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第10回 瑕疵ある意思表示(詐欺,強迫)

作成:2006年9月17日

講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳


図10-1 契約の流れにおける契約の有効・無効の位置づけ

今回の講義は,契約の流れの中では,図10-1の通り,契約の有効と無効の問題なのですが,その中で,第3番目の瑕疵ある意思表示(詐欺・強迫による意思表示)を取り上げます。

表10-1 契約の無効・取消原因と契約の効力
無効原因 効力 追認の可否 相手方・第三者に対する効力
1. 能力・権限の欠如 意思能力の欠如 無効 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
制限行為能力 取消 追認できる 第三者に対しても無効を主張できる
無権代理 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない(→表見代理)
2. 意思の不存在 表意者
悪意
心裡留保 無効 追認できる 善意・無過失の相手方には,無効を主張できない
通謀虚偽表示 善意(・無過失)の第三者には,無効を主張できない
表意者
善意
錯誤 第三者に対しても無効を主張できる
3.瑕疵ある意思表示 詐欺 取消 追認できる 善意の第三者には取消しによる無効を主張できない
強迫 第三者に対しても無効を主張できる
4. 公序良俗違反 無効 追認できない 誰に対しても,無効を主張できる

今回の講義では,民法96条2項の第三者の詐欺が,本来の詐欺の問題ではなく,実は,動機の錯誤の問題であること,そして,動機の錯誤を通じて,意思の不存在と瑕疵ある意思表示の関係を連続的に捉えることができることを明らかにしたいと考えています。


1 第三者による詐欺と動機の錯誤との関係


A. 詐欺の意味と取消しの要件

詐欺とは,故意に他人を欺いて,錯誤(動機の錯誤)に陥らせて,他人(表意者)に瑕疵ある意思表示をさせることをいいます。詐欺の要件として詐欺者の故意は必ず必要ですが,詐欺の手段として積極的に詐欺の事実を述べるという作為が必要かというと,不作為でもよいとされています。例えば,他人が錯誤に陥っており又は陥ることを知りながら,故意に真実を告げないこともまた欺罔行為であって,詐欺となります(不作為による詐欺)。

B. 第三者による詐欺の要件

意思の不存在と瑕疵ある意思表示の接点として一番面白いのが,96条2項の第三者による詐欺でしょう。昔の条文を見てみると,結構,楽しめます。

図10-2 第三者による詐欺の性質
講師:民法96条2項の旧条文を読んでみましょう。さて,ここでは登場人物は何人ですか。
民法96条〔詐欺・強迫〕旧条文
A或人ニ対スル意思表示ニ付キ第三者カ詐欺ヲ行ヒタル場合ニ於テハ相手方カ其事実ヲ知リタルトキニ限リ其意思表示ヲ取消スコトヲ得
学生A:或人,第三者,相手方の3人です。
講師:第三者による詐欺という問題なので,3人登場するのは当然ですね。しかし,あなたが挙げた3人というのは,本当に3人なのかをきちんと考えてみましょう。詐欺をした人(C),詐欺によって意思表示をした人(A),意思表示の相手方(B)の3人のはずですね。さて,最初に挙げた「或人」というのは誰のことですか。
学生A:表意者…ではなくて,相手方(B)です。
講師:そうなんです。「或人」と相手方とは同一人物(B)なのです。条文の最初に,表意者ではなく,いきなり相手方が登場したのではおかしいので,「或人」という表現を使ったのでしょうが,非常に紛らわしい表現となっています。初めてこの条文を読む人にとって,表意者(A)がいて,その相手方(B)がいて,詐欺をした第三者(C)がいる。そのほかに登場する「或人」とは誰なのだろうという疑問が生じて当然なのです。つまり,旧条文は,難解でした。それに比べて,新しい現代語化された現行法の方はどうなったでしょうか。「或人」は,どうなりましたか。
第96条(詐欺又は強迫)
A相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,相手方がその事実を知っていたときに限り,〔表意者は〕その意思表示を取り消すことができる。
学生A:「或人」は相手方に変わっています。
講師:そうですね。「或人」が,相手方に直っていますね。確かに正しい解釈です。でもこれは,現代語化ではないですよね。旧条文では,「或人」と書かれているのだから,「ある人(相手方)」とするのが親切な現代語化だと思うのですが。まあ,わかりやすくなっているのだからいいでしょう。

今の質疑は,民法96条2項の旧条文としては,典型的になされるものでした。民法の条文における「或人」とは誰なのか,きちんと理解させるための問答だからです。しかし,民法の現代語化によって条文の意味が明らかになったため,今のような問答は必要がなくなりました。もっとも,登場人物をきちんと理解するためには,旧条文を紹介した上での質疑であれば,現在でも,有用だと思われます。

C. 第三者による詐欺の性質 −詐欺か,それとも,単なる動機の錯誤か−

さて,民法96条2項の登場人物がはっきりしたので,第三者(C)による詐欺の意味を検討することにしましょう。本来ならば,相手方(B)がだまさないと詐欺にはならなりません。第三者(C)がだました場合には,取消しができるという意味での詐欺ではありません。詐欺による意思表示が取消しできるのは,相手方(B)に故意があって表意者(A)を騙しているからです。第三者(C)が騙した場合には,相手方(B)が悪いとは限りません。つまり,第三者(C)による詐欺の場合,第三者(C)と表意者(A)の関係では詐欺だけれども,表意者(A)と相手方(B)という契約当事者間では,単に,表意者(A)の動機の錯誤に過ぎません。しかし,動機の錯誤であっても,そのことを相手方(B)が知っている場合(相手方悪意の場合)には,意思表示の取消しを認めてよいというのが,民法96条2項の意味です。

ところで,要素の錯誤とは異なり,動機の錯誤では,表意者は無効を主張できません。民法96条2項の条文が,本来の詐欺の問題ではなく,動機の錯誤の問題であるということについては,立法者も認識していました。この場合,騙したのは契約の相手方(B)ではない。表意者(A)が誰かに騙されて錯誤に陥ったに過ぎません。自分が勝手に動機の錯誤に陥っても,誰かにだまされて動機の錯誤に陥っても,相手方(B)に表意者(A)を騙すという故意がない以上,相手方に帰責事由がないのは同じはずです。しかし,表意者(A)が動機の錯誤に落ちっているのを相手方(B)が知っている場合には,詐欺による取消しを認めてよいというのが,立法者の考え方です。

D. 第三者による詐欺の新しい意味づけ −情報提供義務違反に基づく取消し権−

しかし,この問題を現代風に検討しなおしてみると,以下のように考えることができます(加賀山説)。

表意者が第三者の詐欺によって,又は,勘違いによって動機の錯誤に陥っていることを相手方が気づいているか,注意すれば気づくことができる状況にある場合には,相手方には,信義則上,表意者に対して,錯誤に陥っているのではないかと通知する義務,すなわち,誤解(錯誤)を解消する情報を伝えてあげるという情報提供義務が生じる(情報提供義務については,第5回の講義を参照のこと)。この情報提供義務違反した場合には,その制裁として,表意者は意思表示を取り消すことができる(民法96条2項の類推)。

そこで,昨年度の中間テストの試験問題をみてみましょう(後の練習問題参照)。動機の錯誤に関する問題だから,補足的にここで取り上げておきます。

Aは,Bに絵画を5万円で売却した。Aがその絵画を5万円で売却することにしたのは,画商仲間のCが,丹念な調査を行い,その絵画は,「無名の画家の作成 したZ画伯の模写で,数万円の価値しかない」と判断したのを信じたためであった。ところが,Z画伯の作品収集家であるBが依頼した鑑定人の調査によって, Cの調査は誤りで,その絵画は,実は,500万円の価値があるZ画伯自身による真作であることが判明した。この事実は,直ちに評判となり,Aの知るところ となった。

Z画伯の作品の収集家であるBが,Aの動機の錯誤を知っていたとしましょう。知っていたとすれば,Aが勘違いして贋物と思って安い値段をつけていますが,Bがそのことを知っていたとすれば,本物ですよ,本当にこれでいいのですか,時価は500万ですよ,とAに伝える義務(情報提供義務)があります。

実は,本当のことを言ってあげれば,お互いの信頼が増します。Aは,Bに,時価よりも相当値引きして自分に売ってくれるかもしれません。わかっていたら情報提供する義務があると考えたほうが,両者にとっても有益でしょう。そこまでいかなくても,相手方が知っているのだったら,そのことを話してあげるべきであって,それをしなかったのであれば,不作為による詐欺の場合と同じように,意思表示が表意者によって取り消されても仕方がないというわけです。

そこで,動機の錯誤の場合でも,相手方が知っているか,又は,知るべき場合には,民法96条2項を類推して,取消しができる,又は,無効を主張できるという解釈が成り立ちうるのではないでしょうか。この条文をてこにして,論理を広げていけないか。それを実現するのが,錯誤に関する有力説の考え方です。第7回の講義で,錯誤による無効は,善意・無過失の第三者には無効を主張できなくなること,反対に,悪意又は有過失の第三者には無効を主張できるという有力説を説明しましたね。表7-6でその点を復習しておいてください。

錯誤に関する有力説は,要素の錯誤も動機の錯誤も区別しません。要素の錯誤であろうと,動機の錯誤であろうと,もしも,表意者が誤解していなければ,相手方と契約してなかった,又は,別の契約をしていたというほどに「重大な錯誤」の場合には,無効を主張できるとします。ただし,相手方がそれを錯誤だと気づけないものだったら,すなわち,善意・無過失の場合には,無効を主張できないという制限をかけています。

そういう考え方は,実は,世界的にも有力となっています。すなわち,要素の錯誤と動機の錯誤の区別をなくし,錯誤に陥らなかったとしたら契約をしていなかったか,別の契約をしていたというほどに錯誤が重大な場合であって,かつ,相手方が表意者が錯誤に陥っていることにつき,悪意又は有過失の場合に,錯誤が無効となるという,舟橋,川島,野村豊弘説の流れが,世界の潮流となっています。いつか,この説が,わが国においても主流となるのではないでしょうか。

これらの新しい考え方と私の考え方を融合して,民法95条の改正案を作成してみましょう。以下は,私の民法改正私案です。

第95条(錯誤)(改正私案)
@意思表示は,法律行為の要素に錯誤があるときは無効とする。ただし,相手方が表意者が錯誤に陥ったことを知らず,かつ,知らないことに過失がない場合にはこの限りでない。
A表意者に重大な過失があったときは,意思表示はその効力を妨げられない。ただし,相手方がその事実を知っていたとき又は過失によってその事実を知らなかったときは,この限りでない。
B意思表示は,法律行為の動機に錯誤があるときでもその効力を妨げられない。ただし,相手方がその事実を知っていたとき又は過失によってその事実を知らなかったときは,その意思表示の無効を主張することが出来る(その意思表示を取り消すことができる)。

この改正私案によると,錯誤も完全に権利外観法理に服することになります。しかし,そこまでいくと,通説・判例から外れてしまいますので,みなさんはそこまでいく必要はありません。もっとも,上記の有力説による場合には,少なくとも,上記の改正私案の第1項と第3項とは同じ結果になると思います。

いずれにせよ,民法96条2項は,単に詐欺の問題と思わないようにしてください。この問題は,動機の錯誤の問題であること,民法95条と96条とは,民法96条2項を通じて,連続的に理解できることをしっかり確認しておいてください。


2 瑕疵ある意思表示の取消しの第三者に対する効果


次に,詐欺及び強迫による取消しの効果の問題に移ります。

詐欺取消しは善意第三者には対抗できません(民法96条3項)。しかし,強迫による取消しの場合は,善意の第三者にも取消しの効果を主張できることになっています。これは,民法96条3項の反対解釈です。しかし,この区別は,微妙であって,その区別を説得的に説明することは簡単ではありません。

有効・無効に関する最初の講義(第7回)で,この点について詳しく論じていますので,参照してください。要点を述べると以下の通りです。


3 消費者取消権について


詐欺及び強迫による取消しに関しては,消費者契約法という民法の特別法において,詐欺にも強迫にも当たらない場合であっても,事業者の不当な勧誘行為に対して消費者が取消しをできる制度(消費者取消権)が2000年に創設され,2002年から施行されています。

このような消費者取消権を導入した消費者契約法は,民法の特別法としての性質を持っていますが,次回に詳しく説明するように,契約条項の無効に関しては,一般条項を備えており(消費者契約法10条),かつ,消費者取消権や無効主張権に関して民法の適用を排除しておらず(消費者契約法6条,11条),民法と並んで適用される場合がある,非常に特色のある法律です。

民法のうち契約に関連する特別法には,古くから重要なものが多く,利息制限法,借地・借家法などは,民法の一部となっているといっても過言ではありません。新しいところでは,製造物責任法,電子消費者契約法,動産・債権譲渡特例法などがあります。いずれも,新司法試験の範囲となっており,民法の知識とこれらの特別法とのかかわりを尋ねる問題が増加する傾向にありますので,皆さんも,しっかり勉強していただきたいと思います。特に,消費者契約法は,民法の解釈に対しても,大きな影響力を及ぼしていますので,本格的に勉強する必要があります。

さて,消費者契約法の全体像は,その第1条を読むとわかります。

第1条(目的)
この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

消費者と事業者との間に情報力と交渉力において格差があるというのは本当です。そうじゃないと専門家の意味がなくなってしまいます。私は民法の専門家ですから,皆さんとは情報力において差がないと意味がありません。民法のことを素人であるみなさんが専門家と同じレベルでわかっていたら,専門家は教えることもなくなるし,給料ももらえなくなってしまいます。皆さんは民法だけでなく,法律の全科目を勉強しなければなりません。それに対して,私は,何十年もの間民法だけをやっています。それが,情報力において専門家である私と,素人である皆さんとの間に差ができる最大の理由です。このように,専門家と素人との間に格差があるのはあたりまえなのです。

しかも,消費者と専門家の間の格差は,結局,埋まりません。消費者教育しても差が少し縮まるだけです。専門家というのは,目的を絞ってそれだけをやっています。そんな専門家にハンディなしで勝負を挑んでも素人が勝てるわけがありません。情報についても,水が流れる場合と同じく,高い方から低い方へ流れるような装置(専門家に情報提供義務を課すという装置)を作っておけば,高いほうから低いほうへと自然に流れていくものなのです。

民法のもともとの前提は,同じ情報力と交渉力を持つ者どうしが交渉を行って契約することを想定してきました。そこで,民法の想定とは異なる環境にある事業者と消費者間の契約については,はじめから格差があることがわかっているのですから,事業者に説明義務を課すべきであり,それによって,情報を高い方から低い方へと流すように環境を整えましょうということになります。

第3条(事業者及び消費者の努力)
(1) 事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに,消費者契約の締結について勧誘をするに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。
(2) 消費者は,消費者契約を締結するに際しては,事業者から提供された情報を活用し,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。

新しく創設された消費者取消権の規定は以下の通りです。最後に,その内容を表2にしてまとめておきましたので,参考にしてください。

第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
(1) 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
 二 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認
(2) 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ,かつ,当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかったことにより,当該事実が存在しないとの誤認をし,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。ただし,当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず,当該消費者がこれを拒んだときは,この限りでない。
(3) 消費者は,事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し,当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し,それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは,これを取り消すことができる。
 一 当該事業者に対し,当該消費者が,その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず,それらの場所から退去しないこと。
 二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず,その場所から当該消費者を退去させないこと。
(4) 第1項第一号及び第2項の「重要事項」とは,消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。
 一 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質,用途その他の内容
 二 物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件
(5) 第1項から第3項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは,これをもって善意の第三者に対抗することができない。
表10-2 消費者取消権の構造
類型 条文 勧誘の態様 事業者の行為と消費者の行為との間の因果関係 消費者の権利 事業者の義務
事業者 消費者
詐欺型 4条1項1号 重要事項の説明 不実告知 事実であるとの誤認 取消権 重要事項に関する
正確な情報提供義務
4条1項2号 断定的判断の提供 確実であるとの誤認
4条2項 不利益事実の不告知(故意) 不利益事実が存在しないとの誤認
強迫型 4条3項1号 勧誘行為 不退去 困惑して契約の申込み又は承諾 適正な勧誘義務
4条3項2号 監禁

要するに,詐欺や強迫の要件よりも緩やかな要件で,消費者は取消しができるようになりました。さらに,消費者の権利を一方的に害するような免責約款は,容易に無効にできる道が開かれました。民法における公序良俗違反の無効の要件は,かなり,厳しかったのですが,消費者契約法の8条以下,特に10条によって大幅に要件が緩和されました。事業者にとっては,とんでもなく恐ろしい規定ができたことになります。

消費者契約法の成立,特に,消費者契約法10条の創設のおかげで,私の職業は,社会的な価値を増すことになったように思います。なぜかというと,従来は,任意規定と異なる約款は自由でした。だから,原則として任意規定とされている契約法の条文を教えていも,世の中の約款は,任意規定とは異なり事業者よりになっているため,民法を勉強しても,あまり役に立ちませんでした。ところが,消費者契約法ができて,特に,消費者契約法10条によって,約款の条項と,民法に代表される任意規定とを比べてみて,約款の方が消費者の利益を一方的に害する場合には,約款が無効になります。消費者契約法によって,約款の無効を判断する基準が,民法や商法の任意規定であるということになったので,任意規定を勉強する需必要性が増したわけです。

これまでは,私が民法を教えていても,「民法の任意規定を一生懸命勉強しても,約款で変更されてしまうじゃないですか,だから,民法を学習する意味は,余りないですよ」なんていわれてきたものです。ところが,この消費者契約法10条の条文のおかげで,民法の任意規定が非常に重要になったのです。この点については,次回の講義で,さらに詳しく検討します。


5 練習問題


枠内に書かれた事例をよく読み,問題に答えなさい。解答に際しては,結論と理由(根拠条文)とを明確に示すこと。

【事例 】Aは,Bに絵画を5万円で売却した。Aがその絵画を5万円で売却することにしたのは,画商仲間のCが,丹念な調査を行い,その絵画は,「無名の画家の作成したZ画伯の模写で,数万円の価値しかない」と判断したのを信じたためであった。ところが,Z画伯の作品収集家であるBが依頼した鑑定人の調査によって,Cの調査は誤りで,その絵画は,実は,500万円の価値があるZ画伯自身による真作であることが判明した。この事実は,直ちに評判となり,Aの知ると ころとなった。

【問題】AはBに対して絵画の返還を請求できるか。

(問題のねらい)第三者Cが詐欺をした場合には,民法96条2項の問題となり,比較的簡単に問題を解くことができる。しかし,本問では,第三者Cは,詐欺を行っていない。そうすると,本問では,売主Aが単に,動機の錯誤に陥ったに過ぎないことになる。この場合に,Aは,どのような理由に基づいて,Bに対して,売却した絵画を取り戻すことができるだろうか。本問は,このような動機の錯誤の場合について,表意者は,どのような場合に,契約の無効・取消しができるかを問う問題である。

(解答のヒント)

民法96条2項は,詐欺を扱っているようであるが,民法96条2項の立法理由を探求すると,第三者の詐欺は,相手方の詐欺とは異なり,詐欺の問題ではなく,実は,表意者の動機の錯誤に過ぎない場合であることが判明する。その場合に,表意者が取消しを主張できるのは,相手方が悪意であり,保護に値しないからであるという理由も判明する。そうだとすると,第三者の詐欺の場合だけでなく,一般的にいって,動機の錯誤の場合でも,相手が悪意(又は善意・有過失の場合を含む)の場合には,表意者は無効又は取消しを主張できるのではないかとの発想が生まれてくる。そのような発想を解釈論に生かして,具体的に妥当な解決案を提案できるかどうかがポイントとなる。

(解答例)

絵画の売買における目的物は,絵画そのものであり,絵画が本物か偽物かは性状の問題に過ぎず,その点に関する錯誤は,動機の錯誤 に過ぎないとするのが通説・判例の考え方である。本文の場合,詐欺に陥ったのはAであり,契約の相手方Bも,第三者Cも詐欺を行っていない。すなわち,本 問に関しては,民法95条も民法96条も適用されない。したがって,通説・判例によると,Aは,Bに対して錯誤による無効も詐欺による取消しも請求できな い,すなわち,絵画の返還を請求できないということになる。

従来の法学部教育,もしくは,「要件事実」教育であれば,以上のような要件事実の抽出と条文へ の当てはめで合格点が与えられるであろう。しかし,法科大学院の学生には,「国民の期待に応える法曹」,すなわち,「国民の社会生活上の医師」としての役 割が期待されているのであり,事例Cにおいて,Bが「Z画伯の作品収集家」であったという「事情」を無視して,上記のような官僚的な作文をしたとしても, 合格点を得ることはできない。
法科大学院において合格点を得るためには,画一的な「要件事実」教育では無視されがちではある が,「BがZ画伯の作品収集家であった」という事情,すなわち,買主は,本件の絵画がZ画伯の真作であることを知ることのできる状況にあったこと,Aが5 万円でその絵画を売却するという意思を表示していることから,それをZ画伯の真作ではなく模写であると判断していることを知りうる立場にあることを,「気 の毒な立場にある」Aを救済するという観点から,または,Z画伯の収集家であるBの「専門家」責任のあり方を考えるという観点から考慮しなければならな い。このような「事情」を考慮するならば,少なくとも以下の3つの考え方のうち,Aの救済が可能な考え方の1つを取り上げて,Aの救済について論じるべき である。

確かに,通説・判例のいうように,Aの錯誤は,いわゆる性状の錯誤であり,動機の錯誤である。しかし,もしも,この錯誤がなかっ たならば,AがZ画伯の真作であるこの絵画を5万円で売るということはありえない。その意味で,この錯誤は,以下に述べる考えにしたがって,何らかの保護 に値するものと考えるべきである。

第1は,動機の錯誤であっても,それが表示されている限りで,民法95条の要素の錯誤として取り扱うという考え方にしたがって,Aを保護することが考えられる。しかし,本問の場合には,動機は表示されていない(500 万円の価値のものを5万円で売却しようとしていることから,動機が黙示に表明されているとの解釈も成り立ちうるが,黙示の(表明されない)表明というの は,論理矛盾であり,動機の錯誤を相手方が知っていたか,知ることができたかどうかという問題として第2の見解で扱うのが妥当であろう)。

第2は,動機の錯誤であっても,その錯誤がなければ契約をしなかったほどに錯誤が重大であり,相手方もその錯誤を知っていたか知 ることができる場合には,錯誤を無効とする考え方(より厳密に言うと,「もしも,契約締結時に,合理的な人が錯誤に陥った当事者と同じ状況にあり,真実の 事態を知っていたならば,実質的に異なった契約を締結していたか,または,契約を全く締結していなかったであろうというほどに錯誤が重大なものであり,か つ,相手方も同一の錯誤に陥っていた場合,または,相手方が錯誤の原因を引き起こした場合,または,相手方が錯誤に気づいているか,もしくは,錯誤に気づ いているべきであって,かつ,錯誤に陥っている当事者の錯誤を放置することが公正な取引に反する場合には,錯誤による無効を主張することができる」)にし たがって,Aを保護するという考え方である。この点に関しては,Z画伯の作品収集家であるBは,共通の錯誤に陥っていたわけではなく,むしろ,絵画が本物 であることを確信していたと思われるのであるから,5万円で売るというAの意思表示から,Aが錯誤に陥っていたことを知ることができたと思われる。そうだ とすると,Aは本問の場合にも,錯誤による無効を主張できることになる。

第3は,民法96条2項を類推するという考え方にしたがって,Aを保護するという考え方である。本問の場合,第三者CがAに対し て詐欺をしたわけではないが,Cの重大な誤りによってAが錯誤に陥ったのであるから,Aの動機の錯誤を,民法96条2項の第三者による詐欺に類して取り扱 うことが可能となる。なぜなら,民法の立法者も,民法96条2項の第三者の詐欺の問題は,相手方が詐欺を行っていないという点で,「詐欺」の問題ではな く,「動機の錯誤」の問題であること認識していた。そして,それを95条ではなく,96条で規定したのは,それが,「意思の欠缺」(要素の錯誤)ではな く,「瑕疵ある意思表示」(動機の錯誤)に該当するに過ぎないと考えたからである。もっとも,民法96条2項の「第三者の詐欺」の問題は,純粋な「詐欺」 には該当せず,第三者の作為に基づく「動機の錯誤」に過ぎないのであるから,取消しの要件として,「相手方がその事実を知っていたときに限り,その意思表 示を取り消すことができる」とされていることが要件とされている。確かに,立法者は,相手方の悪意を要件としていたのであるが,通説は,相手方の悪意に限 定せず,取引の安全を確保するための通常の要件として,相手方の悪意または善意有過失を要求するという原則にしたがって,善意有過失の場合にも,取消しが 可能と解している。このように考えると,上記の第2の見解と同様,動機の錯誤にもかかわらず,民法96条2項を類推することによってAの救済が可能とな る。

本問の場合に,Aに何らかの救済を与えることは正当であるとしても,もしも,Aが本件絵画で一 儲けしようと企んでいる場合には,Aが無効や取消しによって,Bから本件絵画を取り戻すことまで認めるのは行き過ぎではないのか,むしろ,相当の価格で売 却できればそれでよいのではないのかと考える学生がいるとすれば,それは,法科大学院の学生として,将来を先取りしたすばらしい感覚の持ち主であるといえ よう。Aの錯誤無効(錯誤取消し)の主張に対して,Bが,Aの錯誤の主張を認めた上で,Aが真実を知っていたら要求していたであろう相当な価格(例えば 500万円)で契約の履行を行うことを表明した場合には,Aは無効または取消しを主張できなくなる(UNIDROIT商事契約法原則Article 3.13,ヨーロッパ契約法原則Article 4:105参照 )というのが,国際契約法の最近の動向となっているからである。

参考文献


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