分類
無効原因 効力 追認の可否 相手方・第三者に対する効力
意思の不存在
(意思欠缺)
表意者
悪意
心裡留保
(民法93条)
無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない。
通謀虚偽表示
(民法94条)
善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない。
表意者
善意
錯誤
(民法95条)
原則として,第三者に対しても無効を主張できるとされている。
ただし,表意者に重過失がある場合には,無効を主張できなくなることがある。

A. 意思の不存在の3類型

意思の不存在において表意者が,その意思の欠缺を知っているというのは2つの類型があります。

1つ目は,いわゆる冗談です。自分では全く思わないのに心にもないことを言う。例えば,「あなた,結構いいもの着ているね,センスがいいね。うちのモデルにならない。」と心にもないことを言う(心裡留保)。

2つ目は,当事者双方とも通謀によって,表示とは異なる真意を持っている場合です。債権者からの追及を免れるために,夫の財産を妻名義に移転するなどがその例です(通謀虚偽表示)。

そして,もう1つの類型は,意思と表示との食い違いを表意者自身が知らない場合です。この類型は,表意者が悪意の場合と異なり,内容が1つしかない。つまり,表意者に意思の不存在についての認識が無い場合というのは,表意者が勘違いしているのですから,錯誤となります。

B. 意思の不存在の3類型の相互関係 −心裡留保と錯誤との関係を中心に

錯誤の場合に,意思と表示との食い違いを認識していないが,重過失で認識していない場合にどうするかで,問題が生じます。普通の教科書では,触れられていないけれども,重要な問題ですので,復習をしておきます。詳しくは,7回目の講義(契約の無効・取消しの原因)又は[加賀山・錯誤における民法93条但書,96条2項の類推(1990)]709-712頁]を参照してください。

民法93条の心裡留保の規定を見てください。悪意又は,重過失の相手方には,無効を主張できるとされています。この規定を表意者が重過失によって錯誤に陥った場合(重過失による錯誤≒悪意による錯誤=心裡留保)に準用すると,民法95条のただし書きの規定にもかかわらず,相手方が悪意又は有過失の場合には,表意者は無効を主張することができるということになります。これが,体系的思考に基づく理論的帰結であり,判例も同様なことを言っています(東京控訴院大7・3・13新聞1403号3頁,東京控訴院大8・6・16新聞1597号17頁,大阪高判平12・10・3判タ1069号153頁(山之内紀之「判批」判タ1096号24頁)参照。なお,このように類型論を補う体系的思考をしっかり抑えておくと,条文とは異なりますが,理論的には難点がなく,しかも,事案に即した柔軟な解決策を導くことができて便利です。

従来の法教育では,錯誤だと,要素の錯誤と動機の錯誤の説明で精一杯,もっと進んだとしても,動機の錯誤が絡む詐欺の規定しか見ずに解釈を進めていくことが多かったと思います。しかし,重大な過失で錯誤に陥ったという問題を理解する際に,錯誤の規定しか見ていないと全体の状況が理解できなくなります。そうではなく,類型論をきちんと抑えた上で,錯誤とは,表意者が善意の場合の問題のはずであることを理解していれば,重過失による錯誤というのは,悪意の錯誤に近いわけであり,悪意の錯誤というのは概念矛盾であり,それはおかしい,むしろ,心裡留保に準じた問題ではないのかと気づくはずなのです。

錯誤を主張する相手方に,どのような錯誤か説明を求めてみると,例えば,「1ドルとは1円だと思っていた」という返事が返ってきたとしましょう。これは,重大な過失になると思われますが,これを聞いた相手方は,「えーっ,冗談だろう。」ということになりませんか。そうなんです。「冗談だろう」,という発想に行き着けば,それが,直ちに心裡留保に直結するということが,体系的思考というよりは,ほとんど,直感に近い形で理解できるし,心で納得することができるわけです。

このように,体系的思考を自分の頭で納得するという形の勉強をぜひしていただきたい。単に論理や体系を操作するだけではなく,実感として分かるような勉強してください。


3 意思の不存在 各論


A. 心裡留保

意思の不存在の各論に入りましょう。まず,心裡留保(民法93条)が問題となります。心裡留保の定義的な解説は次のようになります。

第93条(心裡(り)留保)
意思表示は,表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。ただし,相手方が表意者の真意を知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする。
心裡留保による意思表示の場合,相手方が表意者の真意(言っていることは冗談に過ぎないこと)を知らず,かつ,真意を知らないことに過失がない場合(善意・無過失の場合)には,表意者は契約の無効を主張できない。つまり,契約は有効であるかのように扱われる。これは,表示(外観)を善意・無過失で信じた相手方を保護するためである。
反対に,相手方が表意者の冗談(真意)を知っている場合,または,冗談かどうか見抜けるはずであった場合には,契約は無効となる。この場合には,真意でない契約に効力を与える必要がないからである。なお,相手方も悪意の場合は,次に述べる通謀虚偽表示に連結する。
表9-4 心裡留保
相手方の容態 意思と表示の優先関係 心裡留保の効果
心裡留保(民法93条)
(表意者悪意)
悪意または善意・有過失 表意者の意思が優先される 無効
善意・無過失 表意者の表示が優先される 無効を主張できない

それでは,質疑応答を通じて,理解を深めることにしましょう。

講師:心裡留保の事例において,相手方が悪意もしくは有過失の場合はどうなりますか?
学生A:無効です。
講師:何が?
学生A:意思表示が無効となります。
講師:条文の文言としてはその通りです。もっとも,意思表示を通じて契約の無効をもたらすと考えるのが通説の考え方でしたね。それでは,相手方が,そうでない場合はどうなりますか?相手方が,真意でないことを知らず,かつ,知らないことに過失がない場合には,意思表示の効力はどうなるのでしょうか?わかりにくいかもしれません。概念ではなく,実例でやりましょう。これ(マイク)が金の延べ棒だと思ってください。これから,次の人と寸劇をしてみます。
講師:愛しているから,この金の延べ棒をあなたに差し上げます。
学生B:もらいます。
講師:これで契約成立ですね。さて,この契約は,何契約ですか?
学生B:贈与契約です。
講師:しかし,私の意思と表示の内部に踏み込んで考えると,私は,あなたをちょっとからかって言っただけです。私の意思表示は,有効ですか無効ですか?
学生B:無効です。
講師:一概にそういっていいですか?あなたは,私が冗談で言ったこと(心裡留保であること)を知っていましたか?
学生B:はい。
講師:なるほど。確かに,実際は知っていたのでしょうが,相手方の立場がどのようなものかをしっかり考えて発言してください。もしも,私が冗談で言っているのをあなたが知っていたらこの贈与契約は無効となり,相手方であるあなたにとって,非常に不都合なことになります。この寸劇では,あなたは,金の延べ棒をもらいたいという立場に立たなければ,意味がありませんよね。自分の立場をわきまえて,自分に有利に言い直していただきますか。
学生B:わかりました。言い直します。先生のように高潔な方が冗談なんか言うわけはないじゃないですか。冗談とは全く知りませんでした。
講師:いいですね。でも,相手方としては,善意だけでは不十分でしたね。善意でかつ無過失でなればなりせん。無過失であることは,どのようにして言えばよいでしょうか。立証責任の分配から言えば,表意者が相手方の悪意,または,有過失を証明することになっているのですが,相手方の方から,自分の善意・無過失を立証しても問題はありません。さあ,無過失であることを言いたいのであればどうしたらよいと思いますか。
学生B:えーっと,頭が混乱してきました。パスしてもいいですか。
講師:それでは,次の人どうでしょうか。金の延べ棒をもらいたいという相手方の立場に立って,自分の善意・無過失を言うには,どのような方法がありますか。
学生C:では,私の方から先生に質問します。私を愛しているので,金の延べ棒をいただけるとのことですが,私のような者がそのような高価なものをいただけるのか半信半疑です。本当にいただけるのでしょうか。
講師:はい,その通りです。決して,冗談じゃありません。
学生C:先生,これで,本人の意思を確認したことになるので,無過失だといっていいですか。
講師:すばらしい。よくできました。今の質問で,表意者の真意を確認したことなります。つまり,相手方は,注意義務を尽くしたことになるので,善意・無過失ということになります。そうすると,私の心裡留保に基づく意思表示は,その効力を生じますから,相手方は,この金の延べ棒を有効に取得することになります。
講師:さて,これで,贈与が有効に成立するように思われますが,まだ問題が1つ残されています。贈与の場合には特別の規定があるからです。どのような問題があるのか知っていますか。
学生D:(挙手して発言)書面によらない贈与は,撤回できます。
講師:その通りです。民法550条を見てください。口頭の贈与契約の場合には,目的物を引き渡すまでは,贈与契約の撤回が出来るのです。
第550条(書面によらない贈与の撤回)
書面によらない贈与は,各当事者が撤回することができる。ただし,履行の終わった部分については,この限りでない。
講師:では,先ほどの寸劇をもう一回やり直します。先ほどのBさん,必ず,あなたが,金の延べ棒もらえるように頑張ってみてください。では,もう一度やり直しをします。
講師:愛しているから,これを差し上げます。
学生B:本当にもらえるのですか。
講師:本当です。愛していますから。
学生B:その旨,一筆書いてください。
講師:なるほど。そうきましたか。書面による贈与にして,撤回ができないことにしたというわけですね。
講師:第1の方法は,契約書を書いてもらうのがよいでしょう。第2の方法としては,即,貰ってしまう,つまり,確実に引渡しを得てしまう。この2つの方法のどちらかをやればいいのです。このように,実務の世界にに出たら,契約が成立しなかったり,無効になったりするすべての可能性を考えて,臨機応変に対応することが必要になってきます。しかも,このようなことは,論理として暗記するわけではなく,具体例と条文とがうまく一致していないといけないので,具体例で考える習慣を身につけてください。

私の講義の場合,試験問題は必ず具体例で出します。法科大学院は抽象的な議論で終わるところではないのです。具体例といえば,すぐに,判例を思い出すかもしれませんが,判例でなくとも良いのです。判例の重要性は,言うまでもありませんが,判例の事実関係というのは,世の中の実態から言うと例外に属する非日常的な事件であることの方が多いのです。わが国は訴訟が少ないので,訴訟になる事件というのは,法律の原則論とは外れたところで起こっていることの方が多い。したがって,いきなり判例に飛び込むと,余りに例外的なことから始まっているため,基礎が押さえられていないと,何がなんだか分からなくなることが多いと思います。

したがって,この講義では,判例を直接取り上げるのは,原則として,全体の流れがわかってくる後半からにすることにしています。例外的な事件としての判例の事例よりも,日常茶飯事として起こる事例(典型例)を取り上げながら,条文等の意味をしっかり理解してもらうことを優先しようというわけです。もちろん,今日の講義のように,最新の判例を取り上げて詳しく検討するということも行いますが,その前に,典型例を十分に理解してから後に行うことにします。次の通謀虚偽表示の問題に移りましょう。

B. 通謀虚偽表示

a) 通謀虚偽表示の無効

通謀虚偽表示というのは,意思の不存在のうち,二人が通謀している場合です。定義的な解説は以下の通りです。

お互いに所有権を移転するつもりがないのに,税金対策の都合などの理由で,双方の納得ずくで,土地の売買契約書を作成して,登記を移転してしまった場合のように,意思と異なる表示がなされ,その表示が見せかけであることを両当事者が認識している場合には,表示よりも当事者の真意を尊重して,契約は無効となる。
ただし,上の例で,見せかけの契約または登記を信頼してその土地を購入した善意の第三者には,土地の売買契約が無効であることを主張できない。善意・無過失で外観を信じた第三者を保護するためである[四宮・民法総則(1996)163頁]。

先ほどと同じように,典型例で理解することにしましょう。資産が多すぎる人の資産隠しの例です。夫が妻に資産を譲渡したことにしようと考えます。2人の間で譲渡する気は全く無いのですが,登記を移します。登記は意思表示に準じて考えます。この表示に対応する意思は全くない,2人とも財産権を移転するつもりが無いけど,税金対策上等の理由で,登記を移転しているだけです。もちろん,贈与にすると税金かかりますから,売買したことにします。これは通謀虚偽表示となりますね。

通謀虚偽表示の法律効果は,民法94条1項によると,無効です。したがって,この場合の売買契約は,無効となります。このことは通常の条文の解釈なので,皆さんは何の疑問も感じずに,通謀虚偽表示の場合には,契約は無効となると覚えこんでしまうことと思います。しかし,そこに大きな落とし穴が潜んでいるのです。

b) 通謀虚偽表示の一例としての信託的行為(譲渡担保)

典型例の場合,資産隠しのため,譲渡する意思が全くないのに譲渡したことにしようというわけなので,この場合はこれでよいのですが,意思がないのではなくて,異なる意思のもとで,真意でない譲渡としてしまったという場合(譲渡担保などの信託的行為の場合)には,話がややこしくなります。

譲渡担保は,当事者の共通の意思は,譲渡は見せかけであり,本来の意図は,目的物を使いながら抵当に出すというものです。通謀虚偽表示の考え方に即して言い換えると,譲渡担保における表示は,財産権の移転だが,その意思は,担保権の設定であるというものです。この譲渡担保の問題に関して,通謀虚偽表示について浅い理解しかできず,「通謀虚偽は無効である」とだけ覚えている人にとっては,譲渡担保は無効であると考えるか,反対に,それを有効と考える場合には,通謀虚偽表示ではないといわざるを得ません。しかし,通謀虚偽表示について深い理解をしている人にとっては,譲渡担保は,通謀虚偽表示となります。通謀虚偽表示が無効であるとされる意味は,有効と見せている外見よりも,無効とする当事者の内心の共通の意思が尊重される結果です。したがって,譲渡担保の場合においても,当事者間では,表示(財産権の譲渡)よりも真意(担保権の設定)が優先され,担保権の設定が認められます。ただし,善意の第三者が出現した場合には,譲渡担保は,担保権の設定ではなく,財産権が移転しているとみなされても仕方がない,したがって,譲渡担保を第三者に対抗するためには,何らかの公示手段(明認方法など)を講じる必要があるという適切な結論を導き出すことができます。

表9-5 通謀虚偽表示と信託的行為
表示と意思 効果 善意の第三者との関係
通常の通謀虚偽表示 表示 所有権の移転 表示は無効 所有権移転の無効が主張できなくなる
意思 所有権の移転を無効とする 真意が尊重される 所有権移転の無効
信託的行為
(例えば譲渡担保)
表示 所有権の移転 表示は無効 所有権移転の無効が主張できなくなる
意思 信託的行為(担保権の設定) 真意が尊重される 信託的行為の有効
(有効な担保権の設定)

譲渡担保については,初めて説明を聞く人も多いと思いますので,ここで,具体例を挙げて,詳しく説明することにします。ある物を譲渡担保にする場合には,目的物の所有権を移転したいわけではなくて,抵当権を設定しようとして,他によい方法がないので,売買契約をしてしまうというものです。なぜかというと,わが国では,抵当権を設定できるのは,原則として,不動産のみに限定されています。自動車などの例外がありますが,これは,自動車抵当法のような特別法があるからです。民法の原則では,動産には抵当権は設定できない。動産の担保方法は,動産質しかないのです。しかし,動産質には,致命的な欠点があります。

例えば,ピアノを質に入れるとしましょう。質権を設定する場合には,目的物を債権者に引き渡さなければなりません(民法344条)。しかも,占有改定は許されません(民法345条)。しかし,これではピアノ教室を継続することはできません。そうではなく,ピアノ教室の先生としては,ピアノを使いながら融資をうけ,返せない場合には,ピアノを持っていってくださいという契約にしたい。ところが,こういう制度は日本にはありません。動産抵当という制度があれば,ピアノを使いながら融資を受け,ピアノで稼いだお金で借金を返すことができる。しかし,わが国には,特別法で認められている場合にしか,動産抵当は利用できないのです。それでは,どうしたらよいのでしょうか。

譲渡担保のからくりをもう少し詳しく見ていきましょう。まず,目的物を債権者に売ったことにします。本当は,債務者は目的物を売るつもりはないし,債権者も目的物がほしいわけでもないけれども,債務者は,金を貸してくれた債権者に,ピアノを売ったことにするのです。そして,借主は,売買代金を受け取ります。この代金こそが,実は,借金なのです(第1の通謀虚偽表示)。ピアノの先生としては,ピアノを売ってしまうと,自分が使えない。そこで,ピアノを売ったことにして,現在のピアノの所有者ということになっているお金の貸主から,賃貸借で借りたことにしなければなりません。債権者に売り払ったピアノを借りるのですから,賃料を払わなければなりません。しかし,この賃料が,実は,借りたお金の利子なのです(第2の通謀虚偽表示)。ピアノ教室が順調に行って,借りたお金を返済しきったらどうするかというと,譲渡担保契約には,買戻しの特約が付いていますので,ピアノは無事帰ってきます。売買をしたことにしているので,お金を返したら買戻しが行われるというわけです(第3の通謀虚偽表示)。もっとも,お金を返せなくなったら,買戻しはできないため,ピアノをあきらめて,債権者に持っていってもらうということになります。債権者は,ピアノが欲しいわけでなないので,それを売り払って,債権の回収に当てるというわけです。

表9-6 譲渡担保の法律構成(当事者間)
表示に基づく法律構成
所有権的構成(通謀虚偽表示)
合意された内心の意思
(当事者意思)
内心の意思に基づく法律構成
(譲渡担保の担保的構成)
動産抵当
(立法)
第1段階 ピアノの売買(代金100万円):嘘 ピアノを担保に入れて,100万円を借りる:真意 借金の担保としてピアノに担保権(動産抵当)を設定する 動産の所有権を移転せず,使用収益しながら,借金の担保としてその動産に抵当権を設定できる。
第2段階 ピアノの賃貸借(賃料3万円):嘘 利子を含めて毎月3万円,借金を返済する:真意 月々,借金の返済(利子を含めた分割返済)を行う 抵当権だから,借主(抵当権の設定者)は,使用収益できる。
第3段階 ピアノの買戻し(5年後):嘘 5年したら,ピアノについていた担保が消える:真意 借金が返済されて,担保権が消滅する 抵当権だから,所有権は移転しておらず,買戻しの必要もない。

このように,動産に抵当権が使えないことの不都合を埋めるために,嘘に嘘を重ねる。現実には,お金を借りて利子を払っているだけです。しかし,このような嘘を重ねることで,動産抵当の実が完成するのです。

このようなやむにやまれない方法は,表示と内心の意思とを対比してみると,通謀虚偽表示に違いない。しかし,民法94条の文言どおりこれを無効としてよいのでしょうか。ピアノの売買というのは全くの嘘です。さらに,ピアノを借りるつもりも無い。第1の方便も,第2の方便も,すべて通謀虚偽表示だとすると,譲渡担保というせっかくの工夫が無効となってしまいます。

それで,最初に述べたことですが,通謀虚偽表示の意味をもう一度考え直すことになります。通謀虚偽表示を単純に無効とするからおかしくなるのです。譲渡担保の場合,当事者の意思では,目的物を担保に入れることを考えています。しかし,表示は売買と賃貸借と買戻し特約としています。では,どう考えるればよいのでしょうか。結論は,当事者間では,意思主義を採用します。すなわち,表示は無効で,真意は有効とします。2人の間では,担保を設定するという真意がありこれを有効とします。無効なのは,売買(譲渡)・賃貸という表示の方だと考えるのです。こう考えれば,譲渡担保に代表される信託的行為というのは,始めから無効ではなく,あることを実現しているために仮装の表示をしているに過ぎず,表示だけが無効となり(通謀虚偽「表示」は無効),真意の部分,つまり,動産抵当(譲渡担保)の部分が逆に有効となる(当事者間で合意された「真意」は有効)ということになります。

そう考えると,始めの資産隠しの土地売買事例も,単純に無効とは考えずに,表示よりも真意が優先するという考え方に即して慎重に吟味すべきです。具体的に吟味すると,この場合には,2人の間の真意,つまり,外形的には譲渡をしたことにするが,これは無効にしようという意思が有効となり,反対に,真意に反する表示(不実の登記)が無効となり,結果的には,売買契約が無効となると考えるべきでしょう。言い換えると,「無効にしたいという意思(合意)が有効となる」ということになります。結果は条文の通りに,無効となるのですが,そのプロセスとしては,真意が虚偽の表示に優先するという微妙なニュアンスが理解できたでしょうか。

以上の考え方の優位性は,第三者が絡んだ場合に明らかとなります。例えば,通説・判例(大判大8・12・9民録25輯2268頁など)は,譲渡担保を有効であると考えるために,譲渡担保は通謀虚偽表示ではないとしています。しかし,譲渡担保権者が目的物を処分した場合には,通説は,否定したはずの通謀虚偽表示の規定(民法94条2項)を準用して,譲渡担保権者から目的物を譲り受けた善意の第三者は保護されるとしています。しかし,譲渡担保が通謀虚偽表示であることを理解していれば,通説のように,通謀虚偽表示であることを否定しておきながら,第三者との関係では,通謀虚偽表示の規定を類推するという迂遠な方法は必要がなく,端的に,民法94条2項が適用されると考えることができます。なお,民法94条2項の類推については,後に詳しく説明します。

さて,通常の通謀虚偽表示の構造が理解できたと思いますので,最後に,もう一度,通謀虚偽表示の応用としての信託的行為(譲渡担保を含む)の場合に戻って復習をしましょう。

財産を他人に管理させるため,管理権を与える意思しかないのに,なにかと都合がよいように,外観上,管理権を超えて所有権まで与えるということはよく行われています。このような信託的行為は,外形を完全に否定する真意しか存在しない単なる通謀虚偽表示ではないが,真意が外形とは矛盾するという点で通謀虚偽表示と同じ構造を有しています。例えば,譲渡担保の場合,2人が思っていること(担保権の設定)と,外形(所有権の移転)とがずれています。そのずれを知っていながらやっているのですから通謀虚偽表示としての性質をもっています。虚偽表示の場合,少なくとも当事者間では,外形の譲渡よりも,真意である担保権の設定の方が重視されなければなりません。この場合も,単純な無効ではなく,真意である担保権の設定が有効となり,真意と矛盾する外形としての所有権の移転が無効となります。そして,信託的行為である譲渡担保も,所有権の移転という外形が無効となり,占有を移さない担保(一種の抵当権)として有効となるというわけです。大切なことは,通謀虚偽表示を単純な無効と考えないことです。表示と真意とが食い違った場合には,真意が優先されます。

大切なことなので,繰り返して述べておきましょう。信託的行為の場合に無効なのは,外形としての所有権の移転であって,当事者の真意である管理権の授与行為は有効です。そして,信託的行為の一種である譲渡担保の場合も,無効なのは外形としての所有権の移転であって,担保権を設定するという当事者の意思は有効である,と考えるのが譲渡担保の新しい考え方です。今でも,所有的構成をとる学説もありますが,新しい考え方が有力になってきていますね。このような譲渡担保における担保的構成の考え方を理論的に支援するというのが,通謀虚偽表示の新しい考え方です[道垣内・担保物権法(2004)295頁]。

譲渡担保の法的性質について,判例は,一方で,譲渡担保権者に第三者異議の訴えを提起できるとしており,譲渡担保につき所有権移転的構成をしているようにみえます(最一判昭58・2・24判時1078号76頁)。しかし,他方で,譲渡担保権者の権利は担保目的を達成するのに必要な範囲に制限されており,譲渡担保の目的物が不法占拠された場合には,不法占拠者に対して目的物の返還請求を行うことができるのは,譲渡担保の設定者であるとして,譲渡担保の設定者を所有者と同様に扱っています(最三判昭57・9・28判時1062号81頁)。

最三判昭57・9・28判時1062号81頁
 譲渡担保は,債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが,右所有権移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであって,担保権者は,債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し,この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者に売却等することによつて換価処分し,優先的に被担保債務の弁済に充てることができるにとどまり,他方,設定者は,担保権者が右の換価処分を完結するまでは,被担保債務を弁済して目的物件についての完全な所有権を回復することができるのであるから(最高裁昭和39年(オ)第440号同41年4月28日第一小法廷判決・民集20巻4号900頁,同昭和42年(オ)第1279号同46年3月25日第一小法廷判決・民集25巻2号208頁,同昭和55年(オ)第153号同57年1月22日第二小法廷判決・民集36巻1号92頁参照),正当な権原なく目的物件を占有する者がある場合には,特段の事情のない限り,設定者は,前記のような譲渡担保の趣旨及び効力に鑑み,右占有者に対してその返還を請求することができるものと解するのが相当である。

余談になりますが,末弘厳太郎『嘘の効用』という著書に,父親が厳格だと,子供はうそつきになる。法律に融通性がないと,国民は実を取るために嘘をつく。立法者は,国民が嘘をつくようになったら,立法の改正を行わなければならないというくだりがあります。動産の担保について,質権しか認めず,抵当権を認めないと,国民は,譲渡担保という「嘘」を考え出して,動産抵当の実を取るというわけです。この意味では,譲渡担保は,国民が考え出した嘘(通謀虚偽表示)であり,立法者は,譲渡担保に関する立法を急ぐべきだということになるはずです。実際のところ,譲渡担保に関する立法の試みはあったのですが,実現したいままに,現在に至っているというのが現状です。

もっとも,立法をしても紛争がうまく解決するとは限りません。例えば,不動産に関しては,不動産譲渡担保よりも債権者にとって都合のよい代物弁済予約を仮登記によって実現するという担保があります。お金を返さなかったら代物弁済で不動産を丸ごと取り上げるというあくどいやり方が跋扈したため,昭和53年に仮登記担保契約に関する法律(仮登記担保法)という法律が制定されました。債権者,債務者,その他の関係者の利益を見事に調整した非の打ち所がないほどに優れた立法なのですが,債権者に旨みがなくなったために,実際にはほとんど使われていないという現実があります。不動産譲渡担保は抵当権と同じことを実現しようとするものに他ならないのですから,抵当権に近づけて問題の解決を図ろうとする仮登記担保法を準用して事件の解決を図ればよいと思われるのですが,準用に反対する見解が有力です。最高裁も,仮登記担保か譲渡担保かが争われた事件について,債権者に旨みのある譲渡担保だと性質決定する傾向にあります。例えば,土地につき締結された契約の目的が消費貸借契約上の債務を担保することにあり,当事者間において,その履行とともに債権債務が消滅することは想定されていなかったことなどの事実に基づいて,本件契約の実質は停止条件付代物弁済契約であって,仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)の適用を受ける仮登記担保契約というべきであると高裁が認定した事案について,最高裁は,以下のように述べて仮登記担保ではなく,譲渡担保であるとして,債権者を勝訴させています。

最一判平14・9・12判時1323号8頁
 本件契約は,これに基づく所有権移転登記手続がされた後も,上告人A〔債権者〕において被上告人〔債務者〕に債務の弁済を求めていた事実等に照らすと,目的不動産の所有権の移転によって債務を確定的に消滅させる代物弁済契約ではなく仮登記担保の実行によって確定的に所有権の移転をさせようとしたものでもない。上告人Aは,本件契約により,本件土地を同上告人名義に変更した上で,なおも債務の弁済を求め,利息を受領してきたのであるから,本件契約は,債権担保の目的で本件土地の所有権を移転し,その登記を経由することを内容としていたもので,譲渡担保契約にほかならないと解すべきである。
 そして,譲渡担保において,債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には,債権者は,当該譲渡担保がいわゆる帰属清算型であると処分清算型であるとを問わず,目的物を処分する権能を取得し,債権者がこの権能に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは,譲受人は目的物の所有権を確定的に取得し,債務者はその時点で受戻権ひいては目的不動産の所有権を終局的に失うのであるから(最高裁昭和60年(オ)第568号同62年2月12日第一小法廷判決・民集41巻1号67頁,最高裁平成元年(オ)第23号同6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号414頁参照),本件においては,上告人Aから上告人Bへの本件土地の売却によって,上告人Bは本件土地の所有権を確定的に取得し,被上告人は,清算金がある場合に上告人Aに対してその支払を求めることができるにとどまり,本件土地を受け戻すことはできなくなったというべきである。
c) 通謀虚偽表示の無効の対抗不能

虚偽表示の一種である信託的行為についても,表示とは異なる当事者の真意が尊重されます。その結果,信託的行為は,有効となります。しかし,この場合も,取引の安全を確保するために,虚偽の外形を信じた第三者を保護しなければなりません。つまり,信託的行為といえども,権利外観法理に服することは当然です。当事者の間では真意が優先しますが,虚偽の外観を信頼した善意・無過失の第三者が出現した場合には,再度,外観が優先され,通謀虚偽表示を無効とする真意は貫徹できなくなります。これから論じる民法94条2項は,まさに外見を信頼して取引に入った第三者を,取引の安全の観点から保護しようとするものです。

d) 民法94条2項の類推−権利外観法理との関係

外観法理の第三者の保護要件は,善意・無過失である,といわれています。ただし,94条2項の条文を読むと,善意・無過失ではなく,「善意」としか書かれていません。そうだとすると,94条2項は,外観法理とは違うのではないかという疑問が生じます。

しかし,よく考えてみると,通謀して,2人で真意と違う外観をわざと作り出したわけです。本人の帰責性が非常に強い。本人の帰責性と,第三者の信頼保護とを天秤にかけて,本人の帰責性が本当に強かったら,第三者には多少の過失はあっても,善意だったらいい,ということが起こりえます。それが立法者の考え方だろうと思います。

ただし,判決は,そこを厳密に考えています。通謀虚偽表示の類推の場合,単純に善意でよい場合と,善意・無過失を要求する場合とを区別している。新司法試験のプレテストにも出ていましたが,表見代理の110条が類推されるような場合,すなわち,当事者の意思と外形との範囲が食い違っている場合,すなわち,真意よりも外観の範囲がずれている場合には,110条を類推して無過失も要求されるとしています(最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁[民法判例百選T(2001)第23事件]参照)。民法110条における,第三者が代理人の権限があると信ずべき「正当な理由」とは,第三者の善意・無過失のことであるということについては異論がありません。

したがって,外観法理の善意・無過失という要件を覚えておいて,第三者の過失・無過失の要件は,本人の帰責性(過失)との間で相関的に判断されることを理解しておくと,通謀虚偽表示及びその類推の場合も,外観法理に服すると考えても間違いありません。このように,外観法理の観点から見直してみると,通謀虚偽表示に関する民法94条の規定は,非常にバランスのとれた規定だといえます。当事者間では,表示よりも,表示とは矛盾する真意を尊重し,第三者との関係では,当事者の真意が善意の第三者によって否認されるとしているからです。

一般的にいって,良い規定は拡大解釈や類推解釈になじみます。民法94条2項の解釈においては,「通謀」の要件が緩和されて,類推適用されてきました。その過程で,通謀の要件が緩和されるにしたがって,本人の帰責性が弱められるから,反対に,保護されるべき第三者の保護要件が,相関的に厳しくなってきました。つまり,通謀の要件が緩和されるにしたがって,第三者の保護要件である「善意」という要件は,「善意・無過失」という要件へと変容していったというのが,通謀虚偽表示の類推の歴史だといえます。

e) 民法94条2項の類推−判例の動向

通謀虚偽表示の類推の拡大の歴史は,通謀の要件の緩和という観点からは,次の3つのステップを踏んでいったと考えることが出来ます。

第1段階は,通謀の要件が緩和されていって,事後承認でも通謀とみなされるようになりました。判例もあります(最一判昭45・4・16民集24巻4号266頁)。

最一判昭45・4・16民集24巻4号266頁
 未登記建物の所有者が,その建物につき家屋台帳上他人の所有名義で登録されていることを知りながら,これを明示または黙示に承認した場合には,その所有者は,右台帳上の名義人から権利の設定を受けた善意の第三者に対し,民法94条2項の類推適用により,その名義人がその所有権を有しなかったことをもって,対抗することができない。

第2段階は,通謀の代わりに事後承諾でも良いということになると,本人の意思と作り出された外形との間に差が生じることがありえます。その場合でも,すなわち,外観との間に厳密な一致がなくても110条が類推できる程度の類似性があれば通謀とみなされるようにもなりました(最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁)。

最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁
 甲が,乙からその所有不動産を買い受けたものであるにもかかわらず,乙に対する貸金を被担保債権とする抵当権と,右貸金を弁済期に弁済しないことを停止条件とする代物弁済契約上の権利とを有するものとして,抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記を経由した場合において,丙が乙から右不動産を買い受けて所有権取得登記を経由したときは,丙が善意無過失であるかぎり,甲は,丙に対し,自己の経由した登記が実体上の権利関係と相違し,自己が仮登記を経由した所有権者であると主張することはできないと解すべきである。

民法94条2項でいくと,本来なら,善意だけでいいのに,110条が入り込むと,「正当な理由」がないといけないとありますよね。では「正当な理由」は何かと言うと,先にも述べたように,「善意かつ無過失」だという解釈が定着しています。このような経緯を経て,民法94条2項の類推に際して,善意ではなく,善意・無過失が要求されるということがあるというのですから,これで,民法94条2項は,権利外観法理と一致したわけですね。

民法94条2項の類推の一類型である,110条を考慮した「意思外形非対応型」ですが,この言い方を覚えて,試験のときに,すらっと書くといい。採点者が,「お。勉強しているな」と,錯誤に陥りますよ。どんどん使って下さい。

第3段階は,さらに,相手方が勝手にやってしまったが,それを放っておいたという場合です。厳密に言えば,通謀じゃないけれど,放置も通謀とみなされるようにもなってきたのです。表意者の事後的な明示・黙示の承諾がなくても,外観を長期間にわたって放置している場合でもよいとされました。最三判昭45・9・22民集24巻10号1424頁が代表的な判決です(なお,最一判昭48・6・28民集27巻6号724頁(未登記建物の所有者においてその建物が固定資産課税台帳上他人の所有名義で登録されていることを承認していた場合)も参照してください)。

最三判昭45・9・22民集24巻10号1424頁
 不動産の所有者甲が,その不知の間に甲から乙に対する不実の所有権移転登記の経由されたことを知りながら,経費の都合や,のちに乙と結婚して同居するようになった関係から,抹消登記手続を4年余にわたって見送り,その間に甲において他から金融を受けた際にもその債務を担保するため乙所有名義のまま右不動産に対する根抵当権設定登記が経由されたような事情がある場合には,民法94条2項を類推適用し,甲は,不動産の所有権が乙に移転していないことをもって,その後にこれを乙から買受けた善意の第三者丙に対抗することができないものと解すべきである。

このようにして,民法94条2項は,類推解釈を通じて,「自己が意図的に作出した不実の外観が第三者に信頼を与えた場合には,その外観が不実であることを第三者に対して主張できない」という権利外観法理に近づいています。本来なら,不動産物権変動に関しては,民法176条,177条が適用されるはずです。しかし,登記を信頼して購入した場合,登記を有さない善意の第三者を保護すべき場合も存在します。その場合に,民法177条を適用すると,うまくいかない。そこで,民法177条をを押しのけて94条類推で善意の第三者が保護されるようになりました。不動産物権変動の領域で,民法94条2項の類推がどんどん進められていった背景には,このような事情があったと思われます。

しかし,最近になって,最高裁は,以下のように,民法94条2項の類推適用の拡大方向を修正する判決を下すに至っています。民法94条2項の類推は,拡大,拡大で今日まで進んできたのですが,ここで待ったがかかりました。その意味でも,次に紹介する判例は非常に注目されています。

f) 民法94条2項の類推の拡張の歴史にストップがかかった事例(最二判平15・6・13判時1831号99頁,判タ1128号370頁,金商1184号55頁)

最高裁15年判決,すなわち,不動産の所有者から交付を受けた登記済証,白紙委任状等を利用して不実の所有権移転登に対して対抗し得ないとした原審の判断に違法があるとされた事例を検討しましょう。

表9-7 最二判平15・6・13の事実関係
人物関係図
事実 争点
原告 被告 裁判所
1999 平成11 02 28 XはA会社との間で,5月31日を期限として,X所有の本件土地・建物につき,代金8,200万円と引き換えに所有権を移転および所有権移転登記手続きをするという売買契約を締結した。 Xに外観作出について,帰責事由があるかどうか
その際,A会社の代表者Bが,本件土地の地目を田から宅地に変更し,道路の範囲の明示や測量をし,近隣者から承諾を得るために委任状が必要であるというので,Xは,委任事項白紙の委任状2通をBに交付した。
そして,Bは,Xに対して,司法書士の手間,費用,時間などを考えると,5月31日の所有権移転登記に間に合わせるために登記済証を預りたいといい,「事前に所有権移転をしますので,本日,土地,建物の権利証を預ります」と記載された預り証を交付した。Xは,深く考えずに,土地・建物の登記済み証を預けた。
03 04 Xはさらに白紙委任状を交付し,3月9日にかけて印鑑登録証明書も交付した。
03 09 Xは委任状の写しを受けた際に,委任状に「事前に所有権移転をしてもらってけっこうです」,または「上記の物件の土地,建物の売買いに関して一切の権限を委任します」との記載が加えられていることに気づいたが,「5月31日に売買代金の決済と同時にAに本件土地建物を移転する」旨を信じており,その日以前にAに所有権を移転させる意思はなかった。 Xに所有権を移転する意思はあったかどうか
04 02 Xの意向に従い,Xの妻CもX名義の白紙委任状を作成し,Bに交付した。
04 05 BおよびA会社の関係者は交付された書類を使って,Xに対して代金を支払うことなく,本件土地・建物につきXからAへの所有権移転登記(本件第1登記)を行った。
04 15 A会社はY1との間で,本件土地・建物を代金6,500万円で売り渡す旨の契約を締結した。
04 16 AからY1への所有権一部移転登記および持分全部移転登記(本件第2登記)がされた。Y1はA会社に本件土地・建物の所有権が移転していないことにつき,善意・無過失であった。 転売の時期が早くないかどうか
04 28 Y1は,Y2との間で,本件土地・建物を代金6,500万円で売り渡す旨の契約を締結し,Y1からY2への所有権一部移転登記および持分全部移転登記(本件第3登記)がなされた。Y2はA会社に本件土地・建物の所有権が移転していないことにつき,善意・無過失であった。
05 26 Xは,XからA会社へ登記が移転しているのを知るに至った。 Xは,外観を容認,または,放置していたかどうか
2001 平成13 01 18 大阪地裁判決:Xの帰責性を認め,民法94条2項,110条の類推適用により,Xは,善意・無過失で買い受けたY1およびY2に対して,Aへの所有権移転登記の無効を対抗することができないとして,本件第2,第3登記の抹消登記手続きを求めたXの請求は棄却された。
2002 平成14 03 26 大阪高裁判決:第1審と同じ趣旨で,Xの控訴を棄却した。
2003 平成15 06 13 原審を破棄・差戻し

最高裁は,本当は,第三者は「善意・無過失じゃないよ」って言って,今までと同じやり方で結論に至りたかったのだけど,それではだめなので,民法94条2項を類推しない,ということによって,業者に良いように扱われた素人である本人を保護したんです。私は,個人的には,この事例の当事者はいわゆる悪徳業者がからんだ問題ではないかと思っているます。本当は転得者と結託してるのではないかと疑いたくなるような事例です。

A会社の代表者Bが,本件土地の地目を田から宅地に変更し,道路の範囲の明示や測量をし,近隣者から承諾を得るために委任状が必要であるというので,Xは,委任事項白紙の委任状2通をBに交付した。
Xは,だまされていると思われる。しかし,だまされているとして,民法96条を適用すると,2項の存在によって,善意の第三者に負けてしまう。本当は96条で救いたいんだけど,事業者が悪質であることを理由に,公序良俗的な無効に持っていかないと救済がむつかしい。
そして,Bは,Xに対して,司法書士の手間,費用,時間などを考えると,5月31日の所有権移転登記に間に合わせるために登記済証を預りたいといい,「事前に所有権移転をしますので,本日,土地,建物の権利証を預ります」と記載された預り証を交付した。Xは,深く考えずに,土地・建物の登記済み証を預けた。
この場合も,お金に引き換えに8200万円もらわなければ所有権は移転しないはずなのに,所有権の移転登記を承諾してまっている。これも,だまされているのではないかと思われる。
Xはさらに白紙委任状を交付し,3月9日にかけて印鑑登録証明書も交付した。
こういう展開になると,今度は,騙されているにしても,Xにも帰責性があるのではないかとの疑問も生じてくるが,一般論として,詐欺師にかかると,素人は,いろいろな失敗をするように仕向けられることが多いので,一概にはいえない。
Xは委任状の写しを受けた際に,委任状に「事前に所有権移転をしてもらってけっこうです」,または「上記の物件の土地,建物の売買いに関して一切の権限を委任します」との記載が加えられていることに気づいたが,「5月31日に売買代金の決済と同時にAに本件土地建物を移転する」旨を信じており,その日以前にAに所有権を移転させる意思はなかった。
XはBに一切の権限を委任するという委任状を交付してしまった。しかし,裁判所は,そういうふうに,期日前にA会社に所有権を移転する意思はなかったと認定してくれている。
BおよびA会社の関係者は交付された書類を使って,Xに対して代金を支払うことなく,本件土地・建物につきXからAへの所有権移転登記(本件第1登記)を行った
Yの側は,トントントンと移転登記している。わずか10日でY1に転売している。1ヶ月もたたないときに第3登記がなされた。Yらは,Bと結託しているのではないかと思わせます。疑わしいところだが,高裁は,Y1,Y2については,善意・無過失だと認定してしまった。しかし,事実認定は高裁の専権事項なので尊重せざるをえない。
大阪地裁判決:Xの帰責性を認め,民法94条2項,110条の類推適用により,Xは,善意・無過失で買い受けたY1およびY2に対して,Aへの所有権移転登記の無効を対抗することができないとして,本件第2,第3登記の抹消登記手続きを求めたXの請求は棄却
1審,22審では,Xが負けたのだが,最高裁はこれではいけないと思ったのだろう。差戻しの理由を,次のように説明している。

高裁で,善意無過失を認定されてしまったから,最高裁としては,この点については,他にいうことがありません。そこで,最高裁は,第1点で,従来の通謀の概念として必要とさていた事後承諾について,積極的な関与をしていないという点を挙げています。しかし,従来の判例からすると,積極的な関与をしていなくとも,黙示の承認や権利外観の放置でも足りるとしていたことから,第1点だけでは足りないと考えたと思われます。そこで,最高裁は,第2点で,権利外観を放置していたわけでもないことを付け加えています。この場合は,積極的に関与もしてないし,放置もしていない。だから,民法94条2項の類推はできないと判示しました。

しかし,表意者Xは,Aからの言葉巧みな申入れを信じたにせよ,自らが,白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付しており,外観作出に積極的に関与していると解される余地が残されており,最高裁の判決理由は説得力に欠けると思われます。

g) 最高裁平成15年判決に対するコメント −権利外観法理の視点から

むしろ,権利外観法理を前面に出し,以下のように,Xには,消極的であるにせよ「外観作出への関与はある」が,Bに誘導された素人のXには「帰責性」が認められないことを明確に論じた方が,より説得的であったと思われます。これは私の考えです。以下のような論理の組み立てが考えられます。

確かに,Xは,白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付しており,権利外観の作出に関与している。しかし,Xは,これまで不動産取引の経験のない者であり,Aからの言葉巧みな申入れを信じて,権利外観の作出を誘導されたに過ぎない。したがって,原審の事実認定によっては,Xに,外観法理の要件とされる「帰責性」が存在するとは認められない。
要するに,相手方に対しては善意・無過失が確定してしまっている。本人の方に帰責性がない,ということに集中して理論を向けるほうが良かったのではないかと考えています。

最高裁は,すでに確定している原審の判断である,第三者(Y1,Y2)の善意・無過失を前提とせざるを得ませんでした。第三者の善意・無過失を前提とした上で,詐欺的なAの手口から素人であるXを保護すべきであるとの判断の下に,権利外観法理の要件の1つである,本人の外観作出に関する帰責性がないことを理由に,権利外観法理の適用を否定し,結果的に,民法94条2項の類推を認めなかったものと考えれば,何とか説明できるのではないでしょうか。

差戻を受けた原審は,外観を信頼した「第三者の態様または正当理由」(善意・無過失性)を再度審理しなおし,それらの審理に基づいて,Xの帰責性について,原則に戻って,第三者の態様または正当理由とを相関的に考慮して,Xの帰責性の有無を決定し,結果的に,権利外観法理の判断枠組みに従った判断を下すことが予想されます。

権利外観法理を使わないと,今までの94条の類推ってのが何でストップしたかわらかないと思います。このような事実関係をもとに問題が出された場合,答案を書いてみると,その点で困ると思いますよ。この判例を解説するつもりで,自分で答案を書いてみて考えてください。次に,錯誤の問題に入ります。

C. 錯誤

a) 要素の錯誤

まずは,要素の錯誤から。例えば,10,000円だと思って,10,000ドルの契約書にサインした場合のように,表意者が,意思(法律効果を発生させる効果意思)と表示の食い違いを認識していない場合を要素の錯誤といいます。

合意を無効にさせる「要素の錯誤」とは,動機(単なる由縁)にまで遡るのではなく,法律効果を発生させる内心的効果意思の要素に関してのみ判断を行い,表示と内心の効果意思との間に食い違いがあると判断された場合のことをいいいます。

要素には,契約類型の冒頭部分に書かれているものは当然に含まれます。そのほかには,内心的効果意思の「要素」として,例えば,人的要素の希薄な売買契約の場合であれば,売買目的物,数量,価格等が要素に該当します。契約の成立の箇所で,どのような場合に変更を加えた承諾になるかについて国連国際動産売買条約(CISG)の条文に触れましたが,このような事項は,売買契約の場合の要素となると思いますので,参考までに引用しておきましょう。

CISG 第19条 第3項
 (3)付加的条件又は異なった条件であって,特に代金,弁済,物品の品質及び数量,引渡の場所及び時期,一方当事者の相手方に対する責任の限度,又は,紛争の解決方法に関するものは,申込の内容を実質的に変更するものとして扱う。

これとは反対に,人的要素は余り関係がない。人的要素の強い委任契約の場合であれば,受任者の専門性にかけて契約するから,契約主体,事務処理の目的,基本的な方法等が,委任契約の場合の要素に該当します。

婚姻の錯誤に関して,民法742条が人違いを挙げています。人違いで結婚するなんて,そんな人がいるのかという気もしますが,やはりいたようです。昔は,結婚相手を親(戸主)が勝手に決めることがあったので,会ってみたら思っていた人とは違っていたということもあったらしいのです。

婚姻に関しては,主体そのものが最も重要な「要素」となるからであって,主体の性質・属性(外見,性格,地位,国籍,学歴,収入等)の錯誤は,例えば,国籍を得ることだけを目的とした仮想婚姻における国籍の錯誤の場合のように,婚姻する意思がないことが明らかであるというような特別の場合を除いて,婚姻の無効原因とはなりません。これらの事由は,単なる動機の錯誤として,婚姻の詐欺(民法747条)の場合にしか考慮されません。

次に,錯誤の効果ですが,法律行為の要素に錯誤がある場合には,契約は無効となります。錯誤無効は,相対無効の典型であり,無効を主張できるのは,原則として表意者のみであり,表意者の相手方は無効を主張できません。判例もあります(最二判昭40・9・10民集19巻5号1512頁)。

最二判昭40・9・10民集19巻5号1512頁
 表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には,原則として,第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない。
b) 動機の錯誤

意思と表示は一致しているが,動機まで考慮した真意と表示とが食い違っている場合を「動機の錯誤」と呼んで,「要素の錯誤」と区別しています。たとえば講師である私の著書を買って読めば単位をもらえると勘違いをして,私の本を購入したという場合も動機の錯誤の一例です。

「要素の錯誤」の場合とは異なり,「動機の錯誤」の場合は,一般には,相手方等の詐欺による場合(この場合には,民法96条1項に基づいて取消しができます)を除いて,契約の効力は否定されないと理解されています(最一判昭32・12・19民集11巻13号2299頁[民法判例百選T(2001)第17事件])。

最一判昭32・12・19民集11巻13号2299頁
 他に連帯保証人がある旨の債務者の言を誤信した結果、連帯保証をした場合は、縁由の錯誤であつて、当然には要素の錯誤ではない。

つまり,動機の錯誤は,「意思の欠缺」ではなく,「瑕疵ある意思表示」に過ぎないのです。したがって,解釈論としては,瑕疵ある意思表示のひとつである詐欺に準じて取り扱われるべきです。つまり,動機の錯誤の場合には,意思表示の瑕疵に関する民法96条2項(この条文の意味については,次回に詳しく説明します)を類推して,相手方が表意者の動機を知っているか,過失によって知らない場合に限って,無効(相対無効),または,取消を主張できると解すべきでしょう。

もっとも,立法論としては,次回に詳しく述べるように,錯誤の規定の中に,重大な過失で要素の錯誤に陥った場合と,動機の錯誤に陥った場合とを取り込んだ錯誤に関する総合的な条文とした上で,その無効は,善意・無過失の第三者には対抗できないというように,錯誤のすべてについて,権利外観法理に服させることにするのがよいと思われます。

いずれにしても,動機の錯誤の問題は,瑕疵ある意思表示の問題でもあるので,次回に詳しく検討することにしましょう。


練習問題


A. 通謀虚偽表示に関する問題

次のアからオまでの記述のうち,判例の趣旨に照らし誤っているものを指摘し,正しく訂正しなさい(新司法試験短答式プレテスト問題 第7問)。

ア.Aは,その財産を隠匿するため,その所有する甲土地をBに仮装譲渡し,Bに対する所有権移転登記を了した。Cは,AB間の譲渡が仮装のものであることを知らないで,Bから甲土地を買い受けたが,その後CがBから所有権移転登記を受けない間に,AB間の所有権移転登記が抹消され,登記名義がAに復した。この場合,Cは,Aに対して,甲土地の所有権移転登記を請求することはできない。

イ.Aは,その財産を隠匿するため,その所有する甲土地をBに仮装譲渡し,Bに対する所有権移転登記を了した。その後,AはBとの間で,前記仮装譲渡を撤回する旨の合意書を交わしたが,登記はB名義のままにしている間に,Bは仮装譲渡の事実を知らないCに対して甲土地を譲渡した。この場合,Aは,AB間の甲土地譲渡の無効をCに対して主張できない。

ウ.Aは自分が多額の債務を負っているように仮装するため,Bと通謀して,BからAに対する金員の授受がないにもかかわらず,BがAに対して1,000万円を貸し付けたことを示す消費貸借契約書を作成した。事情を知らないBの債権者Cが,前記のBのAに対する貸金債権につき債権差押えをした場合,Aは,消費貸借契約が無効であることを主張できない。

エ.Bは,信用を増すために,Aからその所有する甲土地の仮装譲渡を受け,AからBへの所有権移転登記を了し,その登記簿をCに見せて融資を依頼した。Cは,Bが真実甲土地を所有しており,資力のある者と信じて,Bに対して1,000万円を貸し付けたが,その後,BはAに対して登記名義を戻してしまった。この場合,Cは,甲土地がBの所有であることを主張できる。

オ.Aは,Bから取引上の信用を得るために,A所有の甲土地の名義を貸してほしいと頼まれ,甲土地につき売買予約を仮装してBを権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をした。その後,Bは,Aの実印及び印鑑証明書を用いて前記仮登記に基づき自分に対する所有権移転の本登記手続をした上,Cに甲土地を譲渡した。Cが,登記名義人Bを甲土地の所有者と信じたが,信じるにつき過失があったときは,Cは甲土地の所有権の取得をAに対して主張することはできない。

(解答のヒント)

ア.通謀虚偽表示を信頼した善意の第三者に関して,その第三者が取引に入った後に虚偽表示が撤回された場合に,第三者は保護されるかどうかを問う問題である。以下の判例が参考になる。

最三判昭44・5・27民集23巻6号998頁
 民法94条が,その1項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら,その2項において右無効をもつて善意の第三者に対抗することができない旨規定しているゆえんは,外形を信頼した者の権利を保護し,もつて,取引の安全をはかることにあるから,この目的のためにかような外形を作り出した仮装行為自身が,一般の取引における当事者に比して不利益を被ることのあるのは,当然の結果といわなければならない。したがつて,いやしくも,自ら仮装行為をした者が,かような外形を除去しない間に,善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては,その取引から生ずる物件変動について,登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも,右仮装行為者としては,右第三者の登記の欠缺を主張して,該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。

イ.通謀虚偽表示の撤回があっても,虚偽表示の外形が取り除かれない場合において,善意の第三者は保護されるかどうかを問う問題である。以下の判例が参考になる。

最三判昭44・5・27民集23巻6号998頁
 通謀虚偽表示の撤回があつたとしても,虚偽表示の外形をとり除かない限り,右虚偽表示の外形を信じその撤回を知らずに取引した善意の第三者にはこれをもつて対抗しえない。

ウ.通謀虚偽表示に関する基本的な知識を問う問題である。ただし,消費貸借契約は要物契約であるため,契約書を作成しただけでは,そもそも契約が成立しないとも考えられる。その場合には,結果は異なる可能性がある。しかし,ここでは,その点は無視して考えること。

エ.AB間の所有権の移転が通謀虚偽表示で無効である場合に,その無効を否定できる善意の第三者に,単なる債権者が含まれるかどうかを問う問題である。

オ.民法94条2項の類推の一類型であるところの110条を考慮した「意思外形非対応型」の場合において,保護されるべき第三者は善意だけで足りるか,それとも,善意・無過失でなければならないかを問う問題である。すでに紹介した以下の判例が参考になる。

最一判昭45・11・19民集24巻12号1916頁
 甲が,乙からその所有不動産を買い受けたものであるにもかかわらず,乙に対する貸金を被担保債権とする抵当権と,右貸金を弁済期に弁済しないことを停止条件とする代物弁済契約上の権利とを有するものとして,抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記を経由した場合において,丙が乙から右不動産を買い受けて所有権取得登記を経由したときは,丙が善意無過失であるかぎり,甲は,丙に対し,自己の経由した登記が実体上の権利関係と相違し,自己が仮登記を経由した所有権者であると主張することはできないと解すべきである。

(解答例)

ア.Aは,その財産を隠匿するため,その所有する甲土地をBに仮装譲渡し,Bに対する所有権移転登記を了した。Cは,AB間の譲渡が仮装のものであることを知らないで,Bから甲土地を買い受けたが,その後CがBから所有権移転登記を受けない間に,AB間の所有権移転登記が抹消され,登記名義がAに復した。この場合,Cは,Aに対して,甲土地の所有権移転登記を請求することはできない。→ ができる(その理由は,自ら仮装行為をした者Aが,その外形を除去しない間に,善意の第三者Cがその外形を信頼して取引関係に入つた場合には,その取引から生ずる物権変動について,たとえ,登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも,右仮装行為者としては,第三者Cの登記の欠缺を主張して,該物権変動の効果を否定することはできないからである)。

エ.Bは,信用を増すために,Aからその所有する甲土地の仮装譲渡を受け,AからBへの所有権移転登記を了し,その登記簿をCに見せて融資を依頼した。Cは,Bが真実甲土地を所有しており,資力のある者と信じて,Bに対して1,000万円を貸し付けたが,その後,BはAに対して登記名義を戻してしまった。この場合,Cは,甲土地がBの所有であることを主張でき。→ない(その理由は,Cは,Bの特定承継人ではなく,Bの単なる債権者に過ぎない。したがって,Cは,民法94条2項にいう,所有権の帰属を争うことのできる第三者とはいえないからである)。

B. 錯誤に関する問題

次の1から5までの事例のうち,判例の見解によれば要素の錯誤とならないものはどれか。(新司法試験短答式プレテスト問題 第9問)

1.Aは,知人のBから頼まれ,借主はBだと思って100万円を貸し付けたが,実は借主はCであった。

2.Aは,Bが所有する甲土地を1,000万円で買うとの契約を締結した。しかし,Aが甲土地だと思っていたのは乙土地で,実際の甲土地は乙土地より不便で日当たりの悪い土地であった。

3.Aは,Bから,100馬力あるという中古のエンジンを買うとの契約を締結したが,実際このエンジンは10馬力しかなかった。

4.Aは,Bから,Bの所有であると思って甲土地を賃借する契約を締結したが,甲土地の所有者はCであった。

5.Aは,Bに対し,CのBに対する債務を担保するつもりで自己の所有地に抵当権を設定したが,実はDのBに対する債務を担保することになっていた。

(解答のヒント)

1.消費貸借契約において,借主に関する錯誤は,要素の錯誤となるかどうかを問う問題である。

2.土地の売買契約において,目的物である土地に関する錯誤は,要素の錯誤となるかどうかを問う問題である。

3.動産の売買契約において,目的物の性能が表示されている場合に,その性能に関する錯誤は,要素の錯誤となるかどうかを問う問題である。

4.土地の賃貸借契約において,貸主に関する錯誤は,要素の錯誤となるかどうかを問う問題である。

5.債務を担保するための抵当権設定契約において,被担保債務の債務者に関する錯誤が要素の錯誤となるかどうかを問う問題である。

(解答例)

4.


参考文献


[民法修正案理由書(1896)]
広中俊雄編著『民法修正案(前三編)の理由書(1896)』有斐閣(1987)。
[梅・民法要義(3)(1887)]
梅謙次郎『民法要義』〔巻之三〕有斐閣(1887)。
[浜上・譲渡担保(1956)]
浜上則雄「譲渡担保の法的性質」阪大法学18号(1956年)32頁以下,阪大法学20号(1957年)55頁以下。
[我妻・民法総則(1965)]
我妻栄『新訂民法総則』岩波書店(1966)。
[浜上・表見代理不法行為説(1966)]
浜上則雄「表見代理不法行為説」阪大法学59・60号(1966)66頁以下。
[浜上・注釈民法(4)(1975)]
浜上則雄『注釈民法(4)』有斐閣(1975)。
[加賀山・錯誤における民法93条但書,96条2項の類推(1990)]
加賀山茂「錯誤における民法93条但書,民法96条2項の類推解釈−重過失による錯誤,動機の錯誤における相手方悪意の場合の表意者の保護の法理−」阪大法学39巻3・4合併号(1990年)707頁以下。
[山本(敬)・公序良俗違反の再構成(1995)]
山本敬三「公序良俗違反の再構成」奥田昌道先生還暦記念『民事法理論の諸問題』〔下巻〕(1995年)79頁以下
[四宮・民法総則(1996)]
四宮和夫『民法総則(第4版補正版)』弘文堂(1996年)。
[民法判例百選T(2001)]
星野英一・平井宜雄,能見義久編『民法判例百選T(総則・物権)』〔第5版〕有斐閣(2001)。
[道垣内・担保物権法(2004)]
道垣内弘人『担保物権法(現代民法V)』有斐閣(2004)。
[内田・民法T(2005)]
内田貴『民法T総則・物権法総論』〔第3版〕東京大学出版会(2005)。

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