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作成:2006年9月17日
講師:明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
書記:竹内 貴康,藤本 望 編集:深川 裕佳
契約の成立,契約の有効・無効についての検討が終わりましたので,契約の効力発生に関する条件・期限の問題の説明に入ります。契約が成立し,有効であるとしても,条件(停止条件)が成就したり期限(始期)が到来したりしていないと,契約の効力が発生しないということがありえます。ここでは,主として,契約の効力の発生を制限するという観点から,条件・期限について説明します。
図13-1は,契約の効力の発生という観点から,条件・期限を見ています。停止条件が成就したり,始期が到来したりすると契約の効力が発生するというように,図13-1の3段目の通りの流れとなります。確かに,条件・期限の全体像からすると,解除条件や終期という場合には,これとは反対に,すでに契約の効力は発生しているのだけれども,解除条件が成就したり,期限終期が到来したりすると,契約の効力が終了するということになり,図13-1の3段目の流れとは異なることになります。しかし,この場合は,図13-1の4段目にある免除・時効等の場合の流れと同じになるため,解除条件や終期の場合も,契約の大きな流れの中に吸収されるようになっています。
ただし,停止条件と解除条件を分離したり,始期と終期とを分離したりして説明すると,条件・期限の全体の理解が困難となるため,この講義では,これらを分離することなく,効力の発生と効力の消滅とを含めて,条件・期限全体について説明することにします。
契約(広くは法律行為)の効果の発生または消滅について,意思の一体的な内容として,法律効果を制限するために付加される条項のことを「法律行為の付帯事項」または「法律行為の附款」といいます。附款とは,法律行為を制約する条項のことなので,ここでは,制限条項と呼ぶことにします。
法律行為に付加される制限条項(附款)には,条件と期限とがあります。条件と期限との違いは,以下の通りです。
条件と期限の違いを明らかにする表を作成してみましたので,見てください。
分類 | 典型例 | ひねった例 | |
条件 | 停止条件 | 入学試験に合格したらパソコンをプレゼントする。 | 着てみて気に入ったら購入しますので,試着させてください。 |
解除条件 | 留年したら学費の仕送りをやめる。 | お持ち帰りの上,3日間はお試しいただいて結構です。 | |
期限 | 始期 | 来月1日から家を貸す。 | 25歳の誕生日がきたら,あなたに新車をプレゼントしよう。 |
終期 | 来年の3月31日まで,生活費の仕送りをする。 | 私たち夫婦が死ぬまで軽井沢の別荘を使わせてあげよう。 |
表13-1で示したように,条件と期限とは,概念上は,明確に区別できることになっています。例えば,ひねった例として表に挙げた「25歳の誕生日が来たら…」というのは,条件風にかかれていますが,誕生日というのは必ず来ますから,条件ではなくて期限(確定期限;始期)ですね。「死ぬまで」という場合も,死なない人はいませんから,やはり,期限(不確定期限;終期)だということになります。
しかし,具体的には,ある制限条項が条件であるのか期限であるのかをめぐって問題となることが少なくありません。後の練習問題でも出てきますが,判例は「将来成功の暁には支払う」といういわゆる「出世払い」証文を期限(不確定期限)と解しています(大判大正4・3・24民録21輯439頁)。
「出世払い」を「消費貸借」の問題であると考えると,借金は必ず返さなければならないのですから,「出世払い」条項の意味は,出世する(A)か,出世しなくてもその見込みがなくなる(¬A)かのいずれかの場合に借金を返済するという制限条項だということになります。そうだとすると,Aか¬Aかは,将来確実に起こることなので,「死ぬまで」という制限条項の場合と同じように,期限(不確定期限付き消費貸借)と解することができます。これに対して,「出世払い」を贈与契約とその解除だと考える場合,すなわち,お金を贈与するが,出世したら,贈与契約を解除してその金額を返還するという約束だとすると,期限ではなく,条件(解除条件付き贈与)と解することも可能です。要は,「出世払い」の意思解釈の問題に帰することになります。
ところで,条件付きでない契約の場合,契約が有効に成立すると,法律効果が発生します。例えば,贈与契約の場合,パソコンについて書面による贈与契約が有効に成立すると,贈与者はそのパソコンの財産権を買主に移転する義務を負います。このことを,贈与契約の有効な成立(A)→贈与者の財産権移転義務の発生(R)と表現することができます。また,要件を欠く場合には法律効果が発生しないので,要件が充足しなければ法律効果は発生しません(¬A→¬R)。
このように考えると,法律要件が充足されると法律効果が発生し,法律要件が充足されないと法律効果は発生しないという関係は,停止条件が成就した場合,または,始期が到来した場合に契約の効力が発生し,反対に,停止条件が成就しない場合,または,始期が到来しない間は,契約の効力が発生しないという関係とパラレルな関係にあることがわかります。同様にして,契約の消滅要件(目的達成による消滅又は解除による消滅など)が充足すると契約の効力が失われ,契約の消滅要件が充足されないと契約の効力は失われないという関係は,解除条件が成就すると,または,終期が到来すると契約の効力が失われ,反対に,解除条件が成就しないと,又は,終期が到来しない間は契約の効力は失われないという関係とパラレルな関係になっていることがわかります。
法律要件と法律効果の図式化と対比するために,停止条件付権利の図式化を試みてみましょう。
このように,停止条件がついている場合には,法律効果が発生するために,本来の成立・有効要件の他に,付加的な要件が必要となるというというわけです。条件・期限が契約の付帯事項とか制限条項といわれるのは,以上の理由に基づいています。
上記は停止条件の場合ですが,解除条件の場合,例えば,パソコンを贈与するが,落第したら,パソコンの財産権移転義務が消滅するという解除条件贈与契約の場合は,以下のように図式化できます。
解除条件の場合には,停止条件の場合とは逆に,すでに発生した法律効果が,解除条件の成就によってその効力を失います。このように,解除条件は,有効に成立した契約を消滅する付加的な要件なので,本来ならば,契約の終了のところでまとめて議論すべきなのですが,停止条件と解除条件とは,条件として一緒に扱った方が便利なため,この講義では,まとめて説明することにします。
条件とは,法律行為の効力の発生又は消滅を,将来発生するかどうか不確実な事実にかからせる制限条項のことをいいます。その事実そのものを条件と呼ぶこともあります。例えば,「入学試験に合格したらパソコンをプレゼントする」という場合の「合格したら」という制限条項又は「合格」という事実が条件(停止条件)であり,「留年したら奨学金をやめる」という場合の「留年したら」という制限条項又は「留年」という事実が条件(解除条件)です。
法律行為に条件をつけるのは原則として当事者の自由ですが,婚姻,養子縁組,相続の承認・放棄など,不安定な法律関係を認めるのが妥当でない行為については条件をつけることはできないとされています。また,単独行為に条件をつけることも相手方の法律上の地位を不安定にするので原則として許されません(民法506条)。
図13-1に戻って,そのうちの条件の箇所を見ながら,停止条件と解除条件との異同について,考えてみましょう。
まず,停止条件です。停止条件の場合,条件をつけた時点で,すでに,契約は成立するのですが,条件が成就するまでは,契約の効力は停止しています。それで,停止条件という名前がついています。
停止条件の例として,よく,入学試験の合格の例が挙げられます。もしも,法科大学院の入学試験に受かったら3年間の学資を出してあげるという場合であれば,合意の時点で契約は成立していますが,試験に受からないと,契約の効力は生じません。しかし,試験に合格したら3年間何も考えずに,アルバイトもせずに,勉強に専念できるということですから,うれしいですね。
少しひねった例として,衣類の売り場で,「着てみて気にいったら購入しますので,試着させてください」というのはどうでしょう。以下のドイツ民法の規定が参考になると思います。
ドイツ民法 第454条(旧495条)(売買契約の成立)
@試味売買または試験売買(Kauf auf Probe oder auf Besichtigung)においては,売買目的物の認諾は,買主の任意に委ねられる。売買は,疑わしいときは,認諾を停止条件として締結されたものとする。
A売主は,買主に客体の吟味を許容する義務を負う。
次は,解除条件です。留年したら学費の仕送りをやめるというのは解除条件ですね。なお,試着売買のひねった例として,衣類売り場で試着したところ,応対した店長さんが,「お持ち帰りの上,3日間はお試しいただいて結構です」と言ったという場合を挙げておきました。この例は,ある衣服を試着してみて,よさそうなので購入することにした(売買契約を締結した)が,しばらく(3日間の限度で)着てみて気に入らなかったら(随意に)返品することが許されるという条件で売買契約を締結したことになります。この場合の条件は,どのような条件と考えるべきでしょうか。以下のドイツ民法を参考にして考えてみてください。
ドイツ民法 第455条(旧496条)(認諾期間)
試味売買または試験売買の目的物の認諾は,合意された期間内においてのみ,もしも,期間が合意されていないときは,売主によって買主のために定められた期間が徒過するまでの間においてのみ,表示することができる。物が試味または試験のために買主に引渡されたときは,その沈黙は,同意とみなされる。
なお,旧民法財産取得編第31条は,以下のように規定して,試験売買とか試味売買とかいわれている慣習上の売買について,以下のような規定を置いていました。ドイツ民法の上記の条文とあわせて検討してみるとよいでしょう。
財産取得編 第31条
@試験にて為す売買は事情に随ひ買主の適意の停止条件又は拒絶の解除条件を帯ひて之を為したるものと看做すことを得
A試味の慣習ある日用品の売買は適意の停止条件を帯ひて之を為したるものと推定す
次に,条件が成就した場合の効果の問題を検討しておきましょう。これは,停止条件と解除条件との区別に関連する問題でもあります。これらの条件は,通常は,その効果は遡らないことになっています(民法127条3項参照)。もしも遡るという合意をした場合には,解除条件と停止条件の効果は一緒になってしまいます。効果を遡らせると停止条件と解除条件とは区別することの意味がなくなってしまいますので,注意が必要です。
例えば,「入学試験に合格したらパソコンをプレゼントする。条件成就の効果は契約のときに遡る」という停止条件付契約と,「パソコンをプレゼントするが入学試験に不合格のときは,はじめに遡って効果を失う」という解除条件付の契約の効果は,全く同じになります。本当かどうかは,入学試験に合格した場合の効果,入学試験に不合格になった場合の効果を比較してみるとわかります。皆さんも,実際に確かめてみてください。
条件の成否が未定の間に,当事者の一方が条件の成就によって一定の利益を受けるであろうという期待は,「期待権」として法律上も保護されています(民法128条)。
第128条(条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止)
条件付法律行為の各当事者は,条件の成否が未定である間は,条件が成就した場合にその法律行為から生ずべき相手方の利益を害することができない。
また,条件付権利は,単に,「期待権」としてその侵害から保護されるだけでなく,通常の権利と同じく,保存したり,処分したり,相続したり,担保の目的とすることができます(民法129条)。
第129条(条件の成否未定の間における権利の処分等)
条件の成否が未定である間における当事者の権利義務は,一般の規定に従い,処分し,相続し,若しくは保存し,又はそのために担保を供することができる。
期待権の保護に関連して,最近は,診療契約の不履行に関して,「機会の喪失」という問題が議論されています。そこで話題になっているのが「延命利益」の問題です。
しかし,哲学的に考察すると,人間を殺すというのも,人間は必ず死ぬものなので,死期を早めたに過ぎないのです。つまり,人の死とは,厳密に言うと,延命利益の喪失に過ぎないのです。殺人犯の抗弁として,「80年生きるところを30年に縮めてやっただけだ」というのがあります。「ふざけるな」といいたいところでしょうが,残念ながら,一面の真実を述べています。
人の死が延命利益の喪失に過ぎないと考えると,例えば,交通事故でなくなったときに,損害賠償で葬式費用の全額を認めるというのはナンセンスだということになります。葬式はいつかはやらなければならないのですから早められた分だけが実質的な損害になるのです。このように,人を殺すというのは,哲学的には,期待権(延命利益)を喪失させたに過ぎないのですから,損害賠償の算定としては,本来は,延命利益だけが問題となるはずです。もちろん,これは,哲学的思考なので,法律家としては,今のところは,まじめに聞かなくて結構です。
ただし,「期待利益の喪失」とか「機会の喪失」というのは,現在,学会でも話題になっています。裁判上も,延命措置をしなかったことを理由に,「機会の喪失」として,慰謝料請求が認められています。人間,いつかは死ぬのですから,生命侵害における損害賠償の算定は,将来的には,延命利益の喪失という観点から,新しく作り直すべきなのでしょう。しかし,刺激的過ぎるので,しばらくは,自重しておくことにします。
条件付権利(期待権)の保護として重要なのが,民法130条です。故意に条件の成就を阻止したときは,無条件で成就したことになります(民法130条)。これは,信義則のあらわれです。
第130条(条件の成就の妨害)
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは,相手方は,その条件が成就したものとみなすことができる。
例えば,「入学試験に合格したら車をプレゼントする」という契約において,「入学試験に合格したら車を取得できる」という期待は,保護されるべきです。
遊んでばかりで成績のよくないAが,人気のある大学の入学試験に合格するはずがないと思い,Aの叔父のBが,Aがその大学の入学試験に合格することを停止条件として愛車のベンツの贈与を書面によって約束したところ,Aが俄然張り切って勉強を始め,どんどん成績を上げ,入学試験の合格ラインに達してしまったとしましょう。
愛車のベンツを与えるのが惜しくなったBが,Aの入学試験の合格を妨げるために,わざと,試験の前日に酒をたらふく飲ませ,試験に遅刻させて不合格にしてしまったとします。その場合には,Aは,実際は不合格であっても,入学試験に合格したものとみなして,Bに対して即座に,Bのベンツの引渡を求めることができます(民法130条)。
条件成就を妨害した場合の民法130条の適用例としては,以下のものが典型例です。
最一判昭39・1・23民集18巻1号99頁
山林売却斡旋依頼とともに判示内容の停止条件付報酬契約がなされた場合において,委任者が受任者を介せず右山林を他に売却したときは,受任者は条件が成就したものとみなして,約定報酬の請求ができる。
停止条件の成就を故意に妨げた場合には,期待権侵害による不法行為が成立する。
最一判昭45・10・22民集24巻11号1599頁
土地等の買受人が,その買受につき宅地建物取引業者に仲介を依頼し,買受契約の成立を停止条件として一定額の報酬を支払う旨を約したのに,買受人が右業者を排除して直接売渡人との間に契約を成立させた場合において,右契約の成立時期が業者の仲介活動の時期に近接しているのみならず,当時その仲介活動により買受人の希望価額にあと僅かの差が残っているだけで間もなく買受契約が成立するに至る状態にあったのであり,しかも,買受契約における買受価額が業者と買受人が下相談した価額を僅かに上回る等の事情のあるときは,買受人は,業者の仲介によって間もなく買受契約の成立に至るべきことを熟知して故意にその仲介による契約の成立を妨げたものというべきであり,業者は,停止条件が成就したものとみなして,買受人に対し,約定報酬の請求をすることができる。
ところが,条件成就の妨害でもないのに,民法130条を類推するという,とんでもない事例が出てきています。アデランス・アートネーチャー事件という有名な事件です。民法判例百選にも載っていますので,後でよく読んでおいてください。事件の概要は以下の通りです。
最三判平6・5・31民集48巻4号1029頁(条件成就による執行文付与に対する異議の訴え)
- 判旨
- 条件の成就によって利益を受ける当事者が故意に条件を成就させたときは,民法130条の類推適用により,相手方は条件が成就していないものとみなすことができる。
- 事実
- 裁判上の和解調書によれば,以下の契約条項が存在する。
- @X(アートネーチャー)らは櫛歯ピンを付着した部分かつらを製造販売しない。
- AXらがこれに違反した場合には連帯してY(アデランス)に対し違約金1,000万円を支払う。
- Xの取引先関係者であるAは,Yの指示の下に,通常の客を装ってX関西の店舗に赴き,まず,櫛歯ピンとは形状の異なるピンを付着した部分かつらの購入を申し込んで,その購入契約を締結した。Aは,その後,部分かつら本体の製作作業がかなり進んだ段階で,さらにYの意を受けて,右形状のピンを付着した部分かつらであれば右購入契約を解約したい,解約できないなら櫛歯ピンのようなストッパーを付けてほしい旨の申入れをした。困惑したX関西の従業員は,Aの強い要求を拒み切れず,契約の変更を承諾した上,櫛歯ピンを付着した部分かつらをAに引き渡した。
- YがAに右のような行為をさせたことについては,X関西の本件和解条項違反行為を確認するためのやむを得ないものであったと解すべき事情は認められない。
- 判決理由
- X関西がAに櫛歯ピン付き部分かつらを販売した行為が本件和解条項第1項に違反する行為に当たるものであることは否定できないけれども,上告人は,単に本件和解条項違反行為の有無を調査ないし確認する範囲を超えてAを介して積極的にX関西を本件和解条項第一項に違反する行為をするよう誘引したものであって,これは,条件の成就によって利益を受ける当事者である上告人が故意に条件を成就させたものというべきであるから,民法130条の類推適用により,Xらは,本件和解条項第2項の条件が成就していないものとみなすことができると解するのが相当である。
- これと同旨〔Yは違反行為を積極的に誘発したものと認められ,Yにおいて本件和解条項の条件の成就を主張することは,信義則の原則に照らし許されない〕をいう原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。
この事件におけるかつらの購入契約は,それ自体は違法ではないのです。ところが,Xの側で,「違法な行為をしろ,そうであれば買ってやる」という狂言をうったのですね。だから,Yが違反行為をした。特許法で保護されている櫛歯ピンつきかつらを許可なく売るという違反行為を特許権者自身がすることは,自責行為です。交通事故で言えば,自損事故です。したがって,自らYに違法行為を誘発したXが,Yに損害賠償を請求できるはずがない。これは,自損事故で,100パーセント過失相殺されるという事例と同じことなのです。
ところが,最高裁は,不法行為の損害賠償が免責される問題に過ぎないこの事件を,条件付契約の問題として構成し,条件成就の妨害がなく,条件成就を故意に促進した,いわば,自損事故の場合であるにもかかわらず,民法130条の類推を行ってしまったのです。
もともと,民法130条は,条件成就を妨げた場合に適用されるのですが,最高裁は,条件成就をわざとなさしめた場合に,民法130条を類推するとしてしまった。損害賠償請求を信義則によって制限した高裁判決,結論は同じですが,最高裁は,民法130条の類推によるべきだと宣言してしまったということです。
論点,すなわち,疑問点を出しておきました。復習するときによく考えておいてください。
Xの側が不法行為を誘発しておいて,Yが不法行為をやったから損害賠償を払えというのは,条件の問題と考えなくても,被害者の「自責」問題として十分に処理できるはずです。最高裁がこれを条件の問題と考えたのはなぜなのでしょうか。
最高裁が誤りに陥った原因は,特許侵害をしない(不法行為をしない)という本件の和解条項を,契約自由に服するものとして扱った点にあると思います。
しかし,本件の契約書で書かれていることは,特許侵害という不法行為の損害賠償についての賠償額の予定に過ぎないのであって,特許侵害という不法行為になる(要件(条件)を定めたものではないと考えるべきでしょう。もしも,不法行為になる条件を定めた契約だとすると,むしろ,その契約自体が,不法条件として無効となってしまうのではないでしょうか。
第132条(不法条件)
不法な条件を付した法律行為は,無効とする。不法な行為をしないことを条件とするものも,同様とする。
この問題は,不法行為の法律要件(免責要件)の問題なのか,条件付権利の問題なのか,その点をじっくり考えてもらいたいと思います。
条件が停止条件と解除条件に分類されることは既に述べました。この分類は,条件付権利の効力がいつ発生するかという観点から分類を行ったものです。これに対して,条件の内容が特別であるために,条件付権利の効力に制限が加えられるもの,さらには,全く効力を認められないものもあります。以下に,それらの特別な条件(仮装条件ともいう)の種類を列挙しますので,条文を読みながら,その意味を理解してください。
仮装条件 の種類 |
条件とはいえない客観的事情 | 条件の種類 | 契約の効力 | 理由 |
---|---|---|---|---|
既成条件 | 条件がすでに成就に確定している | 停止条件 | 無条件 | 初めから停止条件が成就(初めから効力が発生) |
解除条件 | 無効 | 初めから解除条件(効力喪失)が成就 | ||
条件がすでに不成就に確定している | 停止条件 | 無効 | 初めから停止条件が不成就(いつまでも効力が生じない) | |
解除条件 | 無条件 | 初めから解除条件(効力喪失)が不成就 | ||
不能条件 | 上記の既成条件が不成就に確定しているのと同じ | 停止条件 | 無効 | 初めから停止条件が不成就 |
解除条件 | 無条件 | 初めから停止条件が不成就 | ||
随意条件 | 条件の成否を債務者が支配している (債権者にとって条件不成就を甘受せざるをえない) |
停止条件 | 無効 | いつまでたっても停止条件が成就しない恐れがある |
解除条件 | 有効(無条件に近い) | いつまでたっても解除条件が成就しない恐れがある | ||
不法条件 | 条件の内容が公序にかかわる | − | 無効 | 契約の効力を認めることが公序良俗に違反する |
「昨日パリが雨だったらフランス料理をご馳走する」(停止条件),「傘をあげるが,昨日ロンドンが晴れだったら,あげた傘を返してもらう」(解除条件)というように,条件付法律行為が成立するときに,既に条件となる事実が確定している場合の条件をいいます。条件とは,本来,将来発生するかどうか不確実な事実にかかっている場合だけをいうのですから,既成条件は,厳密には,条件ではない(すでに到来した期限に近い)ということになります。
厳密な意味では条件でない既成条件を立法者が条件の中に組み込んで規定した理由は,以下の通りです。すなわち,確かに,客観的には既成であるため,条件でなくても,当事者の主観としては,事実を知らないために事実が確定していないのと同じなので,条件として組み込むことにする。そして,当事者が条件の成就したこと又は成就しなかったことを知らない間は,条件しての権利を認めることにする(民法131条3項)。しかし,既成条件は,上記の通り,客観的には,厳密な意味での条件ではないために,その効力を制限する必要があったというわけです[民法修正案理由書(1896)131条]。
既成条件は,客観的には,成否の事実が確実な期限と同じなので,既成条件の効果は,始期,終期の場合と比較して考えるとわかりやすくなります。まず,既成条件付きの法律行為の場合,条件が既に成就している場合(パリが雨,ロンドンが晴れの場合)に,それが停止条件ならば,始期が到来していた場合と同じく,法律行為は無条件のものとなり(フランス料理をご馳走してもらえる),解除条件ならば,終期が到来していた場合と同じく,法律行為が失効(無効)となります(傘を返さなければならない)。逆に,既に条件が不成就に確定している場合(パリが晴れ,ロンドンが雨の場合)には,その逆となります(民法131条)。すなわち,それが停止条件ならば法律行為は無効となり(フランス料理はご馳走してもらえない),解除条件ならば無条件となります(傘を返さなくてもよい)。
第131条(既成条件)
@条件が法律行為の時に既に成就していた場合において,その条件が停止条件であるときはその法律行為は無条件とし,その条件が解除条件であるときはその法律行為は無効とする。
A条件が成就しないことが法律行為の時に既に確定していた場合において,その条件が停止条件であるときはその法律行為は無効とし,その条件が解除条件であるときはその法律行為は無条件とする。
B前2項に規定する場合において,当事者が条件が成就したこと又は成就しなかったことを知らない間は,第128条〔条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止〕及び第129条〔条件の成否未定の間における権利の処分等〕の規定を準用する。
不法条件とは,「Aを殺してくれたら100万円やろう」とか,「Aを殺したら100万円支払え」という場合のように,条件の内容である事実そのものが不法性を帯び,その結果,それを付した法律行為全体が不法性を帯びる場合の条件をいいます。この場合には,条件付き権利としての保護が与えられないという意味で,厳密な意味での条件ではありません。
不法条件つきの法律行為は無効となります(民法132条1文)。また,「Bを殺さなければ,100万円やろう」というように,不法行為をしないことを条件とする法律行為も,当然にしてはならない行為を特にしないことを条件とするのですから,法律上保護するのは無意味であって,やはり無効となります(民法132条2文)。
条件事実が実現不能の場合を不能条件といいます。不能条件は,客観的には,条件が不成就に確定している問題なので,既成条件の条件が成就しないことが法律行為の時に既に確定していた場合(民法131条2項)と同じであると考えることができます。不能条件は,既成条件の場合と同様,厳密な意味での条件ではありません。不停止条件付き法律行為は無効となり,解除条件付きの法律行為は無条件となります(民法133条)。その理由は,既成条件が成就不能に確定している場合と全く同じです。
第133条(不能条件)
@不能の停止条件を付した法律行為は,無効とする。
A不能の解除条件を付した法律行為は,無条件とする。
例えば,「気が向いたときには,債務を弁済する」というように,条件成就によって不利益を受ける者の意思のみで条件事実が実現できる場合を「純粋随意条件」といいます。停止条件付きの法律行為は無効となります。なお,債務者の意思ではなく,その行為にかかる事実を停止条件とする場合は「単純随意条件」と呼ばれることがありますが,両者ともその効力は同じです。
第134条(随意条件)
停止条件付法律行為は,その条件が単に債務者の意思のみに係るときは,無効とする。
このような純粋随意条件付きの法律行為では,債権者が債務の弁済を求めて訴えても,債務者が「気が向かない」といえば効力を生じないのですから,当事者に法律的拘束力を生じさせる意思がないと認められるため,一律に法的拘束力が与えられないこととされているのです。停止条件付き法律行為が随意条件に服している場合には,条件付権利が保護されないのですから,随意条件は,厳密な意味での条件ではないということになります。
「100万円を贈与するが,気が向いたら返す」というように,解除条件付法律行為が随意条件である場合には,純粋随意条件の場合とは異なり,法律行為は有効と認められます。ただし,贈与者が返還を求めても,受贈者が「気が向かない」といえば,解除条件は意味をなさないのですから,解除条件付法律行為が随意条件となっている場合においても,条件付法律行為がその通りの効力を生じるとはいえず,むしろ,解除条件が無条件となっているのと同じようなことになります。
条件・期限・期間を復習するのに適した問題が,新司法試験のプレテストの問題(短答式問題の第17問)にあります。条件・期限の全体を理解するのに役立つものとなっていますので,理解が深まっているかどうか,この問題を解いてみて自己評価に役立てください。
次の文章とヒントとを読んでから参考書を読み,それぞれの文章に間違いがあればそれを指摘し,かつ,訂正しなさい(新司法試験のプレテストの問題・短答式問題の第17問参照)。
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実際のプレテストの短答式の問題は,1問1問について設問があるわけではなく,「条件・期限に関する次の1から5までの記述のうち,誤っているものはどれか」という形式をとっています。しかし,この講義は,試験問題の解説をするのが目的ではありませんので,1問1問について検討し,条件・期限の全体の理解を目指そうと思います。
AがBに100万円を貸し付け,「Aが医師の資格を取得したときに返済するものとする。」と約した場合について,この返済時期の約定は不確定期限といえる。
いわゆる「出世払い」契約について,不確定期限か,停止条件かという点が聞かれているのですね。
お金を貸したという以上,いつかは返さなければいけないというのが暗黙の前提(黙示の債務)となっています。しかし,返す時期がいつかは明らかにされていない。いわゆる出世払いの性質が問題です。これが条件だとすると,出世しない限り永遠に返さなくてもよくなってしまう。そうすると,貸したのではなく,贈与したことになってしまいます。もちろん,そういうつもりでお金を貸与している場合もあるでしょう。しかし,お金を貸すというつもりでお金を渡したのであれば,出世するかしないかがわからないうちは待ってもらえるが,出世しないことがはっきりしたら返さなくてはいけないという不確定期限付きの契約と見なければならないというわけです(大判大4・3・24民録21輯439頁)。
AがBに100万円を贈与し,「昨年死亡したCが生き返ったときは返還するものとする。」との条件を付した場合,この契約は無効である。
「昨年死亡したCが生き返ったときは返還するものとする。」との条件とは,どのような条件か,その効果は何かが問われています。人間が生き返るということは,現在の科学技術を前提にすると,絶対にない。そうすると,この条件は,不能条件ですね。少し,質問をしてみましょう。
講師:不能条件を定めた条文は何ですか?
学生A:民法133条です。
第133条(不能条件)
@不能の停止条件を付した法律行為は,無効とする。
A不能の解除条件を付した法律行為は,無条件とする。
講師:その通りです。この問題の場合の不能条件は,停止条件と解除条件のうち,どちらの条件でしょうか?
学生A:解除条件です。
講師:その通りですね。条件が成就したら贈与はなかったものとして返還せよというのですから。それでは,不能の解除条件の効果はどうなりますか?
山路:民法133条2項で無条件となります。
講師:よろしい。本問の場合,不能の解除条件は,絶対に成就しませんから,結果的に,無条件となるのですね。
講師:今の受け答えを聞いている皆さん。「何だ,この問題は?単に,条文を暗記しなさいということか?」と思ったかもしれません。不能条件の場合,その効果に関して,無効と,無条件とを間違える人が多いので,その区別を問う問題となっているんです。しかし,それだけの問題かと思ってしまうと面白くありません。
講師:問題文を読んでいて何か変ではありませんか?「生き返ったとき」というのは何を意味しているのでしょうか,その意味をきちんと理解して,問題を楽しんで欲しい。リアリティがなければ,問題として面白くないでしょう。では,「死亡したCが生き返ったとき」というのは,出題として,どういう趣旨なのでしょうか?
学生A:脳死とかですか。脳死も場合によっては,死亡と扱われるのではないですか。
講師:いい質問ですね。しかし,脳死というのも,死ですから,生き返らないということがはっきりしているのですね。だから,この場合,無条件だということになるのです。次の人,どういうことをいっていると考えますか?
学生B:心裡留保とか。騙している。
講師:うーん。心裡留保ではないな。心裡留保では,効果は無効になってしまう。昨年死んだCは,Aにとって,どういう人物でしょうか?
学生B:宗教団体とか?
講師:それなら,無効にした方がいいな。次の人はどう思いますか?
学生C:夫が死んでしまって,本当は夫にあげたかったのだけど,あなたにあげる。
講師:そうです,すばらしい。Aにとって,Cは愛する人だったのですよ。Cに死んで欲しくなかった。本当はCにあげたかった。しかたなくBにあげるけれど,「もしも,Cが生き返ったら,Bさん,返してほしい」という意味です。そう考えないと,この問題は意味がない。試験委員が馬鹿な問題作ったとか思わないでくださいね。
AB間で,Bの仲介によりAC間で甲土地の売買契約が成立したら,AがBに報酬を支払うと約した場合において,Aが自らCよりも条件の良いDとの間で売買契約を成立させたとしても,AはBに対し報酬を支払わなくてもよい。
もしも,AがBの仲介行為を妨害し,Aが直接Cと交渉してAC間の契約を成立させた場合には,民法130条により,Bは,条件が成就したものとして,報酬を請求できます。なお,条件成就の妨害に関しては,「アデランス vs. アートネーチャー事件」の復習をしておいてください。
第130条(条件の成就の妨害)
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは,相手方は,その条件が成就したものとみなすことができる。
不動産の仲介に関して,宅地建物取引業者を排除して売買契約が成立した場合には,停止条件の成就が故意に妨げられたとして,宅地建物取引業者の報酬請求権が認められています(最一判昭45・10・22民集24巻11号1599頁)。
しかし,この問題の場合は,自分でAC間の契約よりも良い条件の契約をAD間で成立させたのであり,この場合には,Bの仲介と契約成立との間には因果関係がないため,Bは仲介報酬を請求することは出来ません(最一判昭48・1・25裁民108号33頁)。
売買代金100万円を1週間以内に支払うよう催告するとともに,同時に1週間以内に100万円を支払わなかったときは売買契約を解除するとの意思表示をすることは許される。
これは,履行遅滞による解除(民法541条)の問題です。履行遅滞の解除の要件は,遅滞という不履行だけでは不十分であり,その上に,相当の期間を定めた催告と,その危険の経過後の解除の意思表示とが要件となっています。
第541条(履行遅滞等による解除権)
当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができる。
ここでの問題は,履行遅滞の解除の要件のうち,催告と解除の意思表示という2つの要件を1つにまとめて,「相当期間内に履行せよ,もしも,その期間が経過しても履行しないときは,契約を解除する」というように,解除の意思表示を条件付きとすることができるかどうかという問題です。判例は,催告および右催告期限徒過を停止条件とする契約解除の意思表示が右期限後に到達した場合に,催告および解除の意思表示が有効としています(最二判昭39・11・27民集18巻9号2025頁)。
期限の利益は誰のためにあるかという問題です。
第136条(期限の利益及びその放棄)
@期限は,債務者の利益のために定めたものと推定する。
A期限の利益は,放棄することができる。ただし,これによって相手方の利益を害することはできない。
債務者の方から期限の利益を放棄することができるのであって,利息の支払という相手方の利益はその分の利息を支払うことで解決できます。
条件・期限について,プレテストの短答式問題を検討してみましたが,みなさん,どのような感想をもたれましたか?条件と期限が,いきなり「出世払い」という形で出題されていて,びっくりしたかもしれませんね。さらに,普通は問題とならない不能条件が,「昨年死亡したCが生き返ったときは」などという,一見したところ,意味不明な文章となって出題されているので,まごついたかもしれません。もちろん,代表的な教科書を読めば,解説がなされている問題ではあるし,条件・期限の全体を見渡すには,良い問題だと思います。
参考文献
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